上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第百〇三話 花の素顔

 名生城の焼け跡に残った本丸には大崎家の内館・小館で捕らえられた大崎の捕虜の確認と本丸に残った焼けた木材の整理が進められていた。 

 陥落の三日後。名生城の修復と冬越えの準備の指揮は親憲の下、古川から二日遅れで合流した景家・繁長の他、伊達や蘆名らの者で行われている。

 

「しかし、政宗殿達はよく働きますなぁ」

「父君の輝宗様が政宗様へ師として預けた坊主が『国を治めるならば民を学べ』と言うような方でしてな。次期当主様に鋤や鍬を持たせて農業をやらせていたのだ。おかげで自分の家臣達にも農業をやらせたり、厨で自分で料理を作ったりと大変なのだよ」

 

 そこで二人は話の合間というように茶をすする。お互いの視線は気が遠くなっているようにどこかを見つめている。

 

「良いことではありませんか。戦場で先頭に立って、勝手に敵本陣にまで迷い込んで、敵の大将と一騎打ちをして、危うく討たれそうになったところを家臣に助けられて、一番最後に帰って来るよりかはましです」

「それはまた大変だったな」 

「ええ、お互いに」

 

 親憲と左月は互いに休憩を取っている間、未だに兵と共に働いて汗を流している政宗を眺めながら話し合いながらにお互いの家の愚痴を言って笑い合っている。

 今でこそ笑い話になるが、川中島のあれには随分親憲も内心焦っていたし、謙信から聞いて驚いていたものだ。誰も気付いていなかったが、それは彼の性格もある為に仕方ないことなので割愛する。 

 また、左月の話を聞いていると親憲も政宗に関して思い当たる節が色々とあるような気がした。

 ふらっと見てみると春日山の厨を借りて女中と一緒に色々と料理を作っていたり、よく農業の手伝いに行く龍兵衛に同行を願ったり。

 一応は名代なのであまり外に出て行かれても困るのだが、上杉の面々からすると「楽しそうだから別にいいか」という感じで受け入れられているので政宗も自由にさせてもらっている。

 

「そんなことで大丈夫なのか?」

「まぁ、何もやましいことはありませんし」

 

 そのことを言うと逆に左月から心配されてしまったが、親憲も自由にさせてやっている人達の一員なのであまり気にしていないのが現状であったりする。

 

「新年の挨拶で向かった時に思ったが、春日山だけは平和な風が吹いている。羨ましい限りぞ」

「いやいや、それでは越後だけが平和というように思われてしまいます。それに伊達殿の領地も随分と良きものではありませんか?」 

「何を言う。上杉殿に比べたら我らなどまだまだ」

「いえいえ、伊達殿も・・・・・・」

「おーい、そこのご老体達、そろそろ働いてくれないか?」

 

 端からちらほらと聞いていた政宗がこれ以上話させていると遠慮合戦になると思い、話の腰を折る。

 

「某は四十を過ぎていますけど、そこまで老けていますか?」

「いや・・・・・・気にすることはない。まだまだ我らは健在ぞ」

「だと、よろしいのですが・・・・・・」

 

 地味に結構凹んだ二人はお互いに溜め息を吐きながらとぼとぼと仕事に戻った。

 

「まったく、話していることが爺臭いんだから・・・・・・」

 

 ぼやく政宗の手には焼け落ちた本丸から燃えることなく助かった資料が抱えられている。

 大崎の人口や土地ごとの年貢の収穫量、城下町の商人の売り上げがどれほどのものかを記された重要な資料ばかりだ。

 本丸が焼けた際に一緒に灰になった資料もあるが、幸いにもかなりのものが残った。

 大崎地方は山間部地域と古川から鹿島台にかけての平野部では気候・気温・降雪量に大きな違いがある。

 名生城のある土地は山間部と平野部の間にある為に冬の間に視察などを行うことは可能だが、山間部の栗原郡などはそうはいかない。 

 視察前に資料に目を通しておくことによってスムーズな領地経営の再開が出来、後々に一から大崎の領地を視察して最初からということにはならず、さほど時間を掛けることなく今後の領地経営を行うことが出来るだろう。

 東北の征伐は二、三年以内には終わるだろう。その後は上杉の下で行える野望を果たすのみ。

 

 

 

 

 

 

 大崎の家臣達の明暗ははっきりと分かれた。四釜隆秀は降伏。黒川晴氏は政宗は最初は処刑しようと考えたが、留守政景からの陳情を無碍にすることも出来ず、伊達への帰参を許された。

 宮崎隆親と一栗高春は行方不明。残党狩りにも引っかからないところを見るとおそらく奥羽山脈に逃げ込んだのだろうと政宗は主張した。

 しかし、冬も間近の奥羽山脈に入り込んで迷ってしまえば生きることは奇跡に近い。官兵衛は万が一のことを考えてさらに細かく調べさせるように指示を出した。

 官兵衛は必ず雪が降る前に捕らえるようにと厳命を親憲の名義で下した。

 取り逃がせば、上杉が南や西へ向かった際に下手に一揆を起こされることになる。怖いのは突然、蜂起を起こされること。上杉に降伏せずにどこかへ逃げるということは再起を狙っていると考えるのが妥当である。

 散り散りになった大崎の重臣達の中でも唯一捕らえられた将に官兵衛は会おうとしていた。

 

「ご苦労さま。あんたには感謝しているよ」

「ありがとうございます。ですが、少々話が違うのでは?」

「何のこと?」

 

 とぼける官兵衛に新井田隆景は苦笑いなのか失笑なのか分からない笑みを浮かべる。今、隆景は縄でしっかりと縛られ、身動きが出来る状況ではない。故に口でしか訴える手段がない。

 

「私が支倉殿とお話した際、あなた方は氏家の反乱が収まるまで待っていてくれると申しておりました。それどころか氏家の反乱を制圧に向かった我が軍が出陣してすぐにこの城に攻め入った。どういうことです?」

 

 確かに常長は隆景に策を授けた際に時間をやるからその間に吉継を征伐しろ。上杉はそれが終わったら名生城に攻めると言った。

 しかし、実際に上杉が名生城に攻めることは吉継の反乱を終息させてからでは無理である。その時期にはもう冬が訪れ、上杉は中新田城に撤退しなければならない状況になってしまい、留まっても大崎に攻め込まれるのがオチである。

 大崎にとっては利益になる。来春以降、上杉が攻めてくる為に名生城の普請を行う時間が出来て、さらに後背の憂いも除ける。

 しかし、その餌にかじり付いてみれば、結果はたったの数日で名生城陥落という最悪の事態になった。

 睨み付ける隆景の痛い視線を何ともないように官兵衛は受け流す。

 

「さぁ、何のこと? あたしはそんなことを言うように支倉殿に指示を出してはいない。新井田殿の聞き間違えでは?」

「いえいえ、間違いなくそう支倉殿は申しておりましたよ。何なら、支倉殿にご確認をさせては?」

「生憎、支倉殿は古川城に向かい、後続の部隊との連絡を取りに向かっているからここにはいないよ」

「敢えて、そうさせたのですか・・・・・・まぁ、良いでしょう。それで・・・・・・どれほどの地位に私は就けるでしょうか?」

「いきなり自分の権威のこと? まったく、欲が深いね」

 

 その言葉を聞いて口元を三日月形に変えて笑う隆景は美濃で見た国人衆よりも性質が悪そうに見えた。官兵衛からするとはっきり言って、気分が悪くなりそうになる。

 目の前の女は上杉は平気で盟約を破ったことを黙ってやる取引材料として良い役職に就こうと躍起になっているのだ。実際にその通りだが、官兵衛達は元からそのつもりだったので別に申し訳なさは無い。

 しかし、目の前の女はそのようなことなど知らずに大崎はまだ存続すると思っている。

 

「大崎は重臣達がいなくなり、このままでは散り散りになってしまいます。纏める者が必要です」

 

 つまり、隆景は自分が事実上、大崎を牛耳るようにさせて欲しいのだ。

 呆れた物欲心に感心していると隆景は表情を戻して不自由な身体をよじりながら官兵衛の前に出て頭を下げた。

 

「人の欲の深きこと、大海の如し。しかし、私もそれを抑える我慢の心はあります。私が地位を気にしているのは一族を養えるか気になったからこそ。それに、あなた方もこのことを広められたくはないでしょう」

「うん、まあね・・・・・・」

 

 興味が無い。官兵衛がつれない返事の中で思っていることは誰もが分かった。

 隆景は分かってもらえると思っていたのか、どうしてそのような反応になるのか分からないらしく、首を傾げて空を見上げて顔を合わせようとしない官兵衛を見ている。

 官兵衛は頭をかくと今度は空から一転、地面を見て足で下の砂を払い始めた。無言の時が数分間続くとようやく官兵衛は隆景を見た。

 

「言葉っていうのは便利だね・・・・・・」

「はぁ・・・・・・?」

 

 不味いことを起こして取り繕うと思えば、簡単に言い訳は作れる。だからといって無闇やたらに使うのは良くない。しかも、相手が人について分かる人物ならば、なおさらだ。そして、官兵衛も相手の人間がどのような者なのかよく知っている。

 村上寺にいた際、間者を捕らえた。しかし、口を割りそうにない。そこで官兵衛は村上寺の住職に矛先を変えた。

 少々脅してみれば住職は怯えて簡単に話してくれた。大崎のある重臣から金を送られ、その見返りとして上杉を倒す為に協力して欲しいと頼まれたのだ。

 その重臣が誰であるのか。住職は簡単に吐いてくれた。

 新井田隆景であると。官兵衛だけではなく親憲や政宗もこの行いには呆れた。

 どっちつかず程面倒な人間はいない。状勢を見極めると言えば、聞こえは良いが、悪く言えば、忠義など無いということになる。

 乱世では悪く言えばを尊重される。さらに先程隆景が言った大崎を纏める者。そのような者など必要ない。何故ならもういらないからだ。

 手を挙げるとそれを合図に兵達が入ってきて隆景を囲む。驚く隆景をよそに官兵衛が手を隆景の方向に指すと一本の刀が腹に刺さった。

 

「な・・・・・・かっは・・・・・・」

 

 言うことなど聞いたところで碌なものじゃない。先が見えた官兵衛は隆景が言葉を発する前に手を上げた。今度は背後から刀が隆景の首を斬り落とした。

 

「これですっきりした?」

「ええ、ありがとうございます。我が儘を聞いて下さって」

 

 兵達が被っている笠を取るとそこには隆景には見劣りするものの、官兵衛からすれば潔い性格故にそれ以上に美しく見えるようになった女性がいる。

 氏家吉継。彼女は名生城が落ちたことを聞くと動揺した里見隆成の軍勢に奇襲を掛けて打ち破り、その後は常長の説得で上杉に合流した。

 立ち去ろうとした官兵衛は何かを思い出したように手を叩くと首なし胴体になった隆景の屍に声をかけた。

 

「ああ、忘れてた。あんたの主君様はとっくに遺体で見つかったよ。あの世で会えると良いね。新井田隆景?」

 

 今度こそ官兵衛は隆景の屍に背を向けた。しばらく二人で歩いていると吉継が後ろから尋ねてきた。

 

「あの・・・・・・義隆様のことは、本当に・・・・・・」

「うん、別の捕虜に確認させたら間違いないって」

「そう、ですか・・・・・・」

 

 唇を噛みながら吉継は悔しそうに下を向いている。氏家氏にとって大崎家は長年執事という役職を任され、隆景の存在のせいで疎まれながらも恩義は感じていたのだろう。

 だが、生きるか死ぬかは紙一重である。火に囲まれたあの状況で逃げる道が限られていた。本丸は二の丸へ通じる道を除いて封鎖していたから生きていれば奇跡に近かっただろう。

 

「生きていたところで、大崎義隆はいずれ傀儡のようにいずれはなっちゃうんじゃなかったの?」

「そうかもしれません。いえ、義隆様はお気付きにならなかったかもしれませんが、端から見ると傀儡となるのは目に見えていました」

 

 生かしておけば、義隆の気付かない所で隆景達は自らの権力を増大させる為に他の者に粛清を行っただろう。そして、そのまま義隆さえも殺められる可能性もあった。

 他の家臣達も同様だ。罪の無い者達が殺されることは吉継には忍びないことであったし、自分にいつ累が及び、殺されるか分からない。

 義隆と心ある家臣達を守る為には大崎を滅ぼすことが一番早かったのかもしれないと今では思える。

 氏家の家を守る為には不利になった大崎を見捨てる覚悟は必要だった。

  

 

 

 

 

 

 氏家吉継が名生城にいるのは上杉にとって別段不思議なことではない。

 支倉常長について官兵衛が隆景に言ったことは嘘である。彼女は撤退したふりをして密かに岩出山城に向かい、吉継と里見隆成の軍を挟撃し、隆成を討ち取っていた。

 名生城に来たのは隠密で知っている者は官兵衛の他に親憲と政宗、盛隆といった当主格とその重臣達のみである。

 

「そう暗い顔しなくて良いって、もしかしたらあの方が・・・・・・」

「あの方が、何でしょう?」

「いや、何でもない」

 

 訝しげな視線を送る吉継から逃げるように官兵衛は目を逸らした。

 不自然だが、これ以上のことを言うのは吉継の逆鱗に触れると官兵衛は思った。官兵衛は天下が誰のものになるのか正直興味が無かった。それはかつて美濃にいた時も同じである。

 このままでは美濃のように義隆は誰にも気付かれないように傀儡に堕ちていただろう。

 ふと、美濃にいる友や義龍達のことが気になり始めた。未だに生きている道勝の見えない刃の下で義龍は精一杯当主として、友はその補佐の仕事に励んでいる。

 義龍の下では天下を取れるとは思えなかった。義龍自体に能力が無かった訳ではない。国人衆の力が強過ぎた為、粛清をしてもしきれない状況に先代の道三のこともあって出来ない状態にあったことが厳しかった。

 半兵衛達のように地元ではないので美濃に強い執着があった訳ではない。だが、人の忠義については人となりに知っている。

 たとえ、どれほどまでに冷遇されようとも二君に仕えずに散っていった者達は古今東西、大勢いる。今もそうしている友が日の本にいるのだから。

 だが、賞賛されることはあってもそれから先に何かあると言われれば、官兵衛は口を噤むしかない。

 生きて手柄を立てた方が必ず人々の為になるし、後世の人々からも賞賛される。官兵衛にとって賞賛されるかどうかはどうでも良いことだが、人々の為に平和な世を作るという思いはある。

 今、上杉の下にいる以上は平和の為に必要だからこそ吉継は生かしている。危険だと思えばすぐに排除してしまえばそれで良い。

 

「氏家吉継、我らが主君、上杉謙信様。及び、此度の戦の大将であらせられる水原親憲殿に代わって申し渡す」

「はっ」

「大崎家の有する所領は上杉・伊達にて分配する。されど、氏家殿の功績も大きい。よって岩出山城のある玉造郡に加え、栗原郡の西の一部を与え、伊達の傘下に入るように」

「よろしいのですか?」

 

 伊達の傘下に入ることは予測していた。しかし、増加までは予測していなかった。おそらくは東北を治める上杉の代官と伊達を事実上の上として吉継を中心に大崎の残党を纏める為に自分が必要ということだろう。

 しかし、最終的には隆景に追い詰められたとはいえ、謀反を起こした自身が加増などされて他の降伏した者達から見て不信感を募らせることにならないかと不安になった。

 その心を見透かしてか、官兵衛はひらひらと手を振った。

  

「安心して、手は打ってあるから」 

「それは、どのような?」

「まだ先のことだから。あまり気にしないで良いよ」 

 

 官兵衛は笑顔で心配などしていないような顔になった。

 元々、吉継が大崎の中で人から慕われていたことも幸いしたし、謀反についても大崎には痛手であったことは変わりなかったが、家臣達の中でも「ああ、やはり」というような感じで受け入れられていたらしい。

 きちんと根回しをしておけば、後は上杉と伊達の後ろ盾をもってすれば、大崎の残党も屈服せざるを得なくなるだろう。 

 反乱が起きたとしても圧倒的に違う力によって上から押し潰してしまえばそれで良い。

 後は収穫時に間に合わなかった兵達やその家族に対しての信頼を取り戻すように心を砕くとしよう。

 官兵衛はそう考えながらしきりにぺこぺことしている吉継の頭を上げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 後日、蘆名には今回、病気を理由に参陣を拒否した石川家の所領の一部を分け与えることに、大内にはかつて田村から定綱が奪い、上杉が持っていった領地の一部を与えることになった。伊達には大崎地方南の領地の一部を与え、残りは上杉家から荒川長実か加地春綱を代官として派遣することで根回しをしている。

 以前から決めていたことだが、この恩賞の分け方は間違いなく石川の反発を招くことになるだろう。しかし、それこそが軍師達の思惑だった。

 まだ爆発することはないと思うが、着実に貯めておいてもらう方が上杉側からしても非常にやりやすい。

 西へと向かう前に越後国内とその他の国の病は治しておく必要がある。今までも治療を行ってきたが、完全には治しきれていなかった病が上杉にはあるのだ。

 軍師の間で話し合っていたことを思い出しながら官兵衛は思ったよりも早く降ってきた雪の名生城城内を、寒さで凍える身体をぶるぶると震わせながら、政宗から言われて部屋に押し掛けてきた成実に仕事をするようにと言われながらずるずると引っ張られていた。

 

 

 

「柊もすっかり枯れてしまいましたか・・・・・・」

 

 盛隆は雪の中、庭に降りて残念そうに刺々しい葉にそっと触れた。しばらくは小さい白い花を咲かせていたであろう柊の中心を見つめながらふぅと息を吐くとすっと立ち上がり、縁側に座る。

 寒いが、季節的で良いと感じた。草も生えてくる時期ではないし、庭を見ることが盛隆の楽しみである。

 そこにぎゃーぎゃーと言い争いながら歩いて行く成実と引きずられて行く官兵衛が見え、思わずくすくすと笑いながら茶に手を伸ばした。

 

「やはり綺麗に咲いていた筈の柊も、よく見れば策士の影の花でしたか・・・・・・」

 

 そう言うと盛隆はゆっくりと置いてあったぬるい茶をすすった。




柊の花言葉には先見の明があるそうです
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