東方紫幻郷   作:ジャオーン

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二十六.アリスと人形遊びⅢ

琥珀が家に来てからどれほどが経っただろう。

そして、二人が飛び立ってからどれぐらいがたっただろうか。

少なくとも未だ一刻にも満たぬぐらいだろうか。

 

されど、あの一瞬の時間は余りにも濃かった。

常識から外れた存在である琥珀と過ごす時間はまるで、永遠であるかのように長く感じたほどであるから。

 

今は、とにかくこの火照った体を休めるように椅子へと寄りかかる。

 

「……ふぅ」

 

思わず……吐息が漏れる。

それは、自分が思っている以上に熱が篭っていた。

熱があるのだからそれは当然であるのだけれど。けれど……本当にそれだけだろうか。

 

そんな風に思うと……おのずと琥珀の姿が頭を過る。

その白い肌が。白い髪が。愛らしい顔が。儚げな雰囲気が。

そして――紅い瞳が。妖すらも統べる覇が。

 

ただただ、私の瞳を離してくれない少女の姿が頭の中を駆け巡る。

気が付けば私は……自分の額を指でなぞってしまう。

彼女の額と触れた場所を。

私より遥かに冷たい感覚を。

絹よりもなお滑らかな少女の感覚が鮮明に思い出される。

 

そして……私の指は頬へと向かう。

そこは彼女の吐息が触れた場所。

熱があるにも関わらず、それでもなお私の頬に感じた熱を思い出す。

神秘に包まれる少女から吐かれた息がこの頬をなぞったのかと思うと……それだけで熱が数度上がるほどに頬が朱く染まるのが分かる。

 

そして――。私は最後にその指を自らの唇へと持っていく。

思い出すのは、彼女が最後に魅せたその白雪の如き指から零れ出た真紅の血液。

それを頬を蕩けさせながらに咥えこむ鴉天狗。

 

琥珀がそうしていたように……唇をゆっくりと指でなぞる。

もしも……そう、もしも。

この唇を這っている指が私のではなく琥珀のものであったならば。

あるいは、そのまま私もまた咥えこんでしまいたくなる衝動が――この身を襲う。

 

「――っ!」

 

その想いのままに指を咥えそうになる寸前に――。

違う――。違う違う違う違う!

私は何を考えている。琥珀は女の子なのよ。

いや……男の子なら良いって訳でもないけど……。

 

あぁ……って違う。そうじゃなくて。

だから――。そう……えっと。

 

私は熱があって。だから……そう。

うん……。まずはあれだ。

熱のせいで汗をかいてる服を変えましょう。

そう……さっきから考えている変なことは全て熱に浮かされてのことなのだから。

まずは汗を拭き、洋服を着替え落ち着きましょう。

そうしましょう。

 

寝室に戻って……ていうのもちょっとキツイわね。

どうせ着替えもタオルもこの部屋にあるのだし。

いくらなんでも琥珀もまだ帰って来ないでしょ……流石に。

 

そう思いながらにゆっくりと私は羽織っていたガウンを脱ぐ。

 

「……ふぅ」

 

思わず……一息つく。

どうやら思っていた以上に汗をかいていた様で、上半身の肌が外気に触れると汗でべた付くいるのが良く分かった。

流石にこれだけ汗をかいていれば気持ち悪いのも当たり前の筈だ。

本音を言えばこのままお風呂にでも入りたいところだけれど……それは流石にちょっと難しいので今はタオルで拭くだけで我慢しよう。

そして、箪笥から私はタオルを引っ張り出すと、重い体を多少無理にでも動かしながらに拭っていく。

首筋から鎖骨、そしてそのまま胸元まで拭く。

そのまま脇腹を這って……多少無理な姿勢ながらに体の後ろも拭こうとタオルを手に持ちながらに斜め後ろを振り返るような姿勢になった――まさにその瞬間に。

 

――カタン。

 

響いたのは軽い木が擦れる音。

正確に言うのならば木製の扉が開いた音とでも言うべきだろうか――。

外の風が熱気の篭る部屋の中へと流れてくる。

 

「……ただいま。アリス」

 

扉が開いたという言うことは……誰かが部屋の中に入ってきたという訳で……。

だから……えっと。

その……。つまり……この状況で無言で入ってくる人なんてたった一人なわけだから。

 

いい加減に現実逃避しそうになる思考を、無理矢理にでも現実に戻るならば。

つまるところ――つい先ほど出て行ったばかりの琥珀が帰ってきたわけだから。

だけど……いくら何でも――。

 

「…………早過ぎないかしら?」

「あは。だって私の翼は文だもの。ちゃっと全部持ってきたよ?」

 

そう言いながら薬と食料が入ってるだろう袋を見せてくる。

 

「そう……。えっと……その射命丸文はどうしたのかしら?」

「裏の井戸水に氷を浸けに行って貰ったよ」

「そう……」

 

こう……何とか会話をしようとするが、はっきり言って先ほどから頭が沸騰しそうになるほど焦っているのが分かる。

はっきり言って意識が真っ白になってしまいそうだ。

 

だって……その。今の私は先ほどから体を拭こうと服を抜いだままで。

だから、つまり裸なわけだからこそ。

いくら琥珀が女の子と頭では理解していても――琥珀に自分の裸を見られているのかと思うと羞恥でどうにかなってしまいそうになる。

自分がどうしてここまで琥珀に対して動揺するのか分からないが……とにかく色々とマズい。

何がマズいのか自分でも分からないが、このまま琥珀に裸を見られ続けられたらどうにかなってしまいそうになる。

 

だから――悪いけれど、少し外に出てて欲しい。

 

そう言おうと思ったのに。

そんな私の想いに反するように琥珀は荷物を机の上に置くと、そのまま私の方へ近づいてきた。

 

「ちょ…………!」

 

もはや言葉にならない悲鳴が私の口から漏れる。

というか――何故近づいてくるの!

 

そう悲鳴を上げそうになるのに、それでも琥珀の紅い瞳に見つめられるとそれ以上のことばが出てこなくて。

ただただ琥珀を眺めることしかできなかった。

そして――そんな琥珀はこちらの動揺など全く気が付いていないかのように、私の元まで近づくと私の顔を見上げながらにタオルを未だ持っている私の右手に自らの手を重ねてきた。

 

「え……。あの…………?」

 

もはや完全に沸騰してしまったかのような私の頭では何も考えることができずに、ただ琥珀の瞳を見つめながらに疑問のような声を漏らすのみであった。

 

「タオル貸して……。私が体を拭いたげる」

 

そう言うとタオルを持つ私の手を紐解くように開かせると、そのままタオルを琥珀に取られてしまった。

もう抵抗なんか出来るはずも無くて。

ただただ琥珀の言われるがままに、呆然と椅子に座り続ける私の後ろに琥珀は周ったかと思うと――そのままゆっくりと私の体を拭き始めたのだった。

 

もう何がなにかすら分からない。

何故こんな事になっているの。

そんな、心からの疑問にけれどそれを答える者なんて居るはずもなくて。

私はただただ黙って琥珀に体を拭かれ続けた。

 

「アリス……肌綺麗だね」

「~~~~~っ」

 

あー……もう。あーもう!

そんなことを後ろで囁くな。肌が……それこそ否が応にも朱く染まる。

けれどそんな私の動揺など気にもしないかのように、琥珀は静かに私の体を拭いていく。

 

そして、私は段々と拭いてくれている琥珀の手にのみ意識が向いていく。

琥珀の手は……思ってた以上に冷たくて。

けれど、決して冷たすぎずに、むしろ……琥珀の手が触れた場所はむしろ暖かさすら逆に感じられて。

優しく……丁寧にタオルで体を拭かれ続ける。

肩から背中にかけて。そしてそのまま腰の方へ向かいながらに。

 

その絹のような指で私の背中をなぞられる。

もはや初めに感じていた抵抗感すら完全に忘れ去れてしまう。

むしろ……もっと触れて欲しいと……ついそんな事を思う。

タオルでは無くて琥珀の指に。

もっと、この体に触れて欲しくて。

それに後ろだけで無くて……もっと別の場所にも触れて貰いだろうかと……そう思ってしまって。

 

「…………んぅ」

 

思わず……吐息が漏れる。

いや、吐息というにはそれは余りに熱を持っていて。

あるいは、気を抜けばもっとあられもない声を漏らしてしまいそうになる。

けれどそんなことすらも……もう気にならなくなる。

普段であれば絶対に漏らさないそんな声も、琥珀ならば。

漏らさせているのが琥珀であれば、そしてそれを聞く相手が琥珀ならば。

それすらも良いと思えてしまって。

だってこの部屋に居るのは私と琥珀だけなのだから。

 

そして私に触れているのは琥珀なのだから。

だから……そう。このまま琥珀と一緒に。

もはや何もかもを忘れて琥珀に溺れてしまいそうになったその瞬間に――。

 

 

 

――バタン。

先ほど琥珀が入ってきた時よりも遥かに大きな音で扉が開く。

 

その音で……完全に飛びかけていた意識が何とか元に戻る。

そして、そのまま扉の方に視線を向ければ。

驚愕に目を見開いている射命丸文が佇んでいた。

 

「ちょ!? ちょちょちょちょっと!! 二人とも一体何をしていますのですか!?」

 

もはや日本語として、かなり怪しい言葉を吐きながら慌てる文を見て、自分が今どのような恰好をしているのかを思い出す。

上半身が裸のままで琥珀に体を拭いてもらっているというその事実に……今さらながらに顔どころか全身が朱く染まる。

慌てて胸元だけでも手で隠そうとするが……それはまさに余りに今更過ぎるだろう。

 

「……アリスの体を拭いてあげてた」

 

そんな今さらに私が動揺している後ろで琥珀は淡々と事実を告げる。

琥珀に体を拭入れ貰う。本人に言われてしまうと更に恥ずかしさが込みあげてきてしますが。

けれど……というか、それでもいくら何でも文は慌て過ぎではないだろうか?

 

「えぇえぇ。琥珀さんならばそう言うでしょうね! それは分かっていますよ。それよりもアリスさん! 貴方何故琥珀さんに裸で体を拭かれながらに平然としているのよ!!」

 

文が顔を赤らめながらにこちらへ叫びかけてきた。

思わず……先ほどよりも強く体を覆い隠そうと手に力を入れるけれど。

それでも、動揺しながらに私は照れ隠しも含めて反論する。

 

「な……なによ。同じ女の子に体を拭かれただけでそこまで叫ばなくても……」

「琥珀さんは男の子ですよ!!!」

 

 

……………。

………………。

…………………。

……………………。

 

 

「…………………………………………は?」

 

完全に頭が機能停止を起こす。

というか……今こいつは何を言った?

何かとんでも無いことを言ったような気がするが……この数秒の意識が完全に飛んだ私は文が何を言ったのかもはや理解できなかった。

まさか……だってそんな……。

琥珀が……その……。

…………え?

 

「分かります。その気持ちはほんとーに分かりますから。どうか落ち着いて聞いて下さい。琥珀さんは男の子なんです」

 

私が現実逃避をしないようにとでも言いたげに……ゆっくりはっきりと文はそれを告げる。

今度こそ聞き逃しようもなく……文の言葉が頭にまで届く。

届く……届くが。

だけど……でも、

え……本当に?

文の冗談なのでは無くて……。

本当に……。

 

「……男の子……なの?」

 

私の後ろで未だタオルを手に持つ琥珀へ向けて声を震わせながらに問いかける。

そんな私に対して、琥珀は僅かに首を傾げる。

何故そんな質問をされるか理解できないとでも言いたげに……。

 

そう……そうよね。

こんな可愛い子が男の子な訳あるわけないんだから。

だから、こんな馬鹿げた質問をされたら戸惑うに決まって――。

 

「ん。そうだよ」

 

……何でもないかのように首肯されてしまった。

…………。

じゃあ……本当に琥珀は男の子だと言うの。

こんなに綺麗なのに?

え……というか。さっきまで私は何をしてもらってたっけ?

どんな声を漏らしてたっけ?

というよりも……今の私はどんな格好をしてるっけ?

 

 

…………………。

 

 

大丈夫。大丈夫よ。うん。大丈夫。

大丈夫に決まっているわ。

 

落ち着きなさい。

Be cool。びーくーる。

冷静になりなさいアリス。

私は魔法使いなのだから。

魔法使いは如何なるときでも冷静でなければならないのだから。

 

落ち着いて。そう大丈夫。私は十分に落ち着いているわ。

 

「ちょっとアリスさん! 落ち着いて下さい!!」

 

文が何やら慌てながらに私の体を掴んできた。

何を言っているのかしら。

 

「私は十分に落ち着いているわよ」

「落ち着いてないですって! 落ち着いている人が何を魔法の糸で自分の首を絞めているのですか!!」

「何を言っているのよ? 落ち着いているから首を絞めいるんじゃない? そうじゃないと――死ねないじゃない?」

「わあああ! 大丈夫。大丈夫ですから! 大丈夫ですからまずは落ち着いて下さいって!!」

「だから落ち着いるから……そろそろその手を離しなさい」

「貴方が魔法の糸を降ろしたら私も手を離しますから! 琥珀さんも後ろで見てないで何か言ってください!」

 

「…………私、体拭くのダメだった? アリスは気持ちよさそうにしてたけど」

 

「ああああああ! もう駄目! 死ぬ! 死ぬから! 私死ぬからその手を離して!!!」

「そうでした! そうでしたよ! 琥珀さんに空気読むなんて芸当出来るわけないじゃないですか。あぁもう! 良いからアリスさんはその手を降ろしてくださいって!!」

 

 

…………。

……………。

………………。

 

 

 

 

 

 

その後……数十分ほどを懸けて。

何時の間にか服を着た私はようやく、僅かながらに落ち着きを取り戻したのだった。

途中の記憶がかなり飛び飛びになっているが、今は色々と思い出すとまた取り乱しそうになるのでとにかく忘れたままでいることにする。

今は私と文、そして……琥珀の三人で机を囲うように座っている。

未だ琥珀を見ると……それだけで色々と思い出して再び目の焦点が合わなくなりそうになるほどに動揺しそうになるが、隣に居る文がその度に声をかけてくる。

 

「大丈夫。大丈夫ですアリスさん。ゆっくりと、ゆっくりとで良いので深呼吸をしながらに琥珀さんを見てください」

 

私はそんな文の言葉に従いながらに深呼吸する。

そしてゆっくりと琥珀を見つめる。

 

「良いですか。琥珀さんを良く見てください。動揺させた私が言うことでは無いですが、その姿を見て本当に男の子に見えますか?」

 

そう言われて琥珀を見る。

白い肌は雪よりもなお白く透き通り。

その腰まで伸びる髪が絹すらも凌駕するほどに白く滑らかである。

そして紅い瞳は、まるで太陽のように綺麗に輝いている。

純粋に……そう心の底から純粋に――。

 

「……見えないわ。正直に言って女の子よりも綺麗に見えるのだから」

 

「そう。そうですよ。琥珀さんはそれだけ綺麗で可愛らしんですよ。だから大丈夫です。私も動揺してしまって変な事を言ってしまいましたが、琥珀さんの性別は男の子ではなく、琥珀さんという一つの性別なんですよ。そこに本来の性別の差なんで僅かな意味すらも無いんです」

 

 

むしろ……今言っている方がとてつもなく変であるように思うけれど。

しかし、そう。そうよ。

だって琥珀なのだから。そう琥珀だから大丈夫なのよ。

もはや何が大丈夫なのかすら分からないけれど、とにかく琥珀ならば大丈夫だと思い込むのよ。

そんな風に思い込もうとする横で文が次は琥珀へ向けて言葉をかけている。

 

「それより琥珀さんも。いくら琥珀さんであろうともむやみやたらに女性の体を拭いたりしたらダメですよ」

「……どうして? 私、女の子の体拭くの得意だよ」

 

得意って何!? 女の子の体拭くの得意って何!?

思わず耳に届いた琥珀の言葉に再び動揺が体を襲う。

そして、そんな言葉に文も動揺したのか呆然と問い返す。

 

「…………得意ってどういうことですか?」

「だって、昔はよく女の子についてる汚れを拭くのが私の仕事の一つだった……から」

 

汚れ!? 汚れって何!?

というか女の子の汚れを拭くのが仕事って何それ!?

もはや完全に動揺してしまった私は、再び全身が沸騰しそうになるがその前に再び文が落ち着かせる様に声を上げる。

 

「あぁ……もう。琥珀さんの過去には私も色々と思うところはありますが、とにかく此処では……女性の裸を無意味に触れたりしたりしたらダメなんです。良いですね?」

「…………ん」

 

琥珀は納得したのか、していないのか良く分からないがとにかくそんな文に頷き返す。

そして、とりあえずは琥珀にはそれ以上を告げることなく、文は今度はこちらへ体を向ける。

 

「アリスさんも。琥珀さんの言葉を余り気にせず。今はとにかく体を治す事に集中して下さい」

 

その文の言葉で……今さらながらに自分が熱を出していたことを思いだす。

そうだった……。

そして、改めて意識すると先ほどまでより遥かに熱が上がっているような気さえしてくる。

思わず椅子から倒れ込みそうになるが……。

 

その前に……またもそばに寄ってきていた琥珀に抱きとめられる。

腰に回された手。息がかかりそうになるほどに近くある顔。

思わず……改めて色々と恥ずかしさから悲鳴をあげそうになるが。

 

その前に――さっと空いている方の手で私の手が握られる。

 

「大丈夫。私が支えるから……だから大丈夫」

 

私よりも遥かに冷たい手から……それでも伝わってくる温もり。

そして、耳元で囁かれた言葉に――。

 

あぁ――と……その瞬間になって初めて私は……琥珀の気持ちに初めて触れたような気がした。

そうだ……初めから琥珀は徹頭徹尾において私を気遣ってくれていたというのに。

私が勝手に慌てていただけで……その過程において色々思うところこそあれ、確かに琥珀なりに精一杯私のことを大切にしてくれていただということを。

 

未だ出会って二回目だというのに……何故琥珀が此処まで私を気遣ってくれているのかは分からないけれど。

それでも――琥珀に抱きかかえられているというのに、それでもなお……今はどうしようもないほどに安心してしまった。

琥珀の腕の中は、確かに心地よかったのだ。

 

「そう……。ありがとう……琥珀。なら悪いけれどこのまま寝室まで運んで貰えるかしら」

 

そんな私の問いに、琥珀は僅かに笑みを浮かべて頷き返す。

 

「ん。任せて」

 

そうして、琥珀に連れられて寝室まで運ばれる。

そして、私をベッドに寝かせると琥珀は手際よく氷を用意したり、薬を飲ませたりしてくれた。

私はただ琥珀にその身を委ねてされるままになっていた。

それだけで、ただ心地良かったから。

そして……全てが終わった後に、琥珀は最後にゆっくりと横になっている私の頬に触れた。

 

先ほどまでなら、それだけで慌てていただろうが……今は、ただその手が気持ち良かった。

 

「おやすみ……アリス。きっと良い夢が……見られるよ」

 

耳に響く、琥珀の言葉。

清流のせせらぎのようなその声に促されるように私の意識は、そのまま眠りへと誘われていく。

 

「えぇ……。おやすみ……琥珀」

 

そうして……私の意識は、深い眠りへと落ちて行った。

 

 

……………。

………………。

…………………。

……………………。

 

 

そして――私は夢を見た。其処は私の目指す理想郷。

あらゆる人形が自由に動く場所。

蒼穹の空。無限に広がるような緑色の草原の中で、自由に自在に動き回る私の人形たち。

自らの意志で飛び跳ねる上海。楽しそうに駆けまわる蓬莱。

そして……。そして――。

 

そんな人形たちの中心で誰よりも楽しそうに笑っている琥珀。

 

多くの人形たちに囲まれて。楽しそうに幸せそうに。

人形たちと遊び続ける琥珀。

 

あぁ……。

きっとこの光景こそが。

私の目指すべき――。

 

 

……………。

………………。

…………………。

……………………。

 

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 

目が……覚める。

ふと、窓の外を見てみると朱く染まる夕陽が見えた。

深い……眠りについていたようで、思ったよりも短かっただろうか。

 

とりあえず体を起こしてみると未だ気怠さは感じるが、それでも眠る前に比べれば遥かに楽になっていた。

おそらくは、だいぶ熱も下がっているのだろう。

 

そう思うと……ぐぅとお腹が鳴ったのだった。

そういえば、朝から何も食べて居ないのを今さらながらに思い出す。

魔法使いが空腹で腹を鳴らすなど……と思うが熱を出してしまっている時点で今さら過ぎる思いだろう。

だから、私は素直にベッドから立ち上がり、何か食事でも作ろうと寝室と扉を開けると――。

 

――そこにある光景は、あるいは未だ夢の中に居るのかと錯覚してしった。

 

夕陽が差し込む部屋で、静かに微笑みながら人形たちの髪を櫛で梳いている琥珀が一人床に座っている。

その手は丁寧に、本当に丁寧に宝物に触れるかのようゆっくりと大切そうに動かされていく。

そして、夕陽に髪を紅く染めながらに微笑を浮かべているその姿は――神秘的とも私には思えたのだった。

 

思わず……ただ呆然とその姿に見惚れていると、琥珀はこちらに気が付いたのか先帆まで人形たちに見せていたのと同じ、大切なものを見つめる様な微笑のままでこちらを振り返りながらに声をかけてくる。

 

「おやよう……アリス。体調はどう?」

「えぇ……。お蔭様で大分良くなったみたい」

 

そう告げると……琥珀は本当に良かったと言いたげな、優しい笑みを浮かべてくれる。

 

「良かった。なら食事も一応作ってあるけど……食べれそう?」

「そう……ね。なら……頂戴できるかしら?」

 

まさに私が欲しいと思うものを、完璧に用意しくれる琥珀。

私は、琥珀に促されるままに机に座らされ、食事を用意する為に背を向ける琥珀をただ見つめるだけだった。

けれど何故こんなにも、私のことを気遣ってくれるのだろうか。

思わず……そんな問いを発しそうになったが、何となくそう問いかけるのは無粋なような感じがして。

だから、私はそんな問いの変わりに――。

 

「ねぇ……琥珀。今日が終わっても……また遊びに来てくれるかしら?」

 

そう問いかけると……琥珀はこちらを振り返り。

嬉しそうに、今までに見せていたどのような笑みよりも嬉しそうに笑いながらに。

 

「勿論だよ。アリス」

 

そう頷いてくれたのだった。

 

そうして……私にとって長い長い一日が過ぎて行った。

そしてそれは、私にとって大切な友人が出来た日でもあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まずはお友達から……みないな感じで。
これでアリス編は終了です。

次回は花畑にいらっしゃるあの方が主役になります。
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