私はその日も朝、目が覚めたらいつもの日課である賽銭箱チェックを行った。
勿論いつもの如くその中は綺麗に空っぽだったのだが。
そんなことは開ける前から分かっていたことだがそれでも私は賽銭箱を毎朝開けずにいられないのだ。
何故なら開けてみなければそこにお賽銭が入っている可能性が残されるからだ。
もしかすればお賽銭が入っているかもしれない。その可能性がある限り私は何度でも賽銭箱の蓋を開けよう。
…………あぁもう。
こんなくだらないことを考えるのもお腹が空いているからだ。
私はそう決めつけると台所へ向けて歩いていこうとした。
その時だ
「…………何?」
それは一瞬の揺らめき。巫女である私がもつ特有の勘が告げるほんの僅かな違和感。
何かが境内のほうにいる。
はっきりとしない勘に導かれ私は先ほどまでいた場所に戻っていった。
そして――――その子はそこに居た。
境内の真ん中に佇む見たことのない一人の少女。
腰まである雪のように綺麗な純白の髪を風に靡かせている。
神社の眺めるその儚げな表情は例え誰であろうとも一度は見とれずには居られないほどに綺麗で。
この幻想郷はとかく美人、美少女と呼ばれる女性が多くいる。
紅魔館に住む吸血鬼姉妹にその従者たち。
冥界に居る白玉楼主従たち。
さらには迷いの竹林にいる引きこもり姫など――認めるのはしゃくだがまさに美少女と言ったところだ。
だがそんな彼女たちと比べてなお――目の前に居る少女は綺麗だと思えた。
幻想郷にいる女性たちが動的な美しさとでも言うとするのなら彼女は静的な儚さと幻想的な美しさと言えた。
そんな少女が桜色の着物に身を包んで境内の中に居るのだ。
だけれど私が本当に見とれていたのは彼女の外観が綺麗と言うからではない。
彼女の周りの空気があまりにも澄んでいるからだ。
此処は腐っても神社だ。いくら最近いろんな妖怪たちがたむろするようになったとは言えそれでも邪気が溜まったりはしない。
幻想郷のなかでも特に空気の澄んだ場所だと言って良いだろう。
それでもなお彼女の周りはさらに澄んだ空気でいるというのがはっきりと分かる。
それは間違いなく彼女の影響だ。
けれど――――それほどの清純な雰囲気を醸し出しているにもかかわらず。
僅かに感じ取れる違和感。
その紅く紅く光る瞳から感じられる――僅かな狂気。
暗闇に浮かぶ満天の星空を余す所なく映しどるほどに澄んだ湖の中心にある僅かな紅い染み。
それは決して見逃すことのできないほどの違和感を伴っている。
彼女はいったい何者だろう?
新たな妖怪――?
いいえ違う。
それとも新たなる神の子か――?
いいえそれも違う。
間違いなく彼女は人間だ。
不可侵の奥から舞出た穢れ無き子。
けれど彼女が何を見て何に出会いったのかは分からないけれど、きっと何かに……決して穢れることのない存在すらも染め上げるほどの……何かに出会った存在。
何一つ根拠なんてないけれど――何となく、私はそう思った。
「……………………あ」
そしてついにあの子が私に気が付いた。
私が彼女に見惚れ見つめていたのに気が付いたのだろう。
こちらへと歩いてくると質問をかけてきた。
「あの……ここ……幻想郷……であってる?」
それはまるで切望するように。
今にも泣き出してしまいそうな不安げな表情でそう問いかけてくる少女の姿をみると何とも言えない気分になってくる。
というかいきなりの質問が此処が幻想卿であるかどうかというのは予想外であった。
おそらく彼女は外の世界からやってきた外来人なのだろう。
そんな彼女がどうして幻想郷という言葉を知っているのか。
そしてどうして此処が幻想郷であることを確認するような質問をするのか。
いくつかの憶測こそは出来るが、はっきりしたことは分からない。
まあとりあえずいつまでも考えていないでそろそろ答えてあげなければ。
先ほどから不安げだった表情がさらに悲しげになり始めているではないか。
「ええそうよ。貴方が今居る場所は幻想郷。そして此処はその中核とも言える場所、博霊神社よ」
私がそう彼女に告げると先ほどまで不安そうにしていたのが表情に安堵の光を見せる。
そして……次の瞬間に彼女のその瞳から静かに涙が零れ落ち静かに呟いた。
「そう……良かった……本当に……」
彼女の涙にどれほどの想いが込められているのか、私には分からないけれど。
けれど、その純粋に零れ落ちるその涙を……私は確かに綺麗だと思った。
「ちょっと! 何急に泣き出してんのよ」
「ごめん……なさい。でも……嬉しくて。本当に……嬉しくて」
彼女は何度も涙を止めようと袖で拭っているのだが涙が後から後から溢れ出ていた。
「ああもう……仕方ないわね」
どうして彼女が泣いているのなど知りはしなしないが、境内でこれ以上泣かれても困るというものだ。
放置することも出来ないのでとりあえず彼女の手をとって社の中に連れて行く。
そして箪笥の中にある布を一枚取り出してそれで未だ涙で濡れている彼女を顔を拭ってやった。
その後に出涸らしになりつつはあるがお茶を一杯入れてそれを彼女の前に差し出した。
ありがとうございますと言うと彼女はそれをゆっくりと飲み干す。
その頃になるとやっと落ち着いてきたようだ。
「やっと落ち着いたようね」
「……ありがとう。それと……迷惑をかけてごめんなさい」
「別に良いわよそれくらい。それで貴方の事情ぐらいは話して貰えるのかしら?」
私がそう問いかけると彼女は居住まいを正してこちらをしっかりと見つめてきた。
「……ん。私は琥珀。別の……世界。幻想郷の……外の世界からやってきた」
「そう。やはり外来人だったのね……。ああ、それと私は博麗霊夢と言うわ」
「……霊夢……様?」
「別に様なんてつけなくて良いわよ。見たとこ背丈も同じくらいだし年齢も同じくらいだしょ。それで琥珀。貴方はどうして此処に来たの?」
「……会いたかったから。あの人に……あの方に……会いたかった。だから……私はここに来た。綺麗で……優雅で……幻想のようなあの方が待つ……この世界に。幻想郷に」
なんと言うか……その会いたいという人について語るときの彼女の表情は凄く色っぽかった。
先ほどまでの落ち着いて儚げな表情が嘘のように白かった表情を桜色に染める彼女はまさに恋する乙女と言った感じだ。
そんな表情を向けらたら本当に私でもくらっと来るものがある。
「そう……。わざわざその人に会いたいが為にこんな場所まで歩いてくるなんて本当にご苦労なことね。それで……? その人が誰なのか聞いても良いのかしら?」
何となくだがそれが聞かずとも誰かなど予想がつく。
そもそも彼女は外の世界の人間。
ならば自然と答えは決まっていよう。
「ふふふ。それは私よ霊夢」
ほら――。
やっぱりそうだ。
「…………紫。覗きは止めてっていつも言っているでしょう」
「あら。今日は特別よ。だって私の可愛い琥珀がこうやって私のもとまで来てくれたのだから」
「ゆかり……さま……紫様……紫さま!」
私の後ろから現れて唐突に声をかけてきたのはやはり八雲紫であった。
幻想郷の管理者としてこちらの世界とあちらの世界を行き来することのできる唯一の妖怪。
やはり彼女が会いたいと言っていたのは紫のことだったか。
そして紫が私の横に立ったかと思ったら先ほどまで私の前に座っていた少女――――琥珀はまっすぐに紫の元へ走りだしたかと思うと彼女に抱き着いて何度も何度も彼女の名前を呼んでいた。
「紫様! 琥珀は……来ました……。紫様の待つ世界に。紫様の傍に。琥珀は……琥珀は……紫様の約束守れました……か?」
紫に抱きつき、上目使いに紫の顔を覗き見るその姿は、子犬が飼い主に褒めて褒めてとねだっているようにしか見えないなー……と完全に蚊帳の外である私はそう目の前の光景を見ながら思った。
「ええ。本当に良くやったわね琥珀。しかも思っていたよりもずっと早く辿り着けているわ」
「紫様に……会いたかったから。凄く……凄く会いたかったから」
「ふふ。私も会いたかったわ琥珀。それに……あの頃より確かに成長してて本当に嬉しいわ」
え……誰……こいつ……。
先ほどから紫の腕の中で甘えるように彼女に縋り付く琥珀。
それはまあ良い。
よっぽどこいつに会いたかったのだろう。
正直なぜ彼女がそこまで紫なんかに執着しているのか全く理解はできないのだが。
あんな胡散臭い奴の何処が良いのかなど私には幻想郷の果てよりも遠く理解など出来はしないのだけれどそれは良い。
まあ良い。
人の好みなどそれぞれだ。
中には紫のことが好きな奴だっているだろう。
だから良い。
だけれど紫……あんたは……誰だ。
普段の胡散臭い表情など何処にも存在せず優しげな表情で、まるで自らの娘を愛でるように琥珀の頭を撫でているこいつは何なのだ。
こんな雰囲気の紫など初めてみた。
何と言うか珍しいなんてレベルの話ではない。
レミリアが実は甘えたがりだったということを分かったことが目でもないほどに驚いた。
「貴方はしっかりと私との約束を守ったわ。ならばちゃんとご褒美をあげなくちゃね。琥珀。貴方に八雲の名を上げる。今日から貴方は八雲琥珀と名乗りなさい」
「はい……はい……ありがとうございます……紫様。今日から琥珀は……八雲琥珀……です」
そして私が先ほどから目の前に光景に驚いていると先ほどまでとは比べようもないほどの驚くべきことを紫は言いだした。
やくも。
八雲。
八雲紫の姓を琥珀に与えると言いだしだ。
それは――どういうことか分かっているのか――。
八雲とはこの幻想郷において知らぬ者がおらぬほどの知名度を誇る名前だ。
この幻想郷の管理者である八雲紫の名。
そしてその式神がもつ名前だ。
その名はこの幻想郷においてとてつもない意味を持っている。
それをこいつは琥珀に……つい先ほど幻想郷に来たばかりのこの少女に与えると言うのだ。
それがいったいどれほどの意味があるのか分からない奴ではないはずなのに。
「ちょっと紫! あんたいきなり何を言ってるのよ! 八雲の姓をこの子に与える? それが何を意味するのか本当に分かってて言っているの!?」
「勿論よ。それがこの子との約束なの。約束はきちんと守らくては駄目よ霊夢?」
こちらが怒鳴るように言っているのに紫は飄々とした受け答えしかしない。
というか琥珀に対しては優しげな笑みを浮かべるのにどうしてこちらには胡散臭い笑みしか浮かべないというのか。
まあそれはもう良い。
しかしさすがに八雲の姓を与えるというのは簡単に看過することは出来ない。
「それはつまり……その子も式神にするということなの?」
式神。
高い妖力を持つ妖怪が相手に術をかけることで使役することのできる使い魔とも呼べる存在だ。
こいつの場合には八雲藍という九尾の狐の式神をもっている。
さらにはその式神である橙。
彼女達こそがこの幻想郷において八雲家一族と呼ばれる八雲紫を筆頭とした者たちだ。
その中に彼女も招き入れると言うことか。
「いいえ。流石に人間を式神にするとは出来ないし、するつもりも無いわ。式神などにして琥珀の動きを制限するなんて勿体ないもの。だから琥珀に八雲の姓を上げるのは……そうね。琥珀が私のものだということを証明する為のものよ」
「紫様…………」
紫の答えを聞いて未だ腕の中に居た琥珀はうっとりとした表情で紫のことを見ているが今はそれは無視だ。
つまり紫は琥珀を式神ではなくただ自分が唾をつけた存在だと言うことを証明するために八雲の姓を与えると言っているのだ。
どうやら本当に紫はこの子のことを気に入っているみたいね。
「ああ……それとね琥珀。もう一つ貴方に上げる物があったの」
「はい。なんでしょうか紫様」
「普通は式神の札を与えるのだけれどね。貴方にはそれが無いからこれはその代りよ。貴方が私の物だというもう一つの証明書だと思ってもらえれば良いわ」
そういって紫がスキマから取り出した物は――――。
「ぶっ!? ちょっと! あんな何てもの持ってきてんのよ!」
「ふふ。きっとこの子に似合うと思って私が自ら作ってきたのよ」
それは一言で言うのなら――――琥珀色の首輪であった。
そう首輪だ。
琥珀色の糸と皮で縫い上げれた首輪。
完全なる首輪だ。
それをその子に付ける?
それは……流石に……。
「紫様……。琥珀は……嬉しいです。琥珀は……紫様のものです。だから……だから……ありがとうございます」
どうやら大喜びのようだ。
目を潤ませ頬を桜色に染め上げ蕩けるような表情をしている。
そしてそんな様子の琥珀に紫は髪を持ち上げてその首輪をつけていく。
何と言うか……何と言うか本当にあれだ……。
一言でいうなら何て背徳的なんだろうと言うことだ。
「紫様……似合っていますか?」
「ええ。よく似合っているわよ琥珀」
そしてイチャイチャしだす二人。
ああもう。
本当に何なんだろうこれは。
何かもう色々どうでも良くなってきた。
とりあえず二人はもう好きにすれば良い。
私はもう知らない。
紫がどんな趣味を持っていようとも私の知ったことではない。
とりあえずこれから常に五歩は彼女から離れているだけだ。
そしてそんな女に捕まった少女も本人がそれで良いならそれで良いんだろう。
そんな二人は置いておいて私は未だ食べていない朝食を作りに行こう。
きっと食べ終わったころには二人ともこの神社から居なくなっているに違いない。
そう私は決めつけて二人を後にして部屋から出て行こうとしたのだが。
「ああ。ちょっと待って霊夢。貴方にお願いがあるの」
紫に呼び止めれられてしまった。
はっきり言って無視したこと甚だしいが、きっと無視したところで何処まで付いて回ってくるだろう。
だから私は嫌々ながらも振り向いて返事をした。
「…………何よ」
「実はね霊夢。琥珀をしばらく貴方のもとで暮らさせて欲しいの」
そしてそんなことを言ってきた。
どうしてそんなことをさせなければいけないのよ。
それだけ懐いているうえに八雲の名と首輪まであげたのだ。
自分の屋敷で暮らさせてやれば良いのに。
「どうしてよ……?」
はっきりに言って面倒くさい。
彼女がただの少女ならまだしも、八雲紫の寵愛を受けて……何というか愛玩動物のような状態にしか見えない少女を神社に暮らさせるなど、目に見える面倒事を引き受けるようなものだ。
「……というか、あんたは良いの? 私のそばなんかじゃなくて、紫のそばで暮らしたいんじゃないの?」
と、未だに紫の腕に包まれている琥珀に問いかける。
彼女が紫の言葉に嫌だと言えば、この話もなくなるかもしれないから。
「……琥珀は、紫様の言葉なら……別に野宿だってかまわない……から」
「…………そう」
聞いた相手が悪かった。
というか、彼女は紫の言葉に従って自力でこの幻想郷までたどり着いたような人間なんだから。
今さらどこに住めと言われても何一つ文句を言わずに従うのも当然の話だろうか。
「ふふ。そうね、理由をあげるならば、私が琥珀に今よりももっと成長して欲しいからかしら。だからその為にこの幻想郷を広く知って回って欲しいの。外の世界とは異なる幻想郷。此処なら今までとは違う成長が必ず出来るわ。だからね……琥珀。私の屋敷からではこの幻想郷を歩き周るには少し不便なの。それに霊夢自身もまたこの幻想郷を代表する巫女であるうえに多くの妖怪の知り合いも居るの。彼女のそばで学べることは多くあるわ。だから……ね?」
だからお前は誰だと言いたい。
ねって何よねって。
何でそんな親離れが出来ない子供に言い聞かせるように言ってんのよ。
というか理由を聞いてんのは私のほうだろうに。
何で琥珀に言い聞かせるような話になってんのよ。
「……琥珀は……もっともっと頑張って……成長してみせ……ます。紫様が望むように……紫様に望んでもらえるように」
何ていうか……どれだけ紫に心酔しているのが良く分かるわ。
そのあり方は既にもう紫の式神そのものではないか。
まあ実際に付けてるのは式神の札ではなくただの首輪だが……。
まあ……それのほうが余計にあれなのでもはや何の問題もない気がしてきたのだが。
「ふふ。楽しみにしているわ。……でもね琥珀。私は貴方の成長を望んでいるけれど、私は貴方を式にするつもりはないのよ? 貴方は琥珀。琥珀として、貴方が望むがままに成長しなさい」
言ってるこは素晴らしい右手で頭を撫でて左手で首輪をなぞるその姿はどう見てもいたいけな少女を調教しているようにしか見えないのだが。
けれどそうやって撫でて貰ってやっと満足したのか琥珀は紫から離れるとこちらへと向き直ってきた。
「…………霊夢……様」
「……だから様は要らないって。……それで、なにかしら?」
なんというか……紫と接しているときと、そうじゃないときの差が本当に激しいわね。
紫との時はただの乙女のようにしか見えない彼女も、そうでないときは、雪と氷でできた彫刻のようなある種の完成された美しさに感じられる。
「……これから……よろしくお願いし……ます。できるだけ……迷惑をかけないように……するけど……もしも……邪魔だったら……ごめんなさい」
そう言って静かに頭を下げる琥珀。
「別にそこまで畏まらなくて良いわよ。どうせそこのスキマ妖怪に面倒事を押しつけられたことなんて一度や二度じゃ無いんだから。あんたが此処に住む程度大した問題じゃないわ。
「……ん。ありがとう。一応……料理とか……掃除とかも……できるから。何かやることあるなら……いつでも言って……ね?」
「あらそれは良いわね。なら遠慮なくお願いするわ」
何となく見た目から予測できたことではあるがどうやら彼女は一通り家事が出来るようだ。
もしからすればこれは彼女よりも私にとって得な出来事かもしれない。
楽が出来るのならそれに越したことはないのだから。
「なら早速で悪いんだけど、台所に行って朝食の準備の手伝いをお願いしても良いかしら? 食べ物や道具の場所は行けば分かるはずよ。台所はこの部屋を出て右に行って突き当りを左に曲ればあるわ。私はちょっとこの紫と話したいことがあるから先に行って準備して待って居てちょうだい」
「……ん。……分かった」
そう言って琥珀は部屋を出て行った。
そして彼女が十分に離れたことを確認すると私は紫を睨みつける。
「それで……どういうつもりなの紫?」
「あら……どういうことかしら?」
一応に、詰問するつもりの問いかけだったが紫はまたいつもの胡散臭い笑みを浮かべた後に何時の間に取り出した扇子で口元を覆い隠し飄々とした態度を取り続ける。
そうこれこそがいつもの紫だ。
妖怪の賢者と呼ばれ妖怪たちの頂点に君臨する大妖怪。
この幻想郷の管理者にして絶対者。
常に飄々とした態度をとり胡散臭い笑みで相手を煙に巻く。
それが八雲紫という存在なのだから。
「琥珀のことよ。あんた一体どうするつもりよ? というより彼女は何者よ」
面倒事は嫌いなんだから、彼女が紫と共にあるならはっきり言ってしまえばどうでも良かったのだけれど。
自身の手元に、面倒事の卵のような存在を押し付けられるんだから、これぐらいは教えてもらって当然だろう。
「彼女は琥珀。それ以上でもそれ以下でもないわよ。それに霊夢のそばに置かせる理由も先ほど言ったでしょ?」
それでも紫は、はぐらかすような言い方を変えない。
扇を口を隠し、可笑しそうに笑う。
……なんかイラっとくるわね。
これはあれだ……。
明らかにこちらの反応を見て楽しんでる時の紫だ。
「…………琥珀って言われても彼女の名前しか分かんないわよ……。じゃあまずは……彼女はいつどこで見つけたのよ?」
「……そうね。彼女を初めて見かけたの十年ほど前かしら。ちょっと用事があって外の世界に行っていたんだけどね。そこで見つけたのよ」
「……それで。どうして彼女はあんたなんかに、あれほど懐いてるのよ」
「さぁ……どうしてかしらね。私は琥珀じゃないから分かんないわ」
そう言って可笑しそうに笑う紫。
なんか……本当に楽しそうね。
もしかして、琥珀が幻想郷に来たのが本当に嬉しいのかしらね。
「まぁ……それは良いわ。後で琥珀から直接聞くから。それよりも後二つだけちゃんと答えなさい。どうしてあんたは琥珀に八雲の名を与えたの? それでこれから琥珀をどうしたいの?」
私がどうしてもそれを聞く理由は、ひとえに琥珀という存在が埒外のような存在だからだ。
彼女はまさに妖怪たちから見れば極上の存在であろう。
あの魂の清純さは、それだけで一つの能力とすら言って良いほどだ。
妖怪は清純な人間を好んで喰らう。
それはそういう人間ほど美味しいという理由もあるらしいが、清純な魂を持つ人間を喰らえばその妖怪の能力自体が上がるからというのもある。
そして文字通り彼女を喰らうたりしたならば、その妖怪の能力は跳ね上がること間違いなしだ。
妖怪たちにとって琥珀とはまさに最高級の食材とも言える。
そんな彼女を紫があれほどまでに気に掛ける。
その理由が分からないのだ。
彼女のような存在を幻想郷に招き入れれば一体何が起こるのか。
それが分からない紫でもないだろうに。
「ふふ。そんなの理由なんてたった一つしかないわよ。私が――琥珀のことを気に入っているからよ」
そう言って琥珀が居るであろうほうを僅かに見つめた紫の目の今までの胡散臭い表情などではなく……ただそこには愛情の光のみが存在していた。
「あの子は本当に面白いのよ。人とは思えないほどに綺麗な子で……そして、これからどんな風に成長するのか楽しみで楽しみで仕方がない……そんな私の可愛い可愛い子なんだから」
私はそんな紫の表情をしばらく見つめた後に深く息を吐いた。
そこには確かに嘘を色はなく……紫は本当に琥珀のことが気に入っているのがはっきりと感じられたから。
本当に今日は紫の珍しいところばかりを見ることとなった。
彼女がこれほどまでに愛情めいた感情ををみせるなど本当に予想だにしなったかのだから。
「……でもだったら、何であんたは自分であの子を育てないのよ?」
「あら、可愛い子ほどいろんな場所を旅をさせてあげたいでしょ? その方があの子も成長するでしょうし、その果てにどんな風になるのか楽しみで仕方がないんだから」
そう言って、くすくす笑う紫は……恋人を見つめる少女のようであり、我が子を見守る母親のようでもあり。
その姿が、いくらなんでもあまりに普段との落差がありすぎて、逆に胡散臭く見えてきてしまったではないか……。
「…………まさか、成長させた後に彼女を食べるつもりじゃないでしょうね?」
「……あら。そんなつもりなんて全くないわよ」
そう言って、紫は今度こそ本当に可笑しそうにくすくすと笑い出してしまった。
「あぁ……でも、性的な意味でなら食べることも……」
「黙れババア!!」
ああ……もう。
どうして今日は朝からこんなに疲れなければいけないのか。
もう良いや。
とにかくまずはまだ食べていない朝食を食べにいこう。
私はそう決めて未だ何やら楽しそうにしながらこちらを見つめている紫を放置して部屋を出ていこうとした。
そうしたらどうやらまだ何か言いたいようで紫から声をかけられてしまった。
「あぁそうそう。貴方はまだ勘違いしているようだから訂正しておくわ。琥珀は女の子ではなくて男の子よ」
「…………………………………は?」
そしてこの日――最大の衝撃が私を襲うのだった。
ゆかりんは乙女。