クリスマスライブの帰り道、姉は妹に何かお返しがしたいと言い出して――

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姉近距離

 

 

 冬の使者が舞い降りそうな空の下を歩いていた。時は夕暮れ、学校からの帰り道である。

「え、欲しい物?」

「うん」

 姉からの突然の問いかけに、妹はただ黙り込んだ。

「憂からは貰ったもん、今度はお姉ちゃんがお返しする番だよ」

 それが唯の言い分である。軽音部の先輩方に聞いてもらうために梓と純と憂の三人で計画したクリスマスライブは成功裏に終わり、打ち上げを兼ねたクリスマスパーティも記憶と言う巻物への模写を了し、皆と別れて平沢姉妹はふたりの生家へと歩を進めていた。興奮は厳冬の外気に触れ徐々に冷めつつあるが、されどだからこそ唯は気付いたのかもしれない。此度は、こちら側しか施しを受けていないと。

「そんな、私達は見返りが欲しくてしたわけじゃないし」

 もとはと言えば、あれは梓の手伝いのようなものだ。その発案者は純であるし、褒められるべくはそのふたりではないかと憂は思う。もっともふたりとて、同様の誘いを受けたら頷くかどうかはわからないが。

「いいからいいから」

 しかし姉は頑なだ。普段から身の回りの世話を一から十までしてくれる妹へのささやかな感謝の表れか、それとも姉としての僅かばかりの矜持が、妹より微かに劣る発達状況の胸を張らすのか。

「えぇ……」

 唯のことを一番理解しているのは、彼女自身ではなく憂であった。だから憂は、姉がこうなっては妹が首を縦に振るまで問いを重ね続けることを知っている。だが観念し姉の望む答えを探そうにも、これと言って目ぼしいものがない憂は右の人差し指を口元で立てながら天を仰いだ。

 視線の先は鈍より曇り空、日出東方の雲はより高くに隠れる群青の色を帯びて宵の到来を告げる。

「ゆき……」

「雪?」

 呟きは姉の耳に拾われ、怪訝な声となって返ってきた。

「え?」

「さすがに雪は売ってないよ。あ、でも綿飴かマシュマロなら売ってるかも」

「え、えぇ?」

 混乱する憂を尻目に、唯は妙に張り切っている。

「でもそんなものでいいの?」

 再びの問いかけに、憂はようやく話の全容を掴む。そして考えることなく「うん」と頷く。

「そう、憂がいいって言うなら」

 唯が若干不服そうに映るのは、姉としての威信がそうさせるのだろうか。普段の平沢唯を知る者ならば、姉には威信の欠片もないと笑うだろうが、憂からすればそれは大した問題ではない。むしろ姉としての矜持が無闇な散財を招くのであれば、そんなものこそいらないのである。

 憂が瞬時に思ったのは、無駄な散財でも避けられないのならば、姉の負担をできるだけ軽減させるにこしたことはないと言うことだった。

「じゃあ急いで買ってくるから、憂は先帰ってて」

 言うが早いか唯は肩に掛けたスクバを揺らしながら向こうへと駆けていく。憂の返事を待たぬまま、さりとて止めることなどできないことを端から悟っていた憂は黙ってその後ろ姿を見送っては、駆け足の姉が転ばずに視界の外に消えたことに微笑みながら帰路に着いた。

 

 

 

 ◇

 

 家に着き明かりをともし、制服から部屋着に着替えた憂はリビングに置かれたコタツの中に身を寄せた。寒くなるにつれこれのお世話になる頻度は劇的に増える。果ては魔力とも思しきぬくもりがこの身を包んでは放してくれやしない。ぎりぎりまで粘る、それを否応なしに体感させられる何とも罪作りな暖房器具に両脚を入れては、必需品と言うよかむしろ冬の風物詩たる蜜柑へと手を伸ばす。内は暖まるさなかで、徐々に温むコタツの中に消えていく外の寒気に、憂は安堵の表情を浮かべた。

 リビングには、クリスマスツリーがあった。姉妹が幼い頃から毎年ふたりで飾り付けてきたものだ。昔は、椅子に登らないと天辺の星の飾り付けができなかったのに――と思えば、なんだか感慨深いものがある。展示期間が短いとは言え、大切に使ってきたからこそ、見栄え自体は新品と遜色ない。

 あと何年これを飾ることになるのだろうか。

 例え何年でも可能な限り使い続けていければ、彼女はそう思う。家族の、姉との思い出が詰まる、大切な品なのだから。

 蜜柑を頬張りながら、憂はクリスマスツリーを眺めた。ツリーの最上部で煌めく一等星、根元に置かれたサンタクロースからの贈り物、針葉に施されたカラフルな装飾と、真綿の雪。

「……雪、か」

 憂はツリーから目を逸らし窓の向こうを眺めやった。外は暗がりで視界は悪いが、リビングから漏れる明かりに反射するようなものは見受けられない。もう少しで降りそうなのに、そのぎりぎりのラインで天は雪の旅立ちを阻止しているらしい。雲のコタツはそこまで暖の魔力に満ちているのだろうか。

「マシュマロ」

 憂の呟きから派生した、雪の如くふわふわなお菓子。唯が口にしたのを肯定したのは、昔々に唯がくれたホワイトクリスマスのプレゼントを憂がどこかで思い出したからだろうか。あれは姉がくれたもののなかでも一、二を争うほどに馬鹿らしく、素敵な贈り物だった。そんな姉のことが好きだから――果ては、愛していると言っても過言ではないし差し支えないだろうが――憂は唯のことを一番に考えるし、ずっとずっと、そばにいたいと思うのだ。姉の近くにいるだけでもいい。それは憂にとって何よりの褒美となり得る。

 結局のところ、憂としては唯がくれるものならば何であっても嬉しいのである。つまるところ、重要なのはプレゼントの中身ではなく、贈答行為そのものであると言える。

「……遅いなぁ、お姉ちゃん」

 とは言え一番は姉の健康だ。贈り物のために姉の身に何かあったのでは、妹としては本末転倒どころの話ではない。外は暗闇、風は心なしか強く吹き付けているような気さえする。

 探しに行こうか?

 しかし身体に力が入らない。姉の身に差し迫るエマージェンシーに際した場合、コタツの魔力など憂の前ではあってないものと化すのだが、此度は違う。魔力に打ち負けている。憂の身体が貧弱な理由の一端は、恐らく先ほどのクリスマスライブにあるだろう。人前で半人前の演奏を聞かせる、人知れず感じていたその緊張から解き放たれて、締りがなくなっていたのは事実だろう。らしくないが、致し方ないことではある。

(お姉ちゃんも、初ライブの後は、こんな感じだった、のかな……)

 暖かみが増すコタツを前に、憂の意識が完全に飛ぶまで、かかった時間は僅かなものであった。

 

 

 

 ◇

 

 冬は好きだ。ぬくもりが好きだ。

 大好きなお姉ちゃんのぬくもりが一層感じられる冬は、待ち遠しい季節でもある。

 寒い、からこそ、あたたかい。

 このぬくもりを飽くまで抱きしめていられたら、どれだけ幸せなことだろう。

 

 

 

 ◇

 

「ただいまぁ、遅くなってごめんね」

 唯の帰宅は、憂が寝息を立て始めて数分後のことだ。足取り軽くリビングへとやってくると、そこにあったのは机にうつ伏せ静かに目を閉じる妹の姿だった。

「憂、寝ちゃってる」

 コートを脱ぎ、唯は憂の入る反対側に腰を下ろす。コタツの中に入れた脚から伝わるぬくもりに、自然と綻ぶ両の頬。机に肘をつき、憂の寝顔を鑑賞する。時折人差し指を伸ばしては、妹のほっぺをつんと突く。憂は微動だにしない。

「よっぽど、疲れてたんだね」

 唯はコタツの魔力を振り払うと、憂のそばまで寄っていき彼女の身体を抱きかかえた。

(風邪でも引いちゃったら大変だし、お布団の上に寝かせなきゃ)

 力の抜けたヒトの身体は重い。それでも唯は一息で妹を部屋まで連れて行き、彼女の身体をベッドに預けた。結んだ髪を解き、自分のクローンのようになった妹の寝息を聞きながら、唯は彼女の耳元で囁く。

「メリークリスマス」

 

 

 

 ◇

 

 マシュマロ。のような、雪。

 それが空からとめどなく降る。

 触れてみれば暖かで、でも手に取ってみたら儚く消えて。

 悲しいホワイトクリスマス。

 消えてしまうのが嫌で嫌で、思い切って抱きしめてみた。

 するとそれは、私を抱きしめた。

「メリークリスマス」

 私が望んだプレゼントが降りしきる。

 そのひとつが、私の唇に触れた。

 

 

 

 ◇

 

 目を開ければ暗く、身動きが取れない。それでいてあたたかく、いい匂いがする。目の前は、壁。柔らかであたたかな壁だった。

 憂はそこに顔を埋めた。顔の半分を包む、マシュマロのような膨らみ。後ろに回った腕で抱き寄せれば、ぬくもりが二割り増しになる。

「……お姉ちゃん」

 このぬくもりと、香りは姉のものだ。それに気付いて、憂は抱きつくチカラを強めた。コタツで寝てしまったはずの自分がどうして布団の上で、しかも姉に添い寝されているのか。考えるだけ無駄で野暮だ。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 憂はそのまま、目を閉じた。このぬくもりを失いたくなかったから、今日ばかりはいいよね、とコタツに勝る魔力の中に溺れていった。

 憂にとって、これが何よりのクリスマスプレゼントになったこと。

 それは、もはや言うまでもない。

 

 

(おしまい)


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