上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第十五話改 今、再びの東北へ

 八月、太陽からの熱気が増す中で、春日山城の評定の間はさらなる熱気に包まれていた。

 

「今日は対蘆名家への戦について話し合う」

 

 謙信の号令にざわめきが様々な場所から聞こえる。これだけで皆が東北遠征を心待ちにしていたことが分かる。

 

「龍兵衛、説明を」

 

 龍兵衛が無言で頭を下げ、用意していた紙を広げる。

 上杉にとって初めて信州以外の領土に文字通り侵攻する戦となることもあり、かなり慎重に事を進めた。

 越後から蘆名を討つには会津新宮と黒川の二つ城を取ることが必要である。

 蘆名の本拠は黒川だが、落ちれば間違いなく向羽黒山城に逃れる。向羽黒山城を落とさない限り、蘆名を屈服させることは不可能だ。

 

「もう一つ、蘆名を倒すには二階堂も同様に倒す必要があります」

 

 現在の二階堂家当主である二階堂盛義と蘆名盛隆は実の親子である。ほぼ間違いなく盛義が娘の救援が来るだろう。

 そのために、角館に行く前に二階堂の援軍を叩く必要がある。

 

「二階堂自体は力はさほどありませんが、後顧の憂いは絶っておいた方がいいと思います」

 

 龍兵衛はそう言うと次に具体的な戦略を説明する。

 会津新宮城を迅速に落とした後、二階堂の援軍を叩き、一気に蘆名の本拠を落とす。

 このことは東北に進出することを主張し、戦略を立てるのが得意な龍兵衛が策を練り、定満や颯馬、兼続と話し合って決めた為に異論や変な言い争いはなかった。

 

「今の通りに動けるよう、各々しておくように」

 

 出陣日を決め、謙信から散会の合図が出た。

 ほぼ全員が出て行ったのを見て、龍兵衛の表情が若干緩んだ。

 

「やっとだぁ~」

 

 以前より東北侵攻を主張していただけに龍兵衛は待ちくたびれていたように伸びをする。 

 他の諸将もいよいよ守りの戦から外征に出るとなり、皆、表情が色めきだっていた。

 

「軒猿は既に偵察に出しています。地形は山を越えれば比較的平坦な所もあるようですし、なるべく城攻めは避けるように進まねば」

「うむ。手回しが早いな颯馬は。ならば楽に勝とうか」

「謙信様、楽に勝てたら苦労しません」

 

 謙信の失言に兼続が苦言を呈すが、笑って気にしていない。

 

「武田に勝てたのだから、蘆名に楽に勝たないでどうする?」

 

 それを言われると兼続も反論出来ないように口を閉ざした。

 川中島の戦いに勝てたのは大きかった。

 武田の被害は甚大。海津の修復やさらに武田に仕方なく降った北信州の豪族が反乱の動きも見せているらしい。

 一部は龍兵衛が密かに扇動したものだが、誰にも言わないでいるため、他の者は必然的な流れと信じている。

 勝たないと川中島での勝利はまぐれと言われる。ここで負ける訳にはいかない。勝つしかないのだ。

 

「だいじょーぶ! あたしが先陣を切って敵を倒すからぁ」

「なんだと!? 先陣は私に決まってる!」

「慶次と景家が揉めるのなら、妾が間を取って……」

「私じゃ!」

 

 慶次、景家、義藤、義清はいつものやり取りを始める。それを微笑ましそうに見ている謙信を見て、龍兵衛の緊張感は一気に高まった。

 初めての外征で自身が提案したもの。これが失敗すれば必ず何かしらの咎を受けるだろう。謙信が庇おうともしきれない可能性もある。いつの間にか肩に入っている力を抜くが、胃が少し痛くなってきた。

 今さらながら失敗した時の恐怖に襲われる。だが、ここから上杉が龍の如く天に昇るには避けて通れぬ道である。誰かがやらなければならないことを当然のようにやっていればそれで良いはずだ。 

 

「……?」

 

 我に返ると目の前で景勝が心配そうに顔を覗き込んでいた。驚き、少し体を仰け反る。周りを見ると全員の視線が龍兵衛へと向けられていた。

 

「大丈夫か? 凄い汗だぞ」

 

 颯馬に指摘されて、初めて額の汗が床にも垂れていると気付いた。

 

「失礼。少々、考え込んでしまいました」

「なら良いが。体調が優れないなら無理はするなよ」

「大丈夫。大丈夫だから」

 

 さらに声をかけてくる颯馬を制し、景勝も元の場所に戻るように促すと何も聞いていなかったことを詫びて、会話の中に入る。

 いつの間にか軍師だけとなった評定の間で、蘆名に対する謙信と戦略を練っていたと苛立ちながら兼続が教えてくれた。 

 それを聞いて、すぐに頭の中で蘆名が取るであろう行動と敵の体制を浮かべる。

 

「すべての城を一つ一つ落とすのは下策です。一気に新宮城を目指しては?」

「俺と一緒か。やはり、すぐに叩くべきでしょう」

「どこか拠点となる所を落とした方がいいのでは無いか? その方が敵の援軍が来た時の備えにもなるだろう」

 

 颯馬と龍兵衛は強攻を主張し、兼続が慎重論を主張する。二分された意見の中で、定満だけが沈黙を守っていた。

 

「うーん」

「定満、どう思う?」

 

 謙信が首を捻り続ける彼女に意見を求めるとゆっくり姿勢を戻し、主の方へ顔を向ける。

 

「兼ちゃんの方を私は押すの」

 

 定満には颯馬も龍兵衛も逆らえない為、ここは仕方無しに頷く。結局、越後側にも近く、会津新宮城に近い高館城を取ることになった。

 

「そこからの動きはどう考える?」

 

 謙信が龍兵衛の方を向いてきた。

 

「新宮を落とせば二階堂が動くでしょう。蘆名と合流される前に叩いてしまえば、敵の士気も落ち、戦も容易になるかと」

「分かった。皆、支度をしてくれ。この戦を上杉が天下を取る先駆けとする」

 

 皆が一斉に頭を垂れ、全員が評定の間から出た。

 軍師たちは前列に定満と兼続、後列に颯馬と龍兵衛が並んで歩く。外に出て早々に兼続が龍兵衛に対して口を開く。

 

「龍兵衛、蘆名について何かしら情報は?」

「主の蘆名盛隆は家中での立ち位置が微妙らしく、家臣掌握に苦慮していると聞く。付け入る隙は多いな」

「調略の準備をするのであれば、私や定満殿に確認する必要は無い」

「分かった。とりあえず、二階堂と蘆名にめぼしい人はいくつか見つけてあるからそこから取り入ってみる」

「頼むぞ」

 

 そこからの会話内容は基本的には颯馬や定満の管轄だったため、あまり覚えていない。一人思案する中で浮かぶいくつかの過程を最後に結び付けやすくするために歩調を合わせながらも思慮だけは別に向けていた。

 曖昧な情報が多いが、信憑性の高いものを見ていかなければ敗北につながる。

 途中で段蔵を見かけた龍兵衛は三人と分かれてそちらに向かう。

 

「お、どうした?」

 

 彼女は気付くなり、陽気に声をかけてきた。

 

「蘆名の調略について具体的な話をしたい」

「良いよー。じゃ、あんたの部屋で」

 

 

 

 三週間後、上杉軍は蘆名領内で起きている内乱に介入するという名目で出陣した。

 そして、すぐに高館城を落とし、蘆名攻略への道を開けた。休む間もなく、城を修復すると次の目標である会津新宮城への攻略を進めていくための軍議を始めた。

 

「二階堂は未だに動く気配が無い以上、すぐに動くべきかと」

 

 颯馬の意見に皆、賛成する。

 二階堂は龍兵衛の指示で撹乱を行った軒猿によって内部の混乱を抱いている。そのため、援軍を派遣しようにも家臣たちの反対によって動けない状況にある。

 謙信が各部隊に出撃を伝えるように指示を出そうとした時だった。

 龍兵衛が組織化した歩き巫女達が情報を持って来た。

 存在を知るのは謙信や龍兵衛、その他の軍師や一部の重臣のみの為、文書での報告だが、それぞれが偽名を持ち、暗号まがいの文の為に何を書いてあるかなどを知る者はさらに限られてくる。

 

「『離縁の時は近く。妻と子供は残り、父は出て仕事へ行く』ね」

「……?」

 

 景勝がよくわからないと教えて欲しそうにこちらを見ている。

 

「簡単すぎるのですが、要するに蘆名は家臣が分裂しているようですね。籠城派と強硬派に。そして、強硬派はこちらに来ます」

「分裂しているのは分かるが、どうしてやって来ると分かるんだ?」

「簡単だよ兼続。細君と子供は基本的には家に居る。父親が細君と喧嘩しているのは家と仕事のことがほとんどだ。仕事を重視する父親が出て行くんだ。わかっただろ?」

 

 兼続は納得したように頷く。

 もっとも、龍兵衛としては難解な暗号を作りたかったが、自分と歩き巫女たちの教養力ではさらに難しくするのは難しい。

 

「たしか、軒猿が前に持ってきた報告によると蘆名の家臣は金上と針生が対立していると言っていたな」

 

 謙信がおとがいに手を当てながら尋ねてくる。

 

「金上は知略にも通じる人と聞きます。おそらく盛信が強硬派の筆頭で彼が来るでしょう。彼は武人で猪武者なところがあると聞きます。針生が来るのはこちらにとっては好都合です。その前に城を落とせば、彼の性格からすれば間違いなく城を取り戻そうとするでしょう」

「仮に落とせなくても盛信は城の兵と共に策を立てればまとめて倒せます」

 

 兼続がさらに言葉を続ける。

 

「まぁ、その前には簡単に落ちるはずですがね」

 

 龍兵衛が締めくくり、軍師達の軍議は終わった。

 すぐに謙信は翌朝に城を攻めると宣言し、各部隊への通達を命じた。

 

 翌朝。到着したばかりの高館城を上杉軍は休む間もなく一気に攻めた。

 不意を突かれた名も知らぬ城主はあっという間に新宮城に逃亡してしまった。

 

「全然手応え無しねぇ、つまんない」

 

 慶次の言葉は将兵皆の気持ちを完璧に代弁した。

 そして、この城を拠点に新宮城を攻める準備をしてその日の内に進軍した。

 その中で、龍兵衛は神妙な顔をしていた。

 生来慎重な男で、常に最悪の中でも最悪な状況を考えて行動するのが彼のやり方である。以前の川中島での決断は本当に覚悟を決めた時にしか命じたりはしない。

 

「夜襲に備えるべきではないでしょうか」

 

 そう言ったのも龍兵衛だった。

 敵の将の性質を調べずに攻める上杉軍ではない。直ぐに龍兵衛の意見を取り入れ陣を築き次第兵を休ませて夜襲に備えたのだ。

 そして今日の夜、想定通りに蘆名軍はやって来た。蘆名軍は十分に備えていた上杉軍の前に歯が立たず、半数以上の死傷者を出して撤退していった。

 

「思った以上の戦果ですね。義藤殿と秀綱殿が特に、見ていてこちらが怖くなりました」

 

 龍兵衛は伏兵を指揮していた為に剣豪二人の戦いを上杉軍の将の中で一番近くで見ていた。

 

「しかし、景勝が言った通り二人を伏兵に置いておいたのは正解だったな。いい判断だったぞ、景勝」

「♪」

 

 謙信に褒められながら頭を撫でられ、景勝は嬉しそうに目を細めている。この前の龍兵衛のことを気にして、元々、義藤だけのところを秀綱も伏兵に置くように進言した。

 この戦いの影響は少なからずあるに違いない。蘆名全体の士気を挫くことが出来ただろう。もはや新宮城を落とすのは時間の問題となった。

 それから、今後の進軍すべき道を定めた後、陣に戻った颯馬と龍兵衛は二人で話をしていた。それは上杉軍だけでなく、どこの者だろうと決して好まない行いのことである。

 

「じゃ……段蔵には俺から言っておく」

「ああ。じゃあ、お休み」

 

 話していたのは蘆名方に送る偽の手紙についてである。これによって上杉軍はより勝利を確実な物に出来る。

 正義を重んじる謙信がこのようなことを許すはずが無いと考え、二人は秘密裏に物事を進めていた。

 彼を見送ると龍兵衛も気紛れに暑さ変わらぬ夜に陣外へ出た。

 空を見上げると暑さも忘れるような満天の星空が広がっていた。彼自身は天文学の知識は無いが平成では見れない星もあることはわかっている。

 楽しくても居るべきでは無いこの世界。

 その中に自分が居るのを彼は決して認めることはしない。

 己の正体を知るのは師匠二人でいい。

 異端者は決して生きることは出来ない。

 心の広い上杉家の人達だろうと自身を奇怪な目で見てくるだろう。そして、自分を認めた時に平成の自分の存在は消えてなくなる。

 実家には自分以外の子供はいなかった。自分がこの世界の人物だと認めたら、それは実家の断絶に繋がる事を意味する。

 自分をこの世界に放った人物は言っていなかったが、龍兵衛自身はそのような気がしてならない。

 その空しい気持ちを和らげるつもりで夜空は見上げているのにますます空しくなるばかりである。

 

 翌日、上杉軍は会津新宮城を落とした。

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