上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第九十五話 戦場には銭が落ちている

 上杉軍を追い返す為に葛西・大崎・和賀・稗貫の四つの勢力は一時的な和睦を結ぶという判断は妥当であり、それ以外に選択肢は無かった。

 一つの勢力が上杉に対抗することはまず不可能なこと、返り討ちに遭うどころかその家の存亡にも関わってくるのだから。

 だが、葛西・大崎は前々から対立を続けてきた間柄。しかも、現当主である葛西晴信と大崎義隆になってからはその対立が激化している。

 とはいえ新しく生えた巨木の前に自身の栄養分を取ろうとして争い続けて枯れた木々が立ち向かっても勝負は言うまでもない。

 手を組むにしても一つの均衡を支えている細い爪楊枝のような棒では簡単に倒れてしまい使い物にならない。

 それでは決して均衡を保ち続けることは不可能。均衡を保つ為に重心には支えとなるものが要るのだ。

 例えば二つの家の対立を仲介する為の別の家。しかし、それはどこでも良いという訳ではない。それなりに二つの家と接点が必要である。

 故に葛西の重臣大原守重と大崎の重臣氏家吉継はお互いの家を和睦させる為に結託して和賀・稗貫両家に仲立ちを頼んだ。

 和賀の出自及び系譜に関しては数々の伝承記録が伝えられ、一説では遠祖を源頼朝としている。また、稗貫も奥州藤原家の滅亡後に稗貫郡に入った伊達家の始祖が稗貫と改めたとされ、系譜を辿ると藤原北家、もしくは藤原流中条家の分流ともされている。

 葛西は元は桓武平氏の家流に、大崎は河内源氏の流れを組む斯波の一族であるとはいえ家格は十分であった。

 四つの家は奥州藤原氏滅亡後から鎌倉幕府より東北の治世を任せられてきた間柄である。

 和賀家当主、和賀義忠は北に稗貫郡がある為に今のところは長尾からの成り上がりである上杉打倒に全力を注ぐことが出来ると快く仲介役を引き受けた。上杉に降るという判断は有り得ない。

 一方で稗貫家当主、稗貫輝時はかつて上洛の際、足利義輝に献金をして偏諱を賜ったことがあるが、彼は元々養子として稗貫家に入った身である。

 それは乱世でも現代でもよくあることなので問題ないのだが、稗貫家の場合は問題があった。そもそも輝時の何代も前から様々な家から養子を取り、正当な血脈など無いのである。

 主家としての地位を確立することが出来ないまま、戦国大名として成長することは出来ず、稗貫郡を支配するだけの国人領主的存在となったまま今に到るのだ。

 それこそ稗貫家の臣下は養子に次ぐ養子を入れている当主に忠誠心など無く様々な意見を言ってはばらばらな方向を向いているのが実状であった。

 稗貫家が戦国大名に名乗りを上げられない最もな理由がそれだろう。

 しかし、今回だけは全員の答えが一致した。

 

「私は上杉軍恐るるに足らず。そう考えるが、皆はどう思う?」

「私も同じ思いです」

「某もです」

 

 我も我もと様々な家臣から上杉家に対抗するという考えは稗貫輝時以下、家臣一同全員が持っていた。

 最上・伊達・蘆名という東北有数の大名に力を補ってもらうことは不可能。しかし、地の利はこちらにある。

 それに意地が無ければ戦えない。最初から戦いもせずに負けることなど恥である。

 他にも理由がある。

 勝てるかどうかは別にして意地を通すということは必要であるし、上杉に降ったことで今後、その身が安泰であるかということは保障出来ない。

 大名ならばまだしも、和賀のように東北の辺境で国人衆の領主になったのがやっとのような家に温情をかけても意味がない。下手をすれば、小手森城のような仕打ちを受ける可能性もある。

 偶然、和賀が懇意にしていた行商人から聞いた話であったが、義忠の身を震え上がらせるには十分であった。

 いくらその日その日で風見鶏になることが必要な国人衆達でもこのことを聞けば待遇の良さそうな方に行きたくなるのは人間の一種の欲というもの。

 稗貫にもそのことを書状で伝え、ますます二つの家は結束を強めた。

 両者の仲介の下で葛西・大崎は和睦を結んだ。元々、上杉に対して警戒心を持っていた両家はきっかけを欲していたこともあって、すんなりと和睦が結ばれた。

 

 

 

 そして、現在に至る訳である。 

 予め大崎義隆が誘っていた黒川晴氏の離反による急襲は失敗したが、中新田城の南条隆信と逃れて来た晴氏の奮戦で上杉は足止めを食らっている。

 上杉は今、士気が落ちていることは間違いない。ここで出撃して中新田城の将兵と挟み撃ちにしてしまおうと氏家吉継は四つの家が出せる兵力全てをもって上杉との決戦を主張した。

 ところが、それに反対する輩が出てきた。吉継と同僚の新井田隆景である。

 吉継の主張に反対して、この際、上杉軍への討伐は他家に任せて自分達は後ろで万が一に備えるという名目で高みの見物をしようと

 彼女は元々、その容姿の良さから義隆の目に止まり、次第に寵愛されるようになっていた。

 隆景は新井田城の城主になった為に新井田の姓を名乗ったが、彼女には大崎家四家老の一人である里見隆成という大きな後ろ盾があった。

 隆成は隆景の父親である。彼女が寵愛を得ている間、隆成は大崎家を牛耳ることが出来るのだ。父親の家中での発言力が強まり、隆景自身も、将来は非常に大きな権力を握ることは確実となる。

 当然のようにそれを面白くないと思う者達が出てくる。

 それが氏家吉継達である。かれらは隆成・隆景親子と対立して伊場野惣八郎という小姓に接近した。彼女の父は侍大将を務めている伊場野外記という人物であり、彼女もかなりの美貌の持ち主だった。

 だが、伊場野側にほとんどの重臣達が味方したのにもかかわらず、形勢は家格と家内で持つ実権が勝る新井田側に傾き、とうとうこのような大事な決戦の方針にも関わるようになってきた。

 結局、隆景の主張が通り、大崎は万が一上杉軍が背後からの奇襲攻撃を仕掛けてくる可能性を考えて、自分達は後詰めをすると言った。

 それに食ってかかったのが、葛西晴信である。

 

「何なの!? じゃあ、大崎はあたし達を踏み台にするの!?」

「そ、そんなこと言ってないでしょ! ただ、万が一に備えてのことだってさっきから言ってるじゃない!!」

「誰? そんなこと言い出したのは!?」

「そ、それは・・・・・・」 

「はっきりしてよ! はっきり!」

 

 その後、二人の言い争いは晴信が一気にまくし立てる形で終わった。最後まで義隆は誰が方針を立てたかは言わず、隆景に累が及ぶことは無かった。

 それを見ていた隆景はほくそ笑んだ。

 一方、吉継は天を仰ぎ、隆景を呪った。彼がいる限りもはや大崎家の発展も無い。

 このまま彼を排さなければ大崎家の実権は里見と新井田が握ることになる。しかし、眼前の上杉軍をどうにかしなければその害を無くすことは出来ない。

 そんな折に敵である伊達輝宗から書状が来た。

 隆景が台頭してきた時からどうにかしようと連絡を取っていたこともあったが、今は戦場で相対する者同士である。

 訝しく思いながらも書状を開くとそれは間違いなく輝宗の筆跡だった。

 

 

 

 

 

 中国の春秋時代から日の本の戦国時代に渡って国を拡張させた者達が順調に勢力を拡大しているのは兵力や将の能力だけではない。

 所謂、金があるか無いか、その金を上手く使えているかいないかによって変わる。

 いくら戦だけが強くても食料となり、生きる糧となる物を上手く使いこなせなければ勝てないのだ。

 下手に浪費をすれば国の財政を揺るがし、民の生活を犠牲にすることになる。

 民を守るには金、兵を集めるには金、政策を実行するにも金がいる。

 そして、金はそれらだけでなく、人の心も買うことが出来る。

 稗貫家は和賀家と共に南部の侵攻には協調せずに、かの家と対立する高水寺斯波家を支援していた。

 南部は上杉家と誼を通じるように工作をして、田植えが終わった後には斯波の領内である紫波郡へと攻め込んできた。

 斯波家は敗れ、稗貫の仲介を得て和睦を結んだが、その際に南部への工作の為に斯波家と共に出した金と戦の際にしていた支援が重なって、さらに今回の戦によって金の支出が多くなっていた。

 上杉側からもその可能性が高いと考えている者がいた。黒田官兵衛である。

 彼女は密かに蘆名名義で稗貫に金を送り込んだ。もちろん、直接陣幕にではなく海路や最上領を通ってわざわざ奥羽山脈を横断して稗貫の本国にである。

 このことが留守居の瀬川隠岐守から伝えられ、隠岐守から密かに上杉側について撤退すればさらに金を送り込むという旨の書状まで黒田官兵衛という名義で送られてきた。

 夕闇の近付いてきた陣幕で稗貫家の上層部はこの書状を囲んで密談を行っていた。

 

「輝時様、これはまたとない好機ですぞ」

 

 しかし、実際に密談の主導権を握っているのは輝時ではなく、家臣達であった。専ら、輝時は聞き役になって後はただ首を縦に振るだけである。

 横に振れば、家臣達が通じている本国の百姓一揆と結託されて権力と命が無くなるのがオチだ。

 

「左様、黒田官兵衛殿といえば、上杉軍の軍師としてその才能は恐れもされる程と聞いております。そのような者からの書状ということは、我ら稗貫家のことを買ってくれているに相違ありません」

 

 家臣の大迫右近は出陣前まで「上杉討つべし」と息を巻いていた人物である。それが今ではこうして上杉の肩を持つような発言を普通にしているのだから輝時は笑うことしか出来ない。

 しかし、財政難に陥っている現状を考えると上杉からの献金はありがたいのは確かだ。

 

「・・・・・・ここは素直に上杉の温情にすがるとしようか」 

「ご英断です」

 

 皮肉ったような右近の物言いには呆れる。「早く決断しろよ」という不満が滲み出ている。

   

「しかし、理由は如何する?」

 

 正当な理由が無ければ、もし仮に今回の討伐で上杉が中新田城から撤退した場合は稗貫家は三つの家々を敵に回すことになる。

 たしかに上杉を味方にすることが出来るが、四つの家の中で最も遠い土地に位置する稗貫は南部と対立する高水寺斯波氏の影響を最も受ける間になっている。

 上杉の工作によって南部が上杉家与党になっている今、もし撤退などすれば疑いを持った斯波からの攻撃を受けることは免れない。

 

「国で一揆が起きた、とでも言っておけば良いでしょう。国元の大事は何にも勝ります」

 

 一揆と繋がっているのに淀みなく国の大事がと言える神経には呆れるしかない。しかし、一揆以上に警戒することもある。

 

「斯波殿にはどう対応する?」

「南部に書状を送り、我々と挟み撃ちにすると誘うのです」

「だが、上杉が・・・・・・」

「それほど不安であられるなら、上杉から頂いた金を送り返せばよろしいではありませんか」

 

「(これだ・・・・・・)」と輝時は内心、天を仰いだ。

 家臣達は稗貫に仕えていることで自分達の家の存続と権力を握る為のことしか考えていない。

 今回の金のことだって稗貫家の財産ではなく、自分達の財産のことを考えてそれなりに稗貫家には持っていかれてもあれを仲良く平等に、なんて考えてもいないのだ。

 今回は上杉が中新田城で行き詰まっているからこそ立てた策である。しかし、家臣達はそのようなことに踊らされていると考えもせずに金だということで目を輝かせ、上杉に対する見方を手の平返しのように変えている。

 仮にそれが上杉の想定内であるとすればの考えを持っている者などいない。いたとしてもどうにかしてくれると考えているに違いない。

 呆れている輝時をよそに右近はすぐに立ち上がって兵達に指示を与える為に去っていった。他の家臣達もそれに追従する。ただ一人、輝時だけが残った。

 

「(俺達も飲まれるのか・・・・・・)」

 

 

 

 

 稗貫の撤退は葛西・大崎に衝撃を与えた。しかも、お互いが疑心暗鬼になっている時という非常に間の悪い時期というのがなおさら疑心暗鬼に滑車を与えた。

 和賀は残ると誓っているが、それを聞いても信用出来ない状態に稗貫はさせ、葛西・大崎から疑いの目で見られるようになり、大崎と葛西では互いに稗貫に何かを吹き込んだと表立ってではないが、暗にそう思うようになっていて、大崎陣内では吉継が隆景の愚策が稗貫の撤退を間接的ではあるが、導く結果になったと非難すると隆景は吉継の仕組んだ謀略というでたらめにも程がある主張を始めるなど、派閥同士での対立が表面化し始め、収集が付かなくなった。

 さらに悪いことに黒田官兵衛の名義で大崎宛てに送られた書状が見つかったことである。

 偶然、巡回中の兵が間者を見つけ、捕らえた際に間者の懐に入っていた物であったが、内容が金を送る故に軍を返して欲しい。今ならば、大崎の存続を約束するというものであった。

 葛西には全くそのような書状は送られてはいないし、葛西のことはその書状には書かれていなかった。

 敢えてそうしたという考えが出てくるのは当然のことであった。

 言いがかりと反論に葛西・大崎は集中してしまい、心ある者がどれほど諫めようと隆景が義隆への忠告への道を閉ざしてしまう為に援軍どころではなくなってしまった。

 天は大崎家を見捨てたのか。

 外では雨が降り注ぎ、天井が音を立てている。その天井の下では吉継が沈痛な面持ちで腕を組んでただ考えていた。

 蝋燭の灯火は吉継の目の下に出来た隈を鮮明に映し出し、彼女がどれほど考え込んでいるのかをよく物語っている。

 吉継自身、大崎家への忠誠心が無くなった訳ではない。

 ただ、美貌というそれだけの武器で成り上がった隆景とその父、隆成を恨んでいるだけだ。

 大崎家がかつては奥州探題の名の下に東北を席巻していたのはもう過去のものとなり、吉継は大崎家は戦乱が終わるまで続いていれば良いと考えていた。

 しかし、隆成・隆景親子がいる限りは大崎家は保たない。仮にどこかに属していたとしても存続していれば大崎は名を残すことが出来る。

 そう信じている吉継に立ち止まり、諦めるという選択肢など無かった。

 

 

 

 東北の秋風は珍しいことに緩やかに南から北へ、上杉軍に追い風へとなっていた。

 親憲と官兵衛は二人で議論を重ねている間に入ってきた報告で呆れつつも戦が次の段階へと進んだことを確信した。

 

「運も実力の内と言いますけど、此度は本当に運が良かったですな」

「本当、自分達で勝手に揉めて敵の間者に全く気付かないんだから呆れるよ」 

 

 今回の新井田隆景と氏家吉継の対立についての情報は本当に偶然の産物であった。

 元々は、敵の保有する戦力がどれくらいのものであるかを調べる為に派遣した間者であったが、敵は内側の統制に目が行き過ぎた為にかなり奥まで潜入が出来たらしい。

 普段なら派遣した間者の半数近く、ひどい時には三分の一以下は帰って来ないのだが、今回は三分の二から四分の三近くも帰って来ているのだからそれだけでも状況は十分に分かる。

 工作に時間が掛かり、秋先に出陣して一ヶ月以上は経ち、大分木の枝が寂しくなってきたが、策が徐々に進み、上機嫌にしている官兵衛に対して親憲は訝しげに首を捻り続けている。

 

「ところで、この敵の動きには我々の書状が敵に渡ったという噂が出てますが、まさか過失があったのでは?」

「あたしがそんなへますると思う?」

「・・・・・・なるほど、敢えて向こうに知らせたと、さすがです。では、今一度城に降伏勧告出しては?」

「いや、こっちがいくらへりくだっても向こうは多分降伏しないと思う。だから、ここは別の方向に目を向けよう」

「別というと・・・・・・なるほど、それなら和賀も撤退せざるを得なくなりますね。そちらは任せます。責任は某が持つので十分にやって下さい」

 

 配下の者が主君より全幅の信頼を置かれて悪い気にならない訳がない。

 上機嫌に一つ頷くと官兵衛はもう一度書状を認め始めた。

 将とは違い、その日その日の生活が良ければそれで良い兵達を釣るのは今の状態なら簡単なことだった。

 しかし、それこそが官兵衛の思う壷であった。

 彼女は元々東北の国人衆を信用していなかった。

 畿内・西日本を見てきた官兵衛から見て東北の国人衆は明らかに自分達の利益を優先して日和見主義の者達が多かった。例えるなら、美濃の国人衆達と同類かそれよりもひどい。

 軍師という立場からするとそのような連中を生かして手懐ける選択をすれば、手を焼くことになると考えていた。

 東北という畿内に進出する際に背後になるにしろ、色々と悪条件が重なり過ぎている。

 特に金が一番かかるのは良くない。大名の中でも有数の財力がある上杉家とはいえ、使える量は官兵衛の弟子である龍兵衛が必要な時以外は徹底して制限している為になかなか持ち出せるようなことは出来ない。

 金は天下の回りものという言葉もある通り、無駄な支出は国の根幹を揺るがすことになりかねない。

 そして、今回の手懐ける為の金も実際は無駄な支出である。

 金で忠誠心が出来るのならば苦労はしない。しかし、金が無ければ最低限の忠義は出来ない。

 蘆名や最上、伊達は忠義がある故に官兵衛も認めている。

 一方で稗貫や和賀といった忠誠心の無い者達の間に人情というものは無い。葛西・大崎は先見の明がありながら、無謀な戦を仕掛けて国を乱そうとしている。

 ならば、こちらも人情など捨てて、容赦なくその連中を殺し、土地を頂いてしまうまで。

 上杉家の勢いといざという時は恐怖を用いるという斯波や南部への脅迫の為にもかれらには犠牲となってもらうことにしよう。

 策を伝える為、官兵衛は親憲に対してほくそ笑みながら口を開いた。

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