上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第二十二話改 三つ巴

 氏家定直は嫌な予感を拭えないでいた。彼は後陣にて戦況を見守っていたが、上杉軍の動きに違和感を感じていた。

 情報では謙信は軍神と呼ばれる程の戦上手。また配下の軍師達も切れ者揃いで負けるような戦はしないと聞いていた。

 そのような人達が劣勢でも何か手を打ってこないでただ方円の陣の前線、それも守りが最も堅い中央に兵を次々と送るだけ。

 最上軍の中で最も慎重な彼は内心おかしいと思いながら上杉軍の真意を考えていた。

 中央に兵を集中し過ぎと言ってもいいぐらいにお互いの兵は中央に集っている。

 最上軍は数は下だが、伊達の援軍がやってくれば数の上では最上軍が少し有利になる。故に守りに徹して援軍の到来と一緒に上杉軍に攻撃を掛けるつもりだった。

 時間を稼ぐこと。それが最上軍の勝利への道だった。

 逆に上杉軍は冬と伊達の援軍の到来を恐れて迅速な勝利を望んでいる。

 このことぐらいは誰もが分かることだ。だが、上杉軍はまだ山形城だけでなく、長谷道城すら落としていない。

 中央に兵を集めて援軍の到来前に勝利を収めたいのは分かる。定直が仮に上杉軍だとしてもこんな戦法は取らない。犠牲が大きくなるだけだ。

 いくらこちらが出せるだけの兵を出して決戦を望んでいるとはいえ長谷道や山形を落としていない以上、最上との戦いはこれからの筈だ。

 そう考えている間にも上杉軍は更に中央に兵を出して来たようだ。これでは我々は他の部隊からも救援を求めるしかない。

 定直が上杉軍の真意に気付いたのと弥太郎の部隊が方円の陣の左翼側面に向けて進軍を開始したのはほぼ同時だった。守りが手薄になっていた側面を突かれてしまった。

 だが、定直は後陣全体を任されている以上すぐには動けない。

 彼は一部の兵を援軍として進軍させるのが精一杯だ。後陣を疎かにすれば退路が危なくなる。今の彼は仲間の無事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

 報告を受けた義守は困惑していた。

 側面を敵に突かれた以上は救援を出さないといけない。しかし、中央に兵を集中させている為、無理に兵を動かせばこちらが混乱状態になる。

 頼りの義光は前線中央の指揮を執っている以上、ここには自分しかいない。

 

「満延を右翼の救援に向かわせて下さい!」

 

 今はこれが精一杯だ。義守自身に武芸の心得があれば話は別であるが、残念だが彼女は人に頼るしかない。信じて待つしかない。

 もはや最上軍は誰かを信じ、誰かに頼りにされる状態になった。

 

 一方、中央では矢の降らせ合いはもう既に終わり乱戦となっていた。 

 囮だったとはいえいかにも本当に正面から攻め込むと見せる為に勇将猛将を投入した上杉軍は上泉信綱・北山義藤・長野業正に鍛え上げられた精鋭は最上軍を切り崩し始めとする完全に突破出来るまで今少しの所まで来ていた。

 しかし、守備の陣形とは内側程厚い物で外側は降って間もない国人衆などで固められていた為に最上の精鋭は内側には控えていた。

 上杉の勇猛な将はそれでこそ斬り甲斐があると楽しそうに斬り込む猛者が上杉には多くいた。もはや誰なのか言うまでもない。

 敵に斬り捨てるのがその人の糧となるのではないかと思わせる程の血を飛ばしている。

 その量は辺りに血の水溜まりを作る程辺り一面死体の山、返り血を浴びれど舞う姿。味方は見惚れ、それに続く。

 敵は怖れ、逃げようとする。逃げ切れなかった敵は気付けば首と胴体が別れを告げている。猛者達はそれでも足りぬとさらに駆ける。獲物に飢えたその眼は正に獣である。

 返り血を拭うとさらなる狩りをしに六人の将は配下を引き連れて敵本陣へと突き進む。

 その道は逃げようとする者と一矢報いようと立ち向かう者とでごった返している。それも上杉軍にはただの獲物にしかすぎない。

 上杉軍の背中に太陽は行き始めていた。

 

 

 

 

 

 上杉謙信と池田盛周の対戦は佳境を迎えていた。謙信の剣術に盛周も疲れている。肩で息をしている盛周に対して、謙信は涼しげな表情を崩さない。

 

「どうした? 主君への手土産にするのではないのか? このまま死ぬのか?」

「だ、黙れ! まだまだ・・・・・・これからです!」

「ふっ・・・・・・虚勢など誰にでも張れる。では、こちらから行かせてもらう」

 

 謙信は一気に間合いを詰め、盛周にとどめを刺すべく隙の無い攻撃を繰り返す。盛周もどうにか止めているが、体力の限界があった。

 二合三合と斬り合う内にとうとう盛周の槍が弾かれ後方に飛ばされた。刀を突き付けられた盛周は目を瞑る。あとは首を取られるだけだ。だが、首が取られる気配は無い。

 そっと目を開くと謙信はまだ刀を盛周の首に置いてそこに立っていた。

 

「何故討たないのです? 自分が降伏するとでも?」

 

 その口調はもはや挑発である。自分の首を取らせる為の相手の怒りを買うような声で盛周は謙信に言う。

 謙信は肩をすくめ、後ろを見ろと盛周に言う。後ろを見ると最上軍の兵の数人が鬼の形相で謙信を睨んだいる。もしここで盛周の首を斬れば、兵は謙信を殺しに掛かるに違いない。

 

「あれを相手にするのは少々面倒だ。では、また会うとしよう」

 

 謙信は再び馬に乗り颯馬達の隊と合流するために去っていった。

 謙信の背中を見届けた盛周はまだ自分も慕われていることに嬉しく思った。

 かつて仕えていた大宝寺の当主が重税を民に課し、それに見てられなくなった盛周は一揆を扇動した。

 結果的に負けたが、義守に匿われたことで許された。

 だが、その一揆の真実を知らない者に疎まれていることもあったし、讒言もを浴びた事も何度かあった。

 それでも義守は彼を重用し、ここまでにしてくれた。

 自分はただ恩を返すことしか考えていなくてただ、自分を保つ為に戦っていた。そのためにかつて見ていた民達を見ることは出来なくなっていた。

 今になって気づいた。自分は決して主君の為だけの身ではない。民や兵達の為にも必要であるのだと、義守は民のことを第一に考える。

 そんな彼女が自分が下を見れないまま死んでいったらどう思うだろうか。

 悲しむ。そんな訳ない。哀れに思われて死んで行くなんて真っ平御免だ。

 盛周が義守に生かされているのは民の為に生きる彼を信じていたからだ。だから、大宝寺との対立を覚悟してこうして匿ってくれた。

 生きて、義守様と民達を助ける。それが自分の使命。そして、今度こそ上杉に勝たん。

 盛周は周辺の自分の兵を纏めるとすぐに中央の救援に向かった。

 

 

 

 

 

 謙信の軍勢が合流し更に勢いづいた別働隊は更に方円の陣の中心に食い込んでいく。ここまで行けばあとはもう最上は退却しかない。

 中央からは上杉の歓声と最上の悲鳴がよく聞こえる。終わりは近いようだ。

 

「ええい! 何をしておる! 義守を守るのじゃ!」

 

 義守の軍勢は孤軍奮闘していた。敬愛する姉を守る為にという力が更に義守は奮起させる。

 

「義光様、敵の攻勢が強く、もう無理です。このままでは義守様も・・・・・・」

 

 しかし、それは義守のみ。他の者はそういう訳にはいかない。

 

「・・・・・・やむを得ん、お主らは義守の所に向かえ、妾がここを食い止める。その間に義守を逃がすのじゃ」

 

 兵は何か言おうとしたが、義光の覇気がそれを許さない。今、話し掛ければ自分も斬られそうだ。御意、と言うと兵は義光の武運を祈りながら去っていった。

 

「さて・・・・・・」

「義光様ー!」

 

 今の義光に迷いなく話せる相手など限られている。その一人はぼろぼろになり、戦えるのかも疑問に思える有り様であった。

 

「盛周? どうした、何故そのようになっておる?」

 

 盛周は謙信と一騎打ちを演じて負けたと説明すると義光は驚愕の表情を浮かべる。盛周は胸に熱いものがある。一騎打ちに負けておめおめと逃げてくるような男ではない。

 

「自分は気付いたんです。負けて首を取られるよりも自分は生きて、最上とその民を守ることが己の生きる意味だと」

「盛周・・・・・・」

 

 義光は嬉しく思った。件の一揆の後、ただただ身を粉にして最上に尽くしていたが、彼の無鉄砲さに皆が危惧していた。だが、自らより上の敵と戦い、変わることが出来たのだろう。謙信には敵大将とはいえ感謝せねばならない。

 

「では、行くぞ! 無論生きて帰るのじゃ! 死ぬことは妾が許さぬぞ」

「はっ!!」

 

 二人は残った兵達と上杉軍に突撃して行く。死ぬことなど考えていない。ただ、この先の最上を守る為と自らの生きる意味を達成する為に乗り越えるべき壁に向かう。

 

  

 

 

 上杉有利の中央は義光、盛周の壮絶な奮戦で完全な激戦になってきた。

 たった二人の将とその配下の数百の兵の参戦だったが、二人の働きは最上軍の士気を上げ、上杉軍の攻勢を徐々に防ぎ始めている。

 景家達はこれを見て苦々しい気持ちに変わっていく。当初は敵を容赦なく斬り捨てていき、速攻で最上を倒して行きこのまま勝利出来ると考えて、戦を楽しんでいたが、最上の防衛が立ち直って来ている。

 このままでは理想的な勝利が出来ないと戦術も変えて攻め込む場所を変えてみたりしているが、なかなか突破出来ない。 

 

「やはり、さすがは最上軍ですね」

「うむ、だがこうしていてはこちらが不利になってしまう。軍師達の懸念も現実となるのう」

 

 親憲と合流していた義藤は二人で戦況を見ていた。軍師達は伊達の援軍の到来を恐れている。援軍がくれば時間が掛かる。また、時間が掛かっては冬になる。

 援軍が来るであろう道に斥候を隈無く出動させて、村上義清を万が一に備えて攻撃に参加させずに控えさせてはいるが、このままでは乱戦に伊達が包囲をして来てこちらが不利となるのは確実である。

 

「別働隊から伝令、突破に成功寸前とのこと」

「北山殿、援軍を左翼に向かわせては?どちらかが突破出来れば我々の勝利です」

「なるほどな・・・・・・では親憲、お主が行ってくれ。ここは妾に任せてもらいたい」

「わかりました」

 

 親憲は手勢を纏めて左翼に向かう。許された者は自分で判断をして軍を動かして良いという軍令が上杉にはあった。

 龍兵衛が作ったものだが、彼は謙信に頼り、判断力の乏しい将が多い上杉軍を憂いてこの軍令を推奨した。

 無論、勝手気ままなことされないように無駄な判断だと判明した時点で死罪とすることにはなっていたが、親憲と義藤の判明は正しかった。

 四半刻後には左翼突破成功の報告が上杉全軍に伝わった。

 

 

 

 

「義清殿には伊達の援軍により警戒を強めるように伝えろ。こういう時こそ気を引き締めるんだ」

 

 本陣では実質的に全軍の指揮を任されている(半強制的に押し付けられた)龍兵衛は最後まで気を抜くことはない。

 最後まで何が起きるかわからないのが戦と野球は同じだと彼には骨身にまで染み渡っている。

 そして更に四半刻後、来る時が来た。

 

「ほ、報告! 伊達の軍勢を確認! すぐ近くまで来ています!」

「義清殿には伝えたか?」

「はっ! すでに伝えてあります!」

 

 タイミングが悪い。

 決着を着ける為にかなりの兵が最上軍の陣になだれ込んでいる。とはいえすぐに戻せば逆撃を受ける可能性もある。

 ここは本隊を少しずつ下げさせておいてしばらくの間は義清に任せるのが賢明だ。

 

「決して無理をせずに挑発されても突出はしないように伝えろ」

 

 兵は頭を下げて義清の隊に向かう。

 

「龍兵衛、大丈夫?」

「大丈夫な戦などこの世の中に在りませんよ。それを勝利に導くのが軍師の役目です。まだ、これからですよ」

 

 景勝に冷たく言うと龍兵衛は更に戦況を自ら把握するべく陣を出た。

 突き放された感じがしたが景勝もそれに付いていく。お互いが味方と上杉の勝利を信じ、自らの熱い心を押さえつつ二人は今、戦場を見つめている。

 

「伊達の援軍はあれですね・・・・・・戦況を見定めているところでしょうか」

「何故、すぐ来ない?」

「負け戦に突っ込んでも被害をもらって終わりです。五分五分以上の戦に乱入するからこそ意味がある。伊達の指揮官はなかなか強かです」

 

 自らの利益を確実に物にしようとする姿勢、憎たらしいが、間違ってはいない、正しい判断だ。

 上杉としてはここで伊達に少々でも被害を出して起きたかった。伊達を放っておいては山火事を消して山中に火種を残すことになり、冬の間に力を蓄えられ、次に攻め込む時に被害がこちらにも多く出ることは日をみるより明らか。

 そうなれば次の目標の関東などが先々のことになる。

 一気に決着を着けるべくこちらから義清の隊を伊達軍に動かしてはどうかと景勝は言ったが、それでは万が一の抑えを失い、こちらが迎撃態勢を取る時間が無くなる為、あれは動かせない。

 景勝の案に首を振ると龍兵衛は戦況を見つめる。左翼の隊が突破に成功しじりじりと最上は後退している。正面の隊が突破すれば間違い無く最上は負ける。伊達も退いてくれるに違いない。

 伊達については後で戻って来る定満達と考えればいいと考え、龍兵衛は正面に攻勢を更に強めるように伝えた。それでもじっと戦場から目を離さない。

 そして、とうとう義光と盛周が率いる最上は突破寸前になり、龍兵衛は全軍に最上本陣を鉄扇で指し、一気に落とすように伝えた。

 これで勝ったと上杉は思った。伊達軍も退いてくれるかもしれない。

 端から見ていてもそう思わない人がどこにいただろうか。実はいたのだ。この中にいる。

 

 

 

 

 ここで伊達は動いた。負け戦は確実となった最上軍を救援するなど無益である。

 誰もがそう思ったが、伊達軍は最上軍を救うような動きはせずに義清の隊を無視して上杉、最上を纏めて包囲する。

 

「・・・・・・まさか」

 

 龍兵衛の顔には驚愕と怒りの表情が同時に浮かび、眉間の皺は深くなった。

 景勝も目的を悟ったらしくどうするべきか龍兵衛に聞く。答える代わりに龍兵衛は急いで義清に包囲内の上杉軍に合流して、撤退させるように伝えた。

 義清もすでに伊達軍の企みを悟ったようで動き始めているが、釘を刺す為に撤退完了したら直ちに退くように厳命として伝令を走らせた。

 伊達は援軍でも何でもない。伊達はただ第三勢力としてここに来たのだ。援軍と銘打って自らの利益を得ようとしているのだ。

 

「あざとい・・・・・・」

 

 龍兵衛の独り言は上杉・最上軍の心を代弁するには十分だった。

 そして、伊達軍は対処しようとする二つの軍を嘲笑うかのように攻撃を開始する。

 新たな軍の到来で二つの軍は混乱状態になりかけている。最上義守はもう撤退の準備をしていた所にやって来た伊達軍に動けないまま兵は次々と倒れていく。

 龍兵衛も決断の時が来た。景勝を残してここは敵を食い止めるべく敵陣に行きたいが。景勝一人で大丈夫だろうかという思いが足を動かさない。

 策はあるとはいえ一時的に本陣は手薄になる。

 

「龍兵衛、景勝は大丈夫。今は謙信様達を助けることが大事」

「いや‥‥・・しかし・・・・・・」

「少しなら大きい声出せる。龍兵衛、怪我あるのはわかってる。でも、今、違う」

 

 何故そのことを知っているのか気になったが、景勝の言う通りである。

 今はそんなことを気にしている時ではない。龍兵衛は後詰めの兵に本陣の守りに付くよう言うと戦線に立つべく兵と共に馬を走らせた。

 

 

 

 

 上杉軍は勝ち戦が一転、不利な状態となり、兵達は将達の号令も空しく右往左往し始めている。

 

「謙信様! このままでは完全に包囲されます!」

「慌てるな。颯馬・兼続。指揮を」

「はっ! 正面の上杉軍と合流する! 最上は相手にするな! 伊達のみを敵と考えろ!」

「小島殿は一足先に敵中を突破して道を作って下さい!」

「弥太郎、私も行くの」

「某はここで謙信様を守ります。颯馬殿達は兵の指揮に集中して下さい」

 

 矢継ぎ早に兵を指揮し、自分達の思うままに動き回る謙信達、かれらもまた、景勝、龍兵衛同様に伊達軍の卑劣な行動に怒りを感じていた。

 

 

 

 

 中央の上杉軍の将達の怒りは誰にも止められないものになっていた。

 頂点に達した上杉軍の将達は攻めてくる伊達軍と逃げている最上を問わずに斬って斬って斬りまくっている。

 血の量は先程よりも多く舞い散り、鬼神を飛び越えて死神にしか見えない。

 皆は言葉も出さずに顔を怒りで赤黒くしながら更に返り血を浴びて顔を赤くしながら戦っていた。その姿を見て配下も奮い立ち、何も将達が言わずとも伊達軍に向かって行った。

 まさに武で語る様を表現している。

 だが、この地獄が終わることは無い。伊達軍を追い返すべく上杉軍が将兵一体となり、伊達軍に斬り込んで行くのだから。

 これからが本番なのかもしれない。端から見る者がいたらそう思うだろう。

 しかし、邪念を持てば、その者は間違いなく屍となるのがこの戦である。

 油断は出来ない。

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