上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

133 / 207
一話だけの織田です


幕間 火の長島

 美濃国岐阜城。

 かつては斎藤道三の居城として稲葉山城として名の通った城は信長の手によって商業が盛んになり、賑やかな城下町が形成されている。

 関所の撤廃や座の廃止という稀に見る斬新かつ合理的な政策が功を奏した結果だろうと織田家臣、丹羽長秀は思っていた。

 この内政の良さがついでに外交や戦にも行ってくれればとついつい思ってしまう。

 朝廷や堺の会合衆の一部を味方に付けたのは良いが、未だに朝廷には将軍家を推す派閥が存在し、堺のある摂津も三好の領地である。

 更に長島一向一揆の進退が付かない為、主君である信長は長島に着陣したままである。

 昨年にようやく浅井・朝倉を滅ぼした為に後はこの一向一揆と畿内の将軍家と三好や丹波の波多野のみ。

 だが、さすがに追い詰められた鼠が猫を噛むと言い、一向一揆は糧道を断っても決して降伏せずに粘り続け、将軍家は上杉や武田、毛利とも繋がりを更に深めようとしていると聞いている。

 短気なところがある主君の信長はさぞかし苛々しているだろうと思うと長秀は頭を抱えたくなる。

 これまでの圧倒的物量で押し切る一揆とは違い、撤退路での伏兵といった作戦行動を取るなど、防衛能力の高さを以て長島一向一揆は抵抗を見せている為、信長は更なる物量を以て攻めるという方針を転換せざるを得なくなった。

 一ヶ月前に長島攻めを再開した信長は妹の信行に伊賀と近江からの陸路の補給路を、九鬼嘉隆は水軍を任せて紀伊からの海の補給路を遮断させ、容赦ない兵糧攻めを敢行した。

 それでも、念仏を唱えれば極楽浄土に向かえるという意思と仏敵と見なした信長に対しての抵抗を止める気配は無い。

 業を煮やした信長はとうとう美濃で織田軍に物資兵糧を送る役を任されていた長秀を後は前田玄以と村井貞勝に任せるようにと出陣命令を出した。

 戦況は長島から送られる書状で大体のことは把握している長秀だが、今までの中でも危険な戦線であると心に言い聞かせていた。

 何せ美濃三人衆の一人である氏家直元や長らく織田の譜代家臣であった林通政も一向一揆の手によって殺害されている。 

 上杉や毛利という強者が徐々に近付いている中で早めに一向一揆を鎮めなければ朝廷内でも気が変わる者も表れる可能性がある。

 早急に対処すべきだということは無論、長秀も知っている。しかし、思い通りに行かないことの方が多いことも同時に知っている彼は今日何度目か分からない溜め息を吐いた。

 信長の気性の激しさも譜代としてよく知っている。

 故に今回の戦で先に信長自ら先陣を務め、五万以上の大軍勢を派遣した。

 それでも一向一揆は全く降る気配を見せずに抵抗するのを信長は我慢出来なくなったのだろう。

 ここは海路を絶っている現状を利用して長く包囲を固めて徐々に一向一揆が兵糧不足で弱まって行くことを待つのが妥当であるというのに短気な信長は長秀に一万以上の兵を率いて長島に来いと言っている。

 信長らしいと言えば信長らしいが、七万とは織田の率いることが出来るほぼ最大の兵力である。

 もし将軍家や三好が動いたりしたら近江に援軍を派遣することは不可能。

 信長も知っている筈だが、敢えてそうしているところを見ると余程一向一揆を目の上のたんこぶにしている。

 だが、それを止める術を長秀にしろ筆頭家老の柴田勝家にしろお気に入りの秀吉にしろ持っていない。

 憂鬱な気持ちを持ったまま長秀はせかせかと城下町での買い物を早めに済ませようと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 一向一揆の鎮圧に時間が掛かっているのは兵糧攻めに際して前回は伊勢大湊での船の調達も事前に命じていたが、大湊の会合衆が要求を渋っていた為、難航していた。

 信長からも北畠具教・具房父子を通じて会合衆に働きかけたがこれも不調に終わり、直接長島を攻めることが出来なかったというところがある。

 前回の反省を活かして信長は予め大量の金を商人に渡し、応じない場合は伊勢の各湊に兵を派遣して半ば強制的な手段も辞さないという態度を示してほとんどの船を織田に付かせることに成功した。

 にもかかわらず、信長の表情は長秀の援軍が来たにもかかわらず、不機嫌さを隠せない。

 いくら攻めても降伏せずに力の差を分からせても攻めて来ようとする気概は認める。

 相手が武人であれば短気な信長も意地と誇りがあると許すだろう。

 しかし、今回は相手が違う。武人はいてもほとんどが浄土真宗の信者で民。

 本来は戦を欲するべき存在では無い筈なのに自ら争乱を巻き起こすとは許し難い行為である。

 守るべき民を殺めるということも信長が進まない戦況と共に苛々する原因でもあった。 

 

「信長様、私の下に先の戦での兵糧攻めの不調について情報が入って参りました」

「秀長、何かあるのか?」

 

 信長は苛々するとどこで噴火するか分からない。それを承知で近寄り難い雰囲気の壁を突き破ったのは羽柴秀長である。

 秀長は姉の秀吉とは異父弟で、姉同様に切れ者ではあるが、自身の父譲りのせいか背が高く、切れ目なのが特徴である。

 とはいえ秀吉との信頼関係は深く、浅井・朝倉を滅ぼして間もない近江・越前方面を任された秀吉の名代として羽柴軍を統括している。

 

「はっ、どうやら会合衆の一部が紀伊の雑賀・根来と繋がっていた為に長島に物資が届いている模様」

 

 間髪入れずに信長の舌打ちが秀長の耳に入る。

 物資搬入を防ぐ為に行っている航路妨害なのに肝心の会合衆がそれでは意味がない。

 しかし、商人を保護する者もいなければ妨害など出来る筈がない。

 

「時に、信長様は日根野弘就という者をご存知でしょうか?」

 

 当然のように信長は頷いて秀長に先を促す。

 日根野は元は斎藤家の良い方の家臣だったが、織田に降ることを良しとせず、信長に対抗する勢力の家を転々としていて今は長島城に一向一揆勢と共に籠もっている。

 

「日根野と山田三方の福島親子が誼を通じております。それが根本的な原因かと」

「で、あるか・・・・・・」

 

 信長の顔に慣れていない者が見れば固まってしまうような冷笑が浮かぶ、怒りが頂点に達した時に浮かべる表情。

 これが出た時、家臣の分際で信長を止める術など無くなる。

 

「秀長、直ちに福島の下に向かえ」

「捕らえるのですね?」

「いや、その場で斬り捨てろ。首を山田三方の連中に見せ付けてやるのだ」

 

 秀長は姉の秀吉と違い、冷静さといざという時の非情さが取り柄の秀長だが、この時ばかりは一瞬目を見開いた。

 山田三方はさほど歴史が深いという訳ではない。伊勢神宮の勢力を排して独立したのは室町中期のことである。

 だが、信長も商人が日和見であることは重々承知の筈。

 分かっている上で斬首を命じるということは余程一向一揆を嫌い、かれらに組すること自体が重罪に値すると思っているからだ。

 そして、そこに武人も商人も関係ない。何故なら一向一揆を率いる浄土真宗の信者達に武人と商人の壁は無いのだから。

 

「直ちに向かえ。終わり次第、軍議を開く」

「・・・・・・はっ」

 

 そもそも秀長は信長に意見するような立場でも無く、するつもりなど毛頭思っていなかった為に躊躇いながらも頭を下げた。

 秀吉の出世の為に非情な面を遂行して来た秀長という存在だからこそ信長も命じたのだと自身に言い聞かせて秀長は数人の兵と共にすぐに出立した。

 

 

 

 

 

 

 信長は秀長が持ち帰った福島親子の首を本陣の一向一揆勢の砦から見える所に置いてかれらに恐怖心を植え付けた。

 死ぬという恐怖はたとえ信仰心があろうとも人間である以上、決して離れないものである。

 案の定、抵抗に力が無くなり少しずつだが、一向一揆の兵が減って来ているようにも考えられた。

 

「勝家、お前は佐久間と共に賀鳥口に一万の兵を置け。米五郎と秀長は早尾口に三万。私が指揮を執る。市江口は信行、お前は三万の兵と森・長井らを率いて待機するのだ」

 

 突然のことに家臣達全員がざわめき、隣同士で話し合い始める。

 

「しかし、既に顕忍殿が講和を結ぼうとしているのでは?」

「ふん、所詮はその場しのぎよ」

 

 その中で勝家が信長に訪ねるが、完全に苛々している信長の目は鋭くなっていて勝家などで無ければ間違いなく怒鳴り声が聞こえていただろう。

 

「奴らと我らは永久に相容れぬ存在。どちらかが完全に死ぬまで終わることは無い!」 

「では、信長様は・・・・・・」

「奴等は完全に滅せよ! 如何なる手段を以てしてでも、容赦はするな!!」

 

 信長が腕を伸ばし、手の平を向けて叫ぶ先。長島城では一向一揆が二ヶ月の兵糧攻めを受けて飢餓に苦しんでいるだろう。しかし、信長は決して同情を許さないとはっきりと宣言した。

 息を呑む音でさえ聞こえるような静寂。

 沈黙を破ることが出来たのは譜代家臣の中でも上に立つ者。

 

「恐れながら、一向一揆勢の守りは衰えているとはいえ屈強であることに変わりはありませぬ」

 

 長秀が気勢を削いで信長の機嫌を更に悪くさせるのを承知でおずおずと尋ねる。

 しかし、信長は軽く笑うだけで怒りはせずに余裕に満ち溢れた表情に変わる。

 そこに先程までの不機嫌さは一切無く、いつも通りの威厳もはっきりと見えていた。

 

「そのぐらい分かっている。九鬼に新兵器を持たせた。明後日には到着するだろう。その前に長島を囲む砦を落とせるだけ落とす。これで忌まわしい彼奴等との因縁を終わりだ」

 

 信長の不敵な笑みは冷徹でその場を凍り付かせるには十分だった。

 

 

 翌日から行われた一向一揆本陣である長島城攻めの前哨戦である大鳥居城と篠橋城攻めは苛烈を極めた。

 それ以前に三方向から効果的に交代で攻めたり、一気に同時に討ち掛かるなどしてそれぞれの前線を一蹴。

 一向一揆勢は残る城にそれぞれ逃げ込んで抗戦しようと試みたが、兵糧不足と共に信長が持ち出した新兵器、大鉄砲によって破壊される城を防ぐ柵や脆い壁を見て恐怖心を抱いた二つの城の兵は降伏を信長に申し出たが、完全な殲滅を指示した信長がそのようなことを許す筈も無い。

 降伏を申し出る為にやって来た使者を斬り捨てると陣門にかざして徹底的に戦うという意志をはっきりと示し、兵糧攻めを続行させた。

 たまりかねた大鳥居城の者が女子供を逃がそうとしたが、織田の監視兵に見つかり信長の命によって斬り殺された。

 その後、篠橋城も陥落した為、いよいよ一向一揆の拠点は長島城のみとなった。

 

「良く粘ることよ・・・・・・」

 

 前線を任されている長秀は疲れたように呟きながら憐れみを持った表情で長島城を眺める。

 全軍が集結し、七万の大軍が長島城を蟻の這い出る隙間も無い程に包囲して一ヶ月。

 長島城の主要な出城である大鳥居城や篠橋城でさえも兵糧不足に喘いで降伏や逃亡している。

 しかも、篠橋城は長島城を内側から崩すと約束したにもかかわらず、長島城は一向にそのような気配は見えない。

 丸め込められたのかばれて何らかの処罰が下ったのかは分からない。

 はっきりしているのは逃げ込んで来た兵を養う程の兵糧が無いというのに人が入って来た為にますます長島城は逼迫した状況に陥ったということだ。

 長秀達の考えでは後数日もすれば一向一揆側も降伏だろうと思っていた。

 長島城はもはや丸裸同然。籠城したところで戦死よりも飢え死の方が多くなるばかり、勝てる見込みなど無く援軍さえ無い。

 思考の海に浸かっていた長秀が意識を現実へと戻したのは若干陣が慌ただしくなった時だった。

 常日頃から僅かな変化さえも機敏に気付くように自らに言い聞かせている長秀にとってそれが敵襲で無いことも分かった。

 

「丹羽様、長島城から使者がやって来ております」

「すぐに信長様に報告せい。対応は私が行う」

 

 予想通り自身が陣幕にいないことで探していた兵達がどこだどこだと探していただけであった。

 その一方で長秀は一向一揆側の降伏に何故か安堵よりも不安が大きく募った。

 その不安は歩いている時も拭い去ってしっかりと使者と相対しようと心で何度も言い聞かせても使者から降伏する故に信長に会わせて欲しいと言われてもなかなか拭い去ることが出来なかった。

 

「丹羽様、至急前線の陣形を整えるようにと殿からの御命令に御座います」

「陣形を? 使者が帰ったばかりだというのにか?」

「はっ、殿は半刻後にこちらにいらして指示を下すと申しておりました」

 

 長秀はそれだけで全てを悟り、思わず声が漏れそうになったのを必死で堪えた。

 主君が一ヶ月前に言っていた一向一揆を完全に滅するとは本当のことであったのだ。

 てっきり長秀は降伏するまでと思っていたが、その後に信長は如何なる手段を以てしてでもと言っていた。

 

「(つまり、降伏に承知したと見せかけて油断したところを・・・・・・)」

 

 果たしてどのような地獄絵図が自身の目に映るのだろうか。

 比叡山の際はまだ向こうの僧侶が腐っていた為にまだ許せた。延暦寺はその後に真面目な僧侶達によって復興しようとしている。

 長島城に籠もる者達のほとんどは民である。それでも許せないということは先の演説で長秀も重々承知していた。

 今すぐにでも信長の下に向かいたいが、降伏の使者が来て好機到来の状況下では何か言えるような状態ではないことぐらい分かっている。

 

「すぐに命令を出た皆に伝えよ。一応、鉄砲隊も準備するのだ」

「鉄砲隊・・・・・・ですか?」

「そうじゃ。早よう支度をしてくれ」

 

 まだ配下の中には去って行った者のように織田の威容を見せ付けるだけだと思っている者もいるのだろう。

 分からせるのはまだ先、信長が到着する直前か直後にでも伝えれば良い。

 

 

 信長は言った通りに半刻後に長秀の下にやって来た。

 陣形が整っているのを見て鉄砲隊の配備も整っていることを確認すると「さすがは米五郎よ」と機嫌良さげに笑った。

 これから殺戮を行うような表情にはとても見えない。それが逆に長秀の恐怖心と戦前の緊張感を一気に高めさせた。

 主君の笑顔の裏には下手をすれば家臣さえも燃やすような激しい怒りが隠されている。

 隠された怒りの炎はこの後で表現されるだろう。

 長秀はそう思いながら不意に後ろに控えている他の織田家臣達に目を向けた。

 勝家や利家達を見ても妙に表情が引き締まっている。

 既に何を行うのかは聞いていたのだろう。この時を待って効率良く一向一揆を殲滅するということを。

 この時、はっきり言って長秀は信長よりも後ろの同僚達の方に目が行ってしまい、信長の語っていたことは馬耳東風状態だった。

 

 

 

 一刻後。夕闇が迫る中で飢えによって心身共にふらふらになった一向一揆勢に向けられた鉄砲隊の一斉射撃から信長の目に映える代わりの怒りと炎が長島城を包み込んだ。

 見渡す限りの紅蓮の中で信長だけが薄い笑みを崩さなかった。

 時代が更に変わることへの喜び。

 ただそれだけの笑みがもたらす人への恐怖を彼女は知らない。

 恨みを持つ者は屍となり言葉を発することはもう二度と無い。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。