上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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かなり展開が早いです


第百二十一話 それは素晴らしい冬の終わり

「よう、繁長。お前さんも考えるようになったじゃないか。夜襲とは考えてもいなかったよ」

 

 それは夏の日のことだった。繁長は夜襲を掛け、成功した。繁長は兵を二分して北東と南東に攻め入った。

 繁長も上杉の武将として謙信の旗印ぐらいは見たことがある。しかし、繁長は配下に南東を任せて敢えて北東の色部と甘粕の陣に攻め込んだ。

 雪崩れ込み、立ち向かって来る上杉軍の兵を誰これ構わずに斬り捨てては駆ける。ただその繰り返し。その中で見つけたのはよく顔の知っている二人。

 甘粕長重と色部勝長。二人共上杉の重臣の中でも高い地位を占めている。

 それだけでなく二人共中立を保ち、謙信が行っている上杉への権力集中に協力していて、勝長は楊北衆の中で蔓延る対立から一歩引いている立場である。

 また、かつて本庄と鮎川の間にあった確執を収めようと奔走し、清長を討ち取ろうとした繁長を必死に自らの刀も引き抜いて止めにかかったこともある。

 

「繁長、お前は如何なる理由でこのような愚行を起こした?」

「勝長殿、悪いが貴方には分かりますまい」

 

 勝長とは何の縁かこうして親しくなり、互いに諱で呼ぶようになっている。

 しかし、それでも今は敵同士。倒すべき者であることに変わりない。

 

「憎い鮎川に何時までも格下に見られ、謙信様に欲したものさえも頂けず、我慢出来なくなり申した。いつか鮎川を超える。それが出来ぬと悟った時、私にはこれしか手段が無かったのです」

 

 冷徹な目を以て繁長は勝長を睨み返す。しかし、勝長は繁長の顔を見て笑った。そして、ゆっくりと彼に近付いて歩く。

 おそらくは自身との一騎打ちでも望んでいるのだろう。

 繁長は刀を抜き、惜別の念を込めて勝長に口を開く。

 

「勝長殿、貴殿には本当に感謝しています。かつて鮎川と叔父御が手を組んだ際に再び本庄の地を踏めることを可能にして頂き、真に感謝申し上げます。しかし、私は鮎川だけはどうしても許せないのです。そこをおどき下さい。さもなくば斬って捨てます」

 

 鼻で笑う声が聞こえる。言うまでもなく繁長の前に一番に立ちふさがった勝長だった。

 

「ふっ、まるで鮎川殿がここにいるような物言いだな」

「えっ・・・・・・まさか、鮎川は・・・・・・」

「ここにはおらんよ。今頃大葉沢でぶるぶる震えているのではないか? まぁ、お前の知ったことでは無かっただろうがな」

 

 奥歯が軋む音が聞こえた。 

 周りでは先程から戦場である為に上杉軍と本庄軍の兵が血を流して戦っている。その中でもはっきりと繁長は自分が怒りを現すことをしていると分かった。

 清長という馬鹿者は臆病者でもあり、繁長にたった一度だけやられたというのにそれで尻を引っ込めたのだ。

 そのことを知った繁長は今ここにいない宿敵に失望し、自身がどうしてそのような輩を宿敵と思い続けてきたのか自身で腹が立った。

 抑えきることが出来るのは目の前に勝長という恩人がいるからだろう。

 

「ただ鮎川殿を討ちたいという思いで謀反を起こしたとは思っていないが、少なくとも謙信様の下に大将が出向かないのは如何なことか。それ程までに鮎川殿が嫌いか?」

「父と私を策略によって貶めた者を好きになるような輩など、この世にいるとは思えませぬ」

「ならば、私のことも嫌いか?」

 

 最初は勝長が何を言っているのか分からなかった。

 繁長の中で勝長は恩人である。恩人を嫌いになる理由がどこにあろうか。むしろ好意的に接することが普通である。

 

「ふむ、言葉が足りなんだか。では、これでどうだ? 命がけでお前の父を追放した張本人は、私だ」

 

 繁長だけでなく勝長の後ろにいた長重も目を見開く。

 その中で勝長は構わず話を続ける。

 

「お前の父である房長を羽州に追放せし時、定実様。そして、宇佐美殿と共に私はあの二人をけしかけたのよ。結果はお前の知る通り、全て計画通りに行った。まさか、あれほど上手く行くとは思わなかったがな」

 

 繁長は耳を疑うような真実を聞かされて先程から呆然と刀を持って立ち尽くすしかなかった。

 その隙を見逃さずに勝長は前に出て一気に間合いを詰める。

 しかし、繁長も武勇を以て上杉を支えてきた者。素早く身体をのけぞり、勝長の攻撃をすんでのところでかわす。

 

「これが本当の私だ。どうだ、失望したか?」

 

 呆然としていたのを見逃さずに容赦なく隙を突いてえげつない勝ち方も辞さない。

 これが勝長という武人の本当の姿だった。

 それ故に謙信を真逆にいる方として敬愛していた。

 

「お前はただ私情で謀反を起こしたことに過ぎない。謙信様の掲げる正義は茨の道を歩む厳しいもの。それは私のような者ばかりの乱世で素晴らしいことだ。その謙信様の武勇を見てお前は憧れを持った。追い付こうとしていた・・・・・・」

 

 懐かしいものを遠くに見るように勝長は繁長から視線を外して夜空を見上げる。

 繁長は黙ってその話を聞いているが、目は油断せずに勝長の奇襲に備えている。

 勝長は目を瞑り、少し口元だけを笑わせたと思うとかっと老化故に皺の寄った目を見開いた。

 

「お前は今のようなところが駄目なんだ!」

 

 怒声を浴びた繁長は何故、自分が怒られているのか分からなかった。しかし、答えはすぐに勝長が出してくれた。

 

「主君を立てるのが家臣であるにもかかわらず、お前は隙を見せた私を殺せない。はっきり言おう。お前は謙信様を追い掛け、ただ青くなっただけだ」

 

 勝長の重く、真っ直ぐな声は繁長の心に突き刺さった。

 突き刺さったものを取るべく繁長は動いた。衝動的に動いた。

 

「あぁあぁあああ!!」

 

 自分でも断末魔のような雄叫びを上げていたことが分かる。そして、ぷっつりと何かが切れていたのだろう。

 自覚は無かった。気付いた時には周りに数十人の上杉軍の屍が転がっていた。その中には勝長の者と思われる屍があった。

 

「勝長殿!」

 

 思わずそれに名を呼びながら駆け寄る。屍の表情は笑っていた。

 夏のよるであるにもかかわらず、凍るような寒さが繁長を襲ってきた。

 

『精々、鮎川殿を討つまで励め』

 

 煽るような挑発的な勝長の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 越後一帯が冬景色に変わり、辺り一面が雪に覆われる日々が続く。

 時折、行軍が降雪によって悩まされても上杉軍はそのようなことお構いなしに本庄城に進軍し、包囲を始めた。

 最上の援軍を含めて約一万の将兵が城攻めに備えて陣を構えている。

 先の本庄城の包囲戦の時の将と共に景勝と龍兵衛、親憲に鮎川盛長も加わっていた。

 

「繁長も強情だな。いくら籠城しても援軍はもう来ないというのに。早く降伏してくれれば私も部屋で温まることが出来るのだが・・・・・・」

 

 ぼやく謙信を少し困ったような顔で颯馬は笑った。

 謙信が春日山城に撤退すると共に信玄も甲斐に撤退した。

 敗れた筈の謙信を追撃せずに繁長は兵糧不足で本庄城に籠もったのが原因である。

 そもそも、武田は飯山城を取りに来た際に繁長の反乱も鎮めなくてはならない為、上杉は兵を大きく二分することになったにもかかわらず、繁長は早めの決着を望んで夜襲を掛けた。

 結果として上杉軍は敗れて被害が多く出た為に撤退した。そこで更に追撃をすれば上杉軍の被害は更に増しただろう。

 

「そもそも本庄殿は夜襲などする必要無かったんですよ。やはり、あの方はその辺りの駆け引きには疎いようですね」

 

 長期戦に持ち込めば上杉軍が不利になったことは兵を二分した時点で分かる。

 謙信が本庄城を諦め、繁長が追撃をしなかったことで信玄が上杉軍と一身で戦うことになってしまった。

 飯山城に坂戸からも援軍が近付いていることも考えると信玄が撤退したのは当然の判断といえる。

 

「功が逆に仇となったか。ならばこちらは仇を功にしなければな」

「既に龍兵衛を本庄城に向かわせたとか?」

「うむ、とっておきの策があると言っていたな」

「とっておき、ですか?」

「あいつのことだから碌なことではないと思うがな」

 

 それでも上杉の為になるのであれば謙信はそれを許す度量がある。

 分かっているからこそ颯馬も龍兵衛も行いたいことを行えるのだ。

 怒られること覚悟で臨むのだから龍兵衛も物好きなものだと颯馬はくすくすと一人で笑っていると謙信がこちらを向いていることに気付き、咳払いをして遅蒔きながら誤魔化す。

 

「そうだ、颯馬」

「何でしょう?」

 

 謙信は呆れたように溜め息混じりで周りに誰もいないことを確認するとそっと颯馬に近付いた。

 

 

 

 

 

 

 

「本庄殿、無駄な強がりは逆にただの悪足掻きにしか見えませんよ・・・・・・」

「何か仰いましたかな?」

「いえ、別に」

 

 本庄の家臣の一人が鋭い視線を龍兵衛に投げつける。

 降伏勧告をする為に赴いた龍兵衛だが、一刻(二時間)程待たされると繁長のいる評定の間に通された。

 しかし、肝心の繁長が一向に現れない。そのことに業を煮やした龍兵衛はとうとう言ってはならないことをぼそっと口にした。

 危うくばれそうになったことに内心の焦りを抑えつつ持ち前の無表情で誤魔化す。

 

「お待たせ致しました。本庄様のお見えです」

 

 小姓が扉を開けると繁長がようやく姿を表した。

 その姿を見て一瞬龍兵衛は目を見開いた。

 繁長の髪はいつも長く伸ばしてある筈なのに今日はその髪が一本も無い。剃髪されていて光っている。

 

「河田殿、お久しゅう御座います」

「こちらこそ、本庄殿。本日は降伏を勧めに参りました」

「ふっ、この頭を見れば分かるだろう。この繁長の命の代わりに我が兵達の命は助けて頂きたい」

「謙信様に同じことを申し上げればおそらく本庄殿以下、皆様もお許しになるでしょう」

 

 一部から安堵の声が聞こえてきた。

 やはり命に未練があった者が多数いたのだ。いつの時代も命あっての物種であると龍兵衛は思いつつ繁長を見る。

 彼もまた表情に強張ったものがなくなっていた。

 しかし、それが龍兵衛の黒い感情に火を点けて内心の笑みを更に深くさせた。

 

「それでは、自分と共にこちらへ」

 

 そう言って龍兵衛は繁長を外へと促すように手を襖へと出す。

 繁長は頷いて帯刀している刀を全て小姓に預けると立ち上がって堂々と歩き出した。

 

「(さすがだな・・・・・・)」

 

 武人の魂を他人に渡したというのに失われない武勇によってもたらされる威厳がありありと龍兵衛に伝わってくる。

 

「(だが、これも仕事だ。如何に謙信様がお怒りになろうとも俺にはこのやり方しかない)」

 

 廊下に出て誰もいなくなったことを確認すると龍兵衛は後ろを歩く繁長の隣に寄り添った。

 

「実は、謙信様も本庄殿には此度は鮎川殿とのこともありましたし、少しだけの謹慎でことを穏便に済ませようとしていたのです。されど、鮎川清長殿が・・・・・・」

「鮎川殿が、どうしたというのです?」

 

 鮎川の名前を出した途端に繁長はすぐ食らいついた。これこそ龍兵衛が望んでいた状況であり、越後に上杉の力を浸透させる為に行うべきことを行う為の布石だ。

 

「いえ、自分から言うのも憚られることですし・・・・・・」

「そうは仰らずに。お願い致します。この通り!」

 

 繁長は龍兵衛に手を着いて頭を下げる。

 宿敵が謙信に自分の処置のことで何かを吹き込んだのだ。気にするなという方が無理な話である。

 

「先程は家臣の方々がいた為に言えなかったのですが・・・・・・条件があります」

「な、何でしょう?」

 

 ぐっと互いに顔を近付けて声を小さく出そうと、小さい声を拾おうとする。

 

「下渡島城を没収します」

「っ!? そ、それだけは・・・・・・」

 

「勘弁して欲しい」その言葉が繁長の喉寸前まで出掛かったが、ぐっとここは堪える。

 繁長は謀反人であり、帰参を許されるのであれば出された条件を飲まなければならない。

 下渡島城は繁長の居城である本庄城の北側に位置し、鮎川との国境を示す重要な城でもある。そこから東には鮎川の本拠地である大葉沢城があり、下渡島城は先代の父が清長と所領を巡って争った城。

 手放せば、本庄の領地は大きく削られ、仮に鮎川が治めることになれば繁長は鮎川の傘下に入ったも同然である。

 鮎川以外の者が治めるのであればまだ我慢出来る。しかし、繁長の儚い希望はあっという間に握り潰された。

 

「おそらく、鮎川殿の領地になるでしょう。まだ正式な沙汰は後ですが」

 

 鮎川親子の下に置かれるなど思ってもみただけで生きている楽しみが塵の如く雲散していき、自害でもしなければ逃れられることはないだろう。

 

「本庄殿、貴方を謙信様は買っておられるのです。故に殺してしまうことは忍びない。その慈悲の心が分からない貴方ではありますまい」

 

 繁長の心を見透かしたように龍兵衛は比較的穏やかで優しい声を掛けてくる。

 謙信のことは間違いない。繁長も謙信の情け深い心は今まで見てきたし、今の自身にも浴びせられている。

 

「それでも駄目でしたら。自分も諦めるしかありませんなぁ・・・・・・」

「ま、待ってくれ、河田殿!!」

 

 立ち去ろうとする龍兵衛の背中を繁長は必死で止めた。

 湿原から抜け出せない足を救って欲しいというような声が聞こえ、龍兵衛の心には怪しき盗人の笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 元々、謙信は自分を責めていた。天下を取ろうとする者がこうまで家臣や諸大名の離反などの鎮圧に奔走して、今回のように敗戦の後、更に年を跨いで半月以上も掛かり、色部勝長という今後に必要不可欠な重臣を失うという大失態も犯した。

 そもそも繁長という優秀な武将に謀反を起こさせるということ自体が失態なのだ。

 とはいえ、謙信は道を変えることはしない。正義の世を創る為にはたとえ誰にも理解されなくても自身が信じる道を進み行くのみ。

 現に多くの者が謙信を信じて内乱が起きようと謙信に付いて来ている。

 

「(大丈夫だ。それに・・・・・・)」

 

 ふと周りがざわめいている。それによって謙信も意識が現実へと引き戻され、はっと顔を上げる。

 龍兵衛が隣に剃髪をした者を連れて城から出て来た。そのまま龍兵衛は本陣へと戻って来ると謙信の前に跪き、隣の繁長をちらりと見ながら報告した。

 

「謙信様。本庄繁長、こちらに降伏する由にございます!」

「良くやった。皆、戦が終わる! 我らの勝利だ!!」

 

 空に響く将兵達の勝ち鬨が謙信の心を癒やしてくれた。

 一方、その明るい雰囲気を掻き消すかのような暗い雰囲気が一角に立ち込める。

 

「・・・・・・」

「本庄殿、そう暗い顔をすることないって! また、これから名誉挽回すれば良いんだから!」

 

 軍師のものとは思えない程に明るい声が繁長の暗い感情に光を多少なりとも灯してくれた。

 

「黒田殿・・・・・・」

「でも、鮎川殿が力を付けることはあたしもあまり感心しないんだよね~今なら大葉沢城も戦勝の報告で湧き上がっているだろうし。あいつら何もしてないくせにさ」 

「・・・・・・」

 

 やはり軍師達でさえも快く思っていないのだと分かると少しだけ繁長も気が晴れたが、それは一瞬のこと。

 結局、鮎川は何もせずにしていただけで正に漁夫の利を得たのだ。

 実に腹立たしく憎しみが更に増長することだった。

 

「今夜ならこっちも宴会だし、色々と大葉沢城にも伝えないといけないから。どう、行ってみない?」

 

 繁長は一瞬だけ官兵衛の目が光った気がした。

 

 

 

 

 

 その日の夜。いくら勝ったとはいえ油断は出来ないと水による宴が催された。

 

「それにしても、中条殿には悪いことをしたな・・・・・・」

 

 夜襲を受けた日の前日に景資に言っていた謙信の立てた策は知らないというのは嘘であった。

 知っていたのだが、敢えて言わなかった。景資はあまり人に何かを言い触らすような人ではないが、あまり人に言えたものではなく、言ったところでどこから漏れるか分からない。

 秘匿すべきことは最小限の人のみが知っていることで成功率が高まるものだ。

 

「良いんだよ。それでこそ上杉の結束は高まる」

 

 官兵衛が申し訳なさそうにしている颯馬の隣で小さな声で励ます。

 彼女はこれで良いと思っていた。もちろん颯馬も同じである。 

 越後の将兵と民が慕っているのは真っ直ぐな謙信である。強かな謙信など望んではいない。強かな謙信を知るのは限られた人のみで良い。

 

「まぁ、互いに策が上手く行ったとは言えないけど、戦勝を祝って・・・・・・」

「「乾杯」」

 

 そう言うと互いに杯を呷り、息を吐く。

 冬の夜というのは寒い。ましてや雪国である越後は尚他国に比べて極寒ともいえる寒さを誇る。

 

「そういえば、龍兵衛の姿が見えないな」

「あの人と一緒に大葉沢に向かったよ」

「・・・・・・そうか」

 

 再び二人は杯を呷った。

 それ以降、二人は誰かに話し掛けられる間まで誰とも自ら話そうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鮎川清長が繁長によって殺害され、息子の盛長も以前の戦で謙信の命令に背いたという理由で蟄居が決まったという知らせはすぐに春日山城にも伝わった。

 繁長は猿沢城に蟄居となり

 また、黒川清実は今回の戦で病の為に不参加だったが、それが仮病であることが判明した。

 普通であれば改易か減封が妥当だが、謙信は土地の不入権を剥奪し、当分の謹慎という非常に軽い処分で済ませた。

 これにはさすがの清実も目を見開いて驚いた。今まで楊北衆には断固たる姿勢で望んできたのにここに来ての甘過ぎる処分。

 思わず清実はどうしてこの程度で終わらせるのかと聞き返した。

 

『私はお前を武将として高く評価している。ここでお前を出奔させるようなことはしたくない』

 

 真剣な目で語られた。本当に目の前の方は自分を買ってくれているのだ。

 そう思った清実は心から頭を下げた。そして、二度と疚しいことはしないと誓った。

 

「これで黒川殿に付いていた楊北衆や大熊殿も謙信様に頭を下げるしかありませんね」

「ああ、さすが謙信様だ。私達は黒川殿を何かに付けて失脚させることしか案がなかったのに、今の席を維持させたままとはな・・・・・・」

 

 酒を飲む弥太郎の隣では珍しく兼続が座っている。時々弥太郎に飲めと煽られるが、舐めるだけで決して深酒はせずに茶を飲んでいる。

 敢えて一番上の清実に甘い処分を下して心からの忠誠を誓わせることで他の楊北衆を完全に手懐ける。

 徹底した力の削減しか考えが無かった兼続達にとって正に目から鱗の考えだった。

 力を残す形になるが、あまり楊北衆からの不満も抱かれることも無く、事を穏便に済ませることも多くなるかもしれない。

 

「穏便に済ませる考えもありましたが・・・・・・」

「厳しかったか。まぁ、私達だけではな・・・・・・」

 

 上に立つ者がしかりしていて尚且つ慈悲深い謙信だからこそ行えることである。

 今まで楊北衆のことは軍師達に一任させていたが、さすがにと思った謙信が自ら腰を上げた結果だった。

 

「これで楊北衆も完全に謙信様の手中に入った。陸奥の南部の内輪揉めを解決した後は軍備を整え、関東・信州へと進出か」

「佐竹・北条・武田。強者揃いですが、それでも勝たなければなりません。謙信様の御力と正義こそが全てよりも上回ることを」

 

 弥太郎は力強く頷く。それだけ兼続は頼もしく思えた。

 兼続の最初の頃を一番近くで見てきただけにこれほどまでになってくれて嬉しいと思う心は他者よりも強い。

 

「織田も浅井・朝倉との戦に決着を付け、一向一揆との戦にも区切りが付きそうだと聞いている。我らにも休む暇はないな」

「ですが、民のことを思えば当分は戦を控えるべきです。将軍家も長島の一向一揆が敗れれば更なる大きな仲間を加えようとするでしょう」

「それは?」

「織田と国境を挟むことになった加賀一向一揆勢」

 

 兼続の答えに弥太郎の目が若干細くなった。

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