上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

124 / 207
抜けていたところがあったので一旦消して再投稿します


第百十六話 武人は燃えている

 本庄繁長は真っ先に鮎川清長・盛長親子の本拠地である大葉沢城を囲もうと、三面川の支流に沿って総大将の繁長を先陣に、彼の武勇を頼りにする魚鱗の陣を構えた。

 対する鮎川軍は大葉沢城の南西にある鑑窓寺に陣を敷き、数の多さに任せて鶴翼の陣にて迎え撃つ構えを見せる。

 

「かかれ! 一気に鮎川の木っ葉武者共を蹴散らしてくれる!」

 

 睨み合いもそこそこに繁長の号令の下、兵が声を上げて駆け出して行く。

 鮎川の台頭が面白くなかった。しかし、彼を排するには必要な力が繁長には無い。

 政治力をあまり持っていない彼としては他に何によって自身の力を上げるべきか。武勇を以て功を上げることである。それは繁長自身も自負してきたことであり、他の将も知っていることである。

 北陸奥では謙信とは別行動になることが多かったとはいえ、葛西・大崎の様々な支城を落とすなどの手柄を立てた。にもかかわらず、繁長に与えられた恩賞は金と小さな領地だった。

 繁長としては金よりも大きな領地が欲しかった。鮎川よりも強くなる為には彼よりも大きな土地を持ってその下で力を付けて向こうの頭をぺこぺこさせるぐらいの差を付けたい。

 そこまではさすがの繁長もはっきりと言わなかったが、謙信や颯馬と官兵衛には予め功を立てたらなるべく土地が欲しいと前もって言っていた。

 

「お前には五百石分の領地増加と二百貫文の金銀を与える」

 

 謙信は葛西・斯波との戦後の論功行賞で繁長に与えたのはこれだった。

 ちらりと颯馬と官兵衛を見やると少し目を見開いて驚いたような表情を浮かべていた。つまり、二人は交渉してくれていたのだ。

 しかし、謙信は欲しいと言ったものを与えようとしなかった。

 その時、初めて繁長の頭の中で謙信に対しての不満が生まれた。

 謙信は家臣を大切にして出来ることなら家臣の言うこともきちんと聞いてくれていた筈だった。にもかかわらず、何故に東北への移封でも良いから領地が欲しいと言っていた繁長自身の言うことを聞いてくれなかったのだ。

 疑問が不満へと変わるのは当然のことだった。しかし、繁長も馬鹿ではない。

 畿内の織田に負けじと破竹の勢いで東北を着々と支配下に置いている上杉に反旗を翻すのは難しい。

 第一に謙信に楯突くことなど繁長の頭の中で微塵にも無かった。しかし、鮎川親子への恨みや妬みはそれ以上に強かった。

 盛長などは模擬戦や鍛練の打ち合いでも一回も勝ったことはないというのに勢力が大きいという理由で繁長の前では常に大きく見せようという虚栄心が見え見えだった。

 その怒りを見透かしたように届いたのは一通の書状であった。

 鮎川との不仲は知っている。彼らの討伐に手を貸す故、これから我々が越後に攻める時には援助してもらいたい。

 主君である謙信を滅ぼすことになるのは惜しいだろうが、一個人として謙信を立てるよりも家の長としての本分が繁長にもある筈だと相手は言ってきた。

 確かに謙信はこのところ家臣を使い、高根金山の直轄化を画策し、実行するなど楊北衆の弱体化を目論んでいるような行動も見えてきている。

 加地春綱のように東北の辺境の地へと移されるのは時間の問題である。上杉は間違いなく直臣のみを大切にしてこれからそれ以外の者を排除するだろう。

 確かに考えようであった。間違いなくこれから先はすぐにとはいかなくても上杉は勢力を伸ばして行く。

 関東・東北の趨勢を握っていると言っても過言ではない。しかし、楊北衆がそれに反比例して徐々に影響力が下回っているのは否めない。

 気付けば繁長は自身のような楊北衆からの家臣は蔑まれ、春綱のようになってしまうのではないかという不安が生まれた。もしかすると謙信は本庄一帯も所領を没収して東北の地へと移すかもしれない。

 楊北衆からすれば長年先祖が治めてきた土地から離れろと、故郷を捨てて新しい土地で生きろと言っているようなものだった。

 しかし、謙信は苦言を繁長などが言っても聞かない。そこで謙信が留守の間に軍師や謙信の側近に声を掛けてみたが、かれらも繁長のことを聞かず、兼続や龍兵衛においてはむしろ協力を願い出る程だった。

 聞けば高根金山を上杉の直轄地にしようと画策しているらしい。楊北衆にとってかの金山から取れる産物は財源の要そのもの。

 取られるのは楊北衆に上杉の下に付けと言っているようなものだった。

 武人として尊敬していた謙信がそのようなことをするのには繁長も失望した。

 武人として勝利すれば謙信も必ず心を改めてくれる筈だと繁長は信じていた。

 謙信を繁長は主君としてではなく、武人の崇拝者として見ていた。そのことを書状を送ってきた者は知っていたとも考えられる。 

 もちろん繁長も綺麗事のみで乱世を生き抜いて行けるとは思っていない。それは繁長自身も味わったことであり、叔父を討った時もそうだった。

 父の十三回忌と呼び寄せて手打ちにするという策を思い付いたのは繁長本人である。

 それ以降繁長がそのようなことから距離を置いているのは叔父に嵌められた自身と叔父が重なって見えるというトラウマから来ているのは別の話だ。 

 相手はおそらく謙信よりも謀略に長け、決して劣勢に立たされても怯まずに謙信を倒そうとしている。

 如何にも武人らしいと繁長は思った時、力をこれ以上得ることが出来ないと思った時、謙信よりも更に自らが尊敬に値する者が現れた時、何よりも鮎川親子への恨みを晴らすことが出来ると思った時、繁長は腰を上げた。

 

「申し上げます。鮎川軍が徐々に退却を始めている模様」

「よし、追撃を掛けろ。一気に大葉沢城を取る!」

 

 自らも槍を振るいながら繁長は前へと進み続ける。

 結局、彼を突き動かしているのは謙信への不満よりも鮎川親子への恨み。そして、謙信が行き過ぎているのかそうでないのか、それを見定める為。

 政治力や知略に乏しい彼には方法が武によって知るしかなかった。それ故に立ち回りや根回しも苦手であった。

 

「申し上げます。黒川様が上杉に一族を人質に出し、忠誠を誓った模様」

「何!?」

 

 迂闊だった。謙信に近頃不満を持ち始めていた清実ならば寝返ってこちらに同調してくれると思っていたにもかかわらず、繁長の心境は電が近くで落ちたような驚きと戦の生死をさ迷う時以上の恐怖によって支配された。

 

「・・・・・・追撃を中止しろ」

「はっ・・・・・・?」

「追撃を中止しろ! 急ぎ本庄城に撤退する!!」

「し、しかし・・・・・・ここは追撃を続け、上杉軍本隊の到着前に大葉沢城を落とした方が・・・・・・」

「ならぬ! 撤退と言ったら撤退だ!」

 

 よく鍛練されている上杉軍の正規兵の機動力もさることながら、それに付いて行く徴集された農民兵の機動力も繁長は素晴らしいと思っていた。

 農業の合間を縫って鍛練をした成果なのか、謙信への忠誠から成せることなのか。

 とにかく、かれらは疾風の如き早さを持っている。上杉の機動力を以てして勝利したこともある。

 繁長は上杉軍の機動力を味方の頃は頼もしく、恐怖に感じていた。

 故に繁長は戦功を以て身を立てる武人であるにもかかわらず、撤退するという選択を選んだのだ。

 

 

 

 

 

 本庄城に帰参するなり、繁長の貧乏揺すりが止まる気配を見せない。

 

「我が方の被害は?」

「死者三百。負傷者はその三倍かと」

 

 盛大な繁長の舌打ちが本庄城の評定の間に響く。

 結果として本庄軍はなりふり構わずの撤退で鮎川軍が序盤の劣勢を覆さんと気張った為に追撃をほぼ殿無しで受ける羽目になった為、被害は客観的に言うと鮎川軍よりも出た。

 繁長は比較的冷静な武人として上杉家中では知られているが、この想定外の出来事にはこめかみに青筋を立てなければならなかった。

 本庄城に万が一に備えて籠城の準備は整えてある。

 後は謙信がいつやって来るのか。謀反を囁いて援助してくれると言った者がいつやって来るのか。 

 おそらく謙信が村上城に向かった時ぐらいになるのだろう。そう以前にやり取りをしていた書状にはそう認められていた。

 本庄城は先々代の時長によって築かれた城で臥牛山の山頂に本丸があり、そこからは地方一帯を見渡すことが出来る。

 臥牛山自体は標高が高く、急な斜面と細く作られた本丸への道が攻める方からは脅威となることは間違いない。

 繁長も本庄城の防衛能力については絶対の自信を持っていて、籠城すれば一年以上は保たせることが出来ると考えていた。

 野戦では適わないかもしれないが、本庄城は越後の中でも指折りの堅牢な城として知られている。

 いくら謙信でも籠城して粘っていれば、勝ち目は見えてくる筈である。

 

「上杉本隊は?」

「今のところ姿を見せておりません」

「早よう、詳細な位置を届けるように伝えよ。それから紙と筆を持て、羽黒山衆に書状を認める」

 

 土佐林禅棟は隠居して悠々自適に生活を送り、羽黒山衆はほぼ上杉の支配下の中で自治を行っているものの今後の利害を説けば上手くこちらに靡くかもしれない。

 そして、他にも頼る手はある。望みが薄くともこうなった以上、後戻りは出来ないのだ。

 更に繁長はかねてより清実と通じている春日山城の大熊朝秀や富樫の下僕であることも承知の上で越中の国人衆にも書状を送り届けるように指示を出した。

 背に腹は変えられない。勝たねば謙信はこれを機に、更に楊北衆の弱体化を図るだろう。そうなる前に手を打たなければならないのだ。

 

「殿、上杉軍はどこから攻めて来るでしょうか?」

 

 書状を一通り書き終えたところで家臣の一人が地図を出しながら繁長の意見を伺う。

 繁長は地図を睨みながらおとがいに手に当てて考える。

 本丸へは北東の三の丸へ続く道、他にも東の麓にある屋敷一帯や西の道がある。

 後者の二つはどちらも傾斜はきつく、道が曲がり続けていて三の丸へと進む道よりも狭い為、攻めるのには向いていない。

 攻める際の被害を考えると三の丸から徐々に攻め上がって行くのが良い。最も道が広く大軍を動かし易いのと傾斜が緩く兵も疲労が溜まり難い。

 しかし、七曲りというを登りきったところに虎口があり、櫓門が存在する。両側の虎口から入ると、櫓門の内部に入るようになっていてこの門を中心に城は本丸方向と三の丸とに分断されている。三の丸方向には櫓が二つ、本丸方向には御鐘門と黒門と続き、櫓がある為に定石通りでも籠城に向いている城だと言える。

 しかし、繁長は謙信が本庄城を攻める際は真っ直ぐ攻め上がることはないかもしれないと思っていた。

 兵法でいう正と奇は共に使うことによって効果が出る。本庄城は一見奇の攻めを防ぎ、正でしか攻められないように造られた堅牢な城に見える。しかし、そこを敢えて奇で攻めることが戦での勝利の道である。

 

「三の丸の玉櫓と籾櫓に置く兵は最低限で良い。西と東の麓に兵を増やせ。奇襲に備えるのだ」

『御意!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 謙信の下に書状を送り届けたのは意外にも黒川清実であった。

 彼は対北条として任せれていた坂戸城から本拠地の黒川城に戻り、軍勢を整えて謙信の下に馳せ参じている。

 清実は自身が楊北衆に向いている強い風を押し返す為、先鋒を勤めて繁長を討ちたいと意気込みを謙信の前で語っていた。

 皆が内心の驚愕の声を隠しながらも清実の心意気に感謝していた。 

 

「何故、繁長は清長や盛長にも声を掛けたのだろう?」

「なりふり構わず・・・・・・ということはあの繁長殿も考えていなかっただろうな」

 

 大葉沢城の救援目的が突然の繁長の撤退によって急遽、繁長討伐に目的が変わってしまった。

 分からないという表情を浮かべると謙信も残念そうに小さく笑って返した。

 だが、颯馬は個人的に考えを持っている。黙っているのはあまりにも推測の域を出ない為に話すのも憚られると思ったからだ。

 楊北衆の中でも本庄と鮎川の因縁を知らない者はいない。しかし、その因縁を乗り越えてでも今の上杉の中央集権化に少しでも歯止めを利かせることが出来ると思ったのだろう。

 もしくは抱き込んで殺してしまおうという腹積もりだったのかもしれない。しかし、鮎川はどちらかというと知略に長け、保身が上手い。

 繁長の誘いには裏があると考え、それよりも謙信に属することで更なる功と褒美を得ようとする腹積もりだろう。

 ゆくゆくは同じ家筋に当たる本庄を丸ごと乗っ取ろうする考えもあるのかもしれない。

 どちらにしても繁長の政治力の欠けているところが出たとしか言うしかない。

 

「どうした? 浮かない顔をしているが」

「いや、別に・・・・・・」

 

 濁す言葉に謙信が気付かない訳がない。それでも颯馬は濁して誤魔化し、考えていたことは隠すしかなかった。

 誰もが思った筈だが、颯馬は黒川清実が繁長に同調しなかったのは驚きを隠せなかった。

 謙信が楊北衆の力を削りつつ、他国へと家臣を移そうとしているのに警戒感を持ち、清実を中心としてそれに歯止めをかけようとしているのは謙信も知っているし、向こうも少しずつ感づいている。

 しかし、謙信が春日山城にいた時に謀反を起こしたのは間違いだった。

 仮に颯馬がそうするのであれば、謙信が戦が出ている間に決起する。そして、その前に確実に上杉を裏切るであろう人物を調べて、徐々に接近しつつ挙兵する直前に書状を認める。

 そして、予め間者を放ち、どちらに付くのかを見定めて付かないのであれば何か動けないような工作を施すか、偽の情報を掴ませてこちらに有利になるように動かすようにしただろう。

 逆に言えば清実もそう考えている可能性が極めて高いということだ。清実は楊北衆の中でも優秀な将で隙の無い性格をしている。

 もしかしたら今も隙が無いように動いているかもしれないのだ。

 隠していたつもりの不安が表情に出ていたのか颯馬のことを謙信はじーっと見てくる。

 気恥ずかしさと共に全てを見透かすような謙信の目は颯馬も少し苦手としていた。ただちょっとだけ別の女に手を出しかけた時にすぐに分かるようなあれには本当に参った。

 そして、今も同じような目で見られている。だが、今回は颯馬も決して何もしていない。今後の保障はないが、今回は大丈夫だ。

 

「そ、そうだ。鮎川殿はどうするんだ?」

  

 鮎川親子は繁長の武勇に恐れを為したのか撤退する本庄軍を追撃したきり大葉沢城に籠もったきりで出て来ない。

 強引に話題を変えた颯馬を謙信は訝しげな目で見ながらも真剣に前を向いて視線を微動だにせずに考え、答えを夜空を見上げながら答えた。

 

「何度か早くこちらに来るように催促をしている。だが、なかなかにしぶといというか何というか・・・・・・」

 

 謙信達が本庄城に到着する頃までに軍備を再び整えて出陣する故、今少し時間をくれというように言って聞かないのだ。

 

「もしかしたら鮎川殿はそうやって静観を決め込むつもりじゃあ」

「やはりか・・・・・・もしそうなるとしたら。鮎川は没落させざるを得まい」

 

 不問に付すことも考えられたが、謀反に対して謙信の出陣命令を無視して何もしなかったというのは問題になりかねない。

 楊北衆が徐々に力を失って行くのは颯馬達にとっては腹の内では喜ばしいことであるが、謙信が目の前で悲しい顔をしているのを見ると颯馬も喜ばしい感情を投げ捨てざるを得なかった。

 何故に悲しい顔をするのかどうしたのか問いてみると謙信は素直に口を開いた。

 

「清長を失うのは惜しい。しかし、繁長の武勇を失うのはもっと惜しい。繁長を生かせばおそらくあれはまた機を伺って清長を討とうとするだろう。かといって領地を離すことは難しい・・・・・・」

 

 その言葉に颯馬は目を見開いた。

 謀反を起こした繁長を謙信は生かしておきたいのだ。

 そして、謙信は今清長の名を出したが、盛長の名を出さなかった。謙信は無意識に言ったのだろうが、颯馬は聞き逃さなかった。

 繁長を生かすことは簡単だ。謙信が帰参を許せばそれで良い。しかし、清長を生かして鮎川を没落させるのは難しい。実行に移せば今度は鮎川が謀反を起こすだろう。

 難題の解決にはまだ時間がある。今は目の前を打開しなければならない。

 

「それは俺達の仕事だ。謙信はまた任せておけば良い」

 

 強い口調で言うと素直に謙信は頷いた。先の東北での伊達の一件を颯馬が兼続と龍兵衛に話したおかげで謙信は懇々と諭された。

 説教と言った方が正しいが、家臣が主君にそのようなことをするとは謙信も颯馬以外には恥ずかしくて言えない。

 聞いていた慶次や龍兵衛が温かい目をしてちらりと覗きながらもずっと黙っているのは謙信と兼続には知られていない話だ。

 

「さて、そろそろ私達の動きに気付いた黒幕が出て来る頃だ。万が一においての腹案は私にある・・・・・・それぐらいは任せてもらっても良いだろ?」

「あ、ああ・・・・・・」

 

 普段から愛しく、美しいと思っている相手から身体を寄せられての上目遣いは反則だと颯馬は常日頃から思っている。そして、今回も同じくで謙信のおねだりには頷かざるを得なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。