白鷺を殺してから丸一日経ったお夕暮れ時の頃、銀閣と同じように珍しく昼寝をしていた釖閣は外の騒がしい声で目が覚めた。
天守は銀閣の部屋とは違い、広く外を眺めるための立ち見台もついているため砂嵐の音とともによく外の音が聞こえてきた。
男と女の二人、驚きや警戒の混じった声。釖閣が待ち望んだ二人がついにやってきた。
耳を澄ませば声の主、とがめが七花に対してこの下酷城の説明をする声が聞こえてくる。
砂に埋もれつつある今の下酷城は城壁もなければ門もない、堀も曲輪もない。
それは下酷城がこの砂漠と近くの海が引き起こす蜃気楼の現象を味方につける自然要塞的な城だからである。
首を六十度以上上に傾けなければてっぺんが見えないような近さに近寄らなければ認識できない。攻めるにかたく、守るにやすいを体現した城である。
下では今度は白鷺の首が胴と泣き別れた死体を見つけ、とがめが七花に説明をしている。
そこにむけ、釖閣は足を運ぶ。
外は丁度いい日の傾き。外の二人の影が細く伸びている。
「真庭忍軍は、十二頭領内で競争をしておると言っておったな。四季崎記紀の完成形変体刀十二本蒐集競争──おそらくは因幡、下酷城の宇練銀閣が斬刀『鈍』を所有してると知り、白鷺はここを訪れたのであろう。そして──返り討ちにあった」
「誰に?」
「宇練銀閣に決まっておろう」
「でもそれじゃおかしいぜ、とがめ。これは──」
すちゃり、とわざと砂で足音を立てて、七花の言葉を中断させる。
内心、釖閣は冷やりとしていた。間違いなく七花はこれは刀傷じゃないぜ、と言葉を続けていたことだろう。そうなればとがめは話題外の第三者の釖閣が出てきた時点で間違いなく疑ってかかる。そうなればその時点で歯車が狂うかもしれない。釖閣はそれを防ぐためにさらに言葉を紡ぐ。
「ようこそ、下酷城おいでなさいました。僕は銀閣様のお付きの冬と申します。四季の冬と書いてとうと読みます」
「…っ。そなた、どうして我らがおるとわかった」
七花のとっさの庇いにより、背中に隠れたとがめはそう疑いをかける。
「どうして、と問われましても声が聞こえた次第でありますし、どんなご用件であろうと僕がお迎えしなければ商人方でも幕府のお役人でも見境無しに銀閣様は斬ってしまわれますから」
その答えにとがめはむっとして、しかし納得したように七花の前に出て続ける。
「そうか、理解はした。私は尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所、軍所総監督──奇策士とがめだ。そして後ろにいるのがわたしの刀である虚刀流七代目当主──鑢七花だ。すまないが、続けて問わせてもらう。ここに斬刀『鈍』があるのは間違いないな?」
「えぇ、それなら銀閣様が持っておられますよ」
その問いに間髪入れずに釖閣は答えた。
「僕は言ったとおり銀閣様のお付きです。最初は良くは知りませんでしたがあの刀──斬刀『鈍』で銀閣様が人を斬った光景をみて、理解いたしました。あの刀がかの有名な四季崎記紀の刀であると」
「そうか、確かに見ればわかるものなのだろう。わたしは尾張幕府の勅命により四季崎の刀を集めている。銀閣のところまで案内をしてもらいたい」
「承知いたしました」
そういって、崩れた壁から城の中へと釖閣は二人を誘う。
「とがめ様はお話し合いをお考え…ということでしょうか?」
「ん?…まぁ、それで刀を得られるなら越したことはないが逆に言えばわたしたちの絶対目的は四季崎の変体刀の蒐集だ。それを拒まれるなら強硬手段に出ざるを得なくなるだろう」
「そう、ですか」
「関係ない質問ですまないが、逆に問わせてくれ。冬殿はなぜこんな砂にまみれて埋もれた下酷城で、それこそもう刀しか持たない銀閣のお付きなどしておるのだ。皆がそうしたように普通ならこの地を去るだろう」
なんでそんな当たり前のことを聞くのか、と釖閣は首を傾げる。
「そんなもの、この地が銀閣様のそして僕の大切な地だからじゃないですか。当たり前のことですよ。それに僕がいなくなれば銀閣様はきっと飢え死にしてしまいますから」
「こんな現状の地でも、当たり前のことなのか?」
「それは俺も同意だ、離れ小島とか、人が来そうにない所ってのならわかるが、住める環境じゃねえのに当たり前なのか?」
「ええ、当たり前です」
二人の問いにそれこそ当たり前のように当たり前と答える。とがめたちから返答はなくここで会話が切れ、とがめとその後ろを歩く七花の会話に移る。
城の中はずさんで、壁から廊下、各部屋の畳にいたるまで余すところなく砂粒にまみれている。
「なぁ、とがめ。交渉ってことはうまくいけば俺の出番はないってことだよな?」
「無論だ。わたしたちは別段、強盗ではないのだからな。確かに四季崎記紀の完成形変体刀の蒐集は絶対だ。しかし、だからとっていきなり丁々発止のちゃんばらを行えばよいというわけではない。刀を抜かずに収まるならそれに越したことはなかろう」
「まぁ、言いたいことはわかった。でも、それじゃあ俺はいらないんじゃねえか?交渉はあんたの領分だろう」
はあ、と頭に手においてとがめはわかってないと言いたげな顔をする。
「だからわたしはそなたの前を歩いておるのだ。しかし、そなたは必要だ。旧将軍が出した刀狩令を繰り返すようなことは避けなければならぬ。だからこそ、最終的に戦闘に転がり込むとしても、大義名分が必要なのだ」
「えっと、よくわかんねーけど、ようはお役所的な手続きってことか?」
「今回の所は、その理解でいい。伝え聞く話によれば、宇練銀閣はとても善人とは言えぬ、放蕩無頼な浪人であったらしい。金で頼まれて、人を斬るような男だったと聞く」
その言葉に案内をしていた釖閣は足を止める。
とがめ自身も自分の失態にすぐ気付いたようで、申し訳なさそうに目を伏せる。そんななか七花だけは首を傾げていた。
「確かに、銀閣様は殺すことに躊躇いも、人としての情もありませんので残酷な人と言ってしまえばきっとそうですが、決して放蕩無頼と言われるような勝手気ままに色や酒に溺れるようなお人ではありません」
釖閣は断言する。原作を知っている、からではない。生まれてから兄弟として側にいたのだ。たとえ先代から『鈍』を継いだ時から刀の毒にやられていようとも、銀閣が何かを守るために、例えそれが刀のみでも「守る」ことに生きてきたことを良く知っているからである。
「すまなかった。噂は所詮、噂であったのに奇策士であるわたしがそれを忘れるというのは情けない」
「いえいえ、確かに銀閣様は今まですべて斬ってきました。それは間違いないのですからそのような噂がたつのは当たり前のことです。でも、覚えていてください、銀閣様は守るために刀を振るうのです。きっと、彼は気位なんて答えそうですけどね」
「いったい、何を守るのだ?」
それに釖閣は答えない。その代わりに指を指す。
それが何を指すのかは、釖閣が口にするより先に二人は理解した。
場内──天守と中層の間の階にある奥まった所で閉められた一つの襖。
しかし、それは別段、何らかの特徴があるようなものではなく、かといって取り立て人の気配がするわけではなかった。
釖閣に案内されて来たから、というのもあるかもしれないが、それでも二人が案内されている最中、唯一──目の前のこの部屋の襖だけが閉まっていた。
「この部屋です。それでは僕はこれで」
再確認のように釖閣が独り言のように口にして、姿を消す。
もちろん、とがめと七花にはこの部屋を開けると言う選択肢しか無いわけで、先に襖に手をかけた七花をとがめが制止し、開け放つ。
からり、と立て付けの悪い襖が開いた。
かなり狭い、なにもなく、殺風景なたたみ敷きの部屋に座る一人の黒の着流しの男。
襖があく音で目を覚ました男──銀閣はいつかのように目を細めながら開ける。
とがめが御する一本の刀、虚刀流七代目当主 鑢七花と腰に黒く黒く、そして鞘に収まってなお鋭さを残して黒に消え入る斬刀『鈍』を差した浪人兼城主 宇練家十代目当主 宇練銀閣の視線がついに交わった。
いやぁ、やはりこの時期は新生活と言うことで忙しいですね。
いや、はい、一週間の目標守れずすみません。
でも疾走はしても失踪はしないことはお約束します。
土日中にあと二話か三話書いて斬刀編は終わりにしたいと思います。
長いなんて思われてる方がいたら申し訳ない…
それでは次回『虚刀と斬刀』
お楽しみに