上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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時を見定めし

「……」

「……」

 

 沈黙が続く。

 いつの間にか染まっていた空の曙色が障子を通じて部屋に差し込んでくる。

 かれこれ何時間もこの状態が続き、互いが互いを牽制し合うように口を開かない。とはいえ、龍兵衛は景勝に話があると言われて付いて来た以上、自ら声をかける訳にはいかない。

 そして、景勝も迷っているのだろう。声をかけたまでは良いが、久々に話し合う際、どうやって切り出すか迷ってしまう。よくあることだと龍兵衛はこの後にやるべき仕事が残っていないことを祈りつつ口を真一文字にし続ける。

 

「龍兵衛」

 

 景勝がゆっくりと口を開いた。真剣な表情の裏にある感情は例えがたいものだろう。どのような言葉を浴びせられるのか、腹をくくり、龍兵衛は口を開く。

 

「何でしょう?」

「京行って、何かあった?」

「いえ、何も」

「……」

 

 景勝は無言で真っ直ぐに目を見てくる。嘘だと彼女の直感が訴えているのだろう。だが、ここで信長の死に龍兵衛が関わっていることや許可も得ずに他家の武将を殺めたと言えば彼の首は飛ぶ。

 

「本当に何もありません」

 

 毅然とした口調で念を押すが、景勝は表情を変えずにこちらを見続けてくる。

 龍兵衛は疲れが原因か、段々と頭に血が昇ってきた。早く屋敷に戻って風呂に浸かりたい。明日も休む予定のため、さっさと寝て昼まで布団に入り浸りたい。

 

「無礼を承知で申し上げますが、これ以上自分を問い詰めても何も出ませんよ」

 

 表情をあまり出さず、口調にも抑揚が少ないが、今の声は多少荒くなったと自覚できた。珍しいことだと知っているはずだが、それでも景勝は何も言わない。

 普通ならすぐにでも立ち上がって部屋を辞するところだが、今日の景勝は動くなというかなり強い威圧感を感じる。そのまま動かずに目を見続ける。数秒の後、景勝は一つ頷くと彼女にしては大きく口を開いた。

 

「景勝、龍兵衛、心配」

「何故?」

「苦しそう」

「どこを見てそう思うのです?」

「目の色」

 

 思わず手が動きかけたが、冷静に元に戻す。だが、景勝の目をごまかすことは出来なかった。目の動きが明らかに手に向けられており、これみよがしに溜め息を吐かれた。

 

「目、色無い」

「はぁ」

「色、消えちゃう。龍兵衛、消えちゃう」

「いやいや。何を仰るのですか急に」

「心配。嫌?」

「いや有り難いですが、どうしてわざわざ呼び出したのかが分かりません」

 

 景勝とは距離を取っていたこともあるが、ここ数年来、仕事のことも含めて声をかけたり、呼び出されることが一切無くなっていた。

 その最中で龍兵衛を気遣うために呼び出したのは何か裏があるのではないか。疑い深い彼にとってそう思わせるには十分であった。

 だが、その疑う心など察しもせず、景勝は龍兵衛に近付き、目を覗き込んできた。

 嫌悪感を露わに顔を背けるが構わずに両手を使って添えようとしてくる。案の定、手を払うわけにもいかないため、簡単に景勝に捕まった。

 龍兵衛は顔を固定され、されるがままになるしかない。早く離れてほしいという思いは叶わず、景勝は目の周りに手を当てて目の中を真っ直ぐ覗き込んでくる。

 一通り様々な角度から見終えると何か納得したように頷き、元いた所に座る。龍兵衛はやっと終わったと静かに息を吐き、次の行動を待つ。

 

「さっきのこと、本当?」

 

 またか、と内心舌打ちをした。ここまでしつこいとそろそろ表情にも出てきてしまいそうになる。

 

「本当ですよ」

「……」

「……」

 

 また沈黙してしまう。帰りたくとも今の景勝はおそらく屋敷に乗り込んででも聞いてこようとするだろう。そうなれば屋敷の者達に何か良からぬ噂を立てられかねない。この場での最適解は景勝から折れてくれること。我慢比べであれば負ける気がしないが、景勝もなかなかにしぶとい一面がある。

 だが、龍兵衛から折れてあのことを言うわけにはいかない。それ故に口を閉ざして一切話さない。待つことは苦痛だが、動けば自分の立ち位置を失う。

 ここに来てから白い目を向けられ続けた中でようやく得た地位を失いたくない。

 揺らぐことのない固い意志を改めて実感し、景勝が折れるのを待つ。浮ついた感情など捨て、波すら起きない水面のように心は平静を保っている。

 感覚的にさらに十数分ほどの時が経った。景勝は未だに何も言わずに龍兵衛を見ている。どのような思いを抱いているのか分からないが、いつになれば解放してくれるのかがむしろ楽しみになってきた。同時にここまで無の感情を引き出せる自分を褒めた。黒く、何も無い心中が動じずに時の流れに身を任せている。

 危うく自分に酔いそうになったが、久々に景勝が口を開いたおかげで意識を現実に戻せた。

 

「龍兵衛、隠し事、誰でもある」

 

 鼻で笑いたくなったのを堪える。語り聞かせるような口調も相まって苦し紛れにしか聞こえない。密かに拳を握りながら黙り続ける。

 

「……何も言わない。逃げる?」

「いえ、そのようなことはありません。自分は景勝様に対して隠したいと思うようなことは何もしていない。ただそれを分かってほしいだけです」

「……ん」

 

 景勝が頷いた。落ち着いていたはずの感情の波が嵐が来たように荒ぶり始めた。

 

「分かっていただけましたか」

「……駄目、分からない」

「何故です?」

「龍兵衛、噓付いてる」

「それは景勝様が疑り深いだけです。自分は決して何も隠すようなことはしていません」

「ほんと?」

 

 景勝が目つきを鋭くするだけで部屋の雰囲気が一気に変わった。

 嘘は許さない。ただ真実のみを言えという圧倒的威圧的をどこに備えていたのだろう。

 謙信が熱い炎を持って敵味方を圧倒するのであれば、景勝は冷たい怜悧さを持って畏怖させる術を持っている。今は謙信が主であるために隠しているのだろう。それでも代替わりをしても上杉の先を支える新たな大黒柱は確実に固められた。

 しばらく見ない内にそこまで強くなったのか。

 龍兵衛は感心しつつ、上杉の未来を安堵した。だからこそ、龍兵衛は力強く嘘を重ねられた。

 

「本当です。自分は決して京で何かやましいことなどしていません」

 

 媚を売るような口調は一切なく、毅然とした声ではっきりと伝えた。これで景勝の自身に対する疑いも少しは晴れるだろう。

 今後、景勝の代になったとしても龍兵衛の地位は保たれ、上杉の家臣の中にいることが出来る。

 誰も傷付かない正に大団円。

 目の前の景勝も屈託のない笑顔を浮かべ、ただ「良かった」と一言だけ口にした。

 龍兵衛は静かに胸に溜まっていた空気を吐き出し、内心では渾身の拳を握り締めた。

 

「これ、龍兵衛、言ったらどうしようって思った」

 

 痺れた足をごまかすようにつま先を意識して立ち上がろうとした瞬間だった。

 景勝がおもむろに袖の下に取り出した黒い紐に巻かれている書状、正しく官兵衛や京にいる協力者との密書である。

 龍兵衛は笑顔のままの景勝と書状を見比べる。書状は改めて観察しても密書であるという目印として官兵衛との間で約束した紐が巻かれている。

 先程の言動から中身も見られていると考える。大方を察した龍兵衛の表情筋は引きつり、唇が微かに震え始めた。

 景勝は相変わらず笑顔を浮かべたまま書状を見せてくる。

 

「何故、それを……?」

 

 気持ちを落ち着かせてもなお、震える手で書状を指差す。

 

「教えない。龍兵衛、知ってるはず」

「……どのように屋敷に入ったかは知りませんが、いくら景勝様でもそれを持ち出したことはいただけません」

「龍兵衛、それ以上のことした」

 

 話を逸らすなという強い口調に押し黙ってしまう。だが、もう一つ確認しなければならない。

 

「その書状の中身を誰かに知らせましたか?」

 

 景勝は首を横に振った。聡い故にこれを外に出す恐ろしさを知っている。

 龍兵衛は分かっていたことだが、と思いつつも安堵した。

 

「それで、これ、何?」

 

 何故このようなことを裏でしていたのか。

 龍兵衛は景勝がそう問い詰めてきていると察しつつ、口を簡単に開かない。

 景勝が手にしている書状は最新のものであり、まだ返書を認めてはいない。内容は信長の京滞在中の予定と実行場所となるであろう本能寺の見取り図、信長が共として連れて行く予定の家臣の数、さらに明智光秀が京にいるという情報と彼女に罪を擦り付けるためにいかにすべきか、仔細を龍兵衛に任せることや協力者も支援は惜しまないと了解を得たことも書いている。

 おそらく景勝は全て読んだ上で聞いている。もしかしたら春日山城下や上杉領内全体の不穏分子の存在やその排除方法についてなど、誰にも読ませられる代物ではない書状にも目を通しているかもしれない。

 

「中を見ましたか?」

(こくり)

「ならば、早く自分に処罰を申し付けください」

「理由、聞く。逃げるな」

 

 頑固なところが出ている。こうなると景勝はてこでも動かない。

 だが、ここで折れて全てを話せば確実に処刑される未来しか見えない。逃げ道を塞がれた今、黙っていればまだ可能性があると信じ、龍兵衛は口を真一文に塞ぐ。

 

「景勝、龍兵衛、知ってる。龍兵衛、死ぬの嫌」

 

 生きることが何よりも勝る善行である。龍兵衛がその信条を貫き、生粋の武人とは距離を置いていることを景勝は誰よりもよく知っている。

 黙っている時に警告を与えてきたということは、このままでは龍兵衛の首と胴体が離れ離れになるのが確定である。

 諦めたと龍兵衛は溜め息を吐く。

 

「謙信様の下、上杉は義を掲げて天下を平定するために動いています。ですが、表面上の悪を断ったところで見えない悪を根絶しなけれ、果たしてそれは義と言えるでしょうか」

 

 開き直った口調に怒りを覚えたのか景勝の目が細くなる。だが、黙っていれば処刑すると脅したのは彼女であり、今の行動について咎められる筋合は無い。

 龍兵衛は構わず口を動かす。

 

「正義を成すために鬼畜に墜ちる。誰かがやらなければならないのであれば自分がやれば良いと思っただけです」

 

 納得がいかないと景勝は徐々に眉根を動かし始める。

 

「義の下、鉄槌を下せる悪などたかが知れている。そう言えば分かるでしょう?」

 

 その様を見て今度は諭すような口調を心がけた。景勝は相変わらず目を細めて黙っているだけ。納得するまで口は開かないつもりだろうか。それともまだ出番ではないと思っているのか。

 自身の番であると龍兵衛は口を再度開く。

 

「見えない悪は、武人と民、どの立場であっても蔓延るもの。それを全て滅ぼすことは出来なくても対処しなければ、上杉は足元すら見えていないただ空想に過ぎない理想を追い求める愚かな大名だと言われるだけです」

 

 まだ最後の切り札を出していないが、まだだと判断し、龍兵衛は口を閉じ、力の入っていた肩を落とす。

 景勝の方は目線を下にして考え込んでいる。龍兵衛の言っていたことについて思うところがあるのだろう。死ぬのが嫌かと言った手前、話すべきことを話した相手にどう答えれば良いか分からなくなるのも無理もない。

 上杉のためにと言っているが、褒めるべき所業を行っているわけでもない龍兵衛をどうするか悩み、決断をしかねている。

 その間、龍兵衛は景勝を待ちながら今後について考える。これで景勝が自身を詰問し、処断するのであればその前に逃げなければならない。南の北条はもはや風前の灯、行くとすれば西の毛利だ。だが、今まさに上杉と同盟を結ぼうとしているところに罪を被り、出奔してきた者を迎え入れるとは思えない。

 万事休すの中でも龍兵衛は変わらず無表情のまま、景勝の次の動きを待つ。だが、かなり悩んでいるのか眉間のしわがますます深くなっている。

 仕方ないと龍兵衛は最後まで隠していたとっておきの言葉を出した。

 

「上杉のためにやったことは確かです。しかし、自分は無理やり付き合わされたのですよ」

 

 景勝は目を丸くして顔を上げる。あたかも全て自分の手でやったような物言いで語っていたのだから当然だろう。

 

「誰?」

 

 案の定、真の主犯を聞いてきた。ここまできてもったいぶればさすがの景勝でも怒りを爆発しかねない。そう考え、龍兵衛はあっさりと白状した。

 

「しげ……いえ、官兵衛殿にです」

 

 名前を発すると景勝の表情にまさかという思いと確かにという思いが交錯しているのが伝わってくる。彼女はとっさに書状の黒紐に手をかけ、中身を改める。筆跡は官兵衛が書いたものではないが、その名前は入っていて、くれぐれもよろしくと認められている。

 景勝に密書を見られたのは衝撃だったが、内容を覚えていて良かったと思い、少し安堵した。

 

「そういうことなら、そうする」

 

 意味ありげな物言いに龍兵衛は顔をしかめる。

 

「そういうこと。とは?」

「龍兵衛、死ぬの嫌。だから、官兵衛のせいにした」

 

 油断しているところに心臓へ一直線、強力な拳を喰らったようだ。そこに景勝は容赦なく追撃を打ってくる。

 

「龍兵衛、全部嘘付いてる。でも、そういうことに景勝、する」

「言わなければ良かったのでは?」

「言わないと伝わらない」

 

 龍兵衛は参ったと両手を挙げたくなった。しかし、ここで簡単に折れるほど、精神的に追い込まれているわけではない。

 

「それは景勝様の憶測です。自分はあくまでも関係しているだけです」

「嘘」

「本当です。断じて認めません」

「景勝、頭下げる」

「やっていないことを認めることはしません」

 

 龍兵衛は景勝の両目を強く真っ直ぐ見て答える。毅然とした態度を崩すつもりはない。たとえそれが次期当主を欺こうとしてもそれ以上に自分を守るためだ。たとえ佞臣を嘲笑われようとも死ぬことに価値など無い。

 

「本当のこと、墓場、持ち込む?」

 

 景勝も真相を聞こうと譲らない。しかし、これは何日かかろうとも認めるわけにはいかない。

 

「先程が申し上げていることが真実です」

 

 部屋は完全に襖を閉め切っていたはずだったが、二人の間をどこから来た隙間風が通った。

 これで信頼を失う代わりに命を得た。そう確信し、龍兵衛は体の力が抜けていくのを感じた。

 

「……ありがと」

「……は?」

 

 だが、景勝から返ってきたのは、侮蔑でも罵倒でもなく、ただ優しい笑みである。景勝の思いがけない発言と態度にこの場で初めて眉根をはっきりと寄せた。

 

「景勝、分かる。どれだけ言っても、龍兵衛、変わらない」

「ならば、どうしてここまで時間をかけたのです?」

 

 相手が景勝でなければ何かしらの行動で沸騰寸前の怒りをぶつけていただろう。

 口では言わないが、龍兵衛にだって仕事がある。しかも引き継げるようなものではない内容もあるため、溜まっている量は想像したくないほどだ。

 時折、龍兵衛が見せてきた苛立ちを見逃すほど、景勝が盲目とは思えない。

 つまり、問い詰めていた理由はただ時間を稼いでいただけに過ぎないのだ。

 

「夜、待ってた」

 

 龍兵衛は外を見る。景色は襖に遮られて見えないが、確かに蝋燭が着いていなければ部屋の中も真っ暗になっていただろう。

 

「夜を待っていた理由は?」

「夕方、人がいる。景勝、人として振る舞えない」

 

 そういうことかと龍兵衛は下唇を一瞬だけ噛む。そうしている間に景勝は答えを待たずに次の行動に出た。

 

「人として聞く。教えて」

 

 景勝が両手を前に添えて畳に額を付ける。このような姿を誰かに見られたら、たまったものではない。

 

「顔を上げてください」

「や」

 

 そのままの姿勢で拒否される。同時に龍兵衛の中で何かが切れる音がした。

 

「なら、ご無礼ながら自分も人として景勝様に申し上げます」

「ん」

 

 景勝は相変わらず土下座したままである。龍兵衛は大きく息を吐き、小さく口を開いた。

 

「いい加減、しつこいですよ」

 

 低い声で不快感を露わにすると景勝が驚いた表情を見せてくる。

 龍兵衛は立て続けに怒りと呆れをこれでもかと表情に見せ、早く解放しろと目で訴える。

 これでようやく景勝も諦めてくれるだろう。そう思いながら固まっている景勝に次なる言葉を投げ付ける。

 

「自分には自分の立場や仕事があります。それを捨ててまでこのような茶番に付き合わせるのはやめていただきたい」

 

 鏡で自分を見ればおそらく周囲から人が離れていくであろうほどの黒い怒りを表す表情をしているのだろう。歯茎を押し潰さんばかりに強く噛み締め、眉間のしわを押し破らんばかりに寄せている。

 だが、景勝が返してきた表情は今までに無いくらいに良い笑顔だった。

 

「何がおかしいのですか?」

 

 怒りが徐々に殺意に変わろうとしているのを必死に堪えている状態である。衝動にかられる相手ではないからこそ保っている理性だが、相手が格下であれば確実に崩壊している。

 

「だって、龍兵衛、怒ってる表情。本当の感情、出してる」

「え?」

「龍兵衛、本当の感情、出すの。初めて見た」

 

 そこで初めて龍兵衛は表情が変わっていることを自覚した。しまったと思い、戻そうとしたが、もうすでに遅い。

 

「新鮮」

「うぅ……」

 

 屈辱感が龍兵衛の表情をさらに歪ませる。

 思い返せばいいここまで本当の感情をはっきりと出したのは何年ぶりだろう。

 仮面に仮面を重ねてどれが本当の感情なのか分からなくなっていた。それを景勝はたった数時間で長らく悩み、諦めていたことを簡単に奥底から引っ張り出してくれた。

 

「龍兵衛、それで良い。景勝、龍兵衛、よく知ることができなかった。けど、やっと全部知れる。それが嬉しい!」

「今後、自分がこのような表情を景勝様の前で見せなければそれで良い話です」

 

 景勝が見せびらかすように書状を掲げる。分が悪いことを察して口をつぐむ。

 同時に明るい表情を続ける景勝がかなり羨ましく感じた。そして同時に痛みが走った。まるで感情があふれ返るような、そして不快感も合わせ持つ。

 正しく嫉妬だった。

 景勝の器の広さが妬ましい。

 何故そこまで慈悲の心を持つのか。

 何故そこまで自身を許そうとしてくれるのか。

 

「良い表情……」

 

 自分は唇を閉じて横一杯に広げ、左目にしわを寄せている。正しく嫉妬の表情を景勝に向けている。だが、負の圧に構うことなく彼女はよだれを垂らして嬉しそうにしている。

 手拭いがあればすぐに拭いてやりたいが、名誉のためにあえて指摘しないでおく。

 

「あのね。それでね……」

「よりを戻さない限り、自分は上杉で生きていける立場ではなくなっても知らない。と……?」

 

 笑顔で頷く景勝が実に忌々しい。だが、はいそうですかと簡単に頷くわけにはいかない。

 

「すでに自分の罪は今から先で償えるものではないのです。あの部屋を見たなら分かるでしょう?」

「景勝、受け入れる」

 

 決意を秘めた強い瞳を改めて向けられる。屋敷に勝手に入り込み、外に出せない資料を漁った。罪を自覚していながらやったのはそれだけ龍兵衛に振り向いて欲しかったからだ。

 しかし、と龍兵衛は首を横に振る。その行動を見て景勝の目に滴が溜まり始めた。

 

「景勝、不満あるなら、直す」

「違います。景勝様に非はありません」

 

 ならばと景勝が身を乗り出す。龍兵衛はそれに冷徹な最後通牒を突き付けた。

 

「では、話しましょうか? 自分が景勝様と共に歩めない理由を」

「うん」

 

 景勝は迷いなく頷く。逃げるつもりは無いという強い意志がこもっている。

 もはや逃げ道を完全に塞がれた龍兵衛は大きく息を吐く。

 

「嘘を付き続けるつもりでした……」

 

 

 

 

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