上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

107 / 207
明けましておめでとうございます。
今年はこの作品の完結を目標に精進して参ります。よろしくお願いします。


第九十九話 依存

 中新田城の修復も佳境を迎えたのを見計らって親憲と官兵衛は残しておく部隊に後を任せて出立を命じ、そろそろ名生城へと到着するという所で伊達・蘆名らの諸将を召集した。

 

「今、名生城からはおよそ三日掛かる所にいます。これから私達は半日程休息をして、名生城に向かいます。村上寺が我らに協力すると通達を出していますのでそこを本陣として名生城を落とします」

 

 村上寺は平安期の初期頃、坂上田村麻呂が蝦夷征伐の際、将兵の安全を祈る為に建立したものと伝えられる真言宗の寺院である。謙信が真言宗を信仰していることもあって、協力してくれるように予め使者を送っておいた。

 その際、官兵衛が使者に持たせたのが金銀であるが、僧侶の一部を除いてすぐに受け取ってしまったことを聞いた時は半ば官兵衛も呆れたことは余談である。

 軍議という公の場所である以上、普段は堅苦しくない官兵衛も長い説明を敬語を使って話している。

 上杉軍の将の中には下を向いて必死に笑いを堪えている者もいるが、官兵衛の後ろで親憲がそういった者達に鋭い視線が向けている為、視線が刺さった者達はすぐに真剣な表情に変わっている。

 一方、官兵衛の口調のことなど気にせずに先程述べた官兵衛の大体の軍略に疑問的なことを感じた者達は隣同士で話し合いを始めている。

 その中で政宗が代表して手を挙げた。

 

「古川城は如何する?」

「我らはかの城を攻めることはしません。後詰の柿崎殿と本庄殿に委ねます」

 

 納得したように政宗は頷いたが、今度は、その隣に座っていた景綱が口を開いた。

 

「たしかに敗残兵の多い古川城はたしかに動けるような状況ではないでしょう。しかし、名生城には大崎家四家老の下、大崎の本拠として厳重な装備を備えていると思われます。冬のこともありますし、何か策を用いた方がよろしいのでは?」

 

 景綱の物言いは敢えて上杉軍の中で秘匿としている策があると察していて、それをなるべく早く聞いておきたいという思いが見て取れる。

 実際、この軍議で予め詰めていた策の大体を言う予定だったので問題はない。

 

「伊達殿には既に支倉殿をお借りする際に少々お話し致しましたが、そのおかげで準備は既に終えることが出来ました。まずは・・・・・・」

 

 官兵衛は四半刻掛けて名生城と大崎の中にある猜疑心を利用した件の策をざっと説明し終えると親憲がそれぞれの役目を振り分けて大崎との最後の戦に向かうという思いを一つにした。

 

「この戦にて上杉が京に上れる日を実現可能にするかしないかを分ける重要な戦となります。後々の為、背後を固める重要な戦であるということを忘れずに戦に挑んで頂きたい」

『はっ!』

「・・・・・・しかし、曇り空が増えてきましたな」

「この辺りは冬が近くなると風も出てくるらしいから、寒くなるにつれて早く物資が減っちゃうよ」

 

 軍議が終わり、親憲と官兵衛のみとなった陣幕。二人で調整を進めて、きりの良いところで外に出て空を見上げると太陽など出る幕が無いという程に厚い雲に空は覆われている。

 冬になれば、火を起こす為の木材や身体を暖かくさせる為の食料など必要なものが減る割合が早い。名生城まで行けば、城内の兵糧で補うことも出来るのでなるべくそこまで冬前に行きたい。

 

「いっそ、この辺りの住民に臨時収入でもさせる?」

「変な冗談はよして下さい。某だから良いですけど、直江殿あたりが聞けば、今にでも黒田殿の首が飛んでいましたよ」

「分かってるよ。あたしだって人を選んでます」

 

 そんな四方山話をしていると報告に来た兵がやってきた。

 

「申し上げます。敵方に不審な動きあり。古川城の兵が突如として名生城に撤退し、古川城を破棄した模様」

 

 上杉軍にこの知らせが入ったのは中新田城を出立して三日程経った日だった。

 景家が到着する前に古川城の兵が迂回して中新田城を奇襲する可能性を考えた官兵衛は大内定綱を予備の為に残しておくことにした。

 とはいえ、ほぼ古川城を無視して名生城に迫ろうという策を使って戦おうとしていた日に舞い込んできた報告には二人共拍子抜けした。改めて官兵衛が古川城を地図上で見てみると上杉軍は横切るような所まで来ていた。当然、夜襲を恐れて、古川城には近付かないように動いているが、ここまであっさりと撤退することには怪しむしかない。

 

「たしかに妙ですね。何か分かり次第すぐに報告するようにして下さい」

 

 親憲が指示を出すと兵は返事を返してすぐに去って行った。それを見届けると親憲と官兵衛は食い入るように地図を見始めた。

 そこには先程までの眉間に皺を寄せた表情はなかった。

 

「黒田殿の言う通りになりましたな。問題はいつ頃氏家の動きが皆の耳に入るかでしょう。それまでに新井田隆景は動くと思いますか?」

「いや、たぶん岩出山城には父の里見隆成が出ると思う。新井田は名生城で首を引っ込めるしか頭にない筈だよ」

「主君を盾に、降伏を促して自身の身も守ると・・・・・・少々、話が良過ぎる気がしますね」

「いるんだよ。世の中にはそういう都合の良い話が大好きな輩共が」

 

 吐き捨てるように言う官兵衛の頭には思い出したくない記憶が蘇ってきた。戦前に悪いことを思い出した故に出てきた怒りの気を静める為に深呼吸を何度かすると改めて親憲に向き直った。

 

「取り敢えず、支倉殿に早く戻ってくるように伝えておいて、名生城に行こう。そしたら、さっさと大崎攻めを始めよう」

 

 敵にとってこれからが家の存亡を賭けた決戦であることは軍師である官兵衛が一番よく知っている。故に死に物狂いで立ち向かってくるだろう。にもかかわらず、言い方が何も考えていないような人の言い方のようにさっぱりしていて、簡単に「さっさと」という単語が出てくるのが官兵衛である。

 その姿を見て呆れるように溜め息を吐く親憲に対して官兵衛は策が上手く行って実にご機嫌そうだった。

 

「楽しそうに見える?」

「ええ、とても」

 

 自分の姿が楽しそうに見えるのだろうと思ったからこそ官兵衛は親憲に聞いてきた。

 親憲も官兵衛が楽しそうに見えたからこそ尋ね、返答を聞いていつもの軍師冥利に尽きることとは違う何かによって自然とご機嫌そうに見えたのだと悟った。

 

「まぁ、たしかに軍師としてさ、こういうことをするのは楽しいよ。でも、する相手が善人だとあまり乗り気じゃないんだよね~」

 

「あはは~」と誤魔化すように笑う官兵衛を見て親憲はますます分からなくなった。

 善人さえも騙すのが軍師であり、当然のことである。

 普段から一見子供っぽく駄々をこねることがあるが、決してやたらめったらと本心を明かすようなことはしない軍師らしい人を食ったような一面を持つ官兵衛のこと。何かあると思っていたが、言いにくそうにしている女性にわざわざ無理をしてでも聞こうとする親憲ではない。

 

「懐かしいことを思い出すとさ、人って自然と笑みがこぼれることってあるじゃない?」

 

 そう思った親憲がさっさと立ち上がって出立の準備に取り掛かろうと陣幕を出ようとした瞬間、その背中に声が掛けられた。

 

「それは、播磨のご実家のことですか? それとも・・・・・・」

「後者の方だよ。決まってんじゃん」

 

 足を止め、ものは試しと聞いてみたが、仮にも実家である筈の家をきっぱりと拒否することはないと思う。親憲は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 着々と毛利が勢力を伸ばしているとはいえ、播磨も国人衆や豪族が勢力を争っていて策を要する筈だが、こういう性格だから策を講ずる際に国人衆の影響力が色濃く残っていてそれを粛清していた斎藤道三の下の方が刺激が強く、美濃の方が官兵衛にとっては楽しかったのだろう。

 そんな親憲の心情を察したのか官兵衛はもう一度座り直すように向かいの席に親憲を招く。

 

「あんま人に言う気なかったんだけどさ。水原殿なら良いかな~って思ったんけど。良い?」

「構いませんが、某に伝えるのは如何なものでしょうか。昔話なら春日山に戻り次第、龍兵衛殿に言うのがよろしいのでは?」 

 

 たしかに、過去のことには一切知らず、何も関係ない親憲の言うことはおかしいと考えるのが当然である。しかし、官兵衛はいやいやと手を顔の前でひらひらさせた。

 

「面と向かって言うのが恥ずかしいと思うことってあるじゃん。ほら、色々と・・・・・・」

 

 官兵衛はまた「あはは~」と頬をかいて顔を染めている。内心にやっとしながら親憲は聞いてみることにした。

 

「恋、ですか?」

「だったら普通同性に相談すると思わない?」

「ですよね」

「それに、さっきの恥ずかしいっていうのは半分冗談だし」

 

 ぶすっと拗ねてしまった官兵衛はどこから見ても少女である。師弟恋愛をちょっと期待したが、真顔に戻ってもっともな言い方をしたことにがっかりしたのは親憲だけの秘密である。

 

「懐かしいことって、楽しかったこともあったけど、嫌なこともある。あたし達は嫌な思い出の方が多いからそれを知っている二人同士だと話すとどうやっても碌なことにならないんだよ。いっつも話が途中で脱線しちゃってはあっちこっちに話題が行って、最後には何の話だったけってなるんだ」

「ほほう」

 

 少しだけ親憲は興味を覚え始めた。決して詮索好きという訳ではないが、同じ家に仕える者として同僚の人間性を知っておくことも必要である。

 

「美濃にいた時はあたしも驚いたんだけど、龍兵衛ってすっごい残酷な一面を持ってるんだよ」

 

 この暴露発言には親憲も少し驚いたように目を開く。ひねくれているところもあるが、優しい一面を持っている。民や配下を問わず、普段は困っている人にはそれなりの支援をしたりと彼なりに手を差し伸べることがあるのを親憲は知っている。

 例として不正を働いていた商人を捕縛した後に立ち行きがいかなくなった被害を受けた店に不正商人が溜め込んでいた金の一部を戻しておく決まりになっているが、利子が重なり、それでも返せない状態にあった店の借金を彼の一存で不正商人から徴収した金をさらに出して借金返済に協力した。

 後で公では謙信に咎められはしたが、謙信も裏では彼のことを褒め、兼続達も一緒に彼の行動を讃えた為、不問にされたことがある。

 もちろん、軍師として、金に目が眩んでどこかの家に出奔してしまいそうな者や反乱を企む輩を容赦なく暗殺する指示を出すなど冷酷な一面があるのも知っているが、軍師の域を越えて残酷なところがあるとは知らなかった。

 

「愚痴を聞いているとさ、言うんだよね~美濃で碌な目に合わせなかった連中の腸を生きたまま口から手を突っ込んでえぐり出してやりたいとか」

「そのようなことを龍兵衛殿は言うのですか?」

「まぁ、あいつがぶち切れた時だけだから。でも、それをやりかねないからなお性質が悪い」

 

 つまり、実際に行動に移したということになる。

 官兵衛が言うにはその者は道三の怒りに触れて死罪を申し渡されたらしい。元々、その者は問題があったので誰も止めはしなかった。

 そして、龍兵衛はその者の死罪が決まった時、道三に自分に処刑させて欲しいと密かに頼み、本当に口から手を突っ込んで、喉元をえぐり出して殺した。

 

「まぁ、そいつは龍兵衛に百姓上がりだって公衆で面と向かって龍兵衛に言っていたし、道三様にもよく命令無視で咎められていたから。誰も龍兵衛のことは咎めなかったけどね。後であたしともう一人の龍兵衛の師匠とできつーく叱っておいたけど」

「・・・・・・そう、ですか。龍兵衛殿にもそういうところがあったのですか・・・・・・」

「でも、叱った後はそれなりに改善したみたいだけど・・・・・・あたしがここに来る前の間に何も変なことしてないよね!?」

 

 がばっと親憲に詰め寄って腕に力を籠める官兵衛に大丈夫だと言うと本当に安心したらしく「ほーっ」と溜め息を官兵衛はついていた。

 それだけを見ても色々とやっていたんだなと思えるのでやれやれと親憲も釣られて溜め息が出てしまう。

 親憲は詮索好きという訳ではないが、人を見る力は鋭い。似ていないところが多い師弟だと思っていたが、案外そうでもないらしいことを知れた。

 官兵衛が冷酷という訳ではないが、今のように官兵衛が弟子を案じて人に自分が見えない所で龍兵衛が何かしていないか案じるところなどよく似ている。

 以前も龍兵衛が酒が入った時に師匠達が自分がいない所で本当にちゃんとやっているのか不安になって景資にくれぐれも目を離さないように頼んでいたことも彼女から聞いたことがある。

 お互いに放っておけないところがあるというのがよく似ていると感じた。

 一方で知っているのだろう。官兵衛も龍兵衛もお互いが自分のいない所でもちゃんと自分を見失うことなく仕事をこなすことが出来るということを。

 思い出してみると、どちらか一人の時は二人でいる時よりも頼りになる気がする。 

 

「何笑ってんの?」

「いえ、別に」

 

 おそらく、二人が一緒にいるとお互いがお互いに頼ってしまい、向こうがいるから大丈夫だろうとお互いを意識して抜けてしまうのだろうと親憲は思った。

 何か大きな影響を及ぼすということはないが、廊下に資料をぶちまけたり、仕事中にうたた寝をしたりと取り敢えずは説教ということになるようなことはよくやらかしている。

 そして、兼続に引っ張られて行く姿を思い出して自然と笑っていたことに気付いた親憲は訝しげな目をする官兵衛を誤魔化す為に表情を戻して咳払いは一つすると「何でもありません」と否定する。

 じとーっとした目でしばらくは見ていた官兵衛だが、親憲は何も言ってくれなさそうだと察すると諦めたように溜め息を吐き、顔を明後日の方向に向けてしまった。へそを曲げてしまったらしい。

 気分転換に戦に連れて行くとしようと親憲は溜め息を付く。まるで子供を遊び場に連れて行くような気持ちになってしまうが、目の前の軍師が正しくそれなのだ。

 話を逸らして元に戻すことにしようと親憲は真面目な口調で聞く。

 

「氏家はいつ動くでしょうか?」

「たぶん、あたし達よりは早く動くんじゃない? 古川城の兵が名生城に向かったってことはそういうことでしょ。もしかしたら、もう動いているのかもしれない。大崎からするとなるべく隠密にしないといけないからね」

 

 からかわれたことなどすぐに忘れたように一気に多弁となって親憲の質問に隙のない答えを返してきた。

 機嫌のよさそうな表情に親憲は踊らされすぎだと内心溜め息を吐いてしまう。少し慶次を相手にしているようだなと親憲が思い始めた矢先。

 

「申し上げます。村上寺の使者と名乗る僧が水原様にお目通りを願っております」

「すぐに通して下さい」

 

 兵が下がると二人は頷き合い、心に踊るものを抱えてその者を待った。

 入って来たのは確かに剃髪を行い、僧衣に身を包んだ僧侶であるが、見るからにいざという時は僧兵として戦う為の訓練がされていると分かるがっしりとした体型をしている。

 二人の前ですっと頭を下げるとその僧侶は時間を無駄にしたくない性格らしく、さっさと要件を言い始めた。

 

「氏家吉継が岩出川城にて謀反を起こしました。これに南条様と里見様がご出陣され、黒川様と新井田様が名生城に残り申した」

 

 官兵衛の心の内で何かが高鳴りをして跳ねた。いよいよ、大崎を落とす最後の仕掛けが動いたのだ。政宗から常長を借りてまで行った内側から切り崩す策が相成った瞬間を伝える知らせが舞い込んできたのである。

 外は落ち着いて見えるが、内心の踊るような感情は分かる者には簡単に分かってしまう程、抑えられなくなっていた。

 一方、親憲は普段の平常心を崩さずにゆっくりと頷くとまだ心に残っている気掛かりについて尋ねる。

 

「古川城は?」

「未だにそちらの情報は掴めておりませぬ。されど、分かり次第すぐにご報告申し上げる所存。この度拙僧が参上したのは、これを報告する為に、また、我ら村上寺の僧侶一同、喜んで上杉様のお力になるとお伝えに参りました」

 

 そう言って再び僧侶は頭を下げる。親憲はすぐに頭を上げるように言うと感謝の弁を述べて、こちらの準備が整い次第すぐに出陣するという旨を伝えた。

 

「分かり申した。上杉様の準備が整うのをお待ちします。拙僧はすぐに寺へと戻り、この旨を住職様にお伝えし申す。されど、時はもはや冬に近くなり、時がありませぬ。なるべくお急ぎになるように」

 

 僧侶はそう言うと表情を変えずに素早く立ち上がり、最後に頭を下げ、しつこいように二人に急いでくれと頼んで陣幕から出て行った。

 二人はその背中を見送り終えるとすぐに陣幕へと歩き出す。

 

「来たよ。これで、大崎との戦を終わらせることが出来る」

「ええ、ですが、まだ戦はこれから始まります。油断は禁物です」

「分かってるって。こういうことはさっさとどうするのか決めて、村上寺に行こう!」

「・・・・・・そうですね。兵は神速を尊ぶとも言いますし」

 

 官兵衛が意味ありげに笑うと親憲も意味ありげに笑った。

 陣幕に戻ると官兵衛は素早く地図を広げるとすぐに策を詰めを親憲に説明し始めた。

 親憲が官兵衛に聞き忘れていたことがあるのを思い出したのは、その日の寝る直前のことである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。