上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第ニ話改 乱入

 坂戸城では長尾政景が一人部屋で考え込んでいた。

 若者らしく髭一本も無い真面目そうな顔をした彼の頭にあるのはこれからの戦のことではない。今後の事である。

 

「おう、政景ここにおったか」

 

 許可なく襖が開き、入って来たのは頬に傷が残る老人だった。

 

「これから軍議だぞ、当主たるそなたがいないでどうするんだ? まさか、あの小娘相手に怖じ気づいたわけではあるまいな?」

「いえ……そういうわけでは……」

「なら、早く来い。待っとるぞ」

「わかりました……」

 

 抗えない自分に怒りを抱きながらも屈するしかない。

 

「すぐに向かいます……」

 

 政景の父、長尾房長は聞くに耐えない下卑た笑い声を上げて出ていった。

 今回の反乱について政景は決して賛成ではなかった。景虎のことを高く評価していて自分よりも越後の君主にふさわしいと考えていた。

 雰囲気から器、知勇まで全てが違う。彼女は誰にでも慕われる武勇を持つが、それを自慢するような事は一切無く、民をよく慈しみ、末端の兵士にまで行き届いている。

 だからこそ、彼女が越後統一の旗揚げをした際、味方になろうと一番に腰を上げようとしていた。

 だが、今の彼は隠居したはずの父や世の情勢を見えていない家臣たちの強引な手段により反景虎の筆頭に押し上げられた。

 今までは他の国人衆や豪族が上手く連携していたため、対等に渡り歩いてきたが、所詮は連合である。

 一度負ければ彼らは自分たちの利益を考えるようになり兵を積極的に出さなくなり、お互いに牽制しあうようになってしまった。

 肝心の房長も景虎を低く見ていていずれ崩れると考えてまともに戦おうともしない。

 負けに負けを重ねた彼の勢力はもはやこの坂戸城にしかいない。殆どの味方が降ったり、野に消えた。

 それでも父の房長は小娘小娘と景虎の事を見下している。全ての負けを国人衆のせいにして自らは後ろで酒でも飲んで戦勝報告を待っている。

 そして、負けた国人衆を吊し上げて全員の前で罵倒したりと散々な目に合わせてきた。それに嫌気がさして景虎に降った者も少なく無い。

 最近では諫言をする者を斬り捨てるような事も普通に行っている。

 もはや狡獪な父の存在は誠実な政景にとって邪魔者以外の何者でもない。だが、こうなった責任は自分にある。

 そう考えていた政景は自分の命はともかくも家族の命を救えないか模索し続けている。

 失敗すればその者は大丈夫でも他の者は滅ぼされかねないと意を決した政景は人を呼ぶと一人の人物を呼ぶことを命じた。

 

 謙信の下に政景側から使者が来たのはその日の夜だった。

 

「久しいな、景虎。もう何年も会っていなかったな」

「お久しぶりです。姉上、御壮健そうで何よりです」

 

 景虎が姉である綾が密かに使者としてやってきていた。

 綾は生来、身体があまり丈夫でないため、早くから政景の細君となっていた。

 その綾と景虎は二人きりで話をしている。これは仙桃院たっての希望で景虎も了承した為、颯馬や兼続も相手が主君の姉では無碍には出来ずに承諾した。

 仙桃院から話の内容を聞きこの戦いの全容を知った景虎はしばらく目を瞑り考え込み、しばらくしてゆっくりと目を開いた。

 

「わかりました。政景殿のことはどうにかしましょう。しかし……」

「房長様のことは気にしなくていいわ、政景様も覚悟は出来ているようだし」

 

 互いに頷いて短い会談は終了した。

 その後、景虎は主だった将を集め、こう命じた。

 

「政景は生かして捕らえよ」

 

 

 翌朝、景虎軍六千、政景軍二千が坂戸城付近の平野に集結した。しかし、どうみても政景は有り得ない行動を取っている。彼は細道も伏兵をおく場所も無いような所に陣を張った。

 軍略に長けている政景らしくない。誰もがそう思った。さらに彼を低く見るようになった。

 そもそも、そのような連中は彼の思惑を知っているものはいないのだが、政景にとってはれを知る必要も無い連中だった。

 越後に関わらず北陸地方一帯は山が多くこちらから見えにくくても向こうからは兵を置く所がある所もある。

 政景が選んだ決戦の地も例外ではない。ましてや、この地は政景の庭のような物、どこに兵が置けるかなど調べるまでも無いのである。

 戦は始まった。当初は誰もが予想したように景虎軍優勢だった。兼続、颯馬の策も思う通りに進み、はっきり言って楽な戦であった。

 突然の襲撃が無ければの話である。

 

「左翼に敵の増援が、こちらに真っ直ぐ向かっています!」

「何!?」

 

 本陣で指揮を執っていた颯馬には信じがたい知らせであった。大半の部隊は敵本陣に向かっている。慌てて兵を戻せば混乱状態になりかねない。

 だが、次の報告が颯馬の足を止めた。

 

「申し上げます! 敵の伏兵部隊が攻撃を中止し、撤退を始めている模様! どうやらお味方が敵の背後をついたようです」

 

 颯馬にとっては吉報ではあるが、そんなところに兵を置いていなかったし、兼続も定満もそのようなことをしてはいなかったはずだ。

 

「(一体誰が……)」

 

 そう考えた時、颯馬同様、本陣にいるべき人物がその方向に出て行った。

 

 

 龍兵衛と慶次は返り血をあちこちに浴びながら背中を合わせていた。

 

「うーん。思ったより敵が多いね。こりゃ、さっさと退いた方がいいかもしれないな」

「なにいってんの! これが楽しいんじゃん。わかってないね~龍ちんは」

「あのな。俺は身体じゃなくて頭を動かすのが専門なんだからしょうがねーだろ!」

 

 言い合っているが、二人はもう何十人という兵を斬っている。明らかに慶次の方が斬った数は龍兵衛の倍はいってるが、彼女は疲れを全く見せていない。

 二人は敵が襲いかかってこないのを見ると間を取って休憩している。

 

「第一に俺は前線で兵を直接殺ることなんて二度、三度ぐらいしかないんだから」

「その割には強いじゃん。この戦が終わったら手合わせを・……」

「却下」

「もう少し考えてくれてもいいじゃない……」

 

「のりが悪いわよ~」と二人がこんなやり取りをしている間も敵はこちらをいかに殺そうと見ている。

 一応、兵の数は徐々に減っている。この部隊を率いる将が撤退を命じているのかもしれない。

 だが、いくら何でも二人対数百人はきつい。それだけで済めばいいが、下手をすればすでに死んでいる。

 もともと二人は戦場のどこかで乱入するつもりでいた。だが、いつ、どこに踏み込むか図っていた時にこの別働隊を見るとそれに気づかないように付いて行けば景虎の本陣付近に到着して指揮を執っているであろう将が号令をかけて景虎軍本陣に突入しようとしていた為、二人はどちらかともなく背後から襲いかかったのだ。

 

「とはいえ、お前は疲れてないのか? 俺はもうかなり体力が消耗しているんだが」

 

 慶次にはそんな様子はまったくない。むしろ生き生きとしている。

 

「これからよ、私の見せ場は」

「余裕だね~一緒にいる俺の身にも……って解るわけないか」

「うん、わかんない!」

「(はっきり言うな、はっきり)」

 

 龍兵衛が内心、毒づいた時、敵が騒ぎ出した。

 攻めかかってくると龍兵衛と慶次は構えるが、どうやら敵はこちらではなく、後ろを見ているらしい。

 どうやら、景虎の軍勢がこちらに来ているようだ。背中を見せたその隙を見逃すような手ぬるいことを二人がするはずもなく、再び容赦なく敵を切り刻んでいった。

 

「終わったかな?」

 

 しばらくして敵は完全に討ち払った所で龍兵衛は独り言のように呟く。

 

「(何人斬っただろう?)」

 

 初めてこんな数を斬ったのは龍兵衛にとっては初めての経験だった。

 でも、やっぱり現代人の性格だろうか、人を殺すことは今までにもあったが直接殺した後というのは罪悪感がどうもある。

 この乱世では殺やなければ自分が殺られるのは分かっている。

 斎藤家でそれを嫌というほど知ったが、やはり拭えない物である。

 

「で、そこで何をしているんですか?」

 

 龍兵衛と慶次がその方向を睨む。するとすぐに一人の白い服を着た女性がやってきた。

 

「ふむ、二人ともあれほどの人を相手にして私に気付いていたか、やはりただ者では無いな」

「何を言いますか、自分はただの……」

「あらぁ、わかっちゃた? いやぁ、あなた人を見る目があるわね~」

 

 ただの人と言おうと思ったら慶次の奴が華麗に持っていきやがってくれた。「ふざけるな!」という気持ちをぐっとこらえて龍兵衛は溜め息一つで済ますことが出来た。

 

「私は前田慶次って言うの。ねぇねぇ、あなたの名前は?」

「おいおい、いきなり失礼だろ」

 

 初対面の人にいきなりこう接することの出来る慶次はある意味凄いな、龍兵衛には絶対最期まで出来ないような事だとどこかで感心している。

 

「いや、別に構わんぞ。私は長尾景虎と言う。良かったら我が軍に来ないか?」

「「……え?」」

 

 龍兵衛と慶次の声が重なった。

 

「ん、突然のことで驚いてしまったか? 別に無理とは言わないぞ、嫌なら断って構わない」

 

 そこでは無いと手を立てて龍兵衛はもう一度聞き返す。

 

「いや、それより、あなたのお名前をもう一度お願いしたいのです」

「ああ、長尾景虎だ」

「「はぁーーーー!?」」

 

 しかし、何故当主自らここまで来るのか。逸話でも色々と言われているが、実際に普通じゃないところがあるのかもしれない。

 そう思いつつ龍兵衛が何故ここにいるのか景虎に尋ねると平然として答えた。

 

「やはり、自分でしっかりと目にしておく。それが一番だ」

 

 訳わからん。慶次でさえ驚きで目が点になっておる。とりあえず龍兵衛たちは景虎の本陣に向かい、話合いをすることになった。

 本陣にて改めてお互いに自己紹介をする。

 とりあえず今までの経緯を説明する。だが、龍兵衛は慶次が織田からこっちに来たとあっさり言ってしまったため、つい彼も口を滑らせてしまった。

 前田慶次と河田長親。景虎は勝手に出て行ったと思ったらいい人材を拾って来たと上機嫌であった。

 家臣達からすればは景虎がいなくなったって大騒ぎだったが、そんな事全く気にもせず意気揚々と帰って来た。

 とりあえず二人とも有能であるということは景虎が認めているし、颯馬達からしても軍師が増えるのはありがたい。今後は越後を統一して仕事が増えるからだ。

 しかし、彼が斎藤家の出身と言うと空気が変わった。特に兼続は今にも彼に斬りかかろうとしている。それを見た弥太郎が今、兼続を必死に止めている。

 もし力を弱めれば兼続は飛びかかっているに違いない。

 だが、そんな中でも彼は表情を崩さずに平然としている。

 まず、景虎様が口を開いた。

 

「そなたは斎藤家で謀反があったことを知っているか?」

 

 龍兵衛は「はい」と答えた。

 

「次に聞こう、そなたはそれに関わったか?」

 

 全員が龍兵衛を向く。しかし、彼はあっさりと間を置かずに「はい」と答えた。それを聞いた途端、周りはざわめき、兼続は「不忠者が!!」と叫んでいる。

 

「そう言われるのも致し方ありません。ですが、自分は決して悪いことをしているとは思ったことはありません。あれは起こるべくして起きたもの。それを我々が早まらせただけです」

 

 彼は悪びれもしない。ただ、意味深なことを言っている。

 

「どういう意味だ? 謀反は謀反、主君に背いた大罪を何故そう割り切れる?」

 

 答え次第では斬る。そう言うかのごとく景虎は彼を見る。鞘に手を当てて脅しているようだが、龍兵衛は眉一つ動かさない。平然と表情は無のままだ。

 すると、彼は答える代わりに胸元から一通の書を出した。景虎はそれを受け取ると彼は決してそれを口に出して読んではならない、と言った。

 景虎はそれを読んでいく内にみるみる表情が変わっていく、よほどのことが書かれているのか、全員がそう考えていると、景虎は不意に顔を上げた。

 

「龍兵衛、ここに書いてあることは事実か? これを知っている者はどれほどいる?」

「はい、今、景虎様で他家の人物が知るのは初めてです。このことは当事者及び、主だった数人しか知りません」

「このことを私が声高々と言ったらどうするつもりだ?」

 

 彼は初めてふっと笑い、首を横に振ると真っ直ぐに景虎を見る。

 

「そのようなこと、信義を重んじる景虎様がするとは思えません」

 

「違いますか?」そう彼が言うと、景虎様も笑いながら確かにそうだ。「その通りだ」と言い、彼が渡した書を破いてしまった。

 しかし、それに龍兵衛は慌てることもなく、ただ、その行為を見ている。何か楽しそうに笑いながらもどこか安堵したように

 

「よかろう、河田長親、前田慶次、そなたらが長尾に仕えることを許可する」

 

 その言葉を聞いた瞬間、兼続が再び噛み付いた。

 

「景虎様! 前田殿はともかく、こ奴は主家に刃向かった不忠者です! 我らをまた、かつてのように裏切るかもしれません!」

「兼続、それはない。私がそう判断した。それとも何か意見があるのか?」

 

 敬愛する主君に鋭い視線で刺され、そう言われると兼続も頭を下げるしかない。

 おそらく、あの書に景虎の決断を促すことが書いてあったのだろう。もう今となっては知るのは当人のみだが、龍兵衛は聞くことはしなかった。

 

 

 

 

「ところで、よくあれと一緒に居れたな」

 

 城に戻ると颯馬は龍兵衛に慶次を見ながら聞いてくる。馬上で話しているうちに彼とは親しくなり、自然に敬語は無くなった。

 

「噂では聞いていたけど、あそこまで破天荒な性格だとは思わなかったよ」 

「いや、そうじゃなくてよく……な」

 

 よく見ると颯馬は慶次の顔より若干下に目がいっている。分からなくないが、龍兵衛は溜め息が出てきてしまう。

 

「男は理性を保たないといかん」

「俺の親父かよ……」

「年は同じくらいだって」

「……本当か?」




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