上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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ああ親不知

 上杉軍からの夜襲があった翌日の夜、朝倉景健は陣屋で武具を着たまま寝床に着いていた。

 軍議では顔を真っ赤にした下間が攻城の時期を一日早めて三日後から今日に変えようとまくし立てたが、さすがに兵の損害を立て直してからにすべきだと七里の諫言によってその場は収まった。

 代わりに兵を丸岡城に集約し、上杉軍が同じことをしようものなら兵力を集中的に運用して叩く陣を築いた。

 さすがに連日に渡っての夜襲は無いだろうと下間と七里は結論付け、兵の慰安に日中、注力し、夜になると将兵が静かに眠った。

 だが、景健はその様を嘲笑うかのように潜伏している上杉の間者にこの様を報告した。その結果、上杉は再び夜襲を仕掛けることにしたのである。

 

「申し上げます! 上杉軍が夜襲を仕掛けております!」

 

 報告を受けて寝たふりをしていた景健は起き上がると鎧を着て外に出る。

 あちこちで兵たちの悲鳴が聞こえ、矢が近くまで飛んできている。

 

「そのようだな。すぐに迎撃をするぞ」

「それが、皆、混乱状態になっており、とても……」

 

 見れば分かると言いたいが、構わずに「迎撃しろ」と命じて下げさせる。景健も行動に移そうと動いたが、入れ替わりに別の兵がやってきた。

 

「朝倉様。七里様より至急、広間へ参るようご命令が」

「兵たちが混乱している中で将が戦列を離れろと?」

「下間様や七里様は既に兵をまとめるべく動いております。朝倉様も広間に集うようにとご命令の由」

「迎撃はせぬのか?」

 

 言い訳を続けるが、兵はいい加減にしろと反抗的な目を向けてくる。

 

「既に他の者が当たっている故、案じ召されることはありませぬ」

 

 将の中で下っ端の扱いを受けている自分に報告が来るぐらいだからやはりかと頷き、本陣へと向かう。

 広間に近付くにつれて聞こえてくる下間を中心とした怒鳴り声。溜め息を吐くと外から声をかける。

 

「朝倉にございます」

「遅いぞ! 早くせい!」

 

 入った途端、下間から理不尽な言葉を浴びせられたが、無言で所定の場所に座る。他の者は既に全員揃っており、動揺しているのがよく動く表情で分かる。

 

「おのれ上杉め。何故こうも我らの裏をかく!」

「下間殿、落ち着かれよ。兵の数はまだ我らが優勢。動揺を静めつつ反撃すれば良い」

 

 七里の諫言が耳に届いたのか、舌打ちしながらも激しい貧乏揺すりを収める。

 それからすぐに物見が転がり込んできた。

 

「申し上げます。西より軍勢がこちらに向かっております!」

「真か!?」

 

 下間が立ち上がり、物見に問う。

 

「敵味方の把握は夜陰故に判別できませぬが。確かにございます」

「間違いなく援軍だ。天はまだ我らを見捨ててはおらぬ!」

 

 下間の機嫌が一気に良くなっていく。確かに金ヶ崎城が落ちていなければ補給路は確保されていたため、ありえないことではなかった。そのためか七里の方も徐々に顔が赤くなっている。

 

「七里殿、援軍と合力して上杉を打ち破ろうぞ」

「うむ。だが、この丸岡城も豊原寺を攻めるに重要な拠点。ここを守る者も必要じゃ」

「ならば……朝倉、貴様が行え」

 

 無感情な下間の声が朝倉の耳に届く。先程、誰彼構わずに八つ当たりしていた状態よりは落ち着いたのだろう。

 

「……はっ」

 

 朝倉は口元が緩むのを必死に押さえて応え、あくまでも彼らの操り人形であることを演じる。

 

「他の者は我らに続け! 共に上杉を討ち、手柄を立てようぞ!」

 

 熱烈天を衝く士気の下、一向宗の将たちは広間を出て行く。静まり返った場に一人残された朝倉は彼らを侮蔑するように鼻で笑うとゆっくりと立ち上がる。

 ここまで彼らに感付かれていないかと不安だったが、本陣の守りを任せるあたり、監視の目は掻い潜ったらしい。

 落ち着かせた兵をまとめて迎撃を行うために城外に出て行った一向宗を見送るとすぐに行動に移した。

 

「城門はそのまま開けておくのだ」

「全てにございますか?」

「援軍を迎え入れ、迎撃に向かった者たちの退路を確保しておく故な。責任は俺が取る」

「……はっ」

 

 門番が渋々、命令に従う。彼らもまた一向宗の熱心な信者である。しかし、戦において素人であるため、何か理由を付けてしまえば朝倉の意のままであるほど

 

「よし。城内の兵は味方と上杉の動きから目を離すな」

 

 そう言うと景健は密かに馬屋に向かい、愛馬に跨がる。周囲に誰もいないことを確認すると西門に向かった。

 先程、下した命令によってほとんどの者が東に目を向けており、反対方向に進む景健のことなど気にしていない。

 難なく西門に到着すると周囲を確認する。兵は見当たらず、目の前にいる門番二人だけがこちらを訝しげに見ている。

 

「朝倉様、いずこ……」

 

 景健は無言で問い詰めてきた門番二人に刀を突き立てる。

 

「なっ……」

 

 訳の分からないまま絶命した二人は驚いた表情のまま倒れていった。そして、近くにあった松明の薪を一本持つと西門から外に出る。

 西から来ていた軍の旗が見えてきた所で止まると松明を頭上で大きく左右に振った。それを認めたのか、静かに待機していた軍勢が一斉に丸岡城側に向かってくる。

 そして、先頭に立っていた大将と思われる男が進軍を止めさせて声をかけてきた。

 

「お前が朝倉か」

「然り」

「斎藤下野守だ。城内はどうなっている?」

 

 斎藤は上杉の重臣中の重臣である。黒い鎧に白い羽織を着た威風堂々とした佇まい。景健は気圧されそうになるが、落ち着いて口を開く。

 

「既に多くの者が豊原寺城に進軍しており、城内は僅かな守備兵のみ故、攻めるのであれば今かと」

「重畳、道案内を頼む。皆の者、一気に丸岡城を落とすぞ!」

 

 斎藤の号令と共に良く訓練されている上杉軍が素早く陣形を固めると城攻めに移行する。

 門番がいなくなり、見張りもいない西門から一気に丸岡城に雪崩れ込む。ここまで来て悟られないのを見ると一向宗は上杉軍を自軍の援軍と勘違いしているらしい。

 

「朝倉よ。一向宗は如何した?」

「ほとんどの者が豊原寺に向かっております。城攻めは後に回し、直ちに挟撃すればよろしいかと」

 

 斎藤はすぐにその提案を受け入れ、一向宗がいる東側に一気に駆け抜けて行った。

 自身の提案が受け入れてくれたのはいつぶりだろうか。一向宗ではありえなかったことが今ここで起きている。これから戦から身を引く者となるが、最後に良い戦が出来た。

 朝倉も斎藤に続いて馬を走らせる。

 東側に集中していた兵たちはさすがに蹄の音に気付いたのか、こちらを振り返ってくる。そして、その正体が上杉軍だったと気付いた時にはすでに命を落としていった。容赦なく斬り伏せられる一向宗は為す術もなく、城から追い出され、前線の一向宗に助けを求めに向かう。

 だが、前線も数に勝る一向宗が夜襲で先制した上杉軍を必死に押さえている接近戦による乱戦が続いていた。ここに上杉軍の別働隊が背後より突っ込んできたため、一向宗は完全に混乱状態に陥った。

 

「一向宗の者たちよ。お前たちは完全に包囲されている。降伏する者がいれば武器を捨てよ!」

 

 斎藤の声が戦場に響き渡る。

 真摯な信者と無理やり徴兵された者で分けられている一向宗は今の一声で完全に分裂した。

 武器を捨てて逃げようとする者。掟に従い、逃げる者を殺す者が戦闘を繰り広げる。

 そこに上杉軍が加わり、いよいよ地獄絵図が完成した。 

 夜も明けてきた頃になれば、死屍累々の有様が丸岡城の周辺には出来上がっていた。

 一向宗三万の軍勢はこの戦で半数以上が討死し、残った者たちは降伏するか、辛うじて金ヶ崎城ヘの道を伝って逃げていったという。

 その金ヶ崎城もすでに上杉の手中にあるため、さらに多くの一向宗が討たれるだろう。上杉と朝倉、織田を苦しめた北陸の一向宗はこれでようやく沈静化した。

 下間と七里の行方は知れないままとなってしまい、数年後に京に再建された本願寺で姿を見せるまで生死不明となった。

 その他の一向宗は上杉に捕らわれることを良しとせずに潜伏する者と降伏する者で二分されたが、前者は上杉の容赦ない残党狩りで徹底的に排除された。

 そして、後者は故郷に帰りたいと願う民兵を除き、ほとんどが越後へと一旦連行されることになった。

 無論、その中に景健の姿もあり、戦後処理を終えた上杉本隊に付き従って帰還している最中である。

 既に越中と越後の国境付近まで来ていた。

 昨日、降った雨で水たまりが多く、行軍が上手く進まない。しかし、その雨の影響で昨日から予定が遅れていると進軍は強行された。

 それが理由か、いつも以上に一向宗の捕虜たちの雰囲気が険悪な感じがする。

 

「何故に、仏敵と共に……」

「朝倉め……いずれ仏罰が降ろうぞ」

「越後に捕らわれようと必ずや顕如様と教如様は我らをお救い下さる」

 

 景健は恨み言を言い続ける一向宗たちを見て、静かに鼻で笑った。戦の後、彼が内応していたことが広まり、真摯な一向宗から目の敵にされ続けている。だが、いかに睨まれようと勝者と敗者では差が付いており、彼らに何も出来ない。

 既に上杉本隊は先に進んでおり、後から降った者や捕虜が着いて行く形で越後へと向かっている。当然、その後ろからも見張り役が立てられており、脱走を許さない構えになっている。既に越中で数人が脱走したが、全て捕らえられ、処断されている。

 上杉軍はそれから心から降伏した者を先に、捕虜や渋々付き従っている者を後ろに分けた。

 景健は連行を統括している河田長親の指示で、捕虜組の最後尾に付いている。彼らがよからぬことを企んでいないか監視してほしいとのことだが、直江兼続もいるため、自身が不要だと思ってもしまう。

 念には念を入れておきたいと言われ、上杉の配下になったばかりで強く言えないため、従っている。一方で、自身が内応して仕えたばかりで信用されていないからやむを得ないと割り切るしかないと納得させる。

 それ以上にようやく安住の地を得られることが嬉しくて仕方ない。朝倉の名を捨てざるを得ない時期もあったが、保ったまま余生を過ごせるのはこの上ない喜びである。

 小さな領地に庵でも建てて、短歌や朝倉の伝記でも認めながら暮らすことを思い浮かべ、景健の表情は自然と綻んでしまう。

 それを見た一向宗から、自身たちを蔑んで笑っているとさらに恨みを買っているのには気付いていない。

 しばらくすると一行は親不知に差し掛かった。音に聞いていたが、崖下から見る険しい峰々は恐怖を与える。さらに、今は潮が満ちているのか、波がかなり近くまで感じられ、濡れないように列が徐々に細長くなっている。

 

「おっ、と……」

 

 上下に気を取られていると横から兼続の声が聞こえてくる。馬を止めており、後ろに続く兵も進軍を止める。

 

「如何なされた?」

「いや、少し手綱が緩んだ。悪いが、先に行ってくれ」

「承知致しました」

 

 景健は兼続が馬を降りたのを見届け、自馬を進ませる。珍しいと思いつつも一向宗を野放しにするわけにもいかないため、勝手に進んでいる彼らの背中を追う。

 

「ん?」

 

 馬を十数步歩かせた所で、僅かな地響きを感じた。周囲を見渡すが、何も起きていない。しかし、揺れと音は確実に大きくなっている。

 

「な、何事だ?」

 

 前を歩く一向宗も異変を感じて周囲を見渡している。すると、ある者が上を見上げ、指を差すのが見えた。

 

「落石だ!」

 

 その一声が周囲を混乱状態に陥らせる。

 

「逃げろ!」

「押すな! 前はつかえておる!」

「ならば後ろへ!」

 

 前から聞こえる叫び語をよそに馬首を翻す。いつの間にか兼続たちが遠くまで離れており、既に安全な所まで退避している。

 

「直江殿! お助け願う!」

 

 声を上げたが、聞こえていないのか上杉軍の将兵は振り返りもしない。

 必死に馬を走らせるが、無情にも目の前に岩が複数落ちてきて道を塞いだ。さらに右往左往している内に足元にも落ち、驚いた馬が前足を上げて暴れ出す。押さえようにも岩が次々と落ちてきており、自身の身を守るのに精一杯でとにかく前に走るように胴を蹴る。

 だが、続けてやってきた岩が馬の脚に当たり、投げ出されてしまった。景健はのたうち回る馬をよそに急いで逃げ道を探す。だが、周囲は岩で道を塞がれ、進むも引くも出来ない。このままでは落ちてくる岩の下敷きになるのは必至。

 景健は腹をくくり、一か八かで海に飛び込んだ。そして、身に付けていた鎧兜を外し、岩が落ちてこない深い方へ泳いでいく。肩まで浸かるぐらい深さまで行った所で陸を見る。

 

「何ということだ……」

 

 岩に潰される者、海に投げ出される者は数知れず。泳いで陸に上がろうとする者もいたが、昨日の雨で波が高くなっており、上杉軍が万が一にと着せたままにしていた鎧によって一向宗は体の制御が効かずに水面に消えていった。

 落石はようやく収まったが、景健も下手をすれば巻き込まれたかもしれない。そう思うだけで、背筋が凍る。

 いつまでも海に浸かっているわけにはいかないため、泳いで陸へと向かう。荒波にもまれながらも何とか辿り着き、岸で一息つく。

 岩が無造作に落ちており、下敷きになった一向宗の亡骸が多数ある。海の方ではまだ息のある一向宗たちがもがきながら岸を目指している。いずれ鎧の重さと荒波で力尽きるだろう。

 

「明らかに上杉の仕業だ……」

 

 景健は奥歯を強く噛む。

 一向宗の捕虜たちに鎧を脱がせずに帰還。雨後の強引な進軍。頃合いを見計らったような突然の落石。条件が上手く揃い過ぎている。

 それ以上に腹立たしいのは殺害する対象者の中に景健自身も含まれていたことだ。 

 おそらく、景健が何度も仕える家を変えているからだろう。だが、朝倉という名を後世につなげるためで、野心は無いと何度も主張し続けてきた。それさえも嘘であると思われていたのであれば、何と惨めなことだろう。

 信頼を裏切られたことへの怒りはどす黒い怨念となって景健の心を支配していく。生き延びるため、という信念など簡単に塗り潰された。

 上杉が正義を重んじ、人を慈しむという評判など全て嘘だった。あの温厚そうな景勝の目の前で起きたのだから、彼女が指示したに違いない。たとえ、他者が提案したとしても了承しなければ、あのようなことは出来ない。

 今後のことを考えて浮かれていた自身も迂闊だったが、このような処刑方法を用いるとは思わなかった。

 疲れている体に鞭打って立ち上がり、先を行っている景勝がいるであろう方向へ岸沿いに進む。

 問い詰めるだけでは飽き足らない。

 必ず報復をしてみせる。

 怒りが景健の足を動かし、岩で塞がれた道も隙間や登れる場所を見つけて通り抜けていく。

 出口に着いた頃にはすでに日も傾き始め、空が茜色になりそうにである。急いで追い付かなければと休む間も無く、歩を進める。だが、少しした所で人影を認め、慌てて物陰に身を潜める。  

 おおよそ二間(約三、五メートル)ほど距離にいるため、緊張感が高まる。

 僅かな供回りに囲まれ、景勝と河田が親不知の崖上に続いているのであろう道から降り、吉江がそれを出迎えている。

 崖上には道が無いと聞いていたが、謀れていた。よくよく見ると整備は不十分だが、人馬や簡単な荷物が通れるほどの道が出来ており、下の道よりも安全なのか、納得したように景勝が頷いている。

 すぐにここを発つのかと思ったが、皆が上を向いている。後続する部隊がいるのだろう。

 しかし、時間が経てどなかなか降りてこない。

 

「兼続たち、遅いな」

「まぁ、仕方あるまい。処分の後処理には時間がかかる」

「景資殿が言うと言葉の重みがありますね」

「ふふふ、褒め言葉として受け取っておこう」

 

 会話の内容を聞き、景健の手は自然と小刀に添えられた。太刀はすでに海に消えたが、護身用として常に懐へ備えていたのが役立った。

 狙うは一瞬。景勝を刺し、謀った者に制裁を下す。

 様子を伺っていると景資が崖上に向かって手を上げた。兼続たちが到着したのだろう。彼女が崖下に向かって歩き出し、眼前には景勝と河田しかいない。供回りも崖上に目を向けている。

 景健は今しかないと思うや物陰から飛び出した。

 

「上杉、天誅ー!」

 

 供回りも突然のことに動けずに道を空けている。そして、あっという間に恐怖ですくんでいる景勝の目の前に来た。ここだと思うや小刀を心臓に目掛けて突き出す。

 体を刺す特有の感触に、確実に仕留めた感触を得た。

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