異世界にて、クロノに凍結封印された加添十四は、氷漬けにされたままアースラへと運ばれた。
クロノが十四を捕まえた。その一報はすぐに広まり、なのはとフェイトとはやて、そしてヴォルケンリッターに伝わった。
すぐさま、彼らはアースラへと集合する。
「クロノくん!」
「クロノ!」
「……なのは、フェイト……」
最大の功労者、クロノへと駆け寄る彼女ら。
クロノの顔は優れなく、憔悴しきっていた。
無理もない。大規模な広域魔法を二重に使い、シールドを破壊され、さらには凍結封印魔法まで使わされたのだ。魔力切れ寸前にまで、クロノは追い込まれていた。
そして殺傷設定の魔法を使い、容赦なく殺害にかかって来て、さらに自らの弟子が相手となれば、精神的な疲労は大きい。
もう年か、と十代のクロノが思ってしまうくらい、疲れが溜まっていた。
「大丈夫?顔色悪いよ」
「大丈夫、と言いたいところだが、僕はなのはじゃないので、素直に言わせてもらうよ。正直かなりキツイ」
「そ、それどういう意味クロノくん!」
「無理ばかりしている君の真似なんて、とてもじゃないができるはずがないよ」
「……それって、褒めてるの?」
「思いっきり貶しているのさ」
「うぅ……ひどいよクロノくん」
喋る余裕があるだけ、まだマシだとクロノ自身は思っていた。アースラに帰艦した直後の時は、何も喋る余裕もなかった。
思いっきり、泥のように眠りたい。そうすれば、まだ幾分か楽になれるだろうと思っていた。
しかし、クロノの心はまだ休みを取ることを拒否をした。まだ、やり遂げなければならないことがある。
「行こう、僕にはまだやらなければならないことがある」
バリアジャケットは、帰艦してからずっと展開したまま。まだ戦いは終わっていないと、自分を戒めているようであった。
アースラブリッジへと集合した全員。そこには、氷漬けにされた十四がいた。
氷漬けにされながらも、十四の形相は怒りにあった。クロノに叫んだ、ままであった。
俺を殺せ。そう叫んでいたのを、クロノは耳に覚えている。
殺すものか。絶対に。
お前は、生きなければいけない。
「クロノ、疲れているとは思うけど。お願いね」
「はい、艦長」
疲労が溜まった体に鞭を打ち、クロノはデュランダルを手にする。
「……封印、解除」
氷に亀裂が入り、バラバラと氷の塊が崩れていく。
中にいた十四はそのまま倒れた。立ち上がろうというしていたことから、意識はあるようだ。
「このっ、クソっ、ゴホッ、ガハッ……!」
水流に巻き込まれて呑みこんで胃に入った水を吐き出し、十四は眼をギラつかせた。
まだ、終わっていない。戦意は、衰えていない。
目の前にいるクロノを視認した直後、十四は全身から魔力を放出した。
「クロノォォォっ!!」
「っ!」
封印されて、氷漬けにされてもなお戦う気になるこの覇気。この絶叫に、クロノは少し怯んだ。
この男は、十四は、死ぬまで……殺されるまで戦うのを絶対にやめないだろう。
それが望みなのだから。それだけが望みなのだから。
「殺すッ!!テメェは絶対に俺が殺すッ!!」
そう叫んで、十四は周囲に数多くのブラウニーを展開する。ざっと数えて五十はある。ここまでの余力を十四は残していたのだ。
この状況。戦闘が可能であるヴォルケンリッターやユーノ、アルフ、そして艦長であるリンディがいる絶望的とも言える状況でも、十四は抗おうとしている。
戦って殺す。戦って殺される。それこそが十四の望みなのだから、戦わなければ何も始まらない。
むしろこうやって、集まっている状況こそ好都合。
「
「ストラグルバインド!」
「チェーンバインド!」
砲撃をクロノへと撃とうとした瞬間、左右から十四はユーノとアルフからバインドで縛られる。
砲撃のチャージは打ち消され、身動きもまともにできない状態へと陥った。
「クソッ、邪魔だ!」
「落ち着きなさい、十四さん。あなたにはもう、勝ち目はありませんよ」
リンディの言葉に、十四は鼻で笑った。
ちゃんちゃら可笑しい。何を見当違いのことを言っている。
「勝ち目だぁ?知らねぇよ。俺は戦って殺し、戦って死ねばそれでいい。勝ち目やら生き残る前提なんざ、最初っからねぇんだよ!」
戦うことしか、殺し殺されることしか能のない男は、自分の命の惜しさなどとうの昔に捨てていた。
そんなこと、わかり切っているはずだ。何度もその意思を伝えているはずだ。行動でその意思を示していたはずだ。
それをなぜ、今になってもそれが理解できていない。十四は、コイツらが馬鹿なんじゃないかと思うほどであった。
──不意に、十四の頬に衝撃が走った。
「あ?」
渇いた音。そして、頬のじんとした痛み。十四は、リンディに張り手を食らわされたことに気付く。
「……あなたは、どうしてそんなに命を軽く見るの。他人の命だけじゃない、自分の命すらも」
「そりゃ、殺し合いすんだ。命の価値なんざ安い安い」
「あなたが思うほど、私たちはあなたを安くなど思っていません。ましてや殺すことなど、できるわけがないでしょう」
「じゃあ死ぬか?このまま黙って、抵抗せず自分の身を守らずに死ぬか?そうじゃねえだろうが」
そうすることなどできやしない、十四は断言した。
「テメェらは魔法の力を持ってる!なら使えよ。それは武力だろう、殺すための力だろうが!!」
「違う!!」
武力、と断じた十四に、なのはは強く否定した。
魔法が殺すための力。違う。絶対に違う。そんなこと、認めなんて絶対にしない。
「私にとっての魔法は、大切なものを守る力!泣いてる子を、助ける力!決して、そんな力じゃない!」
「だからどうした。武力には変わらないだろう。使い方、認識の違いでしかない」
「だけど私は、十四くんにそんなこと言ってほしくない!」
「それが俺だ!これが俺だ!誰も否定させはしない!」
十四は吼える。命とは軽く扱われるものであり、簡単に奪えるものではなくてはならない。
奪わせないために人は戦うのだろう。奪って生きるために人は戦うのだろう。それは歴史が証明し、人が証明している。
人とは、闘争の生き物である。
十四は、そう信じた。
「ではなぜ、お前はそんなに死にたがる」
「はっ!愚問だ。殺し合いをしてんだぞ。殺されることすら楽しめないで何が闘争だ」
クロノの問いに、十四はそう答えた。
「そうだな。言葉を変えよう。ではなぜ、お前は僕たちに殺されたいんだ」
「敵と認めたからだ。戦って面白い。傷つけて面白い。傷つけられて面白い。殺して面白い。殺されて面白い。そんな相手だからこそ、だ。テスタロッサが教えてくれたんだぜ?」
自分の望みを自覚したのは、フェイトと戦った直後。親しかった者と戦い、そして愉悦を感じ取れた。それこそが自分の渇望。それこそが、自分の飢えを満たしてくれる。そう、信じたのだ。
「じゃあ、なぜ君はあの時フェイトを殺さなかった。できただろう、君なら」
「何?」
「それだけじゃない。彼女たちを強襲した時も、殺せたはずだ。何せ全員、君が丁寧に気絶させたのだからな」
「アホか。殺意も向けられてねぇのに、殺せるかよ」
「殺意を植え付けるために、殺傷魔法を向け、呪いをかけた。そういうことだな」
「ああ」
肯定する。その通りであるから。
殺意がなければ、自分を殺せない。殺意がなければ、殺す価値がない。
……この時点で、言っていることが破綻している。殺し、殺されることを望んでいるのに同じ土俵に立つまで待つつもりなのか。
敵になれ。敵になれ。何度も何度も呪詛の如く送られてきた言葉の裏──。
「そうか。わかったよ」
「何がだ」
「君は決して、悪にはなれない。それどころか、僕たちの内、誰一人も殺すこともできない」
クロノは、気付いたのだ。十四の本質に。望みや渇望とはまた違った、十四本人も知らない、十四に根付いたそれを。
「んだと……!」
「本当に悪であるなら、その時に殺していたはずなんだ。なのに君は生かした。君の行動は矛盾している」
「それこそ違うな。それは悪とは呼ばない、屑っていうんだよ」
「はやてに聞いた話では、君は屑を自称していたようだが。ガラクタなんだろ?」
屑を、ガラクタを自称するなら。まだ救いがある。はやてが言っていた言葉だった。
クロノは、そこに活を見出す。まだ間に合う。まだ、十四を救うことができるのだと信じる。
「……何が言いたいんだよ」
「結局のところ、君も僕たちと同類……お人好しに過ぎないってことさ。歪んだ自分が許せなくて、悪になりきれない死にたがりの、根っからの善人なんだよ、君は」
「……クッ、クハハッ、アハハハハハッ!!」
クロノの言葉に、十四は呆れて笑う。
自分が善人?それこそありえない。善人であるならば、親しかった者を傷つけて悦に浸ったりしないし、殺すつもりで魔法など撃たないし、他人に向けて爆弾を放ったりしないし、死に至らせる呪いなどかけなどしない。
それこそ矛盾している。言っていることが、わかっているのか。
「馬鹿を言うなよ師匠。アンタ、そんなに冗談が上手かったか?」
「じゃあ、僕は君に対して絶対に殺意を抱かない。どんなことが起きようとね」
「……あ?」
ピクリ、と十四は顔色を変えた。
殺さない。殺意など持たない。たとえ、己が殺されようとも。友を、家族を殺されようとも最期の瞬間まで己が弟子に殺意を持たないことを口にして誓う。
何を、言っている。そうじゃなきゃ、敵にならないだろうが。
「艦長。自分はもう、休んでよろしいでしょうか?」
「……ええ、執務官。ゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます。では……」
クロノはそのまま、ブリッジを後にする。
これは、恥を、かかされた。始めから、相手にすらされていなかった。はるか上から眺める親が、はしゃぐ子を見る視線のように。
十四の内に沸きあがる、羞恥の炎。それは先ほどまで凍らされていた肌を急速に温め、滲むように魔力が溢れ、発露する。
プツン、と十四は自分の中で切れるものを感じた。あっけなく、容易く切れてしまったもの。
ああ、なるほど。これが、
──これが、理性の糸ってヤツか。
「クロノォォォォ!!!殺す!!テメェは絶対に、絶対に殺す!!!」
バインドに縛られても、そのまま暴れる十四。無理やりな魔力放出に、体に激痛が走っているにもかかわらず、十四はまったく関係なく、この鎖を引き千切ろうとする。
自分は、あの男に、恥をかかされたのだ。
殺意を持つ相手でなきゃ、殺さない。そう、自分で言ってしまった。
ならば殺意を持たない。そう決めてしまえば、十四は殺すことなどできない。
ああ、なんて様だ。今の自分に駄々をこねる子と何の違いがある。
見誤っていた。加添十四が何よりも打倒すべきだったのは高町なのはでも、フェイト・T・ハラオウンでも、八神はやてでも、ましてはヴォルケンリッターでもない。
己が師である、クロノ・ハラオウンこそ真の大敵。己の戦争を穢す者だった。
十四の殺意は、部屋を出て行こうとするクロノのみへと向けられている。待っていろ、その
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!」
「ちょっ、いい加減キツいって、コレ……!」
「魔力は抑えているはずなのに、無理矢理こじ開けようとしているなんて……!」
バインドが千切れかけ、ユーノとアルフに苦悶の表情が出る。
十四にもう理性はない。痛覚すらない。あるのはただ、怒りに任せた殺意のみ。
……それを止めたのは、十四のみぞおちに入った一発の拳であった。
「がはっ!」
「話はまだ終わっていない。お前に用があるのは、私たちも同じなのだ」
拳を入れたのは、ヴォルケンリッター烈火の将、シグナム。
そして、千切れかけたバインドを補強するように、さらにその上からシャマルとザフィーラがバインドをかけた。
「て、テメェら……!」
「今度は私たちの番だ。主の呪い、解いてもらおうか」
「うん、って言わなねーと、どうなるかわかってんだろうな」