上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第百十三話 今日から上杉軍休みます

 上杉軍は高水寺城を落とし、斯波詮直は討ち漏らしたものの、城に馳せ参じた有力な重臣達の多くを討ち取り、斯波家を完全に無力化させた。

 雫石城も猪去城も主がいなくなったと知った途端、あっさりと開城して上杉に降伏した。

 岩清水義教は処遇を政宗に任せた。結局、政宗は彼を最後の最後で利益を得ようと裏切った逆臣として扱い、処断しようと岩清水城を攻めたが、義教は九戸を頼って落ち延びたらしい。

 政宗も最初は追撃しようと考えたが、田植えの時期が迫っていることを理由に一旦米沢城まで撤退した。

 南部からの援軍要請を謙信は伊達を頭に安東と戸沢に任せて慶次に言った通り、農民兵の帰還を理由に田植え前の撤退を完了させた。

 加えて残った伊達以外の二つの家も農民兵を帰還させる為に一旦領地に撤退して少ない正規の兵のみの行軍となるだろうが、津軽と九戸で四苦八苦の南部からすれば恵みであることに間違いないだろう。

 来年には南部の内乱に介入しようとしていただけに願ってもないことと言えば願ってもないことだった。

 戦続きであることには目を瞑るしかない。背後の不安を無くすことに待ったはもうかけられないのだ。

 恩義を着せることが出来れば恩義を感じ取って戦わずに向こうから下になってくれるかもしれない。今までよく裏切りを味わっていながらも謙信は決して折れることはなく、外れることもなかった。

 これが謙信の良いところであり、時折悪いことにも繋がる性格である。

 今回は良い方向に向かって欲しい。誰もがそう思っていた。皆が連戦に次ぐ連戦で疲弊していた。

 孫子曰わく、百戦百勝は善は善なるものにあらず。

 謙信も兵法を知る者としてそれはよく知っている一文の一つだ。しかし、複雑に関係が結ばれ、誰が味方なのか分からない東北ではそれを一回破壊するしかなかった為に戦い続けるしかなかった。

 収穫前に万事解決という当初の目標とは大きな差が出た結果となり、人手不足の分、民への補償を出すという赤字まっしぐらな政策を取らざるを得なくなったが、覚悟した上でのことなのでここからは国内を立て直すことにしばらくは心を砕くことになる。

 帰って来た時に謙信は思った以上の歓迎を受けた。

 収穫時を通り越して田植えもぎりぎり間に合った時期の帰還の為に不満が出てくるのは覚悟していたが、皆が謙信自身の帰還を心から歓迎しているのを見ると内心、安堵の溜め息が出てくる。

 出迎えてくれた重臣達に留守の間にかけた迷惑の労いと間に起きたことや報告書を提出してもらうとやはり普段の春日山での生活が良い思ってしまう。

 

「(なるべく早く楽隠居したいな・・・・・・)」

 

 その為には早く天下統一をしばければならない。しかし、なかなかそれは難しい。そして、それは更にこれから難題になってくる。

 関東の北条・佐竹。越中から加賀にかけての一向一揆勢。そして、宿敵である甲斐の武田。もちろん、織田も忘れてはならない。

 この四つの家の中で動きが盛んなのは織田・北条だろう。

 北条は既に東上野を抑え、武田の治める西上野も狙わんという姿勢を見せている。これからは房総半島を取るか下野に介入するかは分からないが、どちらにせよ流れは佐竹よりもある。

 織田は東を徳川・今川に任せて伊勢の一向一揆と浅井・朝倉との決着に本腰を入れ始めている。東へとはまだ将軍家や三好、本願寺という脅威があるが、武田を先に討つ可能性も無きにしもあらずというところだ。

 徳川・今川は北条を気にしているのか織田に止められているのか不気味な沈黙を保ったままである。太原雪斎という名の馳せた軍師がいる以上は何かを企んでいると見て良い。 

 

「まぁ、全ては内々のことを終えてからだな」

「何がでしょうか?」

 

 背後で景家の声を聞いて何でもないと手で制しつつ気付かれないように口を塞ぐ仕草をする。

 彼女にもこれからは忙しく動いてもらわなければならない。

 軍師達が以前から主張している上杉の越後完全直轄化の下準備をこれから始めなければならない。

 楊北衆が持っている高根金山を直轄にしたり、山吉の領地を没収したりすれば、かれらは力が徐々に奪われるのではないかとびくびくすることは必至。

 謙信は後に空いた東北の領地やこれから攻める関東や信州の土地を与えることで調整を図りたいと思っているが、取れるかもまだ分からない所をやると言っても逆に不信感を持たせるだけである。

 そもそも謙信自身もそう簡単に取れるものだとは思っていないし、東北への国替えはまるでかれらからすれば都落ちのような気分だろう。

 これからが大切だと謙信は改めて自身の中で厳しく言い続けた。

 

「景家」

「はっ」

「時期は任せるからお前はしばらく休んだ後に飯山城へ向かってくれ」

「あの、謙信様。坂戸の方は、よろしいのですか?」

「構わない。向こうは清実と憲政殿達に任せておけば心配ない」

 

 弱くなったところで虎は虎である。獅子の台頭も怖いが、謙信の脳裏には川中島の記憶が残り続けている。

 未だに立ち向かい合ったことが無い者と幾度も戦い、雌雄を決し合ったことのある者。謙信も人である以上は一対一で、生身で戦った相手の方へと目が行くものだ。

 北条も上野を取ったばかりですぐに越後へと目を向けることはないだろう。そもそも北条は関東の覇権を目論んで行動しているのだから上杉がちょっかいを出さない限り攻めてくる可能性は低い。

 武田は北の上杉、南の徳川・今川に挟まれて動こうにも動けない状態ではあるが、上杉が北条か一向一揆を攻めている間に越後に攻めてくる可能性もある。

 あの執念深い信玄ならば有り得る話だ。故に警戒しておかなければいずれ足元をすくわれかねない。

 

「いくら弱体化しているとはいえ、信玄は信玄だ。決して、侮るな。飯山城に着いたら義清にもそう伝えてくれ」

「はっ!」

 

 良くも悪くも景家は忠義に篤い。悪いところは謙信自身に忠義が篤過ぎて功を急いてしまうところがあるあたりだ。

 もちろん、謙信も承知のことで手綱はきちんと引くようにしている。

 勝手に戦線を広げられては民の負担がますます多くなる。

 景家もそこにはきちんと気を配れる人だ。分かっているだろうし、その辺りも踏まえてもう何度か口を酸っぱくして言っておけば景家も謙信の考えを汲み取り、勝手に信州に入ったりはしないだろう。

 だが、一つだけ懸念があった。

 

「後、もう一つ付け加えるぞ」

「はい! 何でしょう?」

「明日、明後日にも行こうなどとゆめゆめ思うな」

「うぐっ・・・・・・」

 

 去ろうとしていた景家に少し強めに言ってみれば図星だったらしい。顔に「どうして分かったんですか!?」と書いてある。

 景家の悪いところのもう一つ。時折、自分のことに目が行って兵のことをうっかり失念すること。

 

「景家は分かり易いからな」

「か、からかわないで下さい!」

「ははっ、私が慶次ではなかったことに感謝しておけ」

 

 そう言う謙信も茶目っ気がある為に景家からすると油断大敵である。

 第一に慶次は別に墓穴を掘らなくても普通に悪戯をするので変わっても同じことだ。

 だが、景家に何かツッコミを入れる程の気を回す余裕など無く、おろおろするしか彼女にはやることがなかった。

 それを見て謙信はまた笑みを深めた。別に加虐心がくすぐられた訳ではない。ただこうして景家が乗ってくれるのが楽しいだけだ。

 普段よりも長くからかいを出来る理由は余裕があるからである。

 今宵は久々にゆっくりと休める安堵感が謙信にはゆっくりと出来上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 出陣した時と違って大分暖かい風が吹き始めて人の心を穏やかなものにさせるようになった。

 風の音、暖かさは人の心を左右するのかもしれない。現に颯馬は寒い東北の風に吹かれていた時は謙信と二人きりになってもどこか、落ち着かないようなもどかしさと訳も無く苛々するような気分になっていた。

 戦の合間ということもあるのだろうが、それでも冬の残ったような冷たい風よりも春がやってくると知らせる風の方が断然良い。

 良く身体も動くし、頭も働くような気がする。

 帰って来るなり颯馬は任せていた仕事を確認する為、身体を休めることなくすぐに龍兵衛と兼続の下に向かった。

 颯馬が部屋を訪ねた時、兼続は景勝と共に別の仕事に向かっていた為に留守にしていたが、もしもの時の為にと龍兵衛は予め兼続から資料を預かっていた為に話は滞りなく進んだ。

 留守にしていた間は特に何も他勢力のこちらに対しての攻撃はなかったこと。

 内政としては特に大きな事件も無くほとんど平和的であったこと。

 そして、龍兵衛はしつこく湿田から乾田への変更をお願いしたところ、ようやく幾つかの村が折れてくれたこと。

 

「大きな一歩だよ」

「そんなにか?」

「これで確実に米の生産性は上がる。しばらくは新田の為の不作が起きるかもしれないが、安定すれば絶対に上手く行く筈だ」

 

 颯馬は農業を見たことがあってもやったことは無いズブの素人だ。そもそも、軍師としても武将としても農家出身という者は珍しい類である。

 だが、目の前にいる農家出身の龍兵衛が確信を持って言っている以上は間違いないのだろう。

 龍兵衛には実際に確信があった。江戸から明治時代にかけての干拓作業と阿賀野川と信濃川の堤の建設。更には流れを変える為の支流作りなど厳しい土木作業を強いることになるだろう。

 それでもやらなければ越後を日の本の米所にすることは出来ない。

 以前から進めている鉱脈の発掘と密かに進めている青苧座への支援と管理化、直江津と新潟港での交易の拡張。

 ほとんどの改革が成功を納めている。

 そこに農業が成功すれば農・商・工の三つが他国よりも成長している国に越後はなれる。

 

「そこまでにか・・・・・・」

 

 正直、颯馬は全く予想も出来なかった。京や堺を見て、差を感じていた。しかし、龍兵衛は差を埋めるだけでなく上に立つことも可能だと言う。

 

「あくまでも希望的なものだけどね。でも、間違いなく可能だと思うよ」

 

 普段は断言を避けることが多い龍兵衛が断定した。

 実行することで出来ることだということを確信しているということだ。

 後は民への理解だと颯馬も知ったところで協力は惜しまないと龍兵衛に彼は約束した。

 感謝しつつひとまずはその村で乾田に移行させた後に出るであろう効果を大々的に発表することで他の村にも乾田への移行を促す考えだと龍兵衛は締めくくった。

 それから話題はがらりと変わり、龍兵衛が兼続と共に密かに進めている楊北衆の力を抑えることへの対策についてになった。

 

「そっちはどうだ?」

「万事順調。とまでは行かないが、流れはこちらにある。山吉殿がこちらに付いた。これで三条城は上杉家の直轄地となる」

 

 まだ先々の話だが、山吉の領地は山吉豊守が逝去すれば嫡男の盛信も病弱であるという理由で領地は没収されることになっている。後は代官を派遣してしまえば誰も文句は言えない。

 黒川清実の行動が気になるが、当分は坂戸にいてもらう為に憲政達の目があって動けない筈だ。

 

「・・・・・・こんなところだな。謙信様には黒川殿の動きに逐一注意するようにと兼続とも言っておく。颯馬も頼むぞ」

「分かった・・・・・・そうだ。多分、謙信様から俺達には改めて言うことになると思うけど・・・・・・」

 

 颯馬が思い出したのは伊達が謙信に行っている水面下での交渉。謙信が彼だけに教えた大切な情報である。

 信用しているからこそ颯馬は龍兵衛に自分が知っている限りのことを伝えた。 

 

「そうか・・・・・・伊達に百万石を」

「ああ、だけどただで与える訳ではないみたいだな。寺池城を落とした時も本来なら伊達の功だったんだが、一人占めになるところを蘆名殿や水原さんを使って妨害したんだ」

「そりゃあ、当然だな。今から大きな顔をされても困るし。伊達殿は上杉が服従させている者達の中でも最も力と人が揃っているから、これ以上大きくなるのを黙っている訳にはいかない」

 

 外でも内でも水面下で駆け引きが行われている。つまり、軍師は当分両方に目を向けなければならない。しかも、これから戦後処理が待っている。

 

「休みが欲しい・・・・・・」

「同感だ・・・・・・」

 

 戦が終わっても休むことなど軍師には許されない。

 ぼやいている二人だが、本心はきちんとそれぞれが行うべき仕事に向いている。

 おそらく颯馬は官兵衛と外交を、龍兵衛は兼続と家臣達の調整を行うことになる。とはいえ、しばらくは内側主体になる為に前者の二人も後者の応援になることが多くなる。

 

「くれぐれも、伊達からは目を離さないようにな」

「分かっているよ。しかし・・・・・・」

 

 そこまで言うと急に颯馬の雰囲気が変わった。先程までは少しばかりは冗談を言っても通じそうな程度の真面目さが、今は下手なことを言えば通じないようになっている。

 

「それにしても、謙信様はよく政宗殿を近くに置けるものだと思ってな」

「上杉の中でも大きな力があるにもかかわらず、更に大きくなろうとする向上心のようなところか?」

 

 颯馬は首肯する。器の大きさが皆の崇拝にも似た尊敬を集めていることは颯馬も龍兵衛も知っているところだ。

 

「まぁ、それが器の大きさの違いかな・・・・・・」

「それを越えて奥深くに入り込んだお前が何を言う」

 

 顔を赤くして恥ずかしそうにしている颯馬を見てますます龍兵衛の心は楽しくなっている。

 親憲と共にはっきりと謙信との仲を知っていますよと言ってあるからこそからかえることがただ面白いだけだ。

 

「と、とにかく、謙信様が伊達殿を認めている以上、俺達からは何も言えない」

「分かってるよ。謙信様は信頼を置けない人は決して用いる方じゃないからな」

 

 下手なはぐらかしで逃げるように去って行った颯馬をにやにやと見ながら龍兵衛もお互いの部屋へと別れて戻って行った。

 

 

 人を見る目が鋭いと言えばそれまでだが、鋭過ぎると自身を傷付けかねない。そのことは龍兵衛も重々承知している。

 もちろん、謙信もそうであるに違いない。しかし、その果てが分からない為に龍兵衛は謙信という人物を尊敬していた。しかし、今は畏怖となっていることに自身で気付いた。

 

「颯馬、俺は怖いんだよ。謙信様が・・・・・・」

 

 能力があり、それなりに反骨心がある者でも決して謙信自身の器から漏れることはないと判断すれば一度は恭順してもう一度反旗を翻そうとも再び取り込む器の広さが龍兵衛には颯馬同様に畏敬の念と共に恐怖を抱かせた。

 葛西・大崎や北奥州の豪族達のように手に余ると判断すれば簡単に葬り、津軽・九戸の場合は伊達や安東、戸沢を使って完全に滅ぼしてしまう強さ。

 どこかで歯車が狂えば全てを上杉譜代の家臣のみにしてしまい、それ以外を使うだけ使って後は使い捨ててしまうという恐ろしい顛末を迎えてしまいそうな程に高みへと昇って行く主君が今や親しみやすさと共に畏敬の念を超えて恐怖にもなろうとしている。

 

「(だからといって、謙信様は決して道を外すようなことはしない筈だ。皆と笑い会えるような人は決して道を外すこと有り得ない)」

 

 心にあるものが畏怖でありたい。恐怖を抱くような思いは美濃にいた時だけで十分だ。

 取り敢えず、先程会った時に謙信からは留守の間の労いとしばらくは内政に専念する故に力になって欲しいと兼続共々お願いされた。

 労い一つで一回一回感激している兼続に痛い視線を送っていたら謙信の部屋だったにもかかわらず、殴られそうになったのは余談である。

 もしかすると器を計ろうとすること自体が間違いなのかもしれない。計り知れない故に知ろうとしても届かない。ただの無駄な行いなのかもしれない。

 

「そう考えた方が楽かもな。別にやましいことをしてないんだからびくびくする必要もないし」

 

 たまには慶次のように軽い気持ちで考えてみるのもありなのかもしれない。

 

「ま、慶次に感謝したところで何も出てこないんだけど・・・・・・」

「あらぁ、分かんないわよぉ」

「・・・・・・」

「痛たたた!? 何すんの!?」

 

 思いっ切り頬をつねってみる。反応しているところを見ると幻覚では無さそうだ。

 

「何で突然入って来たのか不思議だったもんで、つい」

「だからっていきなりつねることないでしょう?」

「悪い悪い。で、何しに来た?」

 

 単刀直入に訪ねると慶次は一旦目を明後日の方向に向けて考えるような素振りを見せる。そして、急に頬を赤くしてぐいっと龍兵衛に迫った。

 

「戦での・・・・・・高ぶった気を慰めに」

「・・・・・・」

 

 何を言っているのかは分かる。もちろん、慶次は龍兵衛が抱え込んでいる悩みなど知る筈がない。だが、人を明らかに間違えている。

 

「戦のことなら一緒に参加した颯馬の所に行けば?」

「けんけんの所に直行したわよぉ」

 

 龍兵衛は舌打ちとと共にどういうことなのかを全て悟った。

 慶次は颯馬が謙信の部屋に行ったのを目撃してそれとなく付いて行き、二人っきりのところを覗いたのだろう。

 時間が時間なだけに身体を重ねていることは無いだろうが、それでも慶次の心を揺さぶるには十分なものだったに違いない。

 

「あのね、もう少し人を選んだら・・・・・・って、駄目?」  

「駄目よぉ。男としても、ねぇ・・・・・・」

 

 顔が赤い。鼻息が荒い。敢えてそうしているのか口呼吸になって肩を揺らしている。それに合わせて大き過ぎる胸が揺れて見たくなくても目が行ってしまいそうになる。そもそも、当たっている。

 どうやら本気で慶次は誘っていると龍兵衛は悟った。しかし、応える気など彼はさらさらない。

 

「(このままだと振り切れないな・・・・・・)」

 

 ぎゅっと力強く慶次は龍兵衛の服を掴んでいる。無理に剥がそうとすればそれこそびりびりになって折角の服が台無しになってしまう。しかし、先程言ったように今の龍兵衛にはその気になるような気分でもない。普段は巧みに隠しているだけだ。

 如何にして逃げるか真剣に考える龍兵衛。すると、一つの記憶が蘇ってきた。

 上手く行けば今後は慶次をそちらに向けさせることも出来る。

 

「慶次・・・・・・目、閉じて・・・・・・」

「えっ・・・・・・」

 

 囁くようにそう言ってゆっくりと龍兵衛は慶次の唇に自身の唇を近付ける。

 

「ぐっ・・・・・・」

 

 呻き声と共に慶次の身体が前に倒れ、遂に龍兵衛の部屋で起き上がることは無かった。

 

 

 

 

 

「ん・・・・・・あれ・・・・・・」

 

 慶次の目が覚めたのは夜になってからの話である。

 身動きが取れない。それもその筈だった。

 慶次はしっかりと亀甲縛りで出てるところを強調され、大股開きで足を固定された状態で固定されていたからだ。

 

「え、えぇぇええー!?」

「ああ、起きたか?」

 

 しかも、声をかけてきたのは龍兵衛ではなく弥太郎であることも予想を超える光景だった。

 

「えっ・・・・・・あ、ああ、あたしは、確か、龍ちんのとこに・・・・・・あれええぇぇー!?」

「その龍兵衛が、私に『良いものが手に入ったから好きに使って下さい』と言って呼んだのだ。付いて行ってみればその格好で縛られているお前がいたからな。ありがたく、お持ち帰りさせてもらったまで」

「えっ、お持ち帰りって・・・・・・」

「ああ、安心しろ。ちゃんと布団に包んで隠しておいたし、足の開いているのは私の部屋に着いてから龍兵衛が縛った」

「いや、ちょっと待って。何、その前に好きにして良いって、どういう意味?」

 

 慶次の発言に弥太郎は少し驚いたらしく、目を丸くする。しかし、慶次が周りをきょろきょろと見回しているのを見てまだ状況が分かっていないだけだと気付き、安堵したように息を吐いて慶次に近付きながら口を開く。

 

「私もこのところお前同様に溜まっていてな。謙信様が帰る前に何度か龍兵衛の部屋に夜這いを仕掛けてみたが、逃げ出した挙げ句、猫に見張りをさせる始末でな。それで今日は期待してあれの部屋に行ったのだが・・・・・・まぁ、お前で解消するのも悪くない」

 

 そう言いながら弥太郎は急に頬を赤くして、慶次が動けないことを良いことに身体のあちこちを弄ろうと手を伸ばす。

 

「いや、待って! あたしは百合には興味なんか・・・・・・」

 

 慶次は嫌な予感が汗で流れたのを感じると動かない手足の代わりに口を動かす。しかし、そんなことは弥太郎には通用しない。

 

「まぁ、そう言うな。求め合えば男も女も関係ない。ましてや・・・・・・」

 

 一度、口を止めると弥太郎は慶次の唇をさっと一瞬だけ奪った。それに動揺する慶次の隙を見逃さない。

 

「互いに溜まっていればなおさらよ・・・・・・」

 

 そう言われると慶次は抵抗らしい抵抗を見せることはなくなり、弥太郎のなすがままになった。

 

「よし、これで良い・・・・・・さーって、今日は早く寝よっと」

 

 静かに戸を閉めて「くっくっく・・・・・・」と笑いながら忍び足で帰って行く者に慶次は最後まで気付くことは無かった。

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