高町なのはは、強い罪悪感に苛まれていた。
──私のせいだ、私のせいだ、私のせいで、あの子を助けられなかった……。
自分が遅かったから。自分がやってくるのが遅れたから、加添家を助けることができなかった。加添十四に大怪我をさせ、人を殺めさせてしまった。
自分の持つ魔法の力は、誰かを助ける力。泣いている子の涙を、止めるための力……そうではなかったのか。
何が魔法だ。こんな力を持っていても、救えなければ何にもならない。なのはは、自分がどこにでもいる無力なただの少女であることを知った。
魔法という特別な力を使えても、結局は十年ちょっとしか生きていない女の子。多くを求めるには彼女には酷過ぎた。
それは彼女の関係者はよく知っている。関係者でなくとも、彼女を知ればそう思う。しかし彼女自身は、誰よりも自分に厳しすぎた。誰よりも他者に優しすぎた。
うちしかれる無力感。容赦なく責め立てる、自分が弱かったからあんな結果になったという現実。
事件現場を見て、口を手で押えても胃の中から湧き出てくる物を残らず吐き出し、無力感という剣を突き立てさせるには幼すぎた。
しょうがない、の一言で済ませられるほど、あの光景は忘れられるものではない。否、忘れてはならないものだ。
……あれは、己の罪の証なのだから。
高町なのはの心は、折れる寸前にまできていた。高温に熱されたアルミの針金のように、ポッキリ容易く折れ曲がってしまうくらいに。
ただ、いつまでも折れているままでもいられない。いつまでも泣いているわけにもいかない。
涙は流した。思う存分後悔した。だったら、そこから何をすべきか。
────高町なのはは、いつだって、どこだって、転んだらすぐ立ち上がっていた。
あまりにも強すぎて、あまりにも不屈すぎて、あまりにも……儚すぎた。
涙を拭き、双眸を見開き、また前に進むしかない。
高町なのはは、そうすることしかできない。
加添家惨殺事件の翌日、早々にショックから立ち直った彼女は、生き残った少年──加添十四について調べ上げた。
知らなければならないと思った。知りたいと思った。知って、彼に謝らなければならなかった。
願わくば、彼に許してほしかった。
許されなくとも、自分を罵倒し、貶し、軽蔑してくれてもいい。それで気が済んでくれるなら、喜んでそうするつもりだった。
加添十四。集中治療室で見た全身包帯まみれの姿ではない素顔の写真は端正な顔立ちで、硬い表情であった。
歳は十一歳でなのはと同じ学年の小学五年生。同い年に当たる。生年月日は四月三十日。血液型はAB。
市内の市立小学校に通い、同じ町内の空手道場に通い、サッカー少年団にも所属し、塾にも通っていた。一週間の予定は全て習い事で埋まっていたという。
学校の成績は良く、学年でも上位に食い込み、運動神経に至っては学年で随一を誇っているという。サッカー少年団では五年生ながら六年生に混じってもレギュラーポジションを持ち、エースプレイヤーとして活躍。空手でも茶帯で、初段である黒帯を取得できる年齢になればすぐさま取れるという評価であった。
友人の数は多いが、独りでいることを好んでいたという。
独りでいることを好んだ、と資料にはあるがなのはには彼の目に寂しさを感じさせなかった。
独りでいる寂しさには一際敏感であるなのはには、十四には孤独の辛さは伺えなかった。
たとえ独りであっても、その実周りには友人が多かったからこそ、孤独の辛さはない。
……しかし、今まではそうだったかもしれないが、これからは違う。
彼は家族を失った。本物の孤独を知ることになるだろう。
自分が彼を孤独へとおいやってしまった。
ならば、その孤独を埋めるのが自分の役目である。それが償いとなる。
友達でいい。名前を呼び合うような、そういう関係で。
憎悪の対象でいい。心無い言葉を向けられても、それでいい。
高町なのはは、そう誓った。
加添十四の眠る集中治療室に、彼を見守る者たちがいた。
「……意識を一度取り戻してから、全身に魔力を巡らせて回復効率を上げている?」
「はい。リンカーコアを起点に、血管と神経に魔力を巡らせて、細胞の分裂数を上げて治癒を行っているようですが……おそらく、彼は無意識でやっていると思います」
その人物は、時空管理局本局次元航行艦アースラの艦長リンディ・ハラオウンと、十四の担当医務官を務めるシャマルであった。
シャマルの書き込んだカルテを見たリンディは、やはり十四には魔導師の資質を示すリンカーコアを持っていることを確信した。それも、強力な魔導の才能を秘めていることを。
管理局が幾度も手を焼いたあの殺人鬼を手にかけた。恐らく、危機的状況に置かれたことで防衛本能が眠っていた魔導の才能を起こした、というのがリンディの推測であった。
目覚めたばかりの魔法は暴走し、殺人鬼を殺すほどにまで及んだ……いや、十四は暴走を止めるつもりはなかったのだろう。家族を殺した相手だ。憎悪に体を委ねて報復したという方が自然に思えた。
「呼吸、心拍共に安定してますし、脳波に異常はありません……。明日にでも一般病棟に移転しても大丈夫なほど……」
「……ちょっと待ってちょうだい、シャマルさん。
本職の目ではないが、リンディの視点から見れば診断書の怪我の内容はそんな短時間で治るほどのものではないと即答できた。管理局の高い技術力を以てしても全治一年半がいいところ。もちろん治療後のリハビリなどを抜きにしてだ。
十四は生死の境を彷徨っていた。内臓は残らずズタズタ、無事で済んでいるのは肺と心臓くらい。骨は肋骨のほとんどが複雑骨折しており、四肢の骨もほとんど同じ。片目が完全に潰れ、血液は圧倒的に足りなく、輸血があと少し遅れていたら手遅れだった。
その状態に置かれても十四は生き延びようと驚異的な治癒力を発揮していた。
もはやそれは治癒というより再生に近い。
「私も驚いているんです。自力の魔力が足りなければ病室の魔力を収束して取り込んでいるくらいですから。このペースが進めば明日また意識は回復するでしょうし、出歩くくらいの体力も出てくるでしょう」
「そこまでの回復スピードだというの……!」
治療系の魔法は存在し、シャマルも他に並ぶものはいないほどの使い手ではある。
しかしそこまでの治癒スピードは魔法で再現することはシャマルでも不可能である。
無理がありすぎる。そんな都合のいいことがあるはずがない。リスクがないはずがない。専門家としてシャマル、高い魔法の技量を持つリンディは同じ結論に至っていた。
「人の細胞分裂の回数は決まっているわ。このままだと彼の寿命を縮めることに……」
「止めようとしたなら、数分と経たず危篤状態に逆戻りです。私の手では、そこから容体を安定させることは不可能です」
魔力の循環を止める手段は存在する。それをしたなら確実に十四は死ぬ。こうして容体が安定していることが奇跡なのだ。
無力感を味わう者が、またここに。
誰もが、何もできないと嘆く。