闇の書の夢……十四が、理想の死に場所として作り上げた場所が、砕けて消え去ろうとしていた。
暗黒の夜の闇に散りばめられた満天の星空と、巨大な月は亀裂が走り。地に咲く勿忘草は枯れて行って、地割れで呑みこまれていった。
十四の求めた世界は、夢と終わる。夢は醒め、夜は終わり、朝を迎える。
「……こいつら……っ!」
崩壊していく世界を、十四はただ黙って見ていることしかできなかった。
やられた。そう思うしか、十四はできなかった。
この世界を破られたのは、管理局の魔導師たちの力が強かったからではない。
己の慢心が招いた。そうとしか考えられない。
「えっ!?」
「体が……!」
突如として、なのはたちの体が粒子として消えていく。
「なるほど、ティターニアに精神を入れて構成された体だ。この世界が消滅すれば、この
元々、この世界にのみに適応するように作られた体。世界が壊れれば自然にそうなる。
宿った精神は元の肉体へと戻り、眠っていた意識は目覚める。
「……知らねえぞ。これでお前ら……死んでも文句は言えなくなったぞ」
同じように、十四もまた体が粒子と消えていく。
この世界を壊した結果。どうなるのか。それを唯一知る十四は、頭を抱えた。
「この勝負は、お互い非殺傷設定が原則だ。それはお前が言いだしたことだぞ」
「そりゃ悪かった。だがな、この世界を壊した時点で、お前たちの安全はもう保障できない」
もう、勝負とかそんな問題ではない。十四にとって、この結界は己を御する制御装置であり、生命線だった。
それはどういう、とクロノが聞き出そうとした瞬間、体を構成するティターニアの消滅速度が加速する。
「こっからもう、俺は責任は取れん。精々、頑張るんだな」
自分が残せる精一杯の負け惜しみを十四は言い残して、この幻想の世界は崩壊し、
「んっ……」
目が、覚める。
なのはたちは、幻想の世界から現実の世界への帰還を果たした。
そういえば十四は言っていた。
目覚めの倦怠感はない。もともと心は戦っていた。体もそれについて行っている。
「げほっ、がばっ……!」
十四は、過剰な魔力を放出しながら吐血していた。赤黒い血が、コンクリートの地面を汚す。
姿も様変わりしていた。髪は老人のように真っ白な白髪へと変わり、顔には亀裂が入ったように赤い線が走っていた。
「封印、処置…………ッ!」
地に敷くミッドチルダ式の封印術式。封印対象は、己に。
魔力光の赤錆色のベルトが、腕、足、胴、そして眼帯を被るように左目と頭を縛った。
封印術に大しては造詣が深くない十四にとって、己を抑えるのはこれが限界であった。
少しでも気を許せば、一気に内にある怪物が表に出て、自分はその怪物に取り込まれるだろう。
こうなることは覚悟していた。己の中に飼うことを望んだ悪意、闇。これを使えば、彼らはひと思いに己を消してくれると信じていた。
この身は既に、人ではない。完全な、怪物である。
「……続きだ。やるぞ」
「続きって……できるわけないよ!!どうしたの、その姿!?」
吐血、そして変わり果てた十四の姿。それを見れば、どう見ても戦える状態ではないのは一目瞭然だった。
何が彼を変えた。何が原因で、ああなったのだ。
「大したことじゃない。さぁ、かかって来いよ!」
足は震え、目は虚ろ。それでも声を張り上げ、戦意を見せた。
それが虚勢であることくらい、誰でもわかる。それでも戦おうとする十四が、なんとも哀れに見える。
「闇の書の闇を取り込んだ……その副作用か。なるほど、あの世界でならお前の体は休眠状態だった。万全の力で挑めたのは、あの世界だったからこそというわけか」
「強大な力を得た代償か。馴染んだとか言ってたけど、それが馴染むわけがない。何百年に渡って、災厄を振りまいてきた悲しき魔導書の悪意だ。人の身でどうこうできる代物じゃないんだ」
あの幻の世界で本体が休眠状態といえど、完全に抑え込めるものではなかった。
本体の中にある闇の書の闇が暴走、結果時間停止ができず、結界を壊す砲撃を許してしまった。
一度でも魔力を吐き出してしまえば、危うすぎる小康状態から一気に悪化する。十四の体は、元よりそうであったのだ。
部分的にとはいえ、十四は闇の書の闇を取り込んだ。数多くの人の悪意で生み出され、混沌の様をしていた闇を、人が取り込むには巨大すぎた。
数々の悲しみ。数々の血。数々の涙を流し続けた闇を、十四一人が背負い切れるわけがなかった。
「うる……せぇっ!かかってくるか、負けを認めるか、どっちかにしろや!」
ビリビリと、空気を震わせて発せられる強大な魔力。退く気はない。退却はない。十四は既に、ここが死に場所と定めた。
「そんな無茶をしても……何にもならないぞ」
「何にもならないことが目的なんだよ……!意味もなく潰されて、意味もなく消え去る……それが俺の望む
「馬鹿野郎……っ!」
消え去ること。終わること。死んでいくこと。もう後へと退けない。その歩いた先へと全速力で突っ走ることしかできない。
何が彼をこうした。神か。運命か。世界か。それとも人か。
何であろうと、クロノはその存在を恨んだ。どうして十四が、自分の弟子が、こうならなければならなかったのだ。
「行くぞ、正義の味方ども。
望む破滅へと、そのまま十四は駆け出していく。
十四は止まらない。止められない。止まるつもりはない。
亀裂の走る体のまま、正義の味方たちへと切り込んでいった。