上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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幕間 九州乃風

 筑後には一国を統一する勢力は出現せず、筑後守護となっていた宗麟の幕下で各地域の国人衆が共存共栄的に存在していた。それらの中でも特に力を持っていた十五の家を筑後十五城と呼び、有事の際には大友軍として参加する。

 しかし、決して心から臣従している訳でもない。基本的に他の国人衆と同じように利益で動き、義理や人情など当たり前だがある筈もない。

 今回のように上妻郡の筑紫が怪しい動きを見せる時もある。 

 その中で最大勢力を誇る蒲池鑑盛は大友への忠誠を絶対に誓い、毛利からの寝返りの誘いも断っている。

 その影では九州でも有数の堅牢さを誇る柳川城と十二万石という大きな領地を納めているからだというように冷ややかなことを言われていることもあるが、鑑盛本人もそれには気付いており、全く気にしていない。

 彼からすればそれは認めなければならない事実でもある。しかし、石高の多さで事を決めるというのは違うと考えていた。

 たとえ鑑盛は生来の性格から如何なる領地を保有していたとしても決して大友から寝返るようなことはしない。第一に問註所などは一万石程度の領地しか持たないのに大友に忠誠を固く誓っている。

 要は心に決めたものさえあれば領地の大きさや石高の多さなど関係無いのだ。

 

「蒲池様、五条鎮定様が面会をと参っております」

「通せ」

 

 相手の名前を聞いても躊躇わず鑑盛は命じる。

 鑑盛は決して石高が周りよりも多いとはいえ相手を待たせるような真似はしない。すぐに資料を片付けて立ち上がると面会する為の部屋へと向かう。

 

「久しいですな。鎮定殿」

「ええ、互いに肥前の熊には冷や冷やさせられているからね」

 

 五条家の遠い祖先は天武天皇で、その孫が大原王、その孫が後に清原の姓を賜わり、後醍醐天皇の息子懐良親王の征西大将軍としての九州入りに補佐役として従軍し、そのまま九州に土着した由緒正しき家である。

 しかし、その煌びやかな家柄とは裏腹に鑑盛を待っていたのは動きやすそうで爽やかな淡い水色の服を身に纏った若い女性。

 五条鎮定は鑑盛同様、龍造寺と大友の間で風見鶏な態度を見せず一貫して大友派を貫いていて飄々とした見た目からは想像も付かない程に筋が通っている性格をしている。

 

「まったく、今回はあんたも恩を見事に仇で返されたね」

「うむ、やはり龍造寺隆信という人物は人の下に入ることを良しとしないらしい」

 

 かつて隆信が政争に巻き込まれて際に鑑盛は敵である隆信を手厚く保護し、後に佐賀城に彼女が帰還する際に兵を付けて護衛させたことがある。

 しかし、それはもう過去のこと。弱肉強食の乱世では隆信も弱者になることを好まず肥前の熊という渾名が出来る程の強者になった。

 そして、今は鑑盛や鎮定のような者達に立ちはだかる大きな脅威となっている。

 

「それで、何用でここまでわざわざ単身で参られた? この鑑盛に援軍を送れと?」

「馬鹿ね。私もそこまで阿呆じゃないよ。ま、こっちも自分のことで精一杯なのは変わんないだけどね」

 

 ひらひらと手を動かす鎮定だが、表情は少しだけ強張っているのが鑑盛には分かった。

 五条家の石高は一万石程度。龍造寺が攻めてきた際は一溜まりもないだろう。しかし、柳川城は筑後を取る上で必ず先ず龍造寺が目を向ける城。

 援軍を差し向ける余裕は自ずと無くなる。柳川城が落ちてしまえば筑後から大友に属する国人衆は五条と門註所を除いていなくなる。

 しかも、二つの家は合わせて二万石に行くか行かないか程度の兵力しか持っていない。つまり、柳川城は筑後における大友の最大にして最後の砦と言っても過言ではない。

 

「少しは宗麟様に敗れて大人しくなると思っていたのだが、やはり儚い願いでしかなかったか」

「龍造寺殿は平気で恩を徒で返すからね。かつてのように」

 

 鎮定はからからと笑うが、鑑盛の表情に少しだけ怒りが生まれたのを笑みによって細くなった目で確実に見た。

 別段、鎮定は鑑盛を咎めた訳ではないが、やはり義に篤い彼からすれば自身の行いは誤っていたというような解釈をされたと思われたのだろう。

 そんなつもりではなかったと鎮定は名家のお嬢様のような穏やかな笑みで鑑盛に再びひらひらと手を振る。 

 しかし、鎮定はただ龍造寺批判をする為にわざわざ自身の城である高屋城の守備の準備を投げ出して柳川城に来たのではない。

 

「龍造寺の情報はちゃーんとここに認めておいたよ」

 

 見せびらかすようにして束ねた書状を掲げるとぽいっと鎮定は鑑盛に投げ出す。

 ここまで適当にものを扱うのを見るともはや名家の出であることを疑ってしまうが、彼女本人の着飾らない清楚な雰囲気と共に逆に相手には清々しさを感じさせる。

 大友では格上の為、しっかり者の鑑盛からすれば最低限の所作ぐらいはして欲しい。

 しかし、鎮定が集めてくれた情報に鑑盛は思わず唸り声を上げた。

 

「成る程、筑後よりも肥前の統一を優先するということか」

 

 そこには龍造寺がどのように動くのかという情報が事細かに書かれていた。

 その中で大きなことは鑑盛が口から漏れた言葉だろう。

 鎮定という名家の出とは思えない程に諜報に長けた集団を抱える彼女達が血眼になって探った龍造寺の情報を疑うことはない。

 だが、相手は猜疑心では更に勝る隆信である。こちらも疑わずに越したことはない。

 

「まさかと思うが、突如として攻め込んで来るなどということはないだろうな?」

「まぁ、有り得ないことではないわね。でも、今回は可能性は皆無に等しいと見て良いよ」

「訳は?」

「有馬・大村に派遣する兵は一万二千。これは龍造寺が使える兵力の限度ぎりぎりさ。私達以外の国人衆を煽っているのは大友に付いている私達への牽制以外の何ものでも無いってことよ」

 

 要は筑後十五城の面々が後ろを付くことを恐れて行った根回しにしか過ぎないということだ。しかし、それを巧みにひた隠すことが出来る程の知略を持った者がいる。

 

「さすがに鍋島直茂か。主君の欠点をしかと埋めている」

 

 隆信の欠点は血気に逸りやすく、短気なところがある。それを埋めているのは異母妹の軍師の功績に他ならない。

 正に知略縦横の名を欲しいままに毛利と大友を潰そうとしている。

 そう鑑盛が頭の中で少々忌々しく思っているところにそんなの関係無いと鎮定がほれほれともう一通の書状を見せる。

 

「もっと美味しい情報も入っているよ。私もこれを見た時は驚いたけどね」

「・・・・・・早く見せろ。そして、先に言え」

 

 苛立ちを覚えながらも興味を持った鑑盛を鎮定は更に楽しいものを見つけたように笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鑑盛から隆信の親書で静観を貫くという書状が送られてきたのはそれから三日後のことだった。

 

「来たましたね。高橋殿、立花宗茂殿と一緒に秋月の本拠、古処山城に向かって下さい。由布殿は臼杵鑑速殿と一緒に香春岳城に。鎮連は蒲池鑑盛殿と柳川城で合流。あの方は柳川城に残るでしょうが、他の国人衆とは協力し合い筑紫やそれに靡いた者達を倒した後に迂回して立花山城の道雪殿を救援して下さい。もし、筑紫に手を焼くようであれば問註所殿達に任せて結構です。道雪殿の救援を最優先にお願い致します。吉弘鎮信殿は佐伯殿と志賀殿と小倉城を奪取。更に・・・・・・」

 

 龍造寺からの書状でどよめきが走った中で石宗は鋭く普段よりも大きな声できびきびと指示を出す。

 普段から相手が民でも下級の兵でも丁寧かつ穏やかな口調で話す石宗から穏やかが無くなり、毅然とした口調は誰かが意見することさえ許さない。

 しかし、突然のことに家臣達は内心の動揺を抑えることは出来なかった。

 大きな声で宗麟に問い掛ける者はいなかったが、隣同士と話し合うなど落ち着きが無いのは目に見えている。

 

「私だって考えているんだよ。今、筑前や豊前を攻めるって言ったらどうなるか」

 

 その中で宗麟は悪戯が成功したような童のような笑みを浮かべつつ口元のみ扇子で隠す。

 毛利が豊前・筑前を虎視眈々と狙っているのは北九州で知らない者はいない。

 大友対毛利で鍵を握るのは筑後と筑前の国人衆と龍造寺。道雪が筑前を、鑑盛が筑後の国人衆を抑えるとして龍造寺を抑える者は誰か。

 家中に後藤という火種を抱える大村では役不足。有馬は西郷や深堀の侵攻で身動きが取れない。

 石宗はそこに目を付けた。先ず宗麟に許可を得て龍造寺がかれらの内乱に介入することを支援し、更に龍造寺に秘密の約束をすることで毛利に付くよりも敢えて大友を攻めないことによって得る利益があると誰かに吹き込めば良い。

 たとえそれで力が強くなったとしても有馬の背後にいる島津が龍造寺を阻んでくれるだろう。

 

「そういう訳だから。今、石宗が言った通りに動いてね。あ、石宗、相良と阿蘇にちゃんと島津と見張っておくようにっていう書状も出しておいた?」

「はい、既に我が配下が送っているかと」

 

 相良は島津と、阿蘇は龍造寺との対立関係で利害が一致している。

 石宗は僅かな希望に過ぎないが、阿蘇と鑑盛が連合を組み、龍造寺の背後を攻めるということも考えていた。しかし、あくまでも筑後の国人衆の全てが大友に付くという条件なのでほぼ無理だろう。

 

「じゃあ、よろしくね。私も後陣として小倉城に向かうから。惟信、頑張ってね」

「は、はい!」

 

 宗麟はいきなり言われて慌てる惟信を見てくすくす笑いながら散会を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

「少し驚いたよ。宗麟様があそこまで深く考えていたなんて」

 

 失礼千万な発言だが、鎮連からするといつも邪険に扱われ、最近になってやっとましになってきたのだ。その為、今一つ宗麟という当主がどのような人なのか分からなかった。

 

「まぁ、あまり鎮連とは関わりを持とうとしなかったからね。ここのところまでは」

 

 鎮連に宗麟が心を開いたのは最近のことである。

 どれだけ邪険な扱いをされようとも必死になって石宗の下で励む彼を見て宗麟が偏見を恥じた為だ。

 以降は徐々に宗麟も鎮連に意見を求めるようにもなり、鎮連もそれに応じて日に日に実力を伸ばしている。

 深慮が及ばずに石宗や宗麟に振り回されることもあるが、それは一種の親睦を深める表現だと道雪達も暖かい笑顔で眺めているのは別の話である。

 

「全て宗麟様と角隈殿の手の平だったのだな。まさか、毛利や秋月に不審がられないようにする策だったとは」

「日向に兵を出すと思わせることを俺達家臣達にも浸透させることで他家の者も騙すということだったんですね」

「敵を騙すには先ず味方、ということですか」

 

 紹運と鎮連はどこか得心行ったように、惟信は先程の突然の振りに少し衝撃を受けてちゃんと答えられなかったことへの恥ずかしさから言葉少なげに呟く。

 

「ですが、龍造寺も私達が大きくなることを防ぐ方が先決ではありませんか?」

「いや、客観的に考えてみるとこの戦は秋月や毛利に奪われた土地を奪い返す戦。しかも、完全に奪い返せる可能性は無いと思う・・・・・・まさか、石宗様は・・・・・・」

 

 鎮連は自身の推測を粒立てて行く内にはっと顔を上げた。目を見開いた彼はそれ以上は言わなかったが、代わりに惟信が気付き、声に出た。

 

「もしかしたら、鍋島も?」

「有り得ると思わないか?」

 

 惟信がはっと顔を上げ、鎮連は自身の推測が人に分かってもらえて安心する。

 直茂が石宗と連絡を密に行っていたことは鎮連も知るところ。利害を説いて石宗は隆信さえも納得する条件を出したのだろうと鎮連は考えていた。

 

「でも、どうやって宗麟様は鍋島直茂をこちらに手懐けたんだろう?」

「多分、有馬と大村じゃないか?」

「成る程、かの領地を龍造寺のものに・・・・・・随分と宗麟様も大きく出たものだ」

 

 紹運は鎮連の推測は何となく当たっていると思った。大友が毛利に目が行っている間に肥前を完全に平らげることが出来れば龍造寺は大友や島津と並び三大勢力となる。そして、隆信は大友に対して大き過ぎる恩を着せられたことになる為、しばらくは大友に刀を向けることは無いだろう。

 それでもまた寝返ることがあるかもしれないが、筑後の国人衆の統一を石宗が前からよく口にするようになったと鎮連は思い出した。

 龍造寺よりも未だに心からこちらに付こうとしない国内の国人衆を纏め上げることが大切だと言う石宗に鎮連は龍造寺の背後にいる大村と有馬のことが頭をよぎり、口を滑らせた。

 まさかそれが石宗の耳に入り、この策まで行ったとは本人は知らない。

 ちなみにそれを聞いた紹運は言うべきではないかと石宗に言ったが、教え子の教育に妥協が無い僧は発奮を促す為に黙っておくべきだと首を横に振った。

 

「かなり危険な策だと思うんですけど。今後島津と龍造寺が手を組めば俺達はどう動けば良いんでしょうか?」

 

 結果は石宗の思惑通り、上手く良い方向に鎮連は向かっているようで更に先のことを考えている。

 工作と言えば聞こえは良いが、龍造寺の力が更に増加するということは否めない。

 

「それを何とかするのが、お前の役目ではないか? このような時こそ自身の力を最大限に発揮するのだ」

「そう、ですけど・・・・・・」

 

 若い軍師には明確な目的があってもなかなか実力は石宗の域には達することが出来ないことで時折悩んでいることは紹運も知っている。

 百戦錬磨の軍師の域には一朝一夕でなれるものではない。焦ることはないと時折励ましているが、やはり差というものは人の心を惨めにしてしまうものらしく、鎮連は一人で悩んでいる時もある。

 

「とにかく、鎮連は今やれることをしっかりやればそれで良い。それに、角隈殿は此度は岡城に向かうそうだ」

「ええっ!?」

 

 石宗から評定の間を出る前に密かに頼まれた言伝だが、紹運は目を見開く鎮連を珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべて笑う。しかし、当の鎮連はそれどころではない。

 岡城は日向との戦線にある要所である。伊東が背後を突く恐れがある為に石宗が守備に残るというのは妥当だといえるが、いきなり言われても困るものである。

 もちろん鎮連もそこでおろおろしていても意味が無いということぐらい分かっている。

 石宗は孤立する危険性が高い戦を敢えて教え子に任せることで更なる成長を促そうとしているのだ。

 

「石宗様を頼りっきりだったけど、一人で頑張るしかないんですね。とにかく俺のやれる限りのことはやってみます」

「うむ。ただ、気負い過ぎないようにな」

 

 石宗からの指示は裏を返せばそこまで任せられる程に実力が付いたと認められたこと。しかし、慢心は命取りになる。

 鎮連の決意と熱意が籠もった目は紹運達にもしかと伝わった。後は門司城と小倉城を取り戻して結果を示すことで石宗に成果を見せる。

 一人意気上がる鎮連を見てほっとした紹運は今度は惟信に顔を向けた。

 力強い眼差しが紹運でさえ射抜かれるような気分になる。

 

「惟信。これよりは別行動になるが、しかと役目を果たすようにな」

「はい。私は宗麟様の為に刀を振るい、出来る限りの民を救うんです」

 

 武人としてどうあるべきか。道雪に指摘された課題を既に克服し、自身が信じた宗麟を最後まで守り、その上で民が大友家の下で皆平和を謳歌出来るようにするという目標を持てた。

 平等にということが不可能であると悟った以上、大友家で出来る限りの者を救い、己が武勇を以て人を救う。

 それは戦で兵を殺すという矛盾があるかもしれない。しかし、そこで立ち止まっていては何も起きないし、先述のように出来る限りの救いも出来なくなる。かつての惟信自身のように。

 無駄な慈悲は更なる悪を招き、争乱を呼ぶ。それを防ぐには武人として戦場で舞い、ある程度の力を以て敵を伏せなくてはならない。

 道雪に惟信が出した結論を言った時は良いと言われ、褒められた。ついでに早く恋も実らせろと言われた。無理がある。

 もう時は戻すことが出来ない。たとえ相対する時も惟信は容赦なく彼を殺すだろう。身も心も既に武人となったのだから。

 それが紹運にとっては嬉しいことだった。

 宗麟がいきなり拾って来た時には驚いて思わず身構えたが、惟信の人当たりが良く穏やかで朗らかな性格は紹運の心を瞬く間に許させた。

 以降、道雪と共に武においても人としても教えてきた愛弟子はもう一人の義妹と共に将来有望な大友の若手株に成長した。

 甘さがまだあるものの、段々と強かさも持ち合わせて独り立ちも出来そうな程になっている。

 しかし、まだ足りない。響くのは何かがぶつかった少し鈍い音。

 

「あたっ!?」

「まったく、そのドジはどうにかならないのか?」

 

 例えばこれである。

 紹運の呆れた視線の先には柱の角に足の小指をぶつけた惟信がのたうち回っている。

 相変わらずのことでもう見慣れたが、府内に来てからこの方、こればかりは全く変わる様子が見えない。

 逆にそれが普段の凛とした姿と中和されて紹運からすると悪くないと思える時もあるが、さすがに多過ぎると厄介なことだ。

 

「う~ひりひりする・・・・・・」

「擦りむいたのか? まったく、何時までも子供じゃないのだから」

「返す言葉もありません・・・・・・」

 

 紹運は溜め息が漏れた。いくら心掛けも心構えもしっかりしていたとしてもこれではまだ独り立ちは先のことだろう。

 

「まったく、誰に似たんだか・・・・・・」

「だ!? 誰・・・・・・ですかねぇ」

 

 惟信は敢えて言わずとも紹運にはお見通しだった。

 ぎくっと肩を震わせば尚更である。

 惟信の内情をよく知らない鎮連だけが首を傾げてくすくす笑う紹運と悟られたことに気付いて顔を赤らめて東に逸らす惟信の二人を見比べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛っ!?」

「まったく、お前はどこに行っても・・・・・・」

 

 飯山城に入ったその日に兼続の隣では龍兵衛が大きな身体を縮こまらせて足の小指をさすっている。

 慣れていない建物に入ると始まる龍兵衛の通過儀礼だ。

 ちなみに入ったらすぐに起きるという訳ではなくいつ起こるか分からないので兵の間ではそれが賭けの対象となっているのは本人は知らない。

 

「今の今まで無かったからてっきりどうかしたのかと思ったぞ」

「俺は見世物じゃない!」

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうぞ! お前のその痛がる反応の方がよっぽど見世物だ」

「なんだとおぅ!?」

 

 兼続は二日前の恥ずかしい思いを忘れてはいない。

 丁度、武田も攻撃を止めている時である為にここぞとばかりに龍兵衛をからかう。しかし、龍兵衛もやられてばかりで黙っている訳がなく、いつものように言い争いが始まった。

 見かけた者はいても止めようとする者はいない。止めたところでぼろぼろになるまで説教されるのは分かりきっている。

 

「喧嘩しない」

「「っ!?」」

 

 背後から突如として景勝の声が聞こえた。

 謙信や二人の先達がいない以上、間に刺さるような言葉を入れて二人を止めることが出来るのは景勝しかいなかった。 

 

「今、戦。後でめってする」

「「すみませんでした・・・・・・」」 

 

 景勝に詫びを入れて互いに顔を見合わせるが、互いに「お前のせいだ!」という視線を浴びせ合う。

 

「・・・・・・」

 

 怒った景勝の視線が再び強く二人に刺さる。それに気付いた二人は尻込みをしてまた景勝に頭を下げる。やはり、二人は逆らえないのだ。

 大丈夫そうなのを確認して景勝は龍兵衛に歩み寄って唐突に問い掛けた。

 

「誰に似た?」

「誰でしょう?」

 

 惚けたところで景勝はお見通しだった。じーっと見る目がしばらく龍兵衛を突き刺し、彼は目を逸らし不意に西を彼は見ていた。

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