上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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幕間改 龍兵衛の趣味 

「よろしいですか? 景虎様」

 

 冬も間近となった季節。

 景虎が外ですっかり寂しくなった庭を一人で眺めていると龍兵衛がやって来た。

 かなり真面目な顔をしている。それだけでまたかと嘆きの思うと共に景虎も仕事の顔になる。

 

「先程、不正を働いていた店を一件見つけました。明日には踏み込みます」

 

 民の為にならないのならばすぐに処罰するべきだ。景虎が了承すると龍兵衛はさっさと立ち去ろうとする。

 しかし、彼女の中の気紛れが働き、呼び止めて少し話しをしたいと言うと大人しく座った。

 

「顕景から聞いたぞ。お前が初めて顕景と話すことが出来たと。かなり嬉しかったようだな」

 

 そう言うと曖昧に頷きながら、少し照れくさそうに頭をかいている。

 

「そうでしたか……実は自分も昔は声が小さいと言われていたんで逆にちゃんと相手の声は聞き取ろうとしているんです」

 

 景虎は納得したように頷いた。

 龍兵衛がどのように聞き取っているのか気になったため「どうやっているのだ?」と聞く。彼は「普通にですけど」と言われ、苦笑いを浮かべてしまう。

 景虎も初対面の時はかなり顕景の声の小ささに困惑してしまい、あることに気付くまでなかなか上手く会話をすることが出来なかった。

 

「景虎様はどのように顕景様とやり取りを?」

「考えるんじゃない、感じることだ」

「……無理がないですか?」

「間違って無いと思うのだがなぁ」

 

 龍兵衛は困ったように唸ってしまった。

 考え込む彼をよそに、景虎は思い出したように彼に疑問を単刀直入にぶつけた。

 

「そなたは顕景が嫌いなのか?」

「……はっ?」

 

 何故そうなるのかと逆に龍兵衛が質問してきた。

 

「いや、顕景が言っていたんだが、お前がどうも素っ気ないらしいな。どうもお前は颯馬達と居るように腹を割って話すことをしないそうじゃないか」

 

 景虎の問いに彼は「うーん……」と唸るばかりで答えをくれないため、さらに問い詰める。

 

「どうしてだ? 顕景と壁を作っているのか?」

「いえ、自分はそういうつもりはないんですけど……」

「なら、もう少し仲良くしてやってくれ。まさか……顕景を次期当主としてふさわしく無いと思っているのか?」

「それはありません!」

 

 勘違いされるような発言に龍兵衛は声を荒げてしまう。珍しいものを見たため、目を丸くして彼を見る。思わず、笑ってしまいたくなったが、真剣な目をしているため、心を落ち着かせて落ち着いて口を開く。

 

「ならば頼むよ。顕景も龍兵衛を嫌っている訳ではないんだからな。颯馬みたいに顕景の言っていることが分からなくてもちゃんと会話をしようとする者も居るのだから」

「それはそれで問題ですけど……分かりました。努力してみましょう」

 

 そう言うと頭を下げて、龍兵衛は去っていった。

 また、一人になった景虎も肌寒い風を受けて、自室に戻る。十分な収穫ではなかったが、不安要素は一つ減ったため、少し心は穏やかになった。

 

 

 顕景が寒い廊下を歩いていると鼻歌が聞こえてきた。

 よく聞いてみると聞いたこと無い曲であったので、どこから聞こえるのかと耳を澄ますと今まさに通り過ぎようとしている部屋から聞こえてきた。 

 それは龍兵衛の部屋からだった。

 普段は鼻歌なんかするような性格ではないのにどうしたのかと気になって襖の小さな隙間から覗いて見ると机に向かってなにか書き物をしていた。

 顕景はそこだけが永久凍土の中に一つだけの暖かな楽園があるような感じを受けた。

 それだけ彼女は龍兵衛が作っている空間が違っているように見えた。

 仕事ではあんな雰囲気は作るわけがないし何をやっているのだろうと気になった顕景はそーっと部屋に入って行った。

 本に集中しているのか全く龍兵衛は気付かない。

 入ってみると龍兵衛の部屋はきちんと整理整頓されていて、小道具も真っ直ぐ向いて置いてある。

 本棚も仕事の資料や私用の兵法書などが綺麗に分類されている。

 無駄使いはしない主義と前に言っていたが、それを見事に表現している。まさに彼らしい部屋と言っていい。

 そして、本人はまだ顕景に気付いていない様子で相変わらず本に向かっている。

 肩越しに顕景が見てみると、龍兵衛は何か物語を書いているようだった。 

 何度もどこまで書いたか前の貢を見返しては何かを思い出すように頭を抱えて思い出すと「あっそうだ」ということを繰り返しながらどんどん書き進めている。 

 龍兵衛は本当に楽しそうだと景勝は思った。

 普段は見せないようないい顔をしてささやかな楽しみを満喫しているようだ。

 一章書き上げると「よし!」と姿勢を直して休憩を入れることなく更に次に書き進める。

 顕景からすると途中から見ている為、彼の書き進めているのは物語なのは分かるが内容がよくわからない。

 そこで顕景は意を決して声を掛けた。

 

「龍兵衛、何書いてる?」

「ひゃい!?」

 

 何とも可愛らしい声を上げて龍兵衛が飛び上がった。そして、その拍子に机に自分の脛をぶつけたようで、左の足をさすっている。

 

「顕景様? いつからそこに?」

 

 直ぐにいつもの彼に戻ったが、さっきの裏返った声と脛をぶつけるというドジが恥ずかしかったらしく、少し顔を赤くしている。

 やっぱり龍兵衛には面白いところがあると思いながら顕景はその書を見せるように言ってくる。 

 渋っている龍兵衛だが顕景が

 

「顕景の言うこと聞けない?」

 

 と、悲しそうな顔をして来たので頭を乱暴に掻きながらも、本を取ってわかりましたと言うと書いていた本を差し出す。

 顕景は最初はぱらぱらとめくっていたを読んでいく内に段々真剣な表情になっていった。

 実は龍兵衛が書いていたのは某ベルギー人の名探偵の推理小説を日本人に置き換えた物だった。

 そして今、彼が書いていたのは名作中の名作、とある急行列車で起きた殺人事件を今いる時代に置き換え、舞台を宿にしたという原作からかなりの改変を必要とするものだった。

 あまりこういうものを他の人には見せたくなかったが、次期当主に見せろと言われてはどうしようもない。早く読み終わるのを待ちながら、龍兵衛はそわそわと落ち着かない気持ちを抑えていた。

 

「この後どうなる?」

「まだ決めてません」

 

 ふむ、と顕景は再び物語に目を通す。結論から言うと顕景はこの小説にはまった。

 何もわからないところから犯人を導こうとする主人公がどうやって解決するのかが気になった。

 ふと、龍兵衛を見ると落ち着かない様子を隠そうとしているのが分かった。そして、顕景には彼が何を考えているか何となくわかった。

 

「これ見られる。嫌?」

 

 力無く龍兵衛が頷くと顕景は他人に見られない為の条件を持ち掛けてきた。

 

「なら続き、顕景に見せて」

「……わかりました」

 

 やむを得ない。という感じで龍兵衛は首を縦に振った。

    

「……♪」

 

 思わぬところで顕景には一つ楽しみが増えた。

 さらに彼女は部屋を眺めていると箪笥の脇に置いてある横長の何かが置いてあり、その上から大切そうに布に覆われている物に目を付けた。

 龍兵衛が慌てて止めようとしたが、間に合わず、顕景は覆われていた布を外す。するとそこにあったのは尺八であった。

 

「龍兵衛、色んなことやってる」

 

 顕景は面白いものを見つけたと笑いながら龍兵衛を見る。

 

「はぁ……それも自分が顕景様に聴かせるでいいですか?」

「(こくり)」

 

 投げやりな態度の龍兵衛に対して、ご機嫌なまま顕景は部屋を出て行った。

 

 

 数日後。

 

「顕景様、出来ましたよ」

 

 外の寒さとは裏腹に暖かい顕景の部屋に入って龍兵衛が顕景に例の完成品を見せる。

 期待しながら顕景は本を受け取って笑顔で礼を言って本をめくる。

 こうして見ると顕景様もまだ子供だなぁと龍兵衛はついつい思ってしまった。

 本の内容としては龍兵衛はなるべく不自然にならないように結論を原作通りにした。

 だが、最終的には私刑と敵討ちを全面的に批判するものなので、読み終わった後に何を言われるか分からず、龍兵衛の心は戦々恐々としていた。

 だが、そんな彼の心など知らずに顕景は幸せそうに彼に目を向けて言った。

 

「龍兵衛、これ、しばらく借りる。いい?」

「えっ?」

 

 龍兵衛は人に見せる気は全く無い。

 そもそも自分で読みたいと思っていたのでなるべく手元に置いておきたいのである。

 それよりもこの作品は最後の結末は暗に敵討ちを批判的に捉えているところがある為、それがこの時代では絶対に非難の的になるのでどうしてもこれは彼一人のものにしたかった。

 しかし、駄目かと顕景に言われるとこのことを人にはもう知られたくないという思いと顕景なら分かってくれるだろうと考えて渋々承諾した。

 その後、顕景から本が帰ってきたのは三ヶ月後だった。

 よほど良かったのか龍兵衛は今度新しいのが出来たら紹介してくれと頼まれたので嫌々ながらも分かりましたと承諾した。

 幸いにも顕景に憂いていたことを触れられることはなかったので龍兵衛は一人安堵していたのは秘密である。




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