悪になりたがりの再生者   作:Soul Pride

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妖精、さらわれた者

 加添十四からの宣戦布告から翌日。チベット山地にてアースラ武装隊が十四と交戦の末全滅している報を、高町なのはが聞いて一時間が経過していた。

 高町家のなのはの自室にて、レイジングハートから発せられた通信で、クロノから聞かされた。フェイト、はやてや守護騎士の全員も耳に入っている。

 自分の欲望を知りたい。生きる理由を知りたい。幸せのまま腐り落ちる前に、生きて叶えたい望みを果たしたい。それが消えた理由だった。

 そしてほどなく十四は欲を知る。悪になりたい。敵となりたい。それが希望。それが望み。それが渇望。それが欲望。

 高町なのはは悩んだ。あの十四が、どうして自分たちの敵になりたいと言ったのか、わからなかった。

 一緒に、高町の家で暮らして、家族として接して、寂しさを埋めた。楽しかったはずだ。幸せだったはずだ。

 ……それなのに、十四は敵になりたいと言った。

 

「わかんない。わかんないよ、十四くん…………」

 

 どうして、その結論に至ったのか。どうして、その欲望に素直になれるのか。何一つとして、十四をなのはは理解できなかった。

 悪になりたい、敵になりたい、などという願いを言った者はなのはは知らない。

 叶えるのは簡単である。文字通り、敵になればいい。容赦なく、躊躇いなく、十四を倒す、機械へと変わればいい。

 しかしそれでは誰も救われない。十四も、そして誰よりもなのは自身が。

 

「憎まれてもよかった。恨んでくれてもよかった。だけど……」

 

 ただ敵であってくれ、という願いはあまりにも残酷すぎた。言葉に人の温もりが、一切感じられないのだ。

 憎悪に焼かれたかった。それが十四の気持ちであるなら。

 怨恨で呪われたかった。それが十四の本心であるなら。

 ただ、敵であれ。それは何よりも残酷で、無味無臭で、何の心がない。あるのはただ、鉄の冷たさのみ。

 命令を下された兵士のように、敵兵を撃ち殺せ。無慈悲で、情けのない願いは、なのはの心を深く抉った。

 なのはと十四の間にあるのは、感情ではない。立場の違いによる敵意しかない。

 信じる神が違うから。肌の色が違うから。国が違うから。資源があるから。そういう理由で戦争をするのと、全く同じ。

 

「こんなのって、あんまりだよ……!」

 

 十四は、なのはたちを間違いなく敵と認識する。そして彼を追う者たちは、十四を敵と認識せざるを得なくなるだろう。本気で殺しにかかるであろうから。

 涙を零す。それをすぐに袖で拭くが、涙が止まることはない。ポロポロと、床へと雫が落ちていく。

 力になりたい。なのはは誓った。あの光景を、加添の家の殺人現場を目に焼き付けた瞬間から、十四への贖罪が始まっていた。

 それでも十四の願いを叶えるには、なのははあまりにも優しすぎた。

 

 

 

 

 

「武装隊には、全員ブラウニーが付いていたそうだな?」

「うん、間違いないよ。発見したときには、治療が完了していたよ」

「……相変わらず反則クラスのレアスキルだ」

 

 アースラブリッジにて、クロノとエイミィは十四の手によって全滅したアースラの武装隊の一人一人の状態が記されたカルテを見ていた。

 全員、気絶していたものの怪我の一つも確認されていなかった。

 十四の魔法の師であるクロノは、実戦を重ねていくうちに着実に実力を高めていることを確信していた。

 稀少技能(レアスキル)機械仕掛けの妖精(メタリカ・ブラウニー)』による、再生能力を駆使した戦闘能力。管理局の指折りの武装隊であるアースラの人員を、こうまで退けられるほど、十四は使い方を熟知してきていると考えていた。

 フェイト、そして武装隊には妖精(ブラウニー)がついていた。情けのつもりか、もしくはもう一度かかって来いという余裕なのか。

 そしてクロノは、このまま十四を一人にさせておくわけにはいかなかった。

 

「クソッ、僕が師匠をやっていたというのに……なんて失態(ザマ)だ」

 

 十四の魔法の師を名乗り上げたのは、他でもないクロノだ。他にもなのはとフェイトが名乗り上げていたが、あの極端に方向性が尖っている二人に十四の訓練を担当すれば、師と同じ性格の魔導師になるのは予想できていた。

 折角の万能方向に成長できる魔法の才を持った逸材。ならば、同じくらいオールラウンダーに長けた魔導師に教育を施せばいい。引き出しは多く、手広く。どのような方向性に進むかは、十四自身が決めるべきだと。

 クロノ自身、弟子という物に興味がなかったわけではない。自分の魔法を教えてくれた使い魔の猫の姉妹(リーゼ)は、才能に乏しかった自分を鍛えてくれた。

 なら今度は、自分が弟子を取ってみようと思った。

 これからはもう、自分が現場に出ることが少なくなっていくだろう。執務官として魔法を行使する立場ではなく、後方で指揮を執ることが多くなっていくだろう。

 どうせなら、自分が使っていた魔法を誰かに残したい。そんな願いから、クロノは十四に魔法を教えた。それがもし役立ってくれるなら、クロノにとって嬉しいことであった。

 ……だが、まさか敵対者となるなど、その時は思いもしなかった。

 

「そんなに気に病まないの。魔法なんて、使う人によって使い方も違うんだから」

 

 責任感の強いクロノの扱い方に慣れているエイミィは彼を慰める。

 

「どうせならさ、思い切って無視したりとかしない?ほら、十四くんから仕掛けてるわけじゃないし、治療もしてくれてるし、このまま小旅行みたいな扱いにすれば……」

 

 エイミィの提案は、十四を敵と見ないことであった。現在、十四による被害はゼロに近い。追手である魔導師の一切を迎撃しておきながら、医療施設の一切を使わずに治療を行った。ならば、敵と見なさいことも手ではないのか。

 少し放っておいて、頭を冷やしておけば勝手に帰ってくる。そう考えたのだ。

 彼の家は、もう既にこの海鳴にあるのだから。帰ってくる場所は、そこにしかないのだ。

 

「僕もそう考えたさ。所詮は子供の我儘、無視をするのが上策。当たり前の対応だ」

「だったら……」

「だけどそういうわけにもいかないんだ」

 

 クロノが取り出したのは、紙媒体の資料。それをエイミィに渡した。

 

「な、何、これ?」

「十四のレアスキル申請書だ」

「えっ!?ま、まだ出してなかったの?」

 

 さすがのエイミィも、これには驚いた。

 レアスキルは、文字通り貴重な代物で保有している魔導師はほとんどいない。

 レアスキルを持っている魔導師は、スキルの内容によるが重用され、管理局から特例措置を受けることができ、具体的には稀少技能秘匿や、出世の早さなどが挙げられる。

 仕事にはとことん誠実なクロノが、そんな大事なモノを未だに提出していなかったことに、エイミィはただ事ではないと感じていた。

 

「これって、結構マズイんじゃないの……?」

「問題ない。所詮、局員になったときに必要であれば出しておけ、という代物だ。提出しておいた方のメリットが大きいだけさ」

 

 あった方が便利ではあるが、なくても不自由はしない類の代物である、とクロノは言う。自己申告の物なので、そこは本人の希望となる。

 十四は局員ではない。だが、データがあったときには便利だからと、十四はクロノには提出していた。

 しかし、あえてクロノは本局には提出していない。

 提出するわけには、いかなかった。

 

「どうして、出さなかったの?」

「エイミィ、君は『機械仕掛けの妖精』がどんな代物かどうか、説明できるか?」

「……えっと、再生能力だよね。少ない魔力で治療魔法と同じ効果が得られているし、そのおかげで凄い打たれ強い」

「全く違う」

 

 エイミィの答えをクロノはバッサリ切り捨てた。その非情さによよよとエイミィは項垂れたが、クロノは無視をする。

 

「実戦で使える能力が再生能力しかないだけで、アレはかなり危険な代物なんだ」

「んー。危険ていうより、優しい能力だと思うよ。妖精が傷を治すなんて、実際かなりファンタジックだし」

 

 魔法という存在は、ファンタジーというよりSF(サイエンス・フィクション)な存在である。プログラムと式を入力し、そして行使する。そういう代物である。

 それに比べて十四の『機械仕掛けの妖精』は名前に反してとても幻想的で、とても優しい。エイミィの言うように、それはとても優しい能力なのだろう。

 そう思わざるを得ない。何せ、十四は人前では再生能力しか使っていない。だからこそ、優しい印象を与えていたのだろう。

 だが、クロノは首を振る。実際、そういう代物ではないと否定した。

 実際にはもっと残酷で、もっと悲しい能力ということ。

 

「君はこの地球に伝わる妖精(ブラウニー)の伝説を聞いたことがあるか?」

 

 その質問にエイミィは横に首を振る。

 

「僕も、十四から聞かされた物だがな」

 

 と、クロノは話し始める。話の内容は坦々として簡潔にまとめられていた。

 ブラウニーの伝説に、『取り替え子(チェンジリング)』という物がある。それは妖精が人間の赤子を、そっくりそのままな替玉の妖精と入れ替えることを言うものだった。

 取り替えられた人間の子供は、そのまま妖精の世界で永遠の命を得て、幸せに暮らすという。代わりに取り替えられた妖精は、短命ですぐ死んでしまったという。

 出生率が高くなかった昔の時代、死んでしまった子供が幸せであって欲しいという願いから生まれた伝説。心の安らぎを求めて、この伝説に縋ったのだ。

 

「……ちょっと待って、クロノ君。それって、結局」

「合致していないか?十四の状況に」

「…………あ」

 

 エイミィは気付いた。クロノが言いたいことに。何を伝えたいということを。

 十四は現実の世界から、魔法の世界からやってきた殺人鬼によって、レアスキルと魔法に目覚めて、魔法の世界に関わることになった。それを伝説に当てはめるなら。

 魔法を使える殺人鬼によって家族が殺され/ようせいによってとりかえられ、魔法とレアスキルに目覚めて/えいえんのいのちをてにいれ、魔法世界に触れることになった/ようせいのせかいでしあわせにくらした。

 物の見事に当て嵌りまくりだった。偶然、ではないのか?とエイミィは疑ったが。

 レアスキルの名称を決定(きめ)たのは他でもない十四だ。そういう皮肉を込めたというのなら。

 

「そう、考えて十四は名前を決めたの?」

「正直、名前はどうでもいいんだ」

 

 大切な部分は、ここからだから。

 

「十四の場合、伝説のままなんだ。生きる世界が取り替えられたことも、幸せに暮らしていたということも、…………永遠の命を得たということも」

 

 ここからが、クロノの話すことの肝要な部分であった。

 『機械仕掛けの妖精』の能力は、生体の状態の時間操作。それは、生き物であるならばあらゆる物の時間を操ることができるという物であった。

 そしていつも十四が戦闘中に使っている再生能力。その本当の真価が、ここで語られた。

 

「エイミィ。例えだが、ここに余命幾ばくもない人間がいたとする。不治の病だ。医者では手を付けられず、どうしようもない。……さて、十四なら助けられるか?」

「……そんな質問をされたって、そりゃ無理って答えたいけど……できるんでしょ?」

「その通りだ。十四は治すことができる」

 

 時間操作で健康な体であった頃まで再生し、病気そのものをなかったことにする。『機械仕掛けの妖精(ブラウニー)』で生きているなら死期すら引き延ばすことができる。

 

「じゃあ、またその人間がまた死にそうな状態になったとする。そして、また治した十四に頼るだろう」

「……ん?」

「また死期が近づいたら、また十四へ。死期が近づいたら十四へ。それを何度でも、何度でも、何度でも、何度でも繰り返す」

「……えっ、ちょ、ちょっと待ってよ。それってもしかしなくても……」

「そう、無限ループになってしまってるんだ。十四が治療を施し続ける限り、永遠に生きながらえることができる」

 

 これこそ、永遠の命と言わずなんと言う。何気なく見せてきた再生能力が、長年人間の夢とされた不老不死を再現することができるのだ。

 それを聞いたエイミィは、絶句し、目を見開く。そして、悟らずにはいられなかった。

 ──これを聞いた瞬間、自分も共犯者であることを。

 

「それじゃあ……黙っているしかないわけだ」

 

 報告しなかったのは、クロノの英断だったとエイミィは心底思った。そんなことを管理局に報告したら、十四がこれからどんな目に遭うかどうかなど、容易に想像できた。

 長生きしたい。ずっと生きていたい。それは人間の持つ原初の欲望。

 死を恐れる人間が、誰もが、確実に襲いくる死から逃れるために不死を願った。時の支配者が、権力者が、王が、富裕者が、誰もが追い求めた。

 そしてそれを、可能とした人間が現れた。

 欲に塗れた大人たちが、老人たちが、生きようと、利用しようと、汚い手で十四を求めようとするだろう。長生きしたい、死にたくない、病気を治したい、若さを保ちたい、欲望の種は数限りない。

 そしてまた皮肉な話、欲望を求めた十四が、そのまま欲望の対象とされてしまう。なんと虚しく、なんと悲しい話であるか。

 

「このことを知っているのは、僕と母さん、十四の医務担当をしていたシャマル、そして君だエイミィ。決してこのことは他言しない……誓ってくれるか?」

 

 能力の全貌を知っているのは、今この四人のみ。共犯者の数は、少ない方がいい。

 クロノから出された、口頭での誓約。そこに何も拘束力はないものの、彼らにとって何よりも縛る物である。

 言葉だからこそ、嘘は通用しない。そして覚悟をうかがい知れる。書面だけの約束などと比べたら、字など嘘にまみれている。

 

「当たり前だよ。何年付き合っていると思っているの」

 

 ────誓いはここに。嘘なき約束は、ここで結ばれた。

 

 

 

 

 

 月光が薄暗く輝く海鳴市の市街地の、とあるビルの屋上。

 十四は海外からまた再び、舞い戻って来てきた。

 

「今度は、こっちの攻撃(ターン)だ」

 

 ニヤリと歪めた口元は、夜空に浮かぶ三日月より鋭く、綺麗な形をしていた──。

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