東方紫幻郷   作:ジャオーン

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二十五.アリスと人形遊びⅡ

「あー……ダルい」

 

寝起きと共に思わずそんな声が漏れる。

別に寝不足という訳では無いが……けれど体を起こすことすらままならぬほどに全身が怠い。

とりあえず、何とか動く左手で額に触れてみる。

まぁ……案の定というか何というか。

 

「完全に風邪じゃないこれ……」

 

熱い。文句なしに体が熱い。

全身が火照っていると言って良いほどに熱い。

もはや、疑いようも無く風邪である。

 

「全く魔法使いが風邪ひくだなんて……。魔理沙にでも知られたら爆笑されること間違い無しね」

 

思わず愚痴がでる。一人で何を言っているのかという話だが……せめて愚痴ぐらい吐いてないとやってられない。

魔法使いが風邪ひいて寝込むだなんて、笑い話にもなりはしない。

そんなことを同じ魔法使いである魔理沙や紅魔館に住まうパチュリーにでも知られたらきっと爆笑されるか、馬鹿にされるか……あれ? けれどそう言えばパチュリーの方は結構病弱だったような?

なら魔法使いでも風邪ぐらいひくのも可笑しくないのかしら……でも、魔理沙が病気になってる所なんて見たこと無いけど……あぁ、あれはただの馬鹿だからかもしれないわね。

 

なんて……そんな。

アホな事考えてないで、今は何とかこの状況を何とかしなければ。

とりあえずゆっくりとで良いから体を起こして。

食欲は無いが、まずは何でも良いから食事を取ろうかとそう思ったところで……。

 

「あぁ……しまった。ちょうど食料を切らしてるところだったわ」

 

ピタりと昨日の晩に全て使い果たしてしまっていた。

だから今日はまず人里に向かって食料の確保をしようと思っていたところだった。

まぁ……普段であればこれでも魔法使いの端くれ。

別に食事が無くとも問題は無いが……風邪をひいているところに食料が何もない問いのは流石に運が悪い。

しかも、今日はやたらと日差しが強いのか部屋の中に居るだけで蒸し暑く感じる。

熱の暑さに加えて、この熱気は色々と体に来るものがあるが、如何せん氷すらも常備していない。

というか裏の井戸水を汲みに行くことすらままならぬほどである。

そして、当然のことながら普段病気などしないから薬などもありはしない。

 

「ふぅ……。どうしようかしら……」

 

本当……どうしようかしら。

――とそんな風に思い悩んでいた時だった。

 

コンコン――と。

家の扉を叩く音が聞こえる。

 

「こんな時に来客なんて……」

 

本当……何て運が無い。

しかも、わざわざノックをするとなると魔理沙では無い。

ならば誰かと考えると……ちょっと心当たりが思い浮かばない。

あるいは、誰かがこの魔法の森にでも迷いこんだか?

流石に今はそんな人に対応する余裕も無い。

悪いけれど、今は無視しようと……そう思ったところで。

 

「上海?」

 

コロン……と、枕元の隣にある机に置いておいた上海が偶然にも私の足元に転がり落ちてきた。

今は糸も使っていないのにと……そう思いながら抱き上げたところで、上海と目が合う。

その瞳が何となく何かを訴えかけてきているようで……。

 

「まさか出ろって言っているの?」

 

まさかそんな……。人形である上海がそんな事を言うはずが無いのだから。熱に浮かされて何を馬鹿な事を考えているのかだろうと、そう思うけれど。

しかし、何故かそう考えようとしたところで――。

 

――この人形は生きてるよ。

 

そう言って笑いかけてきた少女の言葉が頭を過り。

そして、未だ私に何かを訴えかけようとしているように思えてしまう上海の顔を見ていると――どうしてもそれを無視することができなかった。

 

「分かったわよ……。出れば良いんでしょ出れば」

 

とりあえず何とかガウンを羽織り直して、フラフラとした足取りながらに玄関に向けて歩いて行く。

そして最初にノックが鳴ってからそれなりの時間を経た後に、ようやく私は入口の扉へと辿り着いた。

あるいは、もう此処から去ってしまったかもしれない。

そんな風にも思いながら扉をゆっくりと開くと――。

 

其処には、普段と同じ風景をただ其処に彼女が居ると言うだけで、白く輝かせるような少女が一人。

 

「おはよう……アリス」

「……琥珀」

 

八雲琥珀。まさに先ほど頭を過った少女が一人そこに佇む。

そう言えば、私の家に遊びに来る……なんて約束をしていたことを今さらながらに思い出す。

 

けれど、何もこんな時に来なくてもとと……つい思ってしまう。

というかそもそも――。

 

「貴方に家の場所はまだ教えてなかったわよね?」

 

そう尋ねるも琥珀は僅かに首を傾けながらに。

 

「……ん。途中までは勘で来た。森の途中からは……アリスの香りがしたから分かったけど」

 

無表情のままにそんなことをのたまう。

香りって……。

お前は犬か。

むしろその見た目が白いのは白狼天狗の仲間か。

 

なんて、そんな突っ込みを入れようとしたところでフラりと体がよろける。

熱が出ている体を無理やりに起こしているが、先ほどから本格的に熱が上がってきている気がする。

流石にこれ以上は色々とマズいので、とりあえず琥珀にはお帰り願おうとそう思ったところで。

 

傾きかけた体を何時の間にか傍に寄っていた琥珀に支えられていた。

 

「あ、ありがとう」

 

思わず……言葉がどもる。

先ほどよりもずっと近いその愛らしいとも言える顔と、私よりも背が小さいのにしっかりと腰を支えられている感覚に……風邪とは別の意味で熱が上がった気がする。

しかし、そんな私の動揺など気にもしないかのように琥珀はさらに近づくと、そのまま背伸びをするように顔を近づけたかと思うと――。

そのままコツンと自らの額を私の額に合わせてきた。

 

「あ……あの! こ、琥珀!?」

 

今度こそ完全に声が震える。

というか……。というか――!

本当に琥珀は何なのだ。

出会った時から私を動揺させるような事ばかりして。

何故……こうも私は琥珀に振り回されてばかりいるのだろうと。

そんな風に思うのに、やはり琥珀はそんな私の心情など気にもしないように、もう少しでその唇が触れてしまいそうな距離で話しかけてくる。

 

「アリス……風邪?」

「え……えぇ。だ、だから悪いけれど今日のところは帰ってもらっ――」

「薬はある? 氷と食事は?」

 

帰って貰って良いかしら――と言い終わる前に琥珀に遮られてしまった。

それは、今までよりも何処か力強く感じられる声色だった為に、私はほとんど反射的に答えてしまった。

 

「い、いいえ……。薬と氷は持ち合わせが無いし……食事はちょうど材料が全て切らしてしまったところなの」

「……そう」

 

琥珀は私の答えを聞くと僅かに思案するように考え込むと。

次の瞬間に今度こそ吐息が感じらそうな距離まで近づくと――。

 

「なら……私が持ってきてあげる」

「も、持ってくるって……。何処から……?」

 

さらっと伝えられるが、そもそも食料はともかく薬や氷などは簡単では無い。

薬はあるいは慧音辺りなならばお願いすれば譲り受けられるかもしれないが、氷はこの時期ならばそれこそ――。

 

「食料は人里から。薬は永遠亭で。氷は……霧の湖……かな?」

 

…………。

色々と突っ込みどころがあり過ぎて思わず呆然としてしまう。

熱があることすらも忘れて、とりあえず突っ込まずには居られない。

そんな想いから私は、何とか口を開く。

 

「永遠亭って。貴方永遠亭に知り合いが居るの?」

 

薬師八意永琳。永遠亭に住まい、幻想郷で医者の様なことをしているのは知っている。

人里に置かれている薬もそのほとんどが、最近は永遠亭産のものらしい。

故に薬を貰いにそこほど適した場所が無いのも確かだが……しかし、いくらあそこが薬師の家とも言えども普通の人間が行くには些かなりも敷居が高い。

いや、普通で無くとも余り寄り付きたくない場所であることは、嘗ての異変において永遠亭に向かった私ならば良く知っている。

だからこそ、その名前が出てきたことに驚いていると……。

 

「大丈夫……。永琳は友達だから」

 

…………。

……再度絶句。

友達? あれと? あの胡散臭さの塊のような月の賢者が友達?

あ……うん。これはきっとあれだ。

これ以上は決して踏み込んではいけない領域な気がする。

というか、今さらながらに思い出す。

この子の名前は八雲ではないか。

幻想郷においてもっとも胡散臭い代表であるあの八雲紫の名を受け取った者が常人の感覚をしているわけがないということ。

 

だから、私はそれ以上そのことには突っ込まず次の疑問を投げかける。

 

「……氷はどうするのよ。いくら霧の湖と言えどもこの季節なら簡単には手に入らないんじゃない?」

「それも大丈夫。氷はチルノから直接貰う……から。前に御菓子を上げてチルノとも友達になった……から」

 

また……友達である。幻想郷において最上位に位置する頭脳の持ち主と最下位に位置する持ち主と友達。

本当に色々な意味で規格外であることを表す琥珀。

そんな少女を見つめると、彼女もまた見つめ返してくる。

その紅い瞳に思わず吸い込まれそうになるほどに見惚れてしまうけれど。

しかし……私は、何とかその瞳の呪縛から逃れるそうに最後の気力を振り絞り最も重要な難題について問いかける。

 

「……そう。けれど、そもそも氷をどうやって運んでくるの? この季節じゃどうしたって途中で溶けてしまうわよ。それに……それから人里や永遠亭に向かったりしたら、いくら空を飛ぼうとも半日はかかるわ。だから別にそこまでして貰わなくても……」

――大丈夫よ。

 

そう……告げるつもりであった。

しかし、それ以上の言葉を私は発することができなかったから。

 

「あは――」

 

何故なら彼女が笑ったから。

それまでの無表情とは違う、この間私の人形を褒めてくれた時に見せてくれた微笑とも違う。

根源的に異なるその笑みに私は言葉を失う。

明確な変容。空気が変わる。

決して見逃すことが出来ない変幻。

 

「…………琥珀?」

 

思わず……少女の名を呟く。

その紅い瞳を見つめながらに。紅い紅い紅い瞳に見つめられながらに。

白が紅に染まりあがるその瞳に映る私の姿を見ながらに。

 

「あは――。それこそ、大丈夫だよアリス。私には翼があるから。至高の翼が私を世界の果てまで誰よりも速く運んでくれるから」

 

口角を上げ笑いながらに話しかけてくる。

先ほどまで穏やかで儚げな少女が――されど、この瞬間においてこの場を支配する王へと変わるかのように。

 

少女はゆっくりと私の体からその手を離すと、僅かに後ろへと下がる。

そんな少女が目を離すことが出来ずに、ただ呆然と見つめる私の目の前で文字通りに一瞬の間で一枚の扇を造りあげた。

紫色の扇。私の魔法使いとしての知識を総動員しようともその構成材質を判別できない、まさに琥珀のためだけの扇。

その紫の扇を手に持ちフワりと一度だけ其の場で舞ったかと思うと――。

彼女はたった一つの命令を世界に向けて告げる。

 

「来なさい――文」

 

――バサリ。

聞こえた羽音は一つ。決して大きくない音が、されど世界に響く。

少女に呼ばれ現れたのは、一匹の鴉天狗。

 

「此処に。貴方が呼べば私は何処であろうとも駆けつけるわ」

 

名を――。

 

「射命丸……文」

 

鴉天狗の中でも異質の存在。

その黒い翼を持つ女性が……まさに目に見えぬほどの速さで駆け抜いたかと思うと、琥珀の後ろへとフワりと佇む。

まるでそこに居ることこそが本来あるべき彼女の場所であるかのように。

人間と天狗。

本来であれば、決してあるはずのない間柄。

されでもその姿は――まさに見間違うこと無いほどの主従。

 

「命令するわ――文。飛びなさい。私の翼。私の命ずるままに。疾く疾く疾く速く飛び抜けなさい。私の翼は至高であると。この世界に比する者なしの翼であるとこの世界へと刻み込むように。万物の限界すら凌駕して飛びなさい」

 

「えぇ。貴方が望むままに。貴方が命じればこの翼は三千世界の果てまでも、瞬きの間に飛んでみせるのだから」

 

命令を告げる琥珀。それに傅く文。

鴉天狗。その中でも特に強い力を持つと言われている射命丸文。

その存在をして――されど琥珀はそんな彼女をすら統べるほどの威を見せる。

あるいは、覇とも言うべきその姿。

決して人が至る筈のないほどの高みすら望むその姿に……見惚れずには居られない。

そこにいるのは、白い儚げな少女にあらず。

歴戦の妖怪すらも従える王にある。

 

そんな二人の姿に――熱があることすら忘れて見惚れてしまう。

ただそこに佇むだけで、心の底から美しいと……そう思えてしまうほどに。

その二人のあり方は綺麗だったのだ。

 

そんな風に……ただ呆然と眺めていたら。

琥珀はニコリと笑ったかと思うと、そのまま扇を持たぬ方の手を自身の口元へと持っていったかと思うと……。

そのまま――その手を血が出る程に噛み切った。

 

「な――!?」

 

思わず驚愕の声が漏れるが、そんな私の声など気にもせず琥珀はその血に塗れた手を――射命丸文の口へと咥えさせる。

 

「あは。前報酬よ――受け取りなさい」

「…………ひゃい」

 

射命丸文の方は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、けれど指を咥えてからは一切の抵抗をすることなくただ朱い顔をしたまま、蕩けた様な返事をする。

 

……可笑しい。

先ほどまで美しいと思っていた二人が、今は何やら怪しげな関係にしか見えなくなってしまった。

というか……顔を蕩けさせ膝を折りながら少女の指を咥えるって……お前はそれで良いのか射命丸文。

先ほどまで疑念すら浮かばなかった二人の関係に本当に色々と心の底から突っ込みたくなってしまった。

 

けれど、そんな風にモンモンと私が考えている間に二人はいつの間にか咥えていた指を離し、射命丸文が琥珀を抱きかかえると言う姿になっていた。

 

「それじゃあ直ぐに戻ってくるから……。少しだけ待っててね?」

 

そう言葉を残したかと思うと……次の瞬間には抱きかかえた琥珀ごと射命丸文が空へと向けて飛翔したのだった。

そんな二人の姿は――まさに瞬きをする間も無く、視界の向こう側へと消え去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ペット自慢っぽいなにか? むしろアッシー君か……。
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