上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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メリークリスマス


第九十八話 決め時

 官兵衛が事の詳細を聞いたのは夕暮れ時に差し掛かった時だった。その頃には城内の戦後処理は大方終わり、後は纏めた屍を埋めることぐらいだ。

 軍師であまり体力も無い官兵衛はただ兵達に指示を出して後はぼーっとしていただけだが、何もしないというのは彼女の性分からして無理である。

 普段から戦の際も策に使えそうな場所を自ら足を運んで見るような性格なのだから。その代わりとも言うべきか、官兵衛には動きたい好奇心があってもそれに伴う何かを持ち上げて運んだりするような力が無い。

 何度美濃にいた時は友人と共に弟子が楽しそうに兵糧の為の米俵を両腕に抱えて持っていた光景を指を咥えて見ていたことか。その度に黒い感情が湧き出ていたこともあったが、今は気にしないでおくことにする。

 戦はこれからが本番だというのに懐かしいことを思い出している自分に気付いて、頭を一人ぶんぶんと振るとそれを見て呆気に取られている兵達に誤魔化す為に鋭い声で指示を出しながら慌ててその場を去った。

 そのまま城内を宛もなくうろうろしていると親憲からのお呼びがかかった。

 

「少々面倒なことになりました。実は古川城に中新田城の残党が徐々に入っているらしいのです・・・・・・」

 

 親憲は景家の下から来た使者から聞いた話と古川城と名生城に放った斥候から入った報告を全て事細かに話した。

 聞き終えた頃には夕暮れ時がすっかり夜に変わってしまっていた。

 官兵衛はそろそろ名生城の内部に入り込むべきだと言う親憲の言葉には反対を示した。

 

「せっかくこのような機会が巡ってきたのですから。黒田殿も待っていたことでしょう?」

「だからって、今使えば古川城に逃げ込んだ将達が黙ってない。いくら寡兵でもこっちに来られたら時間の無駄だよ」

 

 親憲から古川城に晴氏と古川忠隆が入ったことは言うまでもなく聞いている。古川城自体はさほど脅威ではない。だが、人によって少ない兵も大軍に変わることが出来る。

 かれらは官兵衛が見る限りはおよそ二倍から三倍ぐらいまでは必ず増やすことが出来る。

 時は既に有限の刻を超えようとしている。今の時点で最優先にするべきことは名生城を早く陥落させて大崎を討つこと。

 既に大崎家内の火種は暴発寸前だが、発火させる為の合図の狼煙は上杉が持っている。

 官兵衛はもし今発火させれば古川城にも燃え盛った火種が古川城にも飛び火してしまい戦略通りの勝利が出来なくなる。

 もっとも、戦略通りにいかないのが戦である。

 今回は速さを重視した戦略を冬前に決着を付ける為に立てた。故に、確実性に綻びがある箇所がある。それが正しく今出て来た。

 直ちに名生城に火種を投げ込めば、名生城へ進軍する前に古川城の将兵が上杉軍に城を出てでも止めに掛かるだろう。

 一方で、無視して名生城で時間を取られれば、古川城は上杉軍の背後を脅かすことになるが、景家率いる別働隊が後ろからやってくることを考えると晴氏達が古川城から出ることは難しい筈だ。

 ここは狼煙の上げ時を間違えれば、速攻の勝利が遠退く。

 景家達を待って万全の状態を整えて古川、名生を順に落として行くことは下策。ならば、最低限の休息を与えてすぐに名生城へと向かうべきだ。

 

「兵達に城が整い終わったらすぐに出立するように伝えよう。後、例の書状はあたし達が名生城に着く頃に送っといて」

「分かりました。柿崎殿には進軍を速めて古川城に向かわせる。それでよろしいですね?」

「いや、古川城には本庄殿が抑えているだけで良いよ。景家にはすぐに名生城に来るように伝えて」

 

 名生城さえ落とせば古川城は袋の鼠。玉砕覚悟の突撃か全面降伏をするかは晴氏と忠隆次第だが、あまり希望を持った判断はしない方が今後の為になる。 

 切り札を出す時はまだだが、近いのは確かだ。準備は整う。後は狼煙を上げるだけだ。

 時は少ないが、主導権はこちらが未だに握っている状態に変わりはない。仮に火種の発火時が冬を越すことになろうと兵達からの不満は最小限にするような処置は取ってある。その旨を知らせる書状を越後にも既に送った。

 内実、親憲と官兵衛はまだ年内の決着を諦めていなかった。収穫前の決着はほぼ不可能になったとはいえ、冬前の決着は可能性がまだあると踏んでいる。

 葛西が後ろに控えている為に大崎を下していない今では難しいかもしれないが、冬前に決着を付けないと支援物質を送る政景の隊が使う道が豪雪にて塞がれることも考えられる。

 そうならないように多めの物質を届かせるように指示を出したが、物質が来ない。その理由が道を糧道を塞がれたと兵達に知られるのは士気に影響する事態だ。

 箝口令を出したとしても潜伏しているだろう間者がせっせと情報をばらまいていくのは目に見えるように分かる。

 兵達からは休む暇が少ないと不満が出るかもしれないが、それ以上に軍師として官兵衛が気にするべきことは東北の冬の中で凍死や兵糧不足になることだ。

 勝っている軍に不満で敵に降るような輩が出るとは思えないが、凍死を出すことや兵糧不足は不満以上に軍を預かる者としてやってはならないことである。

 今のところは主導権をこちらが握っていることに変わりないが、風が吹けば飛んで行ってしまいそうな状態である。

 

「三日後に出立、それでどうでしょう?」

「うん、それが妥当かな」

 

 お互いに思惑を話し合いながら最後に頷き合うと官兵衛は立ち上がって親憲の使っている部屋から辞す。

 外は既に闇夜に包まれている。

 その中で戦での疲れもあるというのに篝火を焚いてまで戦後処理に励む兵達を見ているとやはり皆の本心は早く故郷に帰りたいという思いが強いのだろうと分かる。

 官兵衛自身は故郷という場所からは既に見切りを付け、父にはいざという時の策を出立する際に言っておいた。

 しかし、未練が無いという訳ではない。故に兵達の気持ちもよく分かる。年貢を減らすと言っておいたが、口約束で何ら確実性が無いことは少し考えれば分かってしまう。

 気付いても不安にさせないようにすることで軍全体の士気を維持させることが出来る。速さが問われる戦を前に官兵衛自身、身震いを禁じ得なかった。

 一見不可能なことを可能にする。軍師冥利に尽きるというものをやれる機会が巡ってきたのだ。

 策略によって相手を嵌めることを心から楽しみとしている彼女からすれば、南条隆信や黒川晴氏という策士に相対することも面白いことだったが、味方の不利な状況をひっくり返すのもまた一興。

 官兵衛の悪い性格だが、弟子が似てしまったことを知るのはまた後の話である。

 星空が広がっている。官兵衛は欠伸が出そうになったが、必死に堪えた。眠りに付き、夢を語るにはまだ時が早い。

 しかし、夢を語れるような余裕が出来る上杉は強い。現実はまだただの夢として上杉の夢を飲み込もうとしているが、謙信も家臣達も現実を見ることが出来ている。

 それが大崎家の家臣の間にあるものとの大きな違いだ。大崎家は夢のような明日を見るよりも現実の今日を見るべきだった。外の脅威が如何なるものかよく知るべきだった。

 官兵衛はつくづくそう思い、ほくそ笑んだ。幸いにもこれから知ることが出来る機会が大崎には巡ってきている。思う存分外の敵を前にしてどれほど内側の憂いは怖いものなのか。外の脅威はどのようなものか教えておくとしよう。

 もう一度、星空を見上げると官兵衛は一人で策も浮かべていないただ子供のような無邪気な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 葛西家の大原守重は実に不愉快な気持ちになっていた。

 氏家吉継との会談を先程まで行っていたが、お互いに言い争っている間に中新田城の陥落を伝えられ、取り敢えず、会談を中断してお互いに善後策を練ってからもう一度話し合おうということになった。

 だが、良い策が浮かんでも、現状を考えると葛西と大崎の間にあるお互いの利益のことについて、都合を話し合って終わりになることは分かっていたからだ。

 意味のないことに時間を無駄にすることを嫌いな守重にとっていらいらを増幅させるのに十分だった。

 

「それもこれも、晴信様に忠誠を誓わない奴らのせいだ・・・・・・」

 

 一人ごちても何も解決する訳ではない。ますます守重はいらいらを募らせていく。

 元々、葛西という家は戦国時代初期から領内での内乱の為、統制に苦しんでいた。

 葛西氏家臣の所領は、郷単位となっていて、地頭である家臣は邑主などと呼ばれていた。室町時代になると采郷のなかに采地が分けられ、新入りの地頭や合戦における行賞などで分かち与えられた。

 当然、采地となる場所は本来の郷主の手の及ばないところであったと思われるが、郷主としてはみずからの所領を侵略されたように思われ、至るところで所領争いが引き起こされ、それが葛西領争乱の複雑な要因ともなっていた。

 現在の当主である晴信は決して凡庸な人ではないことは守重以下、心ある家臣達は誰もが知っていた。戦国大名化へと発展出来なかったのはその仕組みのせいだということを。

 守重は葛西の重臣として寺池城で起きた及川頼家と千葉信近の口論から発展した及川氏の反乱、及川騒動を鎮圧し、重臣の一人として葛西家の為に様々な邪魔者を排してきた軍事において主家を支えてきた剛直な男である。

 一方で、状勢を読むことにも長けていて、大崎との因縁を忘れて一時は上杉という脅威の為に手を組もうと晴信に斡旋したのも彼の業績だ。

 数ヶ月前のことである。幸いにも大崎家も氏家吉継という上杉に対して守重同様に危機感を募らせていた者がいた。二人は文書や直接話し合うことで意見を交換し、葛西・大崎同盟の準備を進め、その過程で、稗貫や和賀といった大名へと名乗りを上げれなかったものの、北の有力な国人衆に頭を下げてまで仲介を頼み、同盟を成立させることに成功した。

 しかし、儚くもその努力が脆く崩れ落ちようとしている現状に腹立たしさが心の内に芽生えてきた。

 稗貫が突然、国内で内乱が起きたと見え透いた嘘を付いてせっせと撤退してしまった。

 守重はこのことをすかさず高水寺斯波家に密使を通して、すぐに後背の憂いを絶って欲しいということを伝えておいた。

 今頃は、四つの家で組んだ同盟から脱退したことに後悔しているだろう。

 だが、他家のことを気にするような状況ではなくなった。守重の主である晴信と盟友な筈の大崎義隆との間で前々からあった軋轢は、一時は有利であった戦況の中で生まれた余裕のせいで以前よりもさらに深まった。

 無くなった筈だという希望的な願望を持つ程、守重も甘い人物ではない。ただ、家の為には私情を捨てて欲しいという気持ちはあった。無ければ、葛西・大崎共々、上杉の波にあっという間に飲み込まれてしまうことは分かっていた。

 輝宗を一時は孤立させるなど有利な展開に持ち込むことも出来た。それは上杉が奥州を完全に掌握する為に始める戦の理由付けと分かっても中新田城の活躍で上杉の進撃を食い止めることが出来た。

 そこに古川城や名生城の大崎軍本隊と共に葛西が攻撃を仕掛ければ、間違いなく勝てた。しかし、勝てるという思いが大崎に邪念を持たせてしまったのだ。

 上杉が強いことは間違いない。故に、葛西・大崎は大きな危機感を持って強大な勢力に挑もうとした。その脅威が消えようとしたのが原因だった。仕方のないことだったのかもしれない。今を生きることに余裕が生まれるとその後のことを考えられるようになったのだから。 

 大崎義隆から突然、羽州の最上家や斯波のことが気になる故に自身の隊は後詰をすると言い出した時。守重は真っ先に吉継に視線を送った。

 吉継は大崎と葛西が争い合う状況を憂いていたにもかかわらず、何も知らないように平然としていた。

 

「氏家殿」

 

 軍議が終わると守重はすぐに吉継の下に駆け寄った。怒りを押し隠した内心を見透かしたように吉継は「申し訳ない」と頭を下げた。

 

「私では・・・・・・もう、上杉に対抗する策を考え出すことは出来ません。後は、よろしくお願いします」

 

 立ち上がって、再び頭を下げると表情を崩さずに去って行った。守重はただ何も語るなというその背中を眺めることしか出来ない。

 部屋を出ようとした瞬間、何かを思い出したのか吉継は振り返ると守重に目を合わせた。

 

「言い忘れましたが、新井田に関わらない方がよろしいですよ」

 

 そう言うと吉継はすっとお辞儀をして今度こそ出て行った。

 もちろん、守重は分かっていた。大崎の後詰への移動について吉継が知らない訳がない。大崎家の重臣中の重臣に対しても義隆が黙って国の大事を勝手に決めるようなことをするとは思えない。

 だとすれば、吉継にも抑えられない大きな力が動いているとしか考えられない。

 大崎家の中でも多大な力を持つ彼女を抑えることが出来る人物は自ずと限られてくる。駄目だと思うことは諫言を行う吉継が出来なかった人物。元は大崎と対立していた葛西の家臣である以上、分からない者はいない。

 新井田隆景と伊場野惣八郎との対立は聞いていたが、まさか大崎家四家老の立場にも影響が及んでいるとは思ってもいなかった。

 だが、冷静に考えれば隆景の父である隆成のことを考えると当然のことだと思わざるを得なかった。

 四家老の持ち合っていた権力を一つに集めることが出来る好機が巡ってきたのだ。欲のある者が腰を上げることは必然である。

 吉継達が権力争いに負けたことを察して守重は天を仰いだ。このままでは吉継と苦労の末に辿り着いた上杉を撃退するという策が根本的にひっくり返り、敗北への道筋が見えてしまう。

 しかし、先程言われたようにこれ以上は、吉継を頼ることは出来ない。

 守重の属する葛西家、吉継が属する大崎家。その間に出来た大きな溝によって誼を通じている二人のことを勘ぐる輩が出てくる可能性がある。

 それを元に讒言でもされれば、二つの家の間柄は完全に崩壊する。

 

「(如何するべきか・・・・・・晴信様が打って出る決意をされれば良い。されど、おそらく無い。新井田め、ここに来て下らん策を用いよって・・・・・・)」

 

 誰もいなくなった評定の間に舌打ちの音がはっきりと響き渡る。生来、気の短い守重はすぐにでも隆景の下へと怒鳴り込みたい気持ちを持ったが、先程言われた言葉のおかげでどうにか抑えることが出来た。

 だが、吉継自身も隆景に対して随分な妬みを持っているに違いない。以前の合同で行われた評定では隆景のことを「新井田殿」と普通に呼んでいたにもかかわらず、先程の物言いには明らかな侮蔑と怒りが混ざっていた。

 吉継が自分を抑えているのは家のことで大崎家を滅亡させまいという思いがあるからだろう。

 たしかに、吉継の言葉ではないが、家を越えた家臣同士の喧嘩は上杉に隙を与えるだけだ。

 

「今は、中新田城が落ちないことを祈るしかないのか・・・・・・」

 

 歯痒いのは誰もがそうである。上杉のこと以外に先の家中での権力を考え始めた者達を除いて。

 

 

 

 

 現在、守重が最も恐れていたことが起こってしまった。葛西・大崎に関わらず、心ある者達はその報告に天を仰いだり、絶句する者など中新田城陥落の報告に対する反応は人それぞれだったが、葛西・大崎に関わらず、共通しているのは大崎の領内での上杉の防衛は名生城と古川城のみとなり、大崎の命運は葛西の救援次第ということになってしまった。

 葛西からすると大崎は荒れた時の海の防波堤のように欠かせない存在である。そもそも、二つの家は強大な上杉を相対するに至って一蓮托生の間柄。

 気付いていた者は最近から因縁を捨てていた。気付かぬ者も上杉のことを侮っていた訳ではないが、互いの家に対する不信感を拭えきれずにいた。

 ほとんど者はそうかもしれない。しかし、守重達のように全ては上杉を追い返した後と考える者達と今から互いの家に牽制を入れて上杉を追い返した後にすぐにでも有利にことを運べるようにしようという者達のせいで上杉と互角に戦っていた中新田城を見捨てることになった。

 中新田城陥落の知らせはますますお互いの家に対しての不信感を募らせるには十分であった。かれらはお互い同士を直接的ではないにしろ、皮肉や嫌味を言った。

 大崎では吉継達と隆景達がお互いに策の失敗の責任を決め付け合い、罵り合う始末となっているらしい。

 結果的に、吉継が自身の居城に徹底して後方支援に回ることで一応の決着を付けたという。

 聞いた時には守重は隆景にますます呆れ、隆景に憎悪の念を抱いた。

 原因の違いがあるとはいえ、かつては自分達にも同じようなことがあった為、吉継の気持ちはよく分かる。

 ここで吉継が退いておけば、隆景に権力は集中するが、彼女に抵抗する者がいなくなる。渋谷達四家老の言葉よりも隆景の言葉に重きを置く義隆にとっても口うるさい者がいなくなるので気軽になっただろう。

 忌々しいと守重は感じたが、逆に一つの方向に向けさせる好機と見ることも出来る。

 今後を託された身にとって、隆景とこれからは上手く調整を行おうと決意を固めた次の日、まさかの事態に守重は気が動転してしまった。

 氏家吉継が岩出山城で挙兵し、謀反を起こしたという報告が入ってきたのだ。




ミスターローレ○ス
(古っ!)
ごめんなさい。
今年はこれで終わりです。皆様よいお年を
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