上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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葉隠れの出逢い

 龍兵衛は千宗易と会談を終えた後、謙信達と無事再会し、宿に戻った。幸いにも全員が無事であり、怪我を負った者もいない。しかし、皆の顔には疲労の色が伺える。京に来るまで全く予想だに出来なかったことが起きたのだから無理も無い。

 

「官兵衛は無事に京を抜け出せたのか?」

「護衛に付けていた手の者が先程、問題なくと報告をしてきました」

「……」

 

 龍兵衛の答えに応じず、謙信は置かれている地図に目を落とす。京の守りは織田によって厳重なものとなり、謀反を起こした明智光秀の行方もまだ分からずじまい。噂では明智の一族郎党が織田による策略ではと疑い、戦支度を坂本で行っているらしい。

 代償として信長が死んでいるにもかかわらず。やはり、巨大な者の死は思考を正しいものでは無くすのだと龍兵衛は一人納得する。巷では信長の亡骸が見つからないことから密かに逃げ延びたという噂もあるらしい。幾度も起きた爆発によって死体をあえて見つけにくくさせたことが功を奏したようだと唇が上がりそうなのを堪える。

 数秒の後、謙信が考え事に整理がついたと「ふぅ……」息を吐いたため、顔を上げる。謙信は皆が揃っていることを確認するように順番に顔を見定めると口を開いた。

 

「さて、近衛様は織田討伐について話し合っていたが、この様とは、と笑っていた。そして、信長が消えたとはいえ、まだ織田の家臣は健在であり、信長の妹である信行が近江にいることも憂いていた」

「つまり、早く越後に引き返し、毛利との盟が成った後、織田を討てと」

「ああ。近衛様も耐えているようだが、宮中の者はなかなか……」

 

 颯馬の問いに謙信は肩をすくめる。どの道、貴族は誰かに保護されるのだから誰が上洛しようとも変わらない。心証の問題だろうが、どこの武家が上洛しようと貴族は武士の下に置かれる。分かっているからこそ関白近衛は諦めている。

 

「龍兵衛、織田の守備だが、どこか突破出来るところはありそうか?」

「近江に抜ける道こそ最も安全かと」

「あえて敵中に入るのか?」

「御意」

「しかし、近江は織田の本拠。越前には柴田勝家が待っている。そうやすやすと抜け出せるか?」

 

 謙信のもっともな発言に皆が頷く。この状況下で近江の関所もかなり厳しくなっている。そこで領内から出るのは怪しんでくれと言っているようなものだ。まだ忍びや傭兵集団の方が正体を知られた時のことを考えても生き残れる可能性があると皆が踏んでいるのだろう。

 

「本能寺の変により織田の目は京に向けられています。近々、信行を祭り上げる者と自ら天下を取ろうとする者の間で跡目争いが始まるでしょう。近江や越前は確かに今は危険ですが、早い内に逃れなければさらに本国に戻るのは難しくなります」

 

 ここは引けないと龍兵衛は口調を強める。

 

「伊賀を越えて東海道沿いに進み、甲斐へ出ることも可能ですが、危険なことに変わりはありません」

「織田の主だった者が四散している今、混乱に乗じる必要があるということか」

 

 謙信は一呼吸置いて「分かった」と頷き、今夜には脱出すると命じた。

 謙信以外の者が出ていくのを見計らい、龍兵衛は最も気になっていたことを尋ねる。

 

「近衛様との会談はいかがで?」

「良い返事を得ることが出来たぞ。後は我らが無事に越後に変えることが出来ることを祈ると」

「戻ることへの助力は無しですか……まぁ、致し方ないですね」

「貴族にも疑いの目を向けられている。やむを得ぬだろうが、これ以上は限界だろうな」

「関白様のお墨付きを我らのような者が持っていると怪しまれても仕方ないでしょうから」

「龍兵衛まさか……」

 

 訝しげな表情を浮かべる謙信に無表情で頷いてみせる。それによって彼がどうしようとしているのか察したのか、謙信も覚悟を決めたように顔筋が引き締まる。

 

「手はあるのか?」

「京に向かう道中、内通に応じた者に今一度使いを遣わし、協力を求めております。本能寺のことを聞けば織田への従属から解放されると思ってもらえればどうにかなるかと」

「その仔細は任せる」

「御意」

 

 謙信が立ち上がると龍兵衛もまた外に出ようと腰を浮かす。それと同時に謙信も何かを思い出したように手を叩く。

 

「それから、大友にもよろしくと言っていたな」

 

 龍兵衛は立てかけた膝の動きを止め、謙信を睨むように見る。

 

「大友も反織田になると?」

「毛利との諍いを義昭様と近衛様が仲介したらしいぞ」

 

 龍兵衛は立ち上がり、おとがいに手を当てる。大友が織田に対抗するということは毛利との争いを休戦するということだ。もし可能であれば誼を通じておく必要がある。そして、大友との仲を取り持つ役を今、謙信は誰もいない部屋で彼らのことを伝えたというのは、龍兵衛に任じたようなものだ。いつものように失敗した時には彼一人の責任であるということにさせられる。幸い、大友には伝手がある。とはいえ期待の出来ないものであるが。

 気は進まないが、やるしかないと龍兵衛は溜め息を付いた。

 

 龍兵衛も他の上杉の者達と同様に上京に滞在していたが、大友の面々が一泊していたのは知らなかった。手の者からの連絡が無かったところを考えると大友もかなり隠密に動いている。近衛はそれを見越して謙信に情報を伝え、信長の死後でも諸国の大名が協力し合い、貴族を守ってもらうように仕向けているのだろう。

 武家に守れらたままでいればいつまでも天皇や貴族は実権を取り戻すことなど出来ないが、そこまでの考えを近衛程の人物が持っていないのだろうか。龍兵衛は近衛のことも調べなければと思いつつ、大友の拠点を探す。

 未だに明智の兵が目を光らせているが、気の弱い商人のふりをしていれば咎められることはない。しかし、大友の潜んでいる所に手掛かりが無い以上、見つけることはかなり至難である。そして、謙信は準備が出来次第明日にでも京を離れると言っていた。

 

「八方塞がりじゃねえか……」

 

 命じた謙信自身も分かっているだろう。無理にとは言っておらず、努力義務で龍兵衛に言ったはずだ。それでも行うのは、ただ彼自身の身を守るためである。手掛かりとなる場所を聞き出そうにも商人達は皆、互いに声をかけるような素振りも見せず、下を向いてただ店のことに没頭している。

 早めに諦めて逃げるかと元来た道を戻ろうと踵を返す。

 

「そこで何をしている?」

「……」

 

 背後からかけられた声に咎められた絶望感も命を失う恐怖感も感じなかった。足が一歩も動かなかったのは呆れからである。

 

「まるで威圧感の無い声だ」

「……少しは殺意を入れたつもりなんだけど」

「それぐらい戦でもどこでも向けられている」

「それもそうね」

 

 背後から溜め息を聞こえてきた。戦乱の世で少しは変わると思っていたが、少し安堵して振り返る。相変わらずの長い髪を後頭部で一つに縛り、背中まで下ろした髪に、やや吊り上がった目。女性にしては背が高く、一八〇はある龍兵衛の頭一つ下ぐらい。変わったのは激戦の中を生き抜いた証である傷の跡がいくつか頬や首元などに残っていることぐらいだ。

 

「久しぶりだな」

 

 会えないと思っていた人と会った時、一体どのような表情をすべきだろうか。表情筋の動きが分からないまま由布惟信の顔を見る。

 

「笑顔が笑顔じゃないよ」

 

 近付いてきて両手で頬を引っ張られる。少し痛いが、しばらくされるがままになっておく。惟信が無邪気に再会を喜んでいるのだからそうさせてやっても良いだろう。しばらく「うりうり」と楽しそうにしていた彼女だが、飽きが来た途端に「ところで……」と勢いよく頬から手を離した。

 

「何かうちに用事?」

 

 痛いと目で訴えるも届かなかったようだ。

 

「何でそう思う?」

 

 わざとらしく頬をさすりながら答える。

 

「宗麟様が上杉によろしくって言われたんだって」

「……それで、上杉も京にいて大友と繋がりを持つきっかけを探っているんじゃないかと?」

「その通り。まぁ、まさか貴方が探っているとは思わなかったけど」

「その口振りから察するに、お前も主からの命で色々と探っていたのか?」

「その通り」

 

 互いに笑ってしまった。偶然の産物はとんでもないことになってしまうものだ。

 

「時に、宗麟殿は?」

「生憎、今は不在よ。許可無く屋敷には誰も入れないことになっているから、悪いけど、また改めてね」

「あー、それは……」

「困るよねぇ。だから良いよ」

「は?」

「私が良いって言えば大丈夫」

「疑われたら体を張って俺を守れよ」

「素直じゃないなぁ。嫌われるよ」

「元々だ」

 

 惟信は反応に困ったのか何も言わずに苦笑いをしている。少しは否定してくれても良いと思うが、正直さは相変わらずに良くも悪くも残っているらしい。

 

「こっちよ。案内するわ」

 

 若干の沈黙の後、話を逸らすように彼女が手招く。一歩後ろでついて行くと話は自ずと再会するまでの話題になった。

 

「上杉は随分と勢力を大きくしているね」

「皆が頑張っているからな。だが、大友もなかなかだと思うが」

「まだまだよ。というか、何で知っているの?」

「どこで情報が利くか分からないだろう? 九州の統一を叶えられたのは流石だ」

「皆で頑張っているから」

「お前がいるからじゃないのか?」

「まさか、私は君と違って歴史は疎いの。でも、少しは役立っているみたいだけどね」

「大筒や鉄砲の大量生産による戦術の転換か?」

「……機密情報よ」

 

 惟信の目つきが鋭くなる。

 

「嘘付け。戦場で思いっきり音を響かせていると聞いたぞ」

「でも、知る必要の無いことでしょ」

「あるさ。もう戦場に出せるくらいの精度を誇る大筒のことは。まだまだ海外より入ってきたばかりのものを使う程ということはかなりの技術がいる」

「……欲しいの?」

「ああ」

「本当は使えないような代物かもしれないのに?」

「使えるから使っているんじゃないのか? 宗麟殿や立花殿はその辺りには厳しい方だと聞いているが」

 

 数秒の沈黙の後、でまかせを言っているわけではないと悟ったのか、惟信の表情が柔らかくなる。久しぶりに見る彼女の表情の変わりぶりには自身の鉄仮面と比例して面白い奴だと再認識させられる。以前、再会して依頼、特に書状でやり取りをしていたわけでもなく、袂を分かってまた会えるとも思っていなかった。

 しかし、あの頃に比べると随分と彼女に劣等感を感じる。景勝との交際を絶ち、自ら孤独の中に身を投じて心を殺したまま様々なことをしてきた。誰からも評価されることもなく、否、評価してくれる理解者も表立って喜ぶことの出来ない。

 

「盟約のこと、前向きに検討しておくように伝えるわ」

「本当か?」

「それだけ私達を評価しているのなら悪い気はしない……それにそろそろ、毛利とも和睦しようとしてたから」

 

 龍兵衛の目が見開き、それから自ずとおとがいに手が向かった。

 

「……どしたの?」

「いや……博多のことは良いのか?」

「全面的に大友のものよ」

 

 龍兵衛は記憶を辿るように額を指で叩く。数ヶ月前に得た情報の中にその記憶がある。

 

「確か海戦に勝ったんだよな?」

「それに将軍様が毛利を頼ったタイミングもばっちしはまったからね」

 

 龍兵衛の眉間のしわが深くなる。

 

「お前、まさか現代言葉をまだ使っているんじゃないよな?」

「しないよ。君だからするの」

「……鳥肌が立った」

「ひどくない?」

「話を戻すと……」

「無視された……」

 

 よよよ、と泣いた振りをしている彼女を虫を見るような目で無視しながら龍兵衛は話を続ける。

 

「成立したら四国征伐か?」

「うん、そうなると思うよ。長宗我部や西園寺は織田に付くらしいから」

「ただ、それは信長がいたからこそ。今の織田とはたして組むかどうか……」

「組むと思うよ」

 

 首を捻るが惟信の目は真っ直ぐに彼を見ており、少し目を見開く。

 

「断言するね」

「こっちから喧嘩を売ったから」

 

 彼女の言葉が真実だとすれば大友が毛利と和睦した理由とその先の考えが繋がる。あえて口には出さないが龍兵衛は顎を一回さするとよく分からないと首を傾げる。その様が嬉しかったらしいのか糸口を言った本人は満面の笑みを浮かべている。

 

「さて、ならこれで俺の仕事は終わった」

「もう良いの?」

「ああ、大友と上杉が手を組むためのきっかけを作るのが俺の役目だ」

「実現したら教えてあげる。じゃ、これで私も仕事は終わり」

 

 嬉しそうに惟信は音が出ないよう静かに手を叩く。

 

「……お前も上杉と近付くように言われてたのか」

「うん。宗麟様が直々にね」

「俺だって謙信様直々さ」

「じゃあ、話はこれで終わりね」

 

 部屋を漂っていた緊張感が一気に隙間という隙間を縫って無くなる。

 

「まさか、また京で出会うとは思わなかけど」 

「全く。本当に人生何が起きるか分からないものだ」

 

 互いに言葉を交わしながら、惟信は正座から足を龍兵衛の方に伸ばし、それを見た龍兵衛も体を後ろに反らし、両手を床に付いて体を支える姿勢になる。

 晴れやかに笑っている惟信は心底、再会を喜んでいるようだ。悪い気はしない。御家の域を越えて友を作れるということはなかなか無い。最近、謙信と信玄の話を聞いていたからなおさら心に染みるものがある。

 

「京の街はどうだ?」

「大分賑わっていたわね。貴族の人達も舞や楽器を楽しんでたみたいだし」

「楽器か……昔はお前がバイオリンを弾いて、俺は篠笛を吹いていたな」

 

 互いに思い浮かべるのはそれぞれの自宅で静かに鳴らす楽器音。それも特にこれをやろうと伝え合わずに奏で合う狂想曲。

 

「そうね。いつもお互いに気ままな曲で合わせながら」

 

 今思えばよく家族からの苦情が入らなかったと思う。

 

「お前は練習出来ないから辛いな」

「変わりに三味線を覚えたけどね。全然駄目だけど……そっちは出来るの?」

「物の質は劣るが、それなりにはな。それに、尺八もあったし」

「尺八も吹けるようになったの?」

「もう四、五年前かな。篠笛は他に吹ける人もいるしと思って」

「へぇ~いつも周りを気にせずに我が道を行くっていう君がね」

「ただ人と被るのが嫌なんだよ。それぐらい分かれ」

「変わったねぇ」

 

 惟信の笑いが部屋に響く。そのまま自然と互いの楽器の準備を終えて合図を送ること無く互いに息を合わせて演奏を始めた。

 三味線と尺八の音色は本人達の芸の高さもあって実に綺麗でどのような邪な存在さえをも浄化させてしまうような清廉さを持っている。そして、吹く者の内心を描くことも可能だ。

 

「何かあったの?」

「分かるか?」 

 

 小首を曲げて表情を伺ってくる。顔を離す前に吐息を強く吹いてきたのはおそらくわざとだろう。

 

「怒りと悔やみ、若干の嬉しさ……かな? 最後はあやふやだけど」 

「嬉しさか……あまり心当たりはないが」

「私に会えたから?」

 

 にっこり笑う惟信が何となく腹立たしいので冷徹な口調で切り返す。先程の下手な誘惑への意趣返しも兼ねていないわけでもない。

 

「それは違う」

「ひど」

「らしくて良いだろ?」

「ま、確かに」

 

 沈黙が落ちる。元々、話を繋げることが苦手な龍兵衛を助けるのが惟信の役目だったが、無限に言葉が出てくるわけではない。互いに目を合わせつつ無言が数秒続いた後、龍兵衛から口を開いた。

 

「そろそろ戻る」

「次に会うのはいつかしら……」

「さぁな」

「味方同士だと良いけど」

「ああ」

「敵になったらどうしよ?」

「勝ちに来い」

「全力で受けて立つ?」

「もちろん」

 

 即答してみせると意外だと彼女は目を見開く。手加減したところで誰が得するというのだろう。むしろ、あらぬ疑いをかけられることぐらい分かっていると思うのだが。気まずい雰囲気を断ち切るため、龍兵衛は腰を上げかけるが、惟信の発言で動きを止めた。

 

「それにしても……君があんなことをするような人になっていたとはね」

 

 彼女は外へ視線を向ける。空いている窓からは焦げくさい臭いが若干入ってきて、人へ不快感を与える。

 

「あんなこと?」

「織田信長は家臣、明智光秀の謀反に遭い、炎の中に消えた」

「……」

「色々と黒幕説があるって言ってたよねえ。まさか、上杉だったとは……」

 

 胸騒ぎを押さえつつ龍兵衛は表情を変えずに彼女を見る。

 

「何のことだ?」

「本能寺の変の時、織田の家臣を殺して、明智光秀を攫ったでしょう?」

「根も葉もないことを……」

 

 鼻で笑い、冗談で済まそうと首を横に振る。しかし、彼女の攻勢は止まない。

 

「そうね……写真が無いこの時代、人の言葉ほど人に疑心を与え、信じ込ませるものはないわ」

「思い違いをしているようだが、上杉が関わったという証拠も無ければ信憑性も無い」

「お金や武器を密かに提供していたと言えば遠くからでも合点がいくけど」

 

 龍兵衛は長い溜め息をつき、彼女の目を見る。確信を持ち、追及を止める気配が無い雰囲気が伝わってくる。しかし、ここで大人しく項垂れるようでは謀を完遂できない。苛立ちを覚えつつ、小さく息を吐くと毅然とした表情で彼女の目を見る。

 

「そこまで言うならはっきり言おう。上杉はそのような姑息な手を使うことはない」

「なら、謙信殿は家臣の面倒も見切れない主ってことかしら」

 

 心の中で何かが折れるような音がした。同時に龍兵衛の目に敵愾心がこもる。

 

「いくらお前でもその発言は考えものだが」

「だって間違ってはいないでしょう?」

「それは俺が本当に本能寺にいたという証拠があれば言って良いかもしれないが、やってもいないことに勝手にあれこれと推測をされるのは非常に困るね」

 

 怒りが徐々に隠せずになり、口調が早くなる。焦っては負けだが、尊敬し、忠誠を誓う主を愚弄されて落ち着いていられるほど、龍兵衛も人は出来ていない。

 

「どうしても違うって言うの?」

「今回のことは明智光秀の起こしたもの。上杉は明智を支援していない。それ以上言うのではあれば盟約の件も考えさせてもらうぞ」

 

 最後通告を下すとさすがに困ると思ったのか惟信も黙り込んでしまった。そもそも、盟約の話を持ちかけておきながらこうしてその御家の家臣の疑いを探ること自体問題がある。

 

「……」

「何だ?」

 

 何か言いたげに唇を動かす惟信をじれったく感じ、思わず苛立った口調で尋ねてしまう。しかし、彼女の反応は彼の期待とは大いに外れていた。

 

「んーん、何でもない。もうお開きにしない? これから道雪殿に会うの」

「自分の目で見たことを言いにか?」

「ううん。だってあなたがやったということを証明するものが無いから言ったところで無駄だし……」

 

 心底残念そうにしている惟信を見て、龍兵衛の心は固まった。彼女は上杉に害を与える滅ぶべき敵である。

 

「いや……」

「えっ?」

「長い長い宴はまだ終わらないよ」

 

 意味深な言葉に惟信は小首を曲げる。その様を見て、龍兵衛は笑いつつも困ったような表情を浮かべる。そして、頬をかいて少し迷った後に「仕方ないな」と口だけを動かすといつも通りの無表情になる。

 

「なぁ、お前は親が本当の親じゃないって知ったらどう思う?」

「えっ?」

 

 惟信が突然のことに眉根をひそめる。

 

「俺は嫌だった」

「嘘……」

「俺は母親が一夜の過ちを犯した際に出来た。知っていたのは当事者だけだったらしいけどな」

「でも、何でそのことを今?」

 

 全てを察した彼女の目が一層吊り上がる。疑い、というよりは嫌悪感が如実に見える。惟信はたとえこのような乱世であろうとも根は真っ直ぐであり続けている。かつて裏切られたことも構わず嬉しそうに龍兵衛と邂逅する様は正にその通りだ。自身の生まれた経緯がどうであれ、信じた道を進む。

 だからこそ、その心を汚し、現実を見せてやりたい。

 それが龍兵衛の現世の被虐と乱世の無情を自身で受けてきたが故に生まれた歪んだ性根である。

 

「お前の前では真っ直ぐでありたい と思ったのだがな……」

「は?」

「何故なら……」

 

 惟信が表情を強張らせているのを確認すると龍兵衛は目の前まで歩み寄る。表情は変えず、殺気による凍て付くような恐怖を惟信に与えながら。

 

「今日でお前と会うのは最後だからさ……」

 

 そう言って龍兵衛は片目を瞑ると惟信を組み敷いた。

 

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