私の小説特有の多少の設定&キャラ崩壊はありますが、むしろそれを含めお祭り気分で堪能してもらえればと思います!
午後3時、都内某所の某喫茶店。喫茶店内は優雅なティータイムを満喫するためのお客さんで、ほとんどの席が埋まっている。コーヒーや紅茶の香ばしい匂いが漂い、程よい空調温度と落ち着きのあるジャズ音楽によって、リラクゼーション効果が半端ではない。現に奥様たちや女子高校生グループ、カップルなどがお互いに世間話を弾ませ和みのある雰囲気を醸し出しており、これぞ昼下がりの喫茶店と言わんばかりの光景が広がっていた。
しかし、その中で和みのある調和を乱している少年たちがいた。
”神崎零”と”岡崎拓哉”
共に”ヒーロー”の称号を与えるに相応しい、いわゆる"主人公"なのだが、今日は完全なる根暗キャラに成り下がっている。店内に和やかなムードが漂う中、彼らの周りだけは異世界かと思うほどどんよりとした空気に包まれていた。
それもそのはず、彼らはこの世で一番やらかしてはいけない犯罪に手を染めてしまっていたのだ。そして現在、お互いに自分の犯した罪を懺悔すると共に、この先に待ち受ける絶望をどう回避しようか思案中なのである。お互いにヒーローとして、主人公として、何としてでも話をハッピーエンドに収束させることを強いられているのだ。
「拓哉も大概バカだよなぁ。穂乃果たちの気持ちくらい考えてやれよ」
「ブーメラン突き刺さりすぎて、喉元掻き切られてるぞ神崎……。そもそも、俺たち同士で言い争ってる場合じゃないだろ」
「すまん。でも人間ってのは現実逃避したくなる生き物なんだよ」
「いや、分かるその気持ち。俺だってできるなら面倒事は回避したいからさ……」
「あぁ、これからどうしたらいいのか。タイムリミットは明日に迫ってるから、早急に手を打たないと……」
”ヒーロー”であり”主人公”でもある彼らだが、そんな肩書のオーラも感じられないほどナーバスとなっていた。傍から見たら陰キャ同然であり、普段の日常からたくさんの女の子に囲まれリア充生活を送っている彼らとは到底思えない。彼らがここまでブルーになっているその理由とは……?
「さて、どうしよう……」
「そうだな……」
「まさかAqoursのみんなと――――」
「まさかμ'sのみんなと――――」
「「デートの日程が被るなんて!!」」
《神崎零のデート相手》
・高海千歌(危険度:高)
・桜内梨子(危険度:高)
・渡辺曜(危険度:中)
・国木田花丸(危険度:低)
・黒澤ルビィ(危険度:低)
・津島善子(危険度:高)
・松浦果南(危険度:中)
・黒澤ダイヤ(危険度:高)
・小原鞠莉(危険度:高)
《岡崎拓哉のデート相手》
・高坂穂乃果(危険度:高)
・南ことり(危険度:中)
・園田海未(危険度:高)
・小泉花陽(危険度:低)
・星空凛(危険度:低)
・西木野真姫(危険度:中)
・絢瀬絵里(危険度:中)
・東條希(危険度:高)
・矢澤にこ(危険度:高)
2人が小心者のように怖気づいていた理由。それは女の子たちとのデート日が全て同じ日に被ってしまったことだった。
ただでさえ鈍感で朴念仁で、女の子たちをいつもヤキモキさせておきながら、いざデートをしてみようとなったらこの有様である。まさに外道、最悪、最低、ゴミ屑、地獄に叩き落されることを自ら望んでいる自殺願望者と言わざるを得ない。
「なぁ神崎。今さっき神の声で物凄くバカにされたような気がしたんだけど……」
「その声を聞いたら余計に惨めになるから無視しろ。それよりも、早くお互いにデートプランを考えないと」
「とは言っても、女の子とデートなんてしたことないぞ俺……」
「普段からμ'sと一緒にいるだけでデートと一緒だよそれ。まあ俺に関してはデートブッキングは2回目だから、この修羅場マスター神崎零に任せとけ」
「学べよバカなの!? あぁ、バカだったか……」
「バカと天才は紙一重だ。だから俺が画期的かつ神業でデートブッキングを切り抜ける方法を伝授してやるよ」
「ツッコミどころは色々あるけど現にこの状況だ。お前のデート戦術に賭けてみるしかなさそうだな」
「まあ成功するかどうかはどっこいどっこいだけど」
「ダメじゃねぇか!!」
先程の会話でお察しの通り、零はこの手の事態に陥ったことが過去に1度だけある。その時も1日で9人を相手にデートするという清々しいまでのクズっぷりを発揮し、結局は全員にバレて手痛い粛清を貰った。それなのにも関わらず、またしてもデートブッキング事件を勃発させるその学びのなさ。これだからハーレム主人公とか謳ってる奴らは……。
「という訳で、早速当日のデートプランを組み立てていくぞ。お互いに9人も相手にしないといけないから、早朝から動き出さないとな」
「早朝だとしたら……7時くらい?」
「何言ってんだ!! 明日1日がデート日であろうとも、使える時間は深夜を除けば精々12時間くらいなんだぞ!? 当日は朝6時、いや5時に起床だ!!」
「はやっ!? 爺さん婆さんかよ!!」
「女の子のためなら早起きという苦難にも立ち向かえるからさ」
「カッコイイこと言ってるけど、やってることはただの9股なんだよな……」
「俺はみんなを笑顔にしたいだけなんだよ!!」
「実際に12股してる奴が言うと重みが違うな。絶対に見習いたくねぇけど……」
堂々と多股を公言し、今回に至っても女の子に謝りもせずにデートプランを練ろうとしている零の気概に、拓哉は謎の納得をしてしまう。だが同時に、もし将来女の子たちから告白されまくっても、コイツと同じ未来を歩みたくはないと反面教師にもしていた。
「とりあえずμ'sのみんながデートでどこへ行きたがっていたのか、それを教えてくれ。俺が完璧なデートコースと時間を打ち立ててやるから」
「あ、あぁ。物凄く心配だけど……」
「でも経験がほどんどないお前は俺を頼らざるを得ない。違うか? それに女の子は魔性で悪魔なんだ。だから死に物狂いで死なないためのデートプランを考えるしかない!!」
「それが教師の言うセリフかよ……。つうかそもそも、Aqoursはお前の生徒なんだろ? 教師と生徒がデートなんてして大丈夫なのか……?」
「障害が多いほど恋愛は燃えるってね」
「どうしてお前が2度もデートブッキングに陥ったのか、なんとなく理由が分かった気がする……」
もはや反省の色を示さない零に対し、拓哉は諦めムードだった。お得意の説教攻撃すらもする気が起きないほど、目の前の男の倫理観は破綻している。まあ神崎零の住む世界ではμ'sもAqoursもそれなりに倫理観も貞操観念も常識を逸脱しているので、拓哉は改めて世界観の違いを実感することとなった。
そんな中、零は拓哉から片手間にμ'sとのデート場所を聞き、予定表に分単位のスケジュールを書き込んでいく。やはり修羅場経験者は予定の練り込みも早く、ものの数分で拓哉が実行すべき1日のデートプランが完成した。
「これでどうよ!」
5:00 起床
5:30 神社で希のバイトを手伝う
5:45 海未の早朝訓練に付き合う
6:00 花陽と凛と一緒に、ご当地ラーメン祭の列に並ぶ
6:30 ことりと一緒にケーキバイキングの列に並ぶ
7:00 穂乃果の店の手伝う
8:00 絵里と映画館
8:30 にこの買い物に付き合う
8:45 真姫と一緒に作曲作業
以降、適宜怪しまれぬようみんなの元へ戻るを繰り返すこと。さもなければ、"死"
~17:00 全員と解散して大勝利の余韻を味わう
「なんだろう、思ったよりもアバウトだな……。しかも案外余裕がありそうな気もするし」
「何言ってんだ! 途中でみんなの元へ戻る作業が大変なんだよ! 時間が経過すればするほどデートをする人数も増えてくる。そこをどう切り抜けるのかはお前の根性次第だ!」
「結局精神論かよ!? でもまあ前日になってデートを断るのも申し訳ないし、ちょっくら頑張ってみるか」
「努力をしても結果が伴うとは限らない。でも努力をしなければ結果は伴わないからな」
「それっぽく言ってもやってることを考えるとなぁ……。ちなみに、お前のプランはどうなってるんだよ?」
「知りたい? ほら」
5:00 起床
5:30 果南とダイビングショップの準備
6:00 千歌の旅館の手伝い
6:30 曜のスイミングコーチ
7:00 梨子と薄い本即売会に出る
7:30 善子とコスプレショップ
7:45 花丸とルビィとシャレオツカフェ
8:00 ダイヤの華道見学
8:30 鞠莉とジャンクフート巡り
以降、適宜怪しまれぬようみんなの元へ戻るを繰り返すこと
~17:00 全員と解散して、大勝利の余韻を味わいながら酒を飲む
「俺よりもハードスケジュールじゃねぇか。大丈夫か……?」
「言っただろ、俺は既に幾多の修羅場を乗り越えてきてるんだ。9人同時に相手にするなんて造作もない」
「安心していいのか、最低だと思うべきなのか……」
9人どころか12人まとめて相手をしたことがあるそのキャリアを評価すべきなのか、デートブッキングを強行突破しようとしていることを咎めるべきなのかは皆さん次第である。1つ言えるのは、全員と解散したあとの彼の行動。酒を飲むって、もはや飲むことが目的となってデートは消化試合と取れなくもないのがまた彼らしいところだ。もはや修羅場を経験し過ぎているため、酒に逃げて現実逃避したい気持ちは分からなくもないが……。
「当日はこの予定通りに行動するんだ。デート当日の女の子は神経質な悪魔そのものだから、寝坊で遅刻なんてバカな真似は絶対にしないようにな」
「この計画自体がバカな気もするが、ここまで来て引き下がる訳にもいかないか…………よしっ、俺も男だ! こうなったら当たって砕けろでやってやろうじゃねぇか!!」
「生きて帰って来いよ」
「そっちこそ」
ここで熱い握手を交わす主人公2人。さっきまで陰湿なまでにテンションが下がっていた2人だが、今や喫茶店内の雰囲気を席捲するかのような明るいやる気に満ち溢れている。上手くいけば9人同時デートという全世界の男が夢にまで見た体験ができるのだが、一歩間違えば地獄。まさに一触即発のデートに、2人はどこか不安を抱えながらも、それを気合で隠しながら再開を誓い合った。
彼らの前に広がるのは、天国か、それとも地獄か……?
~※~
~デート当日 作戦決行日~
5:00 神崎零宅
「前回は寝坊したけど、今回はちゃんと起きられたぞ! もう勝ち確だなこりゃ」
前回の反省をしっかりと活かした零は、携帯の目覚ましと家の目覚ましを総動員して何とか寝過ごさずに済んだ。まあこんなところで反省を活かすのなら、デートブッキングなんてしない方向に反省して欲しかったのだが、やはりハーレム主人公というのは騒動を起こさないと気が済まないのだろう。
「あら? こんな朝早くからどこへ行くの?」
「秋葉……で、デートだよデート!!」
「まさか教師と生徒の禁断デート? なんかお金になりそうな匂いが……」
「この際覗き見はいいから、邪魔だけはするなよ?」
「邪魔? そんなことをして私にメリットがあるとでも?」
「お前はメリットがなくても、ただ面白いからっていう理由で俺たちを弄ぶだろ……」
「アハハ! よく分かってるね♪」
「その笑顔が怖いんだよ……」
せっかく予定通りの時刻に起きられたのに、いきなり足止めを食らっては元も子もない。
零は秋葉と会話しながらも、徐々に身体を玄関の方へと向けていた。
「それじゃ! 今日の晩飯は豪勢に頼むな!!」
「あぁもうっ! でもまぁ、あの調子だったら今日の晩御飯は必要なさそうかな♪」
零は会話中の僅かな隙を突いて、寝起きとは思えないほどの全速力で家を飛び出す。一緒に住んでいるだけでも命を脅かしてくる彼女に捕まってしまうと、昨日立てた計画が全て白紙にされてしまうので、もしかしたら彼にとってここが今日一番の難関だったのかもしれない。あとは持ち前の修羅場回避能力を駆使して女の子たちに怪しまれずデートを続けるだけだ。
ちなみに、秋葉は既にとある未来を見通しているようだった。
自分の弟のことは何でも分かっているのか、それとも――――――
~※~
5:30 神社
「あっ、おはよう拓哉君」
「おはよう。相変わらず朝早くに御苦労なことで」
「早起きは三文の徳って言うやん? それに朝早く起きた方が、1日をたっぷりと満喫できるからいいと思うけど? 普段はお昼まで寝てる拓哉君?」
「ぐぅの音も出ない……」
拓哉も無事に5時起床を成し遂げ、第一のデートスポットである神社に来ていた。
いつもはこんな時間に起きてしまったら二度寝がデフォとなっている彼だが、このあとのハードプランを考えると自分の意志関係なく勝手に脳も身体も目が覚めてしまう。それに昨日零が作ってくれた自分の予定を見ると結構行けそうな感じがしたのだが、当日になってみるとその無謀さをはっきりと実感する。彼は見逃していたのだ、デートの場所と場所を移動する所要時間を。あの程度なら余裕だろうと高を括っていたのだが、早速この調子だと希のバイトの手伝いをする時間は5分程度しかない。もう下手な会話を続ける時間の余裕もなく、今回のデート地獄の一旦をこの時点で味わっていた。
「フフッ、拓哉君と2人きりなんて久しぶりやから、ちょっと嬉しいなぁ♪」
「うっ、ぐっ! そ、そうか……」
拓哉の心に幾多の矢がグサグサと突き支える。とてつもない罪悪感だが、もしブッキングがバレたことによる仕打ちを考えるとこの心痛みくらいは耐えられた。穂乃果たちの般若姿など容易に想像できるだけでなく、妹からのバッシングも凄まじいだろうからここは保身のために何とか耐え抜くしかない。
拓哉はしばらく境内の周りに散らばっている落ち葉の掃き掃除を手伝っていたが、急いでいる時に限って時間が経つのは早いもの、海未の早朝訓練に付き合う時間が迫っていた。
「マジで時間ねぇなオイ……。こんな調子だとデートどころか、俺の身体が持たなそう」
「拓哉君? さっきからそわそわしてるけど、具合悪いん?」
「こ、この展開は……!?」
拓哉は昨日零との別れ際に、彼から秘伝の技を伝授されたことを思い出した。いわばこの修羅場デートを切り抜ける3種の神器。早速その中の1つを使うタイミングが来てしまったのだ。
ちなみにその神器とは――――――
1.仮病を患ってトイレに行くフリをすべし!
優しいμ'sのみんなを騙すのは心苦しいが、真実を伝えることだけが正義ではないのだよ!
2.忘れ物を取りに行くフリをして抜け出すべし!
女の子は男からのプレゼントに弱い。だからプレゼントを忘れたフリをして、その場から抜け出すのだ!
3.風が俺を呼んでいると豪語するべし!
この際、中二病の黒歴史を作ってしまうことはもう諦めろ。俺たちの勝利条件は、このデートを完遂させてみんなを笑顔にすることだ!
もうガラクタ同然の神器だが、逐一その場に応じた言い訳を考えていてはこっちの身が持たなくなる。だから遅かれ早かれ神器を使用する羽目になるのだ。だったら最初からフル活用し、言い訳を考える脳の負担を少しでも減らしたい。もはやこのデート地獄に脳など不要。ひたすら身体にムチを打って、女の子たちと違和感なく会うことを考えろ。それが修羅場の先輩である零からのお達しだった。
もはやここまで来て、拓哉もなりふり構ってはいられない。半ばヤケになりながらも神器を片手に、ダメ元で希に直訴してみる。
「希! 悪いけど腹痛いから、ちょっとトイレに行ってくるわ」
「本当に大丈夫? バイトに誘ったのもウチの我儘やし、無理せんでもいいからゆっくり休んで」
「あ、ありがとう……それじゃあ行ってくる!!」
「えっ? トイレはこっちに――――」
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ああああああああああ漏れる漏れる漏れる!! そうだ俺って外のトイレは使えない潔癖症だったんだ! だから一旦家に帰るからよろしく!!」
「ちょっと……行っちゃった。でも潔癖症の人は漏れるなんて言葉を口に出さんと思うけど……。そもそも拓哉君、ズボラなくせに潔癖症やったっけ……?」
~※~
5:30 ダイビングショップ
「なぁ果南」
「はい? どうしました?」
「お腹、空かないか?」
「いえ、さっき朝ごはん食べたばかりですから」
「そっか……」
零はダイビングショップで果南と一緒に開店の手伝いをしながら、彼女の動向を伺っていた。
理由はもちろんただ1つ、ここを抜け出す有効な言い訳を考えるためである。果南とのデートが一番最初ということは、ここを抜け出し戻ってくる回数が一番多くなる訳だ。だからこそ言い訳は毎回被らないように慎重に、かつ自然な感じで繰り出さなければならない。だが零が果南に素朴な質問をしても、彼女は淡々と返答するばかりで全く隙がない。しかも次のデートスポットである千歌の旅館へ行く時間も迫っているため、時間を浪費してじっくり考えることも許されない。中々好調な出だしだった拓哉に対して、零のスタートは秋葉に果南と最初からクライマックスを感じさせる厳しいスタートとなった。
「どうする……どうする?」
「さっきからブツブツとどうしたんですか? 独り言が多い人は病んでる証拠ですよ」
「まあ実際に病みそうなんだけどな、今日の予定を考えると……」
「今日は私と一緒に店番のはずでは?」
「そ、そうだよそうだよな!? 分かってるって、ハハハ……」
淡々としているように見える果南だが、心の中では好きな先生と一緒にいられる喜びで満ち溢れていた。それが心だけでは受け止められなくなったのか、自然と笑みとなって表情に零れる。
だが嬉しそうな果南の表情を見るたびに、零の神経はみるみる擦り減っていく。何とか愛想笑いで誤魔化しながらも、まだ朝の涼しい時間帯なのにも関わらずシャツが汗で濡れ始めていた。
そしてふと、零は果南の後ろ姿を見て気付く。
そういや彼女は先日ダイエットがしたいと言っていた。どうやらおしりの大きさを気にしているらしく、よくダイビングスーツを着用するからこそ局部のボリュームにも気を付けたいらしい。そこに彼は目を付けた。
零は迷うことなく果南の背後に立つと、右手で彼女の臀部を鷲掴みにする。
「きゃあっ!? せ、先生……!?」
「そ、そういえばお前、ダイエットしたいって言ってたよな? 特におしりの……」
「言いましたけど、どうして触る必要があるんですか……?」
「いやぁ気にしてるのかなぁっと思って」
「大きさ以前に、男性に触られた方がよっぽど気にしますよ!!」
「だよなだよな!? だったら俺、以前使ってたダイエット器具があるから貸してやるよ。開店までまだ時間があるし、取りに行っていいか?」
「いいですけど……」
「果南ならそう言ってくれると思ってたよ!! ありがとぉおおおおおおおお!!」
「どうしてそんなに感動してるんですか……」
セクハラで相手を油断させ突破口を掴み取る。まさに彼らしい手口だが、それも女の子側が彼に好意を持っていないとできない荒業である。しかも女の子側がそれを執拗に咎めることもないので、どれだけ調教……もとい、彼の色に染まっているのかが分かるだろう。これぞハーレム主人公の特権だと羨ましがるべきなのか、単純にクズ野郎と罵るべきなのか……。
「今日だけはクズ野郎でも何でもいい。死んでしまったらみんなを笑顔にすることができなくなっちまう」
「誰に喋っているんです?」
「あっ、モタモタしてたら開店時間に間に合わない! それじゃあちょっと家に戻ってダイエット器具取ってくるから! すぐ戻ってくるからぁああああああああああああ!!」
「は、はい……もう行っちゃった」
~※~
5:45 園田家
「はぁ……はぁ……」
「おはようございます拓哉君……って、やけに疲れてません?」
「さ、最近運動不足だったから、ランニングしながら来たんだよ」
「でも着ているのは普通の私服ではないですか。ランニングするような恰好には見えませんけど……?」
「ギクッ! そ、そう言えばこれから何をするんだっけ!?」
「剣道の練習に付き合ってくださいって、事前に連絡したではありませんか……」
「そうだっけ―――――っ!?!?」
そんな連絡があったのかと確認のため携帯を見たその瞬間、拓哉の顔色が一瞬で青くなる。
ここまで全速力で走ってきた疲れを癒すために休んでいたら、いつの間にか時間が5時50分を回っていたのだ。
(花陽と凛の待ち合わせ場所まであと10分もねぇじゃん!! ここで時間を食ってたら、確実に間に合わない!!)
「拓哉君? お疲れなら少し休んでからにしますか?」
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ああああああああああああああああああああああ!! そういえばマイ剣道着忘れてきたぁあああああ!!」
「えっ、そもそも持っていないのでは……?」
「いやぁ黙ってたけど実は持ってたんだよ! いつかお前とこんな時が来ると思ってさ……」
「そ、そうですか……。なんか嬉しいですね♪」
(う˝ぉ˝お˝お˝おおおおおおおおおお!! この笑顔が物凄く心に突き刺さるぅうううううう!! でも許してくれ、死にたくないんだ……)
海未の純粋な笑みに、心臓の体積が圧迫されるくらいに胸が締め付けられている拓哉。
でもここで他のデートを放棄すれば、女の子たちの怒りの炎が瞬く間に彼を芯から燃やし尽くすだろう。それに友の零と生きて再開するという使命もあるため、こんな序盤でへこたれる訳にはいかない。だから彼が取る選択はもちろん――――――
「悪い! 剣道着取りに行ってくるから先に始めておいてくれ! 俺を待たなくてもいいからな、待たなくてもいいから!!」
「2回言わなくても分かりますよ……って、もう行っちゃいました。そんなに私と剣道をしたかったのでしょうか……フフッ♪」
彼にとっては悲報なことに、女の子たちの期待はどんどん高まっていくばかりであった……。
~※~
6:00
「いらっしゃい先生♪ お食事にしますか? お風呂にしますか? それとも……」
「みかんで」
「えっ!? いくら変態の先生でも、みかんを使うプレイだなんて……」
「何を考えてるのか知らねぇが、お前の思ってることじゃないのは確かだ。つうか顔赤くすんな」
開口一番に猥談に持ち込まれそうになるが、ここで会話がそっち方面にシフトしてしまうと巻き込み事故を食らって逃げるに逃げられなくなる。だから零は最初からここを抜け出すための算段を用意していたのだ。
「とりあえずみかんを用意してくれ! 金ならいくらでも払うから!!」
「いきなりどうしたんですか……?」
「秋葉が食いたいってうるさいんだよ。しかもすぐに用意しなきゃ、内浦にいる女の子全員を淫乱にする洗脳装置を作動させるらしい。そうなれば遅かれ早かれ、この町はAV撮影用の聖地になっちまうぞ……」
「ちょっ、何てこと計画しているんですかあの人!? すぐに用意しますからちょっと待っててください!!」
(ふぅ……秋葉があんな性格で助かったよ。今日だけな……)
秋葉に苦い思い出しかないAqoursメンバーに彼女の名前を出せば、大抵ビビッて怖気づいてしまう。そこを突けば何とかこの場を乗り切れると踏んだ零だったが、案の定成功したようだ。
(そういや、アイツは上手くやってんのかな……?)
~※~
6:00 花陽と凛とラーメン祭の列待ち
「拓哉君、随分とやつれてるけど大丈夫……?」
「ははぁ~ん、さては遅刻しそうになったから慌ててたんでしょ? 凛にはお見通しだにゃ!」
「ははは、そうなんだよ……」
(やっべぇ……ギリギリだ。しかもこれから希のところへ戻ってことりとケーキバイキングの列に並ばなきゃ……。あれ、無理じゃね?)
~※~
6:15 ダイビングショップ
「待たせたな果南! はいこれ!」
「わざわざありがとうございま――――っ!?!? こ、これ三角木馬じゃないですか!! ていうかよく持って来られましたね!?」
「いやぁ乗馬マシンだと思って間違えちゃったなーーー!!」
「どうして棒読みなんですか……」
「まだ開店まで時間あるから、今度はちゃんと間違えずに持ってくるよ! それじゃあ!」
「いや三角木馬を置いていかれても……。気持ちいい……のかな?」
~※~
6:30 曜と水泳場
「先生、汗ダラダラですけど大丈夫ですか? 私と一緒に泳ぎます?」
「ここで余計な体力を使う訳にはいかないんだ……。あっ、それとこれお弁当な」
「こ、これみかんじゃないですか!? しかもこんなにどっさりと!!」
「みかん風呂ってのは身体にいいらしいぞ?」
「いやいや、ここプールですから」
「お前はこのみかんを全部プールに浮かべる。俺はもっとみかんを調達してくる。いいな? な??」
「えぇ……」
「分かったな? 俺が戻ってきた時にもし全部浮かべてないとどうなるか……」
「どうなるって、ま、まさか……だ、ダメですよ先生プールなんかでそんな――――って、いないし!!」
~※~
6:35 ことりとケーキバイキングの列並び
「遅刻だよ!! もしかして寝坊?」
「ま、まぁそんなところかな……ハハハ」
「それじゃあ朝勃ちの処理もできなかったんだね♪」
「そうなんだよ……って、え˝!?」
「フフッ♪ 男の子って5分あれば大丈夫って聞くけど、それって本当なの?」
「知るか!! ていうか作品の世界観間違ってるんですけど!?!?」
~※~
それからというもの、零と拓哉は順調(?)にデートプランを消化していった。それも女の子たちがみんな純粋……一部怪しい者もいたが、概ね優しい子たちばかりなので、走り回って疲れている彼らを労うばかりで文句を垂れることはない。その温厚さがズキズキと彼らの心にダメージを蓄積させるとも知らずに……。
だが本当の地獄はここからであった。一度出会った子には怪しまれぬよう何度も会いに行かなければならないので、その体力的な意味でも地獄なのだが、彼らの前に立ち塞がる試練はその程度ではないのだ。
~※~
7:00 梨子と同人誌即売会
「お前、どうしてマスクなんてしてんだよ……」
「Aqoursの桜内梨子だってバレたら、末代までの恥ですよ!!」
「末代を危険に犯してまでここに来るって、その度胸を見習いたいよ……」
「バレそうになったら先生がフォローしてくださいね!!」
「いやぁ、ここにいないことが多いから無理かなぁ……」
「……??」
※ここに来る以前にも、他の子たちの元へ何度か戻っています。
~※~
7:05 穂むら
「たくちゃん遅い!! もう開店しちゃってるよ!!」
「いや、ことりが変なこと言いだすから……」
「あぁ、たくちゃんが朝勃ちの処理を忘れたって話? 噂になってるよ♪」
「お前もかっ!? しかも何故広まってんだ!?」
※ここに来る以前にも、他の子たちの元へ何度か(略
~※~
7:30 善子とコスプレショップ
「あのさ先生。一通り店を見て回ったら、近くでやってる同人誌即売会に行きたいんだけど」
「な˝ぁ!? そ、そこだけはやめとけ!! 未成年には早すぎる!!」
「心配しなくても、全年齢対象ブースにしか行かないわよ」
(心配するよ!! 梨子がいるんだから!!)
※ここに来る以前にも、他の子たちの(略
~※~
8:00 絵里と映画館
「今日は怖いモノを克服するためにホラー映画を観に来たけど、直前になって緊張してきたわね……」
「そうだなぁ……あぁ」
「疲れてる? 私と2人きりだと気が張っちゃうとか……?」
「断じてそんなことはない!! むしろ楽しみすぎて昨日は寝られなかったくらいだから!!」
「そう? それならよかった! 観てる間に怖くなったら手が繋げないもの♪」
(手を繋がれたら脱出できないから、こっちが困るんですけど!!)
※ここに来る以前にも(略
~※~
7:45 花丸とルビィとシャレオツカフェ
「ここのモーニングセット美味しいずら♪」
「花丸ちゃん、口の周りにクリーム付いてるよ。ルビィが拭いてあげる♪」
「ありがとうルビィちゃん!」
(ここが癒しか……)
※ここに来る(略
~※~
8:00 ダイヤの華道見学
「生け花と言えば、花をオナホールに刺すAVあるよな」
「開口一番何を言っているのですか!? 疲れてます!?」
(イエス!!!!!!)
※ここに(略
~※~
8:30 にこと買い物
「これはにこには大き過ぎるし太過ぎるわね。もっと細いモノにしなくちゃ!」
「何を買っているのかはご想像にお任せしよう……」
※こ(略
~※~
8:30 鞠莉とジャンクフート巡り
「朝からハンバーガーっていうのはオシャレだけど、太らないようにダイエットもしないとね♪ もう一度牛丼屋にも行きたいし!」
(俺は死ぬほどダイエットしてるけどな。現在進行形で……)
※(略
~※~
9:00 真姫と作曲作業
「15分遅れとはいい度胸ね……」
「いや、風が俺を呼んでいたからさぁ」
「…………」
「悪かった。今のは俺が悪かったからドン引きしないで!! あの神器使えねぇ……」
(略
~※~
9:00 同人誌即売会会場
「とうとう来てしまった……」
「だから、全年齢対象ブースにしか行かないって言ってるでしょ。教師の名に泥を塗る真似はしないから」
「いやこの際教師の肩書なんてどうでもいいんだけどな……」
零は善子の強引さに押し負け、梨子が売り子をしている同人誌の即売会に来ていた。
善子は自らR-18ブースに近づかないことで零の心配を宥めようとしているが、彼としては全年齢対象ブースに行かれること自体が困るのだ。そのブースには変装をしているとは言え梨子がいるため、むしろこのままR-18コーナーに連れ込んだ方が安心できるまである。
ちなみに善子も自分がAqoursの津島善子だと周りにバレないように堕天使コスで変装をしているので、傍から見ただけではパッと見で分からない。しかし周りにコスプレをしている人がそこまで多くない上に堕天使の装飾の自己主張が激しいため、一緒にて目立つのは零の一番の懸念事項だった。
(梨子はどこにいる……? とりあえず梨子のところへ戻った方がいいのか、善子を別のブースへ移動させた方がいいのか――――な゛っ!?!?)
今後の展開を色々試行錯誤していた零だが、その思考は全て無に帰す。
人混みの中、少し離れたところにいた梨子が零の存在に気付いたのだ。同時に零も彼女の存在に気付いたのだが、そこそこの時間待たされたせいでご立腹なのがこちらに向かってくる彼女の様子だけで分かった。
善子は各ブースの様子を伺っているようで、こちらに向かってくる梨子の存在に気付いていない。もちろん彼女は梨子が変装しているとは知らないので、すれ違いそうになっても赤の他人としか思わないだろうが。それは梨子も同様で、善子のことは零の隣にたまたまいる痛いコスプレイヤーの他人としか思っていない。つまり、彼がこの場を切り抜ける方法は2人の勘違いを突くしかなかった。
「先生!!」
「ん? 誰か先生って呼ばなかった? 私たち以外にも教師と生徒でここに来てる変わり者がいるのね」
(俺のことなんだよなぁ……。つうか、どうすんだよこの状況!!)
「でもよかった。私以外にもコスプレしてる人いたのね。ほら、あのマスクをした不審者みたいな……」
(それ梨子だから!! 同じメンバーのことを不審者扱いしちゃったよ!? って、ツッコミを入れてる場合じゃねぇ……)
梨子はあと数メートルのところまで近づいて来ている。いくら変装をしていると言っても、声でバレてしまう可能性は否めない。零は今日何度目か分からない冷汗をかきながら、残り数秒の思考時間で必死に頭を回転させる。
そしてふと目を背けると、目線の先にこちらとR-18ブースを仕切る垂れ幕が見えた。もうあそこしかない、と零は投げやりながらも諦める形で善子の手を握った。
「なあ善子!! 俺と一緒にあそこに入ってくれ!!」
「は、はぁ!? アンタ未成年をあんなところにぶち込もうなんて正気!?」
「俺はお前と一緒にあそこに行きたいんだよ!! ああいうところはまだ未経験なんだろお前!?」
「人前で未経験とか言うな!! わ、分かったわよ行ってあげればいいんでしょ、もう……」
恥ずかしがりながらもちょっぴり嬉しそうな表情をする善子だったが、別の意味で必死な零は案の定フラグをバキバキにへし折っていた。それどころか善子の背中を無理矢理押し、抵抗も許さないままR-18コーナーの垂れ幕の近くまで彼女を連れて行く。
「悪い。先に行ってくれ」
「ちょっ、私だけ!?」
「まずは1人で大人の世界を味わってこい!!」
そして零は善子に有無を言わせず、背中を押して彼女をアダルトワールドへと誘った。
同時に、後ろから不審者、もとい梨子が彼に声をかける。
「先生?」
「よ、よお梨子」
「遅いですよもう。それに、さっき誰かと話してませんでした?」
「いやぁ俺が梨子とのデートを放っておく訳ないだろ……?」
「そうですよね。他の女の子に色目を使っていたと思って、危うく手錠を掛けちゃうところでした♪」
(笑顔でヤンデレ発動するのマジやめて!! 心臓に悪いから!!)
~※~
13:00 ケーキバイキングから映画館に戻る途中
「うっぷ……流石にケーキバイキングとラーメンを短時間で食うのはキツイ。しかも映画館に戻れば、絵里の残したポップコーンが待ち構えてるし……」
意外と食い物系のデートが多く、予定外の危機に立ち向かっている拓哉。胃袋と体力にムチを打ちながらも、絵里のいる映画館へと戻っていた。いっそのことホラー映画で絵里が気絶してくれれば少しは楽になると思ってしまうあたり、今の自分がいかに追い詰められているのかが実感できる。普段なら女の子を絶対に蔑ろにしないはずなのだが、今日という今日だけはひたすら身の保身に走っていた。
「神崎は大丈夫なんだろうか……? 教師なのに生徒とデートってだけでも重罪なのに、ナインブッキングなんてバレた日には死刑だぞアイツ……」
胃袋さえはち切れなければまだ戦える拓哉に対し、零の方はそんな体力的な問題以前の犯罪が山積みとなっている。こんな状況でも他人の心配をするのは彼らしくはあるのだが、彼も彼で午前中はほとんど走りっぱなしだったため、零のことを考える余裕も次第になくなりつつあった。彼と再開する約束を果たすには、まず自分が生き残らなければならないから。
そう意気込み、拓哉は映画館へと向けて全速力で走りだす。
その時だった。
「えっ……う゛わぁ゛あ゛あ゛あああああああああ!?」
突然首根っこを捕まれ、まるで柔道技のように綺麗なフォームで地面に叩きつけられた。
男をここまで簡単にねじ伏せられるのは余程の剛腕に違いないが、不良にでも絡まれてしまったのだろうか。拓哉は相変わらずの不幸を感じながらも、自分を組み伏せた主の姿を確認するため、恐る恐る顔を上げる。
「え……?」
拓哉の眼に映ったのは、どこからどう見ても可憐な美少女だった。
ウェーブがかった明るい茶髪で長髪。少し吊り上がった目と整った顔立ち、そして大きな胸。一度見たら忘れられないその美貌に、拓哉は見覚えがあった。
「確か、神崎の妹の……楓?」
「男の人に名前を憶えられても嬉しくはないですが、まあ先輩だけは特別です」
「喜んでいいのかそれは……」
自分を地面に叩き付けたのは、零の妹である楓だった。彼女のことは自分の妹と仲が良いため、性格も人となりも大体知っている。だから持ち前の身体能力で男を地に伏せられるのは容易だと思っていたのだが、何故自分がその犠牲になっているのか全く分からなかった。しかもただでさえ映画館に行く途中で時間がないのに、こんなところで立ち往生する訳にもいかない。拓哉は少しずつ身体を起こしながら、これから起こるだろう碌でもない惨劇を回避するために周りを眺めて逃げ道を模索する。だって男嫌いの楓がわざわざ自分と密着してでもこうして押し倒しているのだから、碌でもないことが起きないと思わない方がおかしいのだ。
「逃げようとしても無駄ですよ。もし逃げる素振りを見せたら、犯されるぅうううううううううううううううって叫びますから♪」
「押し倒しているのはお前の方だけどな……」
「世間は男と女、どっちを信用すると思います? 痴漢冤罪ってものがあるくらいですから、先輩もお分かりですよね?」
「それに関してはぐぅの音も出ねぇわ……」
「ですよね♪ だから、いい加減吐いてください……」
「えっ、何を?」
「とぼけんな……私は……私は……」
悪戯な笑顔をしていた楓だが、その様子は180度変わり本物の悪魔となっていた。
今にも起こりそうな
「私は今日お兄ちゃんとデートだったんだよぉ゛お゛お゛お゛お゛おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「えっ……えぇっ!?!?」
~※~
13:10 旅館前
拓哉と楓が修羅場っている中、零は千歌の旅館へ向かうために例のごとく全速力で走っていた。既に全身の筋肉がはち切れそうなのだが、女の子の怒りの炎で全身を灰にされることを考えると全然我慢できる。それもこれも女の子の笑顔を守るため――――という、格言にして都合のいい言い訳でやる気を奮い立たせていた。
そんな中、この曲がり角を曲がればあと少しで十千万へと辿り着く、そんな時だった。
零はあまりにも無我夢中で走っていたためか、曲がり角から出てくる人の影に気付かなかった。
「きゃっ!」
「おっと! ゴメン……って、お前は!?」
「へ……せ、先輩?」
「さ、桜井……夏美か……」
これまた楓にも負けず劣らずの美少女で、拓哉の昔からの後輩である桜井夏美と曲がり角でぶつかりそうになった。そもそも彼女は東京住まいのはずなのに、どうしてこんなところにいるのか疑問が浮かぶ。
「こんなところで何してんだお前?」
「先輩を待ってるんですよ。あぁ、先輩と言っても変態のあなたの方じゃありませんけど」
「待ってる……だと? でもアイツは今日―――」
「知ってるんですか!? 先輩と一緒に海へ行くために、あの旅館の前で待ち合わせしてたんですけど全然来ないんですよね」
「あぁ、そうなのか……」
拓哉の話では、今日はμ'sメンバー9人とデートだったはずだ。だが目の前には拓哉を待ち続ける幼気な少女――――とは程遠い自画自賛の塊少女は、柄にもなく真面目に拓哉の到着を待っている。いつもは明るくお調子者でもある彼女だが、ここまで律儀な姿は零も初めて見た。
だがそんな可憐な彼女を不憫に思い、素直に拓哉の予定を話すかと言われたら……それは否である。ここでバラしてしまったら拓哉のこれまでの頑張りが全て泡になるだけでなく、男と男の約束まで果たせなくなってしまう。更にここで彼女と話し込んで余計な時間を浪費してしまうと、自分の身まで危なくなる。可哀想だが、ここは心を邪心にしてスルーさせてもらうことにした。
「そ、それじゃあ忙しいから行くわ。全く、デートをすっぽかす奴なんてサイテーだよなぁ~」
そう夏美の横を通り抜けようとするが、零は自分の人生が上手く行かないくらい薄々感じていた。
彼女とすれ違った直後、突如手首を捕まれ強制的に引き止められる。零はゆっくりと振り向いてみると、そこには何故かしたり顔の夏美がこれまた何故か妖艶な瞳でこちらを見つめていた。
「な、なにか……?」
「あたし、分かるんですよ。隠し事をしている男性のことは……」
「ちょっと手首痛いんですけど!? 力強すぎ!!」
「だ~か~ら~! 素直に吐いちゃった方が身のためですよ、先輩☆」
「ちょっと何言ってるのか分かんないんだけど……」
夏美の黒い笑顔に圧倒される零だが、さっきも言った通りここで押し負けてしまうと自分の身も拓哉の身も業火滅却されることは確定である。だから何としてでもシラを切り通す。彼の取るべき選択肢はそれしかないのだが、夏美という子が彼の考えを計算に入れていない訳がない。そして零はいつの間にか、逆ナンパされているかのように電柱に追い込まれていた。
「吐いてくれないと言うのなら、あたしにも考えがあります」
「逆レイプならノーセンキューだ。俺は攻める方がいい」
「そんな猥談ごときであたしの心を揺さぶれるとでも? それに中学時代、あたしが男子生徒たちを手玉に取ってたこと知ってますよね? 慌ててる先輩を見てると、サディストだった頃の気持ちが蘇ってくるんですよ♪」
「そりゃよかったな……」
「あれあれ、そんな態度でいいんですか? この携帯の画面、何が映ってるのか分かりますよね?」
「そ、それは……!?」
~※~
13:10 とある道端
「さっき独り言でぶつぶつとお兄ちゃんのこと話してましたよね!? さぁ吐いてください!!」
「そ、それは……そのだな……」
拓哉も楓に組み伏せられ、見事に体位を決められているので逃げることもできない。そして拓哉も零と同様に相手の状況を話せずにいるため、もはや人を殺せそうな殺伐とした雰囲気になっている楓に文字通り手も足も出なかった。
「どうしても話さないというのなら、この人にお願いしましょうか。あなたにとって厄介なこの子に――――」
「ちょっ!? ソイツは……!!」
楓が携帯の画面を拓哉の前に突き出す。
その画面には電話番号と共に、とある人物の名前が映し出されていた。
~※~
13:10 地獄の入り口
(楓……!!)
(桜井……!?)
「「先輩! 話してくれる気に……なりましたよね♪」」
お互いにいい意味でも悪い意味でも苦手とする相手に現状を告発されれば、その情報は瞬く間にμ'sとAqoursに広がる羽目になるだろう。そうなればどのような事態になるのかはもうお察しのこと。楓と夏美に絡まれてしまった以上、もうプラン通りのデートは確実に実行できない。この先にどんな悲劇が待ち構えていようとも、回避不能のハーレム修羅場ルートに突入することは明白だった。
(そういえば、神崎が言ってたな。もしもバレそうになったら、最悪全員を遊園地に誘えばいいって。でもまさか本当にそれを実行する時が来るとは……)
(もうやるしかない。例えこの命が燃え尽きようとも、アイツさえ上手くデートできていればいいんだから!!)
(そうだよ、俺が犠牲になっている間に神崎がデートを完遂してくれるはず。そして俺の燃えカスは、アイツが拾ってくれる!!)
(女の子のためなら命くらいいくらでも捧げてやろう。決まりだな)
「「こうなったら、みんなで遊園地デートだ!!!!」」
~※~
17:00 遊園地
「拓哉!? お前どうしてここにいるんだよ!?」
「それはこっちのセリフだって!!」
男同士の約束は残酷にも果たされず、地獄の地にて再会をしてしまった2人。まるで転校生の女の子と偶然にもその子のパンツを見てしまった男の子が教室で鉢合わせた時のようなテンプレの驚き具合で、お互いに指を差しあって更なる絶望を感じていた。本来なら自分の灰と骨を拾ってくれるべき相手が、自分と同じ処刑台に立たされていたんだから……。
「俺の完璧な作戦はどうした!? 予定通りに実行すれば絶対にバレなかったはずだ!!」
「お前の妹のせいだろ!? あの子の邪魔がなければ今頃美味い酒で祝杯を上げてたっつうの!!」
「それって、楓……? 楓――――――あ˝ぁああああっ!?」
「うぉっ!? 耳元で大声で出すな……。そんなことより、お前はどうしてここにいる……?」
「いや夏美がさぁ……」
「桜井……んっ、あれ? 何か忘れていたような――――――あっ!?」
2人は思い出さなければよかったことを思い出してしまった。それぞれデートするべき相手が1人残っていたこと、そもそも彼女たちのデートをプランに組み込んでいなかったこと、そしてお互いのデート相手に出会ってしまったこと。いくらハーレム主人公とはいえここまで不運を連鎖できるのは、やはり彼らの体質なのだろうか。
そして、その事実を口走ってしまったが最後、彼らを取り囲んでいる女の子たちの火力が限界を超えた。傍から見たら遊園地が火事になっているのではないかと勘違いしそうな炎を滾らせ、女の子たちによって形成されたファイヤーサークルは彼らを囲んで逃げ場を完全に塞いでいる。
「み、みんな落ち着けって……。そ、そうだよ!! 今回はコラボ回で一世一代のお祭りなんだ! だから俺たちは敢えてみんなの予定を合わせて、遊園地に集合させたんだよ!! むしろ幹事役を買って出た俺たちを敬え!!」
(神崎!! ここへ来てもその往生際の悪さ…………やっぱアンタ最低だよ!! 尊敬したくないけど尊敬してしまいそうなそのクズさ、もはや芸術だ!!)
最後の最後まで自分たちの命を守ろうと、僅かな可能性に賭けて足掻くのは見習うべきだが、やっていることはドが付くほどのクズ行為である。そんな零を見た拓哉は、もはや苦笑いで彼を反面教師にしようとしていた。確実にないとは思うが、もし自分がハーレムエンドの主人公となった場合は絶対に彼のような女ったらしにはならないとこっそり誓う。しかし実のところ拓哉も零に負けず劣らずの女たらしなのだが、その事実に鈍感な彼が気付くはずもなく……。
まあそれ以前に目の前の女の子たちをどうにかしないと、将来を想像するしない以前にここで人生が終了してしまう。
いや、もうデートブッキングという事態に陥った時点で、この未来は決まっていたのかもしれない。
「先生……どうやら手錠で拘束するだけでは満足できないみたいですね。歩けないように切っちゃいますか……どことは言いませんけど♪」
「みんな目が据わってるから!! 俺は君たちをそんなヤンデレちゃんに育てた覚えはない!!」
「たくちゃん……今謝れば朝立ちの処理をしてて遅れたって事実、みんなに言わないであげるから……」
「もうみんないるよ!? 何ならAqoursの子たちまでいるよ!?」
「全く、お兄ちゃんの女垂らしは天然記念物に登録してもいいくらいだよね。まぁ、記念物だけど甚振っちゃうんだけどさ♪」
「先輩もそろそろ女の子たちを散々ヤキモキさせてきた報いを、ここで受けておくといいですよ? 小さな針で細かく突かれるのと、大きなハンマーで一振りだったら、絶対に前者の方がいいですもんね☆」
「まあそういうことだから、お兄ちゃん!」
「先輩!」
「「反省しましょ♪」」
「「ヒッ……!!」」
女の子たちが迫る。20人同時に燃え上がる炎が自分たちの周りを――――――記憶に残っているのはここまでだった。
~※~
某日 どこかの研究室
「いやぁ~他人の不幸は蜜の味ってね♪」
秋葉は徐に携帯を弄る。
眺めているのは、一番最近の通話履歴2つ。
『神崎楓』 12:00
『桜井夏美』 12:05
「あぁ~あの遊園地、火事で閉演になっちゃったんだぁ♪ 南無阿弥陀仏……フフッ」
そしてしばらくの間、研究室に意地悪な笑い声が響いていた――――――
神崎秋葉 ← だいたいこいつのせい
いかがでしょうか? 普段あちらの小説しか呼んでおらず、たまたまこちらにいらっしゃった方にとっては作風の違いに驚かれたかと思います(笑) しかし普段はもっとはっちゃけていると言ったら……どうなるんだろう??
今回のコラボに至った経緯としては飲み会のノリではあったのですが、私自身が夏初旬から執筆モチベが少し低下していることもありました。その打開策として心機一転を兼ねてコラボを持ち掛けたのですが、たーぼさんは快く引き受けていただいて嬉しい限りでした! この場をお借りしてお礼を言わせていただきます。
ちなみに、片方の作品しか読んでいない方は勘違いしないで欲しいのですが、どちらの主人公もこんなにクズじゃないですよ(笑) 前書きでも言った通り、今回はあくまでお祭りなので!
次回はまたスクールアイドルフェスティバル編の続きに戻るわけですが、次以降は遂にAqoursもμ'sに合流します!
このお話を読んでくださった方は、是非あちらの小説も覗きに行ってみてください!
加えてこちらの感想だけでなく、あちらのコラボ小説にも感想を入れてくださると嬉しいです!