「――――――っ!!」
それはまさに崖から落ちるその寸前。
いや、正確に言えば既に全力で崖から飛び降りたところで手を伸ばし崖っぷちにぎりぎりに手が届いたような浮遊感――。
いっそこのまま最後まで堕ちてしまえばそれはたまらなく心地いいだろうと――うちに住まう獣が鎌首をもたげ囁いてくるが、それを全力の理性の元叩き伏せる。
「あは――。どうしたの?」
彼女の甘言とも言える囁きに支配され、そのまま気の趣くままに暴れに暴れて私に絡みつその全ての鎖を解き放ち、自由にこの世界を飛び周ればそれはどれほどまでに気持ち良いのだろうと思わずにいられなかったらこそ。
彼女の言葉にそれだけの甘さがあるから。
彼女の言葉に従うままにこの世界を飛び回ればと。
そう考えずにいられないほどにこの体を彼女の声が犯してくるからこそ。
私は彼女を拒絶する――!
なぜ私が人間の言いなりにならなければならない――と妖怪としての意地によって。
「ハァ……人間が! こちらが下手に出ていれば何を――!!」
だというのに何だこれは。
もはやいつも着けている仮面が剥がれ落ちているという事実に気が付いていても、もはやそれを隠す余力もないほどに自分が動揺させられているのを自覚せずにはいられなかった。
本当に何だこれは。
私は彼女の瞳を見ていると彼女の言葉を聞いているとどうしようもないほどに気分が高揚してしまう。
どれほど気に喰わないことがあろうとも、この数百年かけて私が築き上げてきた天狗としての地位をその一瞬で失うであろう行為を誑かせれているというのに。
プライドの高い天狗が人の下に付くなどあり得ない事象。
そんなことをすることを私自身は絶対に望んでいないはずなのに。
それでもなお彼女の言葉に従うがままに暴れればきっとどうしようもないほどに気持ち良いのだろうと思わずにはいられないかのように。
「あは。あははははは。アハハハ! アハハハハハハ!!」
私が自分の高ぶる気持ちを理性で懸命に押さえつけようとしているのに。
だというのに彼女は――――琥珀は嘲笑をあげる。
妖怪としてのしての私をあざ笑うかのように。
これから先に笑わずにはいられないほどに楽しいことが待ち受けているかのように。
「貴方は何を笑って!?」
「遅いよ――文。私を拒絶するの遅すぎるよ」
「だから何を言って――――!!」
遅い? 何が?
拒絶するのが。何に対して?
琥珀との会話?
なぜ――?
あ……れ……?
私はどれぐらい彼女と会話をしていた?
そしてここは何処?
そう――ここは妖怪の山で……だから?
「あれだけ気を箍ぶらせて会話をしている人間と妖怪が居て……それを見過ごすほどに妖怪の山は平和ボケしてるの? あは――。それはないよね? というよりないよ。さっきから、濁った幻想しか持ち得ない小煩い羽音がブンブンとしてるよ?」
「うそ……」
慌てて私は周りを確認しようとするけれど。
けれど、気配察知に優れていない私では周囲一体に立ち並ぶ木々が邪魔で見通せない。
しかし、確かに此処は妖怪の山だ。
そしてあれだけの時間がたてば哨戒天狗の一人や二人来たところで何らおかしいことはない。
もしもこんな場面を他の天狗に見られでもすれば。
天狗である私と人間である彼女が抱き着くほどの距離で話し合っている所を見られれば、だたでさえ排他的なこの世界で面倒事が起こらなわいわけがない。
しかも会話の内容まで聞かれでもしていたら。
そんなことにでもなっていたとするならば――――。
「ねえ……文? もしも私と文の会話が他の天狗に聞かれたら。人である私に跪きそうになっている文を見ているとしたら――」
――――他の天狗達はどう思うのかな。
なんて、こちらがまさに危惧していることを琥珀はその笑みを浮かべたままにのたまう。
あぁ……そんなことになれば、それは面倒なんて話ではすまなくなり。
ただでさえプライドの高い天狗たちにこんな場面を見られでもしたら。
射命丸文はただの人間にすら籠絡されるような妖怪であるなんて噂話が蔓延するのは必須。
そんなことにでもなれば、この天狗の縄張りにおいて村八分状態にすらなりかねない。
あぁ……本当に、なぜこんな面倒なことになっているのか。
ほんの気紛れのつもりで声をかけただけのはずなのに。
気が付けば妖怪の山に喧嘩を売りかけている状況に陥るなど一体どんなわけなんだと。
そう思わずにはいられなかった。
そして私をそんな状況に貶めたその張本人はと言えば。
こちらが妖怪として本気の殺気を込めて睨みつけているというのに、いつの間に左手で口元を隠しつつクスクスと嗤いながらに――可愛いらしく首をかしげている。
その姿は今すぐにでも八つ裂きにしてしまいたいほどに憎々しいものであるにもかかわず、それでもなお彼女を見ていると気分が高揚せずにはいられない……という事実こそが憎々しく思えてきて。
この時になって初めて私はなぜ八雲紫がこの子に八雲の名を与えたのか、何故どれほど興味深い存在であろうともただの人間であるはずの彼女を自身の手で囲ったのかを理解する。
彼女は麻薬のように私たち妖怪の心の中に入り込んでくる。
清純そうな見た目に魅かれつい彼女に目を向けてしまえば、気が付けばその紅い瞳に長い白い指に、その聞く者の脳に流れ込むかのような声に魅了されずにはいられない。
彼女を前にすると、否が応にも妖怪としての自分が表に表れてくる。
そしてそれを私自身が望んでしまう。
彼女が造り上げる舞台で彼女の声に従うままに踊れば、それはどうしもないほどに気持ち良いだろうと私自身が理解してしまうから。
「あー……もー……貴方は本当に何を考えているのかしら?」
出来るだけ冷静に。
普段の仮面を今一度取り付けて、私は琥珀を問いただす。
既に隠し切れないほどに心が昂っているのを自覚しながらも。
「あは――。実は……何も考えてないのかもしれないよ。でも――」
それはとうの昔に沸点を迎えてしまった舞台の始まりを告げる声。
ここが何処であるのか、今がどんな状況であるのか。
そういった全てのものがどうでもよくなるように。
「――――――でも、ただ私は貴方と遊びたいだけかもしれない」
「ならいいわ。存分に遊んであげるわよ」
ただ、そうただ私が一匹の妖怪、射命丸文として以外の全てを忘れ去る時間となることを楽しむように。
ならばもはや一切の躊躇も躊躇いも存在せず。
私の私である力をもって。
目の前に佇むこの人間を、その彼女が望むままに妖怪としての私をもってその悉くを蹂躙してくれよう。
風符『天狗道の開風』
吹き荒れるのは暴風。風の支配者である鴉天狗である私が放つあらゆるものを蹂躙しうる台風。
地面を抉り、木々をなぎ倒しこの場を支配する。
私にとって風を操るというこは呼吸をするのともはや同義である。
ならばその風に千年を超える妖怪としての妖力を付加し放つそれを一体誰が防げるだろうか。
結界『四重結界』
だが、その世界を蹂躙しうる風を受けてなお彼女は健在であった。
展開したのは紫色に輝く四枚の結界。
人が造りだすにはあまりに不遜な結界。
私の一撃と拮抗する結界など人間に造りだされてたまるものか。
しかし、現実としてその世界が目の前に存在しているのだ。
私が巻き起こした風の一撃を受けてなお悠然と塵一つ身に纏わずにただずむ姿は――――あぁ、何て心が昂るんだろう。
白い髪を靡かせて紅い瞳を爛々と輝かせて、清純と狂気という二律背信のあり方を証明しているその姿を見せられたら。
もっともっともっともっと――昂らずにはいられないではないか。
「何を呆けているの? 次――行くよ」
幻想『対子白夜蝶』
そしてそんな彼女の姿に魅入られていた為に僅か動きを止めている間に彼女からの反撃が飛来する。
それは黒と白によって造られた蝶。
二対の蝶が光速で私を貫かんと飛来する。
だが――――。
「その程度では当たらないわよ!」
例え弾幕の速度が光速と呼べるものであろうとも。
この身は鴉天狗。
黒い翼をはためかせ、風を纏い飛翔する。
空へ。この悠久の世界を駆け抜けるその速度は、どうしてこの程度の弾幕に当ることがあるだろうか。
「あは。速い――やっぱり速いなぁ」
自身の弾幕が外れたというのに、彼女は笑う。
まるで外れるのが初めから分かっていたかのように。
外れたことが嬉しいかのように笑う。
その白い頬を薄く赤く染めながらに声を懸けられて。
彼女の淫靡に光る紅い瞳を見つめてしまえば――。
あぁ……そんな顔を見せられたら。
さらに興が乗らずにはいられないではないか。
自身の内から湧き出る激情を抑えらぬままに解き放ちたくる。
私の速さを、私の力を見て嬉しそうな顔をすると言うのなら。
ならば見せてやろう。鴉天狗としての私の力のその頂点を。
自身が相対しているものが一体どのような相手であるのか。
その目で耳で肌でその全精神をもって知ると良い。
お前が昂らせた相手がいかなる妖怪であるのかということを。
『幻想風靡』
そう唱えたその瞬間に。
私の世界は一転する。
風を纏い翼で飛翔するその速度は――音すら軽く置き去りにする。
翼は紅く光り後に残るはただその残身のみとなれば。
そして世界は私の弾幕によって覆われる。
その数はまさに千万無量。
私自身ですら把握しきれぬ弾幕がたった一人の人間を覆い尽くす。
回避も防御も迎撃すら許さぬ万の弾幕をもって私は彼女を叩きのめす。
しかして、だから簡単に諦める相手でもないのだけれど。
こちらの動きを止めようと懸命に撃ってくる弾幕は驚くべきに私の身を僅かに掠るほどに肉薄している。
僅かな隙間を驚くべき感覚で縫うように避けながらのその精度はまさに感嘆に値すると言って良い。
だがそのどれもがもはや最後の足掻き。
防ぐ手段も既に残されて居ないようで、何とか避けようと動くけれども。
既にそこは檻の中。
監獄に囚われた時点で既に王手となった。
ゆえに最後に待ち構えているのは――――。
「――――っ!!」
その身を覆う弾幕によって蹂躙されることのみである。
一撃では終わらぬ。ニ撃でも終わらぬ。たった一度でもその弾幕に当ったならば。
後は十、二十と超える弾幕がただただ一切の容赦もなく襲ってく。
私もまたそれを止めるつもりなど、一部たりともないとするならば。
彼女への蹂躙が終わるのは、ただ全ての弾幕が襲い終わった後となる。
「………………………く……ぅ…………」
そして全ての弾幕が消えさった後に残ったのは、ただ呻き声を上げ体の至るところから血を流しながら倒れ伏している琥珀の姿であった。
どうやら死んでこそはいないようだけれど、既にその身は瀕死の重傷となっているだろう。
けれどそれもまた道理。
千年を超える鴉天狗としての私の能力を、ほぼ手加減なく放ったのだ。
ならばそれこそどれほど重症を負おうとも生きていることこそが奇跡とすら言って良いほどに。
そしてその時になって、先ほどまで前後不覚になるほどにこの身を覆っていた激情が冷めていくことを自覚した。
というよりも一体私は何をやっているというのか。
明確な理性の元に相手を屠るというのならともかく、ただ相手の言葉に流されるままに激情に身を任せるなど。
まるで生まれたばかりの――理性無き妖怪のようではないか。
しかもいくら相手の方から誘ってきたとは言え、彼女は八雲の名を名乗ることを許された相手。
そんな彼女に万が一のことでもあれば、その後にどれほど面倒くさいことが待ち受けているなど考えたくもない。
ゆえに私は一度目を瞑りゆっくりと呼吸する。
この身に残った感情を全て洗い流していくように。
そしてそれが終わった後は彼女の介抱を――――。
「――あは。何を――冷めようとしているの?」
「なっ――――!?」
あり得ない。
最初に思い浮かんできた想いはそれだけであった。
その全身に何発も何十発も弾幕を浴び、全身から血を流し、足を振るわせながらも彼女は確かにそこに立ちこちらへと話しかけてきた。
しかもそんな満身創痍な姿でありながらも、その紅い瞳には未だ衰えぬ戦意が現れており。
何よりもその口にもまた笑みが残っていた。
いえ――。正確に言うならば、瞳の色は先ほどまでよりもさらに紅く輝き。
その口元に浮かぶ笑みはさらに深く。深く深く獰猛なまでに深く刻まれているからこそ――。
「…………貴方は」
「あはは。あははははは。楽しい――よ。文との弾幕ごっこは凄く楽しい。貴方が空を飛ぶ姿は流麗で――そんな貴方と戯れるのは心が躍るから――」
――――だからもっと。もっともっともっと――遊びましょ。
まるで砂遊びにでも誘うかのような純粋そうな雰囲気で。
けれどその顔にさらなる狂気を侍らせて。
しかし先ほどよりもなお澄んだ顔をしながらに――。
されども――淫靡さすら感じる声によって――私を遊びの場へと誘っていく。
先ほど一度は沈んだはずの激情が、再びこの身を焦がしていくのが分かる。
そんな狂気を含む笑顔で誘われて、鈴の音のように清んだ声で誘われて。
どうして断ることが出来るだろうか。
普段見せないそんな色気に塗れた顔を見せられて。
どうして高ぶらないことができるだろうか。
というよりも彼女から流れる血を見ていると――この身を支配する思いが加速する。
どうしようもないほどに甘く感じるその匂いを嗅いでいると吸血種ではないはずのこの身ですら、彼女を欲さずにはいられない。
あぁ…………良いだろう。
そこまで私を誘惑すると言うのなら、もはや一切の遠慮を止めてしまおう。
私が……私こそが必ず彼女を――八雲琥珀を支配してやろう。
あぁそうだ。
先ほどから感じるこの激情は、確かに彼女を欲しているのだ。
古の妖怪ですら構わず魅了する彼女が何者であるかなどもはやどうでも良い。
私は彼女を必ず支配する。
その先に待ちうけていることなど今この瞬間においては悉くがどうでも良いことなのだから。
「はっ!」
そして再び私は飛翔する。風を纏い飛ぶその速度は先ほどよりもなお速く飛ぶ。
速く疾く早く。
誰よりも何よりも速く飛ぶ。
今の私は例え妖怪の目ですら追えないほどの速度で飛翔しているだろう。
そして先ほどを凌駕するほどの風をこの身に蓄え。
今度こそ最後の一撃にしてくれようと葉団扇を振るおうとしたその瞬間――――。
「なっ――――!?」
弓符『紅色の扇』
琥珀が宣言と共に放った一撃は――。
何時の間にか、恐らくは霊力をもって造りだされたのであろう無色の弓をその手に携えて。
こちらへと射られた一矢は、寸分たがわずこちらの体の中心を射抜いていった。
それは一体どれほどの神技であろうか。
こちらは既に音すらも凌駕する速度で飛翔していたのだ。
そんな私をたったの一矢で射抜くなど神技以外の何だと言うのだ。
そして思わず、動きを止めざるおえなかった私に、彼女は構わず二矢目を撃ってくる。
それはまさに神速。
ただの弾幕では決して出せぬであろう速度をももってこちへと飛来する。
そしてその狙いは僅か紙切れ一枚ほどの誤差もなく、こちらの心臓を射抜こうと迫りくる。
だがしかし。
例えその矢がいくら精確であろうとも。
その速度がどれほどの速さであろうとも。
されどもこの身は何物よりも早くこの空を飛翔する鴉天狗であるならば。
どうして同じ矢に二度も貫かれたりするだろうか。
ゆえに躱す。
その二射目がこの体を貫こうとするその寸前で風を纏い左へと飛ぶ。
そしてその霊力によって生み出されたであろう白く輝く矢がこちらの体を僅かに霞め去ったその瞬間――――。
「くっ――――!」
まるでそう避けると初めから分かっていたかのように三射目の矢によってこの身を射抜かれた。
それはまさに一秒にも満たぬ連射。
こちらの動きをまさに寸分たがわず読み切っていなければ出来ぬであろうその一撃。
「文の動きは――もう十分に見たからね」
――だからどれほど早くとも射ぬいてあげる。
そんな――実際に口に出さぬとも理解できるだろうその言葉。
それはまさに挑発なのだろう。
私の造りだした檻から彼女が抜け出せなかったように。
彼女が射るその弓からまた私も逃げ切れないだろうと。
「…………はは。あはは」
思わず零れる笑みは一体何であろうか。
挑発などそれははまさに天狗たる私の領分だろうに。
力を抜き、こちらの実力を相手に測らず、常に悠々としてこその天狗なのに。
これではどちらが天狗であるか、分からぬではないか。
だからこそだろうか。彼女の言葉にださぬ軽口に乗るかのように。
私は琥珀へと向けて声をかける。
もちろん一切速度を落とさずに。彼女はこの瞬間にもこちらを射ぬこうとしているのだから――。
「紅く染まった扇に……弓ね。那須与一でも意識しているのかしら?」
『那須与一』
今より千年ほどの昔に起きた人間同士の合戦において活躍した武将。
人の世でも語り伝えられている人間であるが、私が彼を知っているのは――私が直接彼を見たことがあるからこそ未だに覚えている。
私が生まれてから見る初めての大きな戦に。
好奇心から心高ぶりながりに見学していたのが人の世で屋島の戦いと呼ばれていたソレであった。
源平合戦と呼ばれる戦場の一つであるその戦いにおいて。
那須与一は源氏の武将としてその戦に参加しており。
彼がそこで行ったは――まさに神技。
揺れ動く船の上にある扇を――四十間離れた海岸から、ただの一矢をもって射抜いたのだった。
そして射抜かれた扇は空高く舞い上がりながら――。夕日に照らされ紅く染まりながに海へと落ちていった。
まさに私はその一幕を目撃しており。その神技に目を奪われたのを未だに覚えている。
そしてそんな妖怪すらも見惚れるほどの一幕を披露した人間は。
ただその一撃のみをもって、最後は神社に祭られるほどにまで至り。
今では神の一座を占めるまでになった。
そんな人物こそが那須与一であるからこそ。
「流石……文。物知りだね」
そんな心から感心したとでも言いたげな表情と声をしながらに――。
けれど彼女は容赦なくその矢の一撃を放ってくるのだった。
そして、私もまたそれを紙一重で避けながらに。
それでも余裕の顔を浮かべながらに彼女に応える。
「えぇ。なんせこれでも私は昔ながらのブン屋ですからね。だから……なんで琥珀さんが那須与一の弓なんか模倣しているのか……お聞きしても?」
そんな声では余裕ぶっているが、割と本心からの問いに――。
「あは――。文に当てたいと思ったら――これが出来た。ただそれだけだよ?」
なんて……またそんな余りに理不尽な答えが返ってくる。
彼女の持つ弓が、ただの弓ではないことなんて一目見て分かるから。
それは霊力ですらない、もっと純度の高い何かで出来上がっているようにすら見えるからこそ。
それこそ、その弓に一つの意志すら宿っているのではないのかも思え。
あるいは彼女は、一つの神降ろしすら行っているのではないのかと疑いたくなるほどに――。
その弓からは力を感じる。
だからこそ……そんなモノを容易く行使する彼女はどうやってそんなものを造りあげたのか。
もはやブン屋など関係なく心の底から気になるからこその問いであったのに。
返ってきのは、そんなあり得ない答えであったからこそ――。
琥珀は理不尽な存在なのだと改めて思い知り――。
あぁ――だけど。
だけど悪くない。
この身は既にあの少女に惑わされているのだ。
血で汚れてなお純白に輝く髪を靡かせて、狂気を含みながらも何よりも清んでいる紅い瞳を煌かせ、そしてその口に魅惑的な笑みを浮かべるあの少女に完全に魅了されいるのだから。
もはや彼女が何をしようとも驚きはしない。
琥珀はようはそういう存在なのだと改めて思い直すからこそ。
今は、ただ彼女との戯れを楽しむかのように。
「良いだろう。ならば、必ずこの身を再び射抜いてみると良い――!」
そして再び飛翔する。この身に万全の風を纏わせて。この空を縦横無尽に飛び周る。