高町なのは、十歳。私立聖祥大学付属小学校五年生の彼女は走っていた。
息を切らし、学校帰りのままであることを制服と背負った鞄が示している。
走るのは得意ではない。運動神経は、なのははあまり高い方ではない。むしろ苦手な分野である。
荒い呼吸を繰り返し、全速力で疾走する。ペース配分なんて最初から考えていない。勢いを落とさず、速度を落とさず、さらに加速をしようとしている。
呼吸が辛い。脇腹に鈍い痛みが走りっぱなしで、足を動かすのが苦痛だ。
それでもなのはは足を止めない。走り続けて走り続けて、足が壊れるまで加速を止めない。
躓いて転げる寸前になっても、コンクリートの地面に手をついてすぐさま体勢を整える。てのひらが擦りむけても、なのははまるで気にしない。
急ぐ。急ぐ。
いくら自分が辛かろうと関係ない。いくら自分が苦しかろうが問題ない。
痛みは我慢できる。苦しみは歯を食いしばれば誤魔化せる。
しかし彼女は我慢できない苦痛があった。
高町なのはは、自分の苦痛よりなによりも、他者の苦痛がなによりも苦痛と感じ、我慢することができないのだ……。
「お母さん!」
ぜー、ぜー、と肩と背中を揺らし、息を絶やしながらなのはは駅前に店を構える喫茶翠屋へと飛び込む。
高町家が経営するこの喫茶店は、彼女の父がオーナー、母がパティシエをしている。海鳴市でも有名所の一つに入る名店であり、なのは自身もそんな両親を尊敬している。
「どうしたの、なのは。そんなに慌てて……」
「……が、いない、の……」
厨房から、なのはの母、高町桃子が呼ばれて出てくる。娘のいつもの違う様子に、驚いた様子だ。
全速力で走ってきて声が枯れてうまく出すことができない。後先考えずに走ってきたツケが回ってきた。
桃子は一旦厨房へと戻り、コップに水を一杯くんでそれをなのはに渡す。ひとまず落ち着かせなければ話を聞くことができない。
なのははそれを受け取って、一気に中身の水を飲み干す。
落ち着いたのか、呼吸も落ち着き、少しだけ冷静さを取り戻した。
「それで、どうしたの?落ち着いて話してみて」
「いなくなったの!あの子が、あの子が……!」
それでもなのはの顔は真っ青で。今にも目に溜めこんだ涙が零れ落ちそうで。体の震えが止まらなくて。
自分のせいだ。自分のせいだ。自責の念が、延々と責め続け、彼女の不屈の心が折れかねないほどである。
心に背負ってしまった罪の意識は、彼女の小さい体を容赦なく押し潰そうとしていた。
「────
とある少年の失踪、そして少女の慟哭から、物語の引き金は引かれた。