暴れている様を親憲は遠くからじっと眺め続けていた。ほとんど単身で目の前の上杉軍を斬りまくり、前線で奮戦し続けている将を。
「勝った、勝ったー!」
その将は親憲が呆然とする中、相変わらず叫び続けている。
親憲は前線に立っていたが、そのけたたましい声は上杉軍の後陣にもはっきりと聞こえただろう。前線で何だ何だと思って声の方向に一瞬見入ってしまった者は隙を突かれてしまっている。
「声に目を向けず、目の前の敵に集中しろ!」
まずいと思った親憲はすかさず声を上げる。しかし、彼の集中の一端も声に向かっていて、注意した後にかの将の方を見る。
「ふむ、確かに面妖な方ですね・・・・・・いや、面妖ではなく、面倒な方のお出ましですか・・・・・・」
少し目を見開いた親憲がその将の後ろに見たもの。それは黄色地に染められた地黄八幡という旗指物。
「なるほど。あれが、かの北条綱成・・・・・・」
納得したと親憲は軽く頷く。当然ながら彼の名前は越後にも響いている。
北条家が誇る北条五色備とある。氏康の元に編成されたとされる部隊で、その名の通り黄・赤・青・白・黒の五色に分けて部隊が編成され、それぞれを北条一門や北条の重臣が指揮を執っている。
中でも綱成が率いる黄の部隊は北条軍の中でも最強の部隊と言われ、他国にも勇名は響き渡っている。
だが、綱成があのような奇妙な行為をするとはさすがの親憲も夢にも思っていなかった。普段の平静さを保ってはいるが、内心では身体中に電流を受けたような衝撃を受けていた。
北条軍がここで切り札を切ってくるとは予想外だった。思ったよりも早雲や氏康という人物は大胆なことをするのかと考える。だが、その思考はすぐに断ち切られた。前に自ら突撃してきた綱成の槍が繰り出されたからである。
「おや。もう、かような所まで」
平然と親憲はそう言う。だが、綱成の攻撃から身を守る為、馬からは降りざるを得なかった。もし、馬の上を望めば間違いなく腰の骨をへし折られていただろう。
さすがに常に冷静沈着な親憲でも一瞬、死の恐怖を味わい、背筋が凍った。
「ふふっ、侮ってもらっては困ります。我が北条の結束、この槍にて示すと致しましょう!」
死にそうになった恐怖を悟られた訳では無さそうだが、親憲に一杯食わしたことに気分を良くしたのか綱成は笑みを深めて槍を構え直す。
戦っているのが楽しいのか親憲が戦になると収まるが、武者震いを綱成は続けている。
親憲が綱成の後ろを見てみると一直線にこちらにやって来たのが分かる。累々の上杉軍の屍やそれに巻き込まれ、下敷きになった者達がもがいている。
「ならば、某も負ける訳には行きませぬな。上杉が義。武を以て貴殿に示すと致しましょう」
律儀に親憲が刀を抜き、構えるまで待ち、馬から下りるところを見ると綱成はかなり真面目なのだということが分かる。
「では・・・・・・」
「いざ!」
互いに膝を落とし、臨戦態勢から一気に加速する。綱成が槍を繰り出して来た。それを親憲は受け止めず、あえて受け流す。
そこから刀を振り落とそうと親憲は刀を振りかぶった。だが、綱成は下半身の力を使い、身体を反転させると槍を横に薙ぎ払う。
親憲は身体ごと地面に倒れ、転がって綱成を距離を取る。綱成も親憲に攻撃の隙は与えないと更に追い打ちを掛けて来る。
親憲もやられっぱなしは気に食わないと綱成の攻撃を縫い、間合いを詰め、上段から振り下ろし、駄目なら心臓を狙う突きや首を狙って刀を払う。
互いに互いの攻勢を防ぎつつ攻撃を仕掛ける強者同士の戦いは一向に決着の付く様子を見せず、一旦、互いに距離を取って得物を下ろす。
「前々から疑問に思っていたのですが、何故に上杉は正義を掲げながらも何ら義理もない東北の地を切り取り、あまつさえ里見や佐竹を動かしてまで関東を攻めるのですか? 民をも巻き込むような戦もあったと聞き及びますが」
「確かに我らが主君は多くの戦を仕掛けてきました。されど、正義というものは口で言わねば絵に描いた餅でしかありませぬ。何事も実行ですよ。そして、事が最後に正義へと帰結すれば良いのです」
「ならば、上杉は何故に関東を攻めるのです? 東北のような腐りきった土地ではない。我ら北条が立派に治めているというのに」
「やれやれ。いつまでも北条が関東管領の上杉に従わないのが問題でしょう? この戦の大義はそのようなものです」
「なるほど・・・・・・では、その大義を勝利にて乗り越えましょう」
口での戦いはここまでと綱成は口元だけ歪ませると膝を落とし、一気に親憲に突っ込み、槍を迷うこと無く、親憲の胸に突き出す。
親憲は身体を逸らし、かわすと共に刀を甘くなった脇へと繰り出すが、綱成もそれを予測していたのか、横に滑るように移動すると親憲の背後から槍の突き落とす。
それを親憲は鎧をかすめただけにとどめ、再び距離を取り、体勢を立て直そうとする。そして、互いに再び間合いを詰めようとした時だった。
「敵の援軍ですか・・・・・・」
親憲が蹄と鬨の声の聞こえる方角を耳で判断し、苦い表情になる。数はおそらく一千程度だが、元々分が悪かっただけに上杉軍には更に悪影響になる。
援軍が来た以上、逆井城の士気が高くなる。数では上杉軍は連合の利で一万五千にまでなるが、綱成率いる援軍の一人一人の力が圧倒的かつ皆、勇猛な為、旗色が悪くなるのは必至。
周りには援軍を見て怯んでいる兵がいる。まだ北条との戦も始まったばかりである為、無理は出来ない。
しかし、親憲自身、抜け駆けでこの戦を仕掛けた以上、何も戦功を立てずに帰還したなど茶番にもならない。
何か善後策を練ろうにも好機と見た綱成の攻撃が思考を遮り、親憲の動向を進むか退くかの単純な選択肢で絞らせてしまう。
決めあぐねている間も上杉軍は北条の援軍にぶつかって行き、乱戦となっている。数の差で劣る上杉軍ではやむを得ないと親憲が決断しようとした時。
「む・・・・・・?」
綱成が親憲よりも遥か後ろを見る。親憲の耳にも先程とは違う方角からの鬨の声が聞こえてくる。だが、それ以上に隙が綱成に生まれたのを親憲は見逃さなかった。
「ぐっ!?」
呻き声とは対照的にさほど綱成の傷は深くない。隙が出来たとはいえ、彼も武人。戦場で致命的な油断はしないのだろう。
腕に傷を付けただけでは綱成も怯まない。仕返しと言わんばかりに親憲に先程よりも激しく襲い掛かってくる。
だが、親憲もそれで怯む程、やわな精神力では無い。攻撃を受け止めると綱成という高い価値のある首を取らんと冷静に隙を突いて攻める。
しばらく互いに均衡した攻防戦が続き、遂に弥太郎が率いて来た上杉軍の更に後ろから伊達や佐竹の援軍が親憲の目にも見えてきた頃、ようやく弥太郎が親憲の下に辿り着いた。
「水原殿! 無事か!?」
「小島殿。ええ、某は大丈夫ですよ」
いつものように軽く微笑む親憲だが、弥太郎は少し顔を強張らせる。
返り血を大量に浴びた親憲の顔が笑みを浮かべたところで血に飢えた獣が欲望を満たして満足げになっているようにしか見えないのだ。
「援軍ですか・・・・・・もっと敵を攻撃したいですけど、この乱戦では無茶は出来ませんね」
一方の綱成は弥太郎の姿を確認すると仕方ないと肩を竦める。
「まさか、この包囲を突破するのですか?」
親憲と綱成が戦っている間、当然ながら上杉軍の兵が二人の周りを包囲していた。一騎打ちの間は誰も手を出すようなことはせず、息を呑んで戦況を見守っていたが、それが終わるとなれば話は別である。
今度は数に任せて綱成を討ち取りたいと躍起になって武器を構えている。しかも、相手が北条一族の者となれば尚更だ。
だが、綱成はそのような状況に立たされても余裕の笑みを崩さない。更に、城の方向へと向きを変えると自身の馬に跨がり、兵に構わず突進を始めた。
「ははははは! 勝った! 勝ったー!!」
綱成は狂っているとしか表現が出来ない声を上げて再び上杉の兵を蹂躙し、突破口を開いて去って行く。
「何だったのだ。あれは?」
隣に来た弥太郎も先程の親憲と同じような思いになっているだろうという表情をしている。もちろん、親憲もそれに答える言葉は持っていない。
「某に聞かれましても・・・・・・何はともあれ助かりました。さ、急ぎ城に攻め込みましょう」
「ああ」
その後は弥太郎の指揮の下、撤退する北条軍を追撃し、東の郭だけを奪うことが出来た。
更に、上杉軍は郭や逆井城を落とそうと進軍したが、さすがにそれ以上の攻勢を北条軍は避け、逆井城自体を落とすことは出来なかった。
だが、堅牢な逆井城の一角を崩したことは大きく、上杉軍は攻撃拠点を確保出来た。その代わり、上杉軍は大きな被害を被ったが、北条軍の方も更なる被害を被った。
親憲の急襲によって混乱を招き、綱成が到来する前までに与えた被害も大きかった。
そして、上杉軍には大きな前進があった。
義重が迷惑を掛けた詫びとして真壁氏幹と岡本禅哲を引き連れて上杉軍の陣屋へ謝罪に赴いた。
本当に反省しているのか、親憲には分からなかったが、謝罪に来て頭を下げたということは北条との戦において上杉の指示に従うことを明白にしたも同じ。
親憲の奮戦によって目が覚めたと義重は言っていたが、親憲の怒りが響いたのかもしれないが、真実は分からない。
「されど、佐竹も態度を改め、上杉に従うと言わせたのは大きいのではないでしょうか?」
「ああ。そうだな・・・・・・」
弥太郎はどこかいつもの武人としてまとう強い気が無い。親憲に半ば強引な行動によって武人として見せるべき戦場での姿に気付かされ、大軍勢の大将という重責に気負っていた自身が恥ずかしくなっているのだろう。
親憲はそう考え、弥太郎の前に立ち、彼女が顔を上げたのを確認すると素早く座り、土下座をする。
「小島殿、真に申し訳無い。貴方が愚弄されるのを黙って見ているのに耐えきれず、勝手に動いてしまい・・・・・・」
「水原殿!? いや、謝るのはこちらの方だ! 佐竹を取り纏めることが出来ず、蘆名の者達から言われたことで失われかけた上杉の名誉を挽回してもらえた」
大慌てで首を横に振る弥太郎だが、親憲は座ったまま普段通りの落ち着いた様子で手でまあまあと示す。
「某だって人の子。怒ることはありますよ」
平然と親憲はそう言うが、普段は決して怒らない彼が目を怒らせて容赦なく敵を斬り殺して行く様は同じ武人であるにもかかわらず、弥太郎も少し身体を震わせてしまった。
綱成が撤退すると共に斬り込んで行った際、上杉軍の中で最も北条軍相手に奮戦していたのは親憲である。しかし、彼自身、決して誇れるものとは思っていない。
「我らは逆井城の一角を崩したに過ぎませぬ。後は黒田殿の帰還を待ち、次なる策を聞かねば」
綱元が官兵衛を暴れないようにしっかりと馬の上で押さえ込んでくれたおかげで翌日にどうにか帰ることが出来たが、官兵衛は親憲達の独断専行のことを聞くと烈火の如く怒った。
弥太郎が押さえつけても無理やり這い出てぽんっとびっくり箱のように飛び出す程であり、その日は朝から弥太郎と親憲を顔を真っ赤にして説教していた。
小さな官兵衛が大柄な弥太郎と親憲を説教している様子を景綱は遠くから半分面白おかしく、半分訝しく眺めていた。それは官兵衛が勝利したことさえも戒めるように強く二人を叱っているからだ。
「あれだけ出陣するなって言ったのに、何で戦をけしかけたの!?」
「いや、黒田殿、さすがに大将が味方から貶される
「結局は私情じゃん! しかも、郭まで落としちゃって~」
景綱も勝手に動いたことに対する叱責は官兵衛の立場に立てば行うだろう。しかし、勝ったことに対しても良くないとは言わない。
信賞必罰の考えで勝ったことは称えるべきだろうと景綱は官兵衛を見て思った。
長々と説教をしていた為、朝がすっかり太陽も既に真上に昇ってしまっている。そろそろ仲介に入るかと景綱は隠れていた所から三人の下に向かう。
「きりがないからもうこれぐらいにする!」
両手を脇に置いて官兵衛は唐突に説教を終了させた。
景綱は一歩踏み出したところで膝ががくっと折れてしまい、周りに誰もいないことを確認すると平静を装って官兵衛の後ろを付いて行く。
明らかに怒ってますよと言わんばかりに足音をうるさく立てて官兵衛は歩いて行く。
弥太郎と親憲から見えない所まで官兵衛に気付かれないように尾行する。そして、もう良いだろうと思い、背中から声を掛ける。
「勝ったことぐらいは素直に誉めたらどうだ?」
「わっ!? 誰!?」
不機嫌さ丸出しだった為か官兵衛は本当に気付いていなかったらしい。ぐるっとばね仕掛けのように反転し、景綱の姿を確認すると「脅かさないでよ!」と官兵衛は睨み付けてきた。
理不尽な気がしたが、ここでそれを指摘するとますます官兵衛の機嫌を損ねるかもしれないと景綱は素直に悪かったと手を静かに挙げておく。
「構わない。私は政宗様にこのことを密告して黒田殿を貶めるようなことはしないさ」
軍師として付き合いがあると本当かそうでないか互いに分かってくる。本当に大丈夫だと官兵衛は信じたらしく、耳を貸せと景綱を手招きする。
「せっかく、佐竹にあのまま逆井城を勝手に攻めさせようと思ったのに・・・・・・」
「・・・・・・成る程な。確かに手懐ける機会を逸したか」
官兵衛の思惑を察した景綱はそう考えると今回のことは早まったかもしれないと表情を少し暗くする。
官兵衛が軍議の軋轢を放置し、わざわざ戦場から一時退去したのは弥太郎達では二人の間をどうにかすることが出来ないと踏んでいた為であり、未だに上杉に従う気が無い義重を衝動的に動かすことだった。
逆井城は北条と佐竹の領地を堅牢な城として名が通っている。
落とせない訳では無いが、それ相応の被害を被ることは必定。まだ北条征伐は始まって間もない時に上に立つべき上杉軍がここで下手に被害を出すことは許されない。
その為、伊達と佐竹の仲が先陣争いで未だにこじれているのを利用し、どちらかが抜け駆けを行い、単独の力で逆井城を攻めさせようと官兵衛は考えていた。
伊達にしろ佐竹にしろ強い力を持っていることでは共通している。その強い力を少しでも戦の中で削いでいけば後々上杉の影響力を与えやすくなる。
官兵衛の計算では自身が帰ってくるかその前後で佐竹か伊達が動くと思っていた。だが、その前に親憲が動き、上杉軍を動かしてしまった。確かに表向きの不協和音は無くなり、佐竹も上杉の指示に従う姿勢を見せている。
このまままた持久戦になるのも構わないが、まだ序盤戦である以上、迅速に勝たなければならないという事実もある。
「では、上杉軍が被害に遭った今、如何にして我らに被害を被らせる?」
「人聞きが悪いこと言わないでよね・・・・・・まぁ、政宗殿が佐竹殿とあんな感じだから巻き込もうとしたのは確かだけど」
「性格が悪いのは黒田殿の方ではないか?」
「あたしは人聞きの悪いことって・・・・・・あんなこと言ってるから変わらないか」
「そういうことだ」
互いに何か裏があるような笑みを浮かべると官兵衛が持ってきた逆井城の図面を見る。
北側は崖。南に大量に兵を置ける郭がある為、攻めるとすれば東と西のみ。既に東側の郭を一つ奪っている為、そこを拠点に攻め込むのが定石である。
だが、北条綱成の援軍が来たとなれば被害に遭った東側を援軍が固めるのは予測出来る。それが北条軍の精鋭となるば尚更普通の城攻めは難しくなる。
「佐竹が上杉に頭を下げた今、膠着状態のままでも構わない。けど、こっちが上杉軍を動かしちゃったからこのままだと北条軍の精鋭に上杉が怯んでいるとも見られかねない」
「動くのか?」
「北条綱成が城内に入ったとなるとこっちの動向はあまり多く入って来ないだろうし」
「ならば、北側だな」
景綱は逆井城北の崖を指差す。官兵衛が頷き、互いの意見が一致した。
「それで、官兵衛は佐竹にやらせると言っているのか?」
官兵衛と話を終えた景綱はその足で政宗の下に向かい、何を話していたのか包み隠さず、全てを洗いざらい話した。
政宗の方は怒る訳でもなく、景綱から言われたことを全て聞き終えるまで表情を変えずに黙っていた。
「ああ、私達はその後方で援護して欲しいらしい」
「分かった」
「かなり早い決断だな」
佐竹の後陣を務めると聞けば一昨日までの政宗なら間違いなく、不満を零し、弥太郎か官兵衛の下に向かっただろう。
だが、今の政宗は仕方ないなと肩をすくめるとすぐに景綱に準備を進めるように指示を出す。さすがに佐竹が頭を下げた以上、無駄な張り合いを行うのは恥ずかしいと思ったのだと景綱は思った。
「(もっとも、仲直りした訳では無さそうだが)」
相変わらず、二人の間では殺伐とした雰囲気が続いている。いい加減にして欲しいが、互いの性格では同族嫌悪も続くだろうと景綱は見ている。下手に喧嘩になって馬鹿げた理由で争いが生じないことを祈りながら景綱は用事は済んだと腰を上げる。
「随分と心を許されているな」
「どういう意味だ?」
唐突に立ち去ろうとした背中に声を掛けられ、景綱は訝しげな視線を政宗に送る。しかし、政宗の方はさほど深い意味があって言葉を発した訳では無いようで「そのままの意味だ」と笑って手をひらひらさせている。
景綱は政宗を見て、彼女がこういうことを言って他意が無い場合、どのような思いを胸に秘めているのか考える。すると、簡単に答えは導き出せた。
「羨ましいのか?」
「なっ・・・・・・そんな訳無いだろう!」
大慌てで訂正するように睨んでくる政宗を見て、相変わらず素直では無いと景綱は何故だが安心してしまった。
「私は春日山錠に長くいたからな。その間も大分良くしてもらっていた。それこそ伊達にいた以上にな」
景綱の言葉を受け、政宗は驚いたようにはっと顔を上げる。
「不満、か・・・・・・?」
「ああ、難儀な主君がな」
「なっ、それは、私がこのような性格なのだから仕方ないだろう?」
さすがにこれ以上からかうのは良くないと思った景綱は悪いと詫びを入れる。
「話を戻すが、あれは私もあちらを信頼しているからだろ」
「む、まるで私が上杉を信用していないような物言いだな」
内心、景綱はその通りだと指摘した。政宗の信頼は多分が謙信に向いている。上杉に忠誠が無い訳では無いが、最上や下手をすると南部よりも低いかもしれない。しかし、裏切る気はさらさらないようで配下の者達とも友好関係を築いているのも事実だ。
何となくだが、景綱も政宗が何を狙っているのかは察しがついている。
「別に構わない。私が天下を欲するのは上杉が崩れた時。最後までどう転がるのか分からないのが天下だ。勢いのある上杉、織田。興味深い。だが、もし私達にも機会があればなお面白い」
「まったく・・・・・・伊達の当主は上杉に忠義があるのか無いのか・・・・・・」
政宗の二心丸出しの笑みに景綱は呆れるのを通り越してしまいそうになる。以前、百万石を約束してもらった際には謙信に対してかなり恐縮してしまい、自ずと頭を下げてしまったと零していた。
だが、そのような姿は今の政宗にはどこにも見えず、相変わらず傲慢にも見える威風堂々さを見せている。
「あるさ。ま、上杉の力が正義を支える時までだがな」
「崩れる時が来ると見ているのか?」
「まさか、私はそこまで楽観ではない。だが・・・・・・」
「だが?」
景綱が首を傾げて更に聞き出そうとすると政宗は唇をつり上げて言った。
「番狂わせが私の生きている内にあれば良いな」
政宗らしくない間の抜けた発言に景綱は思わずがっくりしてしまった。