上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第百話 嗚呼、異常

 吉継が謀反を起こしたのは私利私欲の為ではない。ましてや、大崎家存続の為でもない。ただ新井田隆景の排除の為である。

 数週間前の大崎家の評定にて吉継は珍しく逆上した。

 原因は政敵、隆景の讒言である。彼女は密かに評定を行う前に義隆に会いあること無いことを言った。その中に事実はあった。

 吉継は確かに留守政景を通じて伊達家と誼を通じていた時があった。原因は葛西との戦いでは何度も大崎は敗北を喫していた為だ。いざという時に伊達家を頼れるようにしておくことも考えていた方が得策だと考えていたのである。

 しかし、平和主義者の輝宗が積極主義者の娘、政宗にほとんどの全権を任せ、彼女が上杉に降ってからは奥州探題の家系を持つ大崎家と元は越後上杉家の守護代の長尾家という家柄の問題と実績の無い伊達政宗を始めとして支持する者がいないと考え、方針を変え、斯波や和賀、稗貫と関係を深めるように努めた。

 これは義隆の命であり、吉継自身は謙信達のことは高く評価していた為、降ったとしても素直に頭を下げる者は無碍にしないという噂の謙信に降って、後は温情にすがることもありだと考えていた。

 もちろんそれは、大崎家単体で当たる場合の時のみであって同盟を組んで一致団結をすれば、結果は分からないかもしれない。

 結果として現在は同盟を組まなければならない状況下にまで追い込まれ、主君の義隆も謙信に降るという選択肢を捨てたのだから家臣として全力で戦うのが道理である。

 にもかかわらず、吉継の過去を掘り出して伊達家との関係を疑うように隆景は義隆に言上した。過去のことを掘り出して足を引っ張り合うことは戦ではしてはいけないことである。さらに隆景は吉継達の派閥の中に遊撃軍として城生城まで出陣していた中目隆政が中新田城を目の前にしておきながら撤退したことを咎めるべきだと義隆に訴え、揺さぶりをかけた。

 怒りを覚えない訳がない。決して短気な吉継ではないが、大崎家四家老の中で侍大将として軍事面で必要な隆政は中新田城陥落後の窮地に必要な存在である。

 里見以外の必死の懇願により、彼は中目館に謹慎することで処分は止まったが、侍大将以外にも吉継同様に執事として政治的にも重要な地位を占めている彼の離脱は痛い。

 吉継は必死に義隆に許すように懇願したが、義隆は迷ったように何も言わず、その代わりに隆成が「もはや決まったことだ」と言って義隆に発言させないようにする。

 隆成の発言に吉継は噛み付いた。

 

「あなたは黙っていろ!!」

 

 普段は冷静沈着で大声で怒鳴ることなど決して無かった吉継の怒りの叫びは隆政のことを勝手に処罰した隆成・隆景親子に対する烈火の如く燃え盛っていた心を表すには十分だった。

 そう言って吉継は義隆に深々と頭を下げて詫びを入れると岩出川城に戻って行った。

 これによって邪魔者がいなくなった隆景は今度は政敵の伊場野惣八郎を排する為に隆成に頼んで吉継を名生城にいられないようにする為に伊達へと送った彼女の書状を元に他にも讒言を繰り返して岩出川城に退去させるように仕向けた。

 察しの良い吉継はその前に身の危険を感じて物資の確保を目的に岩出川城に退いていた。だが、逆にこれが隆景派の流れを勢いづけるものになる。

 吉継の物資救援がわざと遅れているように見せかけ、その原因は、彼女が物資をちょろまかしていると義隆に吹き込んだ。

 真に受けた義隆は吉継を呼び寄せるように命じた。しかし、前々から疑われている吉継が来る筈がない。不審に思った義隆は隆景の父である隆成に聞くと彼はこう言った。

 

「名生城に内通者がいる故、吉継に情報が漏れているのです」

「それは、誰です?」

「察するに・・・・・・伊場野辺りかと」

 

 その答えで義隆の心は決まった。すぐに隆成に命じて伊場野惣八郎を呼び出すと彼女を捕らえてしまった。

 

 

 その二日後。

 視線の先にはかつては美貌にて大崎を魅了した惣八郎の変わり果てた姿があった。

 長かった黒い艶めかしい髪の毛を短くなり、顔の至る所には拷問によって出来た青い痣が出来ていた。

 

「義隆様より処断せよとの命が下った。よって、この場にて斬る」

「ふっ・・・・・・貴様が義隆様に吹き込んだのだろう。外敵を前に私情を挟んだ貴様など、死して終わるのみ」

 

 政敵に慈悲の心など無く、隆景は惣八郎を斬首とした。

 牢から出て来て返り血を浴びた隆景を見て義隆は思わず駆け寄った。しかし、隆景の服に着いている血は惣八郎の血である。

 

「何か、惣八郎は言い残していますか?」

「いえ、ただ粛々と刑を受け入れておりました」

 

「そうですか・・・・・・」と残念そうに下を向く義隆を見て隆景は思った。このお方は最後まで主君として家臣を信じているお方なのだ。素晴らしいお心を持っている。

 故に、隆景達は好きに動けるのだ。それに感謝しなければならない。

 この処刑も隆成が全ては大崎家の為であると懇々と説得を続け、大崎家のことを心配してくれていると信じた義隆のおかげである。

 故に、さらに一手を打てることも可能なのだ。

 

「もし、未だにお気になるのであるならば、今一度氏家殿をお呼び寄せなさいませ。忠義に篤いあのお方なら、間違いなく馳せ参じますよ」

 

 当然、吉継が来る訳がない。分かっている。今から行けば、殺される。まだ隆景を殺していない以上、死ぬ訳にはいかない。

 だが、これを好機と見た隆景は強引に吉継を謀反人に仕立て上げる為に以前の伊達との交流を大崎への逆心ありという名目で父の隆成を総大将に義隆に兵を挙げさせた。

 さらに先に兵を挙げたのは吉継であるという風潮を流し、この討伐は正当なものであるとして誰も疑わなくなったし、めったに見せない炎のような義隆の怒りを見て隆景の讒言だと彼女達と対立する家臣達も言えなくなった。 

 

 

 

 

 

 さらに時を遡る。

 支倉常長は密かに名生城に足を伸ばしていた。中新田城への大崎と葛西が出兵を巡って溝を深め、吉継が名生城の中で隆景と対立を続けている中で徐々に立場を悪くしている頃だった。

 

「早くお決めにならなければ、名生城も大崎様も跡形もなく消えてしまいます。それでもよろしいのですか?」

 

 常長はある女性を前に説得を行っていた。必死の説得を受けている女性、新井田隆景は頭を抱えたくなる思いでその説得に耳を傾けている。

 という訳ではなかった。

 隆景からすると興味は無かったのである。隆景は義隆の下であるからこそ、好き勝手やれるのである。仮に大崎家が存続を許されて、義隆が助命されたとしてもその上に上杉謙信がいるのでは今までのことを考えると注意の目が置かれる可能性もある。

 謙信という人物は権力を上杉に集中させる為に様々な家から名代という名の人質を取り、国内の国人衆にも春日山城の屋敷に住むようにさせている。

 大崎家が降伏すれば、吉継を向かわせてその間に権力を自身の下に集中させることも出来る。

 しかし、義隆には自己犠牲の気持ちがある。その為に最上義守や伊達政宗のように自ら春日山城に行くと言う可能性もあるのだ。

 その際、国の政務を任されるのは彼女の父である隆成だろう。素直に考えれば親子に権力が集中する好機に映る。しかし、家中の権力争い程に醜く、相手方に容赦ないことは歴史を紐解くと明らかなことである。

 当主の義隆がいない間に吉継達の派閥が今まで募らせてきた隆景達への恨みを蒸し返して、失脚を目論むかもしれない。兵力を考えると隆成以外の四家老が敵対している中で武力衝突が起きれば不利になるのは隆景側。しかも、武力衝突を起こせば、上杉は大崎を改易にする可能性もある。

 当主がいなければ、好き放題やれるのは隆景達ではない。だからこそ、大崎家が上杉に降伏することだけは何としても避けたい事態であった。

 しかし、常長は執拗に悪いようにはしない。上杉でも大崎家の存続を認めるから義隆に降伏を促して欲しいと諦めずに説得をし続けてくる。

 大局が分かっていないと隆景が呆れたように溜め息を吐いた時だった。

 

「おそらく、大崎家の中にある病を取れば、新井田様は謙信様や政宗様に重用されると思います」

「えっ・・・・・・本当ですか?」

「ええ、これはお近付きの証として取っておいて頂けますか?」

 

 そう言って常長は持ってきていた数個ある箱の一つを取り出して中を空けた。中には眩いばかりの光を放つ金が入っている。

 流石の隆景もいきなりの展開に驚愕の色を隠せなかった。

 

「こ、これは・・・・・・」

「こちらが気前の良い待遇を貴殿にはしようとしているのです。後はご協力して頂くかどうか・・・・・・もし、否としてもこの金の一部は差し上げます」

「えっ、それは何故に?」

「大崎様が降伏なさった場合、上杉謙信様も伊達政宗様も大崎様と新井田様を重用するのがよろしいとのお考えです。一刻も早く病を治すことを願っております」

 

 常長は答えを待たずに隆景が既に承諾したように上杉が彼女にやってもらいたいことを言い出した。

 

「貴殿らが氏家殿を居城である岩出川の城まで退かせれば、もう新井田様の邪魔を出来るお方などおりません。後は言うまでもないでしょう」

 

 隆景にとって目の上のたんこぶは惣八郎の後ろ盾のような存在だった吉継だった。彼女の他にも渋谷など、四家老の一角を占める者もいるとはいえ、最も知略に長けた吉継こそが本当にいなくなって欲しい人物である。

 しかし、だからといって上杉に組する理由は無い。義隆の下でも吉継を排することは出来る。呼び寄せる為の理由などいくらでもある。仮に無理だとしても、義隆にまた隆成を通じて兵を派遣すれば済む話だ。

 兵を派遣するのは本当に最後の手段である。葛西の救援を望めない以上、頼りない和賀はもはや戦力外。大崎単体で上杉と戦うことは厳しいことであるというのに戦力の分散など以ての外だ。

 

「例えば、これを渡す相手が本当は氏家様だとしたら、どうします?」

「何!?」

 

 差し出した箱を自分の方に寄せて溜め息を吐きながら数個積まれた箱を整えてすっと立ち上がろうとする常長の裾を慌てて隆景は掴んだ。

 

「まだ、何か?」

「はっ!? これは失礼!」

 

 横目で見る常長の様子から自分が何をしたのか察した隆景は先程よりも慌ててさっと手を引いて頭を下げる。

 

「受け取らないのであれば、これは氏家様の下へとお送り致します。これから決戦だというのによろしいのですか? このままでは葛西様がやってきて氏家様を倒した後も居座り続けますよ。そのような事態になれば、大崎様は上杉様どころではなくなると思いませんか?」

 

 正論をぶつけてきた常長の裾は綺麗に整え直されている。隆景は唇を噛み締めて返事を待つ常長の顔とその後ろの箱を交互に見比べて考えている。

 上杉が来ることは分かっていた。しかし、葛西のことは失念していた。岩出川城への討伐を後回しにすれば、後顧の憂いが残る。そのまま上杉に対すれば、背後から上杉に唆された吉継が攻めてくるのは必定。

 手を打つにしても葛西を頼る必要が出てくる。たとえ双方打ち払ったとしても葛西は岩出川城に居座ることも考えられる。

 結果的に責任が返ってくるのは葛西を撤退させた直接的原因がある隆景となり、大崎での権威に傷が付くかもしれない。

 吉継を大崎の手だけで処分して、上杉の脅威を取り払う為には方法は一つしかない。

 

「受け取れば、上杉はどうするのか、お聞かせ願いたい」

 

 隆景が言うと、常長は嬉しそうに微笑みながら説明を始めた。

 

「・・・・・・と、このようなものです。この通りにすれば、氏家様は岩出川城に戻り、兵を挙げるしか術がなくなります」

「なるほど・・・・・・分かりました。義隆様には上手く知らせておきます」

「ありがとうございます。これでお互いに肩の荷が取れましたね」

「何故、私の下にこれを?」

 

「では」と微笑みを崩さずに常長はゆっくりと立ち上がって去ろうとする。

 隆景は未だに金銀を渡された意味が分からず、常長の背中に聞く。

 

「我らの御大将は氏家様を倒した暁には、我らの手で氏家様を処断したいとお考えです」

「それでは我らの面子が無くなります!」

 

 大崎家中で起きたことは最後まで大崎家中で解決しなければ領民達に大崎家は上杉家の下に降ったと見られてしまう。

 

「正直に申しましょう。我らは大崎様のことなどどうでも良いのです」

「何!?」

「最後までお聞きになって下さい。しかし、大崎様はそうはいかないでしょう。無論、あなた様も・・・・・・何時までも葛西と戦を続け、田舎の小大名でいたところで、大崎様も新井田様も勝利者となれますか? 否、史書の端くれに載る程度でしょう。しかし、今こそその状況から抜け出して、上杉様の下とはいえ、大大名になる好機と何故にお考えになりませぬ」

 

 上杉の下。つまり、義隆や隆景が春日山に名代として赴く可能性もある。しかし、常長の先程の物言いではもし、約束を反故にすれば、金を受け取ったことに関係なく、容赦ない制裁が隆景にも喰らわされることを意味している。

 隆景の額から脂汗が出てきた。権力が無くなるのは嫌だし、死ぬのも嫌。逃れられる手立ては上杉の傘下に入り、慈悲を願うこと。しかし、先述の通り、己の身に危険が及ぶかもしれない。

 そんな隆景の思考を見抜いた。見抜けない方が間抜けというような様子を出している隆景の後ろにいつの間にか常長が立っていた。

 

「代わりと申さば、大崎様と新井田様は上杉様への名代には生涯ならぬよう、便宜致しますが?」 

 

 隆景は冷静に考える。

 もしも、義隆と吉継が和睦すればどうなるだろう。間違いなく己の地位は独占しづらいものとなり、大崎家を牛耳ることが出来なくなる。

 中新田城を落とした上杉がこのまま攻めあがってくるとなれば、義隆は間違いなく名生城に籠城する。つまり、義隆を囲う好機と共に政敵に囲まれる可能性も出てくる。

 

「渋谷様らのことならばお気になさらず。新井田様はそれ以上の影響力と後ろ盾とをお持ちではありませんか」

 

 父の隆成は娘が義隆に重用されている為に四家老の中でも筆頭の地位に上り詰めている。そして、隆景も吉継や中目隆政という執事よりも権力を持っている。

 気になるのは中立を保ち続けている四釜隆秀ぐらいだが、彼も今は名生城城外の警備に回っている為、内側に入り込めないように何か策を講ずれば良い。

 

「後は、あなた様の勇気を信じます」

 

 隆景は優しい言葉を掛けてきた常長に無意識に頭を下げていた。

 後悔は無い。何故なら、さらに権力を手に入れることが出来るから。

 

 

 

 

 

 一週間後。

 上杉は予め協力を承諾してくれた村上寺に着陣して名生城攻略への地固めを始めていた。

 そこに常長は夜陰に紛れて密かに戻ってきた。親憲と官兵衛はまだ起きて、戦への準備を進めている。総大将自ら戦に臨む姿勢を見るとやはり上杉と伊達は似ていると思い、思わず本当の笑みがこぼれてしまう。

 

「撒いた餌が利いたみたいだね」

「ええ、あれほど簡単に釣れてしまうとは思いませんでした」 

 

 常長の笑みを成功した結果を知らせる何よりの証拠だと確信した官兵衛は帰ってきた常長に労いの言葉を掛け、常長を大いに褒め称えた。

 景綱と違って無邪気にがんがんと言ってくる官兵衛に常長は面を食らい、恥ずかしそうにしながらもしばらくは官兵衛に言わせておいてあげていた。

 しばらくして話すことが無くなったのか官兵衛の表情から無邪気な笑みが消え、顔には笑みを浮かべているが、眼に知者の輝きが光り始めた。

 

「で、やっぱり新井田は駄目?」

「はい、自分の権力に目が行ってまるで外が見えていません。当主の義隆は危機感を募らせているようですが、隆景の父、隆成が上手く誤魔化しているようです」

「そっか・・・・・・ま、いいや。こっちも収穫あったし」

 

 そう言うと官兵衛は家臣を呼んで「例のものを持ってきて」と指示を出した。その兵とすれ違いで陣幕に入ってきたのは政宗と成実だった。

 

「常長、戻っていたのか」

「政宗様、ご報告が遅れて申し訳ありません」

「いや、気にすることはない。敵地に行っていたのだ。抜け出すのにも苦労しただろう」

 

 政宗には事情を説明して官兵衛は常長を借りていたので何をしていたのか政宗は知っている。それ故に、常長の肩を叩いて労をねぎらっているが、成実は「え、何のこと言ってるの?」と政宗と官兵衛の顔を交互に見比べている。

 政宗がそれとなくはぐらかそうと口を開きかけた時、先程の家臣が例のものを持ってきた。

 

「えっ! 何これ!?」

 

 家臣と一緒に入ってきた例のものは人であった。顔に傷が付いているが、僧衣によって隠れている腕や足にも傷が付いているだろうということはよく分かる。

 成実はそれを見てますます陣幕にいる人々を見比べ始めた。常長も目を見開いて僧侶を見ている。

 

「良いのかな?」

 

 常長は大丈夫だろうが、もう一人は不安がありまくりの人物の為、官兵衛は不安げに政宗に耳打ちする。

 

「構わないだろう。あれでも秘密は守る奴だ」

 

 さして不安でもなさそうに薄く笑って肩をすくめる政宗を「どーゆー意味ー?」とじろりと睨む成実を見ると官兵衛はますます不安になってくるが、今下がって欲しいと言っても成実の性格からすると下がるということをしないのは目に見えている。

 一つ溜め息を吐くと成実に官兵衛は近付いて耳を貸せと成実に近付く。近くで親憲と政宗の二人はその光景を見て少し和んでいることは余談である。

 

「もし、今からのことを誰かに話しちゃいそうなら、ここから出て行った方が身の為だよ」

「い、言ったら、どうなる、の?」

「口を封じる」

 

 間を置かずに答えられた為に少し身体を震わせた成実だが、己の中には無いものを貫く為にぶんぶんと首を縦に顔が二重に見える程の速さで頷いた。

 

「大丈夫、ちゃんと口を噤んでいれば・・・・・・簀巻きに冬の海に沈めたりしないから」

 

 さーっと顔色が青くなっていく成実よりも親憲は笑いながらそんなことを言うから弟子に移ったのではという疑問が官兵衛に対して浮かんだ。

 

「さ、成実も大丈夫そうだし、聞いてみようか。この間者はどこの手の者かってね」

 

 成実は、その無邪気な声の後から出てきた黒さが滲み出てくるような声はまるで官兵衛は二重人格ではないかと疑いが出るようなものだが、それよりも気になったのは目の前で縛られている僧侶が間者ということに気を惹かれた。

 

「『どうして分かった?』っていう顔してるね。あれだけ臭い芝居と僧侶っぽい物言いは逆に怪しいって。ねぇ?」

「ええ、某もかなり違和感を抱きました」

 

 政宗と常長はこの流れから大体を察していた為、上杉の二人同様に僧侶もとい間者を睨み付ける。成実は成実で驚いたように相変わらず間者と官兵衛達を見比べている。

 

「正直言って、下手くそな演技だったよ。どこの手の者かはまだ分からないけど、大崎の中から来たのは分かっている。言った方が良いよ。生きてここを出たいなら」

 

 そんな甘い誘惑に乗っかる程、間者も手緩くない。睨み合いが予想されたが、政宗がしれっと物騒なことを提案し出してきた。

 

「いっそのこと殺して、名生城に送りつけてしまえば良いのでは?」

「いや、さすがにそれは上杉として・・・・・・」

 

 義を重んじる上杉がそのようなことをすれば、名を汚す。総大将、親憲の鶴の一声で政宗の提案は一瞬で拒否された。

 ならばとばかりに今度は成実が声を上げる。

 

「でも、間者が喋るのを待っていたら、それこそ冬になっちゃうよ」

 

 冬越えは名生城で行うか、中新田城で行うか。村上寺まで来て中新田城に退くのは追撃のことを考えると避けたい。

 もっとも、成実の場合はただ退きたくないという思いと冬に野宿は嫌だという思いがあるだけだが。

 

「そうなんだよねぇ。どうしたもんかねぇ」

「誰から習ったのですか。その言葉遣い」

「あたしの弟子~」

「(駄目ですな・・・・・・)」

「(駄目だな・・・・・・)」

「(本当に、これで大丈夫でしょうか?)」

 

 呆れた親憲と政宗、常長は官兵衛に気付かれないように溜め息を吐いた。二人共優秀なのは認めるが、言葉遣いだとかは肩の荷が降りた時には抜けている。政宗と常長からすると龍兵衛の真面目なイメージを崩された思いだった。

 第一に今は気を抜いて良い時ではないというツッコミが三人の頭に浮かんできた。

 

「取り敢えず、口を割らせるように努力はしてみようか」

 

 そんな三人をよそに官兵衛は再び家臣を呼ぶと間者を連れ出してある人を連れて来るように命じ、四人にどうすればいいか指示を出し始めた。

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