琥珀がうちの神社に居候するようになってから今日でもう一週間が過ぎた。
その間に琥珀に色々な仕事を任せてみたのだが…………私の生活環境がとてつもなく良くなった。
例えば掃除を任せれば文字通り塵一つなく箒で掃き雑巾で拭き掃除をする。
境内から水場までを完璧にだ。
しかもそれを毎日日課の如く朝早くからやっている。
私が目が覚めたころにはいつもキラッキラの廊下と境内が私を待っているのだ。
大変素晴らしい。
そして次に料理なのだが、これは掃除以上に素晴らしい。
はっきり言って琥珀が来るまではだいぶ侘しい食事ばかりしていたのだが琥珀が来た次の日の食事は見違えるように良くなっていた。
まず何と言っても今までとの一番の違いは肉が朝食に付いて着たこと。
もちろんそんなものは我が神社にはありはしなかった。
ならばどうしたのかと問いかければ、朝一に自分で裏の山から鳥を狩って来たという。
そしてついでに食べられそうな山菜も見つけることが出来たので一緒に調理したと何でもないことのように言うのだが、何で見た目が深窓の令嬢であるあんたがそんなことが出来るのかと問いかければ旅をする間に身に着けたと言う。
まあ私としては朝からお腹一杯美味しい料理を食べられるとうになったので何の問題もないのだが。
さらにはもう既に空を飛ぶことも出来るようなので人里への買い物なども琥珀に任せている。
なので私は朝起きて琥珀が作った料理を食べその後は琥珀が入れてくれたお茶を飲みそして、また琥珀が料理を待つだけという素晴らしい生活を送れるのようになった。
はっきり言って始めはまた紫の気紛れに振り回されるだけかと思っていたが今では心から紫に感謝をしても良い。
琥珀をうちにおいておいてくれてありがとうと。
そして、それはとある昼下がり。
琥珀がいれてくれたお茶を飲みながらの落ちた付いた一時を私は琥珀と一緒に過ごしている。
隣で私と同様にお茶を飲む琥珀の表情を何となくに覗き見る。
その表情はあいかわずに、紫が居る時とは違うその無表情ながらも、何となくだけれど今は穏やかな雰囲気を感じ取る。
「ねぇ……琥珀」
そして未だのんびりと外の風景を眺めを見ながらにお茶を飲んでいる琥珀に私は声をかける。
前から気になっていたことに、いい加減に問い詰めるために。
「……なに? 霊夢……様」
「それよそれ。いい加減にその様付けはやめなさいって」
この子は何度、様付けて呼ぶのを止めろと言ってもそれを止めようとしない。
私は紫ではないのだから、いちいち様なんて付けて呼ばれても鬱陶しいだけで嬉しくもなんともないのだから。
なのにこの子は止めない。ならば、琥珀は出会う人全てに様付けて呼ぶように紫にでも教育を受けているのかとも思ったがそれもない。
一度案内の為に人里に連れて行ってやったが、その時は人里の人間とは様など付けずに普通に会話をしていた。
まぁ、この綺麗とも可憐とも言える見かけぬ白髪の少女が…………うん、見た目少女が無表情に淡々と話しかけられて村人のほうが委縮してしまっていたようだけれど。
なので私は、村人に話すように私にも話せと言ったのだけれど。
それでもなおこの子の様呼ばわりを止めなかった。
そしてそんな一部において頑固とも融通がきかないともいえる琥珀が、手に持つお茶を机に置くとこちらを振り向き、先ほどの問いに答える。
「霊夢……様は、博麗だから」
私はその答えにおやっと思った。
この子は、相手が誰であろうとも例え私が博麗だろうとも、その程度のことで紫以外の誰かを敬うような子に思えなかったから。
「……別に私は博麗の巫女だからって敬ってもらおうとか思ってないわよ」
「……でも博麗の巫女は、幻想郷の要って言った……よね?」
そうして、琥珀は私に確認するように問うてくる。
「まぁ……大切な場所ではあるでしょうね」
そうして私はその問いに首肯する。
幻想郷に最東端に位置するこの神社は博麗大結界の境界線上に立っている。
ゆえにここは見張り場所。外と内との境界を管理するのが博麗神社であり、そして博麗の巫女の役割ともいえる。
だからこの場所が幻想郷において大切な場所かと問われればそうだと答えるのが正しいだろう。
「だから……だよ?」
そしてそんな風に肯定した私に返ってきた答えがこれ。
いや……だよって言われても分からんっての。
というか、小首をかしげながらのその動作は、紫が琥珀を愛玩動物のごとく扱っているのか、何となくだが分かるかもな……と思えなくもない姿だなぁとどうでもよく思ったりもする。
「……それだけじゃ分からないからもっと詳しく説明しなさい」
というか基本的に琥珀は口数が少ない。
本人は会話自体は嫌いではないけれど、話しをするのが苦手だと言っていたけれど。
「……ここが幻想郷において大切な場所だから。紫様にとって……大切な場所だから。その場所を任されてるのが……霊夢様だから……」
あ……何となく琥珀が何を言いたいのかわかってきた。
つまるところ、それは――――。
「……だから?」
「紫様は……霊夢様を信頼してるから……大切にしてるから。だから私も……大切にする」
「あー…………」
なんとも分かってしまえば本当に大したことのない話しであったとのだけれど。
ようはこいつが大切にしているのは、博麗の巫女という名前なのではなく、結局のところ紫が信頼した存在という人間だったというだけの話なのだから。
「そんな理由で私に敬語を使う必要なんてないから、というか使うな」
その理由を聞いたうえで改めて私は琥珀に言いつける。
「……でも」
そんな私にそれでも琥珀は反対するような声を出すがそれにかぶせるように声をだす。
「でも、も何も無いわよ。そもそもその理屈だと私が紫の子分かなにか見たいになるじゃないの。良い? 私は私の意思で博麗の巫女をやっているの。例え始まりがどんな形であったとしても、今の私には紫の意思が介在する余地はないの。だから必要なら例え紫でも敵対するし、向こうだって私とういう存在が邪魔になれば敵対することもあるでしょ」
そう一気に説明してしまう。
この子はきっと、私を紫と同列視している可能性があるので、それを全て否定してしまう。
そしてそんな私の説明に対して琥珀は途中で口をはさむことなく、僅かに首をかしげながらその紅い目でじっとこちらを見つめてきていた。
「だから、私に対して様付けを行う必要なんてないの。分かった?」
もう一度確認するようにして琥珀に言いつける。
「……………………ん。分かった」
そして、それなりの間が開いたけれど、やっと琥珀から肯定の返事が返ってきた。
自分でもなぜそこまで拘ったのか良く分からないけれど、とりあえずこれで様付けはなくなるだろう。
そうして、二人で静かにお茶を飲み続ける時間が過ぎ、互いのお茶が無くなったころにふと私の口から零れ出るようにもう一つの問いを発していた。
「ねぇ琥珀。あんた……紫とどこで知りあったのよ? というか実際のとこあんたはなんでそんなにも紫にご執心なのよ?」
それはこの二人の、紫と琥珀の関係を考えれば誰であろうとも口にしとうよする問い。
けれどあえて私は今までそれを口にしたことはなかった。
はっきりと言ってしまえば、その問いにまともな答えが返ってくるとは思っていなかったから。
妖怪と人間。
幻想郷と外の世界。
どう考えたところで、そんな二人の関係がまともなはずがないのだから。
ならなぜその問いを口にしたのかと逆に問われれば、まぁ……なんとなくとしか言えないのだが。
ゆえに一度琥珀が答えを渋ったらそれで終わるつもりだったのだけれど……
「紫様とは満月に手を伸ばそうと……そう思って走り続けた山の中で出会った……かな。人形だった私が……とある男の飼われていただけだった私が出会った――望月。それが――紫様。そして紫様は私を人間にしてくれた。紫様は……私に名前をくれた……。紫様は……私に全てをくれた。だから紫様は私にとって原初の存在で……私の全てだよ?」
そう語る琥珀の口調は普段と変わらず淡々としたもので、語るその言葉は抽象的で具体性には乏しいけれど。
それでも朧気ながらに伝わってくるのは、やはりまともとは思えない内容であった。
まともな生活環境に居なかった琥珀が、出会ったのが紫ということか。
その出会いが必然か偶然かは分からないけれど。
とにかく琥珀は紫に出会い……そして魅かれた。
その過程も理屈も私にはやはり理解できないことだけれど、それでも琥珀は自身を救ってくらただろう相手として紫に魅かれたか。
まぁ……そこまでは分かってる。そこまでは分かっているのだけれど。
「でも……私は汚れているから。醜く渦巻く泥沼の底で全身を穢れに染めているから」
自身を否定する言葉。あるいは穢れの対極にいるような琥珀から語られる内容に。
思わず私は問い返しそうになるけれど。
しかしそこにある琥珀の瞳を見て思わず言葉に詰まる。
「どうしようもないほどに穢れた私だけど……でも……だからこそ――憧れた。誰よりも美しく……何よりも輝き続ける……紫様に。穢れ朽ちた薄暗い世界すらも――光り輝ける紫様に。どうしようもないほどに憧れて――」
琥珀の瞳にあるのはあるのは自分を否定するような暗い感情では無く――。
清く――どこまで澄んだ瞳でそれが不変の事実であるかのように語り続けるからこそ。
私は、ただ琥珀の言葉を聞き続ける。
「紫のそばに居たい……と。あの方のそばに居る事ができるのなら私は――何であろうともしてみせると誓ったからこそ」
なお語り続ける琥珀の瞳は変わらず澄んで見えるというのに――。
けれどどこかに感じる違和感。
あるいは……危うさだろうか。
普段はどこまでも清純で。穢れを知らない純粋無垢のような存在のようであるのに。
なのに今は……。紫について話すときには。紫のことを思い描いているときは……どこかに狂気が見てとれてしまうのだった。
普段では決して見せることのないような笑みをその口に描き。
真っ白なその肌を赤く染め。
そして紅い瞳は一体何を見ているのか爛々と輝かせて。
「あは――。紫様に憧れるのなんて……当たり前だよ? あれだけの幻想を生み出させる人にあれだけの幻想を造り上げる人を。世界を。暗く汚れて。穢れに満ちる世界を輝かせるあの方を――。……どうして憧れないことができるの?」
そしてその思いは、意思は、琥珀にとってあまりに深いところからでている。
いや……琥珀の言葉の通りならば、その思いこそが琥珀の始まりでそして全てなのだろう。
「そう……。けれど琥珀。あんたは人間で紫は妖怪よ? それでもあんたは紫のそばに居続けたいの願うのね?」
そして私のその問いに……妖怪に恋い焦がれる人間が、そして人間に恋い焦がれる妖怪が、その全てが思い悩むであろうその問いに、けれど琥珀は即答する。
「もちろん――だよ。私は琥珀。八雲琥珀。紫様がどのような存在でも――関係ない。私がどのような存在であろうとも関係ない。それでも私は紫様のそばにいる。私の――八雲琥珀の全てをけてでも――」
そう語る琥珀の顔は、相変わらず人間として目てみれば狂気の色を残しているけれど。
けれどその思いはあまりに一途で。
あまりに真っ直ぐに琥珀は語る。
その思いを否定することは決して出来ないだろうと感じる。
そもそもそれを否定することは、琥珀にとっては死ねと言われることとほぼ同義なんだろうと分かるから。
「……そう。まぁそれなら……あんたの好きになさい」
まぁ……決して共感することもできないし、琥珀以外の人間がそんな道に進むのなら間違いなく止めるけれど。
これはこれで一つの妖と人とのあり方かもなぁ……と思いながら私は最後に残ったお茶を口にする。
「……ん」
そして琥珀の方も最後に残ったお茶を飲み。そうしてお茶を飲み終え湯呑を口から離した、琥珀の表情はいつも通りのただ物静かな無表情ともいえる表情に戻っており、こうして私と琥珀とのとある午後の語らいは終わった。
「……そろそろ夕食の準備をしてくる……ね?」
「ええ……分かったわ。私はもう少しここに居るから、出来たら呼んでくれるかしら」
「……ん」
琥珀は私の言葉に僅かな頷きだけを返して台所へと向かっていった。
そうして、私は一人残って空を眺めつづけていた。そろそろ日が暮れるのか、だいぶ太陽は地平線の彼方へと沈んでいっているのが分かる。
その暗くなり始めた空に、僅かに残るオレンジ色の混じり具合は、何とも言えぬ美しさが感じられ。
夕暮れの空なんて毎日見られるものとはいえ、意識して見ると普段とは違って見えたりするものね……なんてそんなことを頭の片隅で考えながら、私は琥珀のことについて思いを馳せる。
琥珀の考えは未だ曖昧なところは多々あるとは言え、ある程度は理解した。
あの子がこれかも紫のそばに居続けようと思えば、そこに待ち受ける問題は山のように存在するけれど、まぁそれ
であの子が良いと言うのなら、それもまた一つの生き方なのだろうと思う。
それに私自身はあの子は……琥珀という存在は嫌いではない。
確かに紫に憧れるあの子の気持ちは理解できないけれど、それでも普段の琥珀は、常にこちらに気を使ってくれている上に琥珀は口下手ではあるけれど、あの子と会話をするのは好ましいとすら思っている。
それにあのどこか危なっかしいところもつあの子のことを、気が付けば色々と気にかけてしまうようになってしまっている。こういうのも一つの人徳なのだろうかと思ったりもするけれど。
だからこそあの子が、ここに――博麗神社に住むことに私自身は問題がないと思っている。
なので残った問題はやはり琥珀という存在、それそのものだろう。
突然変異か、あるいは血筋かは分からないけれど、琥珀は人とは思えぬほどの清純すぎるとすら言っていいほどの魂を持つ。
それは魂という存在をある種の概念としか捉えらぬ人間には、あまり意味をなさない。
けれど妖怪からすれば、あの子は――琥珀は、極上の食料に見えることだろう。
それこそ本来は人食いを行う妖怪すらも、血眼になって牙を立てようとするほどに。
まぁ……ある程度力のある妖怪ならば、美味しそうと思いはすれどその理性を失うことはないだろう。
それに力ある妖怪は偏に自身の存在に誇りを持っている妖怪がほとんどだ。
だからこそ、例え琥珀の魂がそれほどまで清純であろうとも、目の色を変えて牙を立てるようなこはしないだろうと……と思う。
それに一応今の琥珀には博麗の巫女服を着せている。その服が意味するところを知らない妖怪は……少なくとも知性ある妖怪は、分からないはずはないだろう。
その辺りのことをある程度期待して、紫は琥珀を博麗神社に置いたのかもしれない。
だってあいつは――八雲紫は、普段からは信じられないほどに琥珀については過保護なのだから。
色々思惑があって琥珀を自身の手元に引き入れたわけではなくて、本当に琥珀のことが気に入ったからこの幻想郷に招き入れたのだろうかとすら思えるほどにである。
そもそもが紫が与えたあの子の名前と同じ琥珀色の首輪。それ自体に何かしらの効果はないけれど、八雲紫という存在が自らの手で作り上げるというだけでそれは一つの妖具となる。
それは下級妖怪ならばそもそもあの子に手出しをしようなどと決して思わなくなる一つのお守りとなるだろうし、力ある妖怪ならばあの子の背後に八雲紫が居ることを匂わせる道具となる。
博麗神社と八雲紫。
この二つを匂わせるものを身に纏っている琥珀を、それでもなお襲おうと思う妖怪は例えこの幻想郷とはいえそうは居ない…………とは言い切れないとこがなんともなぁ……と、そこまで考えていた私はゆっくりとため息を一つつく。
そもそも、面白いと思えば例え博麗の巫女が相手でも大笑いしながら喧嘩を吹っかけてる輩が大勢いるのがここ幻想郷だ。
ならばあれほどまでに面白そうに思しそうな存在である八雲琥珀を見逃すような連中ではない。
本当に面白そうであるならば、例え八雲紫や博麗神社があろうとも、問答無用で琥珀に手をだしてくるであろう。
はぁ……このまま面倒事がなければ良いなぁ……なんて、私の勘を使うまでもなくそんなことはないだろうなー……とそんなことを思っていたところに――。
「あら……霊夢。溜息なんか吐いちゃって。どうしたのかしら?」
――ある意味において悩みの元凶があらわれやがった。
八雲紫。スキマ妖怪。妖怪の賢者。
呼び方なんて色々あるけれど、とりあえず憎ったらしいこの妖怪こそが――。
「あんたが全て悪いのよ。紫」
「酷い言いがかりですわ。私が何をしたというのかしら?」
扇で口元を覆いながらによよと泣き真似をするその姿に――イラっとした。
「それ以上やるとはったおすわよ?」
「ふふ。なら止めておくわ。けど貴方は余裕が無さすぎじゃないかしら?」
「……誰のせいだと思ってるのよ」
他人事のようなそんな紫の言葉に思わず睨みつけるように言うけれど。
紫は笑いながらに――。
「――ふふ。琥珀は可愛いでしょ?」
そんなことをのたまうからこそ。
私は思わず……言葉につまる。
「……別に。それは否定しないけれど……」
歯切れの悪い言葉を呟く私に紫は先を促すように問いかけてく。
「けれど――何かしら?」
「……琥珀は色々なモノを引きつけるわよ」
そう引きつける。それは人を引きつけるというだけでなく――物事を――あるいは異変とでも呼べば良い事柄すらも。
それが分からない紫ではないからこそ、自らあのような面倒事の塊を招き入れた意図が分からない。
そんな思いで紫を見ると――。
彼女は笑みを――それこそ楽しくて仕方がないという笑みを浮かべながらに。
「……そう。あの子は惹きつける。人も妖も神すらも関係なく――あの子はあらゆるものを惹きつける。それこそあらゆる事象の中心に来ることもできるほどの存在。それは幻想郷にとって良いことだけでなくあるいは悪いことになるかもしれないわね……。けれどそれでも私は――」
私は――?
そこで言葉を切る紫に、私は目で先を促すように問いかけるけれど。
「――ふふ。秘密」
そう言って笑うのだった。
その笑みは女の私から見ても魅力的なものであったから。
そんな今まで見せたこともないような表情をするものだから――。
「……あんた本当にあの子のことが気にいってるのね」
「だから初めからそう言っているでしょ」
私に向けてもう一度笑いながらにそう語ると――紫はふわりと宙に浮きスキマを広げた。
「あら――。あの子にはあって行かないの? 今なら琥珀お手製の料理が食べられるわよ?」
「それはとても魅力的ですけれど……。今はまだ――止めておきますわ」
紫は一つそこで言葉を区切ると、あの子の方へ――琥珀が居るであろう場所へ目を向けながらに。
「いずれきっと――幻想の華が満ちる時に。また会いましょう琥珀」
紫だけにしか理解できない言葉を残しながらに現れた時と同様に、紫は唐突にその姿を消したのだった。
「……幻想の華が満ちる時に……ね」
紫が残した最後の言葉。
何かを隠喩した言葉ともとれるそれも――けれど琥珀に語りかけときに紫の表情が頭をよぎり。
あるいは文字通りに――幻想に華を咲かせることを紫は期待しているのではないかと思えるからこそ。
「……はぁ。本当に――面倒事が無いと良いわ」
もう一つ私が溜息を吐いたところで――。
「……霊夢ー。ご飯……できたよー」
まさに渦中の人とも言える声が聞こえてきた。
それはまさにいつも通りの琥珀の声であったからこそ――。
とりあえず今は――そんな余計なことを忘れて、先ほどから漂ってくる美味しそうなご飯のことだけ考えるとしますかね。
「はいはい。今行きますよー」
そうして縁側を立ち、居間へと向かう私の後ろには……大きな大きな満月が夜空へと登ってきているところであった。
ゆっかりーん。