上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

138 / 207
第百二十七話 だからその手を離して

 邦憲の下に早雲からの書状が届けられた翌日。面倒くさそうに龍兵衛は立ち続けて少し痛んできた腰を叩いていた。

 

「沼田城、落ちませんねぇ」

「・・・・・・」

 

 昼間に沼田城の戦況を見渡せる櫓の上で思わず出た本音にはっと口を噤む龍兵衛だが、隣にいた景勝には聞かれてしまい、じーっとそれを何とかするのが自分の仕事だろうと痛い視線を思いっ切り浴びせられる。

 現在、攻撃を中断し、状況を考えて軍議を行っていた後のことで、これと言った策が出ずにあまり良いとは言えない不安感に満たされた雰囲気を和ます為に冗談のつもりで言ったのだが、 苦戦の最中であったのがまずかったと思い龍兵衛は口を抑えて誤魔化すように咳き込む。

 訝しげに景勝は龍兵衛を見上げるが、それ以上は突っ込むこと無く、肝心なことを尋ねる。

 

「策、無い?」

「あるにはありますよ。策という程でも無いですけど、景勝様が了承すればですが」

 

 沼田城を守るのは猪俣邦憲という北条家の直臣。一応は豊臣との戦いの原因を作ったとされ、知恵分別の無い田舎者と史料では批判されている者だと龍兵衛は思い返す。

 この辺りのことは曖昧で龍兵衛自身の好みの問題もあってあまり北条についてはよく知らない。

 知識というものは何かと人の利益と損失の両方を兼ね備えていると前々からだが龍兵衛は思っていた。

 前もってその人がどのような人物なのか武勇なのか知略なのか裏表が無いのか腹黒いのか。大体実際に会って見れば分かるのだが、先入観が必ず付きまとう。

 人となりが違っていても龍兵衛自身の疑り深い性格も相まってなかなか信用出来ないのが尚更良くない。

 

「良い!」

「何も言ってませんよ、自分」

 

 自虐的な気持ちと先入観をそのままに策を言おうと思った途端に景勝は承諾してしまう。

 言ってきちんと説得しても採用してくれないかもしれないのにいくら何でも信用し過ぎだと龍兵衛は呆れて溜め息を吐くが、景勝は気にしない。

 

「龍兵衛の策、大丈夫」

 

 公では見せない笑みを浮かべて言われても思いっ切り私情が挟まっている気がしてならない。二人きりだから良いが、龍兵衛からすると期待されても困る。

 本当に策とは言えないよくあるような策の為、きらきらと目を輝かされても逆に重圧となって彼の背中にのし掛かるだけだ。

 手筈は整えようと思えばすぐに整えられる。

 沼田城に従軍しているのは旧領復活に燃える沼田顕泰の他に長野業正・上野家成・竹俣慶綱である。

 誰に頼んでもしっかりと仕事をこなしてくれるだろう。ちなみに慶次は軍を率いることは出来ても景勝の近くにいたがりなので除外している。

 しかし、問題は他にある。

 これは上杉軍本隊が二分するよりも前の越後を立った時からの話だが、徐々に上杉軍内で家臣同士の牽制が始まっていた。

 一度本庄繁長の乱を切欠に上杉家家中で吐き出した筈の私欲の深さだが、やはり人間は何か餌が必要なものである。しかし、その餌は他人も欲しがっていることが多い。

 欲しいが為に様々な人と 功を争おうとして互いに前へ前へと出たがるのが人間としては本来の姿である。

 上杉家家臣が欲するもの。それは領地である。越後から国外に出て謙信から領地を貰っているのはまだ手の指で数えられる程度しかいない。

 隠していても隠しきれない欲が関東という辺境の東北より遥かに豊かな土地を前にして次第に大きくなってきたのだ。

 特に家成は魚沼郡出身ということで景勝の父、政景とは繋がりが深く、件の事件の後に何かと白い目で見られ続け、戦にはなかなか先陣に立つことも振り分けられる役目上無い為、今回の戦で大きな功を立てて面目躍如と気が立っている。

 景勝が大将を務めていることもあって目の前で功を立てたいという気持ちもあるだろう。故に、それを利用して彼の逸る心を抑える良い機会として使わせてもらうのも悪くない。

 取り敢えず、さすがに景勝には考えていることを知っておいてもらわなければ困るので無礼を承知しつつ無断で口を開く。

 相槌を打ちながら龍兵衛の策を聞いていた景勝もこの状況が続くのを良しとしていなかった為、ありきたり過ぎて策とは言えないような龍兵衛の意見に膝を打ってすぐに是とした。

 景勝も景勝なりに考えていたのだが、決定打に欠けていて提案するのを躊躇っていたのだが、龍兵衛も同じような考えに一つ足した策を提案してくれた。

 

「良い策」

「ですから、策ではないと言ってるでしょう?」

 

 あくまでも沼田城にいる邦憲が中央にいられない程有能では無く、早雲から冷遇されているということを前提の策の為、成功するかは分からない。

 

「誰やる?」

「それは、まだ決めていませんでした。故に、先程の軍議でもこのことは申し上げないでいたのです。すみません」

 

 気にしなくて良いと景勝が首を左右に振るのを見て龍兵衛はほっと安堵の息を気付かれないように吐く。

 水面下で将達の戦功争いがある為に言えませんでしたなどと言える訳無く、作った理由に納得してくれた景勝に感謝しつつも龍兵衛の口からは礼では無く、盛大な溜め息が出て来た。

 

「すみません。少し離れてくれませんか?」

 

 誰もいない櫓の上で景勝は上機嫌で龍兵衛の腕にぎゅっと猿が木にいるように引っ付く。

 

「ん~♪」

「(お笑いじゃないんだから・・・・・・)」

 

 離れて欲しいと言うと更に力を込めて腕にまとわりついて来る景勝に対して内心の突っ込みを抑えるように大きく溜め息を吐く。

 景勝は何故か溜め息を吐いた途端に更に腕に込める力を強めて心からの笑みを浮かべる。

 可愛いが、龍兵衛は既に見慣れているので何ら心をぐらっとさせることは無く、更に大きな溜め息を吐いてぐいぐいと景勝を離そうと頭を押す。

 しかし、どんどん行為が過激になってきた景勝はとうとう見られていないことを良いことに目を瞑って接吻を求めて来た。

 恥ずかしいのと今までずっとまだ待てと言い続けているのに耐えることをせずに大胆な行動に出る景勝に呆気に取られて一瞬だけ強引に振り解いてしまおうかと龍兵衛は思ってしまう。

 

「む~・・・・・・」

 

 一旦目を開けて唇を元に戻すと景勝は少し目をうるうるさせて龍兵衛を上目遣いで見る。

 さすがに龍兵衛の理性にも今の景勝の目はひびを入れる効果はてきめんだった。

 龍兵衛とて恋愛は景勝が初めてでは無いので女心はそれなりに分かっているつもりだ。

 きらきらと輝いているように見える景勝の目。本当にきらきらしていると幻覚が見えているまで龍兵衛の心はぐらぐらと揺れている。

 

「(ま、まぁ、事故っということで・・・・・・)」

 

 今この時に限らず、春日山城で日々を過ごしていると景勝の慶次を見様見真似でやっているという色気作戦なるものを毎日のように受けてひびが入って来ているぐらぐらの決心の柱の一本が今日になってとうとう折れてしまいそうになってしまう。

 まずいと止まれと心は連呼し続けているにもかかわらず、身体は徐々に景勝へと向き合い、顔が景勝の顔へと近付いて行く。そして、唇と唇が重なり合うまで後もう少しというところでぎしっと木が鳴る。

 

「あらぁ、誰かそこにいるのぉ?」

「まずっ・・・・・・」

 

 慶次の声を聞いて力任せに景勝を振り解いて服装を整えるとぐっと眉間に皺寄せたり、息を吐いて腕をぶらぶらさせて近付く二人分の足音に不満げな景勝をよそに龍兵衛は備える。

 慶次と共にやってきたのは龍兵衛が溜め息の対象にしていた家成その人だった。

 

「どうかしたのか?」

「かっつんいないわねぇって思って探してたのよぉ」

 

 特に何か動きがあった訳でも無く、景勝との一部始終を見られた訳でも無いと分かっただけで龍兵衛は肩に入っていた力を小さく吐いた息と共に抜く。

 

「進展が無い故に、そろそろ動くべきではないかと前田殿と話しておりました」

「そういうことなら・・・・・・」

 

 家成のはきはきした口調の言葉を聞いて将兵達もいつまでも待つ訳には行かないと考えて景勝に目配せして良いのか尋ねると彼女は真面目にはっきりと頷く。

 

「後で上野殿には頼みを聞いてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、北条を倒す為なら任せて下さい」

 

 短く綺麗に整えられた角刈りの髪型と鍛えられた体格に似合うきりっとした受け答えで家成は姿勢を伸ばす。

 抑えているつもりだろうが、龍兵衛には目の前の自身と同い年ぐらいの若者が隠している熱い闘争心がはっきりと見える。

 おそらく胸の内には好敵手の者がいるのだろう。今、その者は謙信に従って岩櫃城にいるが、それよりも先に功を立てて見せびらかすつもりに違いない。 

 意気揚々として慶次と共に下りて行く家成の背中を見送って思ったよりもあっさりと事が片付いたので一息付いていると景勝がくいくいっと裾を引っ張って上目遣いで龍兵衛を見てくる。

 

「ちゅーは?」

「しません!」

 

 きっぱりと言い切れたことに龍兵衛はある意味爽快感を覚えた。

 先程は危なかったが、今は周りの声が聞こえるまでに神経は雲散しているおかげでまた始まった景勝のうるうるな目にも惑わされない。

 心の見えない手で頬を叩くと龍兵衛は頭を下げて景勝よりも先に櫓から降りようとするが、景勝は接吻は出来なくても一緒にいたいらしく続いて降りて来た。

 さすがに皆がいる前で景勝は以前から龍兵衛に厳しく言われているのでべたつきはしない。しかし、龍兵衛との距離は普段、他の者と一緒に歩いている時よりも半歩近い。

 別段、他の将兵からすれば気にするような距離感では無い。しかし、当事者の龍兵衛はいつ景勝が変な行動を取るかとびくびくして歩いている。

 

「河田殿、よろしいか!?」

 

 ただでさえ神経を使っている状況で面倒くさいのが来たと内心でしかめっ面を作りながら表面はいつも通りの無表情で声の方向に振り向く。

 

「上野殿が息巻いていたが、出陣が近いのか?」

「ええ、ですが、沼田殿においては今回は大丈夫です」

「何故!? 沼田城を取り返すのに私は一命を投げ打つのも躊躇わないつもりぞ!」

 

 どんと胸を叩いてみせる顕泰だが、龍兵衛からすると故郷を奪還する前に死んでどうするのだという突っ込みどころが色々とある決意表明を見せられても困る。

 

「落ち着いて下さい。まだ沼田城を攻めると決まった訳ではありません」

「では、何故に上野殿はあれほど勇んでいたのだ?」

 

 睨まれるとなかなか迫力があると龍兵衛は思いながら往来のある陣屋の道では誰に聞かれているのか分かったものではない。

 それぐらい周りのことは考えろと内心毒付きながら龍兵衛は立ち話もなんだと陣幕に顕泰を促すと諭すような口調で一気に説明する。

 

「沼田殿、貴殿も承知の通り、このまま包囲を続けたところで進展はありません。それ故に、厩橋城に向かうように頼み込んだところです」

 

 隣で景勝が目を見開いているのを横目で見つつ龍兵衛は続ける。

 

「それこそ、この私に命じて下され!」

「いや、さすがに一度景勝様が命じたことを翻しては・・・・・・」

 

 顕泰は、景勝が驚いていることに気付いていないと分かると龍兵衛は口元が歪みそうになるのを必死に堪えて納得していない顕泰の説得を再開する。

 

「よろしいですか? 厩橋城を取れば沼田城は孤立します。その時に沼田城に残された道は意味の無い籠城を行うか打って出るか二つに一つです」

 

 おそらく邦憲は十中八九打って出るを選択するだろう。その時に邦憲には一つ功を立てて貰いたいと龍兵衛は思っている。

 

「誰よりも早く沼田城に入りたいのでしょう? 上手く行けば貴殿が一番乗りになるのはほぼ間違いないありませんよ」

「ま、真か?」

 

 餌を目の前でぶらぶらとお預けにされている犬のような期待感に満ち溢れている顔を顕泰はしている。

 龍兵衛はもちろんと笑みを作って大きく頷いてみせる。だが、上下させた頭を上げた時、笑みは消えて無表情な顔に口元だけの笑みを残して黒い威圧感を全面に出した表情に変わっている。

 

「このことは上野殿以外誰も知りません。誰かに知られていると分かれば、情報の漏洩として罪に問いますから。お忘れなきように」

 

 最後の台詞をゆっくりと口を一言一句はっきりさせて言うとただでさえ強面な龍兵衛の表情もあり、顕泰は恐怖に怯えながら何度も首を上下させるとそそくさと逃げてしまった。

 

「家成に言ってない」

「大丈夫ですよ。釘は打ちましたし、沼田殿とて簡単に口が滑るとは思えません」

 

 先程の言葉も意図的に威圧感を加えておいたし、敢えて龍兵衛が顕泰にまだ家成にも言っていない秘匿情報を教えたのは彼があれだけ念を押しさえすれば向こうから勝手に人に話したりはしないだろうという信頼があったからに他ならない。

 しかも、沼田城を奪還する為と言えば尚更、顕泰はこれは大事だと決して口外しないように気を配るだろう。

 面倒なことが案外早く終わって一息付こうとした途端、何故か龍兵衛は背中に受ける視線に冷や汗が出て来た。

 

「龍兵衛♪」

「あっ・・・・・・」

 

 気付いた時には絶句に近い声が口から出ていて音は大きくない筈なのに陣幕に響き渡った気が龍兵衛はした。

 辺りを見回しても陣幕の中にはおろか周りにさえ誰もいない。

 嫌な予感程当たるものであり、振り返ると先程の龍兵衛の気など大したこと無かったと景勝が至近距離で他の者なら素直に可愛いと思える笑顔をして立っている。

 

「二人っきり、大丈夫」

「嫌です。我慢して下さい!」 

 

 威嚇するように小声で叫ぶと景勝がまた腕にまとわりついて来る前に龍兵衛は外へと避難する。

 陣幕の二人きりの時間も乗り切った龍兵衛だが、しばらくすると景勝とのことも忘れることが出来、無心で歩いていると慶次が影から出て来て彼の羽織りの後ろに付いているフードをがしっと掴んできた為、ずるっと後ろに転けそうになった。

 

「痛ぇな!」

「ごめんごめん。ちょっと力が強かったかしらぁ・・・・・・」

「目が泳いでいるところを見ると意図的だな、おい」

 

 分かりやすい態度の慶次にこれ以上何を言っても意味が無いと思い、代わりに疲れた溜め息を吐く。

 

「で、何でわざわざあんなことして止めた?」

「あぁ、その・・・・・・ねぇ」

 

 一方で、どこか落ち着きが無さそうに慶次は龍兵衛に目を合わせずに少し顔を赤らめて声を潜める。 

 

「さっき櫓の上でぇ・・・・・・かっつんに『しません!』って言ってたけど、何のことぉ?」

「え、聞こえてたの?」

「いや、あたしだけだったから良いけどねぇ」

 

 まるでもう家成がいなくて良かったねと言わんばかりの黒い笑みと含みのある言い方から嫌な予感しかしない。

 しかし、ここで先に反論すれば慶次は間違いなくそれを出汁に話を誇張するだろうと考えた龍兵衛は敢えて何も言わずに後手に回ることにした。

 

「まさか、龍ちんたらかっつんと・・・・・・」

「ち・・・・・・景勝様と?(危な、違うって言うところだった)」

 

 仮に龍兵衛が「違う」と言えば「何が違うの?」と慶次は聞き返して来て尚更彼は行き詰まるところだった。

 分かっていても引っ掛かりかけるのだから龍兵衛自身も問い詰められる側に来ると弱いということだが、口に出さずに耐えるところは称賛されるべきところだろう。

 

「んもぉ、隠さなくたっていずればれるのよぉ。かっつんと・・・・・・恋仲ぁ?」

「ちげーよ」

 

 素っ気なく返す龍兵衛の内心は渾身のガッツポーズが決まった。

 慶次は自身の経験の浅さを棚に上げて人の恋模様を知りたがる好奇心旺盛な性格の為に早く知りたいという焦りが出てしまい、証拠も何も無い今、相手から言わせた者が勝つ状況で龍兵衛の口から出させる前に先に言ってしまうという失態を犯した。

 

「えぇ~嘘は良くないわよぉ。誰にも言わないからさぁ。教えて?」

「ただ単にさっきの戦略の上に付け足したらどうかと景勝様が仰られてさすがに無謀だと思って間違えて叫んじゃっただけだ」

「本当に~?」

「うん」

 

 真顔で大きく上下に首を振るとさすがの慶次も本当に何も無いと思ったのかつまらなそうに溜め息を吐く。

 内心、ほくそ笑みながら龍兵衛は面倒くさいことにならなかったことに安堵して慶次から距離を取ろうと歩き出そうと左足を踏み出す。

 

「あ、だとしらぁ・・・・・・」

 

 そう言いながら音もなく慶次は龍兵衛に近付いて耳元に口を近付ける。

 

「最近、抜いてすっきりしてるぅ?」

「ぶーっ!? ごっほ、ごっほ・・・・・・」

 

 幸い周りに建物の角や木が立っていなかった為、動揺して足の指をぶつけるということは起きなかったが、吹き出した時に何故だが何かが気管に入ったようにむせてしまう。

 それを見た慶次はにんまりと笑って更に畳み掛ける。

 

「当たりね?」

「はぁ、はぁ・・・・・・んんっ! 外れ、大外れです」

 

 息遣いを少し荒くして耳元で囁く慶次に対して息を整えながら龍兵衛ははっきりと答える。

 

「えぇ~最近は一人寝みたいだし辛くないのぉ? あ、自分でやるっていう手もあったか」

「勝手に決め付けるな!」

「だってぇ、やっちーの所にも最近行ってないからつまらないって自分で言ってたわよぉ」

「何故、弥太郎殿とそんなことを不満にしているのかは脇に置いておいて・・・・・・別に俺だって困っている、訳、じゃあ・・・・・・」

 

 慶次は良いことを聞いたと鼠を見つけた猫のような笑みを浮かべているのを見て慌てて口を手で抑えるが、笑みを浮かべたまま彼女は更に龍兵衛との距離を縮める。

 

「(・・・・・最悪)」

 

 先程、自身に言い聞かせていたにもかかわらず、早速口を滑らせてしまった。しかも、相手はよりによって間違いを訴えても聞いてもらえない慶次。

 龍兵衛に残された手段はただ一つしか無い。 

   

「今の無し!」

「逃がす訳無いでしょ」

「ぐえっ・・・・・・」

 

 最終手段の逃走を敢行とした瞬間、首の後ろを掴まれた為、一瞬だけ窒息してしまい、一瞬だけ龍兵衛の意識は暗転した。

 復活した龍兵衛は生きていることを確かめる為に大きく息を吸って吐いてを繰り返してから平静を努めて慶次に向き直る。

 龍兵衛の視界には大笑いして腹を抱えている慶次がいた。つぼだったらしくなかなか笑いを収めてくれず、周りを歩いている兵から少しずつ注目を浴び始めてきた。

 

「・・・・・・」

「痛ったぁ・・・・・・女の子を殴るなんてどういう神経してるの?」

「(無性に腹が立ったからですけど何か?)」

 

 龍兵衛の慶次の大笑いによる苛々と周りの視線による恥ずかしさの合わさった気持ちをよそに慶次は周りに誰もいなくなったことを確認すると腕にまとわりついて景勝では味わうのは到底不可能な感触を彼に与える。

 

「誰、言わないから教えて?」

「いません」

 

 無表情で言い切ると慶次は再び少し顔を赤らめて小さく甘い声で囁いてくる。

 

「なぁんだ、やっぱり溜まってるんじゃない。じゃあ、今夜どう?」

「お断り致します」

「ん~つれないわねぇ」

 

 面倒だと軽くあしらう龍兵衛につまらなそうに返す割に押し付けて形を変える胸が嫌でも龍兵衛の欲情をかき立てるが、上から理性の岩が抑え付けることを頭で想像して彼は自身の気持ちを静める。

 そして、帰れと邪魔な虫を追っ払うように手でしっしと慶次と距離を取ると素直に彼女も諦めてどこかに消えて行った為、ようやく落ち着いて近くにあった木材の山に腰を下ろすことが出来た。

 

「まったく、あいつの誘いは遊びでも辛いなぁ」

 

 戦になってもいないのに今日はかなり疲れてしまったので戦の最中だが、仕方ないと龍兵衛は仮眠を取りに夕方になっている上杉軍の陣屋を歩いていく。

 それから仮眠を取ったが、夜になって龍兵衛が身体を起こすと何故か猿が乗っかっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。