早春の春日山城では景勝の補佐をしつつ本庄実及の指揮の下で兼続と龍兵衛の二人が留守居中の仕事に追われていた。
とはいえ定満亡き後、表立っても執政を任されている兼続と裏で実質上の政務を任されている龍兵衛にとってそれは普段の日常と変わらないことである。
上がってきた報告書に目を通して、自身達が行った政策の報告書も書き、献策書を景勝の下に送る。
そして、時間を割いては弥太郎達が兵を訓練している所を視察に行ったり、自分達も参加したりと何ら変わらぬ日々を当たり前のように過ごしていた。
だが、その日の昼下がり。兼続はいつもと違う切羽詰まった表情で城内を誰も近付かないような雰囲気を出しながらかなり速いペースで歩いていた。
目的の部屋へと近付いて行く度に内心の焦りは大分大きなものへと変わっていく。
自覚を持っていることもかなり危ういということだ。しかし、兼続は由々しきことが起きるかもしれない予兆を捨て置く訳にはいかなかった。
「おい龍兵衛、入っても良いか?」
「・・・・・・」
「? おい、外出中か?」
数秒待ったが、返事がない。しかし、今から龍兵衛に相談したいことは彼にとっても大事なことである。
どうしても今日中には聞いておかなければならないこともあるし、万が一ということもある。
「失礼する!」
という訳で兼続が選択した次の行動は勝手に襖を開けて中に押し入ることだった。
中に入ると龍兵衛は机に突っ伏して手をだらりと伸ばしたまま顔も下に向けながら倒れていた。
「おい、大丈夫か!? 具合が悪いのか!?」
兼続は慌てて駆け寄り身体を揺さぶると突っ伏していた龍兵衛ががばっと起き上がってきょろきょろと周辺を見渡した後にまたゆっくりと机に戻っていった。
「・・・・・・すぅ」
その声が龍兵衛から聞こえた途端に兼続の中で何かが切れた。
「こら、起きろ! 貴様、軍師たる者が仕事中にうたた寝をして良いと思っているのか!?」
何ということは無い。龍兵衛はただ昼寝をしていただけである。しかし、兼続に見付かったのが運の尽きというものだ。
先程までの心配を返して欲しい。そういう思いも含めての恨み節が一発入った。
「痛って!?」
龍兵衛の眠気は兼続が後頭部に放った拳骨によってすっかり吹っ飛んでしまった。しかし、それと同時に龍兵衛には何とも言えないものが襲ってくる。
「頭蓋に反響・・・・・・うぅ・・・・・・ぎゅぅ・・・・・・」
龍兵衛はばたりと再び机に突っ伏した。今度は寝たのではなく気絶してしまった。
表情は下を向いてしまい分からないが、自分がやらかしたので嫌でも分かってしまう。
「おい、龍兵衛? おい・・・・・・! まさか、それほど強くしたつもりじゃあ・・・・・・」
さっきよりもさらに慌てて兼続は龍兵衛の身体を揺する。しかし、反応が無い。
医師を呼ぼうか。そう兼続が思った矢先。
「嘘だぴょーん!」
龍兵衛はばっと起き上がった。長いようで短い沈黙が流れる。
その間に兼続は貯まっていた騙されたことへの怒りを吐き出さんとしていた。何かが切れるような音と共に決壊した。
その音は龍兵衛にも聞こえ、悪戯が過ぎたと反省しつつ兼続から一気に距離を取ると外へ逃げようとする。
「何が『嘘だぴょーん!』だ。そこに直れ! 斬り殺してやるぅ・・・・・・」
武将としても活躍する兼続の方が武芸では上である。外へ逃げようとする龍兵衛も兼続が引っ掛けようとして伸ばした足をひらりとかわしたが、そこからもう一つ出てきた逆の方の足の蹴りを見えても避けることは出来なかった。
「うぎゃ!?」
飛ぶようにして前のめりで転ぶ龍兵衛。取り敢えず右肩を庇ったことは彼の本能的防衛反応というやつだ。
しかし、そんなものは兼続には関係ないしどうでも良い。身を翻して逃げようとする龍兵衛の身体に馬乗りになって実に良い笑顔を作る。
「さぁ、覚悟は良いか・・・・・・?」
「待て待て待て待てえぇぇい!!」
暴れるなとさらに強く取り押さえながら刀を龍兵衛の身体に本気で収めようとする兼続と本気だということが分かってそれから必死に逃れようと身体全身をじたばたと動かす龍兵衛。この格闘は約十分間続いた。
結果として二人が一通り暴れて疲れたところで休戦することで一時的な和解を見た。
「やれやれ、折角の人の休憩を何だと思っているのか」
「だったら最初から休憩中だったと言えば良かっただろう。変な演技をするからこうなったんだ」
「寝ていて喋れたら苦労しない。それに、痛かったことに変わりないぞ」
先程までの暴れ合いですっかり目が覚めてしまった龍兵衛は後頭部も押さえてじとっとした目で兼続を見る。
さすがの兼続も全くの正論に返す言葉が見付からない。
取り敢えず、龍兵衛はただ仕事に一区切りが付いたので休憩がてら寝ていたのを妨害された恨みに兼続が素直に謝ることでその件は終了した。
「で、本題は何だ?」
「ああ、実はな・・・・・・」
兼続は最初に言おうと思っていたことを説明する。
一言、一言言う度に龍兵衛の眉間に皺が寄っていくのを兼続は見ながら更に止めることなく話していく。
途中で龍兵衛は口を挟むことなく最後まで黙って聞いていたが、兼続が全て語り終えると「はぁ~」と盛大な溜め息を吐いた。
「やっぱりか・・・・・・」
兼続は少し寝癖の付いた髪の毛をがしがしとかいている龍兵衛を見るとますますぼさぼさになった気がした。
他愛ないことを思っているが、兼続もあまり良い立場にいる訳ではない。
「そう簡単に言えるものじゃないぞ。謙信様のいない間に何か動きがあるかもしれない」
「分かってるよ。だからといってこちらが先に動くことも出来ない」
先程のことである。
雑談とは必ずどこかで気が抜けてその人の本心が不意に出てしまうもの。龍兵衛や兼続といった軍師達は決してそのようなところを見せないようにと気を配っている一方で向こうが何かこぼさないか耳を傾けるように心掛けている。
兼続が名代として春日山城に来ていた黒川清実のある家臣と話していた際、その者はうっかりと口を滑らせた。
龍兵衛に対しての不満が溜まっていて、もしかすると失脚を試みるようになるかもしれないのでそれとなく兼続に協力を仰いできた。
「で、答えは?」
「分かりきっていることを言わせるな。それよりも、向こうはかなり露骨にお前のことを言ってきたぞ」
「例えば?」
「金の無心だの。景勝様との仲が悪いから低い地位のままなんだ。などだが・・・・・・そういえばどうして黒川殿の家臣がどうしてお前の地位が低いと決め付けていたのだろう」
「そりゃあ、黒川殿本人ではなくて黒川殿の家臣だからだろ」
龍兵衛はさも当たり前のように返事を返す。しかし、兼続も妙に納得した。
龍兵衛は外様とかつてのことがある故にあまり高い地位にはいない。軍議でも誰かに振られるまでは口を開かず、表立って大きく出たのは最初の東北への遠征の戦略を諸将に伝え渡した程度。
実力を評価する者もいたが、出奔の表向きの理由が理由なだけにそこで印象が悪くして陰口を叩く者もいる。
知っている者もかなり限られているので兼続もそこは仕方がないと割り切ることが出来る。
だが、景勝とは表向き仲が悪いように見られていたし、距離を取るようになってからは全く口を聞くこともなく、話題が出ても笑って誤魔化すだけでますます仲が悪くなったのではないかとまことしやかに語られている。
だが、兼続も謙信が出奔した折には龍兵衛は景勝の補佐をしっかりと務めて役目をきちんと果たしていたことを知っている。どう見ても仲が決して悪い訳ではないことは見ていれば分かることだった。
それは清実も同じな筈。清実ならば龍兵衛の本当の立場がどのようなものなのか分かっている。にもかかわらず、家臣達がそう言うということは清実は敢えて無視しているようにしているとしか考えられない。
「他の方はどうなのかな?」
「さぁな・・・・・・ああ、安田顕元殿は大丈夫そうだぞ」
珍しく兼続の口から冗談が出たことが意外だったのか思わず龍兵衛も笑ってしまう。
「あれは主家に対しては真っ直ぐ忠義をひたむきに向けているからな。問題は他の揚北衆だ」
龍兵衛の言いたいことは兼続も分かる。しかし、難しい問題であることも分かっている。
揚北衆は長年越後の阿賀野川以北に土着し、その影響力は越後全土に及ぶ。しかし、越後を完全に掌握しようとする上杉からすればそれはあまり好ましいことではない。
上に立つのは上杉であって揚北衆はあくまでもその配下である。
徐々に進めているとはいえ豪族同士の連合の頭領という体制から脱却して上杉が越後の君主である体制を築こうと画策していることに揚北衆の一部からは不満が出始めている。
例えば、揚北衆の本拠地出歩いて岩船郡には高根金山という鉱脈がある。
上杉の財力を強化したいという思いから兼続と龍兵衛は高根金山を上杉の直轄としようと画策している。しかし、当然のことながら反発が出た。
上杉は佐渡金山の中心である相川金山を始めとする鉱脈の採掘を前々から直轄とし、更に政景亡き後に上田にある上田銀山を直轄にしている。また、青苧座も手中に収めているにもかかわらず、どうして高根金山までいるのか。
そういった声が揚北衆の一部から出てきている。しかし、全員ではないのが未だに兼続と龍兵衛に対しての反発が表面化しない理由でもあった。
「水原さんと中条殿はこちら側。本庄繁長殿も説得が必要とはいえ上杉家への忠誠心が揺らぐとは思えない。やはり後は黒川殿という訳か」
実質的に揚北衆第二の勢力を誇る清実さえこちらに付いてしまえばもはや上杉が越後の全土を完全に手中に収めたと言っても良い。
しかし、そう簡単に終わることではないのが現状である。
「中条殿と黒川殿の対立を知らないのは越後にはいないからな・・・・・・」
溜め息と共に兼続は腕を組む。
先の新発田重家の反乱でも清実は中条と轡を並べるのを拒否するように常に中条のいる本隊とは別に新発田の支城を攻めている。
本隊その後に合流しなかったことで中条景資から訴えられたが、その際も最後まで本隊の援護に徹するべきと判断したまでという主張を繰り返し、最終的には反乱が起きたばかりという考えから謙信も不問に付していた。
「だけど、黒川殿も水原さんと中条殿がこちら側に付いていることは知っている筈だよ。それに本庄殿は俺が何度か文書や直接会って説得をしていることも知っている筈。ますます孤立することが分からない程、黒川殿も愚かな人じゃない」
揚北衆の中で最大の勢力を誇る中条景資と新たに新発田城の城主となって揚北衆を監視する役目を持つことになった親憲。さらに上杉の中でも指折りの武勇を誇る繁長を相手取ってまで景資と対立を続ける清実。
彼がこの情勢を保ち続けることが出来るのは兼続や龍兵衛達の勢力に不満を抱え、対立する者がいるからに他ならない。
「大熊殿が密かに背後に付いているとしか考えられないな」
兼続は龍兵衛の言葉に背中が少し冷える思いをした。
大熊朝秀は段銭方として手腕を振るう上杉には数少ない文官である。仕事上、龍兵衛もよく顔を合わせていて仲は良い。
だが、それ以上に本庄実及と仲が悪い。ライバル関係と言えばよく当てはまるが、越後守護上杉氏の滅亡前後から守護代長尾氏に共に仕え、その時から事ある毎によく対立していた。
今回もそうである。実及が揚北衆と対立する立場にあるから朝秀は揚北衆に味方している。
そう考えると筋が通っているし、清実がこちらに膝を屈しないのも頷ける。
「やはり、大熊殿に監視を付けるべきか」
「待て、まだそれは見送った方が良い」
兼続には黒川が膝を屈さない理由としてまだ心当たりがあった。
先程、龍兵衛は繁長と連絡を取り合っていると言っていたが、中条と黒川同様にそれに反応する者が必ずいることを知っていた。
鮎川である。かの家は本庄とはかなり因縁深い関係であることを樋口・直江と譜代の間を渡ってきた兼続はよく知っている。
そもそも本庄氏は元は桓武平氏秩父党の一族で、鮎川氏は本庄氏から早い時期に分かれた一族とされている。
だが、繁長の父である房長の時に鮎川清長が彼をそそのかして出羽に追放した過去がある。繁長はその後復帰を遂げるが、そのことで鮎川を目の敵にしていた。また、鮎川の方もその後も度々本庄と領土問題を起こし、本庄との仲は日に日に悪くなっている。
もしも、本庄が龍兵衛と連絡を取っていてこちら側に付こうとしているのを知れば間違いなく黒川の派閥に付くだろう。
「そうか・・・・・・そこは盲点だった。ありがとな」
龍兵衛が左手をぴっと立てて礼を言うと兼続は照れながらもちょっと嬉しそうに俯いている。
ちなみに龍兵衛はこの時代には無いだろうと思っていたツンデレという単語を普通に慶次が言っていて兼続がツッコミを入れていたのにかなり衝撃を受けたのは余談である。
だが、兼続はすぐに仕事顔に戻り、おとがいに手を当てて考えている素振りを見せる。
「そうなると鍵を握るのは色部殿と見て間違いない。何か策はないものか」
色部勝長は本庄と鮎川が争った際に両者の調停に入っている。また、繁長が復帰して清長を討ち取ろうとしたときには再び両者の仲裁をしている。
川中島の際も上杉軍の勇将として奮戦した為、謙信からその武功を賞賛されて安田長秀らと共に血染めの感状を頂戴している。
楊北衆の中でも上杉に対しては滅私奉公を続け、実力、勢力は楊北衆で五本の指に入る勝長をこちらに付けることが出来れば得るものは非常に大きい。
だからこそここで何か恩を売ってこちらに近付けさせたいが、きっかけが無い。
「あるよ」
そんな兼続に龍兵衛は某バーテンダーのような言い方で兼続の願いにあっさりと答えた。
「実はな。色部殿絡みでちょっと今揉め事が起きているんだ」
いつも戦陣において勝長は白地に日の丸の小旗を用いている。ところが、平賀重資という蒲原郡護摩堂城主が全く同旗を用いているので勝長はこの旗は自分が謙信から授けられた紋であるのに平賀ごときが使用するのはけしからんと先日、訴えを出した。
一方で重資の方も同じ旗を斎藤朝信の家臣も使っているのだから問題ないという風に反論して、揉め事になっているのだ。
そして、その裁量を任されているのは他でもない龍兵衛である。
「なるほど、確かにこれを使わない手はないな」
「だろ? だけど、ここで早々と判決を出す訳にもいかない。大熊殿と鮎川殿の動向を見ながらだ」
もし、色部がどちらかと繋がっていたとすればそれはこちら側の首を自分で締めることになる。
あくまでも、どちらの主張を是にするかを他の者にも聞いてみてから判断したいということを言っておいて、その間に色部を探る。
色部が鮎川達と繋がっていれば訴えを取り下げるようにさせ、逆ならば色部を勝たせてそのまま取り込んでしまえば良い。
ここで龍兵衛にはもう一つ名案が浮かんだ。
「なぁ、平賀重資殿って女性だったよな?」
「ああ、それが?」
「もし、色部殿が鮎川殿達と繋がっていなかった時、お前にちょっと協力してもらうかもしれない」
最初は『女性』という単語が出てきて訝しげな表情を浮かべていた兼続だが、前置きが功を奏して龍兵衛が何を言っているのか理解して「任せて欲しい」と自信ありげに頷いた。
それから二人は誰がどのような立場を取るであろうか、改めて確認を始めた。
「越中の山本寺殿、吉江親子殿も寺島殿もこちら側、竹俣殿も魚津にいる以上、このまま自然にこちらに付くだろうな」
「小国殿は中立を保っているが、これはお互いが丸く収まるようにと立ち回っているようにしているだけ。いざとなればこちらに付く手筈は私が整えている。問題は、山吉殿だな」
山吉豊守の病は徐々に深刻化している。そして、彼が死ねばおそらく跡を継ぐのは病弱な長男の盛信ではなく次男の景長。
その際に三条城とその周辺の領域を没収することは密かに決められている。それに恨みを抱いて景長が清実側に付く可能性が高い。
「だが、山吉殿は本庄実及殿の娘御を正室としている。血縁の誼で本庄殿から説得を頼むという方法もあるが?」
「説得のことは俺も同じことを考えている。けど、家の利益の為に血を捨てる可能性がこの時世にはあるし、山吉殿が仮に死去すればしばらくは景長殿ではなくて山吉殿の家臣が家を引っ張って行くだろうしな」
景長は龍兵衛や兼続よりも年下である。彼をしばらく補佐するのは豊守の代からの家臣。かれらがこの裁断に不満を持てば間違いなく山吉は血縁のことなど関係無く清実側に付く。
「景長殿もしばらくは家臣の言うことを聞かない訳にはいかないだろう」
「ああ、景長殿が家臣を無視出来る程の強引さがあれば話は別だが」
「龍兵衛、そのような者が上杉にいると思うか?」
「いないだろうなぁ」
何だかんだ言っても皆はそれぞれの家に仕えている家臣のことを考えて行動している者ばかり。楊北衆が反発するのも統治している家臣や民に今までよりも苦しい生活をさせるであろうことへのある種の恐れ。
しかし、ここで手をこまねいていることは上杉家直臣の二人には許されることではない。
「謙信様が不在、田植えも近い今。腰を上げることは絶対にするなよ」
「言われるまでもない。第一に兼続もだ。お互いに身の回りに気を付けないとな」
兼続が頷いたところで長い会話は終了した。
楊北衆の恐ろしさは実父からも養父からも教えてもらっていた。しかし、これほどまでに面倒なものだとは思わなかった。
兼続は生来汚れ仕事は嫌悪している。しかし、やらねばならないということも理解している。
楊北衆はいよいよ龍兵衛の失脚を狙い、内輪揉めも辞さない可能性が出てきた。彼の失脚はどうしても避けなければならない。
内々のことに関しては龍兵衛はかなり優秀であり、汚れ仕事も平気でやってくれる上杉の中でも数少ない人物である。
武人の気がある者達が多い中で龍兵衛のような存在はかなり貴重である。それが故に長年越後で暮らしている楊北衆にとっては面白くないのだろう。
今更、妬いたところでそれが楊北衆の面々に出来るかと問えば答えは否。
いきなり文官のようなことが出来る筈がない。にもかかわらず、龍兵衛の仕事の重要さを理解せずに勝手にそう言っていること事態に兼続は汚れ仕事を行うこと以上の強い嫌悪感を持っていた。
完全に理解しろとは言わない。しかし、理解しようと努力しないことが嫌でしょうがなかった。
全体的なことは龍兵衛がほぼやってくれると言っているし、自分はその補佐をすれば良い。そして、龍兵衛が手を挙げた時には、共に上杉の内憂を排する。それだけである。
そんなことを考えているとぐらりと視線が揺れた。
「なっ・・・・・・」
廊下に出てしばらく歩いていると兼続はいきなり背中を殴られた。
春日山城は間者が登れないように返しを付けている。しかし、襲撃者は兼続が気配に触れることなく背中を襲ってきた。
かなり痛かったが、どうやら致命傷には至っていないらしい。前屈みでうずくまり激痛に耐えながらも兼続は振り返って何者かと確認しようとする。しかし、誰もいない。
不思議に思い思わずきょろきょろと辺りを見回してみるが誰もいない。
兼続は立ち上がりながら首を傾げてどういうことなのかと考える。
「ん?」
よく見ると三毛猫がこちらを小馬鹿にしたような表情で見ている。
「くひっ」
そう鳴くと三毛猫は悠々と立ち去って行った。
そして、兼続は今日何度目か分からないぷちんという音を自分の心の中で聞いた。
「ぎゃあああぁぁ!!?」
そんな声が春日山城に響き渡るのはそれから三分後のことである。