上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第十三話改 川中島の戦い 終結

 

 龍兵衛は、上杉と武田が中央に乗り遅れ、天下統一の機を逸したのはこの戦いの損害が多過ぎたせいだと考えていた。

 最初は上杉が勝っていたが、撤退の遅れによって武田軍並みの損害を受ける羽目になった。

 最後まで武田と雌雄を決することが出来ず、損害を多く被った上杉は関東平定や北陸への対応もままならずに越後と一部の土地を領しただけで戦国時代の終焉を迎えた。

 それ故に、この戦を知る自身がここで歴史を変える。そのために様々な布石を打ってきた。

 兵の質を上げ、出征での衛生を向上。軒猿などの情報収集の強化に人材の受け入れとやれることは積極的に動いてきた。

 そして今日。その全てを結果として示す。

 妻女山に史実では甘粕長重のみが残っていた。

 その武勇は確かだが、一人では心許ない。

 彼の能力を疑っているわけでは無いが、大軍相手に一人の指揮では早々と抜かれる恐れもある。だから、義藤と資正も加われば問題ないだろうと謙信にも事前に頼み込み、承諾してもらった。

 大局を見ることが出来る三人ならば、長重との連携も上手くいくだろう。そして、三人は一人で何十人という敵を倒せることも出来る。

 

(もうしばらくは前に集中出来る)

 

 妻女山留守隊が敵を蹂躙する様を頭の隅で想像しながら龍兵衛は景勝と指揮を執り続ける。

 後ろに敵がいること自体、本来あってはならないことだが、仕方ないと割り切る。武田軍の力を徹底的に削げる機会を逃すような方がよほど愚かだ。

 右翼を崩した後は中央を突破するのみ。しかし、その中央がなかなか崩れない。

 先程から徹底的に突破を試みているが、頑強に守りを固めている。

 余程優秀な指揮官なのだろうと思いつつ、腕組をしている指を叩く。

 確実に敵は減っているが、時間が無いことも知っている。

 歯痒い思いをしていた龍兵衛は報告に来た兵に咄嗟に「何だ!?」と強く当たってしまった。怯えている兵を見て正気に戻り、詫びを入れて報告を聞く。

 

「右翼の孤立した敵は撤退しました! しかし、水原様が敵将の諸角と初鹿野を討ち取りました!」

 

 心中で拳を握る。

 残るは信玄のみだ。

 内心、ほくそ笑みながらも表情を変えること無く、龍兵衛は指示を出す。

 

「中央を突破しろ! それでこの戦に決着を着ける! それから敵の中央の部隊を率いる将が誰か分かり次第、報告を」

 

 兵が急いで前線へと戻っていく。

 背後にいる景勝に視線を向けると心配そうにこちらを見ている。

 

「大丈夫です。必ず勝ちますよ」

 

 何となくだが、彼女が背後のことを気にしだしていると察した。当たりだったようで、驚いてこちらを見ている。それから、何か迷うように首を捻ると決断したと頷く。

 

「分かった。信じる。だから、気にしないで指揮して」

 

 その言葉で先程から自身が景勝の許可も取らずに行動していたことに気付く。普通なら不敬ヲ問われて持つおかしくない。

 

「申し訳ございません。戦に夢中になってしまい……」

「いい。景勝、後ろ見てた。龍兵衛、前、頼む」

 

 龍兵衛は八幡原で戦う上杉軍の指揮を全面的に任されたと解釈した。戦術が苦手だと今更、断ることは出来ない。

 

「御意」

 

 頭を下げると前線へと目を向ける。相変わらず視界が悪く、敵味方の区別が付かない。

 

「報告、敵の陣形と中央の将が判明しました」

 

 軒猿が静かにやって来た。

 

「申せ」

「敵は鶴翼の陣にてこちらを迎え撃っております。また、中央の敵将は山本勘助かと」

「分かった。中央への攻勢を強めるように伝えろ」

 

「御意」と言うと軒猿は気配を消した。

 

「うーん。山本勘助殿か……」

 

 龍兵衛は報告に眉間のしわを深める。

 あの山本勘助に知略で適うかと問われれば、首を捻る。

 ここでの打開策はあるにはあるが、危険な賭けだった。現在、兼続と定満が左翼を、義清が右翼を攻めている。

 残る隊は本陣の兵を除くとただ一つしかない。

 だが、切るべき最後の一手はここであり、逃すことは許されない。

 

「遊撃隊の上泉隊に中央の突破に加わるように伝えろ」

 

 後ろの景勝が驚いて、こちらを見ているのが分かる。

 これによって背後を守るのは留守隊の長重達の隊しかいなくなり、一か八かの賭けとなった。

 背後の隊が早く突破されれば本陣が危なくなる。信じて待つしか龍兵衛には出来ない。

 だが、ここまで来たら間に合わないのではないかという用心深い心など龍兵衛から既に無くなっていた。

 それから、上泉の部隊が加わった中央部隊は数の差を活かした攻勢で、敵中央を深々と破っていく。また、それによって武田も中央を守らんと左右の陣が縮小し始め、包囲される形になっていく。

 そして、山本勘助の討死も報告され、一気に前線を押し上げる総攻撃の号令をかけようとしたその時だった。

 

「報告! 武田別働隊、八幡原へと接近しています!」

「何!? もう抜かれたのか?」

「どうやら別の道を通って来たようです」

 

 龍兵衛は鉄扇を叩きつけたくなる気持ちを抑えて、冷静に状況を整理する。

 長重の隊はまだ戦っている。中央は第二陣の山県昌景の隊を突破すれば、もう信玄の本陣だけだ。

 報告だと敵の別働隊約六千は八幡原東からやってきている。おそらく、兵を二分して安全策を取ったのだろう。

 肝心の謙信はまだ帰って来る気配が無い。霧も少しずつ晴れているが、颯馬も道に迷ったのかもしれない。

 息を吐いて、心を落ち着かせると景勝が心配そうに龍兵衛を見ているのに気付く。

 ここで大任を降りるわけにはいかない。

 別働隊が来る前に退かなければ、痛み分けとなる。

 歴史を変える時が来たと肚に力を込めた。

 

「全軍に通達。八幡原の西に集結しつつ、善光寺へ退け。敵の首は全て捨てろ。これは厳命だ。破った者は罰する。甘粕たち、留守隊にも同様の事を伝えるんだ」

 

 各方面に伝令と軒猿が散っていく。

 一息つき、空を見ると徐々に晴れ間が見え始め、霧も晴れてきた。視界が良くなったためか、龍兵衛の伝令は上杉軍全軍にすぐに伝わった。

 元々、別働隊が現れるまでと言い聞かせてきた甲斐もあってか、全軍が素早い動きで、八幡原西に集結し、善光寺へと撤退して行く。

 最後に、右翼を攻めていた義清隊も無事に撤退し、第四次川中島の戦いは終わった。

 別働隊を抑えていた留守部隊も馬場信春の騎馬隊の猛攻を受けたが、長重達が自ら殿を引き受けたおかげでどうやら武田はもう追撃はして来ないようだ。

 また、敵の首を置いて走らせたのも大きかった。人の首があるないでは動きがかなり違う。

 手柄が貰えないのではという不安の声も上がったが、龍兵衛が謙信に代替案を提案すると言うと安堵した表情が広がる。川中島での撤退が遅れたという逸話もあったが、あながち間違いなかったと龍兵衛は思った。

 この時代は、首を取った多さで出世が決まることになっているからだ。もし首を捨てないで逃げたらどうなっていただろうか。

 背中が冷えた。想像したくもない。

 だが、それはあくまでも過去の想像で現実ではそのようなことは起きず、完全な勝利を得たのだ。

 龍兵衛は歴史を変えたことに心の中で大きく喜んでいた。

 そして、上杉の勝利を称えるかのように完全に霧が晴れた。

 

 武田の追撃も振り切り、上杉軍の把握が出来そうになったところで、景勝の命令で被害を確認する。

 謙信がいないことは指摘されること無かったが、景勝と龍兵衛は安心しながらも早く帰って来てくれと内心はらはらし通しだった。

 しばらくして、ようやく最後の撤退が終わった。

 景勝が龍兵衛の裾をくいっと引く。視線を追うと帰って来た二人の姿を確認し、安堵のため息をついた。

 

「……♪」

 

 景勝が謙信に近付き、龍兵衛が馬を降りて出迎える。二人の動きを見て、他の皆もそれに気がついた。

 

「あらぁ、お帰り~」

「颯馬? 貴様、所定の場所を離れて何をしていた?」

 

 慶次が呑気に声をかけたが、それを遮る兼続の厳しい問いが挟まる。珍しく颯馬は大人しく頭を下げ、代わりに謙信が事情を説明する。

 

『えぇー!?』

 

 皆の声は善光寺の境内だけでなく、八幡原にも響いたかもしれない。

 

「し、信玄と斬り合っていたって……どういうことです!?」

「言った通りだ」

 

 兼続が青ざめ、口を動かすだけになってしまう。

 

「そんなにさらりと言うことでは無いと自分は思いますけど……」

「あらぁ、楽しそうじゃない」

 

 代わりに龍兵衛が皆の心の声を代弁するが、慶次はどこ吹く風である。

 

「いやいやいや、さすがに敵大将と一騎打ちとは……さすがに恥ずかしいな」

「は、恥ずかしいとかそういう問題では……」

「でもずるいぞ。謙信、妾もやってみたかったのじゃ」

「あ、私もです!」

 

 頬をかく謙信に向けて、義藤と景家が羨望の嫉妬と羨望の眼差しを向ける。

 

「二人とも、煽ったら、めっ! なの」

 

 それを見た定満が年長者らしく、場を引き締めてくれる。

 

「まぁまぁ、定満、もう終わったことだ。それと、すまなかったな。今回のことははっきり言って失態だった。颯馬が来なければ私が敵に討たれていただろう」

「ちょっと待つのじゃ。謙信殿、まさか信玄と斬り合っていた場所は」

「察しの通り、武田の本陣だ」

 

 村上義清の問いにあっさりと応える謙信。恐ろしいことも他人事のように言っている謙信とは裏腹に周りにはさらに驚愕の色が広がる。

 

「けんけんってやることが豪快すぎるよねぇ。さすがにあたしも負けるかも……」

「いや、前田殿。そこは張り合うところでは無いと某は思います」

 

 親憲の指摘はもっともで、慶次と謙信では気の使いようが違ってくる。謙信がいなくなれば上杉はあっという間に没落するだろう。

 

「敵本陣で謙信様を見た時、俺は肝が冷えたよ……」

 

 さっきまでの戦の殺伐とした雰囲気がどこへやら。

 だが、こうしていられるのも生きているからこそである。上杉軍の面々がこの楽しいやり取りに長い時間盛り上がった。

 

 

 その後、上杉軍の被害は八百だったのに対して武田軍の被害は四千から五千ということが分かった。

 諸角虎定などが討死し、討たれたと思っていた山本勘助は奇跡的に一命を取り留めたものの、かなりの重傷を負い、武田軍は再編成が必要なほどの被害を被った。

 さらに海津城は陥落しなかったものの、長尾政景の火攻めに遭い、修復が必要になり、越後への足掛かりは完全に失われた。

 これに伴い、武田軍は見るからに弱体化し、今まで日和見を続けていた信州の国人衆は徐々に上杉へとなびき始めるようになる。

 

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