「それで……わざわざこのような場所まで連れ込んで、一体何の用事かしら――」
人里に最近できたと言われる茶屋。
そこは、できたばかりだと言うのに幻の茶屋と言われている。
基本的に店主と呼ぶべき存在はおらず、手伝いで呼ばれたという村の娘がただ完成された茶菓子を出すだけの場所。
しかも、その茶菓子は何処で造られいるかも謎であり、週に一回程度しか開いておらず数も僅かに数個しかないと言う。
もはや商売として成り立っていないようだけど、しかしその味は絶品。
一口でも食べれば、生涯に渡って忘れないだろと言われるほどの美味。
故に人は幻の茶屋が今日こそは開いていないかと毎朝確認するのが習わしになったと言われるほどに噂となっているからこそ、基本的に人の噂に疎い私にまで話が聞こえてきたのである。
けれどまぁ……基本的に人里まで来ない上に、来たとしても昼過ぎにか来ない私はその店が人気であるという話だけは聞いていたが、実際に訪れたことは無かったうえに訪れることもないだろうと思っていた。
しかし何故か……そう、何故か久方ぶりに人里に来たかと思えばいきなりとある人物にこの店まで連れてこられたのである。
しかも時は夕刻に近づいており、当然のことながら茶屋は閉店したいのに、気にすることもなくそのまま店の中まで連れられて、予め用意されていたかのように茶菓子が出てきた。
これで何かを疑わないなどということはできるわけがない。
そうでしょう――。
「――慧音?」
「はは。そう警戒しないで欲しいのだけど。アリス?」
思わず……睨み付けるような私の言葉に、けれど慧音……人里の守護者である上白沢慧音は、ただ何でもないかのように笑いかけるだけである。
「とりあえずここの茶菓子を食してみると良い。きっとお前も気に入ってけると思うぞ」
「……ふん」
確かに先ほどから気にはなっていたのだ。
目の前に出された茶菓子……これは羊羹だろうか。
特に派手な装飾のされていない、実にシンプルな出来である。
にも関わらず、思わず目を奪われそうになるほどの……光沢を誇る。
素直に綺麗だと思えるような茶菓子に心惹かれないほど、私は偏屈ではない。
だから……そう。だから――。
まずはこれを食べてしまおう。
相手が何を考えているかは知らないが、目の前に出されたモノを食さないのは失礼にあたるだろう。
だいたい何がしらの交渉をするにしても、茶菓子に目を奪われていては、ロクな交渉にならない。
だから、そんな――。
言い訳のようなことを考えながら、口元へと小さく切った羊羹を運び――食べる。
「…………美味しい」
正直に言ってしまえば、その一言以外に表現のしようのないほどに美味しかった。
甘い……甘いけれど、しかし決して甘すぎず。
喉元を通るその瞬間までも計算に入れられているかのような、絶妙の甘さ。
この茶菓子を前にして、美味しい以外の言葉がでる者など居ないのではないかと思うほどの一品。
ある意味において、茶菓子の完成系のようなその羊羹を、すぐさま二口目を口にして、そして気が付けば、一瞬で食べ切ってしまっていた。
そして、いつの間にか用意されていた緑茶で一心地着く。
あぁ……実に素晴らしい。
普段は洋菓子と紅茶しか口にしない自分が、それでも称賛の言葉しかでないほどにそれは完璧な出来であった。
なるほど……これが幻の茶屋か。
これほどの一品を味わえるのなら、毎朝であろともこの店が開いて居ないか確認するのも納得するほどである。
魔法の森から人里まで少し距離があるけれど、今度からはもう少し早くに家を出て午前中に人里に来れるようにしようかしら……なんて。
そんなことを考えていたら……。
「くく。気にって貰えたようで何よりだ」
慧音がそんな私を生暖かいような目で見ながらに、笑いかけているのである。
「……うるさいわね」
顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。
というか茶菓子に手を付けた瞬間から、はっきり言って慧音の存在など頭の片隅からも追い出されていた。
だからこそ、色々とバツの悪い想いを抱きながら私は――慧音へと顔を向ける。
少しだけ赤い顔を隠しながらであるけれど……。
「それで……。私に何かしら用事があったのでしょう? だったらそろそろ言ったらどうかしら?」
そんな私の態度に、今度は苦笑のような表情をしながら慧音は何も言わずに和紙で出来た札束を渡してきた。
「……これは?」
人里で一般的に使われている和紙が、いくつも折りたたまれ束となっている。
恐らくは手紙としての役割を果たすであろうソレが……数は軽く十を超える程度にはあるだろうか。
「とりあえず、中を広げて読んで貰えるだろうか?」
再び苦笑を浮…今度の苦笑はこの手紙に対してだろうかを浮かべながらに手紙を読むように促される。
とりあえず、私は一番上にある奴を広げその中身を見る……。
「…………」
……。
…………とりあえず、次の奴を広げ読む。
「…………」
………………。
三枚目。四枚目。五・六・七・八……。
以下全てに目を通すが、その中に書かれていることは全て同じモノであった。
子供が書いたような拙い言葉……いや、実際に子供が書いたであろうその手紙に書かれている内容はつまるところ……。
――
思わず半眼になりながら、これを渡してきた相手に目を向ける。
「……これは何かしら?」
「……そのままの意味なんだがな。まぁ……とりあえずそれを渡す経緯を軽く説明すると、お前は祭り事のような時に限り人里で人形劇をやってくれただろう? けれど子供たちはもっとお前の劇をどうしても見たいと言い出してな。だったらまぁ……その想いを手紙にして渡してみたらということになったのだが」
「何がなったのだが……よ。そういう風に仕向けたのは貴方でしょう慧音?」
そんな私の言葉に、慧音はさらに苦笑を深める。
「まぁ、僅かにそういう風なことは言ったが、けれど手紙を書こうと思ったのは子供たちが自発的に行ったことだよ。中には親から上物の和紙すら盗んで書こうとした子も居たほどにね」
――流石にそれは止めたがね。
なんて、笑ながらにそんなことを言われても私としては……。
「そう……。ご苦労様としか言えないわよ」
私として容赦なく切り捨てたつもりの言葉であったけれど。
その言葉は既に予想していたかのように、慧音は浮かべた笑みをそのままに残しておいたであろう茶を一口啜る。
何となく……その余裕に嫌な予感が胸中を過るが、とりあえず無視する。
「まぁ、そう簡単に切って捨ててくれるな。子供たちは本当にお前の人形劇が見たいと思っているんだ。文字通りに村に居る全ての子供言って良いほどに。もちろん子供たちだけじゃない。大人たちも劇を楽しみにしているし、私もまたお前の劇を楽しみにしてる一人なんだ。だからせめて月に一回程度で良いから人形劇をしてもらいないだろうか?」
最後は頭を下げながらに、慧音はそう願い出てきた。
その言葉に嘘は感じられず確かに私の人形劇を心待ちにしているという想いが伝わってくる。
それを嬉しいという想いが自分の中にあるのは確かだ。
自分の人形が褒められるのも、自分の技術が認められるのも嫌いではない。
だからこそ祭りごとなど極稀に人里で人形的を繰り広げることに否という気持ちはないけれど。
しかし、それでも月に一程度で人形劇を行うのは――。
「却下よ。確かにその気持ちは嬉しいけれど、これでも私も色々と忙しいの。月に一回も人形劇の為に時間を取るつもりはないわ」
やるからには完璧に。
それが私の流儀である。
故に例え実際に劇を披露するのが月に一回であろうとも、その一回の為に劇の内容を練ったり動きの予習などをしていたらそれなりの時間が喰われてしまう。
これでも未だ完成しえぬ魔法の探究にこの身を費やしているのだ。
自分の意志を持ち自分の意志で動く、完全な自立人形。
それが私の目的であるからこそ、これ以上に余分な時間を取るわけにはいかないのである。
だからこそ、話は此処までだと私は其の場を立ち去ろうと思ったところで――。
「なぁ……アリス。話は変わるが先ほどお前が食べた茶菓子……上手かったであろう?」
そんな、文字通りに全く関係の無い話を慧音は振ってきた。
思わず訝しく感じながらも、私は素直にその言葉に応える。
「そうね……。それは否定しないわよっ……て。もしかして茶菓子代を払えとでも言うつもり?」
「まさか。今さらそんな話をするつもりはないさ。ただ……なぁアリス。あれが実はただの失敗作だと言ったら……どう思う?」
「……何ですって?」
思わず……浮かしかけた腰のまま慧音の方へ振り返る。
失敗作?あれが?
和菓子には余り詳しい方ではないが、それでも普段から自分でも洋菓子を造っているからこそ分かる。
あれは確かに菓子を呼べるものの一つの完成系であると。
食べる者のことを極限にまで想いやられた茶菓子。
だからこそ、一切の装飾をして居ないにも関わらずあれほどに美しいとすら思ったあれが……完成品では無く、ただの失敗作?
「あぁ。正確にはあれを造った本人はあくまであれを失敗作だと思っているということだ」
「何よソレは……。というかアンタはこの店の店主と知り合いというワケね」
人の気配の無い茶屋。茶菓子はでてきたが、あくまで既に用意されていたそれを取り出したのは慧音であって私は未だこの店の店主を見ても居なければ、そもそも此処には私と慧音しか居ないのである。
そんな幻の茶屋の店主ついて慧音は知っていると言う。
まぁ、人里で店を出す以上は慧音が把握しているのは当たり前とも言えるが。
「知り合いと言うか……。この店の持ち手はあくまで私だよ。ただこの茶菓子の造り手が余ったモノを私のところに持ってきてくれるが一人で食べるには少し数が多くてな、だからどうせならと簡易的な茶屋として売りだしてみたら大人気となってしまってな」
「……贈り物で商売だなんて随分と阿漕なことをするのね。慧音?」
思わず……毒舌が飛び出る。あれほどの茶菓子が余りモノだという上に、それを受け取っていながらに他者に配るなど。
色々と思うところがありずぎて、ついそんなことを口にしてしまう。
けれど、そんな私に対して慧音は苦笑を浮かべながらに応える。
「まぁそう言ってくれるな。もともとはあの子が少しでも人里に馴染めるようにとあの子自身に茶屋を薦めたんだがな。本人は茶屋をやるつもりは無いと言い切られてしまったが、義理堅いのか菓子だけはわざわざ届け続けてくれてな。だからいずれあの子が人里で茶屋が始められるようにと、私が変わりに店だけは用意してな。まぁいずれはあの子にも店に出て貰えるようにするさ。きっとそれだけで今より遥かな人気になるのは間違いないからな」
「ふーん……。そう。ならその子というのは今は人里には居ないということかしら?」
気が付けば、いつの間にか私は慧音の言葉に聞き入っている。
既に立ち去ろうという想いは消えて今はこの茶菓子の造りが何を想っているのか聞き出そうとしているのだから。
しかし、色々と訳ありの人間のようである。
「あぁ。今は博麗神社に住んでいるらしい」
「博麗神社ですって!?」
思わず……声が大きくなる。
博麗神社に住まう人間が博麗の巫女以外に居るとは思わなかった。
あそこは人里からも離れいるうえに妖怪どもが屯する場所だからこそ。
ただの人間が住めるとは思えないが……。
「そう。博麗神社だ。まぁ……あの子もそこそこの力を持つからな。ただそれ以外で色々と心配になる所もあるからこそ、私はあの子にも人里に居場所を造って欲しいと思っているのだがね」
「……そう」
本当に色々とワケありの子であるようである。
その子について語る慧音からはまさに様々な感情が湧き出ているようであるからこそ……。
私はただ頷き返すだけであった。
「あぁ……。話が少しそれたな。それでその子は博麗神社で巫女相手に茶菓子を造っているらしいがその余りモノ……本人曰く巫女には出せない失敗作である余りモノを私の所に持ってきてくれるようになってな」
「ちょっと待ちなさい。そもそもどうして貴方にその子が余りモノを持ってくるようになったのよ?」
「ん? あぁ。あの子は博麗神社に住んでいると言っただろう? それで村人に少し怖がられてしまってな。色々と買い物をするのに困っているようであったから、一声懸けてやってな。その時の礼にと持ってくるようになったのが始まりだな」
――まぁ、怖がれたのは博麗神社に住んでいるだけはないのだがな。
なんて言葉を最後にボソりと付け加えていたのような気がするけれど。
今はその言葉は聞かなかったことにする。
それよりも――。
「そう。それで? 結局のところそれを私に聞かせて何がしたいのかしら?」
「なに簡単なことだ。私はその子と色々と懇意にさせて貰っていている。だから……そう。月に一回程度ならば失敗作なとでな無く完成品を。その子が造る全力の菓子を一つ程度ならば貰い受ける事もできるだろう」
思わず――顔に苦渋の表情が広がる。
そこまで言われれば、私も慧音が何を言いたいのかを理解する。
しかも……慧音は笑みを、既にその先に私が答える言葉まで分かっているだろう表情でその言葉を口にする。
「では人形遣い殿。一つ契約を結ぼうか。依頼は月に一度の人形劇。報酬は至高の菓子が一品」
――如何か?
なんて……そんな……。
あぁ、慧音がずっと余裕の笑みを浮かべ続けていた理由を今もって完全に理解する。
そうでしょう。だって、こんな
だからせめて……。ギリギリまで悩んでいるような体で数十秒ほど苦渋の表情を浮かべる私を、けれど未だ余裕の表情を浮かべ続ける慧音に見つめ続ける。
「あぁ……もう。分かった。分かったわよ! やるわよ。やれば良いんでしょ!?」
「おぉ……! 受けてくれるか。それは良かった」
「く……。その代り約束はきちっと守りなさいよ」
「勿論だとも」
こうして一つの契約が結ばれたのだった。
………。
…………。
……………。
そうして、そんなこんなであれから数日たった最初の約束された日。
私は幾つかの人形と共に人里の入口を通ると――。
そこには既に幾人もの子供たちが待機していた。
「アリスお姉ちゃんだ!」
「アリスお姉ちゃん! 今日、人形劇してくれるんだよね!?」
「僕はこの間の祭りで見た奴をもう一回見たいな!」
村の子供たちが目敏くを私を見つけると駆け寄ってくる。
その瞳には隠し切れぬ期待に輝きを持ちながらに。
声高々に、私の名を呼びながら私の周りに集まってくる。
「えぇ……。この前の広場でするつもりよ。今日はこれまでに見せていない新しい人形劇になるかしら」
私の言葉に、子供たちは歓声を上げながら走り回る。
「わぁ! なら今すぐ他の子たちにも伝えてくるから待っててね!」
「僕も行くよ! アリスお姉ちゃん! すぐみんなを連れてくるから!」
人付き合いが決して得意ではない私の言葉に、けれど子供たちは本当に楽しそうに笑い合う。
村の他の子たちに伝えに走り去る子も、私を先導するようにいつも劇をする広場に連れて行く子も。
本当に楽しそうにしているのである。
確かに無理やりと言って良いほどの理由で押し付けらた役ではあるけれど。
しかし、此処まで私の人形劇を楽しみにして貰えるのなら。
まぁ……月に一回程度ならば決して悪いモノではないのかもしれないと。
自然とそんな事を想えたのだった。
そして、広場に辿り着いた私は既に村中の子供が集まっているようである。またその後ろには子供たちの保護者のような大人たちもおり、視界の端には慧音も既に佇んでいるのが見えた。
そんな大勢の人たちを前にして――私の人形劇を開演する。
演目は姫と騎士。
実に単純な話。
悪い伯爵に囚われた悲しき姫をただ一人、あらゆる困難を乗り越えて助け行く騎士による物語。
ストーリーそのものは単純明快なその物語を上海と蓬莱の二人の人形が演じていく。
観客は二人の人形の動きから決して目を逸らさない。
子供たちからは、騎士を演じる蓬莱に大きな歓声が寄せられる。
頑張れ――。
姫を助け出せ――。
これが、もはやただの人形劇ではないかのような大きな声援を受けながらに騎士は唯一人、姫の元へと助けあがる。
「姫。私はただの一介の騎士に過ぎませぬ。されども姫がお望みになれるのならば、この身は伯爵や王であろうとも、あるいは世界を崩壊させるという悪龍であろうとも凌駕してみせましょう。故に姫よ。貴方様はこの身に何をお求めになられるでしょうか?」
「騎士様。ならば私をこの塔より連れ出して下さい。私は騎士様と共にこの世界の広さを感じてみたいのです。だから王も伯爵にも縛られぬ広い広いこの世界に私を羽ばたかせて頂けますか」
「――御意」
そうして上海と蓬莱が演じる二人は空高くまで舞い上がって行くと。
その瞬間に。
『わああああああ!!』
大きな大きな歓声で広場が包まれた。
そして集まった人たちは万来の拍手を行う。
そんな人たちに向けて、改めて手元まで戻らせた二人の人形がその歓声に応えるように手を振ると再び大きな歓声に包まれたのだった。
そうして一刻ほどして、鳴り止まぬ歓声と拍手がやっと一段落を着き子供たちからも様々な感想や感謝の言葉を投げかけらた後にやっと一息を着こうとしたところで慧音がやってきた。
「凄く良かったぞアリス。まさか此処まで素晴らしいモノを見せて貰えるとは思わなかったぞ」
慧音は未だ劇の余韻が抜けぬのか、普段より興奮した調子で話しかけてきた。
私自身も先ほどから称賛の言葉を受け過ぎて、流石にこれ以上に慧音からも褒められてしまうと色々と恥ずかし過ぎる……ような気がしたのでさっさと話を終えて今日はもう帰る準備をしようとする。
「そう……どうも。とりあえずこれで約束は果たした筈だから、今日はもう家に帰るわ」
「おぉ、そうか。ならば少し待ってくれ。今度はこちらの約束を果たす番だ」
けれどそんな私に慧音は待ったをかけると、慧音の後ろから一人の少女を連れ出してきた。
その子を見た瞬間に――思わず金縛りにあったかのように私はその子から目を離せなくなった。
純白の髪に。純白の肌。そして紅い瞳。
穢れを知らないような純白な存在に紅く染まった紅い妖気。
ただそこに居るだけで見惚れずにはいられないその姿。
そして極めつけが、その首に付けた琥珀色の首輪。
なんだこの少女はと――思っているとその少女は白い皿に乗せられた饅頭……だろうか。
その和菓子を手渡そうとするかのように目の前まで持ってこられた。
「……何かしら?」
思わず聞き返す私に、その少女もまた首を傾げる?
「……慧音が貴方が私の和菓子を食べたいって聞いた……けれど?」
「貴方の……?」
私は一瞬意味が分からずに慧音の方に目を向けると。
「あぁ。約束していたあの和菓子の造り手がその子なわけだ」
約束していた。あぁ……つまりあの茶屋で食べた和菓子か。
余りに目を奪われるその少女の登場に思わず約束していた事すらも忘れてしまいそうになっていたから。
けれど言われてしまえば……成程と思ってしまった。
あの和菓子の造り手が正直に言えばただの人間だとは思えなかったけれど、この目の前に居る少女ならば納得である。
別にその少女が何がしらの術を使ったとか、そういう訳ではないけれど。
しかし、きっとその少女に触れて造らたのならば、ただそれだけで至高の一品へと押し上げられるだろうと。
純粋にそう想えてしまった。
「そう……。ならこれは私が貰って良いわけね」
「どうぞ……」
私はそれを手に持つと、一口で――食べ切る。
そして――。
あぁ――。
その瞬間に襲った私のこの感情を何と言えば良いだろうか。
もはや言葉に出来ぬ情動。
美味しいなどという言葉すら陳腐に思える至高の一品。
人が造ったとは思えぬほどの和菓子であるけれど。
しかし、この少女が手ずから造ったというのならばただそれだけで納得してしまう。
あぁ……。
もう口の中から無くなってしまった。
もっと味わって居たいと思わずにいられない甘味。
もしこれをもっと食べられるのなら、もっと人形劇の回数を増やしても良いかしら……なんて。
そんなことを思わずに考えていると。
まさにその目の前に居る、その少女に話しかけられる。
「……ん。貴方の人形を少しだけ触っても……良い?」
「え? えぇ……どうぞ?」
思わず……まさに和菓子の余韻に浸っていた私は思わずと言った感じでつい手にもつ上海を彼女に渡してしまった。
普段は決して他人に手を触れさせないと言うのに。
まさに気が付けば、彼女に手渡してしまったのである。
そしてすぐに正気に戻ると、すぐさま人形を返して貰おうとするが、その前に優しい手付きで人形に触れていた少女が口を開く。
「凄い……ね。この人形生きてる」
「……え?」
少女に言葉に……伸ばした手が止まる。
生きてる? この子は何を……。
けれど私が聞き返す前に、少女はさらに言葉を伝える。
「分かるよ。私も昔は人形だった……から。だから分かる。この子には意志がある。まだ一人では……それを伝えられないけれど、でも確かに感じるよ?」
彼女の言葉に、和菓子の余韻も忘れて呆然となる。
意志がある? 馬鹿な……。
何を言っているの? 私は其処を目指して努力をしていると言うのに。
既に意志がある? そんな事がある筈がない。
けれど、そんな様々な疑念も懐疑も――。
「だって伝わるよ。この子は、貴方の事が大好きだって」
それまでの無表情とは違い、僅かに頬を朱く染め笑みを浮かべながらに伝えらた言葉で何もかもが霧散した。
というか……。というか――!
その表情と言葉は余りに卑怯じゃないかしら。
自分の頬もまた赤く染まっていくのが分かる。
あの和菓子すらも超える甘い感情がこの身を襲う。
「ねぇ……名前教えて?」
「アリス。アリス・マーガトロイドよ」
少女に促されるままに、私は答える。
「アリス……。アリスね。良い響き。貴方に凄く合っている」
あああぁぁぁぁぁ。
何なのかしら。何なのかしら!
さっきからこの少女は、私を辱めているのだろうか。
自分の頬がどうしようもないくらいに赤く染まっていくのが分かる。
「あ、貴方の名前も教えて貰って良いかしら?」
「琥珀。私は八雲琥珀……だよ」
や、八雲……ですって?
またとんでもない名前がでてきた。
あぁ……でも。そういえば、八雲に新しい人間が加わったと噂で聞いたような気がする。
まぁ、この子ならば確かに納得はするけれど……。
「ねぇ……アリス?」
「な、何かしら?」
あぁ……もう。さっきから動揺しっぱなしで完全に主導権を握らたままだ。
「もっとアリスの人形が見たい……な? 今度アリスの家に遊びに行っても……良い?」
決して媚びた声ではないけれど、下かた見上げるように覗かれた赤い瞳。
そして僅かに未だ朱く染まったままの頬に、僅かな微笑。
「え、えぇ……どうぞ」
正直に言って、これを断れる存在なんて居ない……なんて。
そんな言い訳のような言葉を心の言葉で呟きながらに。
あぁ……きっと、これから色々面倒事が起きそうな予感がするけれど。
けれど……それでも、目の前で僅かに微笑む白い少女を見ていたら……それだけで、それも良いかと想えてしまうから。
「ありがとう」
そう言って微笑む琥珀に、私はただ見惚れつづけたのだった。
第三章は短編方式でいきます。
まずはアリス編からです。