上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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孤独の身の振り

 加賀に侵攻した上杉軍の進軍は日に日に勢いを増していった。敵兵を見つければ躊躇無く斬り捨て、必要ない城と分かれば焼き、または解体して使える木材を越後に送った。

 対照的に上杉軍の将の顔付きは皆険しく、必要ない言葉を言えば斬り付けられるような雰囲気をまとっていた。

 龍兵衛の憶測の当たっていたのだ。最初は景勝も有り得ないと驚いていたが、富山城をいつまでも包囲している訳にはいかないという戦略的思いもあり、囲みを解いて進軍した。

 城の兵は追撃してきたが、兼続の伏兵によってあっさり撃退され、四散して行った。それ以降、背後から襲撃を受けずに簡単に国境を突破した。

 拍子抜けも良いところだ。兼続は溜め息をつきたくて仕方がなかった。もしここが軍議の場でなければ一人で文句を呟いているか、龍兵衛あたりと愚痴を言い合っていただろう。

 一向一揆の結束力が大岩のように固く、決して崩れない。そう言われてきた。だから慎重に木槌で様子を見るように各国撃破に徹してきた。だが、龍兵衛が突然提案した一気に喉元を突く戦略によって崖から落ちたように簡単に大岩は砕けた。

 進軍を簡単に許しただけに止まらず、ほとんどの兵が加賀に撤退した。上杉の末端の兵までが拍子抜けしていた。戦の当初はかつて苛烈に攻めてきた彼らに対して及び腰だった。そして今もいつあの無感情な目でこちらに襲いかかる彼らの恐怖を拭えない者も少なくない。そして、それは簡単に克服出来てしまった。

 その見返りに上杉の兵たちを襲ったのは驕りだった。まるで抵抗を示さない敵を見て自分たちは日ノ本を恐れさせた一向一揆の大勢力を崩したのだ。哀れな兵たちは脅かしただけで簡単に逃げ惑い、背中を向けて死んでいく。

 もはや恐れるものなど何も無い。そう言わんばかりに上杉の兵たちは一向一揆に参加した者たちを親の仇と容赦なく殺していった。それだけならまだ良い。彼らは民家を襲い、奪えるものは人や物を問わずに懐に収めた。

 景勝の耳にもすぐ入り、兼続が関わった者を厳しく罰した。しかし、それはこれまでもよくあったこと。

 上杉も規模が大きくなるにつれて一枚岩ではなくなってきている。よく訓練しているとはいえ人である以上、邪な思いを持ってしまうのは仕方ない。もちろん黙って見過ごしていれば領民から反感を抱かれる。

 

「それでは結局一向一揆と同類だ」

 

 そう言って兼続は良からぬことをした者たちを咎めた。それでも見せしめに殺すのではなく、越後に返すか最前線の隊列に配置させた。穏便な措置かもしれない。しかし、残酷なところもある。手柄を立てられないまま生きて帰る。死んだ後に家族を食わせることが出来ずに残された者が路頭に迷う。どちらも生き地獄に変わりは無い。きっかけを作った当事者が生きているか死んでいるかだけが違う。それも罪を追ったまま、周りに蔑視されて。

 

「兼続、大丈夫?」

「え、ええ……」

 

 景勝の心配そうな声が意識を現実へと戻させた。他のことを考えてしまっていた。などとは言えない。幸い誰も追及してくる者はいなかった。無意識に強く握っていた拳を緩める。戦前に整えていた爪でも手に痕が出来ていた。

 上杉は先鋒に伊達をあてて加賀を攻め込ませ、最上を別働隊に能登を牽制しつつ地固めを行わせている。どちらとも快進撃を続けており、能登の方では初めての降伏者が出たという。

 結束力が固く、死んでも立ち向かってくると有名な一向一揆の一角が崩れた。この報告は上杉だけでなく本願寺さえも驚いただろう。門徒の全てが信じるかは分からない。しかし、本当のことだと思う者は必ずいる。そこから綻びが生じれば日ノ本全国に影響を及ぼしていた宗教も終わりを告げることになるだろう。

 だからこそ上杉には兵力がいる。あえて軍律では死罪にあたる乱暴狼藉者たちの処罰を後回しにしたのはそのためだ。たとえ尾山が落ちても火種は完全に消えない。

 その時のために取っておくのが彼らだ。冷酷だが、やむを得ない。それだけのことをしなければならない可能性がある。

 そして今、兼続たちはどうやってそれを避けるようにして加賀を落とすか話し合っている。

 

「いずれにせよ尾山での戦いはかなりの混戦になるのは間違いないかと」

 

 龍兵衛が言うまでもない。景勝も分かっている。それでも口にするのはかなり警戒しているからだ。最後の決戦に賭けるのはよくある。そこで敵の心臓部分を抉れば形成は簡単に逆転する。

 

「どうする?」

「攻めについては景勝様を狙って来るのは間違いないかと」

「それ故、守りは私と龍兵衛だけでなく、竹俣殿や景資殿にも入ってもらいます」

 

 景勝の目が大きく開かれた。過ぎているほどの守りでは攻めに転じる際、支障をきたす。しかし、それほどまでにしなければならないのだ。

 景勝は龍兵衛を見る。彼が賛成だと頷く。諦めたように目を瞑り、こちらを向いて任せたと頷いた。それを見て兼続はまた口を開く。

 

「攻め手は伊達と最上、安東に任せて良いでしょう」

「不満、言われない?」

「問題ないかと。領地は少々でもそれに見合う品を贈れば」

 

 景勝は少し考えると二人の顔を見合う。兼続も龍兵衛もこのことに関しては大丈夫だという見解で一致している。感じ取ってくれたのか、景勝は力強く頷いてくれた。

 家臣として嬉しい思いになる。別に動いている謙信もまた自身のことを信じているからこそ景勝を任せてくれている。出陣の前にも龍兵衛と共によろしく頼むと言われている。武田と一向一揆という上杉にとって宿敵といえる勢力を倒す決戦であるだけでも身が引き締まるが、主から全幅の信頼を得ていると思うと頬が緩みそうになる。

 顔に力を入れて堪える。そして兼続は次に話すことになっている龍兵衛を見る。眉間にしわを寄せ、目を瞑っている。上杉に来てからしばらくしてこの姿勢で軍議にいる。当初は幾度となく注意されていたが、きちんと話を聞いていると知られると誰からも文句を言われなくなった。

 兼続が話し終わったと知ると龍兵衛はゆっくり目を開いて景勝を見る。人との会話の時、真っ直ぐ目を逸らさずに話すところは彼の良いところだ。せめて大勢でいる時もそうであってほしい。勘違いをされても困るのは龍兵衛自身だけではない。もう少し自覚を持ってほしいと思う。

 

「この戦で一向一揆との確執を断ち、日ノ本の東は上杉が覇者であることを示さなければなりません」

 

 そんな思いなど通じるはずもなく、龍兵衛は話を始めた。真っ黒な服装よろしく、話し方も低くて重い。しかし、緊張感を必要以上に与えないのは圧倒的有利な状況と彼の持って生まれた話し方だろう。

 

「だからこそ尾山という存在をこの世から完全に消すことが必要です。跡形も無く」

 

 三人の間を穏やかに走っていた空気が一瞬で張り詰めた。兼続は景勝の方を一瞥して様子を伺う。驚いた表情の中にどこか悲しげなものがある。この戦で龍兵衛が何をすべきなのか悟ったのだ。無論、兼続も分かっている。

 

「焼き討ちをしろと?」

「ああ、尾山という城を焼き払い、一向一揆の柱の一角が崩れたことを皆に知らしめる」

 

 景勝に向けられた視線がこちらに来る。焼き討ちは最も相手にとって効果的で多くの者を排除できる。もちろんその代償も大きい。復興への時間、生き残った敵に与える怨念、巡り巡って返ってくるかもしれない。

 だは。今回はそれだけではない。分かっていて龍兵衛は火を使うことを選んだ。

 

「それは……」

「お前が言いたいことは分かる。上杉がそんなことをすると思わせるのは良くない。ましてや信長が比叡山を焼いたからな」

「分かっているならどうして上杉が織田と同じ道を通ろうとする?」

 

 急進的に改革を進める織田に対して上杉は古き良きものを守り、復興せんと動いているように世の中からは見られている。だからこそ織田と同じように宗教に対して容赦ない攻めを行うのは上杉が本当に目指しているものは違うと思われる。

 兼続も一向一揆に対して降伏を勧めようとは思っていない。とはいえ尾山の街には価値観を持っている。流通の拠点としてはもちろん、農村の土も豊かであるともっぱらの評判だ。

 火攻めは城下を巻き込んでしまう。そもそも尾山御坊の城自体はそこまで堅牢ではない。周辺に立てられた寺との連携が取れて初めて巨大な城として機能する。火を使えば必ず城下をも巻き込んだ大火災が起こる。そのようなことをしてまで戦う必要があるとは思えない。

 それだけに兼続の質問への龍兵衛の解答には息を詰まらせた。

 

「そうしなければ上杉は尾山を復興させようとしていると思われる」

「事実そうだろうが」

「尾山の城をそのままにするということは上杉がまだ一向宗と繋がりを持ちたいと思われるぞ」

「何故お前はそこまで一向宗を敵視する?」

 

 龍兵衛の表情が一段と険しくなる。答えに窮したのか、何か苦い思い出でもあるのか。おそらく後者だ。用意周到な彼が答えを持たずにこのような場にいるはずがない。

 

「仏の教えは皆が信じるからだ」

「どういうことだ?」

 

 景勝も首を傾げ、龍兵衛を見ている。

 兼続も景勝も仏教を信仰している。謎かけのような物言いながら彼の目は実に真剣である。

 

「武人だろうと商人、農家の者、多くの者が仏の道を信じる。つまり、上に立っていることに鼻を高くする者もいる」

 

 言わんとしていることがよく分かった。仏教はキリスト教が入ってきたとはいえほとんどの者が信仰している。信仰するということは仏に仕える僧侶を敬うことになる。それだけならまだ良い。

 龍兵衛が恐れているのは比叡山の僧侶たちのようにそれを鼻にかけて、他の人より上であると勘違いして武人のやることに口出しすることだ。

 

「これからは武人が天下を統べる。そこに僧侶や神官を入れるような真似などしてどうする」

 

 案の定、龍兵衛はとっておきを繰り出した。かつて天皇が僧侶の言に惑わされて院政も出来なくなった。それをさせないように武人に過ぎた口出しをする者は排除しなければならない。

 上杉にとってこの加賀侵攻は一向一揆の影響を北陸から排除することである。既に一国を治めている彼らはもはや武人にとって脅威である。武人が世の中を統べるための手始めとして尾山という一向宗の象徴を焼き払う。

 たしかに合理的で正しい。しかし、兼続は決して納得したわけではない。

 

「焼き払うことで、消え去った尾山はどうする?」

「新たに城を建てて加賀は上杉の者だと見せしめる。土地の名も変えてな」

「名を改めるのは良い。しかし、一から城を建てるのでは費えが多くかかってしまう。やはり落ちたことを知らしめるように触れ回るのが良い」

「そんなことをしなくてもすぐに伝わるだろ」

 

 加賀の一向一揆は一向宗の中でも最大の勢力を誇っている。上杉が加賀に侵攻したことさえ畿内だけでなくさらに西にもこのことは聞こえているだろう。

 それぐらい兼続も分かっている。だが、一向宗の火種が完全に潰えたと伝えるには、上杉からの伝聞を日ノ本に広めなければならない。

 一向宗が害を受けた者として上杉の醜聞を広められると今後の北陸の統治も面倒なことになる。兼続が最も恐れているのは上杉が悪に仕立てられて織田の介入を許すことだ。

 一向宗の反感を買っているのはどちらも同じ。その憎悪をどちらに強く向けさせるか。牽制のし合いは既に始まっている。

 兼続は自分の眉根が徐々に深くなっていくのを感じた。それだけ龍兵衛のやり方は強引だ。加賀に住む民衆や僧侶の反感を買い、本願寺派の不満も募らせる。

 

「そもそも、何故にお前はそこまで尾山を焼きたがる?」

「僧侶たちに僧侶として道を進んでもらいたいがためだ」

「戦や欲には惑わずにただ仏の道を歩むため、尾山を焼き、武人と僧侶の関係を争うものではなく、歩み合うものにすると?」

「そうだ。荒いかもしれないが、そうしなければ一向宗は諦めない」

「だが、一向宗には我らとの敵対を望んでいない者もいるはず」

「分かっている。だからといって今は慈悲をかける余裕などあるか?」

「たしかに難しい。それでも私は反対だ。そんなことをすれば織田の二の舞になる」

「言っただろう。織田とは状況が違うと」

 

 兼続の言葉を受け入れることは出来ないと龍兵衛の表情が一層険しくなる。意地っ張りではない。心からそうするべきだと思っているのだ。だから引き下がらない。しかし、兼続にも思いがある。

 僧侶たちの中には真面目な者もいる。彼らを使い上杉の義が織田に勝ると知ってもらう。織田との間で悩んでいる畿内や岐阜の国衆たちになびいてもらい、織田の土台を揺るがす。

 兼続も一向宗を支持しているのではない。価値ある手駒として見ているだけだ。だからこそ殲滅ではなくある程度の譲歩を考えている。織田と違い、慈悲をもたらせば心ある者は上杉であれば美味いことをしていけると思ってくれるだろう。

 ここで押されるわけにはいかない。兼続は負けじと口を開く。

 

「一向宗にもまだ上杉となら和睦出来ると思っている者もいるはず。その者たちも構わず道端に転がす気なのか?」

「構わない。それが時代の移り変わりを示すならな。そもそも加賀にまともな輩がいるのか」

「分からないが、一枚岩では無いのは分かっている。それに、僧侶の他はどうする。相手にしているのはただの兵だけではない。民もいるのだ。それらも殺すと言うのかお前は」

「彼らを民として見ていては収拾がつかなくなる。下手をすればこちらの寝込みを襲われるぞ」

「民も殺めた後、誰がこの地を耕すというのだ」

「土地を求めている者は多くいる。彼らをここに移住させる」

「そのようなことを織田と接する地で出来ると思っているのか」

「織田は今、畿内の一向宗と戦いに明け暮れている。まだまだこちらには攻めてこない」

「……もう良い」

 

 二人の争いに歯止めをかけたのは景勝の小さな声だった。驚いている二人をよそに毅然とした口調で言った。

 

「兼続、任せた」

「ありがとうございます」

 

 勝った。仲間ながら好敵手としている者より景勝の心を動かせた。喜びのあまり小さく拳を握り締めた。

 

「龍兵衛」

「はっ」

「落ち着く」

「申し訳ございません」

 

 景勝は立ち上がって外に控えていた景資を伴い、見回りに向かった。見送ると兼続は隣に立つ龍兵衛を見る。心ここにあらずという表情をしている。だが、景勝の性格からして龍兵衛のやり方を採る可能性は低い。そのようなことを知らないはずがない。知っていてあれを進言したのは彼が阿呆なのか何かに裏打ちされた確信があったのか。

 

「何故、あのような策を取ろうとした」

「尾山が焼かれることで一向一揆の戦意を削ぎたかった。火は絶望を与える良い材料だから」

「では、尾山を焼いた後に上杉が城を建てるというのは」

「いや、それは本気だ。新たに上杉の城を建てた方がより加賀は上杉が取ったと知らしめることが出来る」

「たしかにそうだが……」

「民を殺すことになることも分かる。だが、一向一揆として城に籠もっている以上、やらなければならない。第一にお前のやり方でも彼らは死ぬ」

「私は、最小限に止めようとしているだけだ」

 

 また不毛な言い争いになりそうだ。そう思った矢先に龍兵衛はもう止めようと視線を逸らす。颯馬と違い、引き下がってくれるのは彼が颯馬よりも精神的に上なのか。しかし、先程までの景勝への進言を思い出すとそうとも言えないかもしれない。

 よく分からない男だ。軍議での姿勢も政策、戦略の取り方も 全て独特である。しかもそれを簡単にひけらかすことが無く、気ままにやっている。本人は本気でやっていると明言しているが、それさえも怪しい。

 

「とにかく景勝様がそうすると決めたなら俺も従う。手伝ってほしいことがあれば言ってくれ」

「じゃあ早速だが、味方の陣周辺の草木を出来るだけ刈ってくれ」

「突撃をあえて促すか……それから先は良いのか?」

「既に準備はしてある」

「分かった。すぐに行くから景勝様に伝えておいてくれ」

 

 わざわざ省略するまでもないと思うが。兼続をよそに龍兵衛は支度を整えている。

 

「お前、焦っていないか?」

「そうかもな。少し急ぎ過ぎたかもしれん」

 

 動きと彼の心の二つが焦っている。得てしてそれらは悪循環に向かう。どちらかが落ち着けば何とかなるだろう。

 

「じゃ、後よろしく。ちゃんと指示通りに動くから」

「余計なことを」

「今回はお前の方が上だからな」

 

 兼続は言い返そうとして止めた。自嘲気味に笑う龍兵衛の目は恐ろしく血走っている。気付かなかったが、まるで何日も寝ていない人のようだ。先程までの軍議では普通の目立ったはず。そこまで変わるのかと兼続も心配になる。

 

「どうした?」

「いや……自分で自分の首を絞めるような真似だけはするなよ」

「言われなくても分かっているさ」

 

 彼に過ぎた気遣いは不用だ。だが、不安にならざるを得ない。もしこの先も続くなら譜代としてやるべきことが出来てしまう。そうならないように信じたいが。

 

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