上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第百〇六話 君は百万石の為に死ねるか?

 ちらりちらりと降る雪さえも 積もり積もりて深くなる

 

 越後と東北の場合は『ちらり』を『どさり』に変えた方が正しい。

 人の動きも閉ざされる冬。それは竜が翼を休める時と捉えることも出来るだろう。

 翼を休めた竜はこれから東北を席巻するべく早春の風と共に舞い上がる。

 

 

 

 

 出ることさえも憚られるような冬の雪も大分解け、人の移動も可能になり、謙信はすぐに立ち上がった。

 葛西を平らげ、高水寺斯波を倒す。そして、南部を下す為に動くのだ。

 西と南へと向かう為の下準備を終える時をこの時と見定め、軍師や将も反対せずに満場一致での決断だった。

 謙信が東北へ出陣する前日、龍兵衛は居残り組の代表として謙信の下を訪れ、政治のことについて詰めの話し合いを行っていた。

 この戦では謙信以下慶次と加地春綱、千坂景親を連れ立って行く。

 黒川清実を連れて行く案も出たが、ころころと任所を変えると不満が出るという龍兵衛が懸念を示した為に没になった。

 これは中条と黒川の対立をいくら謙信の信頼が篤いとはいえ清実よりも年下の弥太郎と二人よりも若年の兼続となおかつ外様である龍兵衛とでは自身の留守の間に揉め事を起こされては処理に面倒な時間を割くかもしれない。

 景資は年は若干離れているとはいえ、若い軍師達の力量を認めている為に些細なことでは怒りはしないだろうと考えてのことである。

 春綱は前から決めていた東北のことについて甘粕長重と共に取り仕切ることを実行に移す為に同行する。土着意識が強い揚北衆の中で春綱を外に出すということは越後全土の実権を謙信が握ろうとしている前兆と揚北衆から不安の声が上がっていたが、中条景資と本庄実及が謙信の意見を支持した為に渋々首を縦に振るしかなかった。

 だが、領地を与えなければならないことも事実で、不満を無くす為に無いものを与えることも必要である。

 金を与えれば人はゆとりを得ることが出来る。領地を与えれば人は力を得ることが出来る。その力をどれだけ伸ばすかによって上杉譜代の家臣として家中に影響力を持つことが出来るか。

 上杉には家中の力というものには興味を持つ者はほとんどいないが、武人が多い故に武勲で得た領地を巡って対立することもある。

 加地は今のところはそういったことは無いとはいえ、面倒な揉め事を持っている者。例えば、中条と黒川、大熊と本庄、かれらからすると明日は我が身と思うようになり、それなりの恐怖を植え付けることも出来る。

 

「長重は上田に向かい、北条への警戒を任せ、実及を実質上の一番にさせ、春日山にて景勝の補佐をさせる。他に何か付け足すことはあるか?」

「いえ、特には・・・・・・」

 

 雪解けが終わり、春がやってくる季節。もはや、東北の趨勢は決まっているにもかかわらず、未だに抗う葛西と高水寺斯波の両家を滅ぼし、西へ南へ進む。

 安東の残党は愛季が自ら先頭に立ち、未練を振り払うかのような素晴らしい武勇を見せ付け、弟の茂季を討ち取った。

 

「南部が未だに言ってこない。だが、腹の内は間違いなく投降だろう。しかし、家中には未だに火種が存在し、なかなか使者を出すことが出来ないだけだ」

「勝手にやらせておきましょう。と、言いたいのですが、謙信様はお許し下さらない」

「目の前で言うことではないな。その通りだ。最上と安東には来年の夏に南部の中に介入させるように言ってある」

 

 助けを求める者を捨て置くことはしないという上杉の流儀は決して大きくなろうとも変わることはない。

 

 

 

 

「謙信様」

「何だ? 龍兵衛」

「件のことはいつ頃皆様に? というよりも、誰かにこのことは言いましたか?」

「いや、まだだ。この戦が終わり次第・・・・・・いや、時を見て私の考えを皆に言う」

 

 気になる。ただひたすらに。心の内は留守を任される以上は田植え前には戻ってくるであろう謙信の為に政治を整えなければならないという使命感よりも謙信の言っていた考えというのに気が行ってしまう。

 またとんでもない発想が飛び出てくるとかそういうことではなく、ただ胸騒ぎがするのだ。

 

「気になるか? まぁ、待っていれば分かる」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべる謙信を見て駄目だと悟っり、あっさりと龍兵衛は諦めた。

 謙信は絶対に口を割らない気でいるのだろう。これまで龍兵衛はかなりの回数を重ねて、謙信に問うてきた。しかし、ここまで頑固だと聞くに聞けない。

 一体何を考えているのだろう。そう思いながら悩んでいると謙信は龍兵衛を手で招き寄せる。

 

「その代わりと言ったら何だが・・・・・・大熊の様子を見ていてくれ」

 

 大熊朝秀は上杉の中でも有能な将である。しかし、本庄実及とは常に見えない刀を合わせる仲。

 今回、謙信の代わりに政務を取り仕切ることになった実及のことを快く思っていないことは必須。隙を突いて武装動乱を起こすことも考えられる。

 謙信も前々から気にしていたが、越後を留守にするとますます気になってしまうのだ。

 

「やはり、ですか・・・・・・」

「まだ確証がある訳ではない。しかし、下手に噂が広まると私がいないことを良いことに何かを仕出かす者も出かねない。分かったな?」

 

 真剣な表情で一つ頷くと謙信は「要件はそれまでだ」と龍兵衛に言って、背中を向けた。

 部屋を辞した龍兵衛は人を知らないながらも未だに信頼されていることがただ嬉しいと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名生城は冬の間に焼けた本丸も済み、既に兵を駐屯出来るようになっていた。

 謙信達はそこで休みを取ると二日後に出立。親憲達が待つ高清水城に向かった。

 高清水城は高清水直堅によって築かれたと言われ、直堅は大崎氏九代大崎義兼の三男である。

 つまり、高清水城を守っていた高清水直堅は大崎家の縁戚。彼は名生城が落ちた後も彼は抵抗を続けていたが、政宗の義隆は生きているという偽の情報に騙され、うっかり城を出た際に奇襲で城を奪われ、自身も雪で身動きが取れなくなったところを成実に討たれた。

 呆気ない幕切れだったが、高清水城は葛西の領地に向かう為には重要な場所である。本来ならば、国境が最も接していて、葛西の本拠寺池城に近い佐沼城に入りたかったのだが、上杉が大崎の領地を纏めている間に葛西に隙を突かれて佐沼城を奪われた為にやむを得ず高清水城に着陣し、まずは佐沼城を取り返して葛西の本拠地である寺池城を落とすことになった。

 謙信は予め越後で予測を立てていたのと名生城でそのことを迎えに来ていた繁長から聞いていた為に別段驚くことはなく、葛西の最後まで諦めない意地を内心称賛しつつすんなりと頷いて高清水城に入った。

 

「すまない。皆には多大な苦労をかけた」

 

 そして、評定の間に姿を現すと開口一番、謙信は名生城の本丸で頭を下げた。心から東北の未知の土地で冬越えをさせたことを詫びる為だ。

 皆、誰も口を開かずに神妙に謙信の言葉と動作に注目している。

 

「先の戦は我らを戒めるに十分であったと思う。驕りは足元をすくいかねん。それを我らによく分からせた筈だ。私もよく反省した。しかし、我らはこの失態を糧にして、さらに進まねばならぬ。止まることは許されない。良いな?」

『はっ!!』

 

 先程、ここにいない将兵達にもなるべく多くの者達に声を掛けて詫びを入れてきた。申し訳ない気持ちは強い。しかし、自身の中でやむを得ない課題を克服する為にやらねばならないことをしなければならなかった。

 口には出せないが、自分勝手な真似をして申し訳ないという気持ちを一人一人に込めて頭を下げ、丁寧に詫びていた。

 兵達の中で涙を流さない者はいない程に皆が謙信の態度に感激し、将兵達の心を謙信は改めて大きく掴んだ。

 

「親憲、名生城を攻め落とし、その後の統制も抜かりなく行ったこと、聞いている。よくやってくれた」

「ありがたきお言葉」

「官兵衛、景家に繁長、また政宗や盛隆達もよく親憲を補佐してくれた。葛西との戦が終わり次第、皆には功に応じた恩賞を取らす」

『ありがとうございます』

 

 戦功によって得ることが出来る領地は東北の将達、蘆名はまだ佐竹などと領地が隣接しているからともかく伊達にとって次の葛西攻め以降、あまり加増は期待出来ない。

 大崎との戦の際に貰った領地は十分だったが、上杉の下で欲しいのはさらにそれ以上の領地。

 ふつふつと煮えている心の内は煮えたぎっている。上杉傘下の大名の中での最大領地及び石高保有の為、葛西との戦いは伊達にとって正に正念場である。

 戦に負けて降伏した訳ではない為にいくらか領地を献上したとはいえ傘下の大名の中でも伊達は最も大きい勢力であることは事実。

 さらに次の戦で功を立てて、さらに領地を頂きたい。たとえ危険視されても背に腹は変えられないのだ。

 

 

 

 

 評定を終えるとしばらく謙信は上杉の上層部と改めて詳細な戦略を話し合い、それが終わるとすっかり夜になっていた。

 謙信は、皆がいなくなったのを見計らって外に出た。

 しかし、先客がいた。

 

「どうも」

「ふむ・・・・・・今日は一人で飲もうと思ったのだが」

「戦前に酒とは殊勝なことですね」

「ふふっ、嫌味ではなく、素直に飲みたいと言えば良いものを」

 

 謙信は本心をずばり当てられて膨れながらも杯を取りに行く政宗を見ると面白いと思った。

 悪くないへそ曲がりだが、もう少しじゃじゃ馬なところを直すことは出来ないのだろうかと呆れてしまう。しかし、そこが嫌いになれないところでもある。

 政宗が持ってきた杯には謙信が密かに持ってきていた好んで飲んでいる愛染明王を祀った寺で清められた水が注がれる。一度お互いに掲げてそれを飲み干すと後はお互いのペースの手酌で会話が始まった。

 

「随分と将兵達を懐かせたようで」

「人聞きの悪い言い方をするな。心底、私は反省したのだぞ」

 

 実際、冬の間に謙信は一人で随分と悩んでいた。本当にあのような決断をしてしかも、民までも巻き込んでしまったことに間違いはないかずっと頭を抱えてきた。

 批判的な意見も数人から出たが、民達からは仕方ないことだと許されたおかげで少しばかり心の内が楽になった。

 しかし、それが本当に民のん総意であるのかと考えると謙信も首を捻る。単に謙信の前だからそう言えて、裏ではそうではないかもしれない。

 気になるものは気になって仕方がない。謙信がそう言うと政宗は何故か意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「嬉しいことに、どうやら私はあの苦しみと怒りを味わうことは無さそうです」

「嫌な言い方をする。本来は天下に羽ばたく竜となろうとしていただろうに」

 

 竜と呼ばれる者同士、天に舞うことを夢見た執念は政宗の方がおそらく強いだろう。だから、最上との戦いの際、第三勢力として乱入してきたのが良い例だ。

 

「ふっ、確かにそうかもしれない。だが、貴殿が最後まで天下を見ようとするのであれば、私は羽ばたく竜の役目、謙信殿に譲る所存」

 

 政宗は戦前の春日山での会談で確信した。天下を取る器、謙信と己とではどちらが近く、大きいか。答えは謙信である。

 優し過ぎる程、優しいところもあるが、それは謙信の中で常に計算されていること。自身の下に入れ込める者であれば惜しみなく入れ込む大きい器が謙信にはある。政宗はそう思った。

 自分は謙信同様に主君の立場故に分かっていたが、今までは、何故謙信の家臣が謙信を甘いと思わずに近い間柄でも敬愛しているのか疑問を抱くこともあった。だが、謙信の中にある大きな器、それが彼女に引き寄せられる原因なのだと分かった時、謙信の家臣達もその器に魅せられて入っていったのだ。

 

「本当にそれだけか?」

「どういうことだ?」

「お前が裏切らないのは分かる。しかし、お前の中にある心は上杉の下で・・・・・・いや、異にして何かを成そうとしていないか?」

 

 正しくその通りである。このことは誰にも言っていない。先程、信頼出来る軍師、景綱にも綱元と共に会ったが、時期尚早と考えて、敢えて口にはしなかった。

 葛西との戦が始まる頃に伊達の者達を集めてこのことをかれらに伝えて将達の士気を盛り上げる為にも使おうと思っていたことが謙信には簡単にばれていた。

 

「さて、何のことでしょう?」

 

 しかし、そこを素直に「はいそうです」と言えないのが政宗の性格である。とぼけていれば、どうにかなる相手ではないと分かっていながらにそうすることが出来るのは実に政宗らしいと伊達の者が見たら言うだろう。

 

「欲しいものは与えよう。懐が許す限りな」

 

 謙信は笑っているが、目が笑っていないのが分かる。政宗は何を言ってくるのか分からないからと知っているからだろう。

 

「では、そうしてもらおう」

 

 だが、政宗もここで怯んで言わない訳にはいかない。謙信に対して政宗は自身の要望を言い出した。

 

 聞き終えた謙信はまず大きな溜め息が出てきた。

 

「(なるほど・・・・・・輝宗殿が苦労する訳だ)」

 

 政宗の要望は大崎を滅ぼした今、上杉と伊達、蘆名で領地を改めることになるのは必定。さらに葛西や高水寺を取るならばさらに領地は広がる。

 欲しいものは何か。素直に政宗は言った。領地だと。

 

「それらを全て手に入れて、伊達が領有するのはざっと計算すると・・・・・・百万石か?」

「左様。あくまでも自分の中にある思い故、このことは忘れて頂きたく」

「ならぬ」

 

 にやりと笑う政宗に対して真顔できっぱりと謙信は拒絶した。

 当然のことだ。傘下に降った大名から領地を搾取しているとはいえ、東北は土地が痩せている為、未だに直轄地が下手をすれば二百万石を超えるか超えないか程で此度の戦の後に得る領地を頭数に入れても三百万石には届かない。

 そこに百万石をくれというのは土台無理な話だ。謙信から冷めた刀のような背筋が凍る視線が送られる。しかし、政宗は怯まない。

 

「今すぐにとは思っていない。しかし、後々には欲しいと・・・・・・」

「物欲の塊か、お前は」

 

 懲りもしない奴だと呆れる謙信を見て政宗はしてやったりと笑みをこぼす。だが、謙信も折れている訳ではないと分かっていた。

 上杉の下にあらゆる力を集結させ、諸大名に恩義を着せる程度を見定め、与えるやり方に誰かが突出したという考えは謙信にはない。

 しかし、諦めないのは政宗も同じ。さらに政宗は続ける。

 

「見せて良い欲とならぬ欲。二つを私は上手く分けているだけだ」

「結構だ。そうでなくては天下など取れない」

「まるで、私がいずれは天下を横取りすると決め付けるような言い方だな」

 

 徐々に政宗の言葉が不遜なものに変わっていく。

 しかし、謙信はこのようなことに怒りを抱くような性格ではないし、この政宗の態度が逆に面白いと思えてしまっている。

 相手は自分を試している。何度も分からせているにもかかわらず、その都度試し、いざという時に己が立とうとする気概を持っている。

 裏切ることを許容する訳ではないが、何故か政宗だけは別に良いのではないかと思うように謙信はなっていた。

 

「ならば聞こう。百万石を貰い、その地を如何する?」

「天下の覇者となる上杉へのささやかな反抗へと」 

「・・・・・・その言葉、そのまま受け取っても良いか?」

 

 政宗は真剣な表情で刀に手を当てる謙信に笑いながらひらひらと手を振る。

 冗談にしては過ぎるが、それぐらいの冗談を言わなければ謙信は折れないと見たからだろう。確かに謙信はそのつもりだった。

 だが、すぐに真剣な表情を収めて、何度も聞いたような呆れた溜め息を吐く。

 

「上杉に次ぐは伊達である。それを天下に知らしめ、陸奥に再び栄華を戻すこと。これが私の理想だ」

「奥州藤原氏の道を修復させ、源頼朝公の時のように脅威として上杉の下で生きると?」

「解釈は謙信殿にお任せする。しかし、これだけは言おう・・・・・・」

 

 謙信はここで目の前の人物はさも天下を取ったかのような物言いで自身に話しかけていることに気付いた。

 先程、言った『天下の覇者』とは言葉の綾だと思ったが、違う。政宗は謙信を天下人として見ている。

 確かに謙信の最終目標は天下の統一である。しかし、脅威はまだ多い。特に北条や織田といったこれから先戦うことは否めない勢力は侮れない。そして、謙信が最も警戒するのは武田。

 弱体化したとはいえ、それでも体制を維持出来ているのは信玄という大黒柱が生きているからこそ。

 

「お前は気が早い」

 

 政宗がさらに何か言おうとするのを見て話を折ると咎めるように厳しい口調で彼女の目を見る。

 揺るぎない真っ直ぐな目だ。

 

「そんなことはない。古来より竜は一頭で動くもの。しかし、この場には二頭の竜がいる」

 

 ならば、天下を領することなど容易い筈。謙信と政宗、互いに人であることに変わりはない。故に天は試練を与え続けるだろう。

 しかし、竜はそれをも乗り越え、さらに羽ばたいて飛び回る。

 政宗は夢想を言っているのではなく、なかなかはっきりとは言わない本心よりそう言っている。

 

「上杉家外様の中で筆頭の地位は我ら伊達が必ずものにする」

 

 懲りもせずにまた天下を見据えるような物言いを続ける。

 

「確信があるのか?」

 

 上杉が天下を取るという確信があるからこそ政宗は言っている。しかし、謙信にはそのような確信はない。持ってはいけない。

 驕りは足を引っ張り、他者を己から引き離す。上に立つ者は如何に状勢が定まろうとも決して決め付けることなく、最後の報告が入るまで気を抜いてはならない。

 分かっている筈なのに政宗は簡単にそれを無視してきた。

 

「ある」

「何故?」

「私が貴殿を認めたからだ」

「無茶苦茶な・・・・・・」

 

 聞いてみようと少し期待してみた自分が馬鹿だった。謙信は自身の心がへし折られた期待を捨てて、大事なことをなかなか言わない政宗に自身の寛大な心にも少しずつ陰りが見え始めたことが分かった。

 政宗はかたかたと震える謙信の肩を見て、苦笑いを浮かべると両手を拳にして床に付け、頭を深々と下げた。

 

「この伊達政宗、上杉の下で果たすことを成す為に全力を尽くす所存」

 

 謙信の心がぷつりと音を立てた。しかし、怒りは湧いてこない。寛大な心が消えた瞬間に謙信は何故か胸がすっきりと晴れたように感じた。

 実に愉快だった。すこぶる愉快になった。笑い声が夜の縁側に響き渡る。

 

「お前がへそ曲がりでひねくれ者だと輝宗殿から聞いていたが、これほどとはなぁ」

「あのお喋り・・・・・・」

「怒るな怒るな。しかし、実に愉快だ」

 

 不思議な感覚だが、楽しい。

 膨れっ面の政宗を横目に謙信は笑いが収まらないまま、水を自身の杯に注ぐとぐっと政宗に差し出した。

 

「お前は働くか?」

 

 真の目的は聞かないでおく。欲しいというならいずれはくれてやろう。しかし、代価として日の本を平和にする為に、民を平穏に帰す為に。いざとなれば自身を汚すことが出来るか。そして、最後まで上杉の下にいるか。

 

「民を思い、辺境の地より天下に羽ばたく竜となる意志は互いに同じ・・・・・・だが、謙信殿の方が器が広く、私は負けた」

 

 故に、譲ることにする。上杉が揺らがぬ限り、伊達も上杉に対して揺るがぬ思いで支える。伊達は上杉を信じる。

 謙信も政宗も互いに互いが全てを語らずとも理解をしてくれたことに喜び、互いに口元を少し緩めると謙信が差し出した杯を政宗は両手で受け取った。

 そして、政宗が謙信の杯に水を注ぎ、互いに高々と掲げる。

 

「我ら竜と呼ばれる者として・・・・・・」

「天に羽ばたき、行を成さん・・・・・・」

 

 映える月は三日月の夜。舞うべき竜は天に上がろうが、地に堕ちようが、共にあることを願わん。

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