高水寺城はかつては平地にあった城だったが、応仁の乱の前から乱れていた東北の状勢を鑑みて郡山の丘陵上に詰の城を築き、最頂部に本丸がありその南に二の丸、東に家臣の右京屋敷や姫御殿などがある。
最盛期には斯波御殿と呼ばれ、名門の血も相まって高水寺斯波は戦国大名化することも出来た。しかし、それは一つの躓きによって不可能な状態となった。
「何と、もう葛西は落ちたというのか!?」
「間違いございませぬ! 殿、ご判断を!」
「ぐぬぬぬ・・・・・・」
当主の決断力の無さ。それは家臣同士の対立を招く。
書状を握った手がわなわなと小刻みに震えている。その光景を見ながら周りの者達も無理も無いと個人個人で頭を悩ませている。
天然茶髪を肩まで伸ばした女性、というよりは少女と言った方が正しいだろうか。高水寺詮直は季節外れの汗をかきながら頭を悩ませる。
だが、彼女にとってこのようなことになったのは初めてであり、なかなか良い策は出てこない。
高水寺斯波家は現在の当主である斯波詮直の曾祖父である詮高が謀略に優れていたといわれ、雫石に勢力を誇っていた戸沢を攻略。
雫石城攻略後に次男の詮貞を雫石城に入れ、更に雫石領内の猪去館に三男の詮義を配するなどして家中の結束を固め、更に詮高の息子である経詮が先述の弟達と共に共同統治を行なって父の時代から続く高水寺斯波家の全盛期を築き上げた。
しかし、詮真の代になると『三日月の丸くなるまで南部領』と言われる程に南部の最盛期を作った南部晴政が勢力を拡大させ徐々にその圧力を受けるようになり、婚姻関係を結ぶことによって一時的に脅威を避けていた。
詮真は何もしていない訳でもない。祖父や父程までは積極的な戦略を立てずに領内の治安維持に心を砕いていた。
無論、このままで良いと思っていた訳ではなく、葛西・大崎や稗貫らとの関係強化を図り、南部の侵攻に備える為に軍備を整えていた。
しかし、そのまま彼は南部の侵攻を受けないままに死んでいき、外へと出なかったのが跡取りに悪影響を及ぼしてしまい、自身は政務を家臣団に任せ、方針を巡って家臣の統率が取れないままでいた。
詮直は父の詮真に名門故に大切に育てられていた。それ故に他国の脅威を机上で知りはすれども身を以て知るのは今回が初めてであった。
意見が別れるところを取り纏めるのもほぼ初めてである。
「殿、ここはひとまず、九戸の援軍を待って籠城なさるべきでは?」
九戸の主君である南部とは南部家先代の晴政に詮真が戦で敗れた為、実質上は支配下にあった。しかし、名門故に生まれるプライドがこれ以上の他家への依存を許さず、独立意識が強い。
斯波は足利一門の中でも名門であり、足利将軍家に匹敵する家格を有した。故に詮直の家系は斯波としては高水寺斯波の生まれながらも足利の遠祖で平安後期の名将、源頼義・義家以来の聖地ともいうべき斯波郡を領有してきた。
これが家臣の間にも染まっていて、それが現状の言い争いにも少なからず原因がある。
「それはならん! 斯波家は将軍様の御一門ぞ! 九戸などに膝を屈するなど以ての外!」
「今、恥を忍ばねば我らは滅ぶしか道はありませぬ!」
家臣同士が怒鳴り合っているにもかかわらず、詮直は誰かを頼りにするのでもなくただおろそかとするばかり。
「ならば、雫石殿は我ら数千の兵馬で一万以上の上杉軍と外で戦えというのか? いくらこちらに地の利があるとはいえ、この差はどうにもならぬ」
「では、岩清水殿には何か策があるのか?」
「先程申したように、九戸を頼るしか道はありますまい。そう言う雫石殿は何か上杉に勝利する為の策があるのですか? 九戸も頼らずに勝利する方法が。是非、お教え願いたい」
「そ、それは・・・・・・」
「とにかく! 岩清水殿の策は良策ではありませぬ。これだけははっきりしていることだ!」
四人の人物が唾を飛ばし合いながら行っている言い争いは収まる気配が全くない。
岩清水義長・義教姉弟と雫石久詮・猪去久道が名門のプライドを捨てて南部に援軍を乞うか、プライドを捨てずに最後まで自力で戦い抜くという方針で割れている。
だが、どちらにしても現状ほぼ不可能な戦略であること。敗戦必至であることに間違いない。
南部にとって国外の脅威よりも国内の憂いの方が重要である。時間的にも余裕は全く無い。
外に出たところで上杉・伊達・蘆名・大内は強者揃い。勝てる可能性は無いと言って良い。
「殿、如何致しますか?」
「殿、九戸を頼ったところで良いことはありませぬ! 名門の血を絶やさぬ為にも、何卒、何卒・・・・・・」
久詮達に良策が出なかったことを良いことに有利に義教が詮直に判断を仰ぐが、すかさず久道が泣きそうな表情で額を床に着けて懇願する。
傾きかけた方針は詮直がそれを見て決めあぐねた為に議論はまた平行になる。肝心の詮直は全くその中に入ることは出来ずに。
詮直自身『名門』という言葉に弱かったことは確かだったし、斯波家中では周知の事実であった。
先祖代々の築き上げてきたことのほとんどが名門の『箔』で解決してきたという思いが常に頭の片隅に置かれていた。
一度頭に入った固定観念は簡単に捨てることが出来る程、詮直は柔軟ではない。
最後は待ちに待った各々の意見をどちらも取り入れることなく「後日、裁断を下す」と言ってさっさと軍議を終わらせてしまった。
詮直が立ち去って行く時、盛大な溜め息が評定の間に広がった。まるで彼女にわざと聞こえさせているように。
「馬鹿者!」
軍議が終わるなり義長は弟を自分の部屋に呼び出すなりいきなり怒鳴った。
評定の間に響いた盛大な溜め息。吐いた張本人は義教である。
あの場での溜め息はただの溜め息で済むようなものではない。明らかに詮直に対して聞こえよがしに吐いたものだと他の家臣には確実に思われている。
「姉上、それは誰もが思っていること。いい加減、某も疲れ申した」
内心の思いを『馬鹿者!』の一言で収めた義長の心を義教も感じていた。確かに義教の言いたいことも分かる。
詮直が先程の二つに別れた戦略に対しての論争に決着を付けれずに既に一ヶ月は経とうとしていた。義教とてさっさと決めてくれれば主張した戦略を取り下げる潔さを持っている。
しかし、詮直が敵を目前にしてもなかなか裁断を下さずに後へ後へと先延ばししているせいで葛西と共に上杉を迎え撃つことも出来ずに葛西は滅んでしまった。
これだけでも実直な義教の詮直に対する不満は溜まっている一方であったにもかかわらず、更にその後も葛西の残党を支援することなく動かずにあっさりと上杉に葛西の領土を与えてしまった。
葛西・大崎が同盟を組んでいた際は南部がまだ背後を脅かす存在であった為に動くことが出来なかった。
しかし、葛西が健在の時、落ちた後の残党の抵抗時、数の差があれども何度も上杉の動きを止めることは可能だった。そう義教は信じていた。
「まだ九戸の援軍が来れば、勝機はあるのにどうして殿は分からないのでしょうか・・・・・・姉上、やはりここは雫石達を排する他・・・・・・」
「阿呆! このような場所で口に出すでない!」
義長の手が義教の頬に入った。
ここは高水寺城内。どこに耳があるか分かったものではない。
猪去と雫石は高水寺斯波の庶流の流れを組む一門である。かれらに媚びる者は大勢いることは二人共良く知っている。
もっとも、かれらは決して野心を持っている者達ではない。先程の主張も斯波の行く末を思ったまで。
しかし、体内に流れる斯波の血は成り上がりの謙信や家格の違う南部や九戸の懐に入るという選択肢を一瞬で切り捨てた。
「・・・・・・とにかく、某は納得がゆきませぬ。上杉はもう目の前に来ようとしているのに・・・・・・」
「それ以上言うな。もはや進退窮まっている現状を打開するにはせめて詮直様だけでもどこかに行かせなければならない。とにかく、もう一度詮直様に会ってくる。お前は岩清水城に戻って兵を集められるだけ集めてくれ」
「はい・・・・・・」
義教の苦虫を噛み潰した表情を見て義長は姉の顔でぽんと肩を叩いた。
「そうふてくされるな。今は時を稼ぐことに集中だ」
自分達が奮戦すれば詮直もこちらの意見を取り入れてくれるだろう。
詮直も家の窮地になっても今までのように遊び呆けることはない。そこまで愚か者ではないと信じていたが、期待は彼女の部屋へと行くことで木っ端微塵に打ち砕かれた。
詮直の許可を得て中へと入ると彼女は先程まで悩みを浮かべていた顔と同じとは思えない程に楽しそうな表情で絵を描いていた。
詮直と彼女が描いていただろうそこら中に散らばっている完成した絵を交互に見て、不安だから一緒に付いて行くと言った義教の血管が切れそうになっている。
「殿、いい加減にして下さい! 何故に危機が迫っているにもかかわらず、そうのんびりと絵などを!?」「うるさい。危機が迫っているからこそこうした息抜きがいるというものだ」
更に怒りに身を任せて詮直に詰め寄ろうとする義教を手で制しながら義長は平身低頭、詮直に向かい合った。
「殿、上杉はこれまで諸大名には比較的宥和政策を取り、首領の者も降伏すれば許してきました。しかし・・・・・・」
「ああ、長い話は無し無し! 言いたいことはさっさと言ってくれ」
気付かれないように天を仰ぐと義長は詮直に無感情な声で事実を告げた。
「このままでは、殿の御命も危ういかと」
ずっと描いている絵から目が離れていなかった詮直の目の色が変わり、手がぴたりと止まった。
「上杉は、殿のことも滅ぼすおつもりかと」
「何、斬るのか!? 斯波家一門の私を!?」
無礼は承知であったが、こうするしか詮直を話に集中させる術が無かった。
事実、大崎義隆や葛西晴信は上杉によって討たれている。東北、特に奥州・羽州の北側は豪族達の内乱が絶えず繰り広げられている。
降伏させるという選択肢を取ってもそれぞれの利益を主張して結局傘下に入れてもまた内乱を起こされる可能性が高い。
上杉は名家などということもどうでも良く斯波もその豪族の一つとして捉えているだろう。
「殿、上杉は元は越後の守護代にしか過ぎない者。あの者らに相手が名門という考えはございませぬ」
物は言いようだが、命のことになれば人は餌にありつこうとする餓えた野獣のように必死になる。
特に詮直は斯波家一門の誇りと箔を絶対と思っているところがある。故に敵は決して自身を殺さずにその前に家臣達が力付くで敵を追い返してくれるだろうと信じていた。
しかし、今回はまるで勝手が違うというように家臣達は頭を抱えている。詮直も皆がこれほどまでに深刻に考え込むのは初めて見た。
それでも、上杉は家臣達がやはり追い払ってくれる。何だかんだ悩みつつも最後は解決してくれる。故に先程のように軍議で意見が割れてもどうせすぐに自分が決断しなくても誰かが決めて自分は「よし」と言うだけで終わり。
そう思っていた。
「殿、ここは一つ、我が岩清水城に参られては・・・・・・」
「嫌だ!」
いきなり自分で決めろと言われて詮直は疲れていた。足を動かしたくない。外に出たくない。生まれ育ったこの城から出たくない。
今までと違う状況に置かれている。その事実は受け入れるしかないのだろう。しかし、その代価として我が儘の一つぐらいは聞いてもらわないと困る。それが彼女に残った子供心から出た反抗心だった。
「しかし、この城では孤立してしまいます」
「駄目! ここからは出たくない!」
「されど、ここでは救援が来たとしても・・・・・・」
「うるさい、うるさい! もう私は決めた! 二度とこのことは申すな!」
義長・義教が立て続けに懇願するも、詮直は不機嫌そうに筆を無造作に取り、再び絵にかじり付いてしまった。
岩清水姉弟はもう我慢が出来ないというような怒りの表情を押し隠すことも出来ずに食って掛かろうとする義教が義長の必死の制御を受けながら部屋へ戻ろうと歩く。
眉間に皺を寄せ、額に青筋を作り、悔しさと怒りが混ざった表情を全面に出しながら義教が歩く姿を義長は隣で哀れんだ目で見た。
途中、二人は久道に出会ったが、詮直の下に向かうと聞いただけで立ち去った。
「行くだけ無駄です」
義長から後に受ける鉄拳制裁も覚悟の上で義教は忠告した。
案の定、久道は一歩足りとも詮直の部屋に入ることは出来なかったという。
寺池城の陥落の後、上杉軍は伊達軍を先鋒に未だに従わない寺池城以北の葛西家臣の城を立て続けに落としながら快進撃を続けていた。
目の色が変わったように伊達軍が素早く功を立ててくる為に蘆名や大内も負けるかと月ノ輪城や鼎館、米谷城を立て続けに陥落させ、上杉はほぼ葛西の旧領を支配下に置いた。
謙信率いる上杉軍は休む間もなく降伏勧告を無視した高水寺斯波を討つべく、どっちつかずの対応を見せた和賀を滅ぼし、斯波の圧力を受けていた稗貫を救出すると北上川沿いに進路を取りながら高水寺城に迫った。
「このまま一気に高水寺城を落とす! 東北の民に安らぎを与えるのも時間の問題だ!」
『はっ!』
斯波の国内に入ると橋爪城と大巻城を僅か三日で落とし、一気に高水寺城を包囲せんとしていた。
謙信が軍議を散会させると残ったのは颯馬・官兵衛・親憲・景家ら上杉軍の上層部のみとなった。
戦が続いているにもかかわらず、謙信の顔色は戦勝が続いているせいか随分と良い。
「謙信様、実は先頃、安東殿から使者が参りまして、南部が安東殿を仲立ちに降伏致したいと」
颯馬は書状を謙信に差し出す。機嫌が良いのは謙信と同様だ。
「・・・・・・なるほど。だが、南部は家中に火種があると聞く。我らに付くことは構わないが、その反抗勢力がどうでるかだな」
南部は現当主の南部信直が南部家の最盛期を築いた先代の南部晴政の実子ではなく、重臣の子供であるということで権力の集中化を恐れた他の家臣の分裂、対立を招いている。
その代表格の津軽為信が信直の実父である石川高信の居城である石川城を落とし、更にはかつて上杉に刃向かうよう愛季に仕向けた浪岡顕村を安東に追放させていた。
浪岡家は元々北畠親房の後裔とされ、東北地方では名門とされていた為、彼を追放した後に津軽と安東の仲は悪くなり、戦を行った時もある。
しかし、信直は腰を上げることをしなかった。というよりも出来なかった。
九戸家が推す九戸政実の弟、九戸実親という人物との世継ぎ争いを繰り広げて当主に収まった為、九戸とも仲が良くない。信直が津軽を討伐に行けば背後で挙兵する可能性もあったので自らは動けずに家臣達に一任していた為に指揮が低くなかなか勝利出来ずにいた。
「すぐに援軍を差し向けるべきか?」
「はい。なるべく早い時期がよろしいかと」
謙信の問いに颯馬がすかさず賛同の意を示し、他の将も特に何も言わずにいる。
本来なら援軍を出さずに南部の力が弱まったところを待ってそこからそれなりに上杉の傘下になって上杉を頼らざるを得ない時になって動くことも考えられたが、弱くなったところを付け込むことは上杉の家風ではないし、後に聞こえが悪くなる。
そもそもここで援軍を派遣しなければ、南部は津軽を討伐することは難しくなる。
九戸政実が虎視眈々と南部家当主の座を狙っている今、南部と津軽が睨み合っていて決着が付かない時、出兵する機会が九戸には出来る。
斯波と九戸は南部と対立し、南部が上杉を頼っているところで利害が一致する。つまり、九戸からの援軍の恐れが十分にある。
長年、南部の精鋭として戦場に出ていた九戸の兵と戦うことは避けたい。上杉が援軍を派遣することによって津軽は背後を警戒しなければならなくなり、南部も上杉の介入によって対津軽戦線に余裕が出てきて九戸に対する睨みを更に利かせることが出来る。
九戸も動くに動けない状況になり、斯波も降伏か討ち死かを選択せざるを得なくなる。
「このことを高水寺城の将兵達に伝えましょう。斯波詮直も慌てて降伏するかもしれません」
颯馬の言葉に謙信は力強く頷いた。
「そうだ。颯馬、例のことはどうだ?」
「はっ、官兵衛の協力で上手くいっております。ここで時間を置きますか?」
「いや、士気も高く勢いをある今。策があるから時間をくれなどと言えば必ずや不満が出る。血をあまり流さずには終わらせたいが、はてさて・・・・・・」
謙信は決して戦であろうとなかろうと人の命を粗末にするようなことはしない。しかし、味方の命の価値へと嫌でも流れてしまうのは謙信だけに決まった訳ではない。
力が減ればその家は否応無しに勝利した家に頼らざるを得なくなる。
その道理は謙信も天下を取る為には渡らなければならないと分かって割り切っている。
故に軍師達の上げてくる良策と思えるものは採用して、申し訳ないと思いながらも軍師達に細かな策は任せている。
寺池城で颯馬の下に向かった際に兼続張りの説教を食らい、反省して慣れないことはやはり人に頼ることにした。
任せてみれば、きちんと次善の策も用意している手前。やはり本職の上手さというものだろうか。せっせと颯馬と官兵衛の二人は実行寸前まで持ってきてくれた。
これで少しは気楽になれるというものだ。心にゆとりが出来ると家臣達の緊張した表情も見ることが出来た。がちがちになるよりはましだ。戦前、気分転換も必要である。
「どうだ。皆で酒でも?」
「謙信様、いくら何でも少々気を抜き過ぎです」
「あはは、そうだな。では、水で我慢しよう」
親憲に咎められてはぐうの音も出ない。
謙信は自ら一人一人の杯に水を満たし、謙信の号令で颯馬達は一気に皆で呷った。
強い春風が田植えが来るぞと伝えているように謙信は感じた。後一ヶ月も経たない内に時期が来る。
「(急がねばならないが、焦ってはならん・・・・・・そこが難しいな)」
岩清水城で岩清水義教が謀反を起こしたのを皮切りに簗田や日戸などの斯波家家臣達が呼応して一斉に挙兵したのは三日後のことである。