作:島ハブ


原作:東方project
タグ:短編 紅美鈴 シリアス
美鈴と酒場のおばさんの、あんまり意味のないグダグダ話

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3000字ちょいです




 

 

 味がしなかった。

 口の中を異物が転がっているようにしか感じられない。それが酷く不快で、飲み込むまでに二度掌で口を覆った。そうすることでしか、込み上げてくる吐き気を抑えきれなかった。

 

 バスケットの中に残る二つのサンドイッチが、美鈴を更に憂鬱にさせた。元々三つ入りで、開けたのは十分程前だ。日は中天をいくらか過ぎている。朝は食べてはいなかったのだ。残りを食べるのは、二十分では済まないだろう。

 食パンに玉子とハムを挟んだシンプルなサンドイッチだった。マヨネーズとほのかな胡椒の香りはそれだけで食欲を煽ってくる。それも、今は不快な感触を思い出させるだけだ。

 半ば押し込むようにして口に入れ、水で流し込む。何度も繰り返して、ようやく完食した。門の近くには休憩所と小さな物置小屋があった。休憩所には屋根がついているが、一人がぎりぎり入れるかというところだった。美鈴はちょっと空を見上げて、休憩所のベンチの上にバスケットを置いた。食べ終わった容器は咲夜が回収することになっていて、晴れの日はベンチ、雨や風によっては物置小屋に置くというのがいつの間にか二人の間で決まり事のようになった。

 

 一度、水で口を濯ぐ。残っていた異物感も、それで消えた。

 

 門に戻る前に、花壇を見渡し何ヵ所かに水をやった。あまりに手持ち無沙汰だった時にほんの気まぐれで始めたことだ。だから、花についての知識なんてものは修めていない。如雨露片手に歩きながら、なんとなく花が水を欲しているような気がする、そんな時に水をやる。たまに、肥料もやったりする。適当なものだったが、花壇をダメにしたことはない。美鈴の密かな自慢だった。

 

 雲の少ない日だった。日差しを避けるようにして、門柱に寄り掛かる。

 躰が食物を求めていた。空腹感は一層強まっている。それでも、美鈴は食事をしようとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里の外れにある、寂れた赤提灯だった。

 一階建てのこじんまりとした店で、建て付けが悪いのか引き戸はいくらか傾いて見えた。壁にはおそらく店の名前であろう文字が描かれているが、掠れていて読めたものではなかった。明かりが点いていなければ打ち捨てられた民家にでも見えたかもしれない。その隠しもしない不景気さが、なんとなく美鈴の気を惹いた。

 

 引き戸は、案の定固かった。一度戻し、前後に揺さぶることで、ようやく店はその口を開けた。

 入り口から最も近かった席に座り、店内を見回す。座敷が一席、カウンターが四席あって、一番奥の席で老齢の男が一人酒を呷っている。カウンターの中にいる恰幅のいい女が女将だろう。美鈴は、僅かに落胆した。いかにもな外観と比べて、内装はかなりまともだ。多少手狭だが一般的な居酒屋と大差ない。

 

「燗は付けるかい?」

 

 問われて、一瞬戸惑ってから、小さく頷いた。萎えかけた好奇心がまた顔を覗かせた。日本酒しか置いてない居酒屋とは、昨今では中々見ない。

 女将は、カウンターの上の器を指差すと調理場へ消えた。蓋付きの陶磁器で、シンプルな赤い華が描かれている。蓋を取った瞬間、かすかに鼻を刺す匂い。胡瓜の酢の物だった。お通し、ということだろう。しばらく睨んでから、手の甲で脇に退けた。やはり、食べようという気にはならない。

 

 レミリアの命令だった。提案という形だったが、それが命令であることが美鈴にははっきりとわかった。今日は、飲んできなさい。そう言って銭の入った包みを放ってきたのだ。今までにないことだった。

 何の意味があるのか。探しているもの。考えて、すぐにやめた。いくら考えても見えないものはある。そして、そういったものを見通すのがレミリアという吸血鬼だった。

 

 女将が、盆に二本の徳利と二つのお猪口を乗せて戻ってきた。一組を美鈴の前に置くと、そのまま椅子に座り手酌でやり始める。流石に美鈴も苦笑した。女将からは見えたはずだが、特に気にした素振りもせずに酒を継ぎ足す。その態度が、不思議と心地よかった。悪くない夜。徳利を傾けながら、美鈴はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戸が開いた。飲み始めてから二時間ほど経っている。あまり音を立てなかったのが気になって、盗み見るように視線を向けた。

 ねずみ色の着物を着流した中年の男。どこにでもいそうな風体だが、頭の白さだけが目立った。女将が面倒くさそうに手を振った。男は女将に一礼すると、老人の耳元で二、三言囁く。老人は諦めたように頷き、男に肩を借りて店を出ていった。

 あっという間のことであった。美鈴はなにか化かされたような気持ちになって、女将に、それから入り口に目をやった。

 

「億劫になってんのさ」

 

 女将の声。美鈴は、まだ入り口の戸を見ていた。

 

「全部が億劫になっちまって、酒の中で死にたがってる。酔いに抱かれて、沈んじまいたいんだよ、あのじいさんは」

 

「あの男性は?」

 

「息子さんだってよ。金持って、飲ませてやってくれ、ってね。それで、いつもいいところで迎えにくる。つまり、勝負みたいなもんだな、あの二人の」

 

 言ったきり、女将はまた酒を飲みはじめた。美鈴も、釣られたように口に含んだ。相変わらず、味はわからない。喉を通る熱だけが全てだった。それも、刹那の間に流れていく。

 ふと、なにかが胸を掻き乱した。お猪口いっぱいに注いで、一気に呷る。熱。流れたのは、やはりそれだけだ。

 

「おじいさんは、なぜ?」

 

「さあね。歳を取りゃあ大なり小なりそういうことはあるだろう。どこかで、それが越えちまったんだろうさ」

 

 女将の言葉は投げやりだった。しかし、響きの中には確信めいたものがある。

 今日、ここにきた意味。今度は、すぐには思考を止めなかった。レミリアが何を見せたいのか。一人で酒を呷る老人の姿が、頭に浮かんだ。老人の声を一度も聞いていないと、今更のように思った。酒がなくなると、何もいわずに徳利をカウンターにあげる。女将もまた、無言のまま新しい徳利を置くのだ。そして、機械のように飲み続けていた。

 

 億劫になり、死にたがっている。自分が言われているような気分に、美鈴は襲われた。女将にではない。女将の口を通した、レミリアの言葉だ。

 

「あんたも、病んでるね」

 

 唐突だった。思わず、美鈴は固まった。女将は老人のいた席に躰を向けたまま、しかし続く言葉をすぐには発さなかった。時が止まったような沈黙が、しばし店を包んだ。

 女将が煙草を咥え、手元を見回した。美鈴は指先に気を集めて一息に高めた。そうすると、指から漏れでた気が炎のようになるのだ。無色透明の炎。陽炎のような揺らめきだけがそこにある。

 

「どうぞ、女将さん」

 

 女将はちょっと驚いた顔をしてから、小さく笑んだ。女将さん、と普段は呼ばれないのかもしれない。確かに、酒場のおばちゃん、という方が雰囲気は近い。

 昇る紫煙がくねりながら天井にぶつかり広がった。そのまま、染み込むようにして消えていく。すべての煙が見えなくなる前に、美鈴から口を開いた。

 

「病んでみえますか、私は」

 

「病んでるね。それも、面倒くさいやつだ」

 

「頑丈だけが取り柄なんですがね」

 

「つまらないことを言うんじゃあないよ。妖怪の病ってのは、心の病と相場は決まってるもんだろう」

 

「心の病か。参ったな、それは。永遠亭の薬師様も、そっちの方は専門外だろうし」

 

 胡散臭そうな顔をしながら、女将が灰を落とした。目には呆れの色がはっきりと浮かんでいる。

 

「だから、つまらないことを言うなと言ってるだろう。わかってるんだろう、自分で」

 

 その通りだった。病の原因も治療法も、全て見当はついている。あとは、美鈴の気ひとつなのだ。妖怪の生を送るという、その気。それを拾いにきたようなものだ。捨てにきたのかもしれないという思いも、いくらかある。

 美鈴は、椅子の背凭れに体重を預けて目を閉じた。椅子が軋む音が、どこか意識から遠い。

 やはり、浮かぶのは老人だった。しかし、浮かぶだけだ。目蓋の裏の姿には、求めているものが見えてこない。

 

「なぜ、そうまでして死にたがるんでしょうね」

 

 口にしてから、逆だ、と思った。自分の本当の問いと、正反対の言葉だ。女将の顔が、ますます胡乱げになった。

 

「なるほど、あんたもじいさんと同じ口かい。そりゃつまらんことばっかり言う訳だ」

 

 つい、笑いが零れた。まったく、つまらないことだ。

 立ち上がって、包みをカウンターに置いた。おそらく丁度のはずだ。

 出ようとした美鈴を、女将の声が止めた。

 

「うちの自慢の酢の物さ。手ぐらいつけていきな」

 

 差し出されたのは、一本の爪楊枝だった。先に、胡瓜の酢の物が刺さっている。ちょっと悩んでから、受け取った。

 

「どうだい?」

 

「美味しくないです」

 

 自然に答えていた。味のない食べ物が美味しいはずもない。

 

「なんだ、つまらないこと以外も言えるじゃないか」

 

 言ったきり、女将は奥に引っ込んだ。美鈴は自分の言葉を思い返した。確かに、今の言葉は違った。

 

 

 拾った物は、言葉一つ。それも、悪くなかった。

 

 

 


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