上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第百〇二話 灯りが欲しい

「義隆様! 義隆様は何処に!?」

 

 未だに日の昇らぬ時刻、細かく言えば、日の出までの時間を数えるよりも日の入りが終わった時間を数える方が早い時刻。

 新井田隆景の声が名生城本丸に響き渡る。周りではどたばたと走り回る音が聞こえ、将兵達が段々と外へ出て行く。

 そして、隆景はようやく本丸の外で義隆の姿を見つけた。ほっとしたと共に疑問が出てきた。

 

「申し上げます! 上杉軍の夜襲です!」

「言われなくても分かっています。早く迎撃しなさい」

「御意。しかし、誰が私よりも早くこのことを知らせに?」

「私が気付きました」

 

 隆景は驚いて義隆を見る。やはり、自身が徐々に大崎の舵を取るようになっているとはいえ、常時戦場の構えを崩していない。やはり、有能な方だと思わず感心してしまう。

 

「何をしているのです。早くあなたも迎え撃ちなさい!」

「しかし、それでは御身は・・・・・・」

「自分の身より、この城の命運が先です。大丈夫です、ここには放牛もいます。落ちれば、我々はもう逃げる場所がありません!」

「・・・・・・分かりました。ご武運を」

 

 去って行く隆景の背中には痛い程に強い視線が刺さっている。しかし、気にしている場合ではない。自分の大崎での権威を守る為には義隆の命は何としてでも守らなければならない。

 命じられた以上、前線の救援に向かわなければならないが、雪崩れ込んできた上杉軍に義隆を討たせる訳にはいかない。

 常長を介して上杉とは義隆は助命するという約束はしてあるので大丈夫だろう。万が一負けたとしても義隆が生きていれば、大崎は自分のものに出来る。

 心に不安が残りながらも隆景は前線に出る為、馬に跨がった。

 

 

 

 

「これで少しは荷が降りますねぇ」

 

 近くに隆景がいると安心するのは確かである。一方で最近の暑苦しい程の隆景のすり寄りには少々辟易としていたことも正直なところだ。

 故に、そう言いながらも義隆の内心は穏やかなものではなかった。隆景はこれからしばらくは上杉軍は包囲に徹して城を攻めることはしないだろうと推測を立てていた。

 義隆もそれをすんなりと認め、四釜隆秀達の速攻に備えて評定丸に主力を配置すべきだという主張を退けた手前、この責任は自分にもある。

 隆景の失策であることは否めない為、彼女に責任を負わせなければならないが、認めた自分も責任を負うべきである。だが、近頃の重臣達の隆景に対する反応が冷ややかなことも薄々感づいていた。

 もし、自分が責任を負えば、また隆景を庇ったと重臣達から思われるかもしれない。

 義隆が彼女を寵愛する理由はただ気が合うから、どうしても友のように接したくなるというただ純粋な心である。

 だが、主君という立場がそれを許さなかった。重臣達から隆景を降格させる為にあることないことを言わされ続けて理解した時には遅かった。

 上杉という脅威がやってきたにもかかわらず、軍事的に信頼を置ける者の一人である氏家吉継は謀反を起こしてしまい、南条隆信も中新田城が落ちてから一切の行方が分からないまま、おそらく残党狩りにあって死んだのだろうと義隆は判断している。

 頼りになるのは隆秀と隆景の他に中目隆継、一栗放牛・高春の二人、一迫隆真、宮崎隆親といったあたり、調略の手が伸びている者もいるという噂もあるが、人がいない以上は仕方ない。

 評定丸には隆秀を置いていることだし、すぐに突破されることは無いだろう。

 そう思った矢先のことだった。

 

「申し上げます! 四釜様、上杉と一戦も交えずに撤退!」

 

 否応なしに周辺にいた兵達に動揺が走る。報告を持ち込んで来た兵も動揺のあまり顔が真っ青になって、義隆の返答を待っている。

 

「高春に何としてでも小館を死守するように伝えて下さい。三の丸の隆信にも同じように伝令をお願いします」

 

 一方の義隆は自然と何故か怒りも動揺もすることがなかった。自分の中で隆景を友として扱っていたことに不満を持っていた老臣達がいたことも今となっては理解出来る。

 彼らから見ると若い隆景を重んじていたことに嫉妬心を抱いていたのだろう。吉継のように謀反を起こさずとも、心の内は計り知れないものがあったに違いない。

 吉継のように堅い人間はどうしても苦手だった。隆景のように親しみを持って接してくれる者を義隆はただ欲していただけだった。

 かつて奥州探題の職を幕府から任じられた大崎の重みを軽くする為に友を欲していただけだった。しかし、隆景に発した愚痴は彼女の父にとって政敵を排除する良いきっかけになったのだろう。

 思い返してみれば、隆景の父、里見隆成は讒言の矛先を徐々に絞っていたようにも感じられた。おそらく、義隆が隆景に、隆景が隆成に言ったことを良いことに義隆自身に不満を抱いているのではないかということを言ってきたに違いない。

 今となっては不覚の極みだが、隆成は権力を掴む為に娘をも利用していたのだ。彼がいない今、それがよく分かる。

 

「申し上げます。丸山が上杉の手に落ちました!」

「それは真か!?」

 

 義隆の代わりに声を上げたのは白髪だけの頭をして腰が少々曲がっている老人、一栗放牛。齢は定かではないが、七十を越えて既に八十近く、もう隠居しても罰は当たらない筈だが、戦場を華としている為に未だに戦に出ている。

 

「丸山には一迫がいた筈、奴はどうした?」

「上杉の調略にて、寝返った模様。現在、岩出川城に向かった里見様の隊に攻めかかっている由」

「若造が・・・・・・忠義を忘れたか!?」

「お、落ち着いて下さい。今はこの城を守らなければ駄目です!」

 

 ここにいない者を責めても何の意味もなさないことは放牛も分かっている。しかし、当たらずにはいられない。

 隆秀が抗戦を諦めた為にしばらく崩れない筈の均衡が崩れてしまい、上杉が攻める為の拠点を得たのだから。そこに追い討ちをかけるような報告に怒りが沸いてしまうのは人としての心理。

 

「申し訳ございませぬ。年甲斐も無いことをしました」

「気にしないで下さい。それよりもこの場をどうするべきでしょうか・・・・・・」

 

 評定丸が落ちた以上、小館と三の丸だけが敵を食い止める為に必要な砦。有能な晴氏と高春が二つの拠点を守っている為にしばらくは落ちることはない。

 怖いのは奇襲だが、二の丸には隆親が向かっている為、警戒は怠っていない。

 朝まで保てば、上杉は撤退してくれる筈。しかし、流れは変わることはない。

 

「申し上げます。川より多数の敵が!」

「数は、どれぐらいですか?」

「およそ、千以上かと・・・・・・」

「何と・・・・・・まだ上杉はそれほどまでの兵を隠しておったのか!」

 

 放牛は自分の責任だと言わんばかりに眉間に皺を寄せ、そこに手を当てる。誰のせいでもない。川から攻撃されることは考えていたが、間者からは全くそのような報告が無かった。

 考えるだに無駄と思っていたと上杉では言っていたことを真に受けたのは皆であり、放牛にしろ義隆すら分かっていなかったことである。

 このままでは川に近い小館には混乱が広がることは必至。たとえ勇将の高春でも隊を統制するのは難しいだろう。

 

「義隆様、ここはこの老骨をお使い下さい。私が孫に代わり小館に向かい、前線を整えて参ります」

「いや、でも・・・・・・」

 

 高春と放牛、年の功から放牛は孫よりも配下からの信頼も篤く、統制にも優れている。現実的に考えるとここは放牛の方が高春よりも前に出た方が戦いは維持することが出来る。

 もちろん間に合えばという難しい話になってくるが、放牛の武人としての最期に見せるべき巡り巡った意地の見せどころを逃すことは彼の心が許さない。

 義隆は、彼の眼にはそう語られているように見えた。

 

「・・・・・・分かりました。よろしくお願いします」

「御意、心より感謝申し上げます。すぐ、高春をこちらに向かわせます故に、義隆様、くれぐれも早まりなさるな」

「死に行くような言い方は、止めて下さい・・・・・・」

「・・・・・・では」

 

 謝ることは出来ない。何故なら人間として七十年以上生きてきた人生に悔いはない。最期に大きな勢力を前に決して忠義を曲げずに逝ける素晴らしさを心は既に噛み締めて泣いているのだから。

 

「我らはこれより小館に向かい、敵を食い止める! 上杉の成り上がりの木っ端共に我ら名門の維持を見せてやろうぞ!」

 

 普通ならば義隆が言わねばならない台詞を代弁しているところ。放牛は無礼とは思わない。これからその罰を受ける代わりに死地へと向かう。近い終わりはすぐそこに見え始めた。 

 

「本当に、ごめんなさい・・・・・・」

 

 放牛の死を招いたのは自身の軽率さ故に。隆成の娘を友としていたばかりに。

 俯いた義隆がふと顔を上げるとそれを合図にしたように灯りが徐々に小館から上がり出した。ゆらりゆらりと空に上がり、赤い粉を散らして義隆に向かってくる。

 川に挟まれている為にこちらに来ることはない。しかし、義隆には非常に近くまでその灯りが来ているように見えた。

 包まれることに恐怖はない。しかし、当主として最期まで皆を守ることが優先である。足が止まり、義隆は高春が到着するまでただ呆然と灯りを見続けていた。

 だが、義隆は家中の火種は隆景ではなく父の隆成だと考えていた。それこそが義隆自身、人生最大の不覚だったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 時を少し遡る。

 名生城から一通の書状が届いたのは、親憲が兵の慰労に向かっている最中、官兵衛と談笑していた政宗が笑いを消して立ち上がろうとした時である。

 官兵衛は素早く書状を受け取り、中を読み始めると意外だというように驚いた顔を浮かべたが、すぐに元の真剣な表情に戻り、何度も何度も読み返し、最後に兵へ顔を向けた。

 

「この中に書かれていることは本当?」

「間違いないと申しております」

「ふーん・・・・・・」

 

 官兵衛が外に目をやると相変わらず風が吹き、田畑が殺風景な眺めを作っている。左右にも目をやると最後は空に目をやった。

 

「昨日の夜は、月が出ていなかったよね?」

「ああ、確かに新月だったな」

 

 政宗の言葉を聞き「ふむ・・・・・・」と頷くと官兵衛は、今度は立ち上がって陣幕の外に出る。空をしばらく眺めると腕を組み、少々考えごとをする素振りをする。腕を解くと兵の方向を向いた。 

 

「『了解した』そう伝えて」

「はっ」

 

 去って行く兵がいなくなるのを見計らい、周囲に人がいないことを確認すると官兵衛は政宗の耳元で囁き始めた。

 

「四釜がこちらに寝返ると言ってきたよ」

「何!? ・・・・・・あの四釜隆秀がか?」

 

 最初は思わずにという感じで普段は冷静な政宗も大声を上げてしまったが、すぐに小声になって官兵衛の持つ書状を見る。

 

「確かに四釜の書状だ。しかし、あの南条隆信と並ぶ大崎家きっての勇将がこちらに寝返るか?」

 

 四釜隆秀は大崎が衰退し始めた時から大崎家に仕え、知勇兼備の将としてよく義隆を支えてきた信頼の篤い人物だと政宗は聞いている。

 隆景が重用されるようになった今でも待遇は変わらず、自身の地位を確立している人物である。

 

「この書状、どう思う?」

「うーん、聞いたことあっても見たことない人だから・・・・・・何とも言えないね」

 

 待遇には満足している筈だし、忠義ある人物という噂も聞いている。調略を進めているとはいえ、全く気にしていなかったところからやってきた寝返りを約束する書状に疑うなと言う方が難しい。

 だが、官兵衛からするとどちらでも良かった。寝返るにしろ謀略であるにしろ、動きそうになかった戦況が動く良いきっかけが出来た。

 

「水原様から伝令、一迫隆真の調略に成功したとのこと」

「・・・・・・何か上手く行き過ぎている気がする」

 

 一迫隆真は栗原郡真坂城の城主で隆景とは対立する間柄の重臣である。目立たないが、伊豆守という受領名を持つ大崎の中でも席次は上の方。

 今、隆真は謀反を起こした岩出山城と名生城を結ぶ位置にある丸山城にいる。ここを取れば名生城は丸裸も同然。吉継の討伐に向かった部隊も孤立する。

 先述の対立に目を付け、官兵衛が寝返りを促していた大崎家臣の中で最後まで返事を返して来なかった人物というのは隆真である。

 上手く行ったのは良いが、上手く行き過ぎて調子に乗ると必ずそこには罠がある。

 

「ああ、ここは慎重に行くべきだな」

「だけど、時間もない。悠長に構えている状態じゃないんだよねぇ」

 

 政宗自身も後二週間程度で冬が来ると言っていた手前、官兵衛の言う通り、時間の無いことは重々承知している。

 

「一迫は間違いないだろうけど、四釜は分からない。乗るか乗らないか。寝返りが本当なのか策略なのか。いずれにしてもどちらでも勝てるようにしないとね」

「精々励めよ」

「そこは『期待している』とか言うところじゃない?」

 

 何も言わずに政宗は鼻で笑った。話し相手がいつも相手をしている成実のようにやいのやいとうるさくなるのをうっかり失念していたことを後悔することになるなどと思わず。

 

 

 

 

 

 

 

 

「小館と三の丸、どちらか一方でも落とせば、大崎の前線は崩れる。攻撃をより強いものにさせて」

 

 官兵衛は親憲と政宗の隣で全体の指揮を執っている。思ったよりも頑強に抵抗する大崎に少しばかり敵を侮っていたかと思う時もあったが、川からの陽動が名生城に伝わったのだろうと思うと川に近い小館から動揺が見られた。

 しばらくすると小館が落ちたという知らせが入り、官兵衛は内心拳を握り締めた。

 

「やっぱり、筏使って正解だっだねぇ」

 

 官兵衛はすこぶるご機嫌である。一旦は止めようとしていた川からの奇襲だが、新月の夜を考慮すると篝火を焚かせて誤魔化すぐらいのことは出来るのではないかと思い、急いで五百人ばかり乗れるように作らせた。

 親憲や政宗から助言があった訳ではなく、自分で隆秀から来た書状を受け取った時に思い付いた策である。策をめぐらせることが大好きな官兵衛の機嫌が良くならない訳がない。

 

「川からは攻めないのか?」

「臨機応変に攻められたら行って良いって蘆名さんには言っておいた」

 

 乗れる人が増えたとはいえ、五百である。状況判断に長けなおかつ武勇に秀でている盛隆に陽動と奇襲の策を任せるのはうってつけだっだ。

 陣を構えている所から川の様子は見えないが、それなりに効果はあったと思いたい。 

 

「それにしても、本当に寝返るとはね」

「四釜の思惑は分からないが、大崎に愛想がついたのか、新井田を排する為か。二つに一つだな」

 

 上手く行き過ぎているということにも乗っかってみるのも悪くない気がした。しかし、今回は特別である。

 大崎には新井田隆景という火種も抱えていることだし、愛想が尽きたということもあるのだろう。

 

「申し上げます。三の丸の館にて敵が同士討ちを始めた模様」

「そりゃあまた・・・・・・」

 

 官兵衛には何と言おうか検討が付かない。この夜襲が始まった時には同士討ちなど起きなかったにもかかわらず、何故今になって起こるのか。はっきり言って意味不明だ。

 

「成実様より報告。黒川晴氏及び新井田隆景を捕らえたとのこと」

 

 その報告だけで官兵衛は納得した。大方、小館が落ちたことで三の丸は保たないと考えた晴氏と三の丸に救援に来た隆景の間で揉めたのだろう。

 自分の権力が欲しい輩は決して前に出ようとはしない。間違いなく三の丸を最初に守っていたのは晴氏である。

 

「これで後は、二の丸だけか・・・・・・何とも呆気ない気がするな」

「上に立つ者が揉めていれば、下も仲が深まる訳がありません。大崎義隆は少し家臣に恵まれなかったのです」

 

「少し」ではなく「全く」と言わないのは親憲の敵に対するそれなりの思いやりだ。

 

「万が一のことも考えて小館に兵を残しておこう。二の丸に目が行くと間違いなくあたし達の陣が手薄になる」

 

 城内では成実を筆頭に勇猛な将兵達が所狭しと暴れ回っているという報告が上がっている。暴れ回っている時に隙が出来てしまうこともよくあることだ。

 

 

「申し上げます。小館にて鬼庭左月様、敵将一栗放牛を討ち取った由」

「お見事ですな。黒田殿」

「一栗放牛も大層な老人て聞いてたけど、左月殿が勝ったか・・・・・・へぇ、やるもんだねぇ。どこの爺も」

「・・・・・・それは、某のことですか?」

「いやいや、水原殿はまだ若いさ」

 

 凹みかけた親憲を慰める政宗。その二人をよそにもっと年老いていた筈の人物を官兵衛は頭の中で思い出していた。

 親友と違って元気過ぎて馬から落ちても死にはしないだろう暴れ馬のような二人。馬に馬が乗っている姿など想像も出来ないが、その例えがあの二人にはぴったりだ。心はともかく、身体は心配するだけでも無駄だと思い、気にするまでもないとすぐに頭から外す。

 

「二の丸、陥落寸前!」

 

 親憲と政宗も表情から少しばかり緊張感が取れた。だが、表情に出すことはしない。相変わらず真剣な表情を崩さずに周りに「まだ勝っていない」と伝えている。

 だが、内心は官兵衛を含めて勝利を確信した歓喜が出来ている。

 冬に帰ることは出来ない。しかし、余りある勝利は得ることが出来そうだ。後は謙信が上手く民を導いてくれることを期待するだけ。

 

「もういいかな・・・・・・後は仕上げだね。二の丸はもう良い、適当に当たって挟撃されないように注意を怠るな! 本丸に火を放て! 一気に決着を付ける。大崎へ絶望与えよ!」

 

 朝日はまだ昇りそうにない。しかし、朝日と見間違える程に紅蓮の炎は高く上がった。

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