岩井信能は清和源氏である平安時代中期の武将、源経基の五男、満快の子孫で信濃泉氏の末裔にあたるとされている。
父の満長が義清達と共に武田に敗れ、謙信の下に逃れた。しかし、父は春日山城に世話になっている間に病弱になり、信玄とはその後一度も矛を交えること無く没した。
彼の信玄に対しての対抗心は義清よりも強い。決して蔑んでいる訳ではないが、強敵でも親の敵を討とうとするのは武人として筋である。
故に徹底的に父の代わりに戦うのみ。同士とも言える義清は曲輪の様子を見に行っている為に今は不在。
突然の武田の来襲とはいえここには旧信州豪族の残党将兵が多くを占めている。皆が打倒武田に向けていつでも信州の故郷を取り戻してやろうという気概がある。動揺が少しあっても逃げる者はいない。
此度の信玄の来襲はこれで六回目である。今までの中で実際に戦ったと言えるのは二回。
信玄は東西南北に敵を抱えている状態で動けない今を打破する為に動いたのだろう。ならば、信玄はこの好機を前に逃げず隠れず攻めて来る筈。
これは信能達信州残党にとっても信玄を討つ好機。逃す手はどこにもない。
信能は今度こそ戦えるということを聞いた時は内心で両手を挙げて喜んだ。
しかし、信能も数の差を考えないような愚か者ではない。今か今かと景勝率いる上杉の援軍を心待ちにしていた。
「申し上げます。高梨様より使者がお見えです」
信能は待っていましたと勢い良く立ち上がって急いで城内の櫓から外へと出た。
案の定、既に高梨頼満は義清と共に会談していて信能は立ち話も何だということで近くの置いてある木材を椅子代わりに座った。
「本当によく来てくれたのじゃ。岩井殿共々、礼を申すぞ」
義清がそう言うと信能も当然のように頭を下げる。
三人は信州の豪族の中で信玄に最後まで抗った者同士。この中で一番良く戦ったのは義清である為に自ずと義清が一番上のように上杉では扱われている。
事実、間違いないので信能も頼満も不平は無い。
「それで・・・・・・」
「うむ、景勝様が率いる上杉本隊が後三日程度で来る。おそらく、それまでに武田は来襲しよう。故に軍師である直江殿と河田殿から籠城して待つようにとのお達しだ」
間違いない選択である。信玄は負ける戦をしても二回も負けるような真似はしない。砥石崩れのようなことを信玄は織田との戦まで決してして来なかったのが証拠である。
信能達も信玄の恐ろしさは身を以て知っている。故に頷かない者はいなかった。
しかし、義清の表情にはどこか浮かないものがあった。普段の太陽のような明るさにどこか曇りがある。更に「はぁ~」と珍しく長い溜め息をこぼしている。
「村上殿、一体どうされたのです?」
「いや・・・・・・分かってはおるのだが、この飯山城の先には我が葛尾城があるであろう。悔しくてたまらないのじゃ」
葛尾城は元々義清が居城としていた城。飯山城からは約十九里(五十八キロメートル)強は離れているが、こうして武田と戦うことになるとどうしても旧領の思いが強くなるのは必然だった。
義清の気持ちは二人にもよく分かる。しかし、謙信は東北をほぼ完全に掌握した以降の方針はまだ出していない。
おそらく次は信州よりも先に関東を攻めるだろう。先に信州を攻めるのは北関東の佐竹・那須や三国街道に迫ろうとしている北条に本国を空けているのでどうぞ攻めて下さいと言っているようなものである。
これからまたしばらく武田との戦はお預けになるだろう。ならば信能達はたとえ防戦であっても思うがままに戦い、勝利する。
「さ、私が茶を立てましょう。どうぞお二人共」
信能の誘いに二人は喜んで立ち上がる。
特に暑いという訳ではないが、義清は先程から汗が流れる量が三人の中で最も多くこのままでは脱水状態になりかねないだろう。
良い時に誘ったと信能は密かに思いつつそのまま並んで歩き、三人は世間話に興じる。
戦前から気張るのは本番で気疲れを起こし、力を発揮出来ない。もてなしによって心を和らげるのもまた良きことである。
弾みになることをしなければならないと考えた信能のもてなしは良き点前であった。
本庄繁長の乱と後世ではその名で呼ばれ伝えられている繁長の謀反は長丁場の予感を見せていた。
包囲して早一ヶ月以上が経ち夏をすっかり過ぎようとしている。
互いに動きは無くただ睨み合いが続いているだけ。上杉軍が何度か攻めようと試みてみたが、要害である本庄城の守りを崩せずに退却を余儀無くされていた。
その為、本庄城城内の士気は上がるばかりという訳でもなく、逆に日に日にピリピリとした雰囲気になっていた。
城内を歩く音が静かに聞こえる。音を出している繁長本人は元々大らかで決して配下に細かいことで何か言ったりなどしない。
しかし、今の繁長は自分で出している足音でさえ苛々を感じる程に繊細になっていた。
城に籠もって早一ヶ月。しかし、上杉軍は全く動揺を見せずに本庄城を取り囲んでいる。
一度だけ城外の様子を探ろうと斥候を派遣したものの、あっさりと色部の兵に見つかり、何ら傷も付いていないまま丁重に送り返された。
こちらは余裕がある。いつまでも包囲して待つことが出来るのだという上杉軍からの隠された本庄城への言伝だということは容易に分かった。
このことは将兵達にも既に知れ渡っていて謙信の懐の大きさを見て士気が若干落ちている者もいる。
当てにしている一向一揆や羽黒山と寒河江残党。そして、上杉に逃れても物欲の強さ故に未だ春日山城で冷遇されている白河結城の小峰義親も繁長は目に留めた。
かれらの誰でも良い。誰かが挙兵すれば間違いなく謙信は兵を戻さなくてはならなくなる。
その時、追撃をするも良し、軍備を整えるも良し。時間が出来るということは本庄城の将兵達に休息を与えることが出来る。
上杉も何か手を討っている可能性が高いが、書状が届きさえすれば本庄に靡く者もいるだろう。
何せ信玄も動いてくれているのだから。上杉に敗れ、織田にも敗れたとはいえ信玄が生きている以上は決して落ちたとは言えない。
未だに謙信も信長も武田を攻めていないというのが何よりの証である。謙信もそうだが、信玄が生きている以上は信玄という存在が驚異である為に信長もおいそれと手を出す訳にはいかないのだろう。
故に、今川・徳川にも出撃させずに武田に動きがないように見せているだけなのだと繁長は考えていた。
「申し上げます! 繁長様、北より最上の援軍が。凄い数です!」
「なっ・・・・・・」
繁長は慌てて物見櫓に登ると身を乗り出すようにして最上の旗印である『竹に雀』と義光の扱う『黒の五輪塔』がたなびいている。
最上軍を実質任されている義光が直々に上杉に馳せ参じているということは羽黒山衆は寒河江残党の決起は失敗したのだろう。実際にそれ程の数の旗が立っている。
「羽黒山衆から返事は?」
「ありませぬ。おそらくは、上杉に付いたものかと・・・・・・」
「ここから人がどれほどいるかはよく見えぬが、あの旗の数を見ると三千以上はいるな・・・・・・やはり、羽黒山衆は駄目だったか・・・・・・」
落水距離が長い滝を落ちる花びらのようにすとんと落胆の渦が本庄城内を包み込む。
最上など出羽の大名にも書状を送ったが、返事が返ってくる気配が無い。望みを賭けて託した出羽に潜伏している寒河江や大宝寺の決起によって最上からの援軍を阻もうとしたが、結局は眉唾だったと眼前の光景を見てよく分かった。
早過ぎる結末だった。何も出来ず、願望であった筈の鮎川親子を討つことさえ失敗して、国人衆や豪族にも話を掛けたが、どこからも音沙汰が無い。
「(万策尽きたか・・・・・・)」
いつもはただ武勇を戦場にて示し、何人もの人を殺してきた繁長が欠如している政治力や謀をやってもただの悪足掻きにしか過ぎなかった。
家臣の前でなければがっくりと膝を付いていたかもしれない。だが、信じている将兵達がいる以上は決して弱味を見せて士気を乱してはならない。
包囲されて情報が入っていない為に外で何があったのか分からない。
何となく上杉本隊の旗が減らずに将兵が動かない様子を見るどこかが動いたということは無いのだろう。一向一揆には期待していたのだが、謙信の旗印もあるので動いていないと見るのが妥当である。
ここまで来ればもはや打つ手はない。謀反を起こした自身はともかく将兵を無駄死させたくは無い。
しかし、何もせずに降伏しても本庄繁長という武人はただの時勢の読めない阿呆だと天下の笑い物になってしまう。
せめて鮎川親子を滅するという目的を果たしてから逝きたい。それが繁長が武人としての最期の願いであった。
秋前に謙信は農民兵の収穫作業への滞りが出ることを考えて一時包囲を解き撤退を考えたが、逆に農民兵からの反対に遭い、年貢を事情によって減らすことは出来るが、微々たるものに過ぎないと言っても聞かれずに困ってしまっていた。
これだけを見ても主君がどれほどに民に慕われ越後にその権威が届いているのかが分かる。
「田畑から実る米が我らの生活を潤してくれるのだ。そなた達を帰すことで国が成り立つも同然なのだぞ!?」
「だからって、謙信様が苦しくなるのは勘弁だ。頼みます。残してくだせえ!」
「否、そなた達を待つ家族もおろう。何故に折角の機会を逃すのか!?」
「それは私達ではありません! 謙信様の為に死んだとなれば本望です! 家族も納得致しましょう!」
「ならぬ! 家族が許そうとも、仮にも国を治める私はそなた達が無闇に死ぬことなど許さぬ!」
揉めた。実に謙信と農民兵は揉めた。ああ言えばこう言うの応酬だったが、農民兵代表の十数人相手に一人で戦った謙信もまた見事であった。
謙信は民のことを思い、慈しんでいるからこそその思いのあまり頑固になることもある。だからといって、謙信と農民兵の間で「帰れ!」「嫌です!」の言い合いが起こるとは誰が予想したであろうか。
「止めるべきか否か。颯馬、どうするべきだ?」
「中条殿らしくありませぬな。味方の揉め事を傍観するのは愚の骨頂。されど、私にも止める術がございませぬ。こういうことは官兵衛に任せるのがよろしいかと」
「何その無茶ぶり!? あたしだってあんな所に入りたくないよ」
取り敢えず、中条景資が包囲を続けていても変わらない戦況を憂いて配備の再確認をしようと謙信の下に訪れたら戦場にも似た熱気が漂ってきた為に急ぎ駆け込んでみたところ、既にこうなっていた。
収穫の時期が近付いているので配下の者に指揮させる故に帰っても良い。
普通は諸手を挙げて喜ぶところだが、これが謙信という人物の成せる人望というもの。
徴集された農民兵は代表者を出して抗議に来るという前代未聞のことを平気でやってのけた。
端から見れば呆れるような状況だが、謙信は性格故に農民兵達に強く言えない。それが良い方向にいつも傾いていたので景資も久々にある意味で悪い方向に向いているのを見た気がした。
顔をしかめるようなものではなく謙信が徐々に押されて少し面白いと思えるからまだ許せる。
「(分からない。国は民あってのもの。謙信様はそれが良く分かっている御方。されど、何故に黒川は一時の弱体に耐えることが出来ないのであろうか・・・・・・)」
景資は久々に上杉らしいところを見たと戦の間の和みを味わいつつ、少々疑念を抱いていた。
父である藤資は生前から清実と対立していた。理由として清実から領地のことについて紛争を起こされたことである。かつて父である藤資からはこう言われていた。
『黒川だけは味方とはいえ常に警戒を怠るな』
若き頃の景資にはよく分からなかったが、景資が藤資の死に伴い単独で中条家を引っ張ることになるとその言葉が正しいと分かった。
景資が家督を継いだのは三十路を過ぎて人間としては最盛期を迎える頃。以前から薄々と父と清実の仲違いは察していたが、対象が景資一本に絞られると実にひどかった。
清実はあれこれと景資の主張にいちゃもんを付けてくるようになったのである。「この若造が・・・・・・」と聞こえよがしに言ってくる時もあった。
鮎川親子が龍兵衛や颯馬に行っていることを清実は景資に向けてやっていたのだ。
清実が有能で上杉に忠義を尽くしていることは知っている。そうでなければあの謙信が不介入の方針を取る筈がない。
しかし、人には我慢の限界というものがある。楊北衆筆頭として中条家を引っ張る立場として隠していたが、父譲りの血気の強さを持っている景資は清実のことを何とかしたいと常日頃から思っていた。
長年楊北衆の中で一番目の地位を保ってきた中条の誇りを持って代が変わっても力は変わらないと清実に見せ付けてやりたいと好機を窺ってきた。
景資も武人である為、暗殺や失脚などと卑怯な手を好まない。故に、見返すには武を以て清実を超えるしかない。否、とにかくこの反乱を抑える功を立てさえずれば楊北衆で未だに景資を認めていない者も自ずと靡くだろう。
その時は小童と言われてきた借りを武によって返すという密かな熱い決意を胸に秘め、景資は腹を空かせた虎の如く本庄城という獲物を食い散らす為に時を待つ。
「中条殿、眉間に皺が寄ってるけど」
「む、済まない。少し考え事をしていた」
時を待つ時に気張るのは愚かなこと。ゆるりと時を待ち、一切の気を見せずに時が来れば虎の如く一気に襲い掛かる。
「あ、やっと終わったみたい」
「結局、決着は付かず、明日も引き続きと言ったところだな」
「何時までも包囲を続けている訳にもいかないからね~」
思っていることを二人に言ってもらえた景資は官兵衛の言葉で少しだけ不安が取り除かれた。
「一応、私は謙信様に明日か明後日にでも包囲を切り替えて攻城にすべきだと申し上げようとしていたところだが、二人共どう思う?」
謙信に帯同している軍師が良いと言えば謙信に申し上げる時も後ろ盾が出来る。
しかし、二人は首を横に振って否定的な態度を示した。
「最上の援軍が来たばかりなのに動く訳にはいかないよ。さっき謙信様も最上義光に会ってたけどまだその時じゃないって二人で言ってたから」
蘆名の援軍が今、新発田を経由して本庄城へ向かっている。最上だけでなく蘆名の援軍も来たと知れば本庄城の士気は更に落ちる。
その為に敢えて最上には旗を多めに持って来るように頼んで大軍が来たと繁長に思わせているのだから。
最上も本当は寒河江残党や最上八楯の残党が繁長の反乱に便乗することに備えて兵を置いている為に上杉に多くの援軍を派遣する訳にはいかない状況にある。
蘆名にも同様に旗を多めに持って来るように言ってある為に蘆名が来れば城から見てみれば五、六千の兵が一万以上の兵が包囲しているように感じるだろう。
「そこで降伏勧告を出す訳か・・・・・・されど、本庄も武人だぞ。決めたことを失敗すれば責任を取り、腹を切ることになりかねん」
「筋を通すことが本来あるべき武人の姿では?」
「成る程、颯馬の言う通りだな」
武人ならば主君を立てて命を懸けて守り抜き、最期まで敵に立ち向かうべきだ。繁長の行いはただ武人から外れた愚かな行いでしかない。
そこを非難して繁長の心を砕き、そこに謙信の慈悲の心を聞かせて再び恭順するようにさせる。
ある意味で黒いが、柔よく剛を制すという手段を用いることで知略に乏しい繁長は武人の心を非難するだけで簡単に降るだろう。
「鮎川のことについて、本庄は何か言って来るだろうか?」
「言ってくるでしょうね。ただ、そのことについては謙信様に妙案があると」
「ふむ、未だに言わぬとは何かあるな」
「何にせよ、あたし達は本庄城を落とすことに全力を注ぐってことだね」
珍しく官兵衛からまともな発言が出たことに内心驚きつつ景資は進言しようとした攻城に切り替えることを胸に閉まい込んで自分の陣に引き返すことにした。
あの様子ならば長く陣を置いていても士気が落ちる心配も無く、蘆名が新発田城からこちらに向かっているならば戦自体もそう長くは続かないだろう。
「(好機は逃すやもしれんな・・・・・・)」
一方で景資は清実を見返す為に立てたかった功を立てられなくなる可能性も出て来たことに危惧を抱いていた。
よく考えれば清実にも同じことが言える。繁長が降伏すれば功は颯馬や官兵衛のものになるだろう。それは二人と懇意にしている景資の影響力も強くなるということだ。
決して謙信に反旗を翻すような野心を景資は持っていない。そのことを知っている颯馬達と協力すれば清実も大きく出れることも少なくなるだろう。
既に景資の頭は半分が戦の終わった時になっていた。
戦では何が起きるか分からない。故に、気を緩めるのは愚かなことである。
「中条様! 夜襲です! 本庄軍が襲来しています!!」
それは上杉が油断大敵という言葉を忘れた為に起きた敗北の始まりだった。