黄金の花畑。
無限に広がるような向日葵の園。
一つ一つが天へと向かうかのように高々と咲き誇る。
それら全てが私にとって大切な存在。
神々が言うところの眷属に近いソレ。
それらが咲き誇る此処こそが私の住むべき私の庭。
そこは神秘の領域。私が造った、私だけの場所。
…………いや違うか。
正確には私と……貴方の場所。
「……そうでしょう。悠陽?」
黄金の花畑のまさにその中心。幾恵の華が周りを飾る、まさに幻想の神域。
その中心において、たった一つだけ花を飾らぬ蕾に向けて。
私は最大限の笑みを浮かべながらに、今日も水を上げるているのだった。
愛おしく。優しげに。
此処以外では、決して見せない表情を浮かべながらに声をかける。
それを一日に一回行うのが私の日課。
あの日から……恐らく千年以上は続けているだろう。
だけど仕方ないではないか……。
「貴方は……本当に寂しがり屋だったものね」
きっと私が一日でも来ないと泣いてしまうかもしれないから……。
だから昨日と同じ場所に今日も来た。そしてきっと明日も来るだろう。
何日も。何年も。それこそ無限とも思えるほどの長い時まで。
だって私と貴方は……。
「……ふふ。私と貴方の関係は何と言えば良いのかしらね」
きっと貴方なら親友と呼んでくれるのかしら。
なんて……答えぬ蕾に今日も私は問いかける。
嘗て私に向けて浮かべてくれた向日葵のような笑みを思い出しながらに。
そうして、いつもの様に時間が過ぎる。
太陽が昇り始めた頃に此処に来て、そろそろ真上を通り過ぎようかという頃。
私はゆっくりと帰り支度を始める。
「また来るわ。またね……悠陽」
そう告げて。私はその場を後にしようとした……まさにその時に。
その日初めて、静かに蕾が揺れた。
ゆっくりとではあるが……けれど確かに私を足止めしようかと言うかのように。
それは決して自然の揺れではない。
だって、風は全く吹いていないのだから。
「――悠陽?」
ならばそれは、きっと悠陽の意志である。
蕾が揺れる――。
ただそれだけであるけれど、だけど分かる。
私にだけは分かる。
この子がこうやって体を揺らすときは、何時だって私に向けて何かを伝えたいときなのだから。
だけど――。
「今日は……何時もより興奮してる?」
何となく……けれど確かにそう思った。
この子の気持ちが私に流れて来るかのように。
興奮……あるいは高揚しているかのように。
――どうしたの?
そう問いかけようとした、まさにその瞬間に。
――ガサり。
真後ろから葉が揺れる音が一つ。
何ものかの気配が伝わる。
「――っ!」
私はその音が鳴り終わる前より早く後ろへと振り返る。
妖力をこの身に纏わせながらに。
振り返と同時に背後の気配を迎撃できるようにと。
なぜなら此処は――私の領域だ。
ことこの花畑においては、その花々全てが私の関知能力へと成る。
故に文字通りに羽虫一匹ですら把握できるのがこの場である。
しかも此処はその中心。
この場が出来てからただの一度も私以外が入ったことの無い場所。
ならば、既に此処は一つの聖域にも匹敵する。
そのような場所に――此処まで一切にその気配を感じさせなかった。
ならば、そのような存在が尋常であるはずが無い。
故に妖力を纏いながらに振り返った――けれど。
「……………うそ」
思わず……纏った妖力が全て霧散する。そんなことすら気にならない程に――呆然と。
ただそこに居る存在を見つめる。
だって其処に居るのは――。
「……悠陽」
思わず……呟く。
その名を。もはやこの世界においては私だけが知るだろう……愛しきその名を。
「…………?」
けれど呟かれほうの……少女は、ただ首を傾げる。
あぁ……そうだろう。
何故なら彼女は悠陽である筈がないのだから。
そもそも悠陽は私の後ろに居るのだから。
悠陽の髪はこの少女のように白ではなく黒だったのだから。
悠陽の瞳は紅ではなく黒かったのだから。
だから違う。この少女は違う。この少女は悠陽では無い。
だけど。あぁ……だけど。だけど――。
「貴方は……誰。いえ……そもそもどうして此処に」
聞きたい事が山のようにある。
此処は私の領域である。
なればこそ――例え古の妖怪やあるいは神であろうとも私の認識を超えてこの場所まで至る事は不可能であるはずなのに。
なれどその少女は、現実として其処に居る。
だからこそ、彼女は何者であるのかという問いが一つ。
けれど、そのような疑問すらも些事に思える最大の懸念は――。
その少女は余りにもあの子に似ているから。
悠陽に――私にとってただ唯一の親友に。
その少女のあり方は……余りにあの子に似ているから。
だからこそ私は逸る気持ちを捻じ伏せてただその少女が答えるの待ち続ける。
「私は……琥珀。八雲琥珀」
その少女は静かに答える。悠陽と違いこの子はとても落ち着いた声である。
なれど、やはりその言葉一つにもあの子のことを思い浮かばされる……というのに。
「……八雲……ですって」
思わず口から言葉が漏れる。
よりによって八雲……八雲という性を名乗るか。
あぁ……ならばこの子は違うのだろうか……。
八雲というのなら、この子はあの八雲紫の眷属か……あぁ……いえ。
そういえば前に噂になっていたのを耳にしたような気がする。
あの八雲紫が外の世界で拾ってきて、自らの名を与えた人間が居ると。
その時はまたあの妖怪が気紛れを起こしたのだろうという程度の認識であったが。
外の世界で拾ってきたというのなら……やはりあるいは……。
自分が今までにない程に動揺しているのが分かる。
だけどそれは仕方のないことだから。
だって――目の前に居る少女は、あるいは千年以上も探し続けた人間なのかもしれないのだから。
「……ん。それでここに来たのは……呼ばれた気がしたから」
そんな私の動揺をまるで気にしてないかのように琥珀は私の最初の問いに淡々と答える。
だけど呼ばれたですって……?
誰に……?
あぁ……そんなの……きっと決まっている。
「そう……。ねぇ……誰に呼ばれたと思ったのかしら?」
「分からない……。分からないけれど……そこの人に呼ばれた……気がする」
そう言いながら琥珀が指し示す先にあるものは……一輪の向日葵。
この花畑においてただ唯一に蕾のままでありつづける向日葵。
あぁ……。その瞬間に私は確信に至る。
そうだ。間違いなく悠陽がこの子を呼んだのだ。
この場に。この場所に。
なぜなら、きっとこの子は――。
「ねぇ……琥珀。貴方は神楽という名前を知らないかしら?」
「……ん。神楽は私の嘗ての名前。私は八雲だけど……この身に流れる血は神楽と呼ばれる……らしい」
あぁ…………。
それを聞いた瞬間の――私の感情を何と言い表せば良いのだろうか。
待ち続けた。本当に長い長い間を待ち続けたのだ。
もう会うことも叶わいかもしれないと思ったこともある。
だけど……それでも待ち続けたのだ。
この場所で。悠陽と一緒に。
だからこそ、私はもはや感情を押さることも出来ずに、目の前に居る少女を――琥珀を抱きしめたのだった。
悠陽よりもやや小柄ながらに――それでもその身から感じる暖かさは確かに同じであったから。
彼女と同じ香りがするこの体を、私は少しでも感じられるようにただただ強く抱きしめ続けた。
そんな突然な私の行動に、けれど琥珀はただ黙って静かに受けれ続けてくれた。
だからこそ私は、感情が落ち着くまでの長い時間を抱きしめ続けたのだった。
「……落ち着いた?」
「えぇ……ごめんなさい。突然抱きしめたりなんかして」
「……ん。大丈夫。貴方からは嫌な感じがしなかったから。あと……できればお話しを聞かせて欲しい」
「……そうね。私も色々と貴方に伝えないといけないもの。あぁ……そういえばまだ名前も教えていなかったわね。私は幽香。風見幽香よ」
「幽香……。……ん。分かった」
「それと……。彼女は悠陽よ」
そう伝えながら、私はあの向日葵を指し示す。
琥珀はそれを聞くと、私の手を離れて静かに、悠陽へと近づいていく。
そうして琥珀が近づくにつれて、向日葵の蕾もそれに合わせるかのようにゆっくりと揺れる。
それは――間違いなく喜びの感情。歓喜に等しい想いの発露。
なぜそれほどまでに悠陽が喜ぶのか。
それは、なぜなら――。
「……悠陽」
「えぇ……そうよ。悠陽。神楽悠陽。貴方の母親……いいえ、遠い先祖よ」
長った。本当に長かったわね悠陽。
貴方の直接の子ではないけれど。
それでも確かに――貴方の血を引く、貴方の子よ。
「……悠陽。私の……母親」
琥珀は、ただそう呟くと、ただ静かに悠陽を眺めつづける。
そこにどのような感情を持っているのか。
私には未だ琥珀がどのような生を歩んで来たのか、何も知らないから。
だから分からない。
そして、琥珀もまた悠陽の事を何も知らないだろうから――。
「ねぇ……幽香。悠陽の事について教えてくれる?」
「えぇ。もちろん良いわ。だけど長い話になるわよ」
「……ん。大丈夫」
そう言うと、琥珀は悠陽のすぐそばに座り込む。
するとそれを歓迎するかのように、悠陽はその蕾を目一杯揺らすのだった。
琥珀が傍に言えてくれるのが、どうしようもないほどに嬉しいと言うかのように。
「だって……此処はこんなにも暖かいから。だから……話が長くなっても大丈夫」
そして琥珀もそれを受け入れるように静かに、けれどはっきりと微笑む。
「えぇ……そうね。なら此処で話ましょうか」
そうして、私も悠陽の傍に座るとゆっくりと話し始める。
今よりも遥かに昔のことを。
人と妖怪と神が共に同じ世界で過ごしていた時代。
そのような時代において、未だ生まれてまもなくただ一人で今と同じように花畑に佇む私を訪ねる一人の人間が居た。
「幽香ちゃん!! 遊びに来っったよ!!!」
風に靡く黒い髪に黒い瞳を持つ少女が、まさに向日葵のような笑みを浮かべながら花畑へとやってくる。
そしてその少女こそが――神楽悠陽であった。
妖怪である私に対して、けれど僅かな恐れすらも抱かずに。
ただただその全身から湧き出るようにな笑みを浮かべながらに、私のそばに居続けた少女。
私はそんな悠陽と過ごした日々について、琥珀に向けて話していったのだった。
過去編……みたいな?