上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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飛翔するものはいずれ

 新庄城は畠山氏の要請によって越中に出陣した越後の長尾為景が新庄に陣を構えて神保慶宗らの軍勢と戦い、慶宗を敗走させて自害させた、上杉にとって因縁深い城である。

 新庄城の周辺は東側に常願寺川、西側には荒川と川に挟まれていて要害の地にあり、北陸道が通る交通の要衝として富山城を攻めるにも拠点となる場所である。

 だから新庄城には多くの軍勢がいる。三万と謳っているのはあながち間違いではないだろう。それでも間者からの報告では一向一揆の精鋭はいない。

 これに兼続は首を捻った。富樫に先見の明があるなら必ず越中で敵を食い止めようとするはずだ。国内に敵が入れば弱い者達はこちらになびく。国内で一致団結出来るような結束力があるのだろうか。

 

「馬鹿な……」

 

 強欲な富樫にそのような人望があるとは思えない、吐き捨てたくなる。しかし、実際に一向一揆の戦ぶりは正しく一糸乱れぬという言葉が相応しい。事実、戦ってきて、彼等の目的は皆一致していた。ただ、敵を殺す。

 あの戦を思い出すと寒気がする。頭を振って、記憶を外に放り出そうとするが、出来ない。鮮明過ぎる。

 

「おい、兼続。軍議が始まるぞ」

 

 龍兵衛の声に適当に答えると部屋を出た。感情のない声を聞くと本当に龍兵衛は一向一揆のことを恐れているのかと疑問に思ってしまう。しかし、敵の情報を統べ、的確にまとめる地位にある彼にそのようなことを思うのは失礼なことだ。

 

「景勝様は?」

「斎藤殿が呼びに行った」

「此度の戦、勝てるか?」

「らしくないことを言うな」

 

 笑って言われると少し癪に障る。だが、戦前に弱気になるのも確かにおかしい。怖じ気づいた訳ではないが、これから戦うことへの不安は簡単には拭えない。

 相手が悪過ぎる。正直なところ二度と戦いたくないと思っていた相手だ。しかし、京への道を近付けるため、北陸の国々は必要な場所である。

 

「やむを得ない相手でも。か……」

「ん?」

「何でもない。行くぞ」

 

 気怠げに返してしまったが、別に良いだろと龍兵衛を差し置いて部屋を出る。嫌な予感がするだけで兼続は人にそれを伝える程、夢見がちではない。

 それからの軍議は簡単に戦略を確認して終わった。先鋒の伊達が歩兵中心の一向一揆を鉄砲と騎馬で圧倒し、他の最上らが両翼から包み込んで一気に叩くというものだった。

 怖いのは今泉などの周辺砦から横腹に突かれる不安だが、それらはどちらかと言えば攻める為ではなく、防ぐ為の砦であり、上杉だけで押さえることになった。

 

「どうして私達を前に出さないんだ?」

 

 景家は苛立っていたが、ここまで行軍していて、上杉の兵は士気が低かったのを見ての当然の処置と言える。もちろん、そのようなことを公然と言える訳が無いのであくまでも伏兵や突然の援軍に備えてのことだともっともな理由で宥めた。

 

 

 

「しかし、こちらとて士気があまり上がらないのは変わらないのだが……」

「輝宗様、兵達が不安になるのでそのような言動は慎み下さい」 

 

 伊達は一向一揆と直接戦ったことはない為、どのような戦い方をしてくるのか見たことがない。だが、人の口に戸が立てられないように伊達の兵達にも一向一揆がどのような戦い方をするのか伝わってくる。尾ひれを付けながらだが、それがなお良くない方へと進む。

 

「分かっている。だが、兵の士気は戦において欠かせないことだ。俺としては此度の戦。なるべく戦をせずに勝ちたい」

「こちらの交渉に応じる者がいれば良いのですが」

 

 口ではそう言いながら、可能性は無に等しいと綱元は分かっている。先の城攻めでも、敵は最後の一兵まで戦い、殲滅するまで戦は終わらなかった。

 武田に向かわせた兵よりもこちらを多く向かわせて欲しいと言っていた謙信の心中が何となく察せられた。だから、後詰として蘆名らが上杉の援軍と共にこちらに来るように使者を出したのだろう。

 

「さ……そろそろ動かねばな。新庄城を落とすのはこの伊達だ。最上に遅れを取る訳にはいかぬ」

「はっ。太鼓を鳴らせ!」

 

 平野での戦の為、数と勢いが重要となる。先に打って出れば勝てる可能性は上がり、否が応でも士気は若干上がる。

 先鋒の士気を務める鬼庭親子は東北では名の売れた将である。しかし、一向一揆にそのような先入観などない。遮二無二突っ込んでくる様を見れば明らかだ。

 元からこちらが動いた途端、向こうも動くつもりだったのだろう。装備もままならない兵、否、民兵が攻め寄せてくる。

 左月は騎馬を下げ、鉄砲を撃ち込み、怯ませる。だが、団結力の強い一向一揆はそれに怯まずに屍を踏み越えてこちらに迫ってくる。

 

「味方をも踏み潰すか……」

 

 綱元の横で左月が憎らしそうにしている。鉄砲を撃ち込めば必ず誰かが死ぬ。本願寺からの支援を得ている一向一揆なら鉄砲の恐怖を知らない筈がない。しかし、鉄砲の音を聞いても敵は全く足を止める気配がない。

 なるほど、上杉の者達が気味悪がるのも分かる。一方、一向一揆は鉄砲を撃ち込んでくる気配がない。物資さえもまともに与えずに自分達を守る為に取っておいているのだろうか。だとすれば、何と忌々しいことだろう。早く戦を終わらせ、盾となっている民兵を救わねばならない。しかし、焦って突っ込めば多大な犠牲を払いかねない。ここは装備の脆さを突くべきだ。

 

「矢を放て!」

 

 鉄砲に怯まない分、銃撃の際に生じる隙が大きい。弓によって隙を補い、犠牲を払わせて戦線を後退させる。合戦を率いる将ならばそれなりの理性があるはずだ。一方、こちらも弾や矢の数には限りがある。いつまでもこの状態を続ける訳にはいかない。ましてや、これは富山城を取る為の緒戦に過ぎない。

 いつ頃射撃を止めるべきか、綱元は時を計る。一向一揆は徐々に距離を詰めている。本当にすごいと感心してしまう。しかし、関心はしない。あのような戦い方をさせるなど綱元には考えられない。犠牲は戦に付き物だが、少ない方が良いに決まっている。

 

「そろそろかな……鉄砲隊、撃ち方やめ! 騎馬隊、前へ!」

 

 伊達の騎馬隊は上杉に属する大名の中でも有数の強さを誇る。綱元もそれを信じて疑わない。敵の兵数を考えると新庄城を富山城へと通じる最後の砦と見て良い。

 ならばここで一気に叩いてしまえば富山城への道は開き、一番乗りも夢ではない。伊達の百万石への思いは強い。ここで功を立てればより確実に上杉から領地を拝領出来るはずだ。

 煮えたぎる思いを抱きつつ綱元も前へと出る。左月は既に騎馬隊を率いて前進している。しかし、いざ戦ってみると上杉の兵が一向一揆と戦うのを拒む訳がはっきり分かる。敵が一人で倒せないと分かるや集団で飛びかかるように襲ってくる。その目は血肉を求める獣ようなものや、ただ敵を殺すだけにしか頭になく、それ以外の意思を奪われた虚ろなものである。

 周りでは滅多差しにされる伊達の兵がいる。一向一揆の兵はまるで大勢の中で一騎打ちを演じている。自分が倒すべき相手以外は誰も見ていない。

 

「左月様! 敵の前線が崩れております!」

「よし! このまま突っ込むぞ!」

 

 聞き慣れた声が聞こえる。どうやら追い付いたようだ。騎馬に対してどう戦うのか気になっていたが、やはり所詮は民兵だ。まともにぶつかって突進力に適わないはずなのに馬鹿正直に突っ込んでくる。

 

「景勝様に一気に畳み掛けるから援軍を寄越すように伝えて」

 

 指示を出すと綱元も最前線へと躍り出た。遠くから見ていたが、一人一人の技量はどの大名の足軽にもなれないような平凡さである。

 

「父上、戦況は?」

「見ての通りだ!」

 

 苛々しているのを隠そうともせずに左月は答える。戦況は拮抗していて、なかなか打開出来そうにない。数と技量なら上であるのはこちらだが、一歩も退かない一向一揆の士気も高い。加えてこちらの士気は戦う時間が長くなるにつれて落ちていく。

 

「このまま突っ込んだ方が良いのでは?」

「ならぬ! 下手をすれば我らは孤立するぞ」

 

 一向一揆は陣を組んではいるものの、それを維持する程、訓練されていない。好き勝手に自分が倒す敵を倒している。その為、密集する場所が出来、混戦になって身動きが出来ない。

 騎馬の最大の武器は突進力だが、混戦の中に突っ込むと突進出来なくなる可能性もある。いずれ足を狩られるのならば歩兵の方がまだ良い。

 上杉に強さを示す為にも急いで道を作りたいところだが、なかなか突破出来ない。

 

「やむを得ん……綱元、お前は一旦、隊を退かせ、一向一揆を包囲しろ。安東には儂から側面に回るよう伝える」

「申し上げます! 安東隊、背後よりこちらの援軍として到着した由」

 

 左月は思わず舌打ちをした。綱元も気持ちは分かる。ここで綱元が退けば何も知らない安東が混乱し、態勢を立て直すことが出来ない。

 

「かくなる上は、上杉の援軍はまだか!?」

「今少しかかるかと」

 

 数を頼りに泥仕合を繰り広げるつもりではない。側面に置く兵を増やし、包囲してしまえば良い。しかし、希望などすぐに潰されるのは分かりきっていた。左月もおそらくそうだろう。焦りは見えない。

 

「安東にはこのまま左右に分かれ、側面を突くように伝えましょう。側面に動揺が走れば一気に……」

「申し上げます! 南より敵の援軍が接近中。数は不明ですが、一万は優に越えている模様!」

「馬鹿な!? 本郷には兵が少ないと聞いていたぞ!」

「しまった。圓光寺か……」

 

 圓光寺は決して大きい規模を持っていないが、一向一揆に協力する者などどこにでもいる。住職が周辺の村に声をかけ、決起を促したに違いない。もしくは一向一揆の大将がけしかけた。

 

「あとどれほどで到着する?」

「もう直ぐと」

「発見が遅れたようですね……」 

 

 どうするとは聞かない。左月は伊達の前線、全軍の先鋒の要。頭の中ではどれが最適解なのかを必死に考えているはずだ。

 このような時に小十郎が入れば。そう思っても、仕方ない。綱元はとにかく左月に献じることが出来る打開策を必死に考える。  

 

「敵軍がさらに突っ込んで参ります!」

 

 時は待ってくれない。援軍の到来が伝わったのだろう。一気に畳み掛けるつもりだ。

 

「安東に救援を頼め!」

「しかし、このままでは混戦状態となります!」

 

 身動きの出来ない騎馬兵などただの目標物になりかねない。まさか、と綱元が思った時には遅かった。南から銃声が響いたのだ。援軍の到来を伝える合図だろう。

 

「……撤退だ!」

 

 左月の声は近くには聞こえたが、遠くには銃声で聞こえなかった。だが、綱元はそれで良かったと思った。前後足並みが揃わずに混乱するのは目に見えている。綱元は必死に考えたが、答えを見いだせないでいた。このままでは壊滅してしまう。政宗より預かった騎馬隊の精鋭をも巻き込み、戦場の土となるのは何としてでも避けなければならない。

 

「綱元! お主は直ちに輝宗様の下へ向かえ! 殿は儂に任せよ!」

「輝宗様のお近くには安東がおります! 心配は無用!」

「申し上げます! 安東隊、撤退を開始した模様!」

「なっ……輝宗様は!?」

「分かりませぬ……」

 

 歯痒いが、安東の判断は当然の判断と言って良い。だが、味方が危機に陥っているのに助けないのは何事か。伊達の者からすればそう思うのは当然のこと。

 綱元は撤退を促す為、兵に指示を出し、自ら敵へと突撃をかけようと声を上げようとする。同時に背中から嫌な予感を覚えた。振り返ると一向一揆本隊から矢の雨が降ってくる。ここまで鉄砲も矢も使わなかったのはこの時を待っていたからか。

 避けようにも兵が密集していて動けない。先程よりは散らばっているが、皆が動揺していて声が錯綜している。長生き出来ると思っていたが、どうやら戦場で父よりも先に逝くのか。そう思ったのと鳥が飛んできたように影が動いたのは同時だった。

 

「危ない!」

「小島殿!」

 

 綱元がようやく影の動きに追い付いたのは左月が声を上げたのと同時だった。

 

「がぁ!!」

 

 呻き声と共に馬の嘶きが聞こえ、弥太郎の体が降ってきた。背中に矢が数本刺さっていて、綱元を庇ってくれた。

 

「小島殿を守れ!」

 

 左月の声で兵が弥太郎と綱元を庇うように前に出る。左月が弥太郎に近付くと肩を担ぐ。

 

「綱元! 何をしておる!」

 

 呆然としていた綱元だが、一喝が良く効いた。今、伊達軍は混乱している。一時的にでもこれを落ち着かせるにはやはり事実かつこちらに有利なことを伝えるのが良い。

 

「上杉の援軍が来てくれたぞ! ここは正念場だ!」

 

 援軍の声に歓声が上がる。実際に上杉の旗印はまだちらほらとしていて、完全に来てくれた訳ではない。援軍が来たとはいえ、一度不利になった状況を立て直すにはこの状況下は良くない。

 

「上杉軍と合流し、一度態勢を立て直すしかないか……退け!」

 

 ところが、そう単純なものではない。一向一揆は容赦なく追撃してくる。おそらく、敵大将が追撃を止めさせない限り地の果てまで追い立ててくる。

 殿を上手く務めなければ伊達の損害はますます大きくなる。だが、殿の犠牲がかなりのものになるのも必然。しかし、それを避ける方法も無い。そして、綱元が悩む間でも矢は再び放たれる。

 

「綱元様!」

 

 竹の盾を持った兵が慌てて綱元を防いでくれたが、それどころではなかった。背後から聞こえてきた呻き声に綱元は頭の中が真っ白になってしまったからだ。

 

 

「小島殿、どうしてここに?」

「安東より事を聞いて急いで来た。叱責しつつな」

 

 皮肉混じりに笑う弥太郎の口から血が流れる。それ以上、喋らないよう言うと左月は弥太郎を安全な場所まで移そうと再び走り出す。

 しかし、その背後から迫り来る第二の矢は無慈悲にも左月にも突き刺さった。 

 

「父上ー!」

 

 綱元の叫びも空しく、矢が左月の背中に更に二本、三本と突き刺さる。その度に左月の動きが遅くなり、表情も険しくなる。同時に弥太郎にも矢が刺さっていく。それ以上、二人に矢を刺すまいと兵達が必死に身を盾にしなければそこで二人は絶命していただろう。おかげでどうにか綱元が駆け寄り、二人を運んで矢の届かない所まで下がることが出来た。

 

「父上、ご無事で!?」

「……あ、あぁ……ごっほごっほ……」

 

 左月の手の平に浮かんだのは濃い赤色をした血。弥太郎程、酷い傷ではないが、すぐに手当てをしなければ危ない。しかし、この混戦状態の中ではそれも難しい。

 

「すぐに景勝様と輝宗様に伝令を! 二人を安全な場所へ!」

「待て!」

 

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