東方紫幻郷   作:ジャオーン

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十七.嗤う幻想と堕ちる妖怪

今日は人里の方にでも行ってみようなーと早朝から空を飛んでいたんですけど、その途中で妖怪の山に居ないはずの……というよりも居ては行けない人を発見しちゃったじゃないですか。

しかも天狗や河童が支配するこの妖怪の山を何故か我が物顔で闊歩してるなんて。

あの人はここが何処だか理解してるんですかねー?

 

とりあえず血気盛んな哨戒天狗に見つけられる前に注意してあげますか。

そう思ってその子の元まで飛んでいこうとしたんですけど、まだだいぶ距離があいていたにも関わらずその子は先に私の方に気が付いているのか笑って手を振ってきたじゃないですか。

 

 

「……文。こんにちわ」

 

「あやや。こんにちわ。というより琥珀さん良くあの距離で私のことが分かりましたねー」

 

「分かるよ……。だって――文の妖力は分かりやすいから」

 

「妖力ですか……? 琥珀さんは妖怪の妖力が分かるんですか?」

 

「……ん。妖力……よいうよりもその妖怪が内包する幻想が……分かる」

 

 

琥珀さんが語ることば些か分かりづらいものであった。

妖力が分かるのはなく……妖怪が内包する幻想が分かるですか。

 

 

あやや。

これは何やら面白そうな予感がしますね。

むむ。此処は天狗としてビシっと琥珀さんに注意するつもりで来ましたが……まぁ少しぐらいなら良いでしょう。

というよりも新聞記者としての私が早くその話を聞けと訴えかけてきてるんですよ。

 

 

「つまりどういうことですか?」

 

「んー……。私の能力が『幻想を感じられる程度の能力』……に近い何かで。それでその影響で妖怪の場合はその雰囲気が感じられる……かな」

 

 

ほほぉ……。

幻想が感じられる程度の能力と来ましたか。

しかしまぁ、何ともあやふやな能力名ですね。

 

幻想。現実にはない想像の存在……それが感じらえる能力ですか。

……なるほど。

 

 

「つまり琥珀さんは妖怪そのものが幻想として感じられる……というこですか?」

 

「……ん。そんな感じ。妖怪は存在そのものが幻想……だから」

 

 

なるほど。

やはりこの場合の幻想とは琥珀さんにとっての幻想ということでしょうか。

琥珀さんは外の世界の住人です。

ならば外の世界において忘れ去られてしまった妖怪を幻想として感じられる……ですかね?

まぁこれだけでは何とも判断がつかないとろですが。

 

 

「ほほぉー……それじゃあ私のことがどういう風に感じらえると教えて貰っても良いですか?」

 

「………………ん。少し待って……」

 

 

琥珀さんは少し困ったように考え込んでしまいました。

やはり先ほども言ったように言葉にするのは難しいんですかね。

まぁ……感覚的に感じるものを言語化するってのは確かに難しいのかもしれませんが。

 

ですが能力のことを抜きにしても琥珀さんが私のことをどういう風に感じるのかっていうのは少し興味がありますね。

数週間ほど前にこの幻想郷へと自らの力のみでやってきたいうだけでも物凄い驚きなのに、さらに自分のことを八雲だと名乗り嬉しそうに私は紫様のものだと言い八雲紫に着けられたという首輪を見せてきた少女…………いえ、実際に男の子らしんですけどね。

 

 

どうみても女の子にしか見えないんですけどね。

後から霊夢さんに聞いたところによる琥珀さんは確かに男の子らしい……のですが。

 

 

身長なんて琥珀さんの頭が私の胸辺りまでしかないほどに小柄です。

さらにその風に靡く腰まで伸びた白い髪は、どうやって手入れをすればそんなに綺麗なのかと聞かずにいられないほどですしね。

 

そして、その清楚とも可憐とも言える彼女の小柄な顔は、確かに自分のモノにしたいと思う者が妖怪や人間を問わず居るだろうと思えるほどで、特にこうやって顔を少し横に傾けながら考え事をしているときなど女性である私から見てもついつい見惚れてしまうほどに可愛いと自然と思えてしまいますね……。

 

しかし……それでいて琥珀さんはただ守られるだけの弱げな存在に見えはしない。

緋色に輝く瞳。

力強く輝くその瞳からは自分が認めた相手以外には決して跪かないという琥珀さんの意思が感じられる。

 

赤く紅く輝く瞳。

私は確かにその瞳が普段よりも紅く――あるいは禍々しく紅く輝いた瞬間を一度だけ見たはずだ。

あの瞬間。

先日において成り行きで十六夜咲夜と戦うハメになったあの日。

その戦いが終わった、その後に私を見つめ、話しかけてきた琥珀さんは……。

それまでとまるで違う、別の何かに確かに見えたのを覚えている。

 

琥珀さん自身は隠しているようだったけれど、しかし確かにあの時の琥珀さんの瞳は――狂気と言っていいほどに紅く輝いていたのだった。

それが全てが清純と言える琥珀さんの中で唯一、異質とも感じられる雰囲気を醸し出している。

狂気……とも言える、十人が十人ともに純粋で純白あると感じるであろう琥珀さんから感じられる僅かな違和感。

それが垣間見えるのが琥珀さんの瞳。

 

 

一部の隙もなく清純であるはずなのに、そこに確かに感じらえる琥珀さんの狂気。

そんなアンバランスな琥珀さんだからこそ、余計に見るものを魅了するとも言える。

ただ美しいだけの存在ならば確かに綺麗だと思うだろうがきっとそれだけで終わるだろう。

 

しかしそこに感じる僅かな違和感。

白以外に染まらないはずの存在を力づくで紅く染め上げたかのような異質さ。

いえ、白いままに…………純粋であるままに狂気に身を染めたかのようである琥珀さんを見ていると――つい手を伸ばしてみたくなったのだった。

 

火傷を負うと分かっているのに燃え上げる炎に群がる蛾のように。

彼女の本質を僅かにでも感じらえる妖怪達はきっと琥珀さんのことを放っておかないだろう。

 

いえ、例え琥珀の本質に触れなくても彼女はただそこに居るだけで妖怪を惹きつける。

私に人を喰らう習慣はないけれど、しかし……人を喰らう妖怪ならば彼女を喰らいたいと思わずにいられないだろう。

むしろそれこそが彼女の本来の在り方なのだろう。

力ある者に喰われるだけに存在する無垢なる人間。

 

それがきっと琥珀さんの生まれながら持ち合わせるあり方。

しかしそこに生まれた狂気。

それが彼女をまったく異質の存在へと育て上げている。

 

そんな彼女がこの先どのように育っていくのか。

ついつい自分の手元において見て居たく……………ならないこともないんですけどー。

 

さすがにそんな首輪を――――八雲紫の匂いがぷんぷん漂ってくるはっきり言って下品とも言える首輪を着けられていたら流石に手を出そうとも思いませんけどねー。

あの腹黒い女が何を思ってそんな首輪を彼女に着けさせているのか知りませんけど、手を出せば間違いなく面倒事が起こることは確かでしょうね。

 

 

しかし……そうは分かっていけませんねー。

琥珀さんのことを見つめていたらついつい妖怪としての心が鎌首をもたげてきちゃいますね。

もしも彼女を自分の好みのままに染め上げることができるなら、純粋さと狂気を共同させている彼女の全てを自分のものにできるならば例え八雲紫と敵対すことになろうとも――――――――って違う! 

そうじゃない。落ち着きなさい射命丸文。

一時の感情のままに動けば碌なことにならないと分かっているのだから落ち着きなさい。

琥珀さんを見ていると否が応にも思考が暴走しそうになるからこそ――とりあえず思考を落ち着ける。

 

そして落ち着いたままに考えなさい。

私はさっきから彼女と彼女と。

だから琥珀さんは男の子なんですってば!

琥珀さんは男の子なんです。

そう……男の子……なんですよ。

 

男の子……。

男の子…………男の子ということはやはりあそこにアレがついているのでしょうか?

 

いやいや。信じられませんよ。

だってアレですよアレ。

男の子にだけついているいるアレ。

 

それが可憐な少女である琥珀さんのあそこに着いている……。

 

あは……それはそれでそそられるものがありますねー。

やっぱりこれは一度琥珀さんの裸を見るしかないですね。

 

記者として。そう記者として。

人体の神秘に挑戦しているような琥珀さんの体を確認するのは記者としての義務ですから。

うん。そう記者として。

 

 

「……ゃ……ぁゃ……文」

 

「あ、あやや!! 琥珀さん!?」

 

 

自分の思考に没頭していたら何時の間にか琥珀さんが目の前にまで来ているじゃないですか。

 

 

「どうかした……? 私の下半身を凝視して呆然としてた……けど?」

 

「いえいえいえ! 何でもありません。見ていません。何も見ていませんとも! というよりどうですか!? 考えはまとまりましたか?」

 

 

いけません。

邪な考えをしていたら琥珀さんにはすぐにばれそうですね。

この子はいろんな意味で感が鋭そうですし。

とりあえずは……琥珀さんの性別は忘れましょう。

というよりも実際にナニを確認するまでは女の子として考えておきましょうね。

えぇ……そうしていた方が色々と良さそうな気がします。

主に私の精神衛生上の問題の為にも……。

 

 

「……ん。そうだね」

 

 

どうやら考えが纏ったようですね。

はてさて琥珀さんは一体どんな風に私を表現してくれるのでしょうか。

 

 

そして…………その時になって初めて違和感を感じた。

あれ……彼女の瞳はあんなに紅かっただろうかと。

 

確かに彼女の瞳は紅い。緋色の瞳。

しかし今は、こうやってこちらを見つめる彼女の瞳はいつもより紅いような。

そんな違和感を感じた。

 

 

「文のことを一言で表すなら、空を飛ぼうとしている狼……かな?」

 

 

………………ほほぉ。

これはまた面白い表現をしますね。

空を飛ぶ狼……ときましたか。

何とも面白い。

 

しかし……それだけを聞くならば白狼天狗のようですけどね。

けれど琥珀さんの言い方からするに見た目の問題ではないのでしょうし。

……これは何としてももう少し解説をして貰わなければいけませんね。

 

そう思った。思ってしまった。

この時になれば先ほど感じた違和感を完全に無くなってしまっていた。

それよりも早く続きが聞いてみたいと……それだけを思ってしまった。

 

 

「……あやや。その一言だけでは流石に分かりづらいですねー。出来ればもう少し説明をして貰っても良いですか?」

 

 

私はその続きを促したのだが、彼女は、ん……っともう一度だけ短く唸りながら顔を下に向けた。

何時の間にか――私はその続きが聞きたくてしかたなくなっていた。

今までに私をそんな風に表現した人間など一人たりともいなかったから。

だから彼女を顔を上げるの待っていたのだが――――。

 

僅かの間そうしていたかと思うと彼女が再びその顔を上げる時になって。

先ほど感じた違和感を強く強く感じた。

 

それは本当に少しの違い。

けれど白い紙に僅かにでも別の色が混じれば気が付かずにはいられないように。

今までの粋然としていた彼女から感じる僅かな……狂気。

それが表れるかのように彼女の緋色の瞳に確かに赤みが増す。

そして彼女は、少しだけその口に笑みを浮かながらに口を開いた。

 

 

「あは――」

 

 

笑み――そう笑みだ。

儚げな少女が浮かべるような微笑み、では無く。

むしろ肉食獣のような歪んだ笑みを浮かべながらに。

彼女は語る。

 

 

「そう……そのあり方は――本来ならば地を這い群れをなすはずのもの」

 

 

 

そうして語り始める彼女の言葉は――。

ただ彼女が、琥珀が語るというその事実だけで、それは一つの言霊へと昇華するかのように。

世界に彼女の言葉が響き。

私の体を犯すかのように体内へと侵入してくる。

 

 

「生き方は、臆病にして堅実。本質は不偏。望むのは他者を排斥した隔絶された世界。それこそが定めとなす狼のような幻想を内包しているはずなのに…………にもかかわらずその流れ行く先は空の彼方を向いているから。世界の広さと美しさと楽しさを知ってしまったかのように」

 

 

貴方は一体何を言っているの?

 

そんな、当たり前の疑問。

彼女の言葉は余りに曖昧であるからこそ。

私がそんな疑問を抱いて、当然だといういうのに。

 

なぜかそんな口を挟むこともなく……。

私はただ、彼女の語る言葉に聞き惚れることしかできなかった。

 

 

 

「けれど……獣は異端を嫌う。異質を遠ざける。そして獣は……狼は一匹では生きていけないからこそ。ならば諦める? 空に浮かぶ月の綺麗さだけを眺めながら地を這って生きていく?」

 

 

彼女は嗤う。

嗤いながらに口を開く。

 

 

「いいえ――いいえ。普通の狼ならばそれしか道は無かったかもしれないね。そうするしかないのかもしれない。だけど……翼を生やした狼ならば? 誰よりも何よりも速く、疾く速く飛べる翼を持つならば? もしもそうであるならば……変わらないことを定めとする理さえも捻じ曲げて。あは……その狼は世界に翼を広げ飛び立っていくかもしれない……ね?」

 

 

ああ、実に良い笑みだと思う。

可愛らしい笑みだと思う。

見る者全てを魅了する笑みだと――思っていた。

 

ほんの数秒前までは。

ああ……しかし。

今の私にはその笑みが、微笑みではなく――嗤う。

歪んだ妖が浮かべる哂いのように見えてくるからこそ。

 

彼女は何を言っているの――?

 

そんな疑問も――。

けれど今は理解せずにいられなかった。

 

そもそも、決まっているではないか。

私がその口を開くよう促したからこそ。

 

私の心を彼女から聞いてみたいと、そう思ったからじゃないですか。

 

 

「…………貴方は……何を……」

 

 

「あは――。何って文のことだよ? 私が文のことをどう感じるか聞いてきたから答えただけじゃない? あぁ……もしかして。全くの見当違いのことを、言ってた? それなら……ごめんね?」

 

 

謝罪を口にしながら彼女は一歩こちらへと歩んでくる。

その口には相変わらず笑みを浮かべたままに。

 

そして気が付けば一歩後ろに下がっていた。

私の何がそうしたのかは分からない……分からないけれども、私は気が付けば私の体は一歩彼女から遠ざからろうとしていた。

 

いくら珍しい人間あろうとも。強い――霊力を持っていようとも。

それでもただの人間であるはずのに彼女から私は一歩下がってしまった。

 

それは妖怪としては余りの醜態。

ただの人間に――。

先ほどまで警戒すらしていなかった存在から、私は体を引いてしまったというその事実は――。

何と滑稽な姿なのだろうか。

 

 

しかし、彼女の宿す雰囲気が。

とてもではないが、彼女がただの人間なんかとは思えないほどに……。

彼女の瞳から漏れ出る狂気に、私の妖怪としての本能が敏感に反応するからこそ。

 

そして、恐ろしいのは。

私がそんな彼女に未だ見惚れている……その事実が。

一体彼女は何者なのだという疑問に拍車がかかるからこそ。

ある意味、今の私が感じている想いは未知なもに対して抱く感情なのかもしれない。

 

 

そして……。

そんな私に向けて彼女は一歩一歩と近づいてくる。

下がる私に、けれどそんなことを一切に構わずに私のすぐ眼の前にまで迫り。

その紅い紅い瞳で私のことを覗きこんでくると。

私はそんな彼女の瞳から目を離せなくなり……。

 

 

「あは。でも、その様子だと当たらずとも遠からず……かな?」

 

 

彼女は囁くように私の耳元でそう呟く。

それは、確かに彼女の声だ。

先ほどまで可愛らしいとすら思っていた彼女の鈴が鳴るような声で合っている。

 

あぁ……けれど。

今は全くの別人のように聞こえてくる。

清んで澄んで聞く者を浄化するようであった彼女の声は――しかし今は甘い甘い果実のように。

ある種の媚薬が耳から流れ込んでくるような。

聞くものを誑かす悪魔の声のように――。

私の耳を振るわせる。

 

 

「文の翼って凄い綺麗だよね。黒い黒い綺麗な翼。あぁ…………きっとこれを羽ばたかせれば――世界の果てまでも飛んで行くともできるでしょう?」

 

 

「……っ!?」

 

 

そんな色気すら感じる――蕩けるような彼女の声に思わず呆然としていると。

 

翼から今までに感じたこともないような感覚が襲い。

彼女が耳元で囁きながらに私の翼を撫でているということに気が付いた。

 

鴉天狗にとっての翼とは誇りの象徴とも言って良い。

空を舞い踊る為のその翼があってこその鴉天狗だ。

 

ならばその翼をどうして他人に触れさせるだろうか。

特に私は毎日毎日手入れを欠かさないからこそ、その翼は誰よりも綺麗だと心の中で思うときすらもある。

そんな自慢の翼をどうして他者に、しかも人間に触れさせたりするだろうか。

 

しかし、今の私は動かない――動けない。

彼女は未だに私の翼を撫でているというのに。

笑みを浮かべながら私の様子を伺う彼女を吹き飛ばしてやろうと思うのに――何故か体は動かない。

自慢の翼を人間に撫でられているという、いつもの私ならば憤死ものの状況であるにも関わらず。

 

 

そしてあまつさえ――。

私は、撫でられているその感覚を気持ち良いと、彼女の指先から快感に近い感覚すら感じていることを自覚せずにはいられなかった。

 

あぁ……。

なんたる屈辱。

私は何をされている。

私に何をしている。

千年を越えて生きる鴉天狗である私が、何を人間の言葉に誑かされ自身の誇りである翼さえも弄られているというのかと。

 

 

ならば殺せ――。

目の前にいる人間をいっそ殺してしまえと。

調子に乗り、こちらが下手に出ているうちにお前の誇りに土足で踏み込んでくる人間を八つ裂きにしてしまえと妖怪としての私が訴えかけてくる。

 

どうせ此処は妖怪の山だ。

そこに無防備に歩いてきたこいつを殺して何が問題になる。

理はこちらにあるのだから。

抑圧する妖怪としての自分を解き放てと……私の心が訴えかけくる。

 

 

確かにそれに身を委ねてしまえば全てが簡単に終わってしまうのだけれど…………。

 

だけど――その妖怪としての心は果たして本当に私の中から生まれてきているのだろうか……?

 

 

「ねぇ――文?」

 

 

良く分からない感情に振り回され気が付けば立っていることすらもあやふやになっている私に。

目の前の人間はなおも囀る。

甘い甘い果実のように私の脳を溶かしていく。

 

 

「実は……ね。今日ここに来たのは――ある目的があって来たんだよ?」

 

「………………目的?」

 

 

あぁ、聞いてはいけないと。

それ以上は聞いてはいけないと。

普段の私が訴える。理性を携える私がそう訴えるのだけれど。

しかし、私は止めることができない。

鴉天狗としての――――妖怪としての私がそれを止めさせない。

 

 

「そう。今日ここに来た理由はね――――」

 

 

――――――貴方を私のモノにしたいと思ったの(・・・・・・・・・・・)

 

 

なんて……そんな信じられないようなことを――。

クスクスと嗤いながら琥珀は口にする。

山に咲いている山菜を取りに来ました――みたいなことを、言うような口調で彼女はそうそれを口にする。

 

 

妖怪の山を支配する天狗である私を。

千年を超えて生きながらえてきた古の妖怪である鴉天狗であるこの私を――。

ただの人間である彼女が欲しいと。

 

その一切の陰りも憂いも無い純粋な笑みを浮かべたままに――純粋で純粋で純粋で……純粋のままに狂ったような笑みを浮かべてそう口ににする。

 

それはこの幻想郷において――余りの狂気。

そんなことを人間が妖怪に言えば八つ裂きさえも生温いほどの拷問が待っていてもおかしくないと言うのに――。

しかしそれでもなお――彼女は未だに笑みを浮かべたままに私の耳元で言葉を語りかけてくる。

 

 

「だから……ね。文――」

 

 

今すぐに止めろ――。

その口を疾く速く閉じろ。

それ以上語る前に、その口を私自身が閉じさせろ。

 

妖怪を余りに舐めた彼女に向けて。

彼女が語った相手が誰であるのかを知らしめる為に。

鴉天狗としてのあらゆる力を用いて、彼女を叩きのめせと。

 

そう妖怪としての理性が嫌になるほどに語りかけてくるというのに。

 

しかしそれでも私の体は動かない。

それこそこの体が、彼女の言葉を聞こうとしているかのに。

私の意識が彼女に向かうように――。

 

あるいはそれは、意識が崖から落ちるその寸前であるかのように。

崖から落ちるそのほんの一歩手前に居るのが今の私だとするならば。

もしも、あと一歩でも前に進んでしまえば。

後、一言でも彼女の言葉を聞いてしまえば。

 

きっと私は、奈落の底まで落ちてしまうのではないか――そんな錯覚すらも覚えているというのに。

それでもなお私は、彼女の言葉を……その甘言のように脳に響く彼女の言葉を止めることは出来なかった。

 

 

 

 

「私のモノになりなさい。そうすれば――」

 

――私が貴方が望む世界に連れていってあげる。

 

 

 

 

そう、彼女は呟いた。

笑みを、もはやそれが笑みなのかどうかすら分からないほどに――歪んだ嗤いを浮かべながらに。

羽を揉み解くように、ゆっくりと羽を指で梳きながら。

 

まるで、そう今すぐにでも私が空を飛べるように準備しているかのように。

琥珀と共に空を舞い、その趣くままに当り一面を蹂躙する姿を幻視させるかのように彼女は私の耳元で甘い言葉を囁きを呟きながらもはや誤魔化し切れないほどに気持ち良い思える指で羽を梳く。

 

 

「ねぇ――文? 文は……何?」

 

 

あぁ怖い。怖い――。

彼女が怖い。琥珀が怖い。

その狂気が浮かぶ紅い瞳が怖い。まるで私の全てを見透かすような瞳が怖い。

その可愛らしげな笑みが怖い。その狂気に染まったかのように歪んだ笑みが怖い。

その指が、今すぐにでも空を飛びまわりたいと思わせるかのように私の羽を梳く指が怖い。

その甘い甘い言葉が怖い。私の理性を吹き飛ばすような甘い言葉が怖い。

 

そして――怖い。どうしようなく怖い。

本当にどうしようもないほどに私自身(・・・)――――が怖い。

 

 

あぁ……今なら分かる。何故これほどまでに彼女に恐怖を覚えるのか。

彼女は、余りに美しいから。

その言葉はどうしようもないほどに甘く。

その指は快感を感じずにいられない。

 

そしてその瞳は。

その紅く染まる狂気の瞳は、どうしようもなく自分が妖怪であると思い起こされるから。

気分が高揚せずにはいられないからこそ怖いのだと。

 

彼女が怖い。

そんな自分を呼び起こす彼女が怖いと。彼女の言葉の趣くままに妖怪の自分として飛び回りたくなるから。

普段は決して表に出てくるはずのない原初の自分が呼び起こされる。

欲望の赴くままにあの空を飛びまわろうとしていた頃の私を。

 

その羽は地を這いずり回り同胞の群れから飛び出すことのできない狼が持つものではないのだと。

だって私は―――――。

 

 

「妖怪。誰よりも速く疾く速く世界を駆けまわり、まだ見ぬ世界に思いをはせる鴉天狗――射命丸文」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




言葉攻めからの即堕ちパターン……にはならないよ!
文はもう少し頑張るはず。
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