眼前から放たれるのはまさに王の威圧――。
正面から対峙するだけで精神まで侵され尽くされそうになるほどの妖力。
夜の王。紅い悪魔。吸血鬼。まさに名だたる妖怪の中でも最上級の存在であるという証。
目の前に居る彼女に比べれば嘗て出会った魔獣など路傍の石程度でしかないということを今さらながらに、自覚させられる。
そんな彼女が一歩また一歩とこちらへと歩いてくる。
跪き頭を垂れ私の心を屈服させようとその圧倒的な暴力を身に纏いて。
吸血鬼たる彼女からすればただの人間である私を隷従させるなど児戯に等しいと思っているだろう。
そんな彼女と対決して無事で居られるか――?
そんな筈はないだろう。いくら幻想郷の理において守られていようともこの身は最後まで持つという保証などどこにも存在しないのだから――。
何より私は、彼女に喧嘩を売ったのだから。
いえ――あの場合は彼女が売って私が買ったというのだろうか。
まぁ、どちらにしろ、瞬きをした次の瞬間には私の体は襤褸の如く蹂躙されるかもしれないという事実だけは確かだけれど。
では今すぐにでも彼女に頭を垂れるか。跪き許しを請い命乞いをする。
確かに……確かにそうすれば私は助かるだろう。
彼女が何を持って私に興味を持っているかは分からないが彼女は私に興味を持っている。
ならば彼女に隷従する意を示せば確かにこの命は助かるだろう。
ではそうするか?
否だ――。
ありえない。
そんなことをするくらいは私は舌を噛み切り自らこの生を終えることを選ぼう。
我が名は琥珀。八雲琥珀。
髪の毛一本から血の一滴に至るまでこの身はただ紫様のものなれば。
この精神はその終わりを迎えるその瞬間まで全てを紫様に捧げると誓ったならば。
どうしてたかだか今宵この場を支配している程度の吸血鬼に跪けよう。
どれほどの力を彼女が――――レミリア・スカーレットが持っていようとも関係ない。
その圧倒的な力をもって彼女がこの紅い月の下に君臨する王なのだと言うのなら私は自らの力をもってその王を踏破しよう。
私が傅く者はこの三千世界においてただ一人。
八雲紫様ただ一人なれば。
相手がどれほどの力を有していようとも決して膝をつきはしない――という誓いを胸に。
「私の名は八雲琥珀。この名を名乗り続ける限り私は紫様以外には決して跪かぬと知れ傲慢なる吸血鬼よ」
「クク……そうか…そうか! ならば我が名レミリア・スカーレットの名のもとに誓おう。必ず貴様を我が下に跪けさせると!」
「…………あは――。なら私が先に貴方を跪けさせてあげる…よ?」
「クハハハハハ! ならば遠慮はしまい。一切の手加減も慈悲もなく貴様を蹂躙しよう!」
笑う嗤う哂う。
愉悦に顔を歪め彼女は笑う。
王座の高みよりこちらを見下して傲慢に笑い続ける。
「さあ! ならば受けてみろ八雲琥珀!!」
神槍『スピア・ザ・グングニル』
放たれるのは紅い神槍。圧倒的妖力のもとに繰り出される一撃必殺のスペル。
レミリアのもとより放たれた神槍は一部のブレもなくこちらの心臓へと直進する。
もしもそれをこの身に喰らえばそれだけでこちらの意識は情け容赦無く刈り取られるだろう。
ならば避けなければ――。だが――それも不可能だ。
既に回避を許される時間などもはや一秒すら残されていないのだから。
あれはまさに神々が造りし神槍の模倣。
対峙するもの全てを射殺さんと繰り出される槍を避けれる道理などどこにも存在しない。
ただその切先をもって相対するもの突き刺すという理念のみが支配する絶対の幻想に包まれた一撃。
それが放たれた時点で――ただ相手が串刺しになるという結果だけを齎すという神槍がこの身に迫る――。
ならば私はこのままあの槍に射抜かれるか。
無残に無慈悲に一切の抵抗も出来ぬまま射抜かれ蹂躙されると言うのか――?
否だ――。そんな未来など決して許容できぬ。
そんなことがどうして許されよう。
そも――初めからは回避など考えておらずその為能力など持ち合わせていないのだから。
この身はただ前だけを見続けると誓ったならばどうして回避など出来ようか。
ならば防げ。防げるものを造りだせ。
私はそれを知っているはずだ。
あの日、私は確かにそれを見たはずだ。
巨岩を打ち下す魔獣の一撃を、されども容易く受け止めた幻想を。
この目に生涯忘れることのないほどに焼き付けたそれを。
さあ――防ぐ手段を思い描いたというのならば。
余すことなく霊力を一手に纏おう。
肉体に宿る余分な霊力を全てをそぎ落とす。
二手目など考えない。
ただ目の前に迫る神槍にのみ全霊力を注ぎ込む。
先のことなどこれを防いでから考えれば良いのだから。
そして――私はその名を呟く。
結界『四重結界』
この身を射抜かんと眼前にまで迫った神槍に割り込むように現れたるは紫色の結界。
結界と槍がぶつかり合い火花を散らせ軋めきを上げる。
あらゆるものを射抜かんとする神槍とそれを防ごうとする防壁との攻防。
通常の理ならば私程度が造り上げる防壁であの吸血鬼が造り上げたる紅い神槍を防げる道理など何処に存在しない。
例え一瞬の均衡を築こうとも次の瞬間には全てを蹴散らし、結界は砂上の楼閣の如く砕け散り私の体はその槍に射抜かれることとなるだろう。
だがこの結界は抜けない――抜かさない。
これは嘗てみた紫様が造り上げた結界の模倣。
本来のものに比べれば児戯の如く脆く弱くみすぼらしい結界なれど。
けれども紫様の真似をして造り上げたのなら必ず防げ。
例えそれが神槍であろうとも一切の例外など存在しない。
「ク……ウ……アアアア!」
結界に皹が入る。
今にも無残に砕け散り霊力という名の幻想へと消えこうとする結界。
だが……持たせる。
あらゆる霊力を持って拮抗を造り上げる。
それが心臓に槍を突き付けられる寸前の如くギリギリの状態であろうとも。
この結界は絶対に貫通などさせはしない。
私はさらなる霊力を持って結界を補強し――――。
「クッ!!」
そして次の瞬間結界は爆発と共に消え去っていった。
放たれた紅い神槍と共に。
後に残るは琥珀色と紅色によって造られた残滓のみとなった。
「は…………ハハ……ハハハハ……クハハハッハハハハハ!! なんだそれは……? その結界は!
「……理由なんて知らない――。でも私が造れると信じて――私が造ると誓ったから」
――だからそれが如何に劣化したモノであろうとも、私は紫様の世界を造ってみせる。
そんな理由にもなってないような誓いを述べながらに――。
私は言葉を呟くのすら覚束なくなっていた。
舌をだらしなく垂らしながらも懸命に息をする。
肺が空気を求めているけれど呼吸が合わずに息が漏れていく。
もはや一言たりとも語らず目を瞑り意識を手放したい衝動に駆られるがまだそれは許されない。
彼女はまだ私の前に立っており、私の心はまだ折れていない。
ならば目を開けて前を見ろ。
彼女がこちらを見下し話しかけるうちに息を整えろ。
「劣化。劣化したモノ――か。ハハっ。確かにそうよ。それはオリジナルに比べれば確かに見比べるまでも無く劣化したソレよ。だがお前は人の身でありながら妖の一部に手を伸ばしているにも関わらず――まださらに手を伸ばすというのか?」
「まだ……まだ私の望む世界はこんなものではない……から。紫様はこんな所より遥かに高みに居るから――。だから私もそこに至る。それがどれほど遠くても、それでも私はそれを知っているから。だから、私もきっとそこに至れると信じているから――」
――だから、どこまでも手を伸ばすと誓ったのだから。
「…………面白い。ククっ! 面白い! ならば手を伸ばしてみろ琥珀。人の身のお前がどこまでその手を伸ばせるか――この私自身が見てやろうではないか!」
息を合わせる。
霊力を循環させ一点へと集める。
造りだすのは幻想。
私が追いもめるものはただ一つ。
あの日恋い焦がれた光景……あの美しい情景。
見る者全てを魅了するあの世界。
紫様に出会い――――琥珀としての生を得てから今まで追い求めそしてこれからも求め続ける世界の創造。
けれど、今の私ではきっと望む世界のその十分の一にすら満たないだろう。
霊力が足りない。霊力の練り込みが足りない。経験が足りない。
幻想創造の手段がどうしようも足りていないからこそ、ならばせめて私が造りあげる世界を余すところなくイメージし尽くしてみろ。
僅かな瑕疵もなく。一片の隙間もなく。
手段が足りないというのなら、足りない分はイメージで補え。
幻想の創造とはつまるところ自身の中にあるイメージの具現化なのだから。
さぁ――幻想世界を始めよう。
貴方を倒しさらなる高みへと昇る為に。
「貴方を幻想世界へと誘いましょう」
幻視『魅惑的な幻想世界』
現れた弾幕はまさに百花繚乱。
数え切るには十では足りぬ、百でも足りぬ、千を超えて初めて数えきれるほどの弾幕がレミリアの周りを取り囲む。
そして――色、形、大きさ一つとして同じものが存在せず。
蝶が鳥が花が飛び交う幻想の舞台。
より美しく華々しく見えるよう造り上げた私だけの弾幕達。
今これより――此処は私が造り上げる幻想世界となる。
「………………流石にこれは――驚いた。何だこの弾幕の数は? 木端弾などではなく一つ一つが極大極上など……博霊霊夢どころか私ですら不可能だぞ……。これは何だ? いくら貴様の霊力と言えどもこれほどの弾幕は不可能だろう……。一体どれほどの果てにこの世界を造り上げた――?」
「……あは――。綺麗……でしょ?」
そして私はそこにある全ての弾幕を彼女へと降り注ぐ。
一切の容赦も情けも油断も慢心もなく……私が造り上げた弾幕を全身全霊で叩きこむ。
「チッ!!」
色とりどりの弾幕が降り注ぐ中心に居るレミリア。
彼女は回避を諦めたのか彼女もまた新たな弾幕を造り上げ迎撃に当ろうとする。
だがそれを発動させたところで彼女の動きが止まった。
「………………なに?」
彼女が造り上げた弾幕は私の弾幕をすり抜けたのだ。
それは――まさに幻想。
私が造り上げた幻の弾幕によって構成された偽物たち。
今の私ではあれほどの弾幕を造りあげられる手段がないのだから。
ならば形無いそれを、けれどせめてイメージだけをもって造りあげられた張りぼてのそれ。
未だ至れぬ遠き幻想に想いを馳せた造りあげたまさに幻惑の世界。
けれど足りないのならば足りるものをもってこそ――いつか望む場所に辿り着けるというもの。
それが――これ。
さぁ――偽物によって造りあげた幻想に惑わされると良い――。
「なに…………? はっ? チィ!」
レミリアは一瞬弾がすり抜けたことで動きが止まり――――次の瞬間に後ろから迫る弾幕に打ち抜かれた。
偽弾の中に実弾を混ぜこんだ弾幕。
全てを創りあげれぬと言うのなら出来るものを造り上げれば良い。
残りは幻想と幻惑で補填する。
これが私の弾幕。
未だあの日見た光景に辿り付けぬと言うのならせめて少しでも近づけるようにと造りあげたもの。
本来これはこのような決闘の為に造り上げた弾幕ではないけれど。
けれどもこれが必要になったのなら私は迷うことなく使う覚悟など出来ていた。
これが今の私の限界ならば胸を張りこれを使おう。
そして私は彼女に打ち勝ってみせる。
幻弾と実弾を織り交ぜた弾幕がレミリアへと降り注ぐ。
迎撃しようとすればすり抜けて、迎撃不要と思えば打ち抜いていく私の弾幕。
しかし例え偽物であろうとも霊力を喰っていく。
実弾ともなればその比ではない。
それを何百何千と造り上げていけば辿り着くのは霊力の枯渇であるのは必然の理だ。
次第に目が霞んでいく。汗が流れ落ち整えたはずの息が再び乱れていく。
そして気が付けば私の弾幕は終わりを告げていた。
あれほどあった弾幕は全て消え去っていた――。
レミリアの周りにはただ弾幕が残して行ったのであろう煙幕だけがうっすらと上がっている。
どれほどの弾幕が彼女に命中したかは分からない。
けれども全くの無傷と言うはずはないはずだ。
私は落ちていきそうに意識を懸命に起こし煙が晴れるの待った。
「…………本当に…………本当に素晴らしいぞ琥珀。これほど――気分が高揚したのは久方ぶりだ」
そこには服が一部吹き飛び土埃に身を汚しながらも先ほどよりも深い笑みを浮かべ悠然と立っているレミリアの姿があった。
確かにそれなりの傷は負わせられたようだが……だが彼女の闘志は未だ衰えていなかった。
「……あは。褒めてくれてる……の?」
「褒める? あぁ――褒めるとも。まさに称賛に値する。あの弾幕が一体どれほどの努力の果てに造り上げられたのか。それを一番理解しているのはあれを喰らった私なのだからな。本当に素晴らしいよ琥珀。あれは決して妖怪には作れぬ弾幕だ。人間だからこそ……未熟な人間だからこそ辿り付ける世界。たゆまぬ努力の果てに造り上げた幻想。さらにあれでまだその過程なのだろう? クク……確かに見せて貰ったよ。お前が望みうるその高みへの願望を。その渇望を。その決意に塗れた――その弾幕を」
「………………」
そんなレミリアからの称賛を耳にしならがらに。
そもそも今の私が限界すら超えて造りだした弾幕ですら彼女にとっては――称賛を上げる程度でしかなかったという時点で――。
私は、意識を保つだけで精一杯になる。
目がさらに霞む。自分がいま呼吸をしているかどうかすら分からない。
足が震え立っているだけでも精一杯の状態になるのが分かった。
ほんの僅かでも油断すれば私の意識は暗闇の世界へと落ちていくだろう。
だから懸命に私は自らの意識を保ち続ける。
それだけで今は精一杯で彼女の言葉に返事をすることすら出来はしなかったが彼女はそれを気にすることなく言葉を続けている。
「ゆえに琥珀。私は貴様を心からの賛辞を送ろう。そして――此処に改めて誓おう。最後まで一切の慈悲も容赦も無く貴様に打ち勝ちそして改めて貴様を私のもとにしてみせるとな」
そう言うと彼女はさらなるスペルカードを取り出した。
それが何であるのか確認することすら今の私では不可能だ。
息が苦しい。霊力はもはや枯渇寸前。
「だからこそ――これで終わりとしよう琥珀」
紅符『不夜城レッド』
彼女が言葉を繰り出すと紅い十字架が現れた。
それは……まさに墓標。
見た瞬間に理解させられる力に。
私とレミリアを分ける、その距離を思い知らされる。
込められた力の奔流はまさに――絶大。
私がレミリアという吸血鬼としての彼女に勝るなどと、そんな慢心は僅かにももっていなかったけれど。
それでも私の終着点はここでは無いのだから、私はもっと高みへと手を伸ばさなければならないという思いから――彼女の誘いにのっての決闘に。
簡単に勝てるなどとは思っていなかった。
けれど、それでも――私はこんなところで負けるわけにはいかないという思いがあったからこそ――。
どこかに必ず勝てる道筋も確かにあったと思っていた。
だが……そんな想いも。
私に迫る紅い墓標を見せられると、そんな道筋など始めから無かったなかのように霧散する。
私がどれほど霊力を練ろうとも、彼女の力に比べればまさに児戯に等しいのだと――認識されずにはいられないから。
そんな彼女に正面から戦いを挑めば――まさにその敗北は必定だったのだろう。
だかこそ、彼女の称賛とは上から下にかける言葉。
或いは遥かな高みにある者が下を這いずり回る者にかける慈愛の言葉か。
だからこそ、それこそそこにある差とは蟻が象に戦いを挑むようなものだったのかもしれない。
あるいは……もっと工夫を凝らせば。
彼女の弾幕のその全てを防ぐのではなく避けることで。
余計な装飾を一切排除したもっと質素な弾幕を用いることで。
そうであるならば、この幻想郷におけるルールの下での戦いなら勝利の道は確かにあったのかもしれない。
それでも私はそれを選択することなどせずに。
ただ彼女と同じ舞台に立って戦い続けることを選択し続けたのだから。
そこにあったのは人としてのあり方ではなく、妖としてのあり方をただ追い求め続ければ――そこにあるのはただ力の差によって叩きのめされるという事実のみが待っているからこそ――。
この敗北は――初めから定められた運命であるかのようで。
そんな覆しようのない現実を前にしながらに――――――それでも私は、隠しようのない笑みを口に浮かべる。
あは――。
そもそもどれだけ私が負けるという事実しか存在しないような現実がこの前に迫ろうとも。
それでも私は――私がここで負けるだなんて僅かたりとも思っていないのだから。
私とレミリアとの間に覆しようのない力の差があったと分かって。
レミリアが私より遥かに高みに居たとして――それらが一体どうしたと言うのだろうか。
だって私は世界から見れば蟻のように小さい存在だと知っていて、それでもあの夜空に浮かぶ月に手を伸ばそうだなんて思って、そして絶対に辿り着くと信じているような人間なのだから。
だからこそ、私はこんなところで立ち止まれない。立ち止まるつもりもないのだから。
私の前に迫る弾幕はまさにその十字架をもって私の喰らい尽そうと迫るけれど。
そして確かに――霊力は枯渇。体力も僅かにも残されておらず。
もはや防ぐことも避けることも絶対に不可能で。
だからこそ私が助かるという道理はどこにも無いのだけれど。
だけれども……此処は幻想。
そもそも理屈や道理などといったものなどが後から着いてくるような世界なのだから。
だからこそそれは、それに纏わる源流があっての今があるのでなく、今があるからこそそれに伴う源流があることさえあるのが幻想世界となる――という根拠のない……けれど確信に近い想いがあって。
だからこそ、今の私にこの敗北の現実を覆す道筋は何処にも無いけれど、やるべきことはたった一つ。
ただ、この覆しようのない現実をただ私の望む世界へと造り変えたという結果だけをもってくること。
道筋や道理などは他の誰か、或いは世界が、後は勝手に作ってくれるのだから。
だからきっと、その為に必要なモノは私の中にあるのだから。
あると、信じているのだから。
必ずあると、確信しているのだから。
名も形も未だ知らないソレが……けれど確かにそこにあると私は知っているから。
だから必要なのは霊力でも何でもなくて、ただそうあれと願い続ける――想い。
地を這いずり回ることしかできなかった存在が――それでも必ず月に手を伸ばすと決めた――手が届くと信じた――その想い。
舞台は此処に。舞手は私。観客は貴方。
さぁ――私だけの幻想舞台を始めよう。
『幻想演舞』
舞手が持つのは一枚の扇。
意識せず――意図せずに現れたそれを、けれどもそれのもつ意味は明白であるからこそ。
私がすべきことはただ舞うことなのだから。
舞台は此処に。演じ手は私。
だからこそ――くるりくるりと舞うならば。
世界を幻想で染めましょう――。
「――なっ!」
観客は一人舞台の中で驚愕を表すこととなる。
くるりくるりと舞うならば――。
彼女が造り必勝の想いのまま世界に放たれた紅い十字架は――世界に幻想の残滓を残しながらに消えていく。
それは桜色に散りゆく幻想の成れの果てなればこそ――まさに世界に桜の華が散るように。
――世界に華を咲かせましょう。
誰かが――私の知らない誰かが――私がよく知っている誰かが――そんなことをささやいたような気がするけれど。
世界に華を咲かせましょう。
綺麗な綺麗な華を咲かせましょう。
そんな声に導かれるままにくるりくるりと舞い続ければ――。
世界に華が咲いたならば――。
幻想は此処に。
世界に華が咲いているのだから。
ならばそれをもって私の幻想を造りあげれば良い。
そんな理屈も超えた――けれど確かな想いに導かれるままに――。
私はその名を口にする。
華符『百花繚乱』
世界に散りゆく幻想の残滓に向けて。
明確な意思を込めて、その全ての自身の支配下に置くことによって。
世界に華を。咲かせましょう――。
「――は。はは……。これは……本当に驚いた。私の弾幕を相殺しただけで無く――その残滓すら取り込むなど――。なんだそれは……」
レミリアが驚愕の――本当に今までの芝居じみた態度ではなく。心からの驚愕に呆然とした呟きを漏らす先にあったものは――それはまさに華の弾幕。
桜色に散りゆくレミリアが造りあげた弾幕の残滓が――本来であればただ世界に霧散に幻想の残滓が――けれどそれらが消えゆくこともなく、その全てが桜の花びらのように舞いながらレミリアを覆い尽くす。
なぜそんなことが出来たのか――。
今起きているのが何なのか――。
そんな全てが今の私では――きっと理解できないけれども。
けれども、今この時においては――それら全てが私の弾幕としてこの世界にあるのだから。
だからこそ、それら全てが――この場を覆い尽くす華の弾幕が、僅かな隙間もなくレミリアに向けて舞い落ちる。
それは千か――あるいは万を超えるか。
数え切れないほどの密度の弾幕がレミリアを覆いつくし――そして彼女に触れることによって今度こそ幻想へと消えていく弾幕が、その全てが消え去った後に残った者は――。
遂に地に膝を付けた――吸血鬼の姿であった。
だからこそそれは――――。
「――私の勝ち……? レミリア」
「えぇ……。私の敗北よ。琥珀」
此処に今宵の幻想舞台は幕を閉じ。そして私は――。
遂に限界を迎えた意識が――いえ、遥か前に迎えていた限界をそれでも捻じ伏せていた、それすらも無くなったかのように――私の意識は闇の中へと落ちていったのだった。