★拙作「或る咎人の憂鬱」を前提にした短編になります。

陽が落ちてからの急激な冷え込みに、咎人たちは温かい食事を求めてモザイク街の店に殺到。
ボランティアを終え、夕飯を食べようとした咎人だったが、いつものガソリンはタイミング悪く満席となっており、見事に夕飯難民と化した。
だが、途中で出会ったニーナに行きつけの店を教えてもらい、同じく夕飯難民だったベアトリーチェと共に店に向かう。
しかしこの時、ベアトリーチェはあるショッキングな出来事を引きずっていたのだった。

或る咎人の、平和な夜の一幕。

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◆ 原作の設定に基本忠実ですが、捏造要素はしっかり含まれています。
◆ オリジナルの男主人公です。暴言を吐きます。
◆ NPCの性格が大崩壊しています。
◆ アンチ・ヘイトの意図はありませんが、保険としてつけています。
◆ その他、不備がありましたらごめんなさい。


咎人、好物を語る

ボランティアを終えてPTに戻ってきた時には、陽は既に完全に沈んで厳しい寒さが周辺を包み込んでいた。

その闇夜と寒さを退けようと、ウィルオー発電による電灯と燃料不明の焚き火が煌々とモザイク街を照らしている。

乾燥した冷気から首筋を守るように無意識にマフラースカーフを引き上げ、ガソリンを出た俺は、小さく溜め息を吐いた。

溜め息は白く染まるが、瞬く間に外気に溶け込み消えていく。

日が沈んでボランティアがひと段落するこの時間は、どこの飲食店も咎人で混雑している。

この日はタイミング悪く、馴染みのガソリンは満席で既に数人の待ち状態となっていた。

そうなると、別の店を探さなくてはならない。

 

どこに行こうかな。

脳裏に、ガソリン以外にも通っているメシ屋が思い浮かぶ。

まあ、どこでもいいんだけど、こんな寒い日は腹の底から温まるものをガッツリ食いたい。

空腹を訴える腹を軽く撫でて宥めつつ、自然と足は焚き火へと向かう。

とりあえず、暖かい場所で落ち着いて考えよう。

比較的奥まった場所にある焚き火に陣取って一息ついた時だった。

 

「あれ、ユウじゃないか」

 

炎の向こうから、赤い髪に釣り目の女が、親しげな笑みを浮かべてこちらやってくる。

化粧も適度に濃けりゃ、情も適度に濃い、俺の仲間の一人であるニーナだ。

 

「お疲れ。もう上がってたのか?」

 

焚き火を囲んで温まりながら口を開く。

 

「ああ。午後に大きめのボランティアをこなしたからね。早めに切り上げて、メシ食ったところだよ」

「そうか」

 

答えつつも、ニーナの全身を素早く観察する。

いつもならおっぱいと腰回り、脛から下以外は肌を晒しているこの女も、クソ寒い上に非戦闘時ということもあってか、ファー付きの上着を羽織り、ニーソを履いていた。

見た目新鮮な上に、着込む事で女らしさが増したように見える。

眼福眼福。

 

「何だい?」

 

俺の視線を受けて怪訝に尋ねるニーナに、小さく笑った。

 

「いや、着込んでいるなと思ってさ」

「陽が落ちてから急激に冷え込んだからねぇ」

「そこで男と会っていたとかなら、面白かったのに」

「お生憎、今は気楽な独り身さ」

 

肩をすくめるニーナ。

 

「夕飯食べたし、どこかで飲もうかと思ったけど、今夜はどこも混んでるみたいだから、大人しく独房に戻るところだったんだよ。そういうあんたは?」

「メシ屋捜索中」

「ぼっちな上に現在進行形で食いっぱぐれてるのか。そいつは気の毒に」

「ぼっちはあんたも同じだろ。棚に上げんな。それよかメシ屋教えてくれよ」

「良いけど、この時間はどこも混んでると思うよ」

 

そう言いながらも、行きつけの店をいくつか教えてくれた。

そのついでに雑談に付き合っていると、ふと、ニーナの表情が改まる。

 

「あれ、ベアトリーチェじゃないか?」

 

ニーナの視線の先には、確かにベアトリーチェがこちらに向かって歩いていた。

いつもの咎人服以外はコート一つ羽織っておらず、寒々しいことこの上ない。

そして、街の明かりに照らされたその表情は、寒さのせいか暗く険しかった。

 

「またずいぶんと寒々しい格好だな」

「全くだよ。おーい、ベアトリーチェ!」

 

ニーナが声をかけると、我に返ったようにベアトリーチェが顔を上げた。

俺とニーナを見て、小さく笑みを浮かべる。

 

「ユウ、ニーナさん。何してるの?」

「メシ屋教えてもらうついでに、ダベってただけだよ」

 

腕をこすりながら小走りでやって来たベアトリーチェに答えると、隣のニーナが口を開く。

 

「あんたは夕飯食べたのかい?」

「いえ、これからです。でもどこのお店も混んでるみたいだから、今日は配給食で済まそうかなって」

「ふーん?」

 

一見当たり障りのない会話だが、微妙にベアトリーチェの言動が変だ。

どう変なのかと言われると、雰囲気としか言いようがないのだが。

そして何故か、しきりにスカートのすそを引っ張っている。

そのスカート丈じゃ、ニーハイ履いてても寒かろうが、何かおかしい。

隣にいるニーナに視線を向けると、そのニーナの視線とぶつかった。

サッパリとした姉御肌のニーナだが、俺よりも遥かに人の機微に敏いし、何より同性だ。

俺が気付くくらいだから、ニーナはベアトリーチェの違和感に当然気付いている。

ニーナは再び視線をベアトリーチェに向け、小さく腕を振った。

 

「でも、こんな寒い日に味気のない配給食を食べたって疲れは取れないよ。温かいものを食べて、体も心も温まらないと」

 

そして俺を見る。

 

「食いっぱぐれているもん同士、一緒にメシ行ってきなよ。メシは一人で食べるより誰かと食べた方が絶対に美味い。どうせ食べるなら美味いほうがいいだろ」

 

ニーナの台詞に、ベアトリーチェの表情が、電灯がついたようにパッと明るくなった。

 

「え? ユウが奢」

「割り勘に決まってんだろ」

「即答しなくてもいいじゃん」

「ここではっきり言っておかないと痛い目を見るのは、経験から学んでるんでな」

 

唇を尖らせて「ユウのケチ」と小さく呟くピンクのたかり魔を一睨みして黙らせ、小さく溜め息を吐く。

聞き役が回ってきたか。

仲間の話の聞き手に回る事は珍しくないし、コイツと飯を食う事自体も珍しい事じゃない。

むしろ、マティアスやビリーと同じくらいに多い。

ただここ最近、咎人として幾多の死線をくぐり抜けてきたコイツは、心身ともに逞しくなり、俺に悪びれる事なくマティアスと共に飯をたかるようになったのだ。

そして遠慮なく、モリモリと元気よく食うわ食うわ。

食い物に対して遠慮がないのは、コイツの妹もそうだった。

そういう家系なのだろうか。

おかげでコイツとメシを食うと、懐が地味に痛くなるのが最近増えた憂鬱の種である。

俺達のやり取りに、ニーナは呆れた表情を浮かべる。

 

「まあ、何でもいいから行ってきなよ。あまり遅くなると、消灯時間に間に合わなくなるよ」

「はーい」

 

素直に返事をするベアトリーチェ。

ニーナの言う事ももっともなので、ベアトリーチェの後に続いて歩き出そうとして、ニーナがふいに体を寄せた。

焚き火の匂いに混じって、化粧と女の匂いが一瞬鼻腔をくすぐる。

 

「話、聞くだけ聞いてやんな。そんだけで満足するだろうからさ」

「了解」

 

声を潜めてアドバイスをするニーナに、俺は頷いた。

とりあえず、ニーナの行きつけの店とやらに行ってみますかね。

俺はベアトリーチェを伴って、喧騒の絶えないモザイク街の奥へと足を踏み入れた。

 

◆

 

ニーナの行きつけの店は、モザイク街の広場から十五分ほど歩いた場所にある、比較的大き目なビルの一階を丸々使った大衆食堂だった。

フロアは広く、座席数も相当にあるが、メシ時とあって席はほぼ埋まっている。

だが運の良い事に、飯を食い終わった三人組みのテーブルが空き、スムーズに座る事ができた。

ただ、注文方法がセルフ制なので、二人一緒に席を離れると別の奴に取られる可能性もある。

俺一人だったら別に問題はないけど、今回はそういうわけにもいかない。

なのでベアトリーチェを先に行かせ、俺は席で待つことにした。

 

頬杖をついて店内を改めて見渡す。

このフロアの広さと高さで、ここまで店内が明るい事に驚きだ。

どうやら、照明設備の使い分けをすることで、明るさや奥行きはもちろん、料理をより美味く見せるよう演出してるらしい。

PT内でも、内装や照明設備の使い分けによって消費電力の最適化と場の雰囲気を演出しているが、それに通じるものを感じる。

ぶっちゃけ個人できるものじゃなく、どこぞの組織が後ろにいるんだろう。

遮る壁はほぼなく、基本四人掛けのテーブル席が等間隔で並んでいるが、この時間は勝手に椅子やテーブルを動かす咎人のせいで、結構雑然としている。

フロアを観察しながら、どんな目的で作られたビルで、どのように建てられ、どんな人たちが行き来し、どんな生活を営んでいたのかを想像するのが、俺なりの昔の建物の楽しみ方だ。

と、視界の端にピンク色が入ってきた。

 

「ユウ、お待たせ」

 

ベアトリーチェがメシを乗せたトレーを持って戻ってきた。

トレーに乗っているのは、ボウルに入った豆のスープと、薄焼きのパン三枚、デザート無し。

その事実に、俺は今日一番の衝撃を受ける。

 

「……お前、本当にベアトリーチェか!?」

「何を見てそういう事を言うのかな?」

 

思わずガン見する俺に、心外だと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「いやだって、量が少なすぎるだろ。いつもならメシを丼二杯平気で平らげるお前が──」

「人を食いしん坊のように言わないでよ」

 

いや、お前ら姉妹は間違いなく食いしん坊万歳だよ。

棺の向こうの世界にいたこの姉妹の親父殿も、食いしん坊万歳なのだろうか。

だとしたら、嫌な家系だ。

ちなみにここで言うメシとは、大豆やトウモロコシ、ジャガイモを粗挽粉にし、水を混ぜてそぼろ状にしたモノの事である。

俺の向かいの席に座ったピンクの食いしん坊万歳に、表情を改めて尋ねる。

 

「体の調子でも悪いのか?」

 

すると慌てて首を振り、取り繕うように笑った。

 

「ううん、違うよ。ちょっと食欲がないだけ」

「やっぱ超やべぇじゃねーか。お前に食欲がないなんて、重篤な病気以外考えられな」

「ちょっと待って。君の中で、私はどんなヒトになっているのかな?」

「聞きてぇか?」

「……聞くと余計に食欲をなくしそうだから止めとく」

 

ベアトリーチェは俯き、小さく溜め息を吐いた。

……やっぱ元気ねぇな。

返しに覇気がない上に、そもそも話の食い付きが悪い。

心なしか思いつめた表情もしているし。

そこまで考えてある事実に思い至り、場所が場所なので声を落として尋ねた。

 

「何だお前、もしかして便秘か?」

 

表情を凍りつかせたベアトリーチェだったが、一瞬にしてその顔が真っ赤に染まった。

 

「君はっ! 何でご飯を前にして、そういうこと言うのかなっ!?」

「図星か」

「違うよバカ! おたんこなす! デリカシー皆無! ドケチンピラ!」

 

ちょっと待て、最後のは何だ!?

しかし口に出す事はなく思案する。

怒る元気はあるようだし、体調もパッと見た限り問題はなさそうだが、そうなると今日一日で何か悩み事でも抱え込んだのだろうか。

ベアトリーチェはそっぽを向き、殊更大きく溜め息を吐いた。

 

「もう! ご飯取ってきたら? ユウの好きな唐揚げもあったよ」

「へいへい。あ、便所行きたかったら行っても」

「その話から離れてよ!」

 

怒声に押されるように、俺はカウンターへと向かった。

さっきの会話、割と声は大きめだったが、周囲の喧騒のおかげで注目される事はない。

カウンターで唐揚げ(肉)定食と、デザートとしておからゼリーとボーロをチョイス。

最後に合成炭酸水をトレーに乗せ、会計をして戻ろうとして気付いた。

先ほどまで空いていた俺達の周辺の席も、あっという間に埋まっている。

大繁盛じゃねぇか。

だがそんな人ごみの中でも、ベアトリーチェの明るいピンクの咎人服は良く目立っていた。

目印としては持ってこいだ。

そのベアトリーチェだが、さっきと同様、切羽詰った顔でしきりにスカートのすそを引っ張っている。

……あいつ、やっぱり何かあったな。

メシ食ってからそれとなく聞いてみるか。

まずは体の欲求に応えてやらんとね。

席に戻り、改めて取ってきた料理を見渡しながら手を合わせる。

 

「よし、いただきますっと」

「いただきます」

 

ベアトリーチェも続いて唱和。

手をつけたのはまずは豆のスープだ。

これ単体では全くもって物足りないのだが、これはウォーミングアップ。

体を温めないと、どんなメシも美味くならない。

一口二口と飲み、ほっと一息。

あー、沁みるなー。

穏やかな塩ナトの風味とと豆の控えめな滋味が、冷え切った体を緩やかに温めてくれる。

そして、緑のヤサイの和え物とメシで、メインディッシュへ向けて徐々に準備を整え、ついに来ました絶対正義、唐揚げ!

顔がにやけるのを自覚しつつ、口へと運ぶ。

おお! やっぱ美味えっ!

絶妙な歯ごたえと共に口の中に広がる熱々の幸福に、体の芯から打ち震える。

噛めば噛むほどに溢れる濃い味付けと合成肉の旨み、油のこくは、あったかいメシと一緒に食うと最高なのだ。

夢中でメシと共に食いまくる。

 

他のPTの事は全く知らないし記憶にもないが、少なくともこのPTの唐揚げは、合成調味料で下味がしっかりついているものが主流だ。

なので、刺激物として体が受け付けないヒトもいるとかいねーとか。

何でも長い年月、薄味のもんばっか食ってきたせいで、味覚が衰えているかららしいけど、イマイチよくわからん。

幸か不幸か、俺は味の濃いものも問題なく食うことができる。

その代わりなのかは知らんが、酒は一滴も飲めないが。

唐揚げと言えば、肉料理専門店の塩ナトとクエン酸で下味がついている唐揚げも良かったなぁ。

シンプルな味付けなんで、肉と油の旨みを十二分に堪能できるし、合成炭酸水とよくあうんだ、これが。

バックシュとかいう酒とも合うらしいが、残念ながら確認はできない。

ともかく、唐揚げは最高。唐揚げこそが究極の真理。

異論は認めない。

デザートのおからゼリーを食いきったところで、ふと我に返る。

そして、本日二度目の衝撃を受ける。

 

「お前、本当の本当にベアトリーチェなんだよな?」

「君は本当に失礼なヒトだよね」

 

ベアトリーチェは眉間に皺を寄せて、口をへの字に曲げた。

スープはほぼ完食したようだが、薄焼きパンは一枚しか食っていない。

そういえば、メシの最中もよく話しかけて来るコイツが、今日に限っては静かだった。

メシの時に会話をするのが苦痛な俺にとっては、落ち着いてメシを食えたのはいいが、さすがに不気味すぎる。

合成炭酸水で飲みながら、改めて尋ねる事にした。

 

「失礼でも何でもいいけど、本当にどうした? 体調が悪いんだったら、すぐに民生院に連絡したほうが」

「ううん、違うの。体は本当に平気なの。ただちょっと、……ショックな事があったから」

「ショックな事?」

 

鸚鵡返しに言うと、ベアトリーチェは黙って頷いた。

コイツにショックな事って何だ?

顔はご覧のとおりの美少女っぷりで、体つきも上々。

好みはあれど、男どもの八割は、その容姿に合格点を出すだろう。

天獄出身でPTでの常識に疎い一面はあるものの、俺に比べれば遥かに物事は知っているし、そもそも頭は良い。

性格はまあ、アブダクターが絡むと変人に早変わりな上に、最近は図々しいところもでてきたが、基本的には善良と言える。

そんなコイツが、ここまでベッコリ凹むようなショックな事って何だろう。

 

「俺が男で言いにくいって事なら、ニーナあたりに一任するが」

「……どっちにしても同じだと思う」

「ああ、そう」

 

うーん、コイツ凹んだ原因が皆目見当がつかない。

いつもなら向こうから勝手に話すことがほとんどで、水を向ける必要すらないくらいなのに。

そんなに深刻な事なのかね。

それとも、自分一人で解決したいって思ってるのか?

 

「言いたくねーってんなら無理に聞かねーよ。小難しい話はさっぱりだし、気の利いた事も、たいした事も言えねーしな」

「……ゴメンね、気を遣わせちゃって」

「謝んな。お互い様だ」

 

俺だって今まで散々迷惑と心配をかけてきたのだ。

そして、これからも間違いなくかけ続けるだろう。

だが、それだけで終わりたくはない。

ボーロの入った器を、ヤツのトレーに載せた。

 

「これ」

「片栗粉と水、スクロースを混ぜて焼いたボーロっつー菓子だとさ。大した栄養価はねーけど食いやすいから、とりあえず腹に入れとけ」

 

ヒトなら誰しもそうだろうが、特に日々命のやり取りをする咎人は、体が一番の資本だ。

食欲があろうがなかろうが、食える時にちゃんと食って体を整えないと、自分はもちろん共に戦う友軍にも影響が出る。

だから食う事は咎人にとって、決して疎かにすることはできない大切な仕事であり、どんな事情があっても決して蔑ろにしてはならない大切な習慣なのである。

ボーロを見ていたベアトリーチェは、何かに耐えるように唇を真一文字に引き締め、そして神妙な表情で顔を上げた。

 

「ありがと」

「貸し一な」

「出世払いでお願いします」

「ダメです」

 

「意地悪だよ」と小さく呟くベアトリーチェを一睨みして黙らせ、テーブルに肘をついて合成炭酸水を飲んだ。

ベアトリーチェは、おずおずと丸いボーロを摘まむと、口の中に押し込む。

そして、俺を驚いたように見た。

 

「不思議な食感だね。優しい味。……美味しい」

「そいつぁ何より」

 

おからゼリーのオモシロ不思議食感も好きだが、素朴な味と儚い食感のボーロもまた、俺の好物の一つだ。

そうしてしばしの沈黙。

周囲の騒がしさのおかげで、さほど苦痛ではない。

ボーロを遠慮がちに食べるヤツを横目で確認し、再びこの建物に意識を向けた。

取りとめもない妄想に耽ろうとして、

 

「あのさ、できれば誰にも言わないで欲しいんだけど、聞いてくれるかな」

 

ベアトリーチェの声で、即時に現実へと引き返される。

 

「ああ。口外しないのは約束する。それと、話せるところだけで良いからな」

 

そう言うと、ヤツは俯いたまま小さく頷いた。

 

◆

 

「今日ね、午後のボランティアが終わってから、アクセサリのメンテ用のパーツを見て回っていたんだけど」

 

そう言えば、さっき出会った時も、モザイク街の奥のほうから来ていたな。

 

「でもめぼしい物がなかったから、独房に戻ろうとして。そしたら、いつもの子たちがいるのを見かけたの。時間が余っていたし、遊んであげようと思って」

「遊んでもらってたのか」

「混ぜっ返さないでよ」

「サーセン」

 

片手を上げて宥め、続きを促す。

 

「前は、三日徹夜して練習したアブダクターの顔真似クイズが大不評だったから、今日はアブダクター体操第一を教えてあげようと思って」

 

……うーん、どっから突っ込めばいいんだ?

だが、唇を引き締めて黙って聞くことに徹しようとして、

 

「あ、アブダクター体操はね、私が作詞、作曲、振り付けを考えた、超力作にして自信作なの! アブダクターの名前と特徴を、歌と体操で覚えてもらう事が目的なんだけど、全身運動もできるから健康にも良いし、しかも自分で言うのもなんだけど、これがもう超かっこ可愛くできちゃって! モフュフュ! この際だからもう第三まで作っちゃおうかなーとか」

「それで何があったんだよ」

 

さすがに話が脱線しそうになったら、口を挟まないわけにはいかない。

 

「あれ? 知りたくない? 興味そそられない?」

「今この世界で一番どうでもいい情報だよ」

「そんなぁ」

 

ヤツはガックリと肩を落としたが、俺の一睨みを受けて神妙な表情になった。

 

「……それで、体操のお手本を見せる事にしたのね。最初は興味なさそうに見ていた子達も、次第に物凄く集中して見てくれて。あ、これは、もしかしらいけるかも! やった! 私のウィルオーが伝わったんだ! って凄く嬉しかったんだよ。だって、今までそんな反応したの見たことなかったし」

 

だがベアトリーチェの表情は、どう見ても悲哀に満ちている。

 

「一通り体操をし終えて、教えてあげるから皆で体操をしようって声をかけたら、その子たちニヤニヤ笑っているの。ちょっと君に似た嫌な笑い方だったから、どうしたのかなって思ったら」

 

そこで言葉を詰まらせるベアトリーチェ。

何やら聞き捨てならない言葉を聞いたような気がするが、黙ったまま待ち続ける。

そして、俺から視線を逸らし、心なしか頬を染めて聞き取れるギリギリの小さな声で呟いた。

 

「ぱんつーまるみえって」

「……………………は?」

 

我ながら随分と間の抜けた声が出たと思う。

まさか、コイツが凹んでた理由って、これだったのか!?

だが、俺の反応に何を勘違いをしたのか、ヤツはさらに顔を赤くして俺を睨んだ。

 

「だから! その子たち、私を見てぱんつーまるみえって言ったの!」

「や、それは聞こえてたから」

「え」

 

怒りと興奮で叫んだヤツの発言は、周囲の注目を集めるには十分だった。

叫んだ当人は、湯気が上がるのではないかと思うくらい顔を真っ赤にし、羞恥のあまり涙目になっている。

相当に恥ずかしいだろうが、俺も結構辛い立場だ。

俺たちは俯き、しばらく身じろぎもせずに黙った。

周囲の視線が感じられなくなった頃、俺は口を開いた。

 

「つまり、体操をしてガキ共の注目は集めたけど、それはアブダクターや体操に対する興味じゃなくて、お前のパンツ目当てだったと」

 

さすがにさっきの事もあって声を落として確認すると、ベアトリーチェは縮こまったまま、小さく頷く。

 

「何だよ、んな事かよ」

 

思わず大きく溜め息をついた。

その溜め息の内容の大半は安堵だ。

もっとコイツのパーソナリティに関わるような、大事なものにひびが入るなり傷つくなりをした深刻なものだと身構えていた。

内容が内容なら、遠まわしにウーヴェやセルジオに相談しようかとも思っていたくらいなのだ。

だが言われて見れば、ここに来るまでにコイツはずいぶんとスカートを気にしていた。

なるほど、あれは実にわかりやすいヒントだったのだ。

正直、肩透かしを食らって脱力するが、良かったと思うべきなのだろう。

だが、ヤツは顔を上げて優しげな目を吊り上げた。

 

「そんな事って何!? 私には一大事だよ!」

「声を落とせよ」

「っ! だって、振り付けまでされたんだよ」

「振り付け?」

「うん。ぱん、つー、まる、みえ、って」

 

わざわざ実演して見せるベアトリーチェ。

 

「……微笑ましいな」

「私もちょっとそう思ったよ! でも私が対象じゃなければもっと素直にそう思えたのにね!」

 

ベアトリーチェはヤケクソ気味に──もちろん音量はかなり落として──言うと、手で顔を覆った。

あまりのくだらない内容に、何度目かの溜め息をつく。

 

「パンツ見られたくらいでなんだよ。いつもの事じゃねーか」

 

スカートのすそを引っ張っていたヒントに気付かなかったのも、コイツのパンツ丸出しの頻度が高かったせいもある。

年中無休でパンツバリアフリーのコイツが、たかがパンツを見られたくらいで何をしょげているのか。

だが、俺の言葉にベアトリーチェの雰囲気が一転した。

静かな、恐ろしく張り詰めた空気をまとって俺を見る。

 

「いつものって何?」

「あ?」

「いつものって、まさか、ユウも見てたの!?」

 

言葉を震わせ、信じられないものを見るような表情で尋ねるベアトリーチェに、俺は頷いた。

 

「声を落とせって言ってるだろ。ああ、見てたよ。だって見えるんだからしょうがねーだろ」

「あっさり肯定しないでよ! キモイよ! 変態!」

 

酷ぇ言われようだ。

己の潔白を証明するために、ちゃんと説明をしなくてはならない。

 

「あのな、好きで見てたわけじゃねーぞ。お前のスカート丈が短すぎて、ちょっとの動作で見えちまうの。例えば階段を上がる時、お前が先頭を歩けばちょっと視線を上げただけで見える」

「う」

「お前が荊で上方へ移動した時も見える」

「うう」

「極めつけは溶断している時だ。そのスカート丈で、あの格好と動きはねーよ」

「ううう」

「市民が格納されている鳥篭(ゲージ)を溶断している時の状況を想像してみろよ。市民の顔の至近距離で、お前のパン」

「それ以上は言わないで!」

 

トレーを俺に押しやり、テーブルに突っ伏すベアトリーチェ。

その姿に哀れみを覚えつつ、しかし真実を告げねばならない。

 

「あとあれな。第二情報位階権限だったか? 三か? 四か? まあどうでもいいか。その辺りでお前の妹と会っていた時も見えてたぞ。貴方の事を愛しているわ、とか言いながらパン」

「やめて!」

 

叫ぶベアトリーチェ。

テーブルに突っ伏しているせいで、声が篭ってさほど響かずに済んでいる。

俺はここに来て疑問に思っていた事を尋ねた。

 

「お前、今までそのスカート丈で、パンツが見えてないと思ってたのか?」

 

沈黙。

 

「おいおいマジかよ……」

 

本日最大の衝撃に絶句し、口を手で押さえた。

確かコイツ、天獄では頭の良い技術者なんだよな? なのに、どれだけうっかりなんだよ。

PT法で雁字搦めになっている世界とは言え、一歩間違えれば、一部の男どもの胸と股間が炎属性アップ(特大)なシチュエーションが展開されていただろう。

本当に運が良かったとしか思えない。

テーブルに突っ伏してウゴウゴしているピンクのうっかり者。

だが、俺の残念な脳みそでは、このうっかり者にかける言葉が見つからない。

再び沈黙が訪れたが、先ほどとは打って変わって実に居心地が悪かった。

 

「あのさ」

 

しばらくして、テーブルに突っ伏したまま、ベアトリーチェが沈黙を破った。

だがその声は、先ほどよりも追い詰められた響きがある。

 

「これって、みんなも知ってるのかな?」

 

当然の疑問だろう。

いや、コイツはその答えを知っているはずだ。

だが、自分でその答えを出す勇気がないから尋ねている。

ベアトリーチェは、俺にとって大事な仲間だ。

ならば誠意を持って答えてやる事が、仲間として出来る唯一の事だと思う。

 

「ああ。知ってる」

 

途端、ベアトリーチェは跳ね起きた。

 

「マティアスとビリーも!?」

「言わずもがな。マティアスはガン見。ビリーは一瞬目をそらすけど、チラチラ見ている」

「ウーヴェさんやセルジオさんも!?」

「もちろんだ。お前のパンツと遭遇するたびに、どうにかしろと苦い表情でアイコンタクトを送ってくる」

「マリーちゃんとアンちゃんも!?」

「あの二人な、何で俺に話を持ちかけたのかはわからんが、気まずそうに聞きに来た事があったよ。『ベアトリーチェさんのパンツが見え見えなんですけど、あれってどうなんですか』って」

「ふぇええ!?」

 

奇妙な声を上げて仰け反るベアトリーチェ。

今にして思うが、何で俺、仲間からコイツに対する相談窓口のような立場になってんだろう。

ともかく、俺は言葉を続けた。

 

「だから言ってやったさ。あれはパンツじゃない、オーバーパンツなんだと。咎人服とセットになっている見せパンのようなもので、パンツ、つまり下着じゃないんだ、とな」

 

我ながら苦しい嘘だったと思う。

だが、心優しくて強いあの二人は、きっといろんな意味でわかってくれたと思うんだ。

 

「あの二人は納得してくれたよ。俺はお前の名誉を守るために、かけがえのない仲間に嘘をついたんだ。あの微妙な空気を、お前は想像できるか?」

「ううう」

「はっきり言っておく。仲間は全員お前のパンツを見ている。だけど、それぞれがそれぞれの思いで指摘をしなかっただけなんだよ」

「ああうううぅぅ」

 

崩れるように再びテーブルに突っ伏すベアトリーチェ。

やりきれない思いを抱え、俺は合成炭酸水を飲み干した。

うへぇ、温くなっている上に気が抜けかかって不味ぃな、おい。

合成炭酸水は俺にとってソウルドリンクのようなものだが、時間が経つと途端に味が落ちるのが唯一の欠点だ。

テーブルに突っ伏してモゴモゴしているベアトリーチェをよそに、薄焼きパンとボーロだけを残し、ベアトリーチェの分の食器も含めて片付けに向かった。

ついでに合成炭酸水と、ベアトリーチェ用の水も注文する。

結局、奢る羽目になったが、水ぐらいだったら許容範囲だ。

席に戻ると、ベアトリーチェはテーブルから顔を上げていたが、その表情は憔悴しきっていた。

いつもなら明るく輝いている黄色い目も、完全に空ろな状態である。

 

「ほれ、飲んどけ」

「……ありがと」

 

ベアトリーチェは小さく礼を言うが、水に手をつけようとしない。

俺はそれに構わず、合成炭酸水を飲む。

ふー、冷たくて美味ぇなぁ。

 

「何でなの?」

「あ?」

 

ベアトリーチェは呟く。

 

「何で、男の人は女の人のパンツを見ようとするのかな? さっきの男の子達もそうだったし、君も、マティアスも、ビリーもそうじゃん。おかしいよ。もっと見るべきところはたくさんあるはずだよ。女の子も世界も見所はいっぱいあるんだよ」

「それは簡単な事だ、ベアトリーチェ」

 

その問いかけに、俺は厳かな気持ちを持って答えた。

 

「そこにパンツがあるからだ。それ以上も以下もない」

「それ、カッコ良く決めて言う台詞じゃないからね!?」

「人間はさ、隠されたモノを暴こうとする性質があるだろ。それは人間の飽くなき知的好奇心のなせる業だと思うんだ。古代の歴史然り、最新の科学技術然り、パンツ然り。例えそれがどんな不幸を呼ぼうとも、未知と真実に立ち向かって行くってーのが人間ってやつじゃねーか。そうやって人間と文明は発展してきたんだろ? 違うか?」

「パンツと並列で、人間と文明の在り様を語るのはやめてよ!」

 

根っこは同じだと思うんだけどなぁ。

ベアトリーチェは眉を吊り上げ、憤然とテーブルに拳を置いた。

 

「そんなにパンツが好きなら、女の子のパンツ買って、自分の部屋で眺めていれば良いじゃん。それだったら、誰も何も文句は言わないよ」

「私物の持込みは確かPT法違反だろうが。そうでなくとも、男が女のパンツ持っている時点で色々アウトだろ。それになぁ、男は女のパンツが好きなわけじゃねぇんだよ」

「え?」

 

怪訝な表情を浮かべるベアトリーチェ。

貶されようとしてる全ての同胞の名誉のため、俺は目に力を込める。

 

「男はな、女が今まさに履いているパンツが好きなんだ。履いていないパンツはただの布切れ。中身のないパンツに一切の価値はない」

「君は真顔で何を言っているの!?」

「ああそうだな。男にもいろんな奴がいるからなぁ。女の使用済みのパンツが好きな奴もいるんだから、もしかしたら新品のパンツ好きもいるかもしれねぇ。おまけに女に興味を持たない男もいるから、これが絶対の真理たぁ思っちゃいねーよ」

 

呆気に取られるベアトリーチェに、俺は声を落としつつ熱意を込めて語り続ける。

 

「でもな、女の履いているパンツは、ほぼ全ての男にとって、女の胸と同じくらいに夢と希望と浪漫に溢れた存在なんだ。閉ざされたこの世界に輝く、三角形の眩くも尊い奇跡の光なんだよ」

「そんな光はないよ! ないからね!」

「ちなみに男は、パンツ丸見えが好きなパンモロ派と、ちらりと見えるのが好きなパンチラ派とで大きく分かれる」

「聞いてない! 聞いてないよ、そんなこと!」

「俺はパンチラ派だ。パンモロ派はPTの最上階に並んで立たせて、順番に突き落としてやる所存」

「今この世界で一番どうでもいい情報だよ!」

 

律儀にツッコミをしていたベアトリーチェだったが、ついに目に怒りの火を灯して腕を大きく振り上げた。

 

「もう! いい加減にしないと殴るよ! ホントに殴るからね!」

 

無防備な奴め。

俺はその様を苦々しく見つめる。

そんなんだから、パンツ見放題に気付かないうっかり者になるんだよ。

コイツ自身のためにも、そのうっかりぶりを自覚してもらう必要がある。

俺は口の端を釣り上げた。

ヤツの表情の引きつりようを見て、相当に悪い顔になったようだ。

だが構わず告げる。

 

「可愛い腋の下だな」

 

途端、そこを突付かれたようにベアトリーチェは腋をギュッと締めた。

ついでに締めた肘を軸にして、脇腹を伸ばすように体を曲げる。

顔を真っ赤にし、唇をわななかせるその様は、中々に可愛らしい。

まあしかし、我ながらキメェ発言だ。

だがそれゆえに効果は覿面。

 

「敵に弱点を晒しちゃいけねーよ。腋の下然り、パンツ然り」

「っ! ユウのバカ! セクハラ親父! キモ親父! ハゲ親父!」

「声を落とせ。それと、まだハゲちゃいねーよ!」

「じゃあ、……変態おたんこなす!」

「常時パンツ露出(大)の上位情報位階権限の変態に比べれば、俺の変態度合いなんざ、せいぜい第二情報位階権限止まりだ」

「変なあだ名つけた上に、変態認定しないでよおう」

 

そう言って、ベアトリーチェは崩れ落ちながらテーブルに突っ伏した。

さすがにやりすぎたか。

聞き役に徹するはずだったのに、いつの間にかパンツ話で盛り上がってしまった。

男の名誉を守るためだったとは言え、いかんいかん。

 

「あー、俺が悪かったよ。変態呼ばわりしたのは早かったな。まだ門を叩いた程度か? とにかくすまなかった」

 

ウグウグ悶えながらテーブルと一体化を試みている──ように見える──ベアトリーチェに、詫びを入れる。

 

「これ食って機嫌直せ」

 

ボーロの入っている器をベアトリーチェの手元に押しやる。

隠すつもりはないが、俺は女の機嫌を取ったり慰めたりするのが、この世の何よりも苦手だ。

恐らくは、記憶をなくす前からそうだったろうし、これから先、奇跡的に生き残り年を重ねる事になったとしても、苦手のままのような気がする。

しばらく身じろぎをしなったベアトリーチェだが、やがて顔を伏せつつもガッチリとボーロの器を掴んだ。

 

「これ、全部食べちゃうからね」

「あー、食え食え」

「後で水のおかわりもしちゃうからね。ユウの奢りだよ」

「便所が近くならない程度にな」

「貸しも無しだよ」

「はいはい」

「次の夕飯は全額奢りだからね」

「どさくさに紛れて何言ってんだよ、調子に乗んな」

「ケチ」

「るせーわ」

 

ベアトリーチェはようやく顔を上げた。

相変わらず不機嫌なようだが、どうやら落ち着きを取り戻したようだ。

ガッチリと掴んだボーロの器を自分の下に引き寄せると、薄焼きパンに手を伸ばし、半ばヤケクソ気味に食べ始めた。

 

しかしあれだ。

この一連の会話、周囲の席の連中には丸聞こえだろうな。

聞こえない振りをしてくれているのは、連中なりの優しさだと思う。

右手で顔を覆った。

……せっかくニーナに教えてもらったのに、当分この店には立ち入れねーな。

体はともかく、心は疲れた。

コイツの気が済んだら、さっさと独房に戻ろう。

 

「ねえ」

 

ベアトリーチェは、俺に視線を合わせる事なく、薄焼きパンを千切りながら声をかける。

 

「明日から、どんな顔してみんなに会えば良いかな」

「いつもどおりで良いだろ。事情を知っているのは、俺だけなんだから」

「そうなんだけどさ……」

 

気持ちはわからなくはない。

 

「その服止めて、スカートじゃない服を着ればいいんじゃねーか。ニーナの着ているやつとか、今の季節なら、マリーの着ているやつとか」

「いきなり服を変えるって、変じゃない?」

「別に理由なんて幾らでも付けられるだろ」

「うーん……」

 

あまり気乗りはしていないご様子。

顔も良ければスタイルも良いコイツなら、どんな服も似合うだろうし、色味を変えれば他人とかぶる事もないはずだが。

理由は予想がつく。

 

「その服が好きなんだな」

「うん。だって、地上に来て初めてのプレゼントだったんだもん。ユリアンの奥さんも可愛いよ、似合うよって言ってくれて凄く嬉しかったし」

 

まだ見ぬユリアンの嫁さんと会ったのか。

どんな人なんだろうな。

だが、それは今は関係のない話だ。

 

「気に入っているのはいいけど、今のまんまだと変態認定一直線だぞ」

「変態じゃないよ! ……この服、すっごく可愛いんだけど、激しく動く咎人の服なのに、何でこんなデザインにしたのかな?」

「さあなぁ。布として使う資源の節約とか、空気抵抗を減らすデザイン云々とか、俺らには与り知らぬ何か格好良さ気な理由があるんじゃねーの?」

 

わからんのは、コイツの服や女咎人の配給服、そして八十八式軍服のミニスカだ。

オーバーパンツを履く想定でない上に、少しの動きでパンツが見えるような服は、PT法的にどうなんだって話である。

公序良俗に反するような気がするんだが、これもまた何かしらの理由があるのかねぇ。

大半の男にとっちゃ、ゴチソーサンな服な訳だが、もしかしてソレが目的か?

幾ら考えたところで、推測の域を出る事はないが。

 

「だが、確実にわかる事はある」

「え?」

 

思わず顔を上げるベアトリーチェに、俺は再び目に力をこめた。

 

「少なくともお前の着ている服のデザイナーと、GOサインを出した上長は、確実にパンモロ派で札付きのド変態だ。出会う事があったら、その恥知らずの顔面にパンツを被せた上で、PTの外壁に叩き付ける覚悟は出来ている」

「そんな覚悟はいらないよ!? しなくていいからね!?」

「お前と世の女のためだ」

「嘘だよね!?」

「ああ嘘だ」

「通報します」

「俺が悪かった」

 

あまりやりすぎると、コイツの機嫌がまたしても急降下してしまう。

程々にしとかねーと。

ベアトリーチェは大きく溜め息をつき、そして水を一口飲んだ。

 

「他の女の人たちにも、それとなく聞いてみる」

「お前の気の済むように、好きなようにやってくれ」

 

ヤツは頷き、再び食事の続きに取り掛かった。

宣言どおり水をもう一杯奢ってやり、特に話すこともなく食事は終了。

食器を片付け、椅子にかけていた寒冷地仕様軍服のコートを手に取った。

そして、スカートのすそを気にしつつ立ち上がるベアトリーチェに向けて放る。

 

「わっぷ」

「PTに戻るまで貸してやる」

「え!? でも」

「スカートのすそを気にしすぎて足元疎かになって、すっ転んで衆人環視の中、パンツが丸見えになる未来が見えてな」

「う」

「そのコート着てたら、仮に転んでもパンツは見えないだろ。変態認定されたくなけりゃ着とけ」

「変態じゃないよ!」

 

喚くベアトリーチェに構う事なく店の外に出ると、凍てついた容赦のない寒さが長袖のシャツを通して肌身に突き刺さった。

うひー! マジ寒ぃっ!!

これはさっさとPTに戻るに限る。

濃いオレンジのマフラースカーフを改めて巻きなおし、歩き出そうとして、

 

「ねぇ待ってよ、って、寒っ!!」

 

ベアトリーチェが追いかけてきたが、店を出た途端、その体が寒さで縮こまった。

まだ着てなかったのか、コイツ。

 

「早く着ろよ。寒ぃから早く帰りてーんだよ」

「……うん。ありがとう」

 

遠慮をしていたベアトリーチェも、寒さに負けて俺のコートに腕を通した。

と、少し眉をひそめる。

 

「ちょっと汗臭い」

 

問答無用で、コートをご返却いただくことにした。

 

「やだー! 寒ーい!!」

「嫌なら着んな!」

「嫌とは言ってないじゃん!」

「だったら早く着ろ。こっちはマジ寒ぃんだよ」

 

喚くピンクの変態(仮)を放り出し、「暴力反対」だの「意地悪」だの「セクハラ」だのブツブツ言いながらコートを羽織るヤツを一睨みして黙らせると、今度こそPTに向かって歩き始めた。

 

◆

 

その後。

 

「なあ、気付いてるか?」

 

放置市街区域でのボランティアを終え、資源回収をしていると、同じく資源回収をしていたマティアスから声をかけられた。

だが、廃ケーブルをらしきモノを遠目に発見し、マティアスを無視して荊で一気に跳躍。

即座にゲットするも、残念でしたの低精度。

崩れた外壁に投げつけたくなる衝動を堪えつつ、背後からやって来た気配に振り向いた。

 

「何がだよ」

「……超精度じゃなかったんだな」

「超精度なんて狙ってねーよ!」

「ハイハイ、ソーデスネー」

 

クソが!

あーあ! 空からタダでやらしてくれる可愛い痴女と、超精度が落ちてこねーかなぁ!

あ、超精度は十個ほどオナシャース。

俺は溜め息をついてケーブルをウィルオードライブへと放り込み、改めてマティアスに尋ねた。

 

「それで、何に気付いているだって?」

「いや、そのな」

 

マティアスは俺に近づき、声を潜める。

 

「ベアトリーチェのパンツだよ」

「ああ。ホットパンツに変わってたな」

「だよな」

 

ベアトリーチェはここ最近、あのパンツの上に同じブランドらしきホットパンツを重ね履きするようになったのだ。

誰に相談したのかはわからない。

もしかしたら、自分で勝手に解決したのかもしれない。

何にしても、ベアトリーチェの変態認定は、ひとまずは遠ざかったのである。

マティアスは首を振った。

 

「あのパンツが見れないのは残念な反面、ホッとしてもいるんだ。俺も男だけどさ、仲間で、しかも女の子がパンツ丸出しなのは、いたたまれない気持ちになってなぁ」

「そうだな」

 

大きく頷く。

 

「やっぱ女のパンツは、偶然とほんのわずかな気の緩みでちらっと見えるのが最高だよ」

「わかる! わかるぞ相棒! 可憐に小さく輝く希少度八の資源であって欲しいよな」

 

俺たちは同時に手を差し出し、硬く握手をしあった。

 

「これからも頑張ろうぜ、相棒!」

「ああ! よろしくな!」

「おーい二人とも、護送車が来たよー!」

 

ニーナと共に半壊した雑居ビルで回収作業を進めていたベアトリーチェが、俺達に手を振って呼びかける。

その笑顔に、先日の陰りも羞恥も見当たらなかった。

 

「おお! 今行くー」

 

マティアスが手を上げて応じ、俺たちは並んで歩き出す。

俺も男だ。

残念な気持ちもある反面、心から安心した気持ちもある。

唐揚げも、合成炭酸水も、女の体も、女の履いているパンツも、紛れもない好物だが、女の陰りのない笑顔もまた、俺の好物の一つなのだ。

 

<咎人、好物を語る:終わり>




お読みいただきましてありがとうございます!
誤字、脱字、言い回し等の変更がある際は、都度手を入れていきます。

今回の話は前回同様、すでに連載が終わっている事と、続編の投稿の見通しが立っていないため、習作として、チラシの裏扱いとする事にしました。
続編の投稿を始めた際に、幕間としてちゃんと投稿しなおすかもしれませんし、このままかもしれません。
内容も内容ですしね。

さて、その内容ですが、今までになく俗な内容になりました。
書いていて、ツッコミを入れること幾たびか。
ただパンツを含めた服飾事情というのは、衣食住の「衣」を担う大事な要素ではあるので触れてみたかった部分ではあります。
というか、あの世界でのパンツの扱いは実際どうなっているのでしょう。
確かゲーム本編では、誰も話題にあげていないんですよね。
まさか、見えていないんですかね。
もしかしてあの世界の人々は、パンツ部分が暗黒空間として見えているのでしょうか。
それとも、パンツの話題をしてはいけないという決まりが、PT法にあるのでしょうか。
この話ではバッチリしっかり見えているという設定なので、ベアトリーチェさんは大変に恥ずかしい思いをすることになり、最終的にはラストのような展開になりました。
現実では、ゲームで女キャラが出てきたら、衣装のパンツを確認し盛り上がるのは紳士の嗜みのような風潮らしいので、何と言うか、今後も盛り上がるネタなんでしょうねw

そして、お詫びを。
ベアトリーチェさんのファンの方、申し訳ありませんでした。
私の中でのベアトリーチェさんは、こんな感じです。
可愛いし愛嬌もあるけど、やっぱり変な女性キャラ。
もう少し、アブダクター絡みでヘンテコ具合を出したかったのですが、話がグダりそうでやめておきました。
また書く機会があった時に頑張ろうと思います。
あと、常時パンツ丸出し状態のように書かれていますが、実際のゲームではそこまで酷くはありませんw

くだらない内容ではありますが、お読みいただいた皆さんの大切なお時間に、少しでも楽しさを生み出す事が出来たら幸いです。
なお、活動報告に補足を書かせていただきました。
お時間に余裕があり、興味のある方はご覧いただければと思います。

それではまた。

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