上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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大分飛躍しています。へうげもの要素ありってタグ付けしようかな……


第百四十話 茶の湯炸裂女子

 箕輪城を落としたものの、兵をかなり動かした為、上杉軍は進軍が遅々となっていた。相手が箕輪城に籠もる北条氏康とその妹であったということも原因だろう。二人は撤退して氏康、氏邦は小田原城に逃れたようだ。また、猪俣は忍城に入り、再び迎え撃つ構えを見せている。

 謙信は兵の状態を憂いて箕輪城が落ちたと共に開城勧告に応じた高崎城で休息を取ろうと考えたが、兼続がこれに反対した。まだ、下野に北条の知恵袋である幻庵がいる。幻庵が動いていないにもかかわらず、簡単に動きを止めてしまっては北条軍にも時間を与え、減らせる敵の戦力を見逃すことになる。

 相手が幻庵ということもあって何か撤退する際に何か仕掛けてくるのではないかと疑念から龍兵衛が反対したが、兼続のごり押しが効いた為、謙信は高崎城から更に東に進んだ金山城を力攻めで落とし、入城した。

 中山道を通り、上野との国境にある金山城を落とされたことを向けて下野に向かっていた幻庵はさすがに分が悪いと見たのか上杉軍の手が自身の部隊に伸びない内に素早く撤退した。

 それと同時に皆川城の皆川広照が上杉に降伏した。下野において強大な力を誇る皆川の降伏は下野に残る北条の勢力を一気に瓦解させ、揺れていた国人衆の多くを上杉になびかせた。

 やはり、箕輪城の陥落と更なる進軍がよく利いたのだと兼続は満足げだった。

 

「・・・・・・ちっ」

「なんだ。その不満げな顔は?」

「嬉しそうな顔で言うな。いつもよりお前が鬱陶しく見える」

「なっ・・・・・・つまりお前は今まで私のことを鬱陶しいと思っていたのか?」

 

 兼続は龍兵衛に堪えるような口調で静かに尋ねる。二人の間を隙間風が吹いた。

 

「うん」

 

 龍兵衛が迷いなく首を大きく上下させた途端、兼続の座っている辺りから何かが切れる音がした。

 

「貴様ぁ!」

「兼続。今は謙信様が仰られる時だ」

 

 謙信の名前を出した途端、兼続は龍兵衛に向けた牙を引っ込めて従順な犬のようにぺこぺこと謙信に頭を下げる。座りながら兼続は龍兵衛を睨むが、全く気にされていない。龍兵衛は謙信の目を真剣な表情で見ている。

 

「(遊ばれているな・・・・・・)」

 

 内心で謙信は涼しげな龍兵衛と狼のような姿勢を崩さない兼続を見比べて悪戯っぽい笑みを浮かべる。はてさて、ここに颯馬がいたらどのようになっていたか。 

 間違いなく収拾がつかない事態になっていただろう。

 そう思いながら謙信は龍兵衛に皆川への処分を決めるようにと指示を出す。一度、頭を下げた龍兵衛だが、未だに下がっていない兵の発言に心をぴくりとさせた。

 

「降伏した者の中に、北条の者ではない山上宗二という商人がおりますが、如何致しましょう?」

「山上宗二?」

 

 思わずという感じで龍兵衛は口を開く。一斉に視線がそちらに向き、龍兵衛はしまったと思ったが、後の祭りだった。

 

「知っているのか?」

 

 謙信の問いに内心の面倒くさい気持ちを押さえて頷くと龍兵衛は山上宗二という人物について説明し始めた。

 元々、堺の豪商で、茶の湯を学び、最近になって名が売れ始めた千宗易の高弟で二十年は教えを請おうていたと言われている。

 

「(北条に身を寄せるのは後十年以上も先のことの筈だけど・・・・・・)」

 

 史実では秀吉の怒りを買って高野山に逃れた後に北条幻庵に仕え、小田原城陥落直前に秀吉にもう一度仕えようとしたが、そこで彼の物言いが怒りを買って即刻処刑された。

 龍兵衛からすると世界が異なるとはいえ北条に仕える早過ぎる気もする。千利休が生きていることも分からない。そもそも宗二が男なのか女なのかも分からない。

 

「ふむ、堺の豪商が何故ここに・・・・・・龍兵衛、何か知っているか?」

「・・・・・・あ。いえ、さすがにそこまでは」

 

 思案に耽りかけ、返答が一瞬遅れてしまったことを一人反省しながらも龍兵衛はおとがいに手を当てる。

 もしも史実通りに事が起こると宗二はこれから耳と鼻を削がれて首をはねられるという残酷な刑に処せられる。しかし、目の前の謙信がそのようなことをするとは思えないし、実際にする筈がない。

 謙信が商人をただ北条に仕えていただけで咎める筈がない。話を聞くことは間違いないだろうが、その後はどうするのかはまだ分からない。

 龍兵衛からするとどうしても味方に付けて自身も含めた上杉の面々に数寄が如何なるものかを教えてもらい、身に付けさせるようにさせた方が今後の上杉の繁栄の為にも必ず利益になる筈だと考えている。

 宗易の高弟ともなれば今後の堺との取引でも上手く行くことが増える可能性がある。

 

「龍兵衛、お前は山上宗二をどうするべきと思う?」

「間違いなく、生かしておくべき人物かと。そして、あわよくば我らの味方に付けるべきです」

「兼続、お前達はどう思う?」

「堺の商人に恩を着せることで今後に良い影響が出るとは思えますが、わざわざ謙信様のお膝元に置くのは・・・・・・」 

 

 兼続は堺についての情報も聞くことが出来るだろうから聞けることは聞いておくことはするつもりだろうが、数寄に関してはあまり好意的ではないという反応を見せる。

 そこまで龍兵衛も数寄に通じている訳ではない。あくまでも天下取りに必要なものであるという認識である。

 龍兵衛は理に適った反論を探すが、なかなか見つけられない。その皆の視線を浴びたまま眉間に皺を寄せていたが、ここでまさかのところから龍兵衛に助け舟が入った。

 

「待って、私はそうは思わないわ」

 

 真の武人が持つことを許される威厳ある声。目を丸くして龍兵衛達が向けた視線の先にはこの場でその口調が一番似合わない人物が立っていた。

 

「山上宗二は何が何でも我々の下に置くべきよ」

 

 珍しく慶次がかなり真面目な口調で入ってきた為、全員が目を見開いた彼女を見る。そんな皆の様子を気にせずに慶次は真剣な口調で続ける。

 

「確かに山上宗二は商人だけど、ただの商人ではない。あれに数寄を学ぶことは必ず今後に繋がると思いまする」

「何だ。そのすきというのは?」

 

 他の者が慶次の真剣な口調に唖然としている中、兼続は本当に分からないという表情で慶次に問い掛ける。

 

「『数寄』とは茶の湯に通じる者の中で熱心な者のことを言い、簡単に言うとその道を極める者のことを言う」

「それを何故に学ぶ必要がある?」

 

 兼続の疑問には慶次の代わりに龍兵衛が間髪入れずに答えたが、彼女はすかさず新たな質問を繰り出す。

 龍兵衛はちらりと慶次を見やる。ここから先は彼女の方が明らかに長けている。理だけを知るよりも実践を以てしてこそ茶の湯は成り立つもの。

 その視線に気付いた慶次は龍兵衛の思いを汲み取ったように頷いた。

 

「数寄の力は偉大なもの。畿内では茶人に師事する大名も大勢おります。数寄のみで大名を懐柔することも可能かと」

 

 武を見せずに茶の湯で心を示し、その茶人を抱えている大名に臣従させる。後に京へと上り、畿内の諸大名を上杉に靡かせるには必要不可欠なものになるだろう。それだけでなく、堺や博多の商人とも繋がりを持てる。交易を盛んにすることも可能だ。

 

「武の力、数寄の力。この二つを持つことで上杉は天下を取れます」

 

 そう断言すると慶次はいつもの様子で姿勢をだらんと崩す。しかし、普段見せないその姿を以てしてまで慶次は数寄の力を必要だと言ったことは皆に衝撃を与えた。気が抜けたように見えたが、慶次は一瞬だけ龍兵衛を怜悧な目で見てきた。それに気付いたのは本人達だけのようだが、龍兵衛は謙信に最後の押しだと口を開く。

 

「謙信様は後々には京へと上るでしょう。さすれば、数寄によって繋がりを持つことも必要となりまする」

 

 最後に龍兵衛が深く頭を下げて一つ背中を押すと謙信は宗二を迎え入れるとまでは言わなかったものの、様子を見に行くことは許した。

 

 

 

 

「で、あたしは何で付いて行くことになったんだっけ?」

「お前が一番こういうことに長けていそうだからに決まってんだろ」

 

 謙信に命じられた龍兵衛は慶次と共に竹林の中を歩いている。慶次は龍兵衛が同行者として連れて行くことにした為だ。

 宗二は龍兵衛と出会うと静かに彼を招いて茶会をしたいと言ってきた。上杉が周辺を固めている中で逃亡を企んでいるとは思えなかった為、龍兵衛は了承した。

 その旨を伝えると謙信も自ら出張ることも考えたが、関東がこれから混乱を極める時に総大将がいないというのは好ましくないことだと颯馬と兼続が諫めた。

 

「しかし、お前が山上宗二殿を知っていたとはね」

「前に小耳に挟んだことがあるだけよ。藤っちに聞いたの。将軍家や三好と仲良くしていたら突然どこかに消えたんだってぇ」

「理由は?」

「結局分かんなかったって藤っちが言ってた」

 

 慶次の会話に出てくる『藤っち』とは細川藤孝のことで足利幕府の重臣たる人物。その藤孝から聞いた時は少し慶次も驚いたらしい。しかし、不思議なのは理由が全く分からないということだ。

 

「だいたい、龍ちんはお茶をやったことあるの?」

「いや、知識があってもやったことは無いって感じだな」

 

 平成にいた頃は基本的に伝統文化に手を出していたが、一番やったことが無い部類に入る。興味本位で調べたことはあったが、それを本当にやろうというほどまでは心が踊らなかった。それだけに慶次の同伴は頼みの綱と言ったようなものだ。

 

「頼りにしてるから、くれぐれもよろしくな」

「はーい、精々頑張るわ」

 

 龍兵衛は首を捻って慶次を見る。

 

「珍しく楽しそうだな?」

「・・・・・・うん、まぁね」

 

 そっぽを向いてぽりぽりと頬をかく慶次を見て龍兵衛は首を捻る。その後は特に会話も無く、すっかり色が褪せてしまった竹林の中を二人は静けさに飲み込まれるように歩いて行く。

 

「ところで話変わるけどぉ・・・・・・」

 

 龍兵衛はせっかく味わっていた自然に飲み込まれる感覚から引き戻され、がくっと膝が折れる。

 話が無いのを嫌う慶次は竹林の合間から入ってくる木洩れ日を浴びるという良い沈黙をいとも簡単にぶち壊した。

 

「何?」

「えっ? 何でそんなに不機嫌なの?」

 

 龍兵衛は本当に分からないらしい慶次を見て何でもないと首を横に振って呆れたと溜め息をわざと強く吐いてみせる。慶次はそれを見て全く分かっていない様子だが、もはや気にしたところで負けであると思い、話題を強引に変える。

 

「けんけんと颯馬っちって婚姻したわよねぇ?」

「うん。てか、お前もいたろ?」

 

 本当に呆れたと龍兵衛が再び先程よりも大きな溜め息を吐く。

 

「そういうのじゃないわよぉ。あたしが聞きたいはぁ、いつ赤ちゃんを仕込むかって話ぃ」

 

 結構真面目に尋ねて来た慶次に龍兵衛は話題が随分周りの雰囲気で合わないと心底呆れた。そして、自然を愛でる者なら楽しいと思える一時を諦めるしかないと悟り、内心で盛大な溜め息を吐いた。

 

「仕込むって・・・・・・お前、商人が品を取り寄せるんじゃないんだから」

「まぁまぁ、その辺のことは脇に置いてぇ・・・・・・で、いつになるの?」

 

 笑って龍兵衛を宥める慶次が謙信と颯馬がいちゃついているところに興味があるのか、はたまた赤子が見たいのか分からない。龍兵衛はおとがいに手を当てて考える。

 

「確か、北条との戦いが終わってから仕込みは・・・・・・って伝染るじゃねぇかよ!」

「あたしのせいじゃなくない? でも、意外と早いのねぇ」

 

 慶次の真意は微妙だが、おそらく武田が片付くまでは待った方が良いと思っているのだろう。しかし、龍兵衛自身、それは下策だと思っている。颯馬にも以前それとなく聞いてみたところそのようなことを言っていた。

 このままだと武田はおそらく織田に持って行かれる可能性が高い。時々入ってくる情報では織田は京を押さえ、高野山や本願寺との決戦を間近に控えている。片付けるのは織田の力を以てすれば容易いだろう。織田はその時、上杉の西への行軍に牽制を入れる為、加賀の一向一揆と武田を取ろうとするだろう。

 

 

 

 山上宗二はかつて堺で薩摩屋という店を切り盛りしていたが、まだ父の代の時にとある将による名物狩りに遭い、没落していった。しかし、宗二は一念発起して茶の湯を千宗易に習い、その才覚を大きく伸ばした。そして、得た数寄の力を以てして潰れていた自身の家を一代で立て直した。堺では宗易の高弟として名高く、自身の茶の湯も評判であった。

 

「あらーお二人が河田様と前田様ですね? 私、山上宗二と言います。以後お見知りおきを一・・・・・・で、早速ですけども、茶の準備が出来ております。さあさあ、どうぞどうぞ」

 

 そこまでは龍兵衛も元々、山上宗二のことについては知っていたが、素性までは知る筈もない。出迎えた小さな少女と言うのに相応しい者がその人物とは夢にも思わなかった。

 

「あ、いえ・・・・・・」

「いえいえいえいえ、構わさせてもらいます。そうしなければ、侘びというものがどういうものか分からせることが出来ませんからね。真の侘びを求める者としてこれから明日に輝こうとする上杉様達には是非とも侘びの素晴らしさを知って頂きませんと」

 

 期待を込めて行った先に待っていた人物がきゃいきゃいと入ってくるなり二人に話し掛けてくる子供のような人物だと誰が想像しただろう。

 現に龍兵衛もあの慶次でさえ宗二の話責めに最初はたじろぎ、続いて黙って流されるままに頷いているだけだ。

 背丈は二人の胸の辺りか、それよりも下ぐらい。兼続や景勝とどっこいどっこいので水色を基調とした清潔感ある服を着ている。しかし、堺という商人の町を生きてきただけに、目はややつり目になっていて少女とは思わせないような目つきをしていた。

 促されるままに二人は畳の上に正座をする。宗二はにこやかにようこそと頭を下げると予め準備していたのだろう綺麗に磨かれた大きな茶釜を取り出した。黒い表面が少ない窓から入ってくる太陽の光によって白く反射している。

 

「珍しい形ねぇ」

「富士の山を参考に造らせた物です。なかなかに良い物だと思っております」

 

 感心した二人は同じように頷いて天命釜を見る。

 天命釜というのは普通、丸い形をしていて富士の山のように上へと滑らかな曲線になっている代物を見るのは二人共初めてだった。

 

「あたしも京にいたことがあったけどぉ。こんな形は見たことないわぁ」

 

 慶次は身体を寝かしたり、膝立ちして釜を見ている。実に楽しそうで今にでも鼻歌が出てきそうな程、陽気である。

 

「こういうのが見たかったのよねぇ」

「ああ、だから楽しそうにしてたのか」

「そうよ♪」

 

 慶次は変わらず嬉しそうに天命釜を眺めている。触っても良いかと聞いたが、それはさすがに宗二は却下した。龍兵衛は茶道に関しては見たことはあっても実際に場を経験したことが無い素人の為、首を捻らないようにするのに必死だった。

 

「普通、茶の湯は古の思考を型通りにやると思っていたんだけど・・・・・・」

「甘うございます」

 

 宗二は手を動かしながら龍兵衛に鋭い声を突き刺す。

 

「確かに名物に捕らわれるのが、古典を踏襲致すのが決して悪とは思えません。しかし、一座建立の茶席に本来、階級も無く、名物もいらないのです。要は客を如何に自らの趣向でもてなすか。そこに真の数寄が見えてくるのでございます」

 

 あまり分かっていない為、宗二が何を言っているのか龍兵衛には分からない。一応、型にはまるのは良くないということぐらいは理解出来た。

 宗二はそれ以上、何も言わずに黙って茶碗に湯を入れると茶筅で茶を点てる。そして、茶碗を慶次の前に差し出すとようやく二人の方を向いてきっぱりと言った。

 

「はっきり申せば、数寄や美は強いのです。それは、正しく武に等しく」

 

 

 

 

「どうだった? 宗二殿の感想は?」

「何というかねぇ。気難しいけど、悪い人じゃないっていうかぁ・・・・・・肝が据わっているのは間違いないわね」

 

 あれだけ武人相手にごまをすらない商人を二人は見たことが無い。商人は力のある武人に付いて良い仕事を得ようとする者しか見てこなかった。

 

「確かに人に媚びないというかな・・・・・・他にはどう思った?」

「う~ん・・・・・・怪しい?」

「同感だ」

 

 宗二の発言を思い返すように龍兵衛は顎をさする。

 まず彼女には予め龍兵衛が来ることは知らせてあったが、慶次は土壇場で龍兵衛が彼女に助っ人として付いて来て欲しいと頼み込んだ為にこのことは伝えることが出来なかった。

 しかし、宗二は二人が屋敷に入るなり「河田様と前田様」と言った。慶次と宗二は直接の面識は無い。にもかかわらず、知っていた。

 さらに彼女は二人の帰り際にこう言った。「上杉様達には是非とも侘びの素晴らしさを知って頂きませんと」とまるで「上杉にこれから行きますよ」というような物言いをしていた。つまり、北条に見切りを付けている。

 商人故に現金な性格なのは分かるが、拾ってくれた北条に対して如何せん恩義というものが感じられなかった。

 充実な生活を送ってきた筈の宗二は恩義というものを感じる環境にいれたことは間違いない筈なのに何故だろうか。

 

「あたし達を試している?」

「かもしれないな。感じは悪くなかったけど、どこか腹に一物抱えているような・・・・・・」

「あ、それ、あたしも思った」

 

 上洛の時に出会った三好長逸といい、堺の橘屋又三郎といい、畿内にいた者達は皆が何か裏があるのだろうか。

 そう思っても不思議ではないぐらいに宗二の時々見せる態度は不信感を持たせた。

 

「悪意は感じなかったけどぉ。本当に迎え入れて良いのぉ?」

「北条がこうなったらもう頼るところに頼られりじゃないか?」

 

 先程までは恩義などのことも考えたが、冷静に考えれば相手は商人。そして、残る北条の城は下総の一部と武蔵と相模だ。

 商人は武人とは違う。利益が上と見ればすかさずそちらに首を向ける。知っていても慶次は得心が行かないように口を尖らせる。

 

「えぇ~北条の恩義も返さない訳ぇ」

「誇りや名誉で動くのは武人だけさ」

「あたしだから良いけど、他の人にはその台詞は絶対に言っちゃ駄目よ」

 

 はっきりと言い切った龍兵衛に対して少し慶次の口調に厳しさが入る。

 上杉には武人が多く、やはり謙信の為や上杉の為と走り回る者が多い。その中でそのようなことを言えば逆鱗に触れることは間違いない。 

 慶次は京などを見てきた為に商人という者の接し方をよく知っている為、それなりの理解をしている。だから龍兵衛も言えるのだ。

 

「ま。出だしは上々、と見て良いかな」

「色々と駄目出しされといて?」

「笑いを噛み締めるな。余計に心がつつかれる」

 

 龍兵衛は言われずともがな素人である。あらかじめそのことは宗二を言って、彼女の了承を得ていたにもかかわらず、いざ、茶会が始まると宗二は龍兵衛の所作に問題があるところを徹底的に批判してきた。慶次には隣でけたけたと笑われ、恥ずかしい思いしか出来なかった。

 慶次は龍兵衛の言葉通りに声を出して笑い始めた。途端に鳴いていた鳥がどこかに飛び去り、竹の葉が散っていった。

 

「まぁ、帰ってから散々笑われるよりましか・・・・・・」

「そうよぉ。感謝しなさい」

 

 慶次が胸を張ると同時に大き過ぎる胸がたゆんと揺れる。それを見ないように龍兵衛は慶次から視線を逸らすと自然的な流れで目を瞑り、息を吐く。

 話を逸らす為。むしろ、本題に入る良い機会と思った龍兵衛は険しい表情を作る。

 

「謙信様が数寄を受け入れてくれるかどうか」

 

 眉間に皺を寄せた渋い表情は慶次にもうつる。謙信は日頃から質素こそが武人の生きる正しき道だと考えている。

 

「侘び数寄と質素は似ているが、相容れられないもの」

「けんけんがそこに気付いた時、どう動くのかになるわね」

 

 数寄を広めるには己の象徴とも言える作品を作り、それが日の本の中でも頂点にあるものとして最も高い値段で売らなければならない。また、その作品を作る為に散財も辞さないという覚悟がいる。

 

「宗二殿の数寄は謙信様の肌に合っていると信じたいもんだな」

「そうね」

 

 互いに真面目な表情で頷き合うと龍兵衛と慶次は歩く速度を速めた。

 

 

 

 宗二は一見、生真面目でなかなか顔立ちが整っている強面の、灰色の服を着こなしていた男とふざけているのかという程に肌を露出している綺麗な女、二人の客人が消えた途端、口元をつり上げた。

 宗匠として仰いでいる方は常に己の築き上げようとしている数寄を至高のものとしていた。しかし、宗二は二番煎じとはならずに独自の好みを生み出すことが出来た。それは師の下を奔ってからだが、今となってはようやくという恥ずかしさ以上に満足感が心を満たしている。

 北条早雲をはじめとする数寄を理解する者達との邂逅によって名物に頼らない己の数寄を確立し、自らの好みである富士山型の天命釜まで完成したのだから。しかし、宗二はそれだけで満足することはない。宗匠が己の業を世の中に知らしめようとしているのと同様に更に自身の数寄を世の中に広めたい。

 宗匠譲りの業の深さは宗二の背中を強く上杉へと押している。上杉軍は徐々に勢力を増し、総兵力は八万以上になると言われている。如何に天下の名城と言われている小田原城でも落ちるのは時間の問題だろう。

 

「早雲様と幻庵様にはご挨拶しなければ・・・・・・」

 

 茶器を片付けると宗二は外出の支度を整える。実に宗二は愉快だった。上杉より来ると伝えられていた二人の者。前田慶次と河田長親。互いに侘び数寄を理解している。

 互いに武人である故に数寄への心得は北条の者達と変わらないが、才能を強く感じた。特に慶次という一見ふざけたような振る舞いをする者は実に興味を惹かれた。

 玄関扉を開けると枯れた竹林の間から日が差し込み、宗二を出迎えているように光を正面から浴びせてくれる。

 

「見込みあり・・・・・・ふふっ、上杉様にお会いする時が楽しみです」

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