上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第二十五話改 沈黙

 山形城を囲む上杉軍。

 負傷者が多く出たとはいえ、最上だけは屈服させるのが最低目標である。

 兵数は寒河江と大宝寺のおかげで勝っており、山形城から打って出る気配もない。両家は早くも一門や家臣を人質に出して忠誠を誓う姿勢を示した。

 だが、季節は秋と冬の狭間となってきた。地元の者によればに今年の冬の到来は近いため、もう猶予はない。

 最上軍は被害が多過ぎたため、長谷道には籠もれる程の兵力が無くなり、山形城に兵力を集中させた。

 だが、すでに城が大宝寺に包囲され、足を止める訳にもいかず、夜を待って敵中突破を図った。

 成功したが、ここでも被害を被ってしまった。

 城内では、兵の士気はかなり落ちており、逃亡を図る者もいるそうだ。

 

「最上のことですから、次の一手があると見てもいいと思います」

 

 軍師たちと謙信の話し合いの場。

 龍兵衛が強い口調で、謙信に訴える。

 空は秋晴れと言ってもいい程澄み渡り、雲一つも無い。肌寒さが身に染み始めているが、まだ太陽光線に当たればどうにかなる。

 

「どこかとまた盟約を結ぶということか? 一体どこが今の最上と?」

 

 兼続は首を捻っている。

 伊達が撤退し、東北の中で援軍を出す余裕があり、上杉軍と渡り合える勢力はほとんど無いと言って良い。

 この情勢では如何に負けないかが勝負となり、何としても冬を越せるように時間を稼ぎたいとも思っているだろう。そのため、龍兵衛は他勢力に援軍を頼むしかない状況に追い込まれていると考えていた。

 

「なら、どこと最上は組むと思う?」

「安東家です」

 

 颯馬の問いに謙信へ向けて、答えを言う。

 部屋内の雰囲気が一気に自身に対して悪い方へと向かっているのが分かる。

 

「本当に安東が来るのか? 確かに最上が負ければ、北羽州は落ちたも当然だが」

 

 これまで傍観していた謙信も加わり、自分の考えを言うに言えなくなってしまった。

 気になっているのは颯馬だけだった。

 定満も「うーん」と首を捻っている。

 考え過ぎかもしれないと思ったが、何か嫌な予感がする気は拭えない。

 

「それよりも、早く山形城を落とさなければならない。明日の夜明け前に城に攻め入る。策を考えてくれ」

 

 謙信がそう締めたため、龍兵衛も頭を切り替え、皆と一緒に山形城攻略の策を練る。

 山形城は奥羽一の規模を持ち、二の丸は東西南北すべての門が巨大で、とりわけ東は大手門が二つある。

 東は虚を突いても追い返される危険性が高いから除外した。

 北と南は上杉軍の布陣している菅沢にある富神山からは遠く、規模が広い山形城外で素早く軍を動かすことは難しい。

 

「でも、そこを突くの」

「ええ、俺もそう思います。問題は兵達の疲労ですか……」

 

 颯馬は眉間にしわを寄せる。上杉軍は寒さと内乱で荒れた道を進んでおり、疲労が溜まっている。

 

「やむを得ませんね……大宝寺が酒を献上して来ています。自分が兵達に振る舞い、気を紛らわせましょう」

「龍兵衛、私も手伝う。無理をするな」

「皆が動いているとね。俺も動かしたくなるんだよ」

 

 冗談のつもりで言ったが、この発言は完全に失言だった。

 肩を吊ったままである彼の姿はあまりにも痛々しい。

 定満から正座を命じられて三人から「自分の身体を労れ」と説教を喰らうことになった。

 謙信と景勝も何故か加わり、龍兵衛は足の感覚が無くなるまで座っていた。

 彼自身、もう二度と味わいたくなかったあの痛みをここで味わうことになるとは全く思っていなかった。

 脱臼した時の一人でも治せるやり方を教えてもらったが、あの治し方はこの時代の人から見ると正気の沙汰ではなかったらしく、治した後も全員から「あんな治し方があるか!」と後で色々と言われた。

 おかげで、定満が前線の指揮を代わりに、龍兵衛は今回の戦では後方支援の責任者となってしまった。

 説教がようやく終わり、外に出るとすっかり空は夕暮れに変わっていた。

 ここ数日、肌寒い気候が続いている。

 少し前までは暑く感じるこもあったが、この変わり様。

 厚着をしているが、それでも寒い。

 風が吹いていないだけまだましだが。

 龍兵衛は冬の到来までの期間を計算しながら歩いていると後ろから声を書けられた。

 

「龍兵衛、大丈夫?」

 

 景勝が小さな声で尋ねてくる

 

「大丈夫ですよ。ま、刀は振れませんけどね」

「じー」

「(信用されてないな、俺)」

 

 景勝の目が龍兵衛を本当のことを言えと言っている。

 脱臼は肩が本来あるところから外れる怪我であり、誰もがなる可能性がある。しかし、戻してしまえば、痛みは大丈夫だが、言うまでは解放してくれそうにない。

 

「少し、まだ痛みますけど……ま、軽く動くことは出来ます」

「ん。無理はしない。景勝も手伝えることする」

「とんでもない。景勝様の手を煩わせることはありませんよ。それより、どうして自分の怪我を知っていたのですか?」

 

 景勝様は自分が出陣した時、こう言った。

『怪我があるのは分かってる』と。

 龍兵衛は教えていない為、いつ知ったか分からない。

 ちょうど良いと思い、尋ねると簡単に話してくれた。

 春日山で稽古に張り切り過ぎた龍兵衛を労ろうと付いて行った際、襖の向こうで、右肩を押さえて痛みをほぐしているのを見たらしい。

 脱臼後の痛みは、天候や体調でやってくることもあり、酷使すれば言うまでもない。

 偶然とはいえ、ちょうど良く見られていたとは思わなかった。これからは襖への気遣いをしようと思いつつ、意識を現実へと戻す。

 

「とりあえず、明日は景勝様も自分と一緒に後陣で全体の指揮を見守るんですよね? 宜しくお願いしますね」

「(ふるふる)龍兵衛がしっかり見ていれば大丈夫」

「とんでもない。自分とて一人ではとても……それにこの身体では戦になると不自由ですから」

 

 そう言うと景勝は胸を張って「頑張る」と言った。

 少しかわいいと思ったが、すぐに邪な考えと脳内から削除する。

 龍兵衛は会話が終わったと判断すると「明日は早いのでもう寝ます」と言い、陣幕に戻る。 

 景勝は残念そうな顔をしていたが、特に追ってこなかったため、気にせずにおいた。

 

 翌朝、上杉軍は山形城の攻撃を開始した。

 東から見える煙から段蔵率いる軒猿の工作部隊が東に目を向けさせる為、大門への放火が成功したと分かる。

 現場では赤黒い炎が轟々しく燃え、実行犯が見つからずに最上軍は混乱しているに違いない。

 兵数が少ない最上軍は城門ごとに兵を置ける状態では無く、富神山に近い西に兵力を集中させている。そのため、正反対の最も守りの堅い東に襲撃を掛けられ、混乱するのは必定である。

 だが、実際の前線では上杉軍の兵が北から攻めている。

 今頃、二の丸の不明門を突破した頃かもしれない。

 龍兵衛は目立つ三角巾を外して右腕を全く動かさないように内側を包帯で固定して、戦況を見守っている。

 馬には乗れるが、それ以上のことはしないように颯馬や兼続からは釘を刺され、景勝は隣に立って、戦況と一緒に龍兵衛の行動をずっと見ている。

 

「(完全にお目付役……)」

「(じー)」

「水を飲みに行くだけです」

 

 龍兵衛は様々なことに気を使わなければならないため、余計な疲労が溜まっていく。

 早く戦が終わって欲しい。

 そう思っていると城の方から歓声が聞こえてきた。

 報告によると不明門を突破し、上杉軍が城内に雪崩込んだらしい。

 これで後は本丸のみとなった。龍兵衛達も三の丸に入り、城を見上げる。本丸は天守が無い変わりに御三回櫓がある。 

 ここまで来れば、最上は降伏するしか生きる道がない。

 謙信は攻撃を一旦止め、降伏勧告の使者を出した。これで最上軍が降伏すれば、今回の戦の最低目標が終了である。

 龍兵衛は後詰めの指揮を執りながら、万が一の攻撃に備えて準備を怠らないように兵達に指示をする。 

 

「敵方、降伏勧告を受け入れました」

 

 約一刻(二時間)後に戦の終わりを告げる報告が届き、本陣の張り詰めた雰囲気が少し和らいだ。

 

「景勝様、最上軍は我々に降るとのことです」

「ん、分かった。お疲れ」

 

 龍兵衛はにこりと笑顔で応える景勝に胸が打たれるような感じがしたのはその時が初めてだった。

 今まで気がつかなかったが、景勝を見て、頭がよく働かなくなっていた原因はこれだったと悟る。

 無くしていた、無くしたかった感情が蘇って来た。それは過去の龍兵衛に付きまとい最後には悲劇を呼んだ感情である。

 

「?」

 

 景勝は眉間にしわを寄せたままこちらを見る龍兵衛を不思議そうな顔をして見てくる。

 我に返るとすぐに何でもないと首を横に振り、城の方へと視線を戻す。

 自覚してしまった。龍兵衛は今後、景勝に対応出来るのだろうかと不安を覚えた。

 

「(大丈夫だろう)」

 

 何故なら龍兵衛はとうにその感情による、それ以上の悲しみを知り、更に見たくもないことが起きるかもしれないと分かっているのだから。

 

 上杉軍は悠々と山形城に入った。

 最上義守は少女と言うべきだろう風貌で謙信に頭を下げた。

 謙信は羽州の大名である最上が傘下に入れば、他の国人衆への良い習いになると考え、降伏した全員の助命は約束され、上杉軍傘下に入った。

 義守は自分よりも家臣や民の命を守る人という評判は本当であり、家臣の命を保証すると謙信が言った時、彼女は自分のことのように喜んでいた。

 そして、最上の家臣達も全員が上杉に入ることには不満は無いらしいようだ。

 先の戦で散々に叩かれ、抗う気力も戦力も尽きたのだろう。

 調略に応じた寒河江と大宝寺は本領安堵とそれぞれに恩賞として一つずつ郡を追加することになった。

 彼女達二人は最上に冷遇されていたのが不満だったらしく、その恩恵に強く感謝していた。

 そして、これからが軍師は一番忙しくもある。

 

「いくら人がいないからって……」

「我慢してくれ颯馬。定満殿は兼続の手伝いに行ったからお前しかいないのだよ」

 

 龍兵衛が颯馬と一緒にやっているのは、山形城城下町の資料の整理である。

 規模だけに龍兵衛だけでは間に合わないので颯馬に手伝ってもらっているのだが、彼にも仕事がある中で時間を削ってもらっているため、不満たらたらである。

 

「今日は氏家殿が手伝いに来てくれるそうだから失礼の無いようにな」

 

 龍兵衛の言葉に颯馬は首を振る。

 氏家定直は最上軍の最年長で軍事から内政までに携わって来た最上の重鎮中の重鎮である。

 

「失礼します。河田長親殿と天城颯馬殿はこちらでよろしいでしょうか?」

 

 噂の方がやってきた。直ぐに入室の許可を出すと氏家が入って来た。

 白髪の髪を綺麗に纏めて手入れは髭にもきちんと行き届いている。

 二人は交渉の時もいたと記憶していたが、礼儀正しくてそれでこちらを緊張させない独特の雰囲気を持っている。

 お互いの自己紹介を済ませると仕事を再開する。

 丸一日かかると思っていた作業は半日で終了した。

 やはり、城のことをよく知っている氏家が加わっただけで、非常に充実した仕事運びになったのは気のせいでは無いようだ。

 一段落着いた頃に氏家が持って来た茶菓子とお茶で一服する。

 後は、商人の情報を龍兵衛で把握し、隠し財産が無いか確認するだけとなった。ここまでくれば、数刻もあれば終わる分量で、颯馬も自身の仕事に集中できる。

 集中力が切れる前に再び作業に戻ろうと氏家に声をかけ、颯馬を解放しようとした時だった。

 外から小姓が二人に謙信からの言伝で、すぐに集まるようにと伝えてきた。

 小姓はすぐに向かうと言うと別件もあったのか、急いで去って行った。

 

「何事だろうか?」

「さぁな」

 

 龍兵衛は颯馬の問いに首を捻る。

 一旦、作業を中断すると氏家に伝え、三人揃って部屋を出る。

 二人は後程、再開時に声をかけると伝えて彼と別れると謙信の下に馳せ参じる。

 そこで、定満と兼続も加わり、衝撃的な情報を伝えられた。

 安東愛季が上杉に降伏を申し出たのである。

 

「まさか、降伏までするとはな」

 

 謙信も最初に聞いた際にはかなり驚いたらしい。

 軍師たちは少し顔を見合わせた後、颯馬が口を開いた。

 

「何か条件は?」

「仔細は全て我らに任せると」

「随分と下に出ましたね」

「颯馬の言う通りだ。あまりにも出来過ぎている気がしてならない。定満、いかにすべきだ?」

「受け入れるべきなの。追い返すと周りに心象が良くないの」

「他の者も異論は無いか?」

 

 龍兵衛は他二人と揃って頷く。

 安東への違和感は拭えないが、定満の言う通り、諸大名へ上杉が降伏を許さない者と思われるのは良くない。これを逆手に取ることが出来れば、こちらにとって都合が良い。

 

「よし。兼続、使者に降伏を認める故、十日以内に安東自らこちらに赴くように伝えろ」

 

 謙信はそう言うとこの場を解散させた。

 龍兵衛は一番最後に立ち上がると首を何度も捻りながら外に出る。

 疑う余地があり過ぎるのは、あちらも分かっているだろう。しかし、あえて降伏を選択したのは何故か。理由が読めない。

 

「疑い過ぎ」

 

 景勝が音もなく、背後からやって来た。思わず、すり足で距離を取ってしまった。

 

「景勝様、脅かさないでください」

「そこまで疑うのは良くない」

「そうしなければ、御家に危機が来るかもしれないのですよ」

「これから、これから」

 

 景勝の表情は引き締まっているが、思考自体が楽天的に思えてならない。

 

「そう言われても、性分ですので……では」

 

 龍兵衛は去ろうとするが、いつの間にか景勝に裾を掴まれている。

 

「謙信様、待つ、言ってた」

「先手を打たなければならない可能性があるなら、やっておくべきことはしておくべきです」

「どうして?」

「はい?」

「どうして、そこまで、こだわる?」

「性分です」

 

 今度こそ去ろうとするが、景勝の力はますます強くなる。

 

「そこまでさせる理由ある」

「それを知ってどうするですか?」

「もっと龍兵衛を知りたい」

 

 真っ直ぐな瞳で訴えられ、固く閉ざすと決めていた心が揺らぐ。

 今までなら、誰に何と言われようとはぐらかして終わりだったが、景勝相手ではどうも太刀打ちが出来ない。

 固く口に止めているはずの鍵が巧みに解かれようとしている。

 

「自分を知ってどうするのです?」

「知りたいから知りたい。理由、それだけ」

 

 理論的ではない答えに普段なら一笑に付すところだが、足が動いてくれない。振りほどきたい彼女の手も振り払うことが出来ない。

 それどころか、意図しない言葉が勝手に口からこぼれた。

 

「……場所を変えませんか?」

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