上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第百三十四話 色の無い楽園

 とある家臣から上杉軍が信州を攻め込むにはかなり遅いと言われたことがある。

 武田を川中島の戦いで完全に追い込み、そこから更

に追撃をすれば今頃は信州と甲斐も東北と共に治めていた筈だが、何故謙信は好機を逃すような愚かなことをしたのかという声がかつて配下にいた寒河江や田村から聞かれた。

 しかし、軍師達からすればそのようなことは外野からの空耳にしか過ぎない。

 そもそもあの時上杉軍が武田軍を追撃していれば東北に向かうことは更に難しくなっていたことだろう。

 何しろ背後に今川や徳川、北条を控えていて前者の二家は織田の傘下にいる。今や織田は将軍家との戦いを圧倒的物量差で有利に進め、一向一揆勢の介入を許しつつも徐々に畿内の主導権を握りつつある。

 その現状を顧みて明らかなことは信州を平定したところで織田が上杉に対する警戒心を強めてしまい、上杉も織田を警戒する為にそちらに兵を割かなければならなくなる。

 颯馬の計算では一向一揆勢が織田に負けるのは必ずと断定して良いぐらいで、更に将軍家を滅ぼした後に越前・伊賀や石山本願寺を二、三年の内には必ず平定すると見ている。

 龍兵衛や官兵衛はもっと早く一年と少しぐらいかそれに満たないという決着を予想していたが、まだ近江と越前を平定して間もない織田は足並みが揃っていないことを計算に入れて颯馬は二、三年と読んだ。

 その間に上杉がすべきことは北条と武田の力を削げるだけ削いで北関東を手中に収めることである。北条との決戦はあくまでも関東の反北条勢力を手懐ける為の名目にしか過ぎない。

 しかし、武田という織田の防波堤をいつまでも放置していては大雨になった時に役目が果たせずに逆に被害を被ることになりかねない。

 故に、今この時期に武田をあくまでも牽制し、極力力を削ぐことを目的とした軍を派遣することにしたのだ。 

 謙信は信玄との決着が付いてしまうのではと冷や冷やしていたが、颯馬も義清もそこまで楽観視していない。

 最も兵力が少ない為、時間が掛かる可能性もあるが、留守の間に怖い越中の一向一揆勢は越前で蜂起し一向一揆勢の援助する為に主力の多くが出払っているので魚津城や天神山城の斎藤朝信や山本寺景長などで十分である。

 上杉軍の数はおよそ五千。他の二つの部隊が万単位になる中で最も少ない軍勢である。

 基本的な方針として北信州の武田の統治を混乱させ、川中島や織田との戦いで弱体化が進む武田を更にじわりじわりと綿糸で首を絞めるように追い込むのが上杉の立てた戦略である。

 

「はぁ~・・・・・・」

 

 緊張感の無い颯馬の溜め息が隣にいた義清を呆れさせ、他にも聞こえた者達、岩井信能などはまた始まったと盛大な溜め息を吐いている。

 今回、颯馬と謙信は信州方面、上野方面と別行動を取っている。

 表向きは軍師の割り振りで颯馬が武田に対する情報収集を最近はよくやっていたという理由だが、義清達上杉の直属の将達は二人のせいで周りに迷惑が掛かるのは良くないと思った他の将が軍師と結託して根回しを行った結果、二人を説得してこのような配置になった。

 

「公私混同は控えて欲しいのじゃが・・・・・・」

 

 呆れたような口調でどこか寂しそうにしている颯馬の隣を馬に揺られながら義清は独り言のように呟く。

 公私混同しない為の措置だと二人は上杉の皆に言っていたが、出陣前に互いの屋敷に入り浸っているのを見た慶次や景勝の報告を聞いていると一緒に行って私的に少しでも会っておいた方が良いのではないかと義清は思っている。

 会った時に今までの溜まっていた色々なものが一気に発散される様子を義清は絶対に見たくない。

 そう考えるとある意味この戦は早く終わらせたいと彼女は内心、思っている。

 しかし、武田との戦はあくまでも武田に対して上杉はまだ目を離した訳では無いという意志を見せるだけのもの。つまり、北条との戦の間は武田領に攻めたり退いたりを続けることになる。

 あわよくば葛尾城までなら取っても構わないと謙信からは言われているが、信玄がおいそれと敵に城を落とされるようなことをする筈が無いことは実際に戦ったことのある義清がよく知っている。

 一度は信玄の誤った判断を突いて武田軍を追い払ったが、その後は信玄も誤った判断をすること無く、容赦ない攻撃で村上と小笠原を追い詰めた。

 いくら御家が危機になっているとはいえ簡単に終わる筈が無い。そのことは謙信も承知済みだと言っていた為、無理をして勝利を掴むべきではない。

 

「颯馬殿、武田の内情をどう見る?」

 

 いつまでも隣の颯馬を萎えさせている訳にはいかないと真剣な問いを掛けてみる。すると、さすがの颯馬も表情を引き締め、おとがいに手を当てる。

 

「あまり良いとは言えないでしょう。しかし、武田信玄は家臣との絆が深く、簡単に近付くことは出来ないかと」

「確かに。信玄の力は侮り難い。時に颯馬殿、川中島から進む進路で武田が以前のように迎え撃って来ると思うか?」

「いや、それは無いでしょう。今川、徳川のことを考えると今までのように主力の大半をこちらに置くことは不可能です。もっとも・・・・・・」

「なんじゃ?」

 

 颯馬は何か言おうと口を開きかけたが、結局、首を振って何でもないと示す。

 突っ込んで聞いてみようかと義清は思ったが、颯馬が真剣に考え事をしているのを見て、話し掛けるのもあれだと止めた。

 任された仕事を義清はきちんと行った。更に、武田との戦というのも何だかんだで気合いが入る。だが、義清が意気込んだ途端に空から水滴が落ちて来た。

 

 

 

 善光寺の者達の手引きによって信州に入った上杉軍は川中島へと歩を進め、先ずは海津城の攻略に着手することになった。

 その前に雨の妙高山を突破したことによって生まれた疲労を癒やす為、善光寺において休息を取ることになった。

 到着し、すぐに颯馬と義清は高梨と須田に兵の管理を任せて今後のことについて会談することにした。

 

「兵の疲労はどうじゃ?」

「やはり、行軍を急いだのが響いています。まだ、掛かるでしょう」

 

 様子を見てきた颯馬は包み隠さず、はっきりと現状を義清に伝える。

 妙高付近の山々を越えるのは道を整備していたとはいえ雨という悪条件も重なってかなり辛い。更に、雨は未だに降り続け、なかなか晴れる気配が無い。

 

「義清殿、調略については?」

「既に颯馬殿の指示通りに信州の者達には声を掛けておいたのじゃ」

 

「返答はまだじゃが・・・・・・」と残念そうに義清は肩を落とすが、颯馬からすればそれだけで十分である。

 今の武田なら結束力を崩す揺さぶりを掛ければ何か動きがあるかもしれない程度に頼んだことで、最初から颯馬は誰かがこちらになびくとは思ってもいない。

 少しだけ期待していたという気持ちもあるが、現実問題、武田を甘く見てはならない。

 

「では、やはり当分の間は動かず、この善光寺で時を待つと致しましょう」

 

 そう言うと颯馬は話は終わりと立ち上がる。その背中に義清はどこに行くのか尋ねた。ここは颯馬にあてがわれた部屋である。

 

「少し周りの様子を見て来ようかと」

「私も行こう」

 

 すかさず義清は立ち上がるが、颯馬は首を横に振って断ると示す。何故と義清は当然問う。すると、颯馬は耳を貸せと義清を手招きしてくる。

 

「高梨殿や須田殿を信頼していない訳ではありませんが、やはり万一のことがあった際、義清殿がいる方が頼りになるので」

 

 信州方面には旧信州勢が主力となっている。信玄に敗れた者達の中で頼りになるのはやはり最も信玄を苦しめた義清である。

 高梨や須田も決して凡庸ではないが、武田軍も義清がいると知れば少しは警戒してくれる筈だと颯馬は考えている。

 

「二刻程で戻ります。あくまでも周りを見るだけなのでそれほど掛かりことは無いと思うので後はよろしくお願い致します」

「じゃが、武田の間者も多くいるぞ。颯馬殿のような軍師が出るよりも私が出た方が良い」

「いや、軍師である私が出ることでより抜かりなく敵の様子を見れるというもの。義清殿はどうか、私が万一戻らなかった場合に備えて頂きたい」

 

 義清が承諾する返事を聞くと颯馬はすぐに二人の配下と共に善光寺を出た。

 

 

 海津城はあくまでも川中島で上杉軍と戦う為に築かれた大きな軍営地である。城自体、難攻不落の堅牢な城とは言い難い。

 だが、武田軍の守将である虎綱春日は武田の四天王の一角を占めている者として颯馬も義清同様に簡単に事が済むとは思っていない。

 さすがに軍勢を率いていない為、八幡原を抜けて海津城の近くまで行くことは叶わない。颯馬はすぐに川中島を迂回して平野を通らずに海津城の近くまで山間部を抜け、草村に隠れた。

 雨は比較的収まってきたが、完全に晴れた訳では無く、颯馬の鎧や足は雨水によってじんわりと湿っている。

 

「(思ったよりも兵が少ないな・・・・・・)」

 

 海津城の中に入ることは不可能だが、颯馬は軍師として見る目は優れている。なびいている旗や城内の静かな雰囲気を見るに士気が低く、数が少ないことが分かる。

 詳細までは知らなくても、確実に少ないということを確信にまで持っていきたいと颯馬は思った。しかし、段蔵は今、関東に潜入している。他の軒猿を向かわせているが、返答は一切無い。

 既に捕らわれているのかなかなか抜け出せないかは不明だが、このような場合は最悪のことを考えるのが最善である。

 攻めるべきか様子を見るべきか。颯馬の頭の中で考えはまとまっている。この戦はあくまでも武田の目をこちらに向けさせ、関東にも東海道にも介入させない為のもの。つまり、勝つ必要は無い。

 一か八かの選択を行うよりも今は兵の休養とその間、武田軍の内部に揺さぶりを掛けることを優先すべきだ。

 

「天城様、これ以上近付くのは危険では?」

「分かっている。もう良い、退くぞ」

 

 颯馬は姿勢を低く保ったまま素早く馬を繋いでいた場所まで引き返す。

 雨は既に上がっているが、水滴は草や木葉に残り、袖を濡らしていくのが実に鬱陶しい。

 苛々を押し隠すように颯馬は溜め息を吐く。しかし、天気はそれを嘲笑うかのように再び雨を降らせてきた。

 颯馬はもう一度溜め息を吐く。空を見上げると雲が厚く、なかなか止みそうな雰囲気が無い。しばらく苛々が続くのかと思いながら颯馬は馬の所まで歩く。

 

「おい、急ぐぞ」

 

 颯馬は振り返りながら声を掛けて、すぐに目を見開いた。二人共に仰向けに倒れていたのである。

 連れて来た兵二人は農民から駆り出された者ではなく、上杉軍の兵として訓練させられた者。慌てて颯馬は駆け寄り、容態を見る。幸い死んではいないが、確実に急所を突かれ、見事に伸びている。

 

「一体・・・・・・むっ?」

 

 その時、颯馬は一瞬だけこちらに向けて来る殺意の籠もった視線を感じ取った。

 

「誰だ!?」

 

 その声に応じるように草村から人間が飛び出て、颯馬に襲い掛かって来る。万一に備えて腰を落としていた颯馬は最初の攻撃をかわすと距離を取り、すぐさま相手の攻撃に備える。しかし、その前に相手は腰を伸ばし、面白いものを見たような笑みを浮かべた。

 

「なかなか、上杉の軍師様はやり手のようで」

 

 袖で口元を隠しながら笑う仕草を見て、女だということは判断出来たが、何故、自身が襲われたのかを捕らえ、問い質す必要がある。

 颯馬はすぐに女へ走り出し、間合いを詰める。しかし、女は素早い足取りで避ける。

 距離を取られたが、女がどのような人物なのか颯馬は見ることが出来るようになった。そして、颯馬は女を見て息を飲んだ。

 慶次のように着崩したりせず、謙信のようにきちんと服を着ているが、それでもはっきりと女性らしい曲線が出来上がっている。

 更に、女の顔は百合や牡丹に例えるにも足りないぐらいの美しさを持っていた。

 思わず、颯馬は捕らえて茂みに袖を引こうかなどとも考えたが、冷たい雨が身体の火照りを収めてくれた。冷静になると颯馬は己を自制することが出来た。

 動きから間違いなく、かなりの手練れである。このような相手には何をしても口を割る筈が無い。颯馬は刀を抜くと下半身に力を入れ、女に襲い掛かろうとする。

 しかし、それは女によって未遂に終わった。唐突に戦闘態勢を解いた女は颯馬を未知の境地に誘うような手招きをする。

 

「海津城の情報を知りたいのであれば、私が教えて差し上げましょう」

 

 妖艶な笑みを浮かべたまま女は濡れないように木によって自然の屋根が形成されている所へ颯馬を手招きする。

 警戒して行かないのが普通だが、颯馬は今、喉から手が出る程欲しい海津城の情報と聞いて少しでも希望があるのならばと付いて行くことにした。

 兵を近くの木にもたれかけさせると颯馬は女がいつ襲い掛かっても反応出来る程の場所に立つ。

 

「先ず聞きたいことがある」

「何で御座いましょう?」

「お前は俺を殺すのか?」

「いえいえ・・・・・・」

 

 そう言うと女は颯馬の肩にしだれかかり、指を頬に絡ませてくる。それを無視して颯馬は表情を崩さずに女を睨み付ける。

 

「ならば、お前は俺を誘い、敵から何かを探ろうとしたのか?」

「まさか、わざわざ敵であれば上杉軍の御方を誘うような真似は致しません」

 

 ころころと人を食ったような笑みを浮かべながらその歩き巫女はしだれかかった颯馬の肩から離れる。

 

「(やはり、ののうか・・・・・・)」

 

 颯馬は一瞬でもこの誘惑の多い歩き巫女に邪な気持ちを抱いた自身を戒める。相手の先程の身体の使い方から察しは付いていた。しかし、それを忘れさせてしまう程に強い女の誘惑を持っている相手に颯馬は強い警戒感を抱いた。

 武田は戦乱の世で孤児や捨て子となった少女達数百人を集め、呪術や祈祷から忍術、護身術の他、相手が男性だった時の為に色香で惑わし、情報収集する方法などを教え、諸国を往来できるよう巫女としての修行も積ませた集団が存在すると聞いたことがある。

 一人前となった巫女達は『ののう』と呼ばれて全国各地に送りこまれ、彼女達から知り得た情報を集め武田信玄に伝えていると聞いたことがある。

 当然ながら上杉が武田の内情を軒猿達によって知っているのと同様に武田も上杉の内情を知っている。それもののうの者達による情報収集の成果が大きい。

 上杉の軍師もどこにののうが潜んでいるのか分かっていない。それほど潜入能力は高い彼女達は商人や遊郭に行った将兵から情報を聞き出しているのだろう。

 颯馬は妖艶な笑みを浮かべる女に細心の注意を払い、じっと女を観察する。

 なよなよしているように見えて背筋はしっかりと伸びていて、目つきは颯馬の身体や手の動きを見ている。

 

「時に、お前は何故に俺が上杉に仕えている者だと思った?」

「何事も情報が宝で御座います。ましてや、上杉の軍師様ともなれば知らない方がおかしいかと」

 

 敵を知ることが重要なのは颯馬も知っている。武田の者であれば上杉の内情を良く知る者も多いだろう。上杉もまた武田のことを知っている者が多いように。

 

「ならば、武田を裏切り、我らに情報を与えようとするのは何故か?」

「時が戦国乱世である以上、人が死ぬのは当然のこと。私は弱い信州の国衆の出であり、夫も戦に巻き込まれ、討ち死にを致しました。私達にとって生きる為に手段は選ぶべきではないので御座います。日ノ本東の流れは上杉に傾きつつある今。小勢力の出である私は強き者に従うのが道理かと」

 

 よくぞ聞いてくれたと女は長々と説明するとにこやかに微笑む。今までの何か腹に抱えているような笑みとは違い、本心からの気持ちを吐露するかのような自然な笑みである。

 それを見た颯馬は警戒心をそのままに、女の言葉に対して真剣な心持ちで耳を傾ける。 

 

「海津城を守るのは虎綱様。されど、城にいる兵は僅か一千程度。海津城はご存知の通り、決して堅牢な城とは言えません。この機を逃す方が愚の骨頂かと」

 

 真剣な表情で女は言うと懐から書状を取り出すと颯馬に渡す。颯馬は中を改めると目を見開いた。虎綱春日が甲斐に上杉軍が海津城に侵攻している為、増援を求めるという内容の書状である。

 しかし、それを本当に信じて良いのかと颯馬は思ってしまう。都合が良過ぎる為、こういうことに必ず裏があるのは重々承知している。

 一方で、海津城の情報が正しくないという確証は無い。武田は攻めてくる気配の無い上杉よりも今川に注意を払っていた。

 突然のことに対応しきれていないと考えれば女の言うことも頷ける。

 

「海津城のこと。真と見て良いのですか?」

「ええ、もちろん」

 

 再度、颯馬が確認すると微笑みながら女は頷く。一方の颯馬は女が本当のことを言っているのか皆目見当もつかなかった。仮に本当だと見たとして素直に動こうとするつもりは無い。

 

「村上様の名で声を掛けた方々は海津城を落とすことで三割、葛尾城で半数以上は上杉になびくでしょう。さすれば、上杉が信州全土を奪取するのは容易いかと」

 

 にこやかな笑みを崩さないまま女は懐から扇子を取り出し、颯馬にも届くように風を吹かせる。

 香料を使っているのか、頭の回転が鈍くなるのを颯馬は感じた。苛々する感情を抑えながら颯馬は書状だけでも貰っておこうと懐にしまう。

 帰ってから義清達と相談しようと颯馬はすぐに立ち上がると今度こそ馬を繋いでいた方向に歩き出そうとする。

 

「世に多過ぎる英雄・・・・・・」

 

 一歩目の足を地面に落とした瞬間、女は再び口を開いた。

 

「皆を従えきる器がある者こそ天下を統べる。それは古今東西、未来永劫、変わることはないでしょう」

「・・・・・・そうだな」

 

 颯馬は振り返らず、兵二人を起こすと女の方を見ること無く、馬の方に歩を進める。

 

「(一体、何が目的なのだ?)」

 

 掴めないことに恐怖を感じたのは富樫を相手にした時以来だろう。もしかしたらそれ以上に強いかもしれない。

 複雑な内心を悟られないように颯馬は馬に跨がる。幸い、雨が上がり、兵二人に悟られることは無かった。

 

 その間、頭を下げ、地面を向いたままだった女はゆっくりと頭を上げる。既に颯馬は兵二人と上杉軍の陣に戻る為に馬を走らせる音だけが聞こえ、姿は無かった。

 

「されど・・・・・・」

 

 一度、目を瞑ると歩き巫女は息を細く長く吐き、颯馬が去って行った方向を睨むように目つきを鋭くさせる。

 

「この望月千代女が失いし夫の敵、それだけは取らせて頂きます・・・・・・」

 

 風の中へ消える程の小さな呟きと共に歩き巫女は笠を被り、音も無く去って行った。

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