どんどんと、人から怪物へと変わり果てていく十四を見て行き、少女たちは直視できず目を逸らす。
身に取り込まれていくのは闇の書の闇。悪意と絶望と涙と血が混ざりあって混沌を作り上げた、死の怪物。
人の身でどうあっても御せる代物ではない。十四を無事に済ませて止めることは不可能。
今にも、顔を覆っていた封印のベルトが弾け飛び、眼帯も取れて、眼球のないはずの左目に新しい目が作り上げられた。
その目はどう見ても人の物ではない。爬虫類に近い、蛇のような細長い黒目で、黄金の虹彩であった。
「……どうしたら、いいの……」
「なのはっ」
「化け物になんて、なって欲しくない。怪物になんてなって欲しくない……そう思っちゃいけないの……?」
十四が望んだことだから、止めてはいけない。十四がああなりたかったから、そのままにしなくちゃいけない。
十四の我儘。怪物になって、悪意の塊になって、暴虐を振りかざし、悲劇を生みつくし、悪となる。その果てに、正義の味方に討ち取られる。
そんな、そんな悲しい生き方をさせたくない。
「だったら、こっちも我儘を通したらいい」
「はやてちゃん……」
「あっちがあっちの我儘を通すんやったら、こっちもこっちの我儘を通すだけや。なのはちゃんやって、我儘大好きやろ」
八神はやては、この少女の我儘で救われた。悲劇の中心に立たされた闇の書事件は、そうやって解決した。
彼女の頑固さは親友であるはやてはよく知っている。こんなことで、決して倒れはしないことくらい。
「なのはがそうやって、我儘を通してくれたから、私は、私たちはこうやっているんだよ」
「フェイトちゃん」
「やることは、いつだって同じだ。こっちの我儘を通して、話を聞かせる。それでいいんだ」
フェイト・テスタロッサも同様で、なのはの心の強さに救われた。ピエロを演じらされた彼女は、しっかりと自分の足で立っている。
彼女のしつこさは親友であるフェイトはよく知っている。こんなところで、彼女は挫いたりしない。
「……二人とも、私ってそんなに我儘?」
「「うん」」
「ごめん、なのは。僕も否定できない」
「まあ、周知の事実だ」
「というより、我儘って自覚がなかったのかい?」
「ええ~~っ!?」
フェイトとはやてだけでなく、ユーノとクロノとアルフからもボロクソに言われる始末。
なのはの受けたショックは、結構大きい。
「ヴィータちゃん、ヴィータちゃんは違うよね!?」
「…………」
紅の鉄騎は答えない。なのはの目を逸らし、口を噤んだまま無視を貫く。
他のヴォルケンリッターも何も答えない。フォローするにもしようがないくらいに合っているのだから、言わないのが花であった。
ただ、何も言わないという返答が、なのはにとって大きいダメージを食らうことになったわけだが。
「うぅ……みんな、ひどいよ」
「まあ、事実だ。少しは気が楽になったんじゃないか?」
「……うん」
心の調子は、随分と軽くなった。今なら、万全に十四と戦える。
我儘を通したければ、相手の我儘をねじ伏せなければいけない。それはずっと前からわかっていた。
十四の望みは、否定する。自分の我儘を通すためには、そうしなければならないから。
「…………やる、気……か……」
「っ、十四くん!」
十四の残った、理性の残り香。怪物に理性を食われ、もう長くは持たない。
これがなのはとの、最後の会話になるだろう。
「……俺の……最後の……
「うん。私は、私の我儘で、十四くんの
「…………そう、か……」
ニヤリ、とひび割れた顔で十四は笑った。
こんな、こんな嬉しいことはない。これほどの正義と戦えて、これほどの正義と対面して、これほどの正義に、滅せられる。悪として、どれほど救われるだろう。
「……じゃあ、責任取れよ」
「えっ」
「万が一でも、俺がお前らに倒されて、それでいて人に戻れたなら……これからの俺の人生全部くれてやる。その、責任くらい取りやがれ」
十四からしてみれば、この機会を逃してしまえば生きる理由など存在しない。惰性で永遠と生きるだけの仙人になるしかない。
せめてその責任を取ってもらわなければ、十四の気は済まない。
だが、なのはにしてみれば、それはもう十四からの告白……つまり、プロポーズと言っていいくらいのこと。
突然のことに、なのはは思いっきり顔を赤くした。
「えっ、ええええええええええええええ!?」
「……ほほう」
「……!」
驚きのあまり声を上げるなのはに、その周囲はニヤニヤと顔を緩ませた。
とてもではないが、戦闘をする空気ではなかった。
「頼むぜ、“なのは”」
「……っ!」
その言葉を最後に、十四を抑えていた封印が全て弾けて消える。
人の姿の面影は消え、あるのは醜い獣の姿。いくつもの魔法生物を組み合わせた
十四が、なのはのことを名前で呼んだ。
これは今までになかった。十四が高町家に預けられてから、一度もなのはのことを名前で呼んだことはなかった。
「……いいよ」
名前で呼んでくれた。やっと、十四が名前で呼んでくれた。
嬉しかった。こんな、心の底から嬉しいと思えたのは今までになかった。
今まで、気恥ずかしいと十四はなのはの名前を呼んだことはなかった。小学五年生の男の子が、女の子の名前を呼ぶというのは勇気が必要だ。
その勇気を、十四は見せた。小さくて、みみっちくて、下らない勇気だ。
それでも、それでも見せてくれたこの勇気を、なのはは応えたい。
「責任くらい、いくらでも取ってあげる。私が、必ず!」